猫勝負

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月01日〜06月06日

リプレイ公開日:2006年06月10日

●オープニング

 五条の宮、決起。
 若い理想と便乗する周囲の野望に燃えたこの戦は、神皇軍各派閥の思惑を複雑に入り混ぜながら、京に危機をもたらした。
 その戦いの果てに、一体何が残ったのか。それが分かるにはまだ少し時を要する。

 だが、その結果を待つ事も無く‥‥というか、待つ必要も無く。それとはまったくもって無関係の戦いが始まろうとしていた。


「待て! そこのお前!!」
 騒乱収まらぬ京の都。夜の闇は物騒極まりなく、人気など無いに等しい。いるとすればそれはあまりいい奴でないだろう。
 そこを何食わぬ顔で荷物抱えて歩いていた青年――本名不明。呼び名は猫――は、声をかけられ足を止めた。
 振り返ると、あまり品性良くない顔が三つあった。何となく見た事ある気もしたがすぐには思い出せない。が、あった事あるのは確かだ。何せ、相手はものすごい目つきでこちらを睨んでいる。
「ああ、忘れもしない茶髪の外国人! よくも俺のミケちゃんを!!」
 その名を聞いて、得たりと猫は手を叩く。
「あの、三色頭にからんでいたごろつきかー。‥‥って、俺の?」
 先日、ミケと云う少女が絡まれているのを助けた猫。そのミケは実は化け猫で以来付きまとわれて困ってしまったという顛末があったのだが。
 その発端となった、ミケに絡んでいた奴らなのだ。
 一番体格の大きな相手――多分こいつが頭なのだろう――が、腕を組んで胸を張る。
「おうよ! 俺とミケちゃんは昔から将来を誓い合った仲! それを突然お前が出てきて掻っ攫いやがって!!」
「いい加減な事抜かすんじゃないわよ、黒ブチ!! あんたと将来誓い合った事なんて無いわよ!!」
 割って入った声は、女の声。黒、茶、白の毛が入り混じった不思議な髪の少女は話題になってる化け猫・ミケだ。
「あたしはね。強い男が好きって言ったの。あんたなんかお呼びじゃないわよ」
「ここらで一番なのは俺だろ!!」
「所詮、小山の大将じゃないのさ! それに、この間三匹がかりで猫さま一人に勝てなかったくせに!!」
 黒ブチと呼んだ相手にべーっと舌を出すと、ミケはころりと表情を変え、恋する乙女で猫にすがりつく。
「猫さまが男好きと知り、あの時は思わず引いてしまいましたが! よく考えればそんなの何の問題にもなりません!! ええ、愛人の一号二号が何です! 例え十人揃って、それが全員男性だったとしても! わたくしが本妻となれば、猫さまとの家族計画に支障はありませんもの!!」
「いや、それはやっぱり問題も支障もあるから」
 きっぱり告げるミケに、猫は脱力する。
「男好きって‥‥ただの好きものですじゃ」
「って、愛人十人!? ミケちゃん、そんなの奴のどこがいいんだ! 目を覚ませーーー!!」
「ってか、おいらたちは対象外でやすよね? ね?」
「そこ! 三人揃って白い目で見るんじゃねぇーーーー!!」
 そして、限りなく引いていくごろつき三人組。ま、発端は自業自得な上、弁護してくれる者も今は無い。
「そして、うっかり聞き逃すとこだったが! ミケの古馴染って事は!!」
「ふっ。見て驚くな! 我らの真の姿を!!」
 なにやらカッコウつけるごろつき三人。身体が奇妙に歪むとばさりと着ていた物が落ち、
「「「ウニャオーーー!!!」」」
 その中から雄たけび上げて飛び掛るその正体は!!
「ちくしょう、単なる猫の喧嘩に首突っ込んだだけかよ」
「猫さまも猫じゃないですかー」
 噛み付いてきた猫三匹にうんざりしながら、猫は中でも大柄な黒斑の猫の首根っこを掴み上げる。
 手足ばたつかせて爪を立てるが、黒ブチの攻撃は猫にカスリ傷もつけず。ため息一つ吐くと、猫は放り投げるように離した。
 姿を見せても効果無しと判断したか、黒ブチたちはまた人間形態に戻る。
「ふっ! この間はお前の半化け姿にビビって‥‥」
「ビビったんだー。情けなーい」
「珍獣は可愛がらねばならないという保護精神に駆られて!! 敢えて負けてみたのだが!! 今度はそうはいかない!! ミケちゃんかけて勝負だ!!」
 冷めた目で見るミケ。慌てて言い繕うと黒ブチは、猫に指を突き立てる。
「‥‥ま、いいだろ。ただし、時間と場所、勝負の方法はこっちが指定する」
 しばし考えた上に、猫は大きく頷く。
「な‥‥。それではそっちが有利な状況に!」
「喧嘩売ろうってんなら、それぐらい当然だろ?」
 さらりと言われて黒ブチは言葉に詰まる。
「あい、分かった! 首根っこ洗って待ってろよ!!」
 悔しながらも、それだけ何とか言い捨てて、踵を返した。
「ああ、私の為に男たちが戦うなんて‥‥。猫さま勝利を願い、わたくし尽力を惜しみませんわ」
 地面に崩れ落ち、泣くふりしながらかなり嬉しそうなミケ。
 そっちには構わず、猫はなにやら思案しながら来た道を戻り始めた。

