●リプレイ本文
さて。
掃除代行を頼まれた冒険者たち。食欲物欲同情義務義理と理由は様々なれど、とかく依頼人の案内で家へと赴く。とはいえ、茸恐怖症とでも名づけられそうな程の茸嫌いの依頼人は家に近付く遥か手前で早々に立ち止まってしまったが。
まぁ、依頼人の気持ちも分からないでも無いし、それに彼には彼でやってもらいたい事もある。
冒険者たちは二手に別れる。とりあえず家に向かった者を見送ると、場に残った三名が青年引き連れ向かった先は‥‥。
「ああ、あんた帰ってきてたの。まったく何年家をほっつき歩いてたんだか。おまけにあんたン家なによ。ぶっきみなおんぼろ屋敷になっちゃて稀にぎゃあぎゃあ悲鳴も聞こえてくるし、こないだなんて夜中に悲鳴でどんだけ迷惑した事か‥‥」
(「依頼人さん、早くなさいな」)
お掃除前の御挨拶回り。青年と共に近所を回っていたパフィー・オペディルム(ea2941)は、応対に出たおばちゃんの長くなりそうな愚痴を察して早く終わらせるよう肘でつつく。
青年の家は村外れにある上、田舎のご近所の定番で家同士は結構離れている。のだが、どうやら山の反響と風向きで大紅天狗茸の叫びが聞こえてくるらしい。頻度はどうあれ、昼夜構わず叫び声が聞こえてくるのは確かに楽しく無い。一応個人宅ゆえ入り込んで駆除も叶わず、目の前の婦人始めに出向いた家から苦情交じりの非難を聞く事となった。
「申し訳ありませんでした。これから掃除いたしますのでもうしばらくご辛抱を」
へいこらと頭を下げる依頼人。
「こっちの方まで茸が広がるのも困りますやろし。御迷惑をかける前にきっちり駆除さしてもらいますさかい」
「これ手土産です。夜間は控えますが、その分昼間うるさくなると思うので耳栓代わりにこちらもどうぞ」
都以外ではまだ珍しい外国人連れ。最初は胡散臭そうに見ていたおばちゃんも折り目正しく挨拶するニキ・ラージャンヌ(ea1956)や手土産とどんぐりを差し出したティーレリア・ユビキダス(ea0213)らの対応に渋々といった感じで了解を告げる。
なお、どんぐり耳栓はうっかり耳の奥まで入ってしまうと、取れなくなって大騒ぎしなければならなくなる。あまりお奨めできない代物ではある。
どうにかおばちゃんをやり過ごし、その家から少々離れた場所にきてようやく一息つく。
「神経質っぽい人でしたけど、やっぱり最後には物を言うのは現金ですわねぇ」
「え、じゃあ。まさかこの中は山吹色のお菓子???」
にーっこりと笑うパフィーに、ティーレリアは目を丸くして手の中の菓子折りを見つめる。綺麗に梱包された挨拶回り用菓子折りの中身は果たして何か。用意させた依頼人の顔を覗きこむも、必死に目を逸らされてしまった。謎だ。
「中身の追求はさておき。さっさと挨拶回りを済ませましょか。掃除するんも手間かかりますよって」
「すみませんねぇ。茸さえ片付いたら自分も行きますので」
やはり心苦しいのか。依頼人の態度はひたすら腰が低い。のだが‥‥。
「そんなに嫌なものですか? 形はとっても可愛いと思いますけど」
「何がですか! あのぶにょとした感触に何とも言いがたい珍妙な形状。知らない内に侵食して増殖するし、おまけにあれは叫んだりするんですよ!!」
「お、落ち着いてください〜。私が悪かったですから〜」
何気に告げたティーレリアの一言に、依頼人、いきなり目を剥いて力説しだす。その勢いに、ティーレリアはやや怯えぎみに急いで訂正をしていた。
「いいじゃないですの、そんな事。掃除は正直気が進みませんけど、受けた以上はこの依頼、きっちりさせていただきますわよ」
「お願いします〜」
嫣然と笑うパフィーに依頼人は感動した様に深々と頭を下げる。パフィーの胸の内は現金なものだが、そんな事当然知りようも無し。
挨拶回りも終わって依頼人と別れ、他の冒険者と合流。そして、一同は依頼人宅へとたどり着く。
「しかし。近くで見ても見事な茸畑だな」
大紅天狗茸が騒がぬよう距離を置いて、まずは家の様子を眺めていた六道寺鋼丸(ea2794)。改めて間近で見る家に呆れるやら感心するやら。いつもの笑顔も今はやや引き釣り気味になっている。
青年宅はどうやらここいらではそこそこの名家らしく広さは結構なもの。そして、確かに数年前まではいい感じの家だったのだろう。
が、周囲を囲む木々は高く伸びて日光を遮り、近くの溜め池からは湿気を含んだ風が吹き付けている。そのおかげで繁殖している大紅天狗茸の群れ。庭のあちこちにもその毒々しい姿が見られるし、破れた戸口から覗く中も立派なその姿が確認できる。近寄れば近寄る程に、まさしく巨大な化け物屋敷に見えてくる。
