闇に遊ぶな子供たち

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月23日〜04月28日

リプレイ公開日:2006年05月01日

●オープニング

――遊ぼう
 黄昏時に誘われる。
 家路に急ぐ子供らは足を止めて、振り返る。
――遊ぼう。
 笑ってその子は声をかける。
 夕日に長く伸びる影。なのにその子のそれはどこにも見えず。
――一緒に、遊ぼう。
 幾つものひやりと冷たい手が、子供たちを捕まえる。
 
 そして、子供たちはにこりと笑う。
 友達がいっぱい、嬉しいな。


「その寺には身寄りの無い子がたくさん引き取られていた」
 冒険者ギルドにて、ギルドの係員が説明を始める。
「どこかに捨てられていたとか、戦や病で親と死に別れただの。まぁ、理由はいろいろだしよくある話だ。寺の和尚が気持ちのいい人たちで、貧しいながらもよく面倒見ていたようだが‥‥」
 過日。喰うに困ったごろつきたちがこの寺に押し込んだ。子供を飼う余裕があるなら、俺らによこせと。
 寺にいた者は邪魔だとばかりに皆殺し――年端もいかない子供さえもその兇刃によって命を奪われた。朝になり、ようやく事態に気付いた近隣の村人たちは寺の内部に踏み込み、あまりの惨状に大の大人も顔色を失ったという。
 その後の捜索により、ごろつきたちはあっけなく捕まった。亡くなった和尚や子供たちも丁寧に供養し、これで全部終わったと思ったのだが。
 その寺にいた子供の幽霊が出るようになったのだ。
 一番小さかったその子は何が起きたのか理解できず、死すら分からない。
 ただ、和尚も他の子も皆消えていなくなった。寺に誰もいなくなり酷く寂しかったらしい。夜毎に彷徨いでてはどこからか同じ境遇の子供――ようは幽霊を寺に連れて来るようになった。そうして、無邪気に遊び続ける。
 増え続ける霊を怖れて村人達は幾人もの僧侶を呼んで供養を繰り返すが、相手は聞き入れない。どころか、遊びの邪魔する大人たちを排除しにかかる。
 どうする事もできず、生きた者たちは哀れみと共に諦観するしかなかった。いずれは遊び疲れて消えてしまう事を願って。
 だが、その想いは悪い方向に裏切られた。
 誘いに誘って、近隣にめぼしい子供の霊がいなくなった。すると、今度は生きた子供を連れて行くようになった。
 連れて行かれた子供は、ただひたすらに霊と遊び続ける。眠る事も食べる事も笑う事も泣く事もなく、まるで人形のように。
 そして、体力が尽きて倒れると霊たちは次の子を探す。寝たきりになった子が本当の友達になるのを楽しみに待ちながら‥‥。
「死んだ彼らは哀れだが、生きている子供はもっと大事だ。故に、霊たちから子供たちを取り返して欲しいとの依頼が村人たちから出された」
 子供たちの体力が尽きる前に‥‥。

●今回の参加者

 ea0403 風霧 健武(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb2823 シルフィリア・カノス(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 寺に集う子供たち。時には外にまで遊びまわりはしゃぐ声が密やかに漏れ聞こえ、嬉しそうな笑い声は聞いたこちらの方が楽しくなる。
 ‥‥それが、生きている者たちならば。
 この世に未練を残した彼らは、生も死も省みず、ただひたすらに遊び続ける。
「できれば、無益な殺生は避けたいでござるが‥‥。叶わぬでござろうか」
 寺の概観を眺めながら、久方歳三(ea6381)が胸を痛める。
「確かに霊たちの境遇は可哀想です。でも生きている人を巻き込んでいい理由にはなりませんよね? まずは、子供たちを救い出す事を考えましょう」
「童子と云えども所詮は亡霊。情け無用で滅するのみ」
 憂いの表情で、小さく息を吐くシルフィリア・カノス(eb2823)。そして、風霧健武(ea0403)はきっぱりと断言する。
「しかし、およそ二十体が相手か‥‥レイスが混じると少々面倒だな」
 彼らにはただちらりと目を向けるだけで、すぐにウィルマ・ハートマン(ea8545)はわずかに顔を顰める。
「いや。怨霊といえば、西洋でいう所のレイスになる。今回の相手も聞く限り恐らくそれだ。落ち着いて対処すれば大丈夫なはずではあるが‥‥」
「やはり数か」
 王零幻(ea6154)の注釈にウィルマが小さく告げる。
 霊体はいろいろと厄介だ。通常武器は効かない為、今回は皆魔法かあるいは魔法武器を用意してきている。単純に大勢が相手というのも油断がならない。
「だが、それでも送り届けてやらねば。寺の和尚や一緒に住んでいた他の子ら、死別した親たちも彼岸で待っておるだろうからな」
 そして、それは生者の親たちも同じ。亡霊の子供たちに連れて行かれた我が子を取り返す為、自分達に望みを託し、熱心に頼み込んできた母たちの姿は忘れられない。
 健武と歳三もいろいろ尋ねる為に方々を歩いたが、その度にお願いしますと一言かけられていた。
 事の発端はいつのなのか、何だったのか。結局の所、あの凶賊の押し込みさえ無ければと村人たちは泣く。その凶賊たちもとっくに始末がついた今になっても。朝に夕に、無人の寺から子供たちの声が響いてくる。
「何とも痛ましい話ですね。子供達を取り戻し、彼らを成仏させてやりたいです」
 緋芽佐祐李(ea7197)が小さく頭を振る。
 生者にとっても死者にとっても。ただ哀れでしかなかった。

