●リプレイ本文
濃い緑が茂る山の中を進む冒険者。耳を澄ませば、鳥の声。長閑ともいえる景色だが、それに浮かれてはいられない。
「人喰樹に御神木‥‥。そして、今度は樹木子? なんで樹に縁があるのかしら」
息を吸い込むとすがすがしい空気が胸に入るが、南雲紫(eb2483)の表情は全く晴れない。
樹には人を癒す効果があると言われるが、これから眺める樹が持つのは人を魅了する効果。加えて、近付いた相手の血を啜るなんとも物騒な椿の樹である。
「咲き誇る椿に、群れ集う死霊‥‥。風流といえなくも無いけど、私の趣味ではないわ。私が愛でたいのはもっと別の花だもの」
「風流デハナーイ、雅デハナーイ、粋デハナ〜イ。ツマ〜リソウ、なんせんすト云ウ奴ダネ。HAHAHAHAHA〜」
あっさり斬って捨てるレオーネ・アズリアエル(ea3741)に、レイヴァント・シロウ(ea2207)が陽気に笑う。
「椿の樹の妖怪。ジャパンには特有なモノがありますね。以前欧州でガヴィッドウッドという樹木と戦いましたが、同じ種類でしょうか」
対して、少なからず興味を示しているのはガイアス・タンベル(ea7780)。
一般的なガヴィッドウッドは魅了などしてこない。やはり別種かそれとも変種か。それを見定めるだけの知識は彼には無い。
「ともあれ、知り合いに被害状況などを聞いてもらいましたが。助かった人にはそも近付いたという人はいませんね」
猟師など山を通る者はおり、時期外れの椿を怪しむ声も聞けた。用心した者は姿を認めても助かっている辺り、やはり離れていれば何とかなるようではある。
そんなこんなで山を進む。事前にやはり知人と手分けして周辺の状況などを聞き入れていたガイアスが、もうすぐですよと緊張した声音で呟く。
周囲の景色に見覚えがあるような気がするのは、そこが五条の宮との戦場となったからか。獣に食われたか、鳥につつかれたか。今は倒れる武士たちもおらず、ただ緑が風に揺れるだけだったが。
そこに見事なまでの赤が割って入る。
堂々たる巨木は通常の見る椿の大きさを遥かに超え、艶やかな花をそこかしこにつける。葉の緑、花弁の赤に花芯の黄色。こうして眺めているだけでも、そら恐ろしき美しさがそこにはあった。
「これも‥‥あの戦の遺した物なのでしょうか」
告げるのは御神楽澄華(ea6526)。生えたきっかけを考えれば切ない。
養分となったのは倒れた屍。あの戦の激しさからして、事欠きはしなかっただろう。それで満足して鎮魂の花となってくれればまだよいが、さらにさらにと枝葉を伸ばす。それはまるでまだ戦を求めているかのように。
「多くの者があの戦で命を失い、失意の内で散りました。この上悲しい事が起きぬよう、尽力せねば」
フィーナ・ウィンスレット(ea5556)が、軽く目を伏せる。他の冒険者たちが装備や魔法を整えたのを見て取ると、おもむろにストームの詠唱を始めた。
距離は充分。手から渦巻いた突風は扇状に広がり、その範囲にある物全てに激しく吹きつける。ガイアスも梓弓に矢を番えると、椿に向けて射る。
風は葉を散らせ花を落とし、矢は狙い違わず幹へと刺さる。
ざわりと、椿が枝葉を揺らせる。それはけして風に煽られての動きではなかった。わさわさ、わさわさと葉を揺らす度に、そのさざめきに答えるように白い靄が立ち上る。
靄はやがて幾人もの人の姿に取る。武士の姿をした者もいれば、商人や狩人風の格好をした者もいる。そんな区別など付けられないほど、輪郭がぼけた者も。
ただ、共通するのは酷い恨み。怒りの眼差しで冒険者らを見つめると、一斉に宙を舞い、飛びかかってきた!
