猫の春

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月29日〜05月04日

リプレイ公開日:2006年05月06日

●オープニング

 春。冷たく寒い冬を終えて、様々な命が萌え芽吹く季節。
 日に日に暖かくなる外に、人は浮かれて騒ぎだす。
 それは人ではない者も。
 
 陰陽寮に所属する陰陽師、小町の家には猫が住む。
 猫と言ってもただの猫ではない。猫と呼ばれるその青年は、一見茶髪の外国人である。それでも、普通の武器は効かないし、傷もすぐに癒える。何かの際には山猫人の姿に変化する。一般に言う化け猫ともちと違うが、それでも人ではないのは確か。
 本名不明、経歴不明。ただ、江戸で何故かふらふら歩いていたのを小町が(強引に)連れて来た。
 性格はやや乱暴ながらも悪い奴ではない。ただ、星の巡りが悪いのか、ふらりと出かけると何かしらの厄介事に遭遇している気がする。
 で、今回もやっぱり厄介な事になっている。
「ねっこ〜さま〜〜〜〜♪」
 年の頃は十代半ばか。黒髪と茶髪と白髪が綺麗に入り混じった珍しい三毛髪をしている。わりと可愛いその女子は、一際高い声で頬を染めながら駆け寄ってくる。
 対して。呼ばれた猫の方はぎくりと身を強張らせた。顔を引き攣らせるや否や、声の主を確かめる間もなく脱兎の如く逃げ体勢に入った。
 しかし、逃げ切る前に、飛びかかってきた相手は身軽に猫を押さえ込む。
「いや〜ん、どうして逃げるんですか〜? 貴方のミケです〜〜」
「嫌だから逃げてるに決まってるだろうが!! というか、誰の何だってんだ。お前なんぞ知らん!!」
「そんな、酷い! 私と貴方の仲じゃないですか〜〜〜!!」
 ミケと名乗った女は猫を押さえ込んだまま、よよと泣き喚く。周囲の人は思わぬ痴話喧嘩に好奇の目と、女性を泣かせる猫に非難の目を向けている。
「どんな仲だってんだ! 強いて言うなら完全きっぱり無関係な仲だろうが!!」
 そんな周囲を、射殺さんばかりに眼くれて追い払うと、ミケを跳ね飛ばし、猫は立ち上がる。 
「そんな! 嫌がっていた私を押し倒して、あれやこれやと大暴れしたのはつい先日の夜ではありませんかっ!」
 言われた言葉に衝撃を受け、おののく彼女だったが、
「こないだの夜! 妙な男達から誘われて嫌がって困っていたお前を、たまたま見かけた俺!! 男たち殴るのに邪魔だから押しのけたら、お前は石か何かに蹴躓いて勝手に倒れて! 俺はその間に男たち相手に立ち回りしたってだけだろうが!!」
 妙な風に曲げるんじゃない! と猫が一喝すると、ミケは軽く身を竦ませる。
「でもでも。とにかく助けてくれたのに、変わりありませんし、貴方の強さと優しさは私の胸に深く染み入りました。――故に! 私と子を作るのは貴方しかいないと!!」
「何故にそうなる!!」
「愛とはいつも突然始まるものなのです。‥‥って、ああん。猫さま、どちらに〜〜〜」
 恥じらい十分に頬染める彼女。その隙に、猫は付き合ってられんとばかりにさっさと逃亡してしまっていた。

