●リプレイ本文
田畑を荒らす大鴉たち。それが生きる為の行動ならまだ可愛げも出ようが、単純に悪戯目的というのだから始末に終えない。
「普通は生きる為、食べる為に行動するもんだけど。鴉は賢いね〜、悪さをちゃんと分かっててやるんだから」
「本当に。ずる賢さだけは、大したものだな」
感心するようなティワズ・ヴェルベイア(eb3062)に、菊川旭(ea9032)は不満そうに意見を述べる。
越後屋が事業拡大を狙い園芸にまで手を広げたか、いろんな種や肥料を売り出したのはつい先ごろ。植物の育成は結構手間で、水・肥料・虫は勿論、病気や天候など注意せねばならない事が多々ある。
その手間を知るからこそ、旭の村人たちへの同情もまた一入だった。
「けど、オイタが過ぎたかな。お仕置きの時間だよ」
そんな旭に軽く笑みを見せ、ティワズは空を見上げる。
青い空に白い雲。そして村の上には大鴉がすでに飛んできていた。カァカァとやかましく鳴きながらも姿を現し、虎視眈々と獲物を探す。
「その賢さが仇になる事もあるでござるよ。それ、そろそろ気付いたようでござる」
畑からは離れて積んである餌は、阿阪慎之介(ea3318)が用意した物。そのさらに傍らにはネフィリム・フィルス(eb3503)の用意したバタフライブローチが陽光弾いてキラキラしく輝いている。
鴉は光り物が好きと言う。図体は大きいが、やっぱり大鴉たちも光物に惹かれるらしい。
餌と光物。まずは近くの木に降り立ち、それらを警戒するかのようにじっと見つめる鴉たち。その中の勇気ある一羽がばさりとその黒い翼を広げて、一気に距離を詰めてくる。
「ほら、かかった!」
頭から素早く突っ込んでくる鴉たちの目の前に躍り出ると、ネフィリムはウルナッハの短剣を交差の際に素早く叩き込んだ。
アニマルスレイヤーの異名は伊達でなく、刃は彼女の腕前と相俟って、一気に鴉の身を引き裂く。
ギャアと悲鳴を上げて、地面に激突する鴉。まだ息はあってもがきはするが、大空には戻れそうに無い。
一羽がやられ、けれど、大鴉たちの注意はまだ餌などにあるらしい。別方向から次々と、狂い鳴き騒ぎながら一斉に飛び掛ってきた。
慎之介もまた日本刀を振るい、大鴉に斬りかかる。オーラシールドで鋭い鉤爪を防ぐと、それが離れる前に素早く切り込む。至近距離からの一撃に、刃は鴉の胴体を深々と斬る。
「可哀想であるが、ここは手酷くいかせてもらうでござる」
ばたばたと羽ばたく鴉を容赦なく踏みつけ、さらにその動きを止める。
仲間の危機と知ったか、彼の背後に他の鴉が突っ込む。オーラエリベイションで士気を高めているとはいえ、鴉の動きもなかなか。とっさに躱せず、嘴で引っかかれる。
「畑の方には近寄らせないようにしませんと。トガリ、もう少し低く!」
群がる鴉たちをうまく躱しながら、レディス・フォレストロード(ea5794)が鷹・トガリに指示を出す。体長こそ一回り小さいが、トガリはわりと善戦している。
高く飛びすぎては、畑の方にまで被害が及びかねないと、レディスもまた皆と同じ高さで短刀・月露を振るう。やはり近付き飛び掛ってきたその攻撃を掻い潜っての一撃。さすがに力不足で一撃必殺とまではいかないが、それでも鴉にかなりの痛手を与えている。
大きいとは云え、所詮は野生の鳥。その場にいる冒険者たちだけでも、案外仕留められたかも知れない。それ程の奮戦振り。だが、それも相手がおとなしく留まってくれたらだ。
数羽が叩き伏せられると、こいつらは危険だと判断し早々と山へと逃げ出す大鴉たち。ティワズがウィンドスラッシュで切り込むが、すぐにその風すらも届かぬ遠くまで逃げおおせる。
興味を引く光物があるのに、美味そうな餌があるのに。恨めしそうに鳴きながら、大鴉たちは飛び去っていく。そうやって飛ばれてしまっては、地を行くしかない者たちは圧倒的に不利。ただ黙って見送るしかない。
「畑の方は無事か‥‥。仕掛けた罠はまた後で外しておかないとな」
大鴉を殴った十手を綺麗に拭くと、旭は田畑を確認する。
「せっかく感謝してもらったのに、僕たちがまた荒らしたんじゃ面目無いからね」
青々とした緑茂る植物に、ティワズが軽く肩を竦める。事を始める前に、ティワズの知人が出来る範囲で畑の復興を手伝いっている。魔法も交えた尽力に村人たちは感謝はしていた。
それで、田畑を崩さず被害を出さないならという条件で旭はそこに罠を張ってもいたが、どうやら今は必要なかったようだ。
もっとも、それはあくまで今だけの話。逃げた大鴉たちが今後どうするかはまだ予断を許さない。
「やれやれ。これに懲りてもう来なくなればよいでござるがな」
今は見えなくなった鴉たちの姿を見届けていた慎之介が、しみじみとぼやく。
「レディス殿や山桜桃たちの追跡と、後は山にいるお二方次第になるのかな‥‥」
散らばった黒い羽根を広い、旭が呟く。
まだ今は、退治の序の口でしかないのだ。
「こっちじゃ。足元に気をつけとくれ」
先導する枡楓(ea0696)に率いられ、村で待機していた冒険者たちも山に入る。