「来なさい! 妖かしの樹花に魅せられた怨霊たち! この告死天使・アズライールが終わりを教えてあげるわ!」
「参る!!」
レオーネが大脇差・一文字を抜く横で、紫が迫る怨霊たちへと駆け出す。
ガイアスの持つ梓弓は、放つ矢に魔法の効果を与える。通常武器を素通りする怨霊たちもその矢は耐えられず、射抜かれる度に姿を歪ませていた。
その只中に紫は飛び込むと、躊躇無く太刀・三条宗近を振るう。
共に、その剣先を素早く掠めるようにして、周囲の敵を薙ぎ払う。速さが威力となってただ振るうよりも与える傷は大きいが、多少大降りになるのが難。しかし元の力量の高さは微塵もそんな事を感じさせず。
速さには定評ある夢想流と、同じく素早い攻撃を得意とするアビュダ。剣舞の姫たちが織り成す剣戟が、確実にこの世ならぬ者たちを斬り伏せていく。
とはいえ、怨霊たちも滅びを黙って受け入れる訳でない。例え達人の腕前を持とうとも、所詮人の身でしかない冒険者。怨霊たちはそれを小馬鹿にするかのように、宙を舞い地を潜り木々を中よりすり抜けてと変幻自在に動き回り、翻弄する。
「くっ!!」
死角から飛び込んできた怨霊がレオーネの身をすり抜ける。怨霊たちの冷たい手が触れてくる度、体の力が抜き取られ軽い眩暈を覚える。
「大丈夫か?」
「ええ、まだ大丈夫よ。ここは確実に屠っていかないとね」
気力を持って刀を握り締めるレオーネ。紫は群がる怨霊の動きを見切り、軽々と躱していく。
「レイヴァント様、大丈夫でしょうか?」
「イヤハヤ、何トモダネ」
前戦を駆ける紫とレオーネだが、如何せん、敵の数は多すぎた。二人の頭上を跳び越し、後方援護をしている者にも素早いその飛翔で間合いを詰め、温かな命を奪わんとよってくる。
フィーナがウィンドスラッシュを放つ。間近に迫った怨霊たちも、彼女なら高速詠唱で対処できる。もっとも、注意せねば魔力はすぐに尽きてしまう。
必要な時に必要な間で、必要な威力を。そうして風の刃に裂かれた怨霊を、澄華が野太刀で強く斬り裂く。バーニングソードを付与した刃は妄執すら断ち切るかのように、奴らを次々とあるべき場所へと送り届けていく。
レイヴァントも負けじと両手に持ったオーラソードで斬り付ける。のだが‥‥。
確かに銀の刃は怨霊を刻めど、彼らはすぐにその身を復元してしまう。いや、良く見れば何とはなしにやつれさせたようにも見えるが、自在な動きに変化無く。どうにも力不足が否めない。
「全ク、きみ達ハ現世ニ酷イ迷惑ダネ。私ハ聖職者デハ無イノデ、カケル言葉ハありマセーン。さっさト無に帰ッテ欲シイNEー」
相変わらず奇妙な語調ながらも、レイヴァントは真剣にソードを振るう。たとえ、威力は無くとも怨霊を傷つけるのは確か。牽制にはなる。
オーラや火魔法で士気を高めても、怨霊の動きは素早かった。着実に生気を奪い取られながらも、どうにかその数を減らしていく。
消え行く怨霊たちは、怨嗟を告げるように深い悲鳴を上げる。敵味方入り乱れた合戦場。穏やかに暮らしていたはずの一般人たち。果たして消えた彼は、どのような運命を辿りこの結末を迎えたのか‥‥。
「嘆いてばかりもいられません。この悲運は絶たねばならぬものなれば‥‥京都見廻組・御神楽澄華、参る!!」
嫌な思いを振り払うように頭を振ると、眼前の敵を睨みつけて澄華はまた一刀を振るった。
いつまで湧き出るのかと、危惧さえ覚えた怨霊の群れ。
最後の一匹を倒すと同時に、気力尽きたか。地面にへたり込む冒険者たち。
しかし、倒したのはまだ怨霊のみで、椿は健在。元凶の椿自身は、己の鑑賞者が消えた事を悟ったか、ざわざわと不気味な葉音を立てている。
