【悪の裏の悪】 京都見廻組 〜賊討伐〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月01日〜07月06日

リプレイ公開日:2006年07月11日

●オープニング

 京の都の闇は深く。魑魅魍魎が跋扈し、悪党どもが世を走る。都を大いに騒がせた五条の宮の乱ですら、そんな日常に埋もれ始める始末。いや、その騒動こそが都に付け入る隙ありと内外に知らしめ、奴らを増長させるきっかけでもあった。
 対して、都の各警備は相も変わらず、新撰組が血の雨降らせば、見廻組が都を駆け、黒虎部隊が妖身と斬り合う。それぞれ担当が違うといえど、目の前の事象は放っておけず。悪党たちはそんな事情など何構わずで悪事を行うので仕事がぶつかったとまた彼らが対する。
 乱の後、許可を得てそのまま駐留する軍もおり、それらとの微妙な関係も軋みを上げている。
 京都守護職の後任はいまだ詮議を続けて空位のまま。それでも、犯罪者たちは待ってくれない。むしろ格好の時期と活動を強める。

「ったく、どいつもこいつも調子付きやがって」
 押し入られた商家。荒らされた室内に死んだ亭主。家内と一人娘は攫われたか、行方が知れない。胸を痛めながら京都見廻組・占部季武は手がかり求めて、仲間と共に辺りを組まなく散策する。
 見つかるのはおびただしい血の跡と、土足で踏みにじられた座敷。何があったか推測するのは容易であるが‥‥。
「おい、これ!」
「何だ?」
 亭主を運び出そうとしていた仲間が何かに気付き、声を上げた。

「‥‥助けて下さい。村に鬼が来て、大勢食われました。残った女たちを質に取られ、私たちには従う他、術はありません。鬼に命じられ許されざる行為を続ける罪はいずれ償います。ですが、その前にどうかせめて女たちだけでも‥‥。――後は該当村の所在か」
「何それ。本当なのー?」
 死体の懐から出てきたのは古びた布切れ。そこに血で文字が書かれてあった。ようやく建て直った見廻組の役所にて、それを淡々と読み上げる渡辺綱に、坂田金時が不審そうに問い返す。
「使用人たちに聞いてみたが、こんな布は知らないそうだし、家人の誰の文字でも無いそうだ。それにこいつは袖を破いてどうにか書いたってトコだろうけどさ‥‥」
 言いつつ、季武も首を傾げている。さもあらん。文面や家人の物でない事からして、押し入った賊が残したと見ていい。
「調べて見ましたが。どうやら、その話本当のようです」
 調査書片手に告げる碓井貞光に、場にいた者がそれぞれの表情を作る。
「記された村は山の中腹にあり、普段から人の入りが少ない所でした。が、その近隣で旅人が消えたり、小鬼の姿を見ていると情報が得られ、それで密かに向かってみた所、村は鬼たちに占拠されてました」
 行き止まりにある小さな村。そうであるが故に、村に用があるものでしか通る事の無い細い道だけが唯一の通路。それにしてもその村の者が使うのが主で外から人が入ることは滅多なかったという。
「五条の乱でごたごたしていたからな。その隙をつかれて鬼が調子付いたって訳か」
 嫌そうに顔を顰める季武。口には出さぬも、他の面子も思いは同じ。
「肝心の村の様子ですが、鬼が跋扈していて私たちでは危険と判断しました。なので、銀次郎さんにお願いしてみた所‥‥」
「あー、見ないと思ったらそんな事に!! くー、銀も立派にやってくれるじゃん! という訳で正式に‥‥」
「その話はまた今度」
 銀次郎は金時の弟分で、熊鬼である。前々から同じく見廻組として働きたいと申し出ている金時は、涙に咽ぶも、それを貞光はあっさりと躱す。
「ともあれ、お願いして村に潜入してもらった銀次郎さんからの話によれば、女たちは一箇所に捕まってる様子。男たちはまた別の場所に捉えられているので、迂闊に動けばすぐに女たちの身が危険になると言うわけです」
 鬼を出し抜く度量があればまた別だが、ただの村人にそこまで期待するのも愚かな事だろう。 
「彼らの頭は人食鬼。その他にも多数の鬼が村に蔓延っています。このまま放っておけば、ここを拠点に災いの芽を伸ばすやもしれません」
「どの道、その男たちは罪を犯した咎で捕らえねばならない。だからといって後の事を放っておく訳にもいかないな」
 どのような事情があって罪を犯したかはしらないが、罪は罪。捕らえるのが役目であっても、それを裁くのはまた別の部署の話である。
「銀次郎さんの話では、近日鬼たちは男たちを使ってまた強盗を働く気でいるようです。男たちが村を出れば、女たちを助けに入り安くなりましょうし、彼らの見張りで離れる鬼もいるようです」
「村が少しだが手薄になるわけか」
 綱の呟きに、深刻な表情で貞光は頷いた。