「どうして、猫さまは逃げてしまうのでしょう。こんなにお慕いしてますのに‥‥」
 冒険者ギルドにて。ほぅとため息ついて胸を押さえるミケ。
「確かにこんな可愛い女性に追いかけられるなど男冥利に尽きるというもんだがな」
「うーん。単に食指が合わないというか、対象外みたいなのよねー」
 ギルドの係員から目で問われ、彼女を連れてきた小町が無責任に答えている。
「それでですね。こちらに来れば、猫さまとの仲を取り持ってくれると聞きました。どうかお力を貸して下さい!!」
「いや、しかしなぁ‥‥」
 涙ながらに訴える女性に、係員は弱って頭を掻く。
 取り持った所で、相手は人外。傍から見れば、あまり幸せになるとは思えない。果たしてどうするのがいいのか。
「というか。そんなに嫌なら、猫の御仁も正体ばらせばいいだけじゃないのか?」
「ばらしてるわよ。だから、彼女は御執心な訳じゃない」
 のんびりと茶を啜り、ゆっくりと湯飲みを置くと、訝しげに小町は首を傾げる。
「えっと、言わなかったけ? 彼女、三毛の化け猫なの」
「‥‥妖怪変化からの依頼は承らないのが冒険者ギルドなのだが」
 紹介されてにゃあとにっこり笑うミケに、表情を消した係員が棒読みで規約を告げる。
 それに、小町は爛漫の笑みを持って答える。
「分かってるわよ。だから、あたしが依頼を出しに来たんじゃない。ま、彼女の恋を成就させるも良し、破談させるも良し。――ようはね。こんな面白い事滅多に無いんだから、この際大勢でじっくり見物させてもらいましょーよ♪」
「‥‥ただの出歯亀依頼か」
 胸張って高笑いする小町に、疲れきった表情で係員が告げた。

●今回の参加者

 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9164 フィン・リル(15歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4894 アサギ・ヴォルティール(22歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

