華の川に降る雪

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月21日〜02月26日

リプレイ公開日:2008年03月02日

●オープニング

 冬の寒い時期に、川で反物を洗う。手描き友禅の糊をはがすのだ。
 冷たい川の水にさらされて、色は益々鮮やかになるという。
 はらり。
 はらりと、雪が舞う。

「蛙が出たって言うんだ」
 ふらりとギルドに顔を出したのは前田慶次郎。
 派手な上着にブーツを履き、真っ赤な髪をざんばらに撫でつけている。結構な年齢なのだが、童顔なのか、年を感じさせない。ある程度ある上背を僅かに曲げると、この間は、助かった。ありがとさんと子供のように笑う。
「蛙ですか」
「おおよ。冬だってのによ、大きさ五尺ほどもあるでかい奴だ」
 その蛙は、すぐに目星が付く。
 大蛙。身体中にイボがあり、長い舌を持つ。その舌には毒があり、絡めとられれば、大きな口に飲み込まれ、水かきのついた手で洒落にならない打撃を被る。駆け出しの冒険者にはキツイ相手だ。
「ははあ、大蛙ですね」
 反物を洗う川は、浅い川である。その清流に、ずしんずしんと居座って、邪魔な事この上ない。ギルドに連絡をするという所に、出くわしたから、ついでに遊びに来たと、慶次郎は笑った。
「二匹居る。何が気に入ったのか知らないが、その一帯を動かねぇ。岩っぽいから、鳥が寄ってくれば、舌伸ばしてぺろりだ」
 そのうち、岸に上がってくるんじゃないかと、近隣の人々は戦々恐々のようだ。
「こっちの雪は深くはねぇが、それなりに積もるもんだなぁ」
 うちの若いのも居る事だ、手伝っちゃくれないかと、目を細めて、慶次郎が笑った。

●今回の参加者

 eb5492 神薗 柚伽(64歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec3527 日下部 明穂(32歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec4555 ヒィ・ローズ(35歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●リプレイ本文
●曇天の空から降る白い花
「宜しく頼むの」
「おお! こっちこそよろしく!」
 まずは、挨拶をと、褐色の顔に僅かに皺の寄る池田柳墨(ec3065)が頭を下げれば、さらに深く頭を下げる前田慶次郎。
「よっ前田、また会えたね」
 にこにこと、忠澤伊織(ec4354)は慶次郎を見る。その言動が気を引き、好ましく思う。その顔をギルドに見つけ、つい、寄ってしまったという所か。何より、面白そうだと。
「慶次郎!」
「おかあさんっ!」
 同じような紅い髪に、おそろいの上着を着込んだ、非常に派手な神薗柚伽(eb5492)が、慶次郎と感動の親子の対面を──実の親子では無いけれど──果たす。小柄で、かなりの年配者なのだが、その元気さは若い者には負けていない。
 年配者といえば、この依頼、年配者の割合が高い。若者も居るが、比較的渋い面子になっている。
 時折はらりと落ちてくる雪の中、パウェトク(ec4127)は横を歩く慶次郎を見上げた。
「そういえば、前田さんところも雪深い地方だったか‥‥」
「パウェトクの所、雪深そうだな」
「うむ。江戸の雪は、なかなか上品だと思うよ」
「そうだよな。雪は雪なんだが、重みが少ないからかね」
「少なくとも、玄関が開くからの」
「玄関開かないか!」
「わしが埋まるほど降るからの」
 そりゃ、すごいと、慶次郎が笑うのを見て、加賀の反物も美しいと聞くが、縁が無いと、穏やかに微笑めば、それは、同じだけど、綺麗所にあげると喜ばれると含み笑われるのを、頷いてそれとなく受け流す。そうして、気持ちは退治しなくてはならない、大蛙に向かう。動乱収まらないこの国では、時も場所も選ばずに、退治しなくてはならない妖怪や怪物が頻繁に現れる。
「ちと困ったもんだわい」
「冬に蛙ではね‥。やはり、見るのなら反物の方が綺麗かしら」
 ただの蛙では無いのだろう。日下部明穂(ec3527)は、はらりと落ちる白い雪の花を手に受けて、たおやかに笑う。
「川にさらされる反物は優雅で美しいでしょうね」
 鮮やかな反物の流れを楽しみにしていたヒィ・ローズ(ec4555)は、無粋な蛙を退治する力になれたらと深い海の色と、明の紫の双眸をくゆらせた。綺麗な景色を邪魔する者は退治しなくては。
 時折、風が吹き上がれば、落ちてくる白い雪の花弁は、天へと戻るかのように舞い上がる。
 そして、雪景色の中、色濃く川が一本の線となり視界に広がる。その、川の中には、ごつごつとした岩のような大蛙が居た。