 霊が活動するのは夜と言われている。子供たちもどうやら昼日中は大人しくしているようではあるが、それでも寺の敷地内に踏み込めば即座に何かされるという。
 昼でも出てくれるならそっちがいいだろうかと、冒険者たちはまだ日のある内から寺を訪れた。明かりを用意しなくていいし、それによって火の不始末を考えずともいい。少しでも霊が大人しくしてくれるならさらに良し、だ。
「お邪魔します」
 律儀に声をかけて、ウィルマを除く五名は玄関から入り、奥へと進む。
 賊に荒らされた後で、一通り掃除はされたのだろう。荷物は少なく、その為、外で見た目よりも中は広く感じられた。それでも、廊下や壁の至る所に変色した血の跡を見出す事が出来、当時の様子がうかがい知れる。
 そして、入った刹那から感じる気配と視線。それは好奇というよりむしろ敵意に近かった。
「あの。一緒に遊びませんか?」
 声を上げればそれが攻撃の合図になる。その可能性も考慮しながら、シルフィリアはどことも知れぬ子供たちに話しかける。
「お菓子も用意してきました。一緒にいかがです?」
 佐祐李も買いおいた菓子を取り出し、呼びかける。
 気配はそこかしこからする。何かが動く微かな物音に、さらにもっと小さなざわめく声が四方から届く。
「どうやら、興味は持ってくれたようでござるな」
 緊張しつつも少しだけほっとする歳三。それでも、全く敵意が消えた訳ではない。
 次にどう出てくるか。緊張しているのは、子供たちだけではない。冒険者たちもまた、そんな子供たちの出方を見守っていたが。
 周囲を警戒して隅々まで見回し、そして視線を戻した時、真正面にその子供は立っていた。
「あの子だ」
 健武が短く告げた。
 恐らくはその子が元々この寺にいたという子供。日の光に透けて見える以外は、生前の面影を濃く残しており、村人から聞いた特徴とよく一致した。
 子供らしい丸い顔は、しかし、何の表情も浮かんでいない。固く結んだ口元が何かを拒絶しているようであり、恐れているようであり。黒い小さな目はただ一心に冒険者たちを見つめている。
「あなた方は皆でよくここで遊んでおられるのだろう? ちと拙者たちも混ぜてもらえぬか?」
 歳三も用意してきた遊び道具一式を子供たちに見せる。
 その子は首を小さく傾げて、すたすたと寄ってきた。子供らしい邪気の無い目でおもちゃとお菓子を覗き込む。
「よかったらどうです。これがお嫌なら甘い味の保存食も‥‥」
 言って、佐祐李が保存食も取り出そうと目をそらした途端。
 子供が動いた。ぱっとその手を振り上げると、歳三と佐祐李の手をはたく。
 小さな衝撃があった。持っていた物が跳ね上がり、二人に叩き付けられる。
 散らばるおもちゃとお菓子と。頭からそれを被ってどこか呆然とする二人。それを子供が大声で笑いたてると、周囲からもげらげらと屈託の無い声が届いてきた。
『遊ぼう』
 そして、唐突に。子供がそう告げた。肉声でもない。むしろ思念に近い声。
『遊ぼう』   『遊ぼう』  『遊んで』
   『遊ぼう』    『遊ぼうか』
 それを皮切りに、けして狭くは無い部屋一杯に、子供たちの姿が浮かび上がるように現れる。冒険者たちを取り囲み、口々に笑いながら誘いかける。
「いいですよ。何をして遊びますか?」
 笑みだけしか見せない相手に、自然と警戒心が湧き上がるのを覚えながら、シルフィリアが同じく笑みを見せる。
「独楽ならば相手できるが?」
 ちらばったおもちゃを拾い上げると、健武が独楽を回す。
 くるくると床を回るそれに、子供たちは興味を持って目を向けはしたが、
『鬼ごっこしよう』
 やはり最初に告げたのは寺にいた子だった。
『おーにごっこ、おにごっこ♪』
