●リプレイ本文
営業する船宿は、極々一般的な作りで様々なお客が出入りしている。
そのまさに足元で、方々から集められた女達が泣き過ごしているなど、果たして誰が想像しようか。
石組みで出来た堅固な牢は日も射さず、川が近いせいかじっとりと湿り冷たく身を凍えさせる。だが、女達が身を寄せ合い、震えているのは何も寒さのせいではなかった。
「出ろ」
数人の男たちが鍵を空けて簡潔な声で指示する。だが、女たちは身を強張らせると壁際まで下がってしまう。
男達は小さな舌打ちと共に牢へ踏み込むと女たちの腕を掴むと逃げられぬよう縄をかける。たちまち絹を裂くような悲鳴が辺りを反響して耳を打つ。
「静かにしないかい。表に聞かれたら何事かと思われるじゃないか」
船宿の女将がゆっくりと現れ、どうでもいいかのように告げる。
「痛いです! 肌に傷がついてしまいます!!」
「酷い事はやめて下さい!」
リースフィア・エルスリード(eb2745)もまた捻るように腕を取られて、涙声で訴える。グリューネ・リーネスフィール(ea4138)が間に割って睨みつけると、男は困ったように女将を向いた。
「だったら大人しくしな。こっちだってつまんない傷つけて安く買い叩かれるのはごめんだからね!」
年季の入った脅し口調に、女たちは顔色を蒼白にする。
女たちは牢から連れ出されると、全員用意された小舟に乗せられる。
暗い川の流れ。身を低くするよう指示された上に、上から莚を被され女たちの姿が隠される。周囲からは見ればただの荷を運んでいるようだろう。
「‥‥私たち、一体どうなるの」
「大丈夫よ。きっと‥‥。元気出して」
一人が堪え切れずに泣き出すと、釣られて他の女達も頬を濡らす。悲嘆にくれる彼女たちをグリューネは静かに励ます。
「そう悲観するもんじゃないよ」
わずかに見える隙間から、うざったそうに告げる女将の姿が見えた。
「金持ちの商人やどこぞの殿様の目に留まれば、考えもしなかったような贅沢させてもらえるんだよ。全く羨ましいったらありゃしない」
不満を告げる女将に、リースフィアは軽く頬を膨らませる。
「だったら、代わりに売られたらいいんですよ」
「しー、聞こえたら大変ですよ」
ひそひそと小声で会話しながら、グリューネが嗜める。
ゆるりと舟が進むと、やがて華やかな明かりが前方から届いてきた。耳を澄ませば楽しげな笑い声さえ届いてくる。
女たちはかすかな希望を持って顔を上げたが、グリューネとリースフィアは一瞬その身を強張らせる。
「いよいよですね」
さらに声を潜めて目だけで頷きあう。緊張するグリューネと、どこか楽しげに瞳を輝かせるリースフィア。
人攫いたちを捕らえるべく、わざと攫われ。多少の苦労はあったが、見張りたちの目も盗んで交渉の日時や場所など、京都見廻組への連絡は済んでいる。
向こうからの連絡は生憎受け取れないが、今夜、彼らは現れるはず。
そして、小舟は屋台舟の横に着いた。
「さみぃいいい〜〜」
で、川の畔でがたがたと震える五人の男がいたりする。
ひゅるりと夜風に吹かれ、京都見廻組・占部季武が皆の意見を代表して告げる。ジャイアントの巨体を懸命に縮めている辺り、どこか滑稽さすら覚える。
「これで、さらに水に入るのか。たまらんな」
同じく見廻組・備前響耶(eb3824)はしきりと手をこすり合わせている。
人買い達の商談はまさに川の中央。今も、煌々と照らされる暖かな輝きとかりそめの宴が彼らの前にある。
揺れる提灯は、見張りに立った用心棒たち。舟などで接近すればたちまち見付かるだろう。故に泳がねばならない。
水に入るには重装備も出来ず。多少の得物は持てようが、それでも邪魔にならぬよう選ばねばならない。
「若い娘ごをかどわかす不届き者が‥‥。この恨みも込めて、存分に晴らさせていただきまする」
震えているのは何も寒さだけではない。人買いたちへの憤りに拳を固めて、香山宗光(eb1599)は楽しげな屋台船を睨みつける。
「‥‥それにしても。本当にこれで大丈夫なのか?」
「何もしないよりマシってもんだろ」
自身を見つめなおし、四神朱雀(eb0201)は首を傾げる。