●せせらぎを移動する岩
「どーんと居ますね」
 まずは、大蛙の居場所をとヒィが川を眺めれば、探す手間も無く、どーんと。大きな姿が、浅瀬に居る。
「蛙の餌っていうと、なんだろうな?」
 伊織が首を捻る。大蛙が下手に警戒してはまずい。少人数が良いかと考える。伊織のおびき寄せ作戦の餌は焼き鳥だ。七輪に火を熾し、ぱたぱたとあおる。同じく、七輪で鮭を焼くのはパウェトクだ。ぱたぱた。ぱたぱた。ふたりの位置から、良い香りが辺りに漂う。経費は、慶次郎持ちである。
「それ、後で酒のつまみだからな。お願いっ! 焦がさないようにっ」
「大蛙が来たら、食べられちゃうよ?」
「そうなんだけど、腹が鳴る匂いだぜ‥」
「前田さんが釣れてしもうたの」 
 伊織が、今にも食べ出しそうな慶次郎を見て、やれやれと笑う。パウェトクも、出来るだけ、食べられず、大蛙が釣れると良いけれどと、思いつつ、美味しい香りをぱたぱたと続ける。
「どれ、ワシも手伝おう」
 柳墨も団扇でぱたぱたに加わり、土手の上からは、良い香りが立ち上る。
「危ないからね。登っておいで?」
 ヒィは、ついてきた愛猫、瑪瑙を木の上に登らせる。長い尾がぱたりぱたりと揺れて登って行く。気持ち、良い香りに未練はありそうだが、大蛙が動き出せば、怖がって、降りてくる事は無いだろう。
 伊織の若いハスキー犬三十郎は、離れた場所に繋がれ、灰色筋の雛鳥翼は籠に入って三十郎の側にちょこんと置かれた。
 戦闘用に訓練されてない犬猫などは戦いになれば逃げてしまう。大抵はそのあと飼い主の所に戻ってくるが、怪我しないとも限らないからなるべく戦いの場に連れていかない方が良い。ならば冒険に連れてこなければいいのだが、彼らとの絆がゆえに離れ難いのか。殺伐とした依頼を慰めてくれる存在ではある。
「五尺ってのがね」
 その大きさは、柚伽の眉を顰めさせつつ、連れて来た若い驢馬と柴犬の彩桜と睦風を、土手の上に杭で繋ぐ。囮だ。少し怖い思いをさせるかもしれないけれど、面と向かって大蛙の姿が見える場所では無い。上手くやれば、危険は無いはずだと、頷いた。
 仲間達が大蛙のおびき寄せの準備をしている中、明穂は大蛙に向かい、交渉を持ちかける。淡く冴えた月光の光りが明穂から発せられる。
『その川をどいてくれないかしら』
 大蛙は、どこからか聞こえる雑音に、気がついた。言葉は通じない。ただ、煩い音だと認識はしたようだ。ぎょろりと動く目が、土手の上の明穂を見つける。そして、ちらり、ちらりと姿を見せる彩桜と睦風の姿をも。組し易しと見たのか、大蛙の心内はわからないが、おびき寄せはどうやら成功したようだ。
 のそり。
 大蛙二匹が、明穂へ向かってやって来る。
(「しめたもの‥ですわね」)
 明穂は、怯えた風に、足をもつれさせ、よろよろと土手を移動する。仲間達の下へ、少しずつ近寄れば。
「慶次郎、期待してるわよ?」
 からりと笑うと、柚伽の体を取り巻くように、煙が立ち昇る。大ガマの術だ。どろんとばかりに、大蛙の後ろ、深みの川への逃走を遮るように、現れる。
 岸近くまで来ていた大蛙は、その動きに、反射的に左右に別れて逃げようとする。
 しかし、近くまで来ていたおかげで、柳墨も、かろうじて川へと走り込み、一方の大蛙へと迫る事が出来ていた。
「ほっほっほ。‥さて、相手になってもらおうか」
 錫杖、破戒を構え、その身が晒されるのも厭わず、上段から豪快に叩きつければ、大蛙の口から、素早い舌が伸びる。その大蛙に、詠唱を唱え終わったヒィの手から、真空の刃が飛ぶ。長い銀髪が風圧に僅かに揺れる。舌単体には中々当たらないが、気を削ぐには十分だ。
「その舌、使わせませんよ?」
「動き。止めさせてもらいますわ」
 柄に『鬼』の字が入っており、邪気を祓うといわれている短い刀、鬼の守り刀を手に、明穂が浅瀬に飛沫を上げて走り込む。
 もう一匹の大蛙は、大ガマに進路を塞がれ、ひたすら逃げていた。その背にパウェトクの矢が飛ぶ。空を裂く音が幾つも耳に響く。
「逃がしはせんよ?」
「前田、そのブーツ良いな」
「良いだろっ!」
 水飛沫を上げながら、伊織が慶次郎に笑いかければ、承知と慶次郎も大蛙に迫り、伊織の十二神刀元重が閃く。柄に十二神将の名が書き連ねられた業物だ。揺れる剣先から、大きく白刃の軌跡を描いてざっくりと大蛙へと入る。
 大ガマの術がかかる時間は僅かだ。あと少し。伸びる大蛙の舌が伊織に衝撃を与える。
「ちっ!」
「なんのっ! 伸びればこちらのものよ」
 びょう。
 パウェトクの矢がその舌へと飛び、ぐさりと刺されば、伊織は解放される。ふらつくその手先から、痛みに暴れる大蛙へと、慶次郎ともうひと太刀打ち込めば、大蛙はぐにゃりと倒れ、腹を出して、ぴくりともせず。
 一方の大蛙の口へと舌に絡め取られて吸込まれそうなのは明穂。飛んで来る大蛙の舌を見切ろうとしたのだが、舌が僅かに早かった。しかし、大蛙も、明穂を絡み取ったせいで、他に攻撃を仕掛ける余裕が無い。その隙をついて、ヒィの真空の刃がごつごつした大蛙の肌を削り、じゃらんと金属の音を響かせて、柳墨の振るう破壊の槍先が、深々と大蛙に入った。

