【五条の乱】 蜘蛛狩り

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:7〜11lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月25日〜05月30日

リプレイ公開日:2006年06月02日

●オープニング

 新しい京都守護職の働きは宮中でも評判だった。
 京都の人々の目にも、彗星の如く現れた神皇家の若き皇子が幼い神皇を助けて京都を守ろうとする姿は希望と映っていた。事実、悪化の一途を辿っていた京都の治安に回復の兆しがあった。
 五月も半ばを過ぎたある日、事態は急変する。
 新守護職に触発されて職務に励んでいた検非違使庁が、五条の名で書かれた現政権打倒の檄文を発見したのだった。下役人では判断が付かず、判官の所に持っていき天下の大事と知れた。
 半信半疑の大貴族達は神皇には伏せたままで五条邸に使者を送ったが、事態を察した五条の宮は一足違いで逃走していた。屋敷に残っていた書物から反乱の企てが露見する。
 押収した書物には、五条が守護職の権限を利用して手勢を宮中に引き入れ、御所を無血占領する事で安祥神皇に退位を迫る計画が記されていた。他にも源徳や一部の武家に壟断された政治を糾し、五条が神皇家による中央集権国家を考えていた様子が窺えた。
 騒然とする宮中に、都の外へ逃れた五条の宮と供の一行を追いかけた検非違使の武士達が舞い戻ってきた。
「申し上げます! 都の北方から突如軍勢が現れ、我ら追いかけましたが妨害に遭い、五条の宮様達はその軍勢と合流した由にござります!!」
 ここに至り、半信半疑だった貴族達も五条の反乱が本気と悟った。五条と合流した彼の反乱軍は都に奇襲が適わないと知って京都の北方に陣を敷いた模様だ。
 家康は上州征伐の為に遠く江戸に在り、秀吉も長崎に発ったばかりだ。敵の規模は不明ながら、京都を守る兵多くは無い。
「冒険者ギルドにも知らせるのだ! 諸侯の兵が整うまで、時間を稼がねばならん」
 昨年の黄泉人の乱でも都が戦火に曝される事は無かった。
 まさかこのような形で京都が戦場になるとは‥‥。

  ※  ※

 五条の宮決起。その胸中に何があったか。
 凡人には諮りかねるものもあったろうが、目に見える事はただ一つ。彼の軍が京にいれば、都は戦の血の雨に沈むという事。
 その危機を回避すべく、数多の武人が北へと急ぐ。だが、安祥神皇の御名に集いし武勇の者とはいえ、派閥の問題も絡めてその思惑は様々。
「東の田舎侍どもが。おめおめとよく顔を出せたものだな」
 戦地に向かう新撰組四番隊が出くわしたのは、よりにもよってか平織派の兵たち。侮蔑も露わに行軍中の武将は、浅葱の隊服を睨み付けている。
「虎長様さえ御健在ならば、この程度の乱、瞬く間に鎮圧されただろうに。‥‥いや、それ以前にこんな愚かな行為を起こす者など出るはずも無かった。この責任、どう取るつもりだ?」
「我らが平織さまを殺ったと云うのか。言いがかりも甚だしい」
 態度で如実に語る武将に、白い眼差しを見せる四番隊組長・平山五郎。
「言いがかりか‥‥。では、そちらの沖田総司が虎長様暗殺の現場にて目撃されて以降、姿を見せないのは何故なのかな?」
「どこにいようと個人の自由だ。自分の関知するものではない」
「加えて先日、屯所捜索を拒否したそうだな」
「胡乱な者を懐に入れる訳にはいかない。事実、あの時捜索を指示した五条の宮はこうして反旗を翻すに至った。屯所に踏み入ろうとしたのも何か裏があっての事ではない、とどうして言える? それとも、貴殿は相手が誰であれ、笑顔で懐に招きいれて首でも取られるのか? そんな配下を持つとは平織殿も哀れな‥‥。ああ、だからむざと命を落とす羽目になったか」
「何を!」
 さっと顔を朱に染めて武将は腰に手をやった。平山も、動きはしないものの殺気を孕んだ目でいつでも攻撃に出る気概を見せる。
 しかし、今の大事、そこで本気に殺り合って良しとする程、両者、愚かではない。
「時に、おぬしらは北に向かうところか?」
「いかにも。五条の兵がいか程かを確かめに」
 不審げに顔を顰める平山に、何を思いついたか武将がにやりと笑う。
「そうか。実は我らもまた五条の兵と刀を交えんと参る所。しかし、この先にある森にはどうやら多数の蜘蛛が出るらしい。むろん、蜘蛛如き恐れるに足りぬが、それでも貴重な武器や人員を失う危険もある。そこで森を迂回するつもりでいたが、おぬしらが道を開いてくれたならそれをせずともよいし、貴重な時間を失わずにすむ。
 おぬしらも、斥候なら素早く情報を有し戻る事が必要であろう? なぁに、たかが蜘蛛程度。優秀な東侍たちなら我らと違い、事も無く片付けられようて」
「何を!」
 揶揄する口調に、隊士が刀を抜きかける。怒りの眼差しを将に向けたまま、されど、平山は隊士を止めた。
「承知した。隊を通す為の蜘蛛退治、引き受けよう」
「組長!?」
 発した言葉に隊士たちの誰もが仰天した。だが、そこでは何も言わず平山は身を翻すと、森へと向かい出す。
「率いるのが愚将であっても、あの兵力は都の為、貴重だ。五条の宮がおとなしく降伏するとも思えぬ以上、遅延が命取りになるやも知れぬし、いざ戦う際に兵力が落ちていては問題になる」
 将から十二分に離れると、そこでようやく平山は口を開いた。
「斥候の任は数名でも出来る。これは疾く森を駆けて急ぎ、状況を視察した後に速やかに都に戻れ。後の者は留まり、蜘蛛を片付ける。もっとも逃げたい奴は勝手にしろ。別に斬り捨てたりはしない」
「組長は逃げる気無いんでしょ。お供しますよ」
 呆れ半分で隊士が肩をすくめる。おどけたその様子に、平山は静かに笑むが、すぐに表情険しく森を睨み付けた。

