終わらない戦

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜17lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 20 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月09日〜06月14日

リプレイ公開日:2006年06月18日

●オープニング

 五条の宮、謀反。予想を超える大群と猛将ラルフの活躍によって、神皇軍を追い詰めあわや京都の傍まで攻め上った宮の兵。だが、所詮は野望に燃える寄せ集めであったか、駆けつけた三河軍の挟撃にあってその弱さを露呈し、狼狽の末に散った。
 宮に加担した者には、三公率いる今の世では出世を見込めぬと逆転を狙って手を貸した例も多い。
 だが。純粋に宮の唱える三公を廃して強き神皇による政治という日本の姿に感銘を受け、世を変えんと戦った者もまた多い。
 そして、その心差し半ばで命を落した者も‥‥。

 広域に渡る戦場。死した兵士も数多く、そのほとんどが無残な躯を晒して烏の餌についばまれている。
 その中で。倒れていた一人の将がゆっくりとした動きで起き上がる。驚いた烏たちが一斉に飛び立ち、一時的に空を黒く染め上げる。
 頭蓋骨は陥没し、肉の色はもはや土気色。瞳も白く濁り、目線は一体どこを見るやら。
 ――京へ。
 纏う白鳥羽織は血で染まり、されど宮より下賜された太刀は手放さない。
 色の無い唇が微かに動くと、白濁した目が一方を向く。
 ――京へ。
 潰れた頭では、もはやどうして向かわねばならないのかなど分かりはしない。それでも、確かな足取りでそれはゆっくりと、けれどしっかりと京を目指し始めた。
 その妄執が、他にも移ったか。彼に従うモノも少しずつ現れ始める。者、ではなくもはや物。肉体すら無く思念で飛び交うだけのモノもいる。
「ひ、ひいいいい!!」
 死人に口無し。何を持とうと、この世の品など死者には宝の持ち腐れ。戦争さまさまと金目の物を剥いで回っていたごろつきたちは、哀れ、この異形の群れの目撃者となる。
 悲鳴を発して逃げるごろつきたちに、死人たちは迫る。
 空を飛ぶ怨霊たちは瞬く間に一人を捕まえ、生気を奪う。腰が抜けてへたり込んでいた相手には死人憑きたちが集り、その肉を食いちぎる。
「た、助けてく‥‥」
 逃げ回ったもっとも不運な者は、ふとした弾みに将の前に転がりだしてしまう。
 敵を前にして、将の死した瞳に異様な熱が篭る。握った太刀に力が篭ると、それをゆっくりと頭上高く振りかぶる。唸りを上げて振り下ろされれば、肩口からばっさりとごろつきの身が裂けた。
 大量の血を吐いてごろつきが転がる。そこに容赦なく二撃、三撃加えるとあっという間に動かなくなった。
 将は打ち据えた相手にはもはや興味を示さず、太刀についた血を拭う事無くすぐに進みだす。
 他の死たちもそれに従い、その数は距離を進むにつれ増えていく。
 
