●リプレイ本文
●一期一会
心地好い暖かさを含んだ風が、シフールのクレリック、フィリア・レスクルト(eb1231)の頬を優しく撫でていった。フィリアの頭上に広がるのは、彼女の雲のようにふわふわっとした髪と宝石のような円らな瞳と同じ、どこまでも遠く澄んだ空色だ。
「今回の依頼は、行商人さんの護衛ですか。無事に山賊さん達から護れるように頑張りましょうね」
「山賊か‥‥既に被害も出てるみてーだし、放っておけねぇよな。それに、武器を持たない奴や、弱い奴から奪うって性根が許せねぇ‥‥」
フィリアが冒険者ギルドの前に集まったレンジャーのグイド・トゥルバスティ(eb1224)達に声を掛けると、彼は吐き捨てるように言った。深い川底のような青い瞳には山賊の愚行に対する怒りの色を帯びており、声と相まってグイドの赤い髪は燃え盛る炎を思わせた。
グイド達と山賊退治をモチーフに即興で踊れそうだと、ジプシーのシャーリー・チャダロ(ea9910)は思った。モチーフを見付けるとそれを題材に即興の振り付けを考えてしまうのは、ある種、職業病みたいなものなので黙っているが、グイドといい、忍者の椎名十太郎(eb0759)といい、今回の依頼はなかなか素敵な巡り合わせだと、彼女は心の中で太陽神に感謝した。
「山賊とて食べていかなければならない。犯行を重ねるのは生活苦に依るものだろうが‥‥勿論、私利私欲の為に他の者の富を掠め取る行為は許されざるものだ」
「ま、奴らのお陰で私らの仕事もある訳で、引き受ける以上はきっちりやらせてもらうよ。仕事があるだけありがたいって事だし、情けを掛ける必要はないしね」
ハーフエルフの神聖騎士、イリーナ・リピンスキー(ea9740)は神に仕える者として、山賊達が罪を重ねる理由を慮るものの、行為自体は到底許せるものではなかった。
依頼に失敗して自信を失った冒険者や、なまじ力を持ってしまった冒険者が山賊や盗賊に崩れるケースも少なくない。ハーフエルフのファイター、フィリス・バレンシア(ea8783)は、山賊達はかつての仲間かも知れないと言わんばかりだった。
「あ! 依頼人さん、来たみたいよ!」
パラの志士、神楽絢(ea8406)のやたらと明るい声が聞こえると、イリーナは幅を広めに折ったバンダナを締め直し、フィリスはマントに付いているフードを被った。イリーナはバンダナと黒曜石を溶かしたように艶やかな腰下まで伸ばした黒髪で、ハーフエルフの象徴たる耳を隠した。フィリスも同様だ。彼女の太陽の輝きを帯びた黄金を糸にしたようなポニーテールが見られなくなるのは、シャーリーには少し残念だったが、依頼人もハーフエルフを嫌う1人かもしれないという配慮からだ。
荷車を牽く3頭の驢馬と共にやってきた行商人の男性は、30歳前後の優男だった。
「あの顔は行商人というより吟遊詩人の方が合っているな」
――とは、忍者の白峰郷夢路(eb1504)の第一印象だ。
もちろん、依頼人の旅慣れた格好は行商人のそれだが。
「私は志士の神楽絢です。道中、よろしくお願いします」
絢がぺこんと頭を下げると、イリーナ達も続いて自己紹介をしていった。
「早速で悪いが、積み荷を見せてもらえるか?」
十太郎は依頼人の許可を得て、荷車の中身を調べ始めた。
「この樽の中身は発泡酒ね。イギリスでは本当にいろんな発泡酒の作り方があるから、この作り方も教えてもらいたいわね」
絢は一番多く積まれている樽の中身を確認した。
エールはキャメロットに無数存在するエールハウスで手軽に手に入れられるが、自家製の物も多く、農村では家々に伝わる作り方もあり、美味しいお酒に目のない彼女はレシピの収集も趣味の一つだった。
