閉じた村
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月21日〜09月26日
リプレイ公開日:2004年10月04日
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●オープニング
山には野犬の群れが住んでいた。
元は誰かが捨てた犬だったのだろう。よくある話だ。そして、始め数頭だったものが増えに増え、今では数十匹にまでなっていた。
野生化した犬は決して可愛いものではない。
一匹でも厄介なのに、それが集団で行動する。人里に入り込んで家畜を襲い、街道を徘徊しては人を襲う。
困り果てた村の者たちは、犬を憐れみながらも駆逐する事に決めた。そうでなければ、自分たちの身が危うい。
それなりに防衛が出来る大人でも、これだけの数となると太刀打ちできないし、また、何も判別つかない子供が無造作に近付いて噛まれたりするのだと思うと、その方がよっぽど怖い。
なので、罠を仕掛けて追い込み、矢を射掛け、刀を振り、野犬の群れを何とか掃討した。
死んだ野犬たちは手厚く葬り、これで全てが終わったと思った。
が、犬たちは帰ってきた。
「ようするに死人返りだよ。それとも死犬返りというべきなのかな?」
ぜいぜいと肩で息しながら、冒険者ギルドに飛び込んできたシフール郵便はそう告げた。
ギルドの者が差し出した水を一気に飲み干すと、シフールは一息ついて冒険者たちを見た。
「駆逐した野犬たちが、墓から這い出てきたんだ。腐敗の進んだ腐乱犬たちで見た目最悪なそいつらは、迷う事無く村を襲ったよ。
殺された恨みからかって? さあね。ああいう死体歩きってのは生き物を襲うのが本能みたいらしいし、それは分からないな。墓が村に近かっただけって気もするけど、それだって墓を作ったのが村の人なんだから当然だし」
シフールは饒舌に語る。せわしなく手やらを動かしているのは、結局シフール自身がどうやら動揺しているらしい。
そう考えて、いささか横にそれがちな話に何も告げず、冒険者たちはただ先を促す。
「うん。それで村は大騒ぎさ。あいにく命を落とした者もいるけど、逃げ延びた奴もいる。逃げ延びたっていっても、自分の家の出入り口を家具とか塞いだり、ちょっと丈夫な建物‥‥村長の家とか、蔵とかだね。そういう所に立てこもっている。でも、死犬たちが外をうろついているからそこから出られない状態になっちゃったんだ。そうすると、場所によっては食料の問題があるよね。それにまだ残暑厳しいだろ? 閉め切った空間で体力の無い奴――ようするに子供や女性がバテて倒れかねない。いつ犬たちに襲われるかっていう心労もあるし、犬たちも薄い壁とかならいつ壊してもおかしくないし。なんで、村を襲った腐乱犬たちをどうにかして欲しいっていう依頼を、動けない村人に変わっておいらが任されたんだ」
郵便の途中でいいとばっちり、とぶつぶつ告げるシフール。どうやら飛び込んだ際に疲れていたのは、死犬たちを振り切って早急に伝達に来た結果らしい。
「犬は三十匹はいたかな? でも、動きは鈍そうだったから何とかなるよね? じゃ、後よろしく」
あっさりと告げるとあっという間にシフールは飛び立つ。これ以上のかかわりはゴメンだと言いたいばかりに。
●リプレイ本文
村は静寂に包まれていた。
昼は人が動きざわめき、夜は虫の声がさえずる。そんなどこにでもある村だったのだろうが、今はそんな気配は無く。遠くから聞こえて来る鳥の声は、さらにこの静けさをいや増すばかり。
かといって動くモノが無いわけで無い。人の姿は皆無ながらも、たくさんの犬が村の至る所を鈍重に歩いている。
ただし、それはただの犬ではない。当の昔に死んでいるはずなのに、何の間違いでか起き上がった犬たち。死んだ犬が表を動き回り、生きた人間が裏に隠れて息を殺し身動きしない。
ギルドに飛び込んできたシフールが知らせた村は、そういう村だった。