屋根裏を走る小さな足音はどうやら鼠。あちこちで聞こえるあたりどうやらご家族どころか一族で暮らしている模様。
戸口は破れて屋根は落ち、床は腐って地面も見える。正直これを掃除というのは、見れば見る程気が重い。
「フッ。叫ぶ茸と言えども所詮は植物。他の塵も一気にまとめてお掃除してお手軽簡単。いきますわよ! ファイヤー‥‥」
「わー、待った待った! そんな事したら茸も家も大損害だよ!!」
ファイヤーボムの詠唱を始めたパフィーに慌てて月詠御影(ea3107)が止めに入る。
「分かってますわよ。ちょっとした冗談ですわ」
という割には、パフィー、口惜しそうである。正直、破壊した方が面倒無くていい気もしてくる。
「春花の術を使ってみただが、茸には通用せんね」
「でも鼠とかは寝てくれたようですし、どうやらコアギュレイトは茸が縛れるみたいです。今の内に何とかしましょうか」
予想していたとはいえ、結果にややがっくり気味の田之上志乃(ea3044)。イリス・ファングオール(ea4889)は頷き手近な茸を採ると、そちらはどうやらうまく魔法が効いたようで踏み込んでも叫ばない。
とはいえイリスの力量ではまだ射程が短い。ちょっと目測を誤ると魔法が効かなかったり、かける前に叫ばれたりと苦労は尽きず。詠唱時間なども考慮していけば、効率が良いとも言えなかった。
「私のアイスコフィンも射程がまだ短いですし、なかなか難しいですね」
同じく魔法を試していたティーレリアも困ったように告げる。
「ホーリーフィールドも茸の叫びを通しよるし。もっとも、あれは敵対してくれてへんと効果が無い魔法やけど」
肩を竦めて採った大紅天狗茸をつついてみるニキ。うんともすんとも言わなくなった茸だが、見かけは生えてる時と何ら変わった様子は無い。
「ま、茸は地道にやるしかなかろ」
肩を竦めるニキに、殊未那乖杜(ea0076)もまたうんざりと告げる。
「さあて、ちゃっちゃと始めるべさ」
志乃は驢馬の田吾作から荷を下ろす。中に入れてあった掃除道具を確認すると、よしっと気合を入れて手早く襷を巻く。一同も騒音対策で耳栓をし、埃避けの布を巻いたり。
なんで会話は聞き取りにくい。ニキは筆談でと考えていたが、紙は高いし木は重くてかさばる。結局は身振り手振りで伝えて、必要に応じて耳栓を外して会話、ぐらいになるだろう。
「里の大掃除を思いだすべさ〜。あん時ゃ、茸なんぞ無かったけんど」
懐かしげに志乃は家を眺める。ま、茸の生える家はよっぽどの事だ。
そのよっぽどの家の中に、悪いと思いつつも土足で上がりこむ(でないと足の裏が真っ黒になるし、何踏むか分からない)。
安全確認と先だって御影が足を踏み込んだ途端、周囲の大紅天狗茸たちが叫び音を上げた。家の中を木魂する絶叫に眠りも吹き飛んだか、屋根裏の小さな足音が慌ただしく動き回った。
「大紅天狗茸が叫ぶのはやっぱり身を守るためでしょうか。助けを呼んでも誰も来ないですけどね〜」
響き渡る人外の声に驚くどころかイリスは嬉しそうにしている。
「楽しそうだな。不気味と思わないのか?」
「そうですか?」
そんなイリスに乖杜が問いかけるも、相手は小さく首を傾げるのみ。茸嫌いの依頼人が分からないでも無い乖杜に対し、イリスの方はそう言う事には頓着する気配無く。魔法で茸を黙らせると、陽気に歌いながら御影にも同意を求めた。
「前にお店で買っていただいた事もあるし。世間一般で不気味なら値段なんてつかないよね」
御影は、顔を覗かせつつイリスと同じく頓着無い様子で答えていた。
「そいやぁ、大紅天狗茸は喰えるんだべな。どんな味すんのか気になるべなぁ〜」
毒々しい茸に目を向けて、志乃はじゅるりと涎を拭う。ちなみに大紅天狗茸の味は見た目の派手さとは裏腹に、椎茸っぽい味と実に普通なんだとか。
「ともかく、まずは通路の確保しませんとね。これでは動くのもままなりませんよ。離れの方をやっておきますので母屋は頼みます。あまり、大人数で一度に動くと老朽化していて危険そうですしね」
「ちゃんと私が見とくから大丈夫だよ。そっちも気をつけてね」
耳栓しててもうるさい茸にうんざりして、御神楽澄華(ea6526)はまだ茸の少ない庭から離れへと赴く。その後ろに御影はそう答えると、屋根裏の作業をすべく身軽に上って行った。
「言うように地道に行くしかないだろうな。ま、茸を採るぐらいなら大した技術も必要無し。叫びにさえ気をつければ‥‥」
