伸ばされる手
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■ショートシナリオ
担当:鏑先黒
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 36 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月28日〜11月02日
リプレイ公開日:2004年11月04日
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●オープニング
ある日、少し離れた寺の僧がギルドへとやってきた。
「つい先刻、大怪我を負った10才くらいの童が寺に運ばれてきてな。怪我は治したのだが、少々厄介なことになってしまったのじゃ。というのもその童は山奥に15になる姉と住んでいるのだが、昨日その姉が熱を出して、童が薬草を探しに出たそうだ。だが、途中で茶鬼に出会ってしまってな。追い回されて、だが姉のいる家に逃げ帰るわけもいかず、山の中を逃げ回ったそうじゃ。最後に崖から落ちるようにして、逃げ切ったのはいいが、足を怪我をしてしまっての、偶然通りかかった木こりが当寺まで連れて来たんだが、童は流石に姉が心配らしい。その童、一太というのだが、彼の依頼でその子の家に薬草と一太を送り届けて欲しいそうだ」
「なるほど、茶鬼のいるかもしれない山を通って届け物と護衛ですか」
ギルド員の言葉に僧侶は頷く。
「うむ、だが報酬のほうは些少しかご用意できそうにない。一太はもとより当寺も裕福ではないのでな」
「判りました。では、それでも良いという冒険者を集めましょう。ご安心ください、必ず見つかりますよ」
ギルド員はそう笑顔で答える。
ギルド員の言葉どおり、相場より安い報酬であっても、集まってきた冒険者はいた。その日のうちに冒険者たちは出発する。一太は本当にまだ子供という感じだが、常日頃山野を駆け巡っているためか逞しい気すらする。
そして、翌日の夕方には冒険者たちは一太の家にたどり着く。森の中を半日以上歩いての到着だ。急な細い山道が続き、丸木橋、沢渡りが一箇所づつあり最後はほとんど道をなしていない所を通る。
「ミチ姉ちゃん、ただいまっ」
一太がガラっと引き戸を開けると、土間に一人の少女が倒れているのが冒険者たちにも見える。
「姉ちゃん!」
一太が駆け寄って揺さぶると、少女はうっすらと目を明ける。褐色の肌が熱の為か赤くなり、目が潤んでいる。
「一太、良かった‥‥」
そして再び目を閉じる。ほっそりとした少女の額に、冒険者の一人が手を当てる。
「すごい熱だ」
少女、ミチを布団に寝せ、冒険者と一太は話し合う。
「どうやら、帰ってこない一太を熱のあるまま探したらしい。下手をすれば夜通しな。ともかくひどい熱だ。薬草だけでは駄目だな、町医者に連れて行ったほうがいいな」
「だが、簡単にはいかないな。さっき、水を汲みにいったとき茶鬼の姿を遠くに見た。どうやら茶鬼戦士もいるようだ」
「なら、なおさら急いだほうがいいわね」
冒険者たちは、少女と少年を安全に町まで護衛するための作戦を話し始めた。
「よろしくお願いします‥‥」
その声に冒険者たちが振り返ると、上半身を起こしたミチが頭を下げているのが見えた。
●リプレイ本文
伸ばされる手
高熱の出たミチを助けたいのは皆同じだったが、冒険者の中には医術に特に通じた者はいない。そのため、ミチがどの程度危険な状態なのか正確には推し量れない。しかし、一昼夜以上高い熱が続いている事を考えると、一刻も早く医者に見てもらおうというのが、共通した認識だった。
「失礼するぞ」
御神村茉織(ea4653)がそういってミチを背負い、すぐに降ろす。ミチの重さを確認し、背負ったときの負担を確認したのだ。
「背負うのは問題ない。だが、戦闘は難しいな」
重さ自体は西洋の鎧よりは軽いが、守り動きに気をつけねばならないためだ。
「僕も同じかな、戦うのは難しいね」
茉織の言葉に跳夏岳(ea3829)も頷く。
「一太、お姉さんの着物と紐があれば持ってきてくれ」
茉織の指示に、一太が駆け出す。本当は背負子で背負えれば良いのだが、人ひとりを乗せられるものは無いし、それを自作出来るだけの時間もなかった。
「手拭と水入れは用意したのじゃ。準備が出来次第出発しようぞ」