「俺は犬派だったんだけど‥‥考え改めようかな」
「で。ズゥンビ猫とかズゥンビ鼠とかズゥンビ兎とか見るたびに動物嫌いになっていくのか?」
遠巻きに村を眺めて呟いた月代憐慈(ea2630)にリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)は皮肉気に告げる。困ったように頭を掻いた憐慈を軽く笑った後、すぐに彼女も緊張した面持ちに変わった。
「聞く限りでも犬の数が多いな。‥‥二手に分かれよう。村の半分をそれぞれ受け持って迅速に動く」
「確か、真ん中の大きな建物が村長宅だったな。情報を交換しながら中心に向けて最後は同時に行った方がいいな」
鷲尾天斗(ea2445)が告げると、氷川玲(ea2988)も頷く。
「私の始めての依頼が山犬退治でした。再び彼らを送り出さねばなりません」
懐かしさを感じながらも山王牙(ea1774)が重々しく語る。ただ、今回はただの犬とは訳が違う。
「これ以上の被害は出させない。守らねばならないものがある以上、全力あるのみです」
山本建一(ea3891)が決意を告げると、皆の表情が大きく引き締まった。
かくて半数に割れて冒険者たちはそれぞれ村へと踏み入れた。壱の班として玲、牙、風月皇鬼(ea0023)、ルー・エレメンツ(ea6657)が組む。
広い田園地帯。農作業中をやられたのだろう。収穫を迎えた稲は穂をつけたまま無残に荒らされ、倒れた人影があちらこちらに見られる。背高く伸びた畑の野菜も世話をする者が無く干からび始めていた。
物陰を利用して彼らは素早く移動していく。近付く程に、村からは死の匂いを漂ってくる。襲われた家畜や人間が弔う者無い為、そのまま野ざらしになっていた。襲った犬たちは捕食が目的で無いから、襲われた方は命を落としたままの姿を保って地に倒れ、そして崩れている。まだ夏の陽気が残っている為、腐敗は早かった。
「急いだつもりだったが、酷いな‥‥」
あまりの凄惨さに玲が喉元を押さえる。
小さな村だ。倒れている人影は少なそうに見えるが、割合からするとどうなのだろう。一体どのぐらいの数が生き残っているのか。動きの無い外からではまだ窺いようが無い。
知らせを受けた時点で襲撃はなされていた。仕方の無い事といえども現場を目にするとやりきれなさを感じる。
と、視界にようやく動いている物を見つけた。ただし、今の村で動く物など思いつくのは一つだけ。予想違わぬそれは、生前よりも若干遅い速度で冒険者たちへと近付いてきていた。
「とっとと処分するわよ! 首に縄つけてもあの世に送り返してやるんだから!!」
今回皇鬼から渡された太刀を握り締め、吐き捨てるようにルーが叫ぶ。
遠目からはまだ普通の犬に見えたそれは、近付く程にはっきりと死の形を見せ始める。白濁した目に紫色の舌、毛皮に艶は無く、あからさまに体に穴が開いて骨が見えている。
通常の犬なら吠え掛かる所を喉笛がいかれているのか、ひゅうひゅうと風の音を漏らして三匹の腐乱した犬が冒険者を出迎えた。
「ちぃ!!」
焦点の無い目。どこへ向けられているかも分からない視点に違和感を覚えながらも、牙はウインドスラッシュを放った。
真空の刃は確かに腐乱犬の一匹を捕えた。毛皮に亀裂が入るもそれだけ。他の犬は勿論、当の傷を負った犬ですら怯える事無く冒険者たちへと牙を剥いた。
「牽制は無意味か!!」
皇鬼は威力を高めた拳を犬の頭に向けて殴りこむ。衝撃で犬は倒れこみ、そこを玲が前足へと刀を振り下ろす。
犬は悲鳴を上げる素振りもなかった。血しぶきもなく、骨の手ごたえだけを感じる。閃く刃は腐食した肉が纏わり付き、腐臭がより強く周囲に広がった。
前足を失い、それでも犬は動く。ただの犬ならばすでに死んでいようが、残った後ろ足でさながら芋虫のごとく這いつくばってでも生きてる者へと向かう。殴られた衝撃で頭がいびつに歪んでいたが、それすらも弊害にはなっていない。
