茜
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■ショートシナリオ
担当:鏑先黒
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月01日〜11月06日
リプレイ公開日:2004年11月08日
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●オープニング
山の中までの往復の護衛を希望。期間は五日間。予想される敵は、豚鬼が数体から十数体。
この素っ気無い募集に応じた冒険者は、すぐにギルドの一室に通された。するとそこには、14才くらいの少女がいた。江戸娘ではなさそうだが、着物の生地、仕立てともに上等であることは判る者には判った。娘が依頼人であるらしく、冒険者が集まったとみると話し始める。
「私は下総の商人の娘、かすみといいます。実は下総の山中にある、月が原に茜を掘りに行きたいのですが、最近その辺りに豚鬼が出るという噂なのです。ですから、その時の護衛をお願いします」
そう言って、かすみは冒険者たちに頭を下げる。
「茜、というと染料の茜ですか? 江戸市中に幾らでも売っていますけど」
冒険者の言葉に、かすみは困ったように、首を横に振る。
「月が原で、自分で掘るということが大切なのです。それから、土地のものには気づかれないようにお願いします。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
かすみはそう言って、再び頭を下げる。
かすみが席を立った後、冒険者の一人がギルド員に声をかける。
「一応、裏は取ったのか? 掘る場所は寺領とか藩領じゃないよな」
護衛をするのは仕事だが、お尋ね者になるのはご免だ。
「その辺は大丈夫だ。ちょっと聞き込みをしたら判ったが、あの娘の住んでいる陣屋町には、一つ言い伝えがある。山奥にある月が原っていう場所で月の出ている夜に茜を掘って、それで染めた着物を着ると好きな相手と結婚できるっていう話だ。まぁ、御まじないみたいなものだな」
「へぇー‥‥まぁ、それでお金が貰えるなら、いいけど」
「ただ、その月が原に行く道に最近豚鬼が出没しているっていうのは、本当だ。気をつけていけ」
ギルド員の話では、危なそうなのは途中のつり橋と豚鬼の住処の近くである月が原だという。特につり橋はそう長くは無いが、渡っている最中に揺らされて投石攻撃をされるので、近在の武家も本格的な討伐をしようかという話になっているらしい。
「それから、これも聞いた話だが、あのかすみって娘は割と大きな商人の一人娘で、半年後に同じぐらいの商人の次男坊との祝言を控えているそうだ。だが、噂では好きあっている男が別にいるらしいな。真面目な植木職人らしいが、商人の跡継ぎにはなぁ‥‥。まぁ、依頼には直接関係無い話だがな」
そういって、ギルド員も席を立った。残された冒険者は顔を見合わせる。
●リプレイ本文
茜
冒険者とかすみがその山に足を踏み入れたのは、予定通り日が暮れてからの事だった。
「明かりは使ってもよいのか?」
菊川響(ea0639)の言葉にかすみは頷く。
「私が来たことさえ知られなければかまいません。豚鬼が出る前は夜にこの山に入ってくる者は多かったのですから」
かすみの言葉に頷き、響は提灯を着ける。月明かりがあるとはいえ、提灯があるとないとでは、大きな違いがある。一行は順調に進んだ。
その中で、氷川玲(ea2988)と闇目幻十郎(ea0548)が斥候に志願し、皆より先に進んでいた。しばらくは何の問題も無く進んでいた二人だが、やがて問題の吊り橋へとやってきた。吊り橋は人が一人通れるかどうかの幅で、その気になれば綱を切ることで簡単に壊せそうだった。
「‥‥豚鬼が10匹くらいか」
橋の向こう側で豚鬼が複数たむろしているのが、玲には見える。
「こちらに気付いている様子はないです。夜に人が来るとは思っていないのでしょう」
幻十郎と玲は頷き合う。豚鬼は弱い鬼ではあるが二人で倒すには多すぎる数の上、つり橋の奥という場所も悪い。幻十郎は見張りのために残り、玲が来た道を走って戻る。
前から響いてくる足音に真っ先に気付いた竜太猛(ea6321)が皆に警告を発した。
「誰か走ってきているぞ」