怨霊から受けた痛手を、今の内に癒せる者は癒す。が、それもそこそこ。新たな被害者が出ぬ内にと、樹木子に向かい得物を構える。
「満開ですね。花を見ずにいるのは難しいでしょうか」
「ふふん。私を魅了できるのは可愛い女の子だけと決まってるのよ。幾ら綺麗でも、あんなのは目じゃないわ」
やや目を伏せがちにガイアスが告げる隣で、にこやかに微笑むレオーネ。
樹木子は敵が分かっているのか、怪しく蠢く。
それでも向こうからかかってこないのは、妖身といえど所詮木は木だから。しかし、冒険者らが武器を手に間合いを詰めるや、近付いた者から素早くその枝葉で、根で、絡めとろうと動き出す。即座に地面が盛り上がり爆発するかのように枝葉が伸びてくる。
枝葉が動きを束縛すると、細かな根が皮膚を突き破って流れる血潮を吸い上げていく。
「御神楽さん!!」
絡み付こうとした枝葉をガディスシールドで防ぎながら、レオーネは即座に澄華に巻きつく枝に一刀を入れる。
先の怨霊戦と違い、樹木子はただの武器でも通用する。その為、持ち替えた得物は重い斬馬刀。全力で振り回し、刈り取ると澄華を解放する。
「悪いわね。怨霊の痛手が結構響いているようだわ」
「いいって事よ」
レオーネは軽く告げるが、礼もそこそこ、次の枝は待ってくれない。
「コッチモ助ケテクダサーイ」
「大丈夫ですか?」
やはり、絡め取られたレイヴァントが泣き声を上げる。怨霊にやられて無ければ、オーラエリベイションの効果もあって、避けられたものを。そう思えば悔しさひとしお。
梓弓からブレーメンアックスに持ち替え、ガイアスが枝を切り開く。
そして、紫は変わらぬ身のこなしで迫る枝葉も軽々と躱すと、三条宗近をその幹に‥‥。
途端、沸き起こる不確かな感情。この木を切るべきか否か。花を愛でて育てるのは、何も悪い事ではない‥‥。
「違う!! 騙されるか!!」
吐き捨てるように叫ぶと、躊躇無く刀を叩き込んだ!
砕け散る樹皮。むき出しになった幹から染み出るのは啜りに啜った赤い水。裂けぶ口はもたねども、幹をきしませ樹木子が悲鳴を上げる。
「まだまだ! アビュダ流、薪割りの太刀、受けなさい!!」
斬馬刀を振り回すと、その刃は紫の一刀よりも深く幹を裂く。
痛みがあるのか、単に悔しいのか。めちゃくちゃに動き出した枝葉を、ガイアスが斬り落とし、フィーナも魔法で的確に援護を入れる。
「血を啜り、狂い咲く椿。これが今の京の姿というなら‥‥一つずつでもその芽を摘むまで!!」
度重なる攻撃を受け、狙いが甘くなってきている樹木子をレイヴァントが牽制し、澄華が駆ける。野太刀を全力で大きく突き入れるや、血を流すように椿の花が一斉に落ち始めた。
怨霊の消えた樹木子は、敵ではなく。魅了にかかる者が無かったのがまた幸いし、むしろ群れた怨霊相手に受けた傷の方が大きい。薬で治せる者はそれでもどうにかなったが、そうでないならしばらくは安静が必要だ。
動きを止めた樹木子だが、樹木はいつまた芽吹くか分からない。憂いを絶つ為燃やす事にする。
太い幹をどうにか切り倒し、手斧で小さく切ると、ガイアスは積み上げた椿に火をかける。
生木はなかなか火がつかなかったが、徐々に火は大きくなり、やがては樹を灰に変えていく。周囲に燃え移らぬよう加減しながら、ガイアスは燃え盛る炎にそっと手を合わせる。
「大した事はできませんが、これを‥‥。無念に逝った方々が安らかに旅立てるように‥‥。悲しい戦いがもう起こらないように‥‥」
フィーナもまた、持参した菊を供えると静かに目を閉じる。
かつて、ここでは大勢の人が死んだ。その後も、図らずも犠牲になった者がいる。
それを思い出させるかのように、落ちた椿の花で周囲はまるで血の海にも見えた。