「ま、ミケが強い男が好きってんなら、ようはあいつが強い事を証明すればいい訳だ。前に髭の綺麗な奴とか言ってたらしいが、それは猫なんだから問題ねぇ訳だし」
「で、わざと喧嘩して負けようってのか。だったらさっさとそうすればいいじゃねぇか」
 冒険者ギルドにて。訝るギルドの係員に、猫が口を尖らせる。
「そうしたかったんだけどさ。あいつらってば、本気で弱いからなー。俺が負ける要素が見つからん」
 一見異国の青年に見えるが、実態はワーリンクス。通常の武器は効かないし、多少の怪我ならすぐに回復。つまりは化け猫が爪牙たてようとも何の意味は無く、何かの奇跡で傷を負わせても、すぐに癒されてしまう。
 一方で化け猫に関しては、人化け出来るがそこらの猫と大差なく。石でも投げれば怪我をするし、頭の方もいささか知恵が足りない。
「それに。勝負であっちが勝っても、ミケの気持ちが動かなきゃまた難癖つけて付き纏われそうだし。なんで、そこらもすぱっと解決して、猫の恋路を纏めさせてやってくれ」
「まぁ、依頼として出してくれるならこっちは何でもいいんだが‥‥。それでいいのか?」
 問いかける先は陰陽師・小町。妖怪からの依頼は受けないのが基本の冒険者ギルド。形式だけでも人さまが依頼である必要はある。
 なのだが、その小町は顔を見せて以来、ずっと思案顔。何度か名前を呼び、ようやくはっと顔を上げる。
「え? うん、まぁ。それでお願いね。化け猫っても場所分かってるし、悪い奴じゃなさそうだから、放っててもいいでしょうし。泥沼の恋愛関係とか面白いけど、やっぱり乙女としては純愛の大団円が好みだし、納まる所に納まって皆幸せになるなら、それが一番なんだろうけど‥‥」
「けど?」
 言い淀む小町に、係員が繰り返す。
「‥‥物騒な夜道。荷物を持ってどこ行くつもりだった訳よ」
「じゃ、ま。依頼は成立という事で」
 表情を消した顔で猫を見やる小町。そっちにはまるで構わず、猫は無理やりに笑って見せた。

●今回の参加者

 ea0050 大宗院 透(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5984 ヲーク・シン(17歳・♂・ファイター・ドワーフ・イギリス王国)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ヴィゼル・カノス(eb1026)/ 御厨 雪乃(eb1529)/ ロトス・ジェフティメス(eb2365