リル・リル(ea1585)/ ヴァージニア・レヴィン(ea2765)/ 柳 花蓮(eb0084

●リプレイ本文

「猫くん、ひっさしぶり〜」
「お久しぶりなのですーーー♪」
「だー、もう鬱陶しい!!」
 フィン・リル(ea9164)とティーレリア・ユビキダス(ea0213)、二人揃って再開の挨拶。派手に抱きつき飛びかかったのを、猫は苛立ち露わに飛び込みざまに蹴り返してくる。幸い、二人ともに結構身軽。ひらりと避けて大事には至らないが。
「「ひっどーい〜〜〜〜!!」」
「うるせぇ! 誰も彼も俺に寄るな触るな向こうに行ってろ!!」
 涙目で訴えるフィンとティーレリアに、猫は射殺さんばかりの目つきで見てくる。口汚くののしる様は、どうやらかなり苛立っている。
「そうですよ! 人の殿方に手を出そうなど、不届き千万。まずは妻の許しを得てから‥‥」
「誰が妻だ! 誰が!!」
「それはもうわたくしに決まってます!」
 睨みつける猫にめげず、事の元凶(?)、化け猫のミケが恥じらう
「独占はずるいのです! ご挨拶の邪魔をするなら、凍ってもらいますよ?」
「こちらこそ! 恋路の邪魔をするなら‥‥って、ああん、猫さまどちらに〜〜?」
 ティーレリアが頬を膨らませて印を作るのを、ミケは受けてたたんとばかりに構えてみせる。
 けれど、もうつきあってられんと逃げ出しかけていた猫を、目敏く見つけてミケが追いかける。
「付き合ってられるか‥‥ぬぉ!?」
 捨て台詞のように告げて立ち去ろうとするも、足元の罠にかかって猫、倒れ込む。
「女性を泣かせて逃亡とは駄目だね。もっと大切に扱ってあげないと」
 倒れた猫に、すかさず飛びつくフィンとティーレリア、そしてミケ。三人(一部間違い)の女性に抑えられて下敷きされてる姿をヲーク・シン(ea5984)はものすごい形相で睨みつけている。
「‥‥人助けをして厄介事になるのは、猫さんらしいといえば猫さんらしいんですけどねぇ」
 そんな猫風景を見ながら、手土産のマタタビ渡して小都葵(ea7055)は小さな溜息をつく。
「美人に言い寄られても素気無いなんてねぇ。何? あんた去勢でもされてんのかい?」
「んな訳あるか!!」
 すでに一杯やり始めている御堂鼎(ea2454)がにやりと少々人の悪い笑みを作る。
「で、あんたは相変わらず物の怪の世話をするのが好きなようだねぇ」
「だって、おもしろいじゃない」
 猫が顔を真っ赤にして怒っているも、鼎は軽く躱してすぐに小町に話を振る。酒をもらってちょびちょびと飲んでいた陰陽師・小町もまた、悪びれもせずにそう答えていた。
「春らしい風景といえばそうですが‥‥。猫獣人と化け猫の差はどの位でしょう?」
「そりゃもう天地の開きぐらい、かしら? 似てるだけで別種だもの。熊と熊鬼を一緒にするようなものよね。だから、今後展開はきっぱりさっぱり見込みなし。追い掛け回すミケは、悪いけどかなりの変り者ね」
「まぁ、ご近所猫の評判もそんな感じでしたね」
 小首を傾げる藍月花(ea8904)に、小町は断言する。月花が知り合いに聞いた話だと、結構周囲猫は我関せずでやかましいぐらいにしか思ってなかったそうで。
 ちなみに、別の知り合いも情報を集めてくれたのだが。うさは何故か気落ちして引きこもり、狸たちは寺で和尚にしごかれて忙しく、猫どころではなかったそうだ。
「でもね。日本国内じゃ異種族婚なんて夢物語だけど、大陸にいるエルフは人間と一緒になれるじゃない? 西洋のグリフォンってのもどう見ても普通の生き物じゃないけど、何か馬と一緒になれるらしいし。それに、うちの陰陽頭からして妖怪半分って話でしょ。だから、もしかするとなるようになるんじゃないかしら。というより、そういう面白みも込めて楽しんじゃえっと♪ ささ、一杯」
「おや、こいつは悪いねぇ」
「‥‥今、さらりと危険な事を言いませんでした?」
 どうやら酔ったのか。勢いからか、呪われそうな事も平気で告げている。鼎と二人、酌し合っているのを、知りませんよー、と、須美幸穂(eb2041)が冷めた目で見つめる。それをさらに、出自もあいまってか胸中複雑な思いを抱いて月花は頭を悩ませている。
「でも、可能性あるかもなら‥‥。猫さんとミケさんが一緒になったら、ふわふわ猫さんが増えるですよね。‥‥想像すると、いやん、どうしましょうです〜。やっぱりここはミケさん、頑張って下さいです〜」
「あら、話が分かるじゃないですか〜」
 頬染めて悶えるティーレリアを、ミケも含み笑いで頷いている。
「それで? 猫の好みってどんな子なの? ミケが対象外って言うけど‥‥、おおおーーい!!」
 フィンが扇で笑みを隠して振り返ると、いつの間にやら罠も抜け出し、そこに猫の姿はなく。
「こんな美しい女性方を放っておくとは、彼も不実な男よのぉ。‥‥ああ、空を映す湖面の様に澄んだその瞳、聖夜に降り積もった白銀の峰より切り出した様な肌。月明かりすら嫉妬しそうなつややかに煌く髪。全てを俺の手の中に‥‥」
 歯の浮く台詞も何のその。女性陣に声をかけるヲーク。
「ごめんなさ〜い。髭の綺麗な人がいいの〜」
「うん、まぁ、気持ちだけもらっておくわ」
 ミケは笑顔で頭を下げて、小町はまんざらでも無い様子だが、やっぱりやんわり断っている。がんばれ、愛の伝道師。
「まぁ、そういう事で。猫さん、どこですか〜」
「あいや、待たれい」
 即座に猫を探して出かけようとするミケを、ヲークが引き止める。
「恋の駆け引きには引く事も時には必要。また相手の気を引く為には、時にはイメチェンも必要。‥‥という訳でこういうものをご用意させていただいた!」
 ヲークは荷を解くと、用意してきた衣装や道具を並べる。これに学生服を用意できればなおよしだったのだが‥‥。
「ケンブリッジの女子制服なら、あたし、持ってるわよん。前に冒険者からいただいた奴」
「それは意外と言う前に、どうして俺の心の声が!!?」
 軽く答える小町に、そこまで顔に出てたかとヲークが慌てる。
「十二単もあるから、着てみる? そうだ! うさくんもお化粧はどうかな〜??」
 化け兎・うさは床下にいるとの事。弾む感じで飛びながら、お伺いを立てるフィンだが‥‥。
「『たぬきじる』って泣かれた?」
「うん、まぁ。深い理由があるんじゃないかしら」
 奥の方から恨みの篭った声でそう返された。訳の分からないフィンに、小町が罰の悪そうに頭を掻いた。