「玲!!」
その姿をおぞましく思うと同時、その標的となったのが玲であった事にルーは戦慄した。間に割り込むと胴へと太刀を振り落とす。武器の重量もふんだんに乗せた一太刀。ただの犬ならそれだけで重傷を負う一撃を犬はすでに傷負うた身で受け止め、かつ、まだ動こうとしている。背筋に寒くしながら蹴り飛ばし、間合いを開けた。
「そこをどいて下さい!」
牙の注意に、生者は素早く反応した。三人が飛びのくと開けた範囲には死犬たちだけが固まっている。
その機を逃さずソードボンバーが放たれた。衝撃波を浴びさらに犬の体が崩れる。それでも犬たちは逃げる事も無く、ただひたすらに攻撃をしかけてくる。単調で鈍重な動きながらもなかなか倒れない。
たった数匹。だというのに、その場にいた犬たちの動きを止めたのはそれなりの時間を費やしていた。
「玲、大丈夫だった?」
肩で息をするルーは気息を整えるより早く、問いかけていた。
「ああ。それより無茶はするなよ。後ろからの攻撃は俺が全部防いでやるけどな」
「あら。私だってあなたの背中ぐらい守れるのよ」
「こらそこの二人、いちゃつくな。まだ終わって無いんだからな」
軽口を叩き合うルーと玲を、皇鬼が軽くたしなめる。
村まではほんのわずかな距離。残りを急いで駆け込むと、皇鬼は声を上げようとし、寸前で言葉を呑んだ。
目に入った家は戸口が傾いていた。中を覗けば、壁に沿って一家が倒れている。逃げ場を失い追い詰められたのだろう。
「村人の方々! お助けに参りました。もう少しの辛抱です!」
詰まった喉に無理矢理息を入れると、声の限りに牙が叫ぶ。
「俺達の戦闘が終わるまで出てくるなよ!!」
「命が惜しけりゃじっとしてろ!」
「出てきたら、どうなっても知らないわよ!!」
各々、口々に叫ぶも一帯に広がった声に返事はどこからも無かった。それは閉じこもった村人が忠告通りにじっとしているだけなのか、返事を返す気力も無いのか、あるいはもはや返事を返す者自体が存在しないのか。
相変わらず窺い知れないが、それを確認している暇は無い。声を聞きつけたか、次の犬が姿を見せ始めていた。
「この!!」
「気負うなよ、ルー。周りをよく見ろ」
衝動的に飛び出そうとしたルーを冷静に皇鬼が止める。ルーははっとして玲を見つめると、玲はルーを見つめたまま軽く頷いた。
現われた腐乱犬。今度は先程より数が多い。
「限がありませんね。‥‥ですが負ける訳にはいきません!」
牙は太刀を握り締めた。
弐の班は憐慈、天斗、リーゼ、健一。やはり村に入るか入らないかの段階で、犬たちの熱烈歓迎に遭っていた。
「山本、魔法やるよりも剣を使って! 詠唱時間分も斬ってる方がいいから」
「確かに。それしかなさそうです」
リーゼに窘められて健一は日本刀を振るう。
囲んできた犬は五匹。ウォーターボムを放とうとした健一だが、装備が重くて詠唱に支障があった。身軽になって魔法を放っても健一の力量では軽い傷しか負わせられない。それより刀で斬りかかった方がより深い傷を負わせられた。
「我が一撃を受けよ!!」
気合と共に健一は刀を振るう。アンデッドの中には魔法や特別な武器以外の攻撃を無効としてしまうモノも多いが、幸い目の前の犬たちはそういう事はなかった。
その隙に、天斗が詠唱を行う。武器を構えて襲い掛かれば、普通に傷を負わせられる。魔法で威力を増せばより確実に。
「「喰らえ!!」」
リーゼと憐慈の声が期せず重なる。オーラパワーをかけてもらった両者の武器は、アンデッドに対してはさらに効果を増している。
ぱっくりと切り開かれる犬の身。悲鳴も上げず、痛がる素振りも見せないものの、確かに動きを鈍らせたそれにさらに一撃ニ撃と加えていく。
「本当に気分悪いなー。同じ空気の中に居ないで欲しいものだ」
顔を顰めて天斗がうめく。比喩ではなく、腐臭が充満して本当に胸が悪くなってくる。倒した犬も原型をとどめぬ事もあり、見ているだけで気分が悪い。