 かくて、賊が動くと言うその夜に捕縛と鬼退治が行われる。とりあえず、賊たちが狙うのは、洛外にある村の長宅。小さな村でも村長ともなればそれなりに溜め込んでいるし、鬼にしてみれば金よりも血の方が大事という訳だ。
「押し入る賊をすべて捕らえ、加えて奴らを見張ってる鬼たちを探し出し始末する。賊はともかく、鬼は逃せば何かと問題だからな」
「賊は‥‥まぁ言っても素人の集まり。数が多そうなのが何ですが、さほどの心配は無いでしょう。問題は彼らを見張っているという鬼たち。どこでどう隠れているのか。うまく見つかればよいのですが‥‥」
 得物の手入れをしながら、季武と貞光が告げた。その危惧を埋めるように冒険者ギルドに、手伝いを頼む依頼が出された。

●今回の参加者

 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リオーレ・アズィーズ(ea0980)/ 物見 兵輔(ea2766

●リプレイ本文

「鬼に強要されたとて、罪は罪か‥‥。俺たち武士が民の為に真にしてやれるのは何であろうな?」
「貧しくても苦しくても真っ当に生きている人はいます。その人たちの為に少しでも良い世を維持するべく、ですかね」
 賊討伐に赴く京都見廻組。物部義護(ea1966)が項垂れるのを、碓井貞光がきっぱりと告げる。告げはするが、しかし、彼とて表情は思わしく無い。
 鬼に占領された村。女たちを人質に取られ、村の男たちは鬼に従う以外の手段は取れなかった。かと言って、放置しておいては、さらに無関係の庶民が犠牲になるだけ。
 鬼の村に関してはまた別の組が動いているが、賊も賊で捕らえねばならない。勿論、その背後についてるだろう鬼も逃さず‥‥。
「強要された悪か。まったく銀次郎殿には本当に感謝だ。件の鬼とはえらい違い。‥‥いや、比べるべくもないか」
「それは金時には言わないでくれよ。また、銀を見廻組に入れろと騒ぎ出すんだから」
 京都見廻組所属、備前響耶(eb3824)が感心する様に、占部季武が苦笑めいて忠告する。
「今回は状況的に仕方なく彼に行ってもらいましたが、鬼に対する世間の目は辛いですからね。彼は本当に良くやってくれてますし、それは認めますが。組織としては余計な波風を立てる要因を作る訳には参りません」
 ほとほと困ったように貞光が顰めっ面をさらに険しくする。苦労しているのだな、と思えどそれは顔には出さず、響耶はただ頷いて答えるだけに留めた。
「でも、村を占拠して女性たちを人質に取り、村人たちには強盗を? 鬼でも知恵が回るんだね」
「それを、いい事に回してくれれば大歓迎なんだがなぁ。人の弱みに付け入って罪を強要させ、自分たちは楽する行為を人は悪と呼ぶ訳だ」
 レベッカ・オルガノン(eb0451)が告げると、月代憐慈(ea2630)も頷く。
「徒党を組んで組織的に行動するオーガ族とは恐ろしいものですね。ただ、オーグラ‥‥人喰鬼がそれほど賢いのでしょうか? 茶鬼戦士が出ると聞き、少々強さなどを講義していただきましたが、強さはそれよりあれどもおつむの程はさほどとか。まだ裏に何かあるのでしょうか」
 見廻組たちの話を静かに聞いていたセリア・アストライア(ea0364)だが、ずっと気にかかっていた事を口にする。
「そうですね。たまに策を巡らそうとする者もいますが、小賢しいというか猿知恵というか。その程度と思ってたんですが‥‥」
「考えすぎ、考えすぎ。例えそうでも、今俺たちがやるべき事は一つ‥‥いや二つか?」
 考え込む貞光の背中を叩き、季武が豪快に笑う。貞光が無言で睨みを入れているが、気にしていない。
「今は、村人たちにこれ以上罪を重ねないように食い止めないと。鬼に捕まっている人質だって、自分たちの為にと思えばやりきれないはずだし」
「そういうこったな」
 守るべきは、村人たちに人質たちの命と――心。
 精一杯頑張ろうと誓うライル・フォレスト(ea9027)に、季武も大いに頷いていた。

