●リプレイ本文
初陣
麻生藩藩主、新庄直頼が狩りに行くことは珍しい。その為かどうか、狩場周囲の警戒は非常に厳重だった。南天陣(eb2719)、風鳴鏡印(eb2555)、理瞳(eb2488)、鷹碕渉(eb2364)、楊飛瓏(ea9913)、マハラ・フィー(ea9028)の六人は山中に案内され、その警備を潜り抜けると、直頼の泊まる屋敷の前まで来た。
山中の言葉通り、表門の前に五人の侍がいるのが見える。鏡印とマハラがそれを確認して裏門へと回る。裏門には三人の侍がいるはずだ。
「山中殿、裏門と表門の両方の動向を探れる場所はないだろうか?」
渉が山中に問いかけるが、彼は首を横に振る。
「両方を見ることが出来るとなると、木に登るくらいしかないだろう。あとは移動しながら見るしかないだろうな。何故、そんなことを?」
「戦況の危うい方に駆けつけるつもりだ」
「その心配は無いと思うが‥‥。そこの横の林の中なら、移動しながらなら、両方が見られると思う」
すると渉は礼を言うと林の中へと入っていった。
「では、そろそろ始めるとするか」
木刀を手に陣が駆け出す。それに飛瓏と瞳が続く。飛瓏はある程度近づくと、小柄を若侍に投げつける。小柄は外れ門へと刺さるが、侍達が気付いたらしく、声を投げかける。
「止まれ! ここを何処だと思っている」
陣達は当然無視して、近づいていく。侍たちが抜刀し屋敷のほうへ声を上げる。
「襲撃だっ!」
四人の若侍が門の前に立ちふさがる。
「奥に行きたいんだ、邪魔するなら力尽くで通るぞ。妨害するなら全力で来るんだな」
陣の襲撃者らしくない言葉に、侍たちは眉を顰める。だが、そう考えている時間も無い、襲撃者との戦いが始まった。
一方、裏門に回ったマハラ達の耳にも表門の襲撃の音は届いていた。マハラと鏡印は頷き合うと、潜んでいた茂みから立ち上がる。鏡印は分身の術を使い、酒瓶を投げつけ、マハラは手裏剣を投げつける。酒瓶を投げつけらけた上役が地面に崩れ落ちる。無論、普通ならば簡単に気絶するわけは無い。打ち合わせで、気絶したふりをして貰う事になっていたのだ。
マハラと鏡印はそれを見て、身を翻す。
「裏門も襲撃ですっ」
残った二人の若侍が、屋敷に向かって叫び、跡を追ってくる。鏡印らにとって予定通りの行動だ。そのまま、逃げるように林の中へと入っていく。
その様子を見て、渉は隠れていた場所で足を止める。表門の瞳達と、マハラ達の距離は更に開くだろう。しかも、マハラ達が林の中に入っては、双方を共に監視することは出来るわけは無い。渉は遅ればせながら、表門へと向かった。
表門の前では、既に戦いが始まっていた。飛瓏の前には二人の若侍がいる、無論相手は五人なのだから当然なのだが。
(まずは出方みようか)
飛瓏が大きく弧を描く蹴りを放つ。相手はそれが空を切るのを確認して、踏み込んでくる。飛瓏は横に回りこんで一撃をかわす、だがそこに二人目の刀が襲い掛かってきた。一人目の太刀をかわし、動きが止まりやすい瞬間を狙った一撃だ。だが、それも予想の範囲内だ、飛瓏は緩やかに身をかわすと再び二人と相対する。
(武道家との戦いは不慣れなようだ。だが、連携はなかなかだ、実戦的な訓練を受けているようだな)
飛瓏が新たな一手を繰り出そうとした時、頭巾を被った渉が駆けつけてきた。
「俺が相手だ」
その言葉に、若侍の一人が渉に向かう。飛瓏は、背を向けた若侍に背後からの一撃を放つ。だが残った若侍がそれを阻止すべく刀を振り下ろす、だが飛瓏の一撃は誘いでしかなかった。素早く足を引くと、一気に間を詰める。胸に重い一撃を放つ、後ろへと弾き飛ばされた若侍はなんとか体勢を整えた。本来なら、体勢を整える間を与えず追打を与えるのだが、今日は違う。もう一度くらいは機会を与えるのが筋だろう。
(‥‥だが、皆とは違いあまり加減は出来ないが)
若侍は相手が手練であることを知ったためか、容易に手を出しては来ない。試合でならば臆病といわれるかもしれないが、主を守り仲間が近くにいる状況では時間を稼ぐのは正しい。本来ならば、いつ加勢が来てもおかしくないのだ。飛瓏は襲撃者らしく、自分から動き出す。刀を持つ手を目掛けて蹴り上げる、当然若侍は手を引いてそれをかわす。乱れた剣先を正すよりも、飛瓏の動きのほうが早い。続けて繰り出されたつま先が、若侍の腕に叩き込まれる。その威力に耐えつつも、若侍は反撃を試みるがそれは全て飛瓏にかわされる。逆に飛瓏の渾身の一撃を受け、地面に倒れる。
「骨が折れたな。あまり動かないほうがいいぞ」
飛瓏はそういうと、隣で戦っていた渉の方を見た。渉も既に相手を気絶させ戦いを終わらせていた。二人は門へと入り、仲間たちの様子を伺った。
少し離れた場所で若侍と相対していた陣は、先ほどから相手の武器を破壊することに専念していたが、獲物が木刀では中々それに成功することが出来ずにいた。やはりもう少し威力のある武器でなくては、中々成功しづらい。仕方なく陣は戦い方を変えることにし、六尺棒に持ち替えた。