 残されたミケに関わる者がいる一方。出て行った猫を追いかける者たちもいる。
「全く。あなたという方は女性を泣かせるのが得意ですわね」
「知るか! 向こうが勝手に追い回してきてるだけだろが!」
 猫の奢り(半ば無理矢理?)で甘味茶屋に入り、団子など食べながら雑談風景。幸穂が呆れて告げると、猫は不本意だと態度で示す。
「やさぐれてるなぁ」
 何となく毛も逆立って見える相手を、アサギ・ヴォルティール(eb4894)は困惑しきりに見つめる。
「気は分からないでもないが‥‥。俺がもしそっちの立場なら、ここは思い切り自分の本音をぶつけるのが一番だろ。ことごとく無視してばかりだと相手に再起を与えるようなもんだろうに」
「思いっきり迷惑だとさんざか注意した挙句の出来事に、これ以上、 ど う し ろ と言うんだ?」
「そうだな。まずは落ち着け」
 拳握って恨みがましく詰め寄ってくる相手を、アサギはそっけなく装いながら肩を叩いて宥める。
「しかし、興味が無いと言って聞くような方でも無いです。‥‥いっそ、どなたか別の方と付き合っているという事にすればいかがでしょう?」
 幸穂の提案に、猫は怪訝そうに首を傾ける。
「別のって‥‥誰だよ?」
「先ほどは逃げましたが、実の所、猫さんの好みはどのような方でしょう? 今回の冒険者の中に好みの方はいませんの? その方に偽の恋人役を演じてもらうとか」
「いきなりそう言われてもなぁ。考えた事無かったし」
 月花が言葉を重ねるが、猫は困惑しきり。
「‥‥もしかすると、すでに決まった方がいらっしゃるとか? 例えば‥‥小町さんとか」
「それだけは天地が裂けて世界が滅びる寸前でもありえないっっ!!」
 何気なく口にした月花の一言に、全力で否定を入れる猫。
「それじゃあ、少し散歩に出かけませんか? 気晴らしにも良いと思いますよ?」
 本気で困っている猫に、店を出ようと葵が誘いかける。
 景色は春から夏に移りかけている。艶やかに咲き誇った花々も今は緑の葉を伸ばし始めているが、所によればまだ遅咲きの桜が見られる。
 その最後の桜を楽しまんと、界隈は結構賑わっていた。そんな周囲の喧騒と裏腹に、何となく気鬱に歩くのは猫の機嫌が今ひとつだからなのかもしれない。
「あの。猫さんがお嫌でしたら、断り続けて欲しいです」
 なので、何と無く沈黙でいた葵だが、頃合を見計らってそう話しかける。
「その‥‥鬱憤晴らしにはならないかもしれませんけど、愚痴や悩みは聞けますから。だから、いつでもぶつけて下さいな」
 言って、微笑を浮かべる。きょとんとした顔で猫は見つめ返していたが、
「ありがとう。そう言ってくれるのはお前ぐらいだ」
 何だかほっとしたように笑みを作ると、猫は葵の肩を軽く叩いた。