 狙われた村の狙われた村長宅。事情を話し、襲撃の間はどこかに隠れていてもらう。
「近所の人も念の為、避難お願いね」
 襲撃に来るのはあくまで鬼。賊の事は伏せて、レベッカがそう説明すると、従わぬ者などそういない。
 その間にも見廻組含む冒険者たちは、襲撃に備えて村を見回る。
「家が密集している訳でなし。隠れる所はそうないな」
「そうだね。けれど、見晴らしがいいとなると離れた場所から様子を伺いやすい訳だし、気は抜けないのに変わりは無いけれど」
 何せ、来るのは夜である。新月過ぎたばかりのこの時期は、月明かりも乏しく、どこまで夜目が利くかどうか。明かりに頼らずとも動けるよう、響耶は村の地理を叩き込みながら、見張り役という茶鬼が見張れそうな場所も検討する。同じくライルもそうしながら、一方で憐慈を手伝って所々に棒を立てて回る。
 計八本の棒が、円を描いて村長宅の周りを囲む。その内の一本だけが長い布を巻かれており、それを憐慈が軽く叩く。
「屋敷の正面のこれが一番。これを基準に右回りに二番、三番、以下八番まである訳だ。俺は村長宅の中で待機している。ブレスセンサーで索敵して、見つけ次第笛で合図を送る」
 呼子笛を取り出して吹く真似をしながら、他の面々に詳しく説明。ここで齟齬があったら後が大変になる。
「村の周辺には今の所、不審な動きはなし。畑に出てる人も不安がってましたが、そちらはうまく宥めておきました」
 愛馬・シュベルトライテと共に周辺を回っていたセリアが、戻ってくるなりそう告げる。 
 一見長閑な村は、しかし、着々と迎撃の準備が整い始めていた。
「殺された人々を思えば、賊と化した彼らの行動は許されません。けれど、その背後事情を知ればあながち責める訳にも参りませんね。この罪の責は、鬼たちに償ってもらうとしましょう。
 無念に殺された人と‥‥今も苦しんでるだろう従わされている村人たちに魂の安らぎがあらん事を」
 犠牲はもういらない。襲われる方も襲う方にも。
 憤りを胸に秘めて、今夜来るだろう彼らの為にセリアも祈りを捧げた。