 そして、冒険者ギルドに依頼が出される。
 戦場より迫りくる死の群れを殲滅せよと。

●今回の参加者

 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5001 ルクス・シュラウヴェル(31歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「イギリスでもジャパンでも。騎士や武士といった人の忠義には頭が下がるわ‥‥」
 進軍を続ける五条の宮の残党。ただし、その命はすでに無い。そこにあるのは想いだけ。一途とも言えるその忠誠心に、ステラ・デュナミス(eb2099)はただただ感嘆する。
「負け犬が未練たらしいのはどこも一緒か」
「そう言わないの。とはいえ、信義の残り香に世が潰されるのは見過ごせないわね。安らかに、とはいかないけれど、静かに眠ってくれないかしら」
 ややすれば面倒臭そうに告げるウィルマ・ハートマン(ea8545)にステラは苦笑し‥‥軽く肩を竦めた。
「乱の後始末か‥‥。死者をあの世に送るのは神聖騎士の務めだ」
「それは坊主も同じこと。ま、僕の経は門前の小僧より酷いと評判だけどな」
 この世のモノでなく。されど、あの世にも行けない。
 気付かず彷徨うのは不憫な事か。そっけない素振りを見せるルクス・シュラウヴェル(ea5001)に、八幡伊佐治(ea2614)が軽く笑う。
 五条の宮に仕えた将一人。従うは有象無象の幽鬼たち。とかく数が多いのは面倒と、まずは地形を見定め罠を張る。
 落とし穴に、縄による足止めと。
「まるで熊狩りか何かだな。もっとも、今回の獲物は生腐りで食えたものではないが」
 出来上がった罠をばれ難いように――といっても、脳も無くした彼らに罠を見分ける知恵があるかも不明だが――細工して、ウィルマはぼやく。苛立つような呟きはどこか哀れみを含む。
 長い時間をかけて一帯に仕込みを終えた頃、羽音が空から響いてきた。
 見上げれば巨大な影。いろんな動物が見事に複合されたなんとも奇妙な生き物が、悠然と地上に降り立つと、その背から一人降り立つ。
「いやまさに死霊の玉手箱! あの世の大革命やね〜!」
 大仰におどけて見せると、楠木麻(ea8087)は明るく笑う。
「例の集団は、多少周囲の動物とかと小競り合いしながらまっすぐ京に向かってきている。――で、偵察ばれちゃったよ」
 空からでは遮蔽物も特に無く。空を飛べるのは怨霊も同じ。生の気配に気付いたらしく、しつこく付きまとったが、飛翔はグリフォンの方が早かった。
「怨霊に追っかけられたけど、伐折羅にどうにか吹っ切ってもらったよ。けど、あいつら、僕追っかけてこっちに向かってきちゃったようだけど」
 麻が傍らの獣を撫でる。褒められたのが分かったか、伐折羅は目を細めて翼を振った。
「いいんじゃないかい? むしろ、回り道なんてされてこっちに来てくれないと罠の意味無くなるし」
 期せずして囮役になってしまったようで。伊佐治がのほほんと告げる。
 とはいえ、彼らの歩みは遅い。足の速い者もいる事にはいるが、中心となっているのが五条の宮に仕えし将の死人憑き。その彼に合わせ、付き従うように進んできていた。
 辿りつくまでの間に、冒険者たちも罠の仕掛けを確かめ、入念に準備を行う。
「さて、いらっしゃったようね」
 麻の偵察も何度目か。そろそろ近付いてきたと知らせが来て後、目の利くステラが目ざとく近付いてくる集団を見つける。
「‥‥そろそろ始めるか。葬送曲にしては騒がしくなるが」
 配置した道返しの石に魔力を込めたミュール・マードリック(ea9285)は彼方の集団を毅然と見つめた。

