●リプレイ本文
●彼の秘密
「うわぁ〜、可愛い〜。私、エレナっていうの! キミの名前は?」
「僕、堂羅衛門です! よろしくお願いしますエレナ君」
「堂羅衛門君ね、メモメモっ! 私はクララだよ!」
その日、冒険者ギルドの前で仲間を待っていたバードのエレナ・シュガー(eb1033)とエルフの風のウィザード、クララ・ディスローション(ea3006)の前へ、パラの浪人、堂羅衛門(eb0171)が現れると、2人はきゃぴきゃぴした歓声と共に彼を挟撃した。
降り積もったばかりの雪のように白いボブカットの、綺麗に切り揃えられた前髪と、サイズが合っていないのか、ぶかぶかの旅装束は口まで覆い、その間から覗くアクアマリンと見紛うばかりの大きく円らな瞳で見上げる仕種は、エレナもクララも衛門を思わず抱き締めて頬擦りしたくなる程、凶悪な可愛さだった。
「パラの可愛さは認めるが、俺ならもっとスマートにアプローチできるんだがな、なぁ、ボギー? 生身の女も骨も食えない事に違いないか‥‥」
「まぁまぁ、そう腐るな。俺達の目的は怪骨退治だ。その中でアースハットにしかできない事を決めて、印象付ければいいじゃないか」
地のウィザード、アースハット・レッドペッパー(eb0131)は、左手に嵌めた人形――名前はボギーというらしい――に愚痴をこぼしていた。流れるに任せた短く赤い髪に、シニカルな笑みを浮かべた顔貌、背筋をピンと伸ばしつつも飄々とした物腰は、野生味溢れる伊達男といったところだろう。
女性に声を掛け、お近付きになるのがアースハットの趣味だが、不思議と一度も成功した試しがなかった。
春の陽射しを受けて金糸よろしく煌くクララの髪は、ちょっと癖っ毛で寝起きの悪さを象徴するかのような寝癖があるが、メモする獲物を求めて忙しく動くエメラルドのような瞳と相まって、溌剌とした彼女らしさを出すワンポイントだ。
一方、心地好い春風に撫でられる艶やかなセミロングの黒髪を押さえるエレナは、見ている方も元気を分けてもらえるような、明るく楽しい笑顔を浮かべていた。着ているネイルアーマーはバードの衣装のようで、アクセサリーが多めに付いていた。
早くも美少女2人を衛門に取られた形となったアースハットに、冒険を通じて仲良くなっていけばいいとジャイアントの武道家、鬼哭弾王(ea1980)が告げた。
「怪骨っていうくらいだから、俺の拳も下手をすれば素通りするかも知れないな」
「ええ、隙間ばかりですからね」
「そんな強敵と戦えるとは、願ってもない好機だぜ」
まだ見ぬ強敵の姿を想像して虚空にパンチを繰り出す弾王に、僧侶の郭無命(eb1274)がスカルウォーリアーについて知っている事を説明した。
「現世に留まり続けている亡者が迷惑を掛けているようですね。死して尚、現世に縛り続けられるのは哀しい事です。ここは自分達の手で彼を天に還してやるとしましょう」
「天に還すって気軽に言うけど、要するに倒すのであろう? 怪骨は一体だけであろうな?」
無命は信仰する弥勒に祈りを捧げると、火の志士、巴堂円陣(ea8043)が依頼内容を確認した。無命の話では、スカルウォーリアーは剣だけでなく盾も巧みに扱うという。自慢ではないが、円陣は接近戦より精霊魔法の方が得意だった。
「メモメモっと‥‥うん、依頼書ではスカルウォーリアーは1体だけしか確認されていないようだよ。村の近くで‥‥って事は、村の人も危険かもっ! 何が何でも退治しなきゃ!」
「クララ君、落ち着いてよ。スカルウォーリアーは1日中屋敷跡をうろついているだけで、村には来ないみたいだから、今のところは大丈夫だよ」