山といっても、向こうは空飛ぶ相手。地上の事など考慮してくれない。時には道も無いような場所を登ったり降りたりしながら、
大鴉の尾行劇は、飛翔の速さからレディスが早々と脱落。もっともそれは考慮の内で、後は己と旭の鷹二羽に任せた。さすがにこちらは引き離される事無く律儀に後を追ったが、しかし、大鴉もさるもの。山に入ると木に紛れて身を隠し、危険な相手を安全な塒に連れ帰る真似はそうしない。
鷹たちが仕方なく主人の元に帰還したのを、十分見届けてから。ようやく、大鴉たちも姿を見せて活動を再開となった。
しかし、所詮は鳥の知恵というべきか。
今度はそれを山にて待機していた楓と理瞳(eb2488)がそれぞれで追いかける。それとて困難が無かった訳ではない。
木々や斜面が邪魔になるし、鴉もすぐに塒に帰らずどこかで腹ごしらえなんて事もしたりする。ただ、互いが離れて行動していたおかげか、同時に見失うという事も少なく。事前に塒の大まかな位置だけは、村人から聞いて推測付いてた事もあって、何とか辿り付く事は出来た。
後は村にいた他の冒険者たちと合流し、そして、塒へと至る。
「予想より手間がかかったの。じきに日が暮れる。もっともおかげで大鴉たちが戻ってきおるがの」
楓が目を細めて黄昏を見る。一方の東に比べて、西はまだ少し明るい。
「向こうもコチラに気付いてるようですね。先程から鳴き方が妙です」
鴉の声に注意していた瞳がそれに気付く。
木の上を悠々と飛びまわる大鴉たちは先ほどからずっと短く鳴き続けている。木の陰に隠れた大鴉たちも、射るような目で息を潜め、じっと冒険者たちを見つめてきていた。
「畑を荒らされる村人、冒険者に攻撃される鴉。どちらも神に与えた試練でしょう。今の私が言う台詞ではないですね」
レディスが静かに告げる。もっとも、村人たちは是非にこの試練に打ち勝って欲しい反面、鴉たちに試練を乗り越えられてはむしろ困ってしまう。
「では。完全に日が暮れる前にやるとしようか」
夕暮れの中。静かに微笑むと、ティワズの体が緑の魔法光に包まれる。目を付けていた塒に向けてその手を翳せば、真空の刃が飛ぶ。
村ではあえて威力を落としていたが、今度は遠慮しない。木の陰から様子を見ていた大鴉を真空の刃が捕らえ、切り裂かれた大鴉が哀れな悲鳴を上げて転がり落ちる。
慌てて翼を広げて体制を立て直すと、一際高く鳴く。
攻撃されたと悟った大鴉たちの反撃は実に素早かった。ゆったり空を飛んでいたかと思うや、翼をたたんで落ちるように突っ込んでくる。あるいは逆に翼を広げて、その鋭い爪で肉を切り裂こうと飛び掛る。
それらに向かい、旭は用意していた投網を投げかける。広がる網が大鴉を絡め取ると、鴉は網目に嘴を突っ込み、爪で引き裂き、すぐに破ろうともがきだす。
「確かに、学習はしているようだな」
網がほつれだすとそこに頭を突っ込み、穴を広げて逃げ出そうとする。それに感心しつつも、見届ける前に旭は素早く十手で打ちつける。
「うん。もうちょっといけるかな」
様子を見ていたティワズ。詠唱するや、今度はトルネードを詠唱する。傷を付けることは出来ないが、広範囲で吹き荒れる突風に、大鴉たちは翼を取られて大きく体制を崩している。
そこを、瞳が素早く鎖分銅で絡め取り地に引き落とすと、容赦なく踏みつける。骨の砕ける音がして、即死は免れてももはや地を這う鴉はどうにもならない。続くニ撃目を避ける事もならず、無残な呻きを漏らすだけ。
大鴉たちにとって安全であるからこそ、ここを塒にしているのである。そこを追い出されてはたまらぬと執拗に冒険者たちを追い払おうとしてきた。
その為、村での退治よりも若干てこずりはしたが、そも村で数を減らしている。加えて冒険者たちも楓や瞳を加えて戦力が上がっており、結局退治はほとんど手がかからなかった。
逃げようとする鴉もいないではなかったが、それもティワズの魔法と瞳の鎖分銅で制し、さほどの時間をかけずに場にいる鴉は全滅するに至る。
突付かれたり掻かれたりして怪我を負った冒険者もいた。しかし、命の大事に関わる程でもない。
残る始末は巣の駆除だけと、木の上を探索しに回る。
「宝物でもあればとちょびっと期待もしたけど。そう美味い話は転がってないか」
巣を金時の鉞で排除して回っていたネフィリムが少々落胆した声を上げる。巣に溜め込んでいるのは壊れた刃物などガラクタだらけ。
危惧していた雛や卵は、巣立った後なのか見付からなかった。
「危険を察知してどこかに逃げたとも考えられますが‥‥。親鳥の庇護がなければ他の野生動物の餌になるだけでしょう」
言って、瞳が足元に転がる一羽を拾い上げる。
「コイツラも放っとけば、狐か狼かが平らげてくれそうですが‥‥食べます?」
「供養にはなるかな?」
「‥‥解毒剤は一応用意しているけどね」
「シフールは体が小さいので食も細いのです」
「お腹を壊しそうだし、美容にも悪そうだからね。遠慮させてもらうよ」
淡々と尋ねる瞳に、各々がそれぞれの表情で答える。
空はすでに漆黒。星明りだけでは山を歩くには心細く夜明けを待って、一同は村へと戻る。
明るくなった村の中、舞い飛ぶ大きな鴉はもういなかった。