 『鬼はー。お姉さんたちとー、おじさんたちーー』
「おじ‥‥」
 軽く言われて、零幻はただただ苦笑する。相手の年は二桁に足るかどうかだったのだ。それも仕方ない。
『鬼はねー。怖いんだよー』 『いっぱい、悪い事するんだよね?』
  『だから、やっつけなくちゃいけないんだよ』
「‥‥風向きが変わったようだな」
 子供らの顔は笑みのまま。だが、そこに邪悪な物があるのを見て取り、健武は用心を促す。
 子供たちはくすりと笑う。
『『『『やっちゃえーーー!!』』』』
 それはどこまでも、無邪気で明るい声。だが、殺気もまた本物。だからこそより恐怖を持って耳を打つ。
 子供たちの姿が一気に伸び上がる。残酷なまでに微笑みながら、冒険者たちに掴みかかろうとする。
 だが、その手は届かなかった。冒険者たちの手前、何も無い空間に阻まれそこから近寄れなくなっている。
「長くは持たないかもしれません!」
 シルフィリアのホーリーフィールド。高速詠唱を用いての魔法は即行性があるが、反面精度落ちる。初級ならば確実だが、それだと結界の耐久度が落ちる。
『ずぅううううるるうううういいいぃぃっぃぃ』
 『さわれなあああああいいいいいい』
 子供たちの姿が歪む。その小さな手は見えない壁を苛立ちと共に叩き、引っ掻く。泣いてるように歪む顔。憐憫の情を持ちながら、零幻はレジストデビルを唱えてかけ回っていた。
「説得ですめばよかったのですが、やはり簡単にいかないようですね」
 口惜しそうに佐祐李は疾走の術を使うと、聖者の剣を抜き払う。亡者を通さなかったその壁をやすやすと踏み越えると、一閃。さした抵抗も無く霞でも斬るかのような感触だったが、届いた絶叫は人のそれよりもはるかに切なく切羽詰っていた。
『いたいいたいいたいいたいいたい‥‥‥‥』
 『ひどいひどいひどいひどい‥‥‥‥』
「悪さをするなら、お仕置きも必要です!」
 口々に怨霊たちが泣きざわめく。すでに子供の姿を保てない物もおり、そこにいるのは紛う事なき亡者の群れ。揺れる子供たちに、佐祐李はきっぱりと言い放つ。
「早く、子供たちを捜しましょう」
 ここに来た目的は、連れて行かれた子供達を取り戻す為。彼らを探そうと、他の部屋に出かけたシルフィリアを、一斉に子供たちが襲い掛かる。
 設置された結界から出てしまえば、もう冒険者達は一見無防備。だが、レジストデビルによる魔法防御はなされている。
 泣きながら怒りながら拳を振ってくる怨霊たちの手はひやりとした冷たさを伝えるのみ。若干、生気を取られるのか気だるさを覚えるが、それは気にする程のものではない。
「もう遊びはお終いだ。後は片づけて寝るがいい」
 子供らを捜す零幻とシルフィリアを、エスキスエルウィンの牙を振るいながら健武が守りにつく。
「やはりどうしようも無いのでござるかなぁ」
 がっくりと肩を落としながらも軽快な足裁きで子供達を躱し、その身に大脇差・一文字を返す歳三。斬った切り口から血が飛び出し、子供の首が傾ぐ。そのままゆっくり後方に倒れると、全てが霞の如くに消えうせる。周囲に散った血など勿論無い。それでも居心地の悪さだけは拭いきれず、歳三はまた溜息をつく。
 あちこちを探し回り、ようやく検討つく。 凶器を振ってくる彼らに恐れをなし、少しずつ遠巻きに見ることも多くなった子どもたちだが、奥に踏み込もうとすると妨害が酷くなるのだ。
 そこに至る縁側に踏み込むや、静止のような悲鳴のような奇声が響いた。床から無数の手が伸びると、冒険者の足を掴もうとする。
 そこへ、たんっと音を立てて矢が飛来する。射程まで間を取ると外からウィルマが強弓・十人張で射掛けてきていた。