円陣に訊ねられたクララは、預かっていた依頼書を取り出して内容を確認し、思い込みから慌ててそのまま村へ突っ走ろうとしてしまう。彼女の手をエレナが辛うじて掴んで制止した。
「今のところは、だけどね。しかし何故、いきなり怪骨なんだろうね」
「衛門、鋭いじゃないか。そう、なんで怪骨は屋敷跡から離れないんだろうな? そもそも、その屋敷ってのはどういう屋敷なんだろうな?」
「ここで話していても仕方がない。全員集まった事だし、先ずは依頼のあった村へ行こうか。スカルウォーリアーが徘徊する理由を突き止めるのはそれからだ」
衛門がエレナの言葉に鋭い疑問を投げ掛けた。外見からは想像もつかない洞察力に弾王は驚きつつ、自らの疑問をそれに重ねるが、アースハットは依頼書に書かれた情報だけでそれらを類推するのは限界があると、出発の音頭を取った。
そう、パラで且つ童顔の衛門は外見からは想像もつかないが、アースハットより歳上なのである。
●屋敷跡の秘密
スカルウォーリアーが現れる屋敷跡に近い村は、街道から外れた小さな農村だった。羊や牛が放し飼いにされ、畑が広がる、ほのぼのとしたどこにでもある片田舎の風景だ。
街道からも離れている為、旅人なども滅多に訪れず――村に入って早々、円陣達は子供達に取り囲まれてしまう。
「お兄さん達は村長さんと大切なお話があるから、私が向こうでお歌を唄ってあげるね!」
バードの本領発揮とばかりに、エレナが子供達を連れて行くと衛門も同行した。
残った円陣達は村長の家を訪れるが、片田舎だけあってジャパン人や華国人は珍しいのだろう。しかも円陣は身長が低い上に姿勢が悪く猫背で、赤い髪はぼさぼさ、栗色の瞳はギョロ目、しかも旅装束にキモノガウンを羽織っているという出で立ちも相まって、初老の村長の目には頼りなさそうに映ったようだ。
しかし、引き締まった鉄の筋肉を旅装束から覗かせる偉丈夫、弾王と、信仰している神こそ違えど神聖魔法が使え、且つ折り目正しい無命が挨拶をすると、村長も安心し、村に滞在中は一軒だけあるエールハウス兼宿屋を寝床として提供してくれた。
「早速ですが、怪骨が出る屋敷跡についてお聞きしたいのです。以前はどのような方が住んでいらっしゃったのか。何故、今は誰も住んでおらず、跡地となってしまったのか。村長なら存じていると思いますが?」
「怪骨が何であそこにいるのかは分からなくても、屋敷について何か分かれば、そこから類推くらいできるかも知れないしな‥‥なんか、屋敷を守っているような気がするんだけどな‥‥これは武道家としての勘だが」
無命と弾王が訊ねると、村長は遠い目をして話し始めた。
あの屋敷は村長が子供の頃、この村一帯を治めていた領主――男爵――の屋敷の跡だという。男爵は気さくな人物で村人とも仲がよかったが、ある日、流行病に掛かり亡くなってしまったそうだ。
「ところが、その男爵とやらは婚礼間近で、婚約者が流行病に効く薬を持ってくる事になっていたんだが、間に合わなかった、と」
アースハットは村長の家を出て、村人に廃れる前の屋敷の様子を聞き込んでいた。流石に50年以上前の話なので、知っているのは年配者だった。
「骨がお相手なのも勘弁だけど、生身の女の子もできれば年下がいいよなぁ、ボギー?」
アースハットを取り囲んで屋敷の事を話しているのは、かつては若かった、今では彼の母親と同年代のご婦人達ばかりだった。ある意味モテモテだが、ちょっと虚しいアースハットはボギーに愚痴をこぼしていた。
「あのいせきにはねー、きれいなおんなのひとのえがあるんだよ!」