「これは干肉だな。火で焙るといけるんだ。こっちの箱の中は山菜か。薬草の類だと思うが、こいつぁ味噌で和えると美味しいんだよな」
「師匠〜、仕事中だよ〜」
十太郎が調べた箱の中身は保存食のようだ。彼は塩に味噌、醤と調味料の多いジャパンと違い、味気ないイギリス料理に早くも飽き始めているのかもしれない。
そんな十太郎に夢路が軽く突っ込んだ。夢路は忍者の師匠として十太郎を慕い、一挙一動から忍びの技を盗むかのように、どこに行く時も後を付いていった。
‥‥が、振り回される事の方が多いようだ。「師匠」と言われて悪い気はしないが、こそばゆいのは確かだろう。
「冗談だ。箱の中身は移し替えられないな。あんたには悪いが樽の隙間に隠れてもらう事になりそうだ」
「荷車の中に隠れられるのは私だけですし、構いませんよ。後ろから襲ってくる可能性も無い訳ではありませんので、警戒するに越した事はありませんし」
「いい娘だ、頼むぞ」
十太郎達は荷車にフィリアが隠れられるスペースを探していたのだ。結局、樽の隙間を多めに取ってそこに隠れる事になり、快諾したフィリアの頭を隙間を確保したグイドがくしゃくしゃに撫でた。
くすぐったそうに目を細めるフィリアは外見こそ11歳だが、その倍の年月を生きており、実はグイドより年上だったりする。誉められて嬉しくないはずはないが、相手がシフールとはいえ、女の子に年齢を聞くのは禁句である。
●春風駘蕩
「それで、わざわざジャパンからニンジャの修行をしにイギリスまで来たんだ?」
「は、は、はい。まだまだ修行の身だから、1日も早く主君を護れる一人前の忍者になりたいんだ。師匠のように忍術も使えないからね‥‥」
「忍術を使わない忍者もいるし、夢路は夢路の特性を伸ばしていけばいい。俺は大斧の方が性に合っているが、夢路はスリングの方が得意だからな」
「ジャパンか‥‥行ってみたい国の1つだな。ゴブリンとかオークがいるらしいが、ジャパンにしかいないモンスターも見てみたいな」
フィリスと夢路、十太郎とグイドは旅装束やマントに身を包み、名もなき道を歩いていた。道幅は荷車一台がギリギリ通れる程度という、街道と言うにははばかれる細さで、一方は崖、一方は雑草だらけだが、主要街道以外はどこも似たり寄ったりだ。
歓談しながら進むフィリス達は、次の宿場は街を目指す旅人の一団のように見えるだろう。もちろん、意図的にそう見せているのだし、歓談しつつも8つの瞳は常に前後左右を隈無く見つめ、山賊を警戒していた。
幸い、森林の土地勘に明るフィリスが先頭に立っていた。
「‥‥あのさ、あまり言いたくないが、さっきから全然私の方を見ないけど、やっぱりあんたもハーフエルフは嫌いなのか?」
不意にフィリスが切り出した。この依頼を受けてから、夢路はフィリスの顔をまともに見て話した事がなかった。ハーフエルフだからといって全員が全員、差別に慣れている訳ではないし、冒険者なら比較的差別されないが、それでも完全になくなる訳でもない。
「そ、そ、そんな事は‥‥ないよ」
「だったら、人と話す時くらい、目を見て話すのが礼儀だろう?」
「ははは、あんたがチャーミングすぎるから照れてるのさ」
「し、師匠〜!?」
「フィリスといい、シャーリーといい、ちょっと肌を見せすぎだと思うぞ」
しどろもどろに釈明する夢路だが、やはり彼女の方は向かない。そこへ十太郎の高笑いとグイドの真面目な意見という助け船が出された。
フィリスの胸元が大胆に開いたソフトレザーアーマーからは、しっとりとした色香がこぼれるたわわに実った双房の果実が、はち切れんばかりに見る者を威圧する程に突き出していた。