 こちらの気配を察知したか、死人たちの移動が早くなった。怨霊たちは活発に飛び回り、死食鬼や餓鬼が跳ね回り、死人憑きたちも妄執に似た呻きを上げて腐った足を動かしている。
 そして、その中でも一際異彩を放つのが将の死人憑き。何も映さぬはずの目はまるで何かを睨みつけるかのごとく。太刀を握る手も力強い。
 異形たちの行軍は、しかし、何も無い所で不意にその身が切り裂かれた。伊佐治が経巻で仕掛けておいたバキュームフィールドに踏み込んだのだ。
「やはり、ちと弱いの。ここは一つ大技いってもらおうか」
 多少の傷は負ったようにも見えるが、定かではない。距離は十分と見定めて伊佐治が他の冒険者たちにグッドラックをかけると、ホーリフィールドも展開する。
「さて。目的を持った死人憑きには効かぬと云うが、彼らの意思はどれ程だろうか」
「さあ。ともあれ、ここに来る前に逝ってもらうわ!!」
 ルクスがホーリーライトで周囲を照らし、ステラはアイスブリザードを唱えた。
 達人の技は射程も長い。猛烈な吹雪が前方に吹き荒れ、死人たちを罠ごと飲み込む。
「もう一回!!」
 グッドラックに加えてフレイムエリベイションで士気を高め。危なげなく二発目を発動させる。それだけで死人の大半が凍りつき肉を落として襤褸と化す。
 これが生き物相手なら、力量を恐れて降参するなり退散するなりしたかも知れない。だが、彼らは体がどれだけ傷つこうとも意に介さず、むしろ敵がいるのを認めてますます明確にこちらに向かってくる。
 邪魔な縄は斬って捨て、落とし穴に落ちれば腐敗した肉をこそげ落としてでも這い上がり、痛みを感じぬ体は多少の事なら強引にでも押し通す。
「武士道とは為すべき事に全力を持って当たると見つけたり! ここは必ず阻ませてもらう!!」
 麻がグラビティーキャノンを放つ。達人としてはまだ能力が低く、安全を取って専門で。まっすぐに伸びる重力波はすべてを粉砕し、弾き飛ばした。
 射程にいた死人の群れが魔法に切り裂かれ、先のステラの二撃で十分な傷を負っていた餓鬼や死人憑き、怨霊が一気に破砕される。
 だが、数では勝る死人たち。誰が倒れようとも意に介さず、何も変わらずにただ黙々とこちらへの距離を詰めてくる。
「人間の兵ならまず先駆けを射殺して牽制する所だが‥‥やつらにそんな頭は無いしな」
 強弓・十人張を引き絞ると、ウィルマは矢を放つ。天を高く飛び上がったそれは孤を描いて怨将の身に命中。されど、それでも彼らの歩みは止まらない。
 集団に先駆け、飛んでくるのは怨霊たち。この世に縛られぬ体は罠など何とも思わずに突っ込んでくる。
 その彼らが、しかし、次々と固まる。ある者は石に、ある者は希薄な体を強張らせ。麻のストーンと、ルクスのコアギュレイト。
 縛った者に、ルクスはさらにシルバーダガーを立てる。まるで肉体があるかのように漂泊する不透明が切れるが、ただそれだけ。いくら刃に裂かれてもさほど痛手を被ってるようには見えない。
「力不足という訳か」
「下がっててくれ。皆の治療を頼む」
 ダガーが駄目なら攻撃力に欠ける。苦々しくルクスは頷くと、援護と回復に専念する。
 代わって伊佐治が怨霊たちにピュアリファイを唱えた。浄化されて怨霊が滅するが、この魔法、射程が短くどうしても近付く必要がある。
 ほっとしたのもつかの間、何時の間に近寄られたか横合いから死食鬼が飛び出してきた。
 他の奴らと変わらず魔法の先制でかなりの痛手を被っている。にもかかわらず、見事なまでの俊敏な動き。とっさにホーリーフィールドを壁とするが、それも一撃で砕いてしまう。
「うげげ!」
 そのまま伊佐治をたやすく押さえ込むと、喰らいついてくる。
 高速詠唱も使いピュアリファイを連打してどうにか浄化するが、自身も相当の傷を負う。
 端から魔力の消費は気になどしてない。気にしていては数で負けかねない。が、高速詠唱で追加に消費する分だけ魔力の消耗も激しく、ソルフの実で補いもするがそれも限度がある。幸い手持ちの薬もあるが、それに頼って浄化と回復とどう消費するかとしばし悩んでみたりする。
 ステラがアイスブリザードを吹かせると、それでまた範囲内の亡者たちがただの屍に返って行く。
 見る間に死人たちが数を減らす中、ミュールはその只中に立つ怨将を見据える。
「黒虎部隊隊士・ミュール・マードリック! 御身との一騎打ちを所望する!!」
 果たして幾度目か。麻の貫いた重力波の道を一気に駆け寄り、近くにまで迫った怨将へとミュールは自分から挑んでいった。
 しかし、聞く耳など無い亡者たち。怨将に迫る前にミュールの行く手を阻みに来る。
「邪魔だ」
 冷静に周囲を判断すると、ミュールは剣を大薙ぎに振るう。ルーンソードの重みを過分に乗せたその一撃、その威力。それがそのまま刃から放たれる。
 重い衝撃波に亡者たちが吹き飛ぶ。だが、その後ろからすぐに別の輩が飛び出してくると、牙を鳴らし、爪を立ててミュールへと迫る。
 間近で見れば嫌悪感がつのる。餓鬼や死人憑きは回避、あるいは急所だけは避けてその身で受ける。動きの早い死食鬼はさすがに躱す事は難しく、盾で受け止めると即座に剣で切り返す。
 先と変わらぬ重い一撃。素早いその返しに相手は対応できず、易々と体に穴を開けて倒れた。
「ミュールさん、援護します!」
 ステラがウォーターボムを放ち、ミュールの周囲の亡者たちを払いのける。最小威力で放つもそれだと効果が無い事が分かり。だが、専門で放つにはすでに魔力をかなり消費している。早々無駄には出来ぬと、機を見定めて印を組む。
 怨将はすでにウィルマによって矢襖であるし、数々の魔法を受けて痛手を被って入る。道返しの石の効果範囲に入れば、若干とはいえ動きはさらに鈍る。
「喰らえ! 一角獣の疾走――ユニコンドライブ――!!」
 邪魔者は魔法で片付けられ。ミュールは助走をつけて一気に刃を突き立てると、その刃は腹から背に抜け貫通する。
 なかなか死に帰らない亡者たちではあるが、並の死人憑きならそれでも十分痛手になるはずの傷だ。が、その怨将はまだまだ倒れる気配を見せない。
 上がった太刀が風を裂いてミュールへ迫る。盾で受け止めはしたが、かかる重圧はやはりそこらの死人憑きらと格段に違う。返すミュールの刃を避ける素振りも見せず、ただひたすらに怨将は太刀を振り続ける。
――京へ‥‥キョウヘ‥‥
 風のような声で呻くのはただ一言。それでも歯を鳴らし、凶悪な気配を撒き散らして前進を続けようとしている。
 その動きが突然に止まった。ルクスのコアギュレイトがかかったのだ。
 身動き出来ぬ身となりながら、まだ怨将は戦い続けようとする意思を見せんばかりに足掻いてはいる。
 どこまでもどこまでも変わらない意思。頭を一つ振ると、ミュールは渾身の力を込めて剣を振るい、彼に終戦を告げた。