●リプレイ本文

「いやああ〜ん、猫ちゅわあ〜〜〜ん、お久しぶり〜〜〜♪ あたしの事、忘れたのぉおおお〜〜?」
「うぎゃああああああああああ!!」
 十二単に身を固め、白粉べったりの姿で猫に抱きつき、力一杯頬擦りするヲーク・シン(ea5984)。前回猫の恋人にされた怨を忘れず、きっちり我が身を捨てて全力で当たる姿は‥‥まさしく漢と言えるかもしれない!(言えないかも知れない)
「離れなさい! そこの愛人一号!!」
「妙な名で呼ぶな!! そして、人ん家の前に鼠の死骸を置いていくな! あれはおまえさんの仕業だろう?」
 見咎めて、ビッシと指を突き刺す化け猫のミケに、ヲークは負けじと胸を張って指を突き刺し返す。
「そうね。今度は蛙にするわ! 今が旬!!」
「ってか、止めろ。普通に迷惑だし」
「ええ!! でも〜、猫様がそう仰るなら〜♪」
 何もしない内から妙に生気を消耗している猫に、ミケは態度をがらりと変えて擦り寄る。
「ダメだ、ミケちゃん! 男の愛人がいるだけでも許しがたいのに、よりにもよってその相手がこんなのとは!!」
「こんなのとは何だ! こんなのとは!!」
「怪しさだけは抜群だぞ‥‥、今のお前‥‥」
 ミケに恋するごろつき――ではなく、同じく化け猫の黒ブチが悲痛な叫びを入れると、指差されたヲークが声を荒げる。
「恋愛感情のもつれが大変なのは、猫の世界も変わらないようだけど。‥‥変なもつれ方してるね?」
「まぁねー。予想を超えたもつれ具合にさすがのあたしもびっくりで大笑いよ」
 首を傾げる藺崔那(eb5183)に、陰陽師・小町がしみじみと頷く。
「今回、御協力いたす事にはなりましたが‥‥私は男性には興味がありませんので‥‥」
「まぁな、俺も人間の女性には興味無いから」
 挨拶がてらに釘を刺す大宗院透(ea0050)に、猫は適当に返事している。――透の性別はそうではないのだが、それをわざわざ訂正する必要も透には無い。
「女性に興味無いって事は、やっぱり‥‥」
「構いませんわ、猫様! 興味無かろうがわたくしはあなたに着いていきます!!」
「うわあああああん!!」
「ふふふ、ざまみろ」
 恐れおののく黒ブチに拳握って力説するミケ。自業自得な結果に泣く猫に、ヲークは密かに黒く微笑む。
「国に本妻がいると言えばどう?」
「そんなの! 現地妻でも大丈夫ですわ!!」
 わりと冷静に事態を眺めていた藍月花(ea8904)が一応の助け舟を出すも、ミケの闘志は揺るがない!
「ふっ‥‥。現地妻ならこいつで十分!!」
「嫌ですわ! 猫様、緒戯れを!!」
 奇妙な笑みを作った猫がヲークを抱きしめると、その腕を振り解きヲークは間合いを取る。見詰め合う二人。その様をミケは嫉妬のまなざしで見つめ、それをさらに黒ブチが毛を逆立てて見ている。
「‥‥と言うか。見詰め合いより睨み合いだよね?」
「無用なお怪我をなさらなければいいのですが‥‥」
 男二人の間に流れる殺気だった気配は、傍から見てて丸分かりで。どうして分からないのか崔那は苦笑してミケを見、小都葵(ea7055)も心配して医療品を包んだ風呂敷に力を込める。
「ねぇ〜こ、ねぇーこ♪ 猫猫かぶりのぉ〜♪ 猫っかぶりのゲンちゃんでござるぅ〜!♪♪ ――ここ掘れ、ニャンニャン☆ でござる♪」
 殺伐とした空気の中、何とも気抜けた歌声が響き渡る。歌って踊って、華麗に決めっ☆ 葉霧幻蔵(ea5683)、ここに参上。
「何やら絡んだ雰囲気になっているでござるが、ようはミケ殿を巡る猫殿と黒ブチ殿の争いが発端。ならば、今ここで決着つけるでござる!」
「勝負は簡単に言えば、女性の危機に駆けつけ守れるかの勝負です。ミケさんの危機にお二人がちゃんと守れた方が勝ちなのです」
 ティーレリア・ユビキダス(ea0213)がにこやかに説明する隣、彼女のボーダーコリー・ぬーが楽しそうに尻尾を振っている。
「そして、この勝負は強い意志こそが必要! なので、子分二人無しで黒ブチ殿には挑んでもらうでござる!!」
 手を広げて幻蔵が指し示した先、巨大な蛙がどんっと鎮座ましましていた。その足元にはへべれけに酔っ払った茶斑の髪の男と、くすんだ灰色の髪のチビ男が転がっていた。
「「うひゃひゃひゃひゃひゃははあは。おげんきれふか〜〜〜」」
「て、てめぇら!! まさか、マタタビを!! ずるいぞ、お前らだけ!! ‥‥これもどれもお前のせいだ!!」
「何でだ!!?」
 正体無くして笑って変化して転がる二匹に愕然とした後、黒ブチは猫を睨みつける。食い物の恨みもどうやら混じったようだ。
「‥‥ですが、その前に。風呂に入りましょう」
「何で?」
「菖蒲湯に入って勝負に勝つという事です」
 菖蒲の葉を握りしめて、力強く宣言する透。わずかな時を置いて、静かな笑いが周囲を満たした。