シャーリーは踊りを見せる職業柄、肉感的で均整が取れ、メリハリの利いた抜群のプロポーション丸分かりの衣装を纏っている。それでも淫らとも下品とも思われないのは、その健康的な小麦色の肌がジャパン人の女性にはない、遠い異邦の地の甘露のような色香を漂わせているからだろう。
――つまり、若干13歳の純情な少年にはかなり刺激的、という事である。
顔を真っ赤にして俯く夢路に、フィリスは「やれやれ」とマントの前を締めたのだった。でも、こういう差別は悪くはなかった。
グイド達から遅れる事、数刻。
荷車を牽いた3頭の驢馬と行商人、その前にシャーリーとイリーナ、後ろに絢が付いて進んでいた。
本当は左右に付きたかったのだが、如何せん草が伸びるに任せてあり、それを刈りながら進むのは至難だろう。
「っくしゅん!」
「シャーリーさん、風邪ですか? よければ後程、診ますけど?」
「ジャパンではくしゃみは誰かが噂をした時にするものなの! 一に誉められ、二に貶され、三に惚れられ、四に風邪ってね。一回だから、誰かがシャーリーさんの事を誉めたのよ、きっと!」
シャーリーがくしゃみをすると、樽の間からフィリアの心配そうな声がした。くしゃみの原因は噂だと、絢がジャパンのくしゃみにまつわる話を始めた。
イリーナは1人、彼女達の話の輪には加わらず、布で包んだ保存食をぶら下げたロングロットを担いで、依頼人の横を歩いていた。
「俺にはフィリアさんくらいの歳の娘がいて、今食い盛りなんだ。稼がないといけないんですよ」
「ほう、元気そうな娘殿だな」
行商人は懐から長方形の木片を取り出した。それは紐が通してあってペンダントのように首から下げられる物で、10歳前後の少女の姿が彫られてあった。イリーナはそれを見て率直な感想を述べた。行商人が山賊に襲われる危険を冒してまで物資を届けるのは愛娘の為だという。
(「‥‥ふう、故郷ではここまで気を使う必要もなかったのだがな。致し方ない‥‥か」)
「立ち入った話も何ですけど、フィリスさんって元盗賊とかハーフエルフですか?」
「!? 何故、そう思う?」
「いえ、もしハーフエルフだったら、俺には遠慮しないで下さい。商売柄、ハーフエルフとも取引しますから」
「‥‥そう言って下さると助かる」
流石にフードを被りっぱなしなのは行商人も気になったのだろう。しかし、彼はハーフエルフに対しての理解があり、できれば動きやすい格好にして欲しいと告げた。
冒険者以外にも少なからずハーフエルフの理解者はいるのだと、イリーナは少しだけ心が温かくなったのだった。
●獅子奮迅
キャメロットを経って2日目。村まで残り半分である。
「‥‥わたくし達の未来が見える‥‥気がします。そろそろ、現れそうですね」
硬貨を太陽に翳し、『サンワード』を使ったシャーリーが全員に警戒するよう伝えた。サンワードによる答えは「山賊は近い」である。
「師匠、この先の丘に山賊が六人いたよ」
「弓を持った奴がいるのか、ウィザード風の奴とか、武装は分かるか?」
「いや、ちんぴら風の奴らしかいなかったよ。武装は短刀かな。一人だけ体格のいい奴がいたけど、それが頭だと思う」
『忍び歩き』で斥候から帰ってきた夢路が報告すると、フィリスが人数と構成を詳しく訊ねた。
グイド達はそのまま行商人の元まで戻ると、シャーリーは布を巻いて隠していたショートボウを取り出し、イリーナはライトシールドをいつでも持てるよう、荷車に立て掛けた。
「悪いが有り金と荷物を全部置いていってもらおうか! 俺達は優しいから、言う事を聞けば命までは盗らねぇよ!」