秀真傳(ea4128)が手に持った水入れを見せながら言う。その間にも大宗院鳴(ea1569)や巽弥生(ea0028)がミチに着物を重ね着させ、背負った茉織と紐で結ぶ。
白羽与一(ea4536)は外に出て、外を見張っていた緋室叡璽(ea1289)と限間灯一(ea1488)に問いかける。
「茶鬼どもの様子は如何でございますか?」
「今のところ、姿は見えません」
その灯一の言葉に頷いて、与一は中に声を掛ける。
「外は大丈夫でございます」
その声に促されて、茉織達が出てきた。茉織の背にはミチがしっかりと背負われている。
「では、最初はわしが先頭じゃな」
傅が先に立って進み始める。その後に、灯一、弥生、与一と続き、ミチを背負う茉織と夏岳、一太が中央だ。その後に鳴、殿は叡璽という配置だ。
「みなさん、よろしくお願いします」
ミチが咳き込みながら告げると、一太が心配そうに見上げる。それを見て、鳴が一太の肩に手を置いて言う。
「大丈夫ですよ。わたくし達が無事に街までお送りしますわ」
ニコっと笑みを浮かべた鳴をみて、一太は不安そうにしながらも頷く。
「心配するでない一太殿、おぬしがその様な顔では姉君も不安であろう。傍で励ましてやるのじゃぞ」
傅の言葉に一太は強張った笑みを浮かべる。それを見て、ミチが微笑んだ。傅は一太の頭にぽんと手を載せる。
(「姉弟とはやはりよいものじゃ」)
山道を進むごとに、茉織の息が段々と荒くなる。ミチの体重が軽いとはいえ、人ひとりを背負っての山歩きはつらい。汗を拭うことも出来ない茉織の様子を見て、夏岳が交代を申し出る。
「すまない」
茉織の言葉に、夏岳は首を振る。
「いざという時に、動けないと大変ですから」
夏岳はミチの様子を見るが、上気した顔は出発の時と変わった様子は無い。だが、念のため額に手を当てる。
(「熱い‥‥」)
出発した時よりやや高くなっているだろうか。その額を夏岳はそっと手拭で汗をふき取る。
「頑張って! 一太さんも心配しているんだからね!」
その言葉に、ミチは目を開けて頷いた。かなり体力も消耗しているようだ。夏岳はそっと彼女を背負うと、山道を進み始めた。
しかし、山道を歩くという事はそれだけで体力を消耗する。しかも、人ひとりを背負っての下山ははるかに神経と体力を消耗する。夏岳らはそれでも、ミチが少しでも楽な様に慎重に歩みを進めている。
昼下がりから出発した一行は、順調に道程を進んでいった。だが、半ば程まで差し掛かったところで、夜が来る。叡璽らがテントを提供し、かわりに食料が尽きた叡璽と夏岳が分けてもらう。しかも、火を起こし、傅がウィンドレスを使う。ミチにとっては野営とは思えないほどの好条件だ。
「これでよしっと」
夏岳がそう言って汗を拭いた手拭を畳み、ミチが着物を身に着ける。そこに、灯一がリカバーポーションを手に入ってくる。
「これを飲んでみませんか?」
見たことの無い薬にミチは首を傾げる。それでも、灯一は利くかもしれないからと勧める。ミチは素直に飲んで、灯一らに勧められるままに眠りに付いた。
夏岳と灯一がテントの外に出ると、皆がこれからの事を相談していた。
「雨が来そうだな。朝までには降り始めるだろう」
茉織が空を見ながら言う。その言葉に傅も顔を上げる。
「そうか‥‥。わしのウィンドレスでも、雨までは防げぬ。姉君の具合が悪化しなければ良いが‥‥。家に残って朝に出発した方が良かったかのう」
茉織が首を横に振る。
「いや、この先にも沢渡りがある。雨で増水すれば渡れなくなる可能性が高い、降り始めたら出発しよう」
「判りました。最初は俺と傅さんで最初の見張りに立ちます。雨が降り始めたら教えますから休んでいてください」
叡璽がいい、皆は休むために眠りについた。そして、途中から鳴と弥生が見張りにたったがとうとう雨が降り出した。そのため、夜明け前にも関わらず一行は出発した。雨とはいっても霧雨程度だったが、足元の滑りやすさは格段に上がった。だが、歩みを止めている暇は無い。一行はゆっくりと進んでいった。
沢を越えてから森の中を進むうちに叡璽の足が止まる。少し遅れて鳴の足も止まった。
「‥‥後ろからですね」
背後を振り返った叡璽と鳴の目に、人影が走り去っていくのが見える。茶鬼の偵察だろうか‥‥。
「敵ですわ。注意して下さい」