 襲撃の夜、村は実に静かだった。
 人の口に戸は立てられぬし、不安に思う者を引き止める意味も無い。鬼を恐れて村から離れる者も少なくなく、「彼らに気付かれないように」とだけ告げて見送った。
 警備がついているのだから、むしろ村の中の方が安全と残った者も多い。だが、それでも鬼の脅威を軽視する訳でなく、自然どの家も早々と明かりは消える。かと言って、眠る訳でもなく、闇夜に息を押し殺した雰囲気が漂っていた。
 そんな事なので、夜動く者も勿論いようはずがない。いるとすれば‥‥。
(「――来た」)
 表を見張っていた者たちがその影に気付く。影の数は十名。
 顔には手ぬぐいで頬かむり、手には刃物。夜道を明かりもつけずに進む奇妙な連中は、どこか葬式の参列を思わせた。俯いた姿がそう思わせたのだろう。
 何度も立ち止まり、周囲を探すように見渡しては小声で何か言い合い、振り払うように進んだ誰かの後を残りが従う。そんな事を繰り返しながら、村長宅に進んでいく。
 鬼の姿は何体か、あっさりと見つける事は出来た。が、聞いていた五体には足りない。慌てて先んじる事もせず、今はただ見張るだけに徹する。
 向こうは冒険者たちには気付かず――素人集団なので当たり前といえば当たり前。さらに、避難して空になった家には潜り込んでも責める家人はいないので、冒険者たちの方は隠れ放題である――
 賊たちは覚悟を決めて村長宅の入り口に手をかける。いくつか探し回った後、裏口が開く事に気付き、そこに静かに手をかけるが‥‥
「ぶわっ!!」
 戸口を潜った途端に、中から灰を浴びせられる。そこにはレベッカが立っていた。
「悪いわね。待ち伏せさせてもらったわ」
「京都見廻組だ。先日商家に押し入った件で話を聞かせてもらおう」
 待ち受けていた面々が、賊たちを囲みこむ。追い詰められた賊たちは、迷うようなすがるような目を向けてきていた。
「ナーニシテル!! 殺レ殺レ! 殺っちマえ!! ジャ無キャ、女達、喰ッチマウゾ!!」
 そこへ歪な声が割って入る。途端に、賊たちの顔色が変わった。
「隣家の裏手か!!」
 離れに隠れていた義護が、声のした方に見当をつけて走り出す。
 それに被さるように、憐慈からの笛の音が届く。長短混ぜ合わせた音色は重要な意味を持つが、賊たちには知りようが無い。が、それに弾かれたように手にした刃物を振り上げてきた。
「うあああああ!」
 大声を上げて村人たちが一斉に襲い掛かってきた。勢いだけはあるが、声は泣きそうに震えていた。
 所詮素人の技。自棄になった破れかぶれな動きは予測不可能なのが怖いが、きちんと見極めれば対処もたやすい。
 大振りな動きをライトシールドで受け止めると、レベッカは素早く月桂樹の木剣を構える。
「聞いて! あなた達の素性はもう分かってるんだ! 村の女性たちの方にも救出が行ってるから、協力してもらえないかな」
 木剣で牽制しつつ、レベッカが告げると、男たちはさらに引き攣ったように息を飲んだ。
「私はね、腕のいい占い師でもあるんだよ。協力してくれたら何とかなるって占いにも出てた。鬼たちについて何か情報もらえない? 隠れ場所とか、人数とか」
「そんな事! ‥‥くそっ!!」
 歯噛みしながら言葉を吐き捨てると、男の一人が刃物を大きく振った。見廻組には勿論味方にも当たりかねない攻撃方法。そうやって大きく人払いすると、男はその場からすぐに逃げ出した。一人が逃げ出すと、その後を続々と残りが追いかけようとする。
「悪いな。逃がす訳にはいかない!」
 だが、貞光が逃げた面子を追って飛び出すと、季武は逃げようとした賊の前に回り込んですかさず刀を振るう。
 気の無い相手はすぐに刀の下に伏す。ブレスセンサーを使っていた憐慈も室内から飛び出してくると、短刀・月露で対処。レベッカも木剣を振るい、次々と賊を叩きのめしていく。
「おとなしくしてくれ。悪いようにはしない」
 憐慈が組み付いて押さえ込むとレベッカが素早く縄で縛り上げる。
「アノゴブ! ヘマゴブ、ぼけゴブ! イランゴブ! イランゴブ!!」
「いらないのはお前だろうが!!」
 隣家の影から賊たちを見張っていた茶鬼は、ぎこちない人間の言葉を操り、斧と盾を振り上げ地団駄を踏んでいる。殺気も露わに、打ちのめされていく賊たち睨みつけるそいつへと義護は走ると、霊刀・ホムラを手に構える。
「まずは一匹!」
「ギいい!!」
 振るわれた霊刀に身を竦めながら、茶鬼が粗末な盾を掲げる。だが、義護はそれをあっけなく打ち砕く。盾を失い驚き騒ぐ茶鬼。その纏う鎧の隙間へと、義護は容赦なく刃を振り下ろしていく。