「あー、ちょうろうがいっちゃいけないっていってたんだぞー!」
「綺麗な女の人の絵があるのかな?」
「うん! エレナおねえちゃんよりかみがながくて、ひらひらしたふくをきてて、むねがおっきいおんなのひとの!」
「私より‥‥胸が大きいんだ‥‥」
「まぁまぁ、子供の言う事だよ」
エレナと衛門は、子供達に歌を唄って親睦を深めた後、スカルウォーリアーについて聞いていた。長老が行かないように注意したようだが、そこは遊び盛りの子供達。何人かは言い付けを守らず、度胸試しのつもりで行ったようだ。
スカルウォーリアーはエレナより髪が長く、ドレスのような服を着て、胸が大きい女性の肖像画の近くに現れるようだ。
衛門にフォローされるまでもなく、子供の言う事なので悪気がないのは分かっているが、ストレートな分、ショックなのか、子供達の話を反芻するエレナは引き吊った笑いを浮かべていた。
「1人で下見に来るのはちょっと怖かったけど、キミがついて来てくれて心強いよ」
「事前に比較的戦いやすい場所を見付けて、引き寄せた方が迎撃するにせよ好都合である」
村長から屋敷跡の場所を聞いたクララは、円陣を伴って下見に来ていた。
人の往来がなくなって久しい村から屋敷跡までの道は、草が伸びるに任せた獣道だった。
屋敷は1階建てで、目のいいクララが見渡す限り、そう大きくないが、荒れ放題で瓦礫と雑草だらけだった。
「ファイヤートラップを仕掛けるならば、枯れ木などの燃えやすい物がない方がいいのだよ」
「この辺りなんか戦いやすそう‥‥うひゃ! 君子危うきに近寄らず〜ってね」
円陣が『ファイヤートラップ』や『ライトニングトラップ』を仕掛ける場所を選定していると、錆びた金属が掠れる音が微かにクララの耳に聞こえてきた。そして現れたのは、チェーンヘルムを被り、手にレイピアとライトシールドを持った骸骨――スカルウォーリアー――だった。
クララは思わず素頓狂な声を上げた後、円陣を連れてさっさと逃げ出したのだった。
●怪骨の秘密
エールハウスに合流した衛門達は、それぞれ集めた情報を交換し合った。
「怪骨は流行病で死んだ男爵で、薬を持ってきてくれるはずだった婚約者を未だに待ち続けてるって事だね」
「‥‥うん。私と円陣君が見たスカルウォーリアーは、結構いい装備をしてたから、男爵に間違いないと思うよ。でも、わざわざ倒さなくてもいいんじゃないのかなぁ‥‥」
衛門がまとめた情報を聞いたクララがぼそっと呟いた。
「いや、それは違うな。男爵の婚約者だが、男爵が病死した後クレリックになり、この村一帯を教区にする教会に仕えて、生涯独身を貫いたそうだ」
「婚約者は既に亡くなったが、男爵は逆に婚約者が来る事を待ち続けてこの世に残り続けてる‥‥もう、戦う必要はねぇ。ゆっくり休ませるべきだ」
「亡者が現世に留まるのは往々にして、現世に未練を残すが故ですから。その未練故彷徨う亡者を浄化し、無事に輪廻の輪の中に導く事こそ、自分達のこの依頼の真の目的です」
彼女を諭すように、アースハットと弾王、無命が、男爵がスカルウォーリアーになってまでこの世に留まる理由を話した。
「婚約者が亡くなった事も知らないで、このままあの屋敷跡に居続けるのは可哀相だよね!」
「‥‥そうか‥‥そうだよね!」
エレナがクララの肩に手を乗せて微笑むと、彼女はその手に自分の手を重ねて納得したように微笑み返した。
『いくら強くても、怨念や未練だけで死者が彷徨うようなら、今頃この世は生きてるモンより、亡者の方が多くなっているのが道理さ。逐一、同情していたらキリがない』