鳴の言葉に、皆が緊張して足を速める。しかし、ミチを背負ったままの夏岳の足はそれほど早く進まない。やがて、後方からときの声上げて茶鬼たちが来るのが聞こえてきた。敵は茶鬼戦士を含めて、10匹はいるだろう。叡璽はすらりと刀を抜くと、夏岳らにいう。
「下がっていてください。ミチさんの安全が一番です」
その言葉に従って、ミチを背負った夏岳と茉織が一太の手を引いて下がる。次いで、先頭を進んでいた傅達が叡璽らと合流しようとしたが、それを待たずに叡璽は駆け出した。叡璽のすぐ前にいた鳴も呪を唱え青白い電光を身に纏い、歩を進める。茶鬼に肉薄した鳴は小太刀と短剣で斬り付けた。もとより重みの無い攻撃だが、手数で茶鬼を圧倒する。叡璽も茶鬼に接近しつつ相手の攻撃を誘う。力任せの一撃を次々にかわし、多くの茶鬼を引き付ける。
そこに少し遅れて弥生らが加わる。叡璽と鳴によって足が止まった茶鬼に攻撃をかけた。
「ちっ‥‥お前たちに構っている暇などないと言うに!」
弥生の刀が茶鬼の体に打ち込まれる。確かな手ごたえと共に、茶鬼の首筋から血飛沫が上がる。だが、なおも振りかぶった茶鬼の斧を受け流すと、弥生は再び刀を打ち込む。その衝撃に茶鬼は倒れ伏す。それを確認せずに、弥生は次の敵へと向かった。
その戦いをすり抜けて茶鬼戦士が夏岳らに迫ろうとした。だが、その前に灯一が立ちふさがる。
「ここは通しません」
その言葉が通じた訳ではないが、意思は通じた。茶鬼戦士は真っ直ぐに灯一に向かって来る。茶鬼戦士は冒険者でも一対一では勝てない者が多い強敵だ。振り下ろされた斧を、灯一はなんとか受け止める。だが、それが僥倖に近いことを灯一自身が知っていた。次の一撃が受け止められるかは、博打に近い。対して、灯一の反撃は簡単に受け止められてしまう。
だが、灯一の背後から風鳴りと共に一本の矢が飛来し、茶鬼戦士の目に突き立つ。苦鳴ともつかぬ喚き声を撒き散らし、茶鬼戦士は斧を振り回す。その斧をかいくぐって、灯一が茶鬼戦士に刀を突き立てる。確かな手ごたえが、灯一の刀から伝わってきた。
「下がってくだされっ」
その言葉に灯一が刀を引き抜き、身を引いた。瞬間、再び与一の弓から矢が放たれる。矢は茶鬼戦士の胸に突き立つ。正確に狙われた一撃は、鎧の隙間を縫い、茶鬼戦士の動きを止める。灯一はその隙を逃さなかった。上段に構え渾身の力を込めて、愛刀を振り下ろす。茶鬼戦士はそれでも盾で受けようとしたが、灯一の刀は盾ごと押し込む。刀は茶鬼戦士の体に食い込み、絶命させる。灯一は振り返ると援護した与一に礼をする。その灯一に与一は笑みを見せる。
「与一は灯一殿が皆を守ってくださると信じておりましたゆえ」
戦いは終わろうとしていた。傅の双手から繰り出される刀が、茶鬼を二重に切り裂く。そして、濡れた地面に倒れた茶鬼に傅はとどめを刺した。その姿を見て、茶鬼たちが次々と背中を見せていく。その逃げていく様子に傅は息をつく。
茶鬼は傷を負った者も含めて半数近くが逃れていったが、それを追おうとは誰もしなかった。ミチと一太を守っていた茉織も構え解く。皆のお陰で、ミチの元にたどり着いた茶鬼は一匹もいなかったのだ。
結局、街に着いたのはその日の昼過ぎだった。雨は強くなる一方で、出発していなければ、山に閉じ込められていただろう。街に着くとミチはすぐさま町医者へと運ばれた。その医者の話では高熱で危険な状態ではあるが、どうやら乗り切れそうだということだった。
そのミチの枕元に、叡璽は依頼金であるお金を置いて立ち上がる。眠ったままのミチは起きた時に驚くだろうが、その意味は判るはずだ。心なしか笑みを浮かべて叡璽は部屋を出た。
叡璽が外に出ると、ちょうど冒険者達が一太に別れを告げるところだった。
「ありがとうございました」
そう言って、頭を下げる一太に与一は笑みを向ける。
「いつか姉上を背負えるよう大きくなられよ」
その言葉に、一太は力強く真摯に頷く。
「うん、今度は僕だけで姉ちゃんを守るよ」
その様子に皆が笑みを浮かべた。
8人の冒険者は帰途へとつく。だんだんと一太の姿は小さくなっていくが、いつまでも一太は冒険者を見送っていた。
「あぁ、やっぱり姉弟っていいですね」
おっとりとした鳴の言葉に灯一が同意する。
「全くです」
その気持ちは、ここにいる者たち全てが感じていることである。こうして、冒険者たちはある姉弟の危機を救うことが出来た。