●華の川
 流れる川は、その戦いの濁りも洗い流し、清流が蘇る。
 パウェトクが、近隣の人々と大蛙を川から引き上げる。食用になるかもしれないがと考えるが、毒のある蛙であるし、その巨体だ。食べて食べれない事は無いが、無難に埋めましょうと、埋める事になった。
 ありがとうございますと、染め工房の職人達が頭を下げて。その中には、加賀から来た若い衆の顔も見える。
 染色し、蒸して色を定着させた後、清流にさらして、糊を落とすのだ。冷たい水の中へ、足を踏み入れ、ざあ。と、流す反物の色鮮やかさに、冒険者達は目奪われる。花鳥風月。百花繚乱。山水が染め抜かれた反物が、何本も暗い冬の川に流れれば、まるで華が流れるかのようだ。そして、そこに降る雪。
 豪雪とまではいかない、はらり、はらりと舞い落ちる白い雪の花弁。遠くには雪化粧した山野が広がり、軒に積もった雪が、ぱさりと音を立てて落ちる。
 雪が降り積もると、音を吸う。
 大蛙と戦闘をしたとは思えないほどの、静かで、美しい世界が眼下に広がる。
 雪見酒の前にと、明穂が完成品の購入を匂わせれば、ここは、工房であり、商品はすべて卸し先が決まっているからと、申し訳無さそうに頭を下げられ、代わりにといっては何だけれどと、皆さんに、練習がてら作るものを貰ってくれたら嬉しいと、鮮やかに染め抜かれた風呂敷を差し出された。
 様々な消耗品は、慶次郎が補填していた。そうして、当然酒も、つまみも。飲むのは当然とばかりに、手招きする姿に、冒険者達は笑いつつ、当然飲むつもりだと集まった。
 少し、焦げたが、十分なつまみは確保されていた。
 良い香りのする焼き鳥や、鮭をつまみに、酒を飲む。
「慶次郎」
「はい、おかあさん」
 当然のごとく、杯を出す柚伽に、慶次郎も当然のように酒を注ぐ。冷えた体がほかほかと温まる。
「桜はまだ早いけど、梅も、もう少し後かね‥反物も良いが、花見も良いな」
「良いな。こっちだと、何所の花見が良いのかな」
「そうだな‥何所かね」
 七輪で、追加のつまみを焼きながら、伊織が庭先に植えられた梅の木を眺めて、そのふくらみかけた、淡く黄緑の色を刷いた白い蕾に杯を掲げる。雪解けも本格的になれば、一斉に花開くのだろう。慶次郎が雪見の次は花見かと、笑う。
 そんな慶次郎を横目に、明穂も杯を重ねる。
「雪見酒‥良い感じですわ」
「綺麗です」
 つまみの焼き鳥に、僅かに塩を振って食べれば、幸せの味になる。
 鮭の香ばしさに、ついつい酒の量が増え。
 どうぞと職人達に差し入れられたのは、肉厚の椎茸だ。笠を下にして炭火で炙れば、内側にじんわりと椎茸の旨みが浮いてくる。熱々を、はふはふしつつ食べれば、当然また、杯は空になり。
 杯を空けながら、ヒィは、流れる華のような反物に相好を崩す。雪景色の中、鮮やかに浮かび上がる反物は風流なものだと、柳墨も杯をあおる。
「いやいや、結構結構」
「飲める口だな、みんな」
「そういう前田殿もな」
 人並みにと、くしゃりと笑う慶次郎に、何所までが人並みなのかと思いつつ、柳墨も笑いつつ、注ぎ返す。
 華やかな冒険者達へ、華やかな反物が流れる川から、職人達が土手の上へと手を降った。