「恐れながら。あの森にいるという蜘蛛は数十を超え、さらには人を惑わす女郎蜘蛛も姿を見せるとか。それをあの数で退治など‥‥」
 去っていった新撰組たちに目を向けながら、冷や汗交じりに従者は告げる。それを忌々しげに鼻を鳴らして答える武将。
「やると言ったのはあいつらだ。それに田舎侍の十や二十消えた所で戦局にどれほど影響がある? それよりも奴らが道を開いてくれるというなら、我らもすぐに進軍するぞ。ただし、前方の兵にはよっく注意するよう言いつけておけ。やつらの討ち漏らしもいるやもしれないし、人に化ける妖怪蜘蛛ならば新撰組に化けて惑わそうとするやもしれぬ。何か見つければ速やかにそれを殲滅し、軍に被害を出さぬよう言いつけよ」
 それすなわち、前方にいる新撰組は斬り捨てても構わないという事。新撰組は前方に蜘蛛の群れ、退けば軍と逃げ場を失う。
「‥‥では、同行してる冒険者たちにその命を与えましょう。都への報告役として雇ってはおりましたが、化け物退治は我らより手馴れておりましょうからな」
 仕方ないとばかりに、従者は肩を落とすと冒険者たちを呼び集める。
「経緯は知らせた通り。そなたらは我が軍に先駆け、新撰組たちの打ち漏らした蜘蛛を狩って欲しい。我が軍に損害を与えぬ事がもっとも重要。それを為すならどの程度先行するかは各人の自由。眼前にいる妖魅であっても軍さえ無事なら追い払うだけでも構わん。‥‥もっとも、例え人を斬り捨てても、今の事態。お咎めは無かろうが」
 目を押さえて従者は首を横に振ると、力なく告げた。

 そして、森の中。大樹の太い枝に腰掛けて、六人の女がやってくる手勢に笑みを浮かべている。
「たくさんの人が来るのね。これは是非歓迎してあげないと、ね?」
 微笑と共に、彼女たちは木の下に目を向けた。
 その足元。黄色と黒の毒々しい色合いの蜘蛛たちがひしめき合っていた。

●今回の参加者

 ea1257 神有鳥 春歌(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1795 拍手 阿義流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3581 将門 夕凪(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