 逃げた賊を追って、貞光は走る。刀の鞘を引き抜くと走る賊の足元へと投げた。
 鞘に足を取られて賊は転倒。そこをすかさず組み伏せる。
「あなた方の事情は分かっています。彼女が先に申した通り、村の方にも救出に向かっています」
「本当に‥‥本当に大丈夫なんだろうな! し、失敗なんかしたら、あいつらの命なんて‥‥くそっ!!」
「だから、落ち着いて下さい!!」
 心配の余りに、やや錯乱状態にあるらしい。暴れる賊に苛立つ貞光が鞘で殴りつけた。おとなしくなった賊を担ぎ上げ、引き返そうとする。
 その彼らに忍び寄る影がある。やはり見張りの茶鬼だった。忌々しげに賊と見廻組を見つめ、どうしてやろうかと思案しながらさらに近付こうとし、
 ぽんとその首が跳ね飛んだ。にらみ付ける表情のまま、茶鬼の首は血潮を引いて宙を飛び、ころりと地面に転がる。
 背後から静かに迫った響耶の一刀。太刀・鬼切丸の名は伊達でなく、技量と合わさりあっさりと首を刎ねた。
「ここに一匹‥‥残るは?」
 鬼切丸から滴る血を振り払い、響耶は辺りを見渡す。
「ウガ‥‥」
 物陰からその様を見ていた茶鬼は、顔色を悪くする。少々腕に覚えがあるが故に、力量の差も多少は分かるのか。勝ち目無しと見て取り、他の仲間と撤退しようとゆっくり後じさる。
 茶鬼たちは離れて賊たちを見張っていた。なので、すぐには仲間に連絡が取れない。今はどこにいるのかと、探していた時に、
「ゴブ!!」
 近くで悲鳴が上がった。――いや、むしろそれは絶命。慌てて駆け寄ると、すでに倒れた茶鬼一匹。その傍にはライルが霊刀・ホムラを手に立つ。
「ウガ! ゴブゴグ!!」
 仲間を殺されたと茶鬼はいきり立って走りかかってきた。斧を片手に大降りの一撃。だが、巧みな足捌きでライルが避け、虚しく刃は地を噛む。
 ライルが鎧の隙間を狙い、ホムラを素早く掠めるように切り付ける。しかし、その動きはぎりぎりで見切られ、茶鬼はほっと息を付いている。
 そこに来るニ撃目。先ほど避けて油断したか、あっさりと今度は刃を受けた。血塗れた箇所を押さえ、茶鬼が悲鳴を上げる。
「冴月、逃がしちゃ駄目だぜ!」
 戦意を喪失して逃げだそうとした茶鬼の足元、ライルの熊犬・冴月が噛み付く。痛みで暴れる茶鬼に向かい、ライルはホムラを振るうと、急所を一突きにしていた。

 そして、道をひた走る茶鬼一匹。騒動が起きた段階で、これは先行きヤバそうだと、彼らの首領が待つ村へ報告に帰ろうとしていた。なので、その後に起こった仲間の死までは知らない。
 鎧に盾、斧と装備したまま。一見重そうだが、茶鬼の足はそれでも速かった。
 だが、それよりも早いモノがある。
 闇夜を懸命に走っていた茶鬼だが、自分に近付くものがあるのを悟る。
 力強い蹄の音。荒い鼻息さえも聞こえそうな程に、それはかなりの速さで迫ってくる。
 駆けて来るのは一頭の馬。その背にはセリアが怒りの眼差しで茶鬼をしっかりと捕らえていた。 
 追われていると知り、血相変えて茶鬼は足を速めた。だが、その差は縮まるばかり。
 セリアが騎乗したまま、ロングソードを引き抜く。
「ウーゼルの真髄。騎馬と共にある神聖騎士の強さ、受け取りなさい! 人々の無念と共に!!」
 唇を噛み締め、馬上から一気に剣を振り下ろす。剣の重みで増加した威力に加え、突進の速さもそのままに。盾で受ける事も間に合わず、茶鬼の体は二つに裂かれた。

「捕縛完了。何とかなったようだな」
 言って、盛大に息をつくのは憐慈である。
 ブレスセンサーで索敵はいいが、呼吸から得られる個体情報は大きさぐらいしかない。茶鬼の大きさは人と同じぐらいなので確と判断がつかない。
 ただ、家人は勿論近所の人も避難しているので、その大きさでかかるのはこの件に関わる者たちしかいない。その上で、待機している冒険者たちの位置を把握し、そこに加わる動きから類推すれば何とかなった。
 索敵の要のような位置にあったのでこけたら後に響く。上手くいってよかったと胸を撫で下ろすばかりである。
 そんな晴れやかな冒険者たちの反面。捕らえた賊たちの表情は暗い。まるでもう死んだかのように生気の無い者もいる。
 さもありなん。こうして捕らわれ見張りも死んだ以上、賊行為が失敗したのは確定。それを知った鬼たちが女性たちをどう扱うか。
「人質は別の仲間が解放する手筈になっている。心を強く持って‥‥そして罪を償って欲しい」
 ライルが声をかけるが、沈痛な雰囲気は変わらず。
「女たちを憂えるのは当然だが‥‥彼らもなぁ。情状酌量の口添えはできないか?」
「どの程度考慮されるかは分かりませんが‥‥。まぁ、鬼に強要されたのも事実ですからね」
 憐慈が尋ねると、貞光が頷く。
 夜明けを待って、村から賊たちを連行する。彼らの村がどうなったのか。報告が届いたのはその更に後だった。