その言葉に隣にいた御神楽澄華(ea6526)らが足を止め、構えをとる。リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)もかすみの傍に守るように立つ。だが、現れたのは予想通り、玲だった。皆に駆け寄った玲は皆に豚鬼がいる事を告げる。
一行は吊り橋に豚鬼が気付かない程度に近づく。すると、低く豚鬼達の声が聞こえてくるが、中には鼾らしいものも混じっている。
「これなら、予定通りで良さそうだ」
嵐真也(ea0561)の言葉に、マリス・エストレリータ(ea7246)が頷く。
「うむ、ではちょっと言ってくるぞ」
マリスはそう言うと、闇の中へと消えていった。マリスは川下に回りこむとその羽根を使って向こう岸へと渡る。今のところ気付かれた様子は無い。ややしてからマリスの目にだらけきった豚鬼の姿が見え始める。その様子を見て、マリスはぎりぎりまで近づいた。そして手近な枝に降り立つと詠唱を始める。低い詠唱ではあったが、流石に豚鬼の耳にも入った様だ。警戒を告げる声が響く。そして、呪文の詠唱のため淡い銀の輝きを纏ったマリスは簡単に見つかってしまう。
(「もう遅いぞ」)
マリスの呪が完成すると、豚鬼の居た辺りが完全な闇に閉ざされる。シャドゥフィールドの効果だ。その闇の中からマリスのいる方に向かって石が飛んでくるが、狙いは滅茶苦茶だった。マリスは高く飛び上がることで、それをかわす。
そして、マリスが呪を唱え闇が辺りを包んだ瞬間、待ち構えていた幻十郎が吊り橋を走り始める。無論、夜に吊り橋を渡るのは難しいが、忍びの心得がある幻十郎にとって渡るために作られた橋を通り抜けるのは難しい事では無い。幻十郎が渡りきろうとした時、豚鬼達はようやく橋を渡った人間に気付いた様だった。慌てて石が投げられるが、幻十郎は鞘に入れたままの忍者刀で打ち落とす。そのまま走り抜けた幻十郎は橋のたもとに留まった。そして、次に玲と澄華が橋を渡り始める。その歩みは幻十郎よりは遅いが揺らされさえしなければ、足が止まる事は無い。
だが、その間にも三匹の豚鬼が幻十郎に襲い掛かってくる。木槌での攻撃は大振りだが、当たれば大きい。豚鬼の怖さはその膂力にあるのだ。次々に振り下ろされる木槌を幻十郎はかわすが、回避に専念したため攻撃にまでは手が回らない。だが、更に豚鬼の数は増えるだろう。
その時、ようやく玲と澄華が駆けつけた。幻十郎に襲い掛かろうとしていた豚鬼に、澄華は渾身の一撃を見舞う。豚鬼は深々と切り裂かれ、地面に倒れる。死んではいないがもうろくに戦う事は出来ないだろう。
一方の玲は豚鬼の首筋を痛打し、気絶させようとする。まともに相手をするより手っ取り早いと考えたのだ。しかし、体力もある豚鬼は簡単には気絶しなかった。それを察した玲は慌てずに一気に間合いを詰める。そして小柄を手にして豚鬼の急所に突きこむ。大して威力の無い小柄が、玲の手によると刀に負けぬ程の使い勝手を見せる。
「こっちだ」
澄華達が戦っている間に、リーゼはかすみの手を引いて吊り橋を渡り始める。その手が小刻みに震えているのがリーゼには感じられた。だが、戦いの心得も無い娘がすぐ近くで戦いが行われているというのに、進もうというのだからそれも無理は無い。リーゼはかすみの手を強く握ると、笑みを見せて問う。
「怖いのか?」
そう聞くとかすみは素直に頷いた。
「はい」
その答えにかすみの後ろにいた太猛が声を掛ける。
「怖いといいながら進むとは、余程好いておるのじゃな」
かすみの足が止まり、太猛を振り返る。
「その話は後だな、橋を渡る事が先決だ」
だが真也の声に促され、かすみは歩を進めた。その背を見ながら、響は矢を放つ。闇に紛れて豚鬼の姿は見にくいが、響が外す程では無い。豚鬼は飛んでくる矢に対して、石を投げ返すが響は簡単にそれをかわす。逆に石を拾って投げ返しまでする。
徐々に豚鬼達は橋へと集まってきたが、シャドゥフィールドで分断されたままの上、響の援護もあり戦いは冒険者の有利に進んでいた。リーゼ、太猛、真也は少し離れてかすみの傍にいた。そのかすみが、一番近いリーゼに小声で問いかける。
「あの‥皆さん、私がどうして此処に来たのかご存知なのですか?」
その問いにリーゼは頷く。そして、かすみにだけ聞こえる様に言う。
「ちょっと耳に挟んでね‥‥願をかけて、私達も手伝う事に異存はないよ。願う事は決して悪い事じゃないし。ただ、約束して。願うだけじゃ決して叶わない事もあるって事をわかって、その上で行動してね。それと、好き合った結婚以外じゃ、本当の幸せってつかめないものだよ」