小 丹(eb2235)/ 十野間 空(eb2456

●リプレイ本文

 五条の宮を撃つべく、進攻する平織軍。その行く手を邪魔する蜘蛛を退治せんと任されたのは、新撰組四番隊。
 冒険者たちが任されたのは、彼らが討ち漏らした蜘蛛が進攻の邪魔にならないようにという後始末。軍は将こそ騎乗しているが、歩兵も多い。大勢が纏まって移動するから、その速度もそれなりになる。
 身軽な冒険者らは彼らに先駆け、結局は目に付く蜘蛛たちを始末できればそれでいいのだが、そんな事は考慮せずに先を急いで森に入る。
「平織の軍も新撰組も、現状京都の貴重な兵力です。五条の軍が大きくなっている今、どちらも失う訳にはいきませんね」
 言いながら、藍月花(ea8904)は石を拾い、無造作にそこいらに投げる。
 すると、がさりと騒ぐ草の影。
 ルシファー・パニッシュメント(eb0031)が一つ頷き、ミミクリーで腕を伸ばす。示された辺りをサイズで振り払うと、がさがさと黄色と黒の巨大な蜘蛛が這い出してくる。
 それをあっさり始末すると、さらに先を急いだ。
「牙に毒を持つという事ですから、噛まれないように気をつけて。解毒剤は皆さん持って来てますよね?」
 拍手阿義流(eb1795)が尋ねると皆頷く。携帯してなかったのは阿義流一人だったりもするが。
「知り合いと調べ回ってみたが、この森はこいつらが出るんで地元の者も不用意には入らないそうだ。最近じゃやたらに数が増えたし、女郎蜘蛛なんてのも出るようになったんでほとんど近寄らない。ギルドに相談しようかという話も出てたって言うし、今回のこれは渡りに舟って奴だったんだろうな」
 軍が通ろうとするだけあって、それなりの道はある。だが、整備してないので荒れ放題。その具合を見ればどのくらいここが放置されたか、推測もつく。
「新撰組の人たち。酷い状態になっていなければいいのですが‥‥」
 苦笑する明王院浄炎(eb2373)に対し、神有鳥春歌(ea1257)は心配げに胸を痛める。
 平織勢にしてもあくまで前方露払いは建前。少なくとも言伝した従者はそうして欲しい素振りを見せていた。さらに腹の奥底を探れば人道的に心配してかどうかなど不明だが、とかく、彼らを救い出す事には反対されまい。
「派閥や各人の思惑など関係ない。軍がこの森を超えられるか否かも二の次だ。要は戦うに足る相手がいるかどうか‥‥。やりたいようにやらせてもらう」
 そんな事には興味ないと、そっけなくルシファーは歩き出す。
 奥に進むに連れて、蜘蛛の数が増えてきた。そして、風に響いて聞こえる剣戟の音。
 ペットの荷から取り出した経巻を広げると、阿義流の身が茶系統に淡く光る。
「近いですね。彼らはまだ無事のようですが、辺りを取り囲まれています。かなりの数のようですね」
 焦りと共にバイブレーションセンサーで伝わる様子を告げる。
「毒蜘蛛相手‥‥。気が進みませんが、知らぬ仲でもありませんし、毒蛇が負ける訳にはいきませんね」
 毒を使うはこちらも同じ。将門夕凪(eb3581)は気を引き締めると、仲間たちと共に蜘蛛の只中へと駆け出していった。