言って上がりこんだ途端、床がきしんで鋼丸は内心ひやりとする。御影が足場を確認したとは言え、彼女とでは体重も身のこなしも違いがありすぎる。
慎重に移動して鋼丸は大紅天狗茸と向き合った。周囲の家具などを傷つけぬよう六尺棒を構え、それで殴って大紅天狗茸を黙らせようとしたのだが‥‥
「「「あーーーっ!!!」」」
六尺棒の長さからして、殴る為にはどうしても茸近くに踏み込まねばならない。結果、大紅天狗茸が叫ぶのはどうしようもない。が、耳栓を通して聞こえた悲鳴は重なって他からも聞こえてきた。
「ダメですわよ! 傷つけたら価値が下がってしまいましてよ!!」
「そうそう。なるべく丁寧に扱ってよ」
やはり地道な作業にかかったパフィーと共に、御影も天井から顔を出して抗議する。やたらと真剣な態度に鋼丸は目を白黒させる。
「しかし、黙らせるには手っ取り早いぞ」
「「それでもダメ!」」
「何故」
「「後で売るから!!」」
二人の声が見事に重なる。転んでもただでは起きぬ。‥‥ちと違うが、利を求めるのも悪い事ではあるまい。
「と言う事らしい。それに叩きすぎて胞子を飛ばされても面倒だし、先に袋詰めした方がいいだろう。もっとも刈り取ると叫ばなくなるようだけどな」
熱意に押される鋼丸の肩を苦笑しながら乖杜は叩くと、短刀でもって丁寧に茸を刈り取っていく。それを見て鋼丸は軽く肩を竦めると、六尺棒を片付け小柄を手にした。
最初こそ試行錯誤でいろいろと揉めたり騒いだりはしたものの、ある程度やり方が決まれば特にこれといった問題もなく、大紅天狗茸狩りの作業は順調に進んだ。
茸の叫びは努力を重ねても完全に消す事は出来なかったが、事前に家々を巡っていた成果があり、顔を合わせた時にちょっとだけ恨みがましい目で見られた程度。
そして、採った茸を使ってニキが料理を振舞うと、そのちょっとの態度にも変化が出てくる。香辛料がジャパンでは高い為、自国料理のように作るのは難があったが、心づくしの持て成しにご近所の態度も仕方ないかと苦笑する程度になっていた。
大紅天狗茸を採るだけでも一日では終わらず翌日に持ち越し。一時家から引き上げる際にも、志乃や澄華が罠を仕掛けて小動物がこれ以上屋敷を荒らさぬようにしていた。
「とにかく、隅の方まで茸が残らないようにしておきませんとね」
どこに茸があるかは分からない。湿気を含んで動きにくい襖などを開けながら澄華は念入りに物陰を探して回る。
そして、もはや生えているのが無いのを確認すると、袋に詰めた茸を目に触れぬような場所に隠して依頼人を呼んだ。
「茸はもう無いですよね。大丈夫ですよね。ありがとうございます。ああ、やっと家に帰りつけました。何とお礼を言っていいいやら‥‥」
おんぼろ茸屋敷からただのおんぼろ屋敷になった家を眺めて、依頼人は感謝を告げる。それでも茸の恐怖は消えないらしく、妙に周囲を警戒していたが。
「いや。それより掃除中にやっぱり踏み抜いた箇所が幾つか。補修は一応しておいたが申し訳ない」
「そうですね。落ちてた屋根も板を打ち付けておきましたけど、後で専門の方をお呼びした方がいいでしょう」
「まぁ、それは家が悪いんですし仕方ないですよ」
すまなそうにする乖杜とイリスに、くつくつと笑って構わないと手を振る。
「それじゃあ。茸も無くなって依頼人はんも帰ってきた所で、本格的な掃除といこうか」
感慨つかの間。御影が告げると、他の冒険者たちも動き出す。
まだ住み着いていた動物たちは志乃の術で眠らされた所でそっと遠くに逃がしてやった。襖などを使える物と使えない物に分け、目に付いた小物も依頼人に必要不必要を選んでもらう。補修すべき所を直し、家財道具も移動させて、箒で掃き、雑巾で磨き上げていく。
そして最終日。
「日程分のお掃除は無事に終わりました。ご協力いただきありがとうございました」
ティーレリアたちが再び御近所に挨拶回りをする頃には、おんぼろ屋敷は何とか人が住めるぼろ屋敷にまで片付けられていた。
抜けた床やら足らない戸板などまだまだ家の整備で欠如が見られるが、それは今の冒険者たちにはどうしようもない。
「我侭なお願いながら受けてくれてありがとうございます」
言って差し出された依頼料を受け取り、冒険者たちは依頼人に別れを告げる。
狩り獲った茸はといえば、ニキが料理に使い、鋼丸が土産にと分けてもらってもまだ数がある。大量の茸を依頼人が必要とする訳も無く。問題なく譲り受けると、御影が前に知り合った店のツテを当たって換金、パフィーがそれを皆に平等分配した。
どうやら結構いい値で買い取ってもらえたようだ。