水中で体温を奪われぬよう油を塗っておく。提灯の油なので安物で臭いのだが、この際贅沢も言ってられない。
「それはそうだが。まぁ、今更どうこう言っても意味はないか。来たようだしな」
川の様子が変わった事に気付き、朱雀が示す。
夜の闇に紛れるように小舟が屋台舟に近付いてきている。莚で覆い、何か荷を運んできたように見せかけてはいたが、さて、その荷とは。
「間違いないな。先に行った二人もちゃんといる」
乗り込む姿を確認した響耶が振り返り、頷く。
「そいでは。行くとするか」
季武が気合を入れて水に入る。残る四名もそれに続く。
声も物音も立てないよう注意しながら。頭上は黒い布を縄で縛り、闇に目立たなくしている。
それでも見張りの目は厳しく。ある程度近付いてからは、潜水したまま近寄る事を余儀なくされた。
見張りは迫る舟影などを警戒して遠くを眺めている為、逆に近接すれば船体の影に隠れて盲点となっている。泳ぎに苦労した朱雀と乃木坂雷電(eb2704)を待って四方から囲むように張り付くと、魔法を使う者は銘々に詠唱に入った。
「何だ?! 今変な光が見えたぞ!!」
魔法の輝きが見付かり、たちまち船は騒然となる。それに被さるように、響耶が乗り込む合図として呼子笛を吹き鳴らした。
「な、何だ! てめぇ‥‥うぎゃ!!」
乗り込もうとした冒険者たちに、見張りたちは刀を抜き放ちそうはさせまいと川にまた追い戻そうとする。
その横合いから身軽に乗り込んだ朱雀が、霞刀を鞘走らせる。光と笛に気を取られた為、唯一何もしてない彼が上手く見過ごされていた。
抜き祓われた刀身。躱されようと身を動かしたが躱しきれずにその身にしかと受け取る。
「ここで死ぬか。大人しく捕まるか。‥‥選ばせてやる」
刀の血を振るい、朱雀は用心棒たちに向かって構え直す。
「何事だ!? ‥‥うわあああ!!??」
突然の騒ぎに、娘達の商談をしていた人買いたちもそちらを見遣る。目が逸れた隙に、グリューネはミミクリーを唱えると、体形を変えて縄を脱し狼に変わった。
女たちを逃がそうにも怯えた彼女たちは動けそうに無い。それで、娘達を守るように威嚇する。
突然現れた獣に商人たちは大いに慌てた。それがさらに用心棒たちの注意を引く。
隙と見て用心棒の袖を掴むと、それを手がかりに季武は船へと乗り込む。掴んだ用心棒は乗船駄賃に川へと投げ捨てた。
「京都見廻組だ! 人売りの現場しかと見させてもらった! 神妙に縄につけ!!」
他の面々も次々に乗り込む。用心棒たちは小さく舌打ちすると改めて身構えた。
その数は残り三名。川の中、まず乗り込まれる事も無いと踏んでいたか。
「お侍さま! きっと来て下さると信じていました!!」
リースフィアが声を上げる。縄を抜けようと密かに懸命だが、緩いようでいてなかなか抜けない。なので、警戒をしつつグリューネが牙で縄を噛み切る。
そして、その傍で事態に震えていた女たちがはっと顔を上げ、期待を込めた目で冒険者達を見つめる。
「ははは、何かいいな。美女が期待して待っててくれるって」
「‥‥にやけている場合か」
素直に喜んでいる季武に、響耶は呆れて告げる。
確かにそうしている間も相手は待ってなどくれない。奇声と共に振り上げられた刀を身で受ける響耶。急所だけは避けたが、傷が無い筈もない。その痛みをこらえて即座に一歩踏み出すや、忍者刀を突き入れた。
「黒影刃‥‥。こんなものか」
手応えとしては十分。ただほぼ間違いなく怪我は避けられない為、失血と痛みがひどくなれば動きが鈍りかねないのが難といえば難か。
例えば、眼前の相手のように。
「てめぇら!」
苦痛で歪む顔が明かりで見えた。用心棒は刀を構えてまた斬りかかってくる。
「いいから、大人しく寝てろ」
それを横合いから季武が蹴りつけると、体制を崩した相手は川にあっさり落ちた。
「な、何がお縄にだ!! 何をしているお前ら、さっさとそいつらを始末しろ! 船頭も何をぼさっとしてるんだ!? 早く船を出せ!! 逃げるんだ!!」
あわあわと慌てるのは人買いの商人。船を出した所で、すでに乗り込んでいるのだから意味は無いのだが。