 そして、再び小町宅。
「つまり、猫はとんでもない事件に巻き込まれて記憶喪失なのさ。好きな人の助けとなって、恋の花咲く時もあるってね。手がかり求めて日本を探してみるもいいんじゃないかい?」
「なるほど、内助の功という奴ですね」
 ヲークが理美容の腕を生かして着付けている間に、鼎の助言を聞いたりしているミケ。顔を触ってる時に、しきりと頷いたりするものだから、ヲークも大変だ。
「よし、出来た」
「わー、綺麗だね〜」
「でも、猫の姿の時のも見てみたいです。今度見せて下さいね〜」
「いいですよ〜」
 フィンとティーレリアが褒めると、愛想良く頷くミケ。途端着ていた衣服がばさばさと落ちて、やがてその中から顔を出す三毛猫一匹。
「わーーー! 俺の傑作がっ!!」
「「いいじゃないですか、可愛いんだし〜〜」」
 そんなどたばたも交えつつ、和気藹々と着飾った所に、件の猫たちが帰ってきた。
「お帰りなさい、お散歩楽しめましたですか〜?」
「ええ、的当てで櫛とか取っていただいたりしましたし」
 ティーレリアが出迎えに出ると、葵が微笑しながら答える。 
「あのね、ミケちゃん。お姉ちゃんから伝言なんだけど『相手の気持ちを優先するのも愛』だって。お姉ちゃんの場合は、無事に仲間と元気に泳いでいればそれで十分なんだけど」
「つまり、押しっぱなしも駄目って事で。ここは一つ引いて、捨てられた子猫作戦を決行だ!!」
「分かりました!!」
 そして、その影で、ひそひそと二人と一匹の内緒話が進行。
「それでは。両者、お手並み拝見、か?」
 そんな彼らの様子を見ていたアサギが苦笑めいて告げる。その実、真剣に猫とミケに目を向けていた。
「猫さま!」
 綺麗に化粧して出迎えたミケ。見た途端、警戒心から猫は身を引く。
「あの、これを私の首にはめて下さいませんか? 貴方だけの私である証に‥‥」
 やや棒読みに告げながら、ミケは黒皮の首飾りの猫に差し出す。それを無表情に見つめた猫。やおらふっと肩の力を抜くと、
「何て言うかさー。‥‥もうこれで締めちゃってもいいか?」
「うにゃああああああん」
 落胆しきりに首を振りながら、真顔で締めてる猫。慌てて周囲が止めてたり。
「くっ、これで駄目ならかくなる上は、一室に閉じ込めて既成事実を!」
「それ、朝になったら殺猫事件にまで発展してそうなんだけど」
 唇を噛み締めるヲークに、小町も眉間に皺を寄せて悩んでいる。
「っていうか。もう、しょうがないな、うん。俺、好きな奴いるしー」
 どうでもいいやと言わんばかりに、やはりどこか棒読みで告げる猫。だが、言われたミケの方は心穏やかではない。
「それはどこのどなたでしょう。行って、いますぐ鉤爪の餌食に‥‥!!」
「えーーとだな」
 やる気満々に爪を立てるミケ。対して、猫は困ったように居並ぶ冒険者を見回して‥‥やおらにぽんと手を打つ。
「こいつ」
「へ?」
 へろっとその手を取って挙手させたのは‥‥ヲークである。
「って、ととと殿方じゃないですかー!!! み、耳だって尻尾だって無いんですよ?」
「日本じゃさして珍しくも無いだろ。それと耳はあるぞ」
「いやあのそのだな。その前に俺ら初対面で?!」
「愛とはいつも突然に始まるもんらしいぞ」
 慌てるミケとヲークに、猫は顔色変えず、むしろ確信持って頷いている。
「‥‥きょ、今日の所は気分が優れないので帰らせてもらいますね‥‥」
 小刻みに震える身を何とか支えて、ミケはよろけながらも外へと飛び出す。そして、門の所でいきなり振り返ると、
「けど!! わたし、まだ猫さまを諦めてませんから!!」
「そこでどうして、俺が敵意満々で指差されるんだーーーっ!!」
 ヲーク、涙目で絶叫。
「はぁ〜、あんたってばそういう趣味してたんだね。おかげで酔いも冷めちまったよ」
 鼎が、徳利片手に心底呆れた声を上げる。
「んな訳無いだろが! 偽恋人って事だったけどさ。普通に女性紹介しても諦めそうになかったし、むしろその女性に危害加えそうだったしで、それはさすがにまずいだろ? で、アサギよりもこいつの方が何かあっても自力で対処が出来そうだったからな。‥‥ま、大半の理由は単なる嫌がらせだ」
「‥‥それは配慮ありがとうと言うべきか?」
「嫌がらせで人の印象を変えないでくれ!!」
 悩んで首を傾げるアサギ。その隣でヲークが喚くが、猫、我関せず。
「まぁ、とりあえずは引いてくれたし。よかったよかった」
「‥‥後ろから刺されないよう気をつけて下さいよ。死体探しはもう遠慮したいです」
 頭を押さえて幸穂が答える。
「ちなみに、京から動かれる気は?」
「やっぱそれが一番かなーー」
 何気に問うた幸穂に、猫は真剣に頷いていた。