真っ直ぐに打ち込まれた太刀を、六尺棒で弾き返すとすぐさま、相手の肩に棒を振り下ろす。若侍も受けようとはしたが技量に圧倒的な差がある。肉を打つ音共に衝撃で若侍が後ろへと下がる。その様子を見て陣は言う。
「よいか、この様な戦いでは相手が必ず自分より弱いということはない。なら考えるんだ、どうすれば護れて自分も生残れるかをだ」
その言葉を聞いたからかどうか、若侍は引き気味の体勢で守りに入る。
「それが正解だな。今の状態なら加勢が来るのを待つのかな、だが自分がそれに付き合う必要はないぞ」
陣は言葉と共に、一気に攻勢に出る。若侍はそれを必死に受け流すが、全てを防ぐことは出来ない。その様子を見て、陣が告げる。
「どうだ、もうわかってきたろう。降参せぬか、此方が本気かどうかもわからぬはずはないと思うが」
その言葉に若侍は短く応える。
「自分の役目を果たすだけだ」
「もっともだな」
陣は六尺棒を構えると、若侍と相対する。睨み合う一瞬、動き出したのは陣の方だった。棒を低く弧を描いて、足を打ち据える。若侍は体勢を崩しつつも、刀を振う。しかし、陣もなんとかそれをかわすと、上から押さえ込む。
「お主は強くなる、だから無茶をして死ぬなよ」
陣はそう告げる。
残る瞳はというと、上役の男と女性の若侍と相対していた。正直上役は瞳達よりも実力は上だろう。しかし、本気で戦わないと判っている以上、さほど気にする必要は無かった、瞳の技によりあっけなく倒れた風を装っている。
相手は蛇毒手を知らなかった様だったが、瞳は最初からそれを晒して戦う。ひとりとなった相手に瞳は踏み込んでいく。それに応じて、上段から刀が振り下ろされる、それはかわしたものの、瞳は下がらずを得ない。相手も油断は出来ない腕は持っている。だが、瞳も自分の腕に自信を持っている。
再び相手の間合いに瞳は踏み込む。同じように振り下ろされた刀をかわし、瞳は拳を振う。その一撃に、相手は頭を振るがなおも向かって来る。だが、彼女が衝撃から立ち直る前に、瞳の連打が浴びせられ、ほぼ一方的な戦いになる。だが、瞳は攻撃の手を緩めようとはしない。
そして、瞳はスタンアタックを使う。狙い澄まされた一撃に、相手は意識を失うが、瞳はそれでも攻撃の手を緩めない。打撃によって相手を無理矢理に覚醒させなお連打を続ける。そして、それでも女若侍は刀を放そうとはしなかった。何度、気絶させようとそれだけは放そうせず、立ち上がろうとし、立ち上がることが難しくなれば、膝をついたままでも刀を振う。
それを確認して、瞳は次の段階に移る。彼女の顔に向かって蛇毒手を振う。瞳の手が彼女の顔を鷲掴みにする、同時に刀が突き出された。瞳はそれをかわし、彼女の目を見る。
その目は力を失わずに、強く瞳を見据えていた。
「恐怖ヲ見据エ立チ向カウハ好シ」
瞳はそういい残すと、身を翻した。蛇毒手により倒れた女武者を残し門へと向かう。
マハラと鏡印の二人は森の中を進んでいた。すぐ背後からは二人の若侍が追ってきている。全て予定通りだった。
突然、驚きの声と共に若侍の一人が飛び上がる。いや、空中へと引きずり上げられた。マハラと鏡印の用意した罠の一つだ。蔦の輪に足が入ると木の張力を利用し、足が蔦の輪に締められ、木に吊り下げられる仕掛けだ。
間髪をいれず、鏡印が残る一人に襲い掛かった。突然の出来事に若侍は必死に応戦するが、身のこなしに優る鏡印は徐々に相手を追い詰めていく。そこに、鏡印の鷹が相手に襲い掛かる。若侍は腕を上げてそれを振り払うが、その隙を逃さず鏡印の拳が叩き込まれる。
マハラはそれを確認しつつ、吊り上げられた若侍に声を掛ける。
「多分他の人は正面から闘っているのでしょうがそれは、いずれ実践で出来ますよ。剣戟でも多少は相手できますが、この経験はいずれ役にたちます」
そう言ってその場を後にしようとしたが、吊り上げられた若侍は自らを縛める蔦を刀で切り始める。だが、高く吊り上げられているため、そのまま落ちれば無傷では済まず、頭から落ちれば死ぬこともありえるだろう。
「頭から落ちると死にますよ」
マハラはそう声をかける。忠告は襲撃者らしくはないが、死なれても困る。その言葉を聞いたのか、蔦を切った若侍は落下しながら体を丸め頭を庇う。だが、背中から地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。その間にマハラは素早く近づくと、太刀と小太刀を奪い、喉に手裏剣を突きつける。
「一か八かの決断力はともかく、今回は運が無かったわね」
そこに鏡印がロープを手に歩いてくる。彼を軽く縛ると、二人も屋敷へと向かった。
屋敷へと辿りついた六人の前に再び、山中が現れる。
「今はあの者達の手当てを始めている。殿のご意向により会って言葉を掛けて貰うことはできないが、今度の事は大きな経験になった事と思う。あの者達に代わって礼を言わせて頂く」
そうして、山中の手からそれぞれに報酬が渡された。それを受け取り、鏡印は山中に告げる。
「では、あの者達に戦いは正面からの斬り合いだけではない事と戦場での心構えは未知の可能性に備える事を伝えておいて欲しい」
鏡印に残った者たちも続き、彼らは麻生藩を後にした。