「どうしようもないな。‥‥あんたらも武器捨ててさっさと逃げたらどうだ? 誰にかに殺られても知らんからさ!」
その姿に苦笑すると、雷電は用心棒と向き合う。
間合いを詰めると、霞小太刀を振るう。用心棒は自身の刀で受けようとしたが、雷電の目的はまず刀。音を立ててぶつかった刀身はしかし火花を散らしただけで弾かれる。
用心棒がにやりと笑うのを不快に思いつつ、続けざま、今度はその胴へと刃を入れる。相手は胸元から血しぶかせるが、雷電の顔はますます不快げに歪むばかり。軽い小太刀ではスマッシュの威力もそれなりになってしまう。
「破断撃も撃破斬もいつもの調子では無理か。バイブレーションセンサーも結局はあまり意味無かったようだしな」
捕らわれた女性やらを含めると、非戦闘員の方が多い。広いようで狭い船内、振動だけで把握するも目で見て把握しても大して変わりは無かった。
何となく今日はついてないな、と軽く身を竦める。
そして、女達を売りに来た女将はといえば。こっそりと自身が乗ってきた小舟に乗って逃げ出そうしていた。
「そうはさせません!!」
一喝すると、リースフィアは女将の足を払い転ばせる。無様に転んだ女将に対し、リースフィアはすっくと立ち上がり、解けた縄を手に睨みつける。
「京都見廻組、臨時雇いのリースフィアです。利益目的および人心売買の罪で、あなたたちを逮捕します!」
唖然と口を開けた女将だが、どうやら存外にしぶといらしい。すぐに気を取り直すと、思いも寄らぬ素早い動きで捕らわれた女を一人引き寄せ、隠し持っていた短刀を翳す。
「寄るんじゃないよ! この子がどうなっても‥‥!!? うあっ!!」
突然、力を失って女将が体勢を崩した。
「愚かな罪の子よ。父なるタロン神の名において、貴様らを裁かせてもらう」
人に戻ったビカムワースを放ったグリューネが、服を羽織り厳かに告げる。聞きなれぬ神名はさておいても、その雰囲気に飲まれた女将は今度こそ膝をつく。
「我らの逆鱗に触れてしまったでござるな。しばらくはまともな飯は食えぬと思うて下され」
力の篭った鋭さは人買いたちへの怒りも込めて。相手からの攻撃を機敏な足裁きで上手く避けると、宗光はオーラパワーで威力を高めた拳を次々と叩きつけていった。
娘達を縛っていた縄で今度は人買いたちを捕縛すると、岸辺に船を着ける。
終始震えていた女たちも地面に足をつけて戻れたと分かると、今度は気が緩み無事を祝って大泣きに泣き始める。
「拙者も少し泣きたいでござるな。武具の手入れが出来ないのはいさささか不満でござる」
「じゃ、俺の頼む。水に浸かったり、人斬ったり。きちんと手入れしないと錆ちゃ困る」
肩を落とす宗光にあっさり自身の刀を渡す季武。それから、どうしたものかと少し困った顔で女たちの方を向いた。
「まぁ、ここで泣いてるのもなんだし。まずは役所に戻って事情を聞いて。連絡がつくようなら迎えに来てもらうって所だな」
泣き続ける女たちは、グリューネとリースフィアにまかせ、響耶はとっとと歩けと人買いたちを促す。
「しかし、手応えの少ない連中だったな。武闘大会に出てる奴の方が強いんじゃないか?」
泣き続ける女たちからはあえて目を外しつつ、朱雀が話題を探すように告げた。
「そりゃ当然だろ? まともに遣り合えば稼げないような奴らで性根の悪い奴らが、こういう小悪党に成り下がるんだろうし」
ついでといわんばかりに捕縛した用心棒たちを軽く蹴る季武。
「まともに遣り合えばねぇ‥‥。そういえば、先日新撰組の組長とやり合ったとか。あそこの組長は皆人外だという噂だが?」
興味深く尋ねてくる響耶に、季武は顔を顰める。
「どうもこうもありゃ遊ばれただけだね。まともにやりあったらどうなったんだか。‥‥それにしても、皆人外というのは言いすぎだろ。べらぼうに、と言えるのはあの一番隊組長ぐらいじゃないか? よく知らんけど」
言ってため息をつく。
「正直、ああいう手合いとはやりあいたくねぇな。こういう雑魚で十分」
雑魚の一言に、用心棒がいきりたったが、縛られていては何も出来ない。
最も、こういう雑魚こそがよくよくそこいらに出没して、悪さをするので厄介なものであるのだが。