円陣は一人、誰にも聞こえないようにジャパン語で呟いていた。
明けて翌日。
屋敷跡にエレナ達の姿があった。無命が『デティクトアンデット』でスカルウォーリアーの動きを感知している間に、クララは『ライトニングトラップ』を、円陣は『ファイヤートラップ』をそれぞれ仕掛け、更に円陣は直接スカルウォーリアーと戦う弾王と衛門に『フレイムエリベイション』を付与した。
「素手よりはこいつの方が幾分マシだろ」
「たまには剣で戦うのも悪くないよな。貸し出し、ありがとな♪」
また、アースハットは『クリスタルソード』を創り出し、弾王に渡した。
「怪骨が来ました。皆さん、よろしいですか?」
「私はこんな事しかできないけど‥‥みんなの為に精一杯歌うね!」
無命がスカルウォーリアーの接近を感知すると、エレナは男爵と婚約者の話を『メロディー』の呪歌に乗せて紡ぎ始めた。相手は精神攻撃の聞かないアンデッドという事は承知の上で、男爵に婚約者の事を知ってもらいたいと思ったのだ。
「男爵、ごめんねっ、退治させてもらっちゃうよ!」
「男爵、1人の女性を追い続けるのはいいが‥‥そろそろ目を覚まそうや!」
クララの『ウインドスラッシュ』と、アースハットの持つスクロール『ライトニングサンダーボルト』がスカルウォーリアーに放たれ、彼をトラップへと誘導する。
先ず『ファイヤートラップ』が発動し、炎上したところへ弾王がクリスタルソードで斬り掛かるが、これはライトシールドで防がれてしまう。
「腐っても騎士ってか!」
クリスタルソードを盾に押し付けたまま金属拳で殴り掛かる弾王の横で、衛門が夢想流の奥義、抜刀術――『ブラインドアタック』――を繰り出す。日本刀が軌跡の残像を残して鞘に収まった時、スカルウォーリアーの身体がぐらりと揺れた。
スカルウォーリアーは体制を崩しつつもレイピアで突き掛かってきた。
一突! ――これは衛門はかわせず、肩口を突かれてしまう。
二突!
「夢想流は抜刀術だけじゃないんだよ」
衛門は『真剣白羽どり』に成功すると、奪ったレイピアを放った。それを取ろうとするスカルウォーリアーは、今度は『ライトニングトラップ』の餌食となった。
「最後の止めだけは浄化の法でお願いします」
無命は無理を言って前に出ると、弾王と衛門に守られながら浄化の法――『ピュアリファイ』――を唱えた。
エレナの歌が、想いが届いたかどうかは分からないが、男爵は無命に攻撃を仕掛けてこなかった。
そしてスカルウォーリアーは浄化の光の中へ消えていった‥‥。
「むぅ。男爵が守っていたものはこれだったんだね」
「本当にエレナと似ているな」
スカルウォーリアーを倒した後、クララ達は屋敷跡を調査し、土に半ば埋もれた肖像画を見付けた。スカルウォーリアーはこの辺りで目撃された事から、この絵が現世に留まる拠り所だったのだろう。
アースハットが感想を漏らしたように、肖像画に描かれた女性は、雨ざらしになっていて消え掛かってはいたが、笑顔がエレナに似ていた。
「これが未練の元なら、燃やした方がいいのだよ」
円陣が肖像画を取り出した。男爵が使っていたレイピアとライトシールドは弾王が持っていた。
肖像画は燃やされ、男爵の遺品は無命の手によって婚約者の墓の隣に墓標の代わりに立てられた。
『あそこの遺跡には一人の女性を愛し続けた騎士が眠っているんだよ』
それからしばらくして、キャメロットの酒場に、50年来1人の女性を愛し続け、また1人の男性を愛し続けた、騎士と令嬢の噂と歌がまことしやかに流れるようになったという。
(代筆:菊池五郎)