 雑多な死人の群れに魔法の多様。最後には魔力切れで泣く者もいたが、回復役が揃った事で目立つ傷は誰も無い。
 その他の亡者たちも殲滅を確認した後、軽い休憩そこそこに冒険者たちは後始末にかかる。
 落とし穴として掘った穴に遺体を置くと、薪を天高く積み上げる。灯した火は小さく燻り、やがては盛大に燃え上がり荼毘に付する。
「名のある戦士とお見受けした。ここに安らかに眠ってくれ」
 次々と炎に包まれていく将を始めとする死人たちに、ルクスは静かに手を合わせる。
「遺族の場所が分かればいいんだがな‥‥」
 遺品と云ってもまともなのは太刀だけ。分からないなら寺に供養してもらうのがいいだろうかと、ミュールは手にしたものを見る。
「五条の兵の気持ちもよっく解るよ。どこぞの組織の罠だ陰謀だと人間同士で争ってる場合じゃないんだ。その元気を発展に使えば、皆笑って暮らせるのになぁ」
 伊佐治が文殊の数珠を取り出すと、上手くは無い経を丁寧に読み上げる。
「死ねば肥やしにするぐらいしか使い道が無い。起き上がってみた所で結果は変わらないのに‥‥」
 猛る炎に飲まれる遺体を見据えながら、ウィルマは呟く。爆ぜる木の音と焙られて吹く風が、まるで将の最後の叫びのようにも思えた。