 風呂に入ってさっぱりした所で――少なくとも、ヲークは元の姿に戻った――、改めて猫たちの勝負開始。崔那が知人と一緒に駆け回って確保した場所に案内する。と、そこにはしっかり観覧席として、卓袱台に菓子と茶まで準備してあった。
「薬の準備はしましたが‥‥あまり無茶はされないように。魔法で傷は癒せても、疲労まではどうか分かりませんし、それに怪我されなくても見ていたら痛いのです」
 知り合いに頼んで用意してもらった薬で事は足りるだろうが、念を押すのを忘れない葵。
「勝負は先にも説明した通り。ミケさんには危機が訪れますので、守れた方が勝利です。‥‥ミケさんも覚悟して下さいね〜? もちろん、猫さんへ交際を申し込まれている時点で、その程度の覚悟は決められてらっしゃると思いますけどー」
「な、何だかとても気になる笑みを見せてくれるようだけどっ!? 覚悟の内は勿論ですわっ!!」
 満面の笑顔を向けるティーレリアに臆しながらも、ミケは頷く。そんなミケの手を、透はそっと握り締める。
「古来より、異種族間の恋愛は成熟しないものです‥‥。子供が作れる人間とエルフですら、社会的、肉体的に支障を来たします‥‥。そも、強さとは戦って勝った人を指すのでしょうか‥‥。私は人のためにがんばれる人、精神的に強い人が強い人だと思うのです‥‥」
 真正面から真摯に告げるも、ミケは分かったような分かってないような微妙な顔を作る。
「話は纏まった所で、早速行動♪ それじゃ、頑張って下さい〜♪」
「うきゃあああああ!!」
 ティーレリアが明るい声で号令かけると、途端に犬のぬーが走り出す。尻尾を振ってミケに飛び掛ると、驚いたミケがその場から慌てて逃げ出し始める。
 必死の形相で走るミケ。ぬーにしてみれば、遊んでもらってると思ってるらしい。
「結構楽しそうだね」
「ねー」
 崔那と小町。そんな事言い合いながらお茶を啜る。
「ミ、ミケちゃ〜〜〜ん!!」
 愛する彼女の危機とばかりに黒ブチは追いかけようとしている。
「‥‥わんこ、嗾けて大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。もし暴れるようならアイスコフィンで止めますよー」
「‥‥怖い飼い主だ」
「ええ。間違えて猫さん凍らせちゃうかもです」
「い?」
 さらりと告げたティーレリアに、猫は大いに慌てる。が、当の彼女は知らん振りでそっぽを向いて笑ってる。実は密かにお腹立ち中。
「さて、ペットをけしかけると云う話でしたし。そろそろ御登場願いましょう、名称不定のジャイアントパイソンくんです」
「「え?」」
 全長、下手すりゃジャイアントの三倍。巨大な蛇が月花の元から放たれ、二匹の顔が強張る。巨大蛇はゆらりと鎌首上げると、即座に二匹へと襲い掛かる!! 素早い動きで二匹に絡むや、そのまま砕かんと締め上げていく。
「うおおおー。銀チビー。茶マダラー!! ミケちゃんを助けろーー!!」
「だから子分の手を借りるのは無しでござる」
 締め付けながら黒ブチが指示するが、幻蔵が即座に却下を出す。もっとも、その二匹はと云えば困惑しながら振っている葵の猫じゃらしにメロメロである。
「ちょっとー、何とかしてよ、この馬鹿犬ーーー」
「あ。馬鹿犬って酷いです。ぬーさん、もっと遊んであげて下さい」
 涙目で告げるミケに、ちょっと機嫌損ねるティーレリア。指示されてぬーはさらに跳ね回る。
「さあ! 愛する彼女の窮地に、男二人はどう立ち向かうか!!」
「ってか、こっちも普通に窮地だ。助けろーーっ!!」
 丸呑みしようと噛り付く巨大蛇の頭を止めながら、猫が叫ぶ。月花としても怪我をさせるつもりは無いので頃合を見て束縛を緩めさせる。ただし、まずは猫のみ。
「あー、楽になった」
「‥‥んだったら、猫様、助けて下さい〜〜〜!!」
 自由になった猫に、ミケが救いを求めて走り寄る。が、そこにひらりと影が飛び込むや猫に切りつけた。ぱっと飛び散った鮮血に、ミケが追われているのも忘れて立ち止まる。
 飛び出してきたのは透の猫・影凪。口にくわえた手裏剣・八握剣からは血のような物が滴り落ちていた。
「驚く事はありません。彼も私と共に修行を積んだ仲間ですから‥‥」
 淡々と告げる透。猫は傷口を押さえると、がっくりと膝を折る。
「助け手の一人は早々に離脱。一方、依然黒ブチは巻かれたまま。しかし、締め続けられても、へこたれない! 愛する彼女を救おうと懸命にあがき、今‥‥抜けたーー!!」
 卓袱台から崔那が実況。束縛を解いた蛇はそのまま何食わぬ様子で月花の元に戻るが、もはやそっちに見向きもせずに黒ブチはミケとぬーの間に割って入る。
「この野郎! ミケちゃんいじめるとは何事だ! 俺が相手になるぜ!!」
 言って構える黒ブチ。ぬーは困ったように周囲を伺うと、後ろを向いてティーレリアの元に逃げ帰る。
「ミケちゃん、俺はやったよ! これで誰が頼りになるか分かっただろう!?」
「ええ、よく分かったわ!」
 ミケに振り返り、真剣な眼差しを向ける黒ブチ。その態度に、ミケもにっこりと笑って黒ブチに近寄り――その横すり抜けてさらに進む。
「もしよろしければ、お名前を♪」
「ウニャ?」
 すっかり夢見る乙女の眼差しを向けているのは――透の猫の影凪に、である。
「喝ーーーーーっ!!」
 手に手を取って感動しているミケに、ヲークが頭から大声を上げる。
「その程度の気持ちで猫‥‥様に近付いたとは笑止千万! 猫‥‥様の背中を守れぬ者が、果たしてそれ以上の存在にどれ程お役立ちになるものか! 最早、用はない! 早々に立ち去れ!!」
 猫の名に、嫌そうに様をつけながら、ヲークは力強くお説教。言葉に詰まったミケをさて置くと、続けて黒ブチを睨みつける。
「自らの力量を弁えろ、愚か者が! 貴様程度では俺の足下にも及ばぬわ! 二人して山に籠もり互いに切磋琢磨するが良かろう。町でひ弱になった根性と野生を取り戻して参れ!!」
「「ははー」」
 勢いに気圧されて、化け猫二匹、膝をついて頭を下げる。 
「‥‥お嫁を取り損ねましたか?」
「いいのよ。ああいう面倒臭い嫁が来ると飼い主の方が大変だもの」
 問う透に、小町が肩をすくめて答える。当の影凪はといえば、知ったこっちゃ無いとのんびり顔を洗っていた。