やがて濁声と共にイリーナ達の行く手を塞ぐように山賊が三人現れた。ちんぴらを左右に従わせ、声を掛けてきた者がこの山賊達のリーダーだろう。
「おいおい、有り金と荷物を全部盗っていって、“優しい”はないだろう?」
「あん!?」
「こういう事だよ!!」
山賊の言い種に肩を竦める十太郎。リーダーが肩を怒らせて詰め寄ろうとすると、夢路のスリングから放たれた石が命中した。
「が!? 野郎!!」
「物資を待っているこの先の村の今後の為にも、あんたらは全てやっつけてやるよ」
リーダーが短刀を振り翳して部下に襲うよう指示するより早く、グイドのショートボウが唸った。
「私がリーダーを受け持つ。あんたはもう1人の山賊を頼む」
「できれば逆の方がよかったが、仕方ないな。夢路、グイド、援護を頼む」
フィリスはショートソードとライトシールドを構えてリーダーへ向かい、十太郎は大斧を片手にもう1人の山賊との距離を詰める。実力では十太郎よりフィリスの方が上なのだ。
「はい、お客さん、三名様ご案内〜。気合い入れていくわよ!」
「格好付けているのでしょうか‥‥格好の的ですね」
絢が崖の上から雄叫びと共に飛び降りてくる山賊達を確認すると、シャーリーと共にショートボウを射った。3人中2人は空中で体勢を崩して地面に激突する。
「シャーリー殿、あまり笑えない冗談だよ」
「真面目に返されても困りますが‥‥」
山賊は戦闘力のなさそうな行商人目掛けてくる。イリーナはその間に割って入ると、『ディザーム』を繰り出し、山賊の手から短刀を叩き落とした。
弓に矢を番えて射るには、それなりの行動力が必要だ。シャーリーは素速くこなしたが、本人にしては重装備の絢は彼女より手数が少なかった。
「絢さん、危ないです!」
樽の隙間からフィリアの『ホーリー』が飛び、援護する事もしばしあった。
スリングの石を撃ち尽くし、小柄による投擲に切り替えた夢路の援護を受けた十太郎の師弟コンビで1人。
グイドとシャーリーのショートボウで2人。
イリーナのロングロッドによる『スタンアタック』で気絶させられて1人。
絢のショートボウとフィリアの『ホーリー』による連係攻撃で1人。
――山賊達は次々と倒されていった。
リーダーだけあって、フィリスが普通の攻撃に『フェイントアタック』を織り交ぜて当て、ライトシールドで攻撃を受け流した後、『カウンターアタック』を決めるが、それでも倒れなかった。
「それ以上傷を負っては戦えなくなります。そろそろ降伏して下さい」
「今なら村長に突き出されるだけで済むが、死ねば終わりだぞ?」
フィリアは山賊でも命まで奪う事はないと思い、イリーナと一緒に必死に降伏を呼び掛けた。
部下が全員倒された事もあり、リーダーは降伏したのだった。
人数、というか荷物――ロープで縛った山賊6人――が増えてしまったが、フィリア達は無事に行商人を村まで送り届ける事ができた。
山賊達は村長に引き渡された。この村は鉱山だから、少しは人手不足が解消される事だろう。
聞けば復路で運搬される鉱石も狙っていたという。これで帰りに襲われる心配もなくなったようだ。
行商人が荷物の上げ下ろしをする1日は、グイドと十太郎、夢路はそれを「修行」と題して手伝い、フィリアは医者の少ないこの村で傷ついた人々を見て回り、イリーナとフィリスは村外れで模擬戦をしてお互いを鍛え合い、絢はこの村に一軒しかない酒場でエールを飲み続け、シャーリーは娯楽に飢えている村人にせがまれて踊り続け、明けて翌日、キャメロットへ向けて再出発した。
山賊のリーダーが話したように、復路は誰にも襲われる事はなかったが、念の為警戒して進み、何事もなくキャメロットまで鉱石を運ぶ事ができたのだった。
(代筆:菊池五郎)