「‥‥見張りはおまえに頼むが。きちんと仕事してくれよ?」
 ウィルマに言われて、ボーダーコリーのサクラが忠義そうにわんと吼える。盛んに尻尾をふる可愛い愛犬ながらも、今ひとつ真の置けない目でウィルマは見つめていた。
「まぁ、いいさ。ここからなら対処もしやすいし、何より仕事するだけだからな」
 言って、ウィルマは弓を引き絞る。
 遠方から飛んでくる矢に、驚く子供ら。その隙に、寺にいる冒険者たちは奥へと駆け込む。
 だだっ広い部屋は誰の部屋だったのか。壊れた仏像の前に、三人の子供たちが行儀良く仰臥して横になっていた。
 いずれも顔色が悪い所ではない。吐く息も弱々しく、良く見なければまだ生きていると思えなかった。
 にも関わらず、冒険者たちが触れると途端に跳ね起き、叫びながら逃げようとする。
「逃さない! 大人しくするんだ!!」
 怨霊たちの相手をしていた健武が素早く動くと、子供たちを押さえに掛かる。
『何するの、酷い事しないで。離してはなしてはなして‥‥』
「どっちが酷いと思っているのです!?」
 くちぐちに叫ぶ怨霊たちを佐祐李と歳三が懸命に制す。
「おい、早く!」
「分かっている。さあ、退散してもらおう」
 零幻が文殊の数珠を手に祈りを捧げると、白い光が覆う。途端、子供が寺どころか村にまで響くかと言うぐらいの悲鳴を上げた。
 悶え苦しむその姿が二つにぶれると、するりと子供が這い出てくる。
 急いで、シルフィリアがその場に張った結界――先と違い今度は己が使える一番の威力で行っている――の中に子供を取り込む。残る二人にも同じように零幻はピュアリファイをかけてまわる。
 尋常でない悲鳴に驚きはしたものの、結界内にて、今はただ眠り続ける子供たちに眼を細める。そして、怨霊たちにきっと佐祐李は目を向けた。
「これで、遊びの時間は終わりです。ご両親や兄弟‥‥和尚さまにお会いしたいでしょう? 和尚さまたちだって、貴方がたの帰りをずっと待ってるんですよ」
『みんな、いないもん。みんな、おいてどこかにいっちゃった』
 佐祐李が説得するも、寺の子たちは頬を膨らませて否定する。
「寂しかったのでしょうね‥‥。でも貴方たちとはこの子たちでは住む世界がもう違うんです。自分たちの世界に引きずり込もうとするのはやってはいけないんですよ」
 シルフィリアも告げるが、子供たちは身を捩って駄々をこねる。
『ばかあああああああ』
 最終的にはそう言って、泣き出す。
「やめておけ。もはや亡霊。先にも言ったが、情け無用だ」
 まだ言い募ろうとする佐祐李を止めると、健武は牙を振るった。

 村に子供らを連れ帰ると、親達が涙を流して出迎えてくれた。
 子供たちの衰弱は激しかったが、ゆっくりと療養すればいずれまた元気な姿になるだろうとの事だった。
 健武が寺に集った子の為に供養塔を建ててくれないか頼んでみると、村人たちも確と約束してくれた。
 そして、江戸に戻る前に。もう一度寺を訪れ、和尚たちの墓へと参る。そこには霊たちを呼び続けた寺の子の肉体も収められている。
「形式が違うでしょうけど‥‥、御容赦下さい」
 シルフィリアが聖印をきって祈りを捧げる。
「事情はどうあれ、滅してやるのが一番の情けだ。中途半端に彷徨う事の方がよほど悪い」
 長々と祈る彼女に、端的にウィルマは告げる。
「極楽浄土では和尚や友が待っていよう。あの世で存分に遊べばいい」
「そうだな。弥勒の教えの元、六道輪廻の内に戻れば、来世でもまた遊べるだろう」
 健武に、零幻も頷く。
「その極楽までの道行き、和尚が迎えに来てくれてるとよいでござるな」
 歳三も静かに手を合わせると、佐祐李もそれに倣う。
 二度と迷わぬように、その手を引いてもらえるよう。願いを込めて。