「御協力ありがとうでござる。おかげで大明神の祟りを見ずに済んだでござる」
 御本尊たる招き猫を抱え、幻蔵は子分二人とにこやかに握手を交わす。
「はっはっはー。二度と来るなよ〜。二匹で野生に戻って仲良くしてろー」
 ひとまずお山に戻る化け猫たちを、笑顔で見送るヲークたち。まぁ、何はともあれ、猫に付きまとう事はもう無さそうではある。
 かくて、依頼は無事終了。
 ではあるのだが。
「はー、ひでぇ目にあった」
 綺麗に消えた傷口をさすりながら猫がぼやく。手裏剣で流れた血の大半は透による手品の仕掛けだったが、魔法品であるが故に、一応本当に傷も入ってたりする。
「それにしても猫さん、聞きましたよ。小町さんのお宅を出て行こうとしていたそうですね。別に、出かけるなといってる訳じゃないのです。でも、黙って出て行くのは、失礼だと思うですよ? 小町さんにだってそれなりの恩も受けてる筈ですよね? どこかに出かけたいなら、そう伝えるべきじゃないですか? お友達が黙って居なくなったら、私達だって悲しいです」
 すねた口調でティーレリアが告げると、葵も同意を告げる。
「突然居なくなったら、私やティーさんもですが、小町さんやお父様も凄く心配されると思うのです。何処かへ長期に出たいのであれば、旅に出たい旨を小町さんに話してみては如何でしょう? ‥‥それに、帰れる所があるのはいいものですよ?」
「いや、しかしなぁ‥‥」
 渋い声を上げる猫。その顔を見た後で、月花が大きく頷く。
「旅をしたいと思う気持ちは分からないでもないですが、それならお供が必要でしょうね」
「何でだよ」
「あら、また石になって私達に助け出されたいのですか?」
 軽い口調で切り返されて、思いっきり猫の顔が強張る。
「それなら護衛を雇って旅した方が良いのでは?」
「それはあまり旅って気がしねぇんだけど‥‥」
 がっくりと肩を落とす猫。
 ともあれ、まだ当分は小町宅に御厄介になりそうだ。