 森の各所。足元から蜘蛛が顔を出してくる。地中に巣穴を作る彼らはそれこそどこから出てくるか分からない。
 が、所詮は虫のようなもの。どんなに巨大で毒々しい色合いを持とうと、大概は巧みな体裁きで避けられる。あるいは噛まれてもその牙による傷は極わずか。いくら噛まれても苦にはならず、無傷でいる者も多かった。
 が、厄介なのは噛み傷よりもそこからめぐってくる毒の方。下手をすればその場で倒れる程の威力。
 そして、警戒すべきなのは、
「シャアアアーーー」
 奇怪な音を上げて、土蜘蛛どころか人の倍以上はある巨大な蜘蛛が真白い糸を吐き散らした。避け損ねた新撰組の隊士が糸に絡まれると、そのまま身動き取れなくなる。
 悶える隊士に、ざわざわと土蜘蛛たちが一斉に押し寄せる。それを他の面子が捌き上げるが、そっちに気を取られた隙、頭上から女郎蜘蛛が糸を伝い、音も無く迫る。
「危ない!!」
 とっさに春歌がアイスチャクラを放つ。孤を描いて飛んだ氷の円盤が糸を切り、支えを失った女郎蜘蛛は無様に落ちた。
「! お前たち、何しに来た!!」
 左目に傷を持つ隊士――四番隊組長・平山五郎が冒険者たちの存在に気付き、声を上げた。
 あちこちに傷を作り、浅葱の隊服も破れが目立つ。にも関わらず、不愉快そうに顔を歪めて睨みつけてくる。
「あいにく、こちらも仕事です。叩く相手が同じなら協力しましょう」
 言うが早いか。春歌はチャクラを放って土蜘蛛を屠り始める。狙い定めて放てば蜘蛛を傷つけ確実に返る。近くに迫る物には普通に切りつけ、蜘蛛の残骸がそこかしこで転がり出す。
「余計な真似を‥‥」
「あら。お気にされる事はありませんよ。勝手に助太刀させていただきますから」
 夕凪も悪びれない口調で告げると、群がる土蜘蛛たちを蹴散らす。
「真に護らねばならないのは何だ? お主らの主は力無き民を護らんとお主らを率いているのではないのか? この一戦。戦の前哨戦ですらない。つまらぬ意地の張り合いで傷を負うなど愚の骨頂!!」
 纏うオーラボディが土蜘蛛の牙を寄せ付けない。身を護る心配が無いと分かり、浄炎はその分を攻撃に費やし、次々と土蜘蛛に手痛い一撃を加えていく。もっとも、彼の場合、オーラを使わずとも土蜘蛛の牙など敵にはならなかったが。
 新撰組たちの態度。その腹立ちを紛らわすように龍叱爪で土蜘蛛を叩き潰して、平山を睨みつける。だが、苛烈に言い放つもつかの間、すぐに穏やかな表情を浮かべる。
「こんな奴ら、さっさと片付けて謀反人らの見物に行こうではないか」
 にやりと笑う浄炎に、平山は静かに息を吐く。それ以上は何も言わずに蜘蛛たちへ刀を振るっていく。
「ほーほほほほほ」
 そして、森の中に女の声が木霊した。
 見上げると、見目美しい女たちが轟然とこちらを見下ろしてきている。
「まぁまぁ。獲物が増えましてよ」
「ええ。あの子たちだけに美味しい思いをさせる筋合いはありませんわよねぇ」
 艶然と微笑む姿は天女のごとく。されど、その背から突き出してきた長い棒のようなものは、紛う事なき蜘蛛の足。
 美しいその姿が歪むと、溶けるように女郎蜘蛛の姿を晒す。
 八本の足で跳ね飛ぶと、すかさず糸を吐いてきた。素早いその動きを、されど夕凪はどうにか避ける。だが、その後を女郎蜘蛛はついてくる。
「はあ!!」
 引いた足で地を蹴ると、夕凪は龍叱爪に力を込めて女郎蜘蛛に歩を進める。踏み込んだ一歩と共に一撃を繰り出すも、際で女郎蜘蛛を掠めたのみ。力を込めた分だけ、相手に隙を与えたようだ。
 が、それで女郎蜘蛛も懲りたか、足の一つで夕凪を撥ねる。どこかに木の上へと逃げようとしたが、その動きがぴたりと止まる。自身動こうと焦ってはいるようだが、どれだけ悶えてもびくともしない。
「やれやれ。蜘蛛だけに粘りもあるようですね」
 ほっと息を付くのは阿義流で。最初に経巻のフレイムエリベイションで士気を高めた上でのシャドウバインディング。だが、精霊力で抵抗されると効果が無い。数回の詠唱の後、ようやく相手は動きを止めてくれた。
 恨めしそうに見つめてくる複数の目に向かい、夕凪はここぞとばかりに拳を叩き込む。脳天を貫き、龍叱爪の三本爪が顎から顔を出す。引き抜き振り払うと、相手はぐしゃりと身を横たえた。 
「こっちの方は抵抗される心配無いですけどね」
 そして阿義流の身が淡い金に輝くと、そこから一直線に光線が伸びる。狙いたがわず、隊士を狙い足を広げていた女郎蜘蛛を打つ。失敗の無い初手の技量ではあるが、その分、威力は減る。傷はほとんど無かったが、気がそれた隙に隊士が刃を斬り上げ、その足の一つを落とした。
 動く女郎蜘蛛は全部で五体。土蜘蛛の数はもはや数えるのもうんざりしてくる。
「使えるものは使う。それもまた戦術か」
 サイズを振るい、撒いた衝撃波で群がる土蜘蛛を纏めて吹き飛ばすと、ルシファーは倒れた女郎蜘蛛に近寄る。印を組んで詠唱。触れると頭を陥没させた女郎蜘蛛がぐらりと動き出す。
 クリエイトアンデッド。鈍い動きで単純な命令しか聞かないが、それでも土蜘蛛相手なら十分戦力になる。何より一度死んでいるのだ。早々とまた死を迎える事も無い。
 のたくたと動く女郎蜘蛛を壁としてルシファーは、かかってきた相手に容赦無くサイズを振り落とす。
 そして月花は、傍の木に牛角拳を放つ。強い踏み込みで拳を叩き込む事数度。音を立てて木はへし折れ、多くの土蜘蛛を押し潰す。
 しかし、肝心の女郎蜘蛛はその動きをひらりと躱すと、糸を巻きつかせてきた。手足を捕らわれ動きを封じられると、女郎蜘蛛は素早く跳ね上がり圧し掛かってくる。
 八つの足で押さえつけ、鋭い牙で肉を食もうと迫る。
「くっ!!」
 もがくが糸の束縛が解けない。嬉々と噛み付いてきた女郎蜘蛛だが、それが突然大きくのけぞった。
 女郎蜘蛛の胸元から突き出た日本刀。揺れた巨体のその影で、刀を引き抜いた相手は平山だった。何も告げる事無く、蔑むように月花を見ている。
 何となく腹が立って、急いで糸を振り解く。即座に起き上がると、まだ傷にもがく女郎蜘蛛に全力で龍叱爪を叩き込んだ。