「この世の未練は昇華して、とっとと往くべき所に逝きな!」
迫る犬の一匹を左手の十手で受け止めると、やはり魔法を施した右手の日本刀で口の中へと突き入れる。脳天に刃を繰り入れられようと、犬の動きは止まらない。
「一度死んだ身だろう!? いい加減現世にすがりつくのはやめろ!」
頭を潰し、足を切り、胴を割る。生きている者なら致命傷となりうる攻撃も、しかし犬たちは頓着しない。ただ生のある方、つまりは冒険者らへと執拗に迫る。その執念は攻撃よりも心に堪えた。
その場にいた目に付く犬らを始末出来た時は、さすがに息が切れていた。
「アンデッドは本当に厄介ね。動きが鈍くて弱いのがせめてもの救いだけど」
リーゼが大きく息を吐いて座り込む。
受けた怪我というのはほとんど無かった。単調な死犬の動きは少し回避術に心得があれば簡単に避けられたし、噛まれても防具でほとんどが防げた。仲間同士連携すれば、さらにその効率は上がる。
だからといってたやすい相手だと言う事ではない。攻撃は防げても簡単に倒せる訳では無い。
「何か今回はホント、精神的に疲れるなー」
やや無理矢理に天斗は笑う。そうでも無ければ、疲労から思考が暗い方に行きそうだ。呼びかけても無事を告げる村人からの声は少なく、そして犬はまだ残っている。
戦闘とつかの間の休息とを繰り返し、中心部へと近付いていく。
倒した数を数え、時折合流する別班からの報告で残る犬のおおよその見当はつき、それが幾分かの励みにはなった。
村中心にあるという村長宅が間近となるにつれ、うろつく死犬も増えた。大きな屋敷は確かにそこいらの民家より立てこもるには十分だろうし、それを感じているのか犬らもその場から離れようとしない。
「ああ、ここにいたのか」
様子を見ていた彼らに声がかかる。一瞬ぎくりとするも、それがもう一班である事に気付き、苦笑して構えを解いた。
「そっちの様子は」
「さっきの報告からはさらに五匹ほど」
「こっちも似たようなものか。だが、半数は消えたろうし、あそこの団体さんをどうにかしたらほとんど終わりだな‥‥と、思いたい」
問う方も問われる方も声が疲れていた。
「全く、次から次へと出てくるからな。化け物に好かれても嬉しくないし、そろそろ全部に御退散してもらおうか」
肺から絞り出すように息を吐くと、憐慈は日本刀を握り締める。
長い長い時間をかけて、死犬たちを駆逐していく。目に付く物が無くなった後も、念の為に村を捜索して本当にいなくなったのかを確認する。
犬たちの死体は一箇所に集める。何せ五体満足の姿で居る犬など無く、破片と化したその死体を運ぶのにも相当な時間がかかった。
「では、弔いの火送りを行いましょうか」
牙が静かに告げる。油を振りまいて火をつけると、炎の中に犬たちはたちまち消えていった。
「悪いな、俺たちは生きていかなくちゃならないんだ」
炭化していく犬たちに向かい、憐慈は語りかける。そもは村人が犬の駆除をした事が始まりとも言えるが、それとて村人にとっては生活を守る為に仕方の無い事。
「今度はちゃんと成仏しろよ」
南無〜と手を合わせて天斗は祈る。自然、他の冒険者たちも手を合わせていた。
「シツコイ犬だったけど、玲が無事でよかったわ」
赤く燃え上がる炎を見ながらルーは玲に寄り添おうとして、ふとそれを止めた。腐肉や腐汁まみれの姿で彼の隣に立つのはちょっと雰囲気に欠ける。
「まずは風呂か?」
顔を顰めて皇鬼は手に付いた残滓を布で拭う。懸念されていた毒はどうやらなかったようだが、このままではいずれ何かの病気になりそうだ。
「でも、それはもうしばらく後で頼みましょうか」
牙の言葉に、他の冒険者たちは無言で了承する。
死の静寂から解放された村は、慟哭が響いていた。追い詰められた境遇から解放され、ようやく動いた感情だった。助かった喜びと死者を嘆く悲しみとが一時にあふれ出している。
落ち着きを取り戻すにはほんの暫く時間が必要だろう。それを止める者はいなかった。