その言葉にかすみは戸惑いを見せる。
「でも‥‥私だけの我が侭で」
リーゼが更に言葉を継ごうとしたが、その時戦いが終わり、皆がかすみの元へと集まってきた。
一行は少しの間休憩し、誰にも怪我が無いことを確認した後に一行は進み始めた。歩きながら太猛がかすみに問いかける。
「かすみ殿の想い人はどの様なお方じゃな」
その言葉に、かすみは頬を染める。そして、少し考えてから答えた。
「とても真面目な方です。植木職人としてはまだ駆け出しだと思いますが、いつも懸命に仕事をなさっています‥‥」
太猛はその言葉に頷く。
「やはり余程好いておるのじゃな。その者について話すお主の表情がそれを物語っておる。美しく幸せそうで実に良い。まじなうだけでこのままで良いのか? お主が真に願う想いを違えては決して幸せになどなれぬ。勇気を持たれよ。娘の幸せを願わぬ親も居まい。時間をかけてでも認めて貰えば良いのじゃ」
その言葉にかすみは困ったように眉を寄せる。その様子に真也が言う。
「だが他者に薦められただけで頷くのでは同じだ。君が望む道を進むが良いさ。まあ、今のところ坊主でそういう事に縁が無い俺が言っても説得力は無いかもしれんがね。自分で選ぶ道だ後悔が無いように」
真也の言葉に、幻十郎も頷く。
「何故その人を好きになったのか良く考えなさい。そして一緒になった場合、その生活に満足出来るか考えなさい。その上で親の言う事に従うか、自分の心に従うかを決断しなさい。忍者の自分に言えるのはこれだけです」
それぞれの言葉に、かすみは迷いを見せる。それは考えているという事でもあった。
月が原に辿り着いた時、月は傾き始めていた。だか、その光は月が原全体を照らしている。かすみが用意していた道具で穴を掘り始めると、冒険者達は四方に見張りを立てた。豚鬼達の住処がこの近くにあるという噂だから、油断は出来ない。玲と澄華はそれぞれ南と東の林を見張る。
「さて、難しいものですね。親の決めた祝言と、立場の見合わぬ想い人‥難しい問題かと。家、というものは簡単に捨てられるほど軽いものでもありますまい」
澄華の言葉に、玲が問う。
「あんたにもそういう話はあるのか?」
その言葉に澄華は苦笑を浮かべる。
「ありません。ですが、私も士の端くれ、今は冒険者であってもその辺りのしがらみというのは無縁ではいられません。氷川様も同様でしょう」
その言葉に玲は頭をかく。氷川の血筋が途絶える事、そのことを大事と考える者がいる事は確かだ。
「まあな。だが、あいつの望み叶うといいな」
「ええ。大丈夫でしょう。全てを承知の上で、依頼を出してまで茜を掘りにきたのですから、決意は既にかすみ様の中にあるものかと思います」
澄華の言葉に、玲は無言で頷いた。
かすみは穴を掘り続ける。丁寧に、丁寧に。それを上から見ながら、マリスは声を掛ける。
「人間は難しいのう」
マリスを振り仰いだかすみを見て、彼女は続ける。
「家の事や父上様の事とか色々あるんじゃろう、じゃがシフールが人間に恋するよりは全然普通ですぞ」
その言葉にかすみは小さく笑みを浮かべて問い返す。
「マリス様がそのような恋をしているのですか?」
「さてのう。じゃが、私は吟遊詩人じゃ。そのような話はいくらでもしっているぞ。幸福な話も、悲しい話も、の。しかし、心に感じた事が一番大切じゃ。それを裏切って、本当に幸せになった者はおらぬと思うぞ。そして、それだけでも守れるなら幸せではないかのぅ」
マリスの言葉に今度はかすみは再び考え込む。
心配された襲撃も無く、茜掘りが終わると、一行は山を下り始めた。かすみの手には一抱えの茜がある。だが、その中でかすみは黙々と歩いていた。それを冒険者達も邪魔しようとはしなかった。やがて、ふもとまで来たときかすみは足を止める。そして、冒険者達に頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。‥‥ようやく、決心が着きました。この茜で着物を染めてあの人に会いに行こうと思います」
その言葉を聞き、皆の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「大丈夫だ、ここまで来たかすみ殿の強い想いがあれば願いは叶うと思う」
響の言葉に、かすみは、迷いのない笑顔を見せた。
「ありがとうございます。」
かすみは、深々と頭を下げた。そして家路へとついたかすみの後を冒険者達は歩き出す。朝日が昇ってこようとしている。