 倒した女郎蜘蛛をルシファーが操る。場合によっては土蜘蛛も。そうやって戦力を増やし、素早い動きも阿義流の魔法で縛り上げればそう手ごわくも無く。土蜘蛛は毒にさえ気をつければどうとでもない。毒が回れば薬で癒し、それも手が回らないなら春歌がアイスコフィンで固めて蜘蛛から護る。
 いささか乱暴な手段でもあるが、確かに食われたり卵を産み付けられたりする危険は無くなる。
「どうにか、到着までには追い払えたようですね」
 そうして動く物が目に付かなくなった後。念を入れてバイブレーションセンサーで状況を調べて阿義流が言うと、肩で息をして薬を取り出す。
「すまない。がんばったな」
 土蜘蛛の牽制に放っていた柴犬・焔の頭を浄炎は撫で上げる。尻尾を振りはしたが、あちこち噛まれて具合が悪いようだ。手当てしながらも、新撰組たちの方へと振り向いた。
「先に行け。わざわざ平織軍を待って、下らぬごたごたに付き合う暇も無いだろう?」
「そうさせてもらおうか」
 隊士たちとて無傷ではない。受けた傷を応急処置で縛り、まだ毒で動けない隊士に肩を貸したりと被害の確認をしている。
 その様を見ながら平山はそっけなく告げる。
「そうそう。使った解毒剤は請求しますよ。隊士の治療費まで削るケチ集団ではないでしょう?」
「加勢はそっちが勝手にやった事。あれこれ勝手なおせっかいを焼いた挙句に費用を出せとはまるで恐喝だな」
 嘲笑を浮かべた平山に、月花の顔が朱に染まる。
「だが、助かった。感謝する」
「え?」
 しかし、続いて出た言葉に思わず目を丸くする。聞きとがめた所で相手はもはや用は無いとばかりに、隊士を纏め上げるとそのまま身を翻して去っていく。
「ちゃんと手当てできる寺院に連れて行って下さいね。後で何か起きても困りますから」
 浅葱の誠の背に向けて、春歌は念の為に声をかける。もっとも、返してくる声は受けられなかったが。
 そうこうする内に平織軍が到着し、まずはひとまずそちらに合流して冒険者たちは森を抜ける。
 目指す五条の軍はもうすぐ傍まで来ていた。

 そして後日。四番隊の方から解毒剤や薬剤などの荷物が届けられる。隊士の分は勿論、冒険者たちが使った分までもきっちり賄ってきたのは、親切なのか嫌味なのか判断に困る所だった。