元気に別れを

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月19日

リプレイ公開日:2006年07月22日

●オープニング

「息子を元気にして、父を成仏させてほしいんです」
 京都冒険者ギルドにて。依頼に来た男はそう言って白い頭を下げる。見るからに年配の男の、さらに父となるとかなりの高齢と伺える。事実、結構な年寄りだった。
 過去形である。
「歳に勝てずに寝たきりだったのですが、先日、とうとう。苦しんだ様子は無く、大往生だったと思います」
 なのだが。死んだ老人の霊がそれから出るようになったのだ。
「私には一人息子がおりまして、名前は平太。歳は丁度八つになりました」
「それは‥‥またずいぶん若い子だな」
 下手をすれば、目の前の男の孫で通用するような年齢である。男は恥ずかしそうに頭を掻く。
「ええ。なかなか良縁に恵まれず。家内と一緒になったはいいのですが、今度は子宝にも見放されてたようでして‥‥。そうやって遅くに出来た子なんで、それはもう可愛くて可愛くて。父も、もう目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだったんですが」
 はぁ、とため息をつく。
「ただちょっと体の弱い所がありまして。これまでにも、何度か病で危ない時もあったんです。それに遅くに出来た子で皆が可愛がるものだから性格もちょっと気弱で内向的な所がありまして」
 身体も弱く、心も頼りない。
 昔から頑丈で、世間の荒波に揉まれた人生を送ってきた老人は、それで本当にこれからの世を生きていけるのかと、可愛い孫の将来を最後まで心配していたという。
 心配のあまりに、あの世にいけなくなるくらいに。
「父が現れるのは平太の周囲だけ。別に何をするでもなく、離れてじっと見ているだけなんです」
 害は無いけど、良くも無い。老人の姿に気付いた子供らは怖がって平太と遊ばなくなるし、近所の人も心情は慮れどやっぱり霊となると気味悪い。家族にしてみても、いつまでも成仏せずにさ迷う姿を見るのは心配で仕方ない。
「父は平太が気弱でこの先元気にやっていけるかを心配してました。なので、そんな心配は杞憂だと父に教えていただけませんか? 平太が強くたくましく生きていける事が分かったら、安心して旅立ってくれると思うのです」
「というと、具体的には?」
「それがさっぱり‥‥。なので、そこら辺も含めてよろしくお願いします」
 なんとも情けない顔つきで男が頭を下げた。

●今回の参加者

 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb4840 十野間 修(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「本当にいますね」
 依頼者宅を訪れ、依頼者とその子である平太を前に御挨拶。一礼とって顔を上げた途端に、和泉みなも(eb3834)が憂いの声を上げる。
 冒険者たちの前には三人だけ。のはずが、さらにその後方にぼんやりと四人目の姿が見える。年老いた姿は先日亡くなった祖父殿に間違いなく。何をするでもなくただじっとそこに立ち、平太を見つめていたが、それもつかの間、すぐに陽の光に溶ける様に姿が消えた。
「日がな一日あんな調子でして‥‥。ちゃんと供養もしてますのに、本当に外聞が悪くて仕方ありません」
 弱りきった表情で嘆くのは奥さん。困ってるようだが危機感が薄いのは、身内の霊だからか慣れてしまったからか。
 何にせよ、いい状況とはいえない。
「話に聞く限り、レイスに相当するのではと考えますが。だとすると、今のままの状態が続くと危険になるのでは」
 目深に被ったフードをわずかに持ち上げ、カンタータ・ドレッドノート(ea9455)が問いかける。
「ええ、そうですね。今はまだ見守るだけですが、長く留まりすぎると理性がどうなってしまうのか、定かではありません。‥‥幽霊になる理由は様々でしょうが、愛する人を想うが故にというのは悲しいですね」
 カンタータに頷き、みなもは今は消えた虚空を静かに見遣る。見えないだけで、どこかにいるのは確か。意識を済ませば気配を感じ取れる気もする。
「でも、じーちゃんが未だに成仏してないのは、孫の平太ッちを頼り無しと見ておるからじゃろ? だとすれば、平太がちゃんとしてる所を見せられればいいんじゃないかの?」
 気軽く枡楓(ea0696)が提案して、問題のお孫くんを見遣る。
 話題に上った平太は、楓に見られて小さく肩を竦めると気弱そうに身を引く。ハの字の眉毛がなんとも情け無い。
「文武両道が理想じゃが、人には得手不得手があって当然じゃからのぅ。もっとも、その長所を生かすも短所を補うもその人次第じゃが」
 性格的には少々内気で、怖がり。外で遊ぶより勉強してる方が好きと、おとなしい印象を受ける少年だった。そこにどれだけ問題があるのか。小坂部太吾(ea6354)にはまだよく分からない。
「お爺さんがああしてこの世に残るのも、あなたが頼りないから。そこで、安心してあの世に旅立たせるには、あなたが心配ないという所を見せるしかないですよ。お爺さんが早く成仏出来るかどうか‥‥。これはあなた次第としか言えません」
「うん、分かった。頑張る」
 真摯に目を見つめて語る十野間修(eb4840)に、やや気圧されながらも平太は真剣な表情で頷いた。

「いかに老人に安心してもらうか‥‥。やはりここは得意分野で自信持ってもらうのがよいじゃろ」
 そう考えて、太吾、書道教室を開く。
 村の子供たちも集まるよう声をかけてみたが、結果は思わしくなく。カンタータが遊戯で気を引いてみたりもしたが、幽霊憑きの平太も一緒となると嫌がって逃げてしまう。
「仕方ないよ。村の皆はお爺ちゃんとは関係も無いし。僕だってお爺ちゃんじゃなかったら、幽霊怖いもん。それより、文字を教えてよ」
 ちゃんと正座し、平太は笑顔で太吾を見遣る。友人が逃げた事はさほど気にもしてない。
「まぁ、勉学の友はうちもおるのじゃし。ここは仕方なかろう」
 妥協するよう楓が告げる。
 太吾が師となって、漢字などを教える。読み書きは、もっぱら地面に枝で書き連ねる。紙も高級品なので、早々無駄には出来ない。
「楓のお姉ちゃん。それ、線一本多い」
「む? そうか?」
 多少の文字なら不都合無く読めるし、たまには楓の間違いを指摘したりもする。
 そも、読み書きなど出来ない者も珍しくは無い。田舎となればなおさらだ。書物なども高額な為に、滅多手に入るものではないから、そういう意味では平太はいろいろ恵まれたのだろう。知識のある人の元には自分から赴いて、いろいろ聞いて回ったりするなど、向上心はあるらしい。実際、太吾の教えを熱心に耳を傾けている。
「し? だよね?」
「『こころざし』と読むのじゃ。自信を持つ上で必要なものじゃな‥‥。平太は将来何になりたいのじゃ?」
 『志』。そう大きく認めた文を、太吾は平太に贈る。問われた平太は首を傾げて考える。
「良くわかんない。でも、いろんな事をお勉強したいなと思う」
 まだ八つ。今日と明日の事で手一杯といった所。
「いろんな事をですか‥‥。では、物の怪の知識などいかがでしょうか?」
 何気なくみなもが平太に言ってみた。
 結果は実に予想通り。即行で表情を青褪めさせて、首を横に振る。その速さたるや、心の内を如実に打ち出し。
「ですね。では、他に分からない文字などありますか? お教えしますよ」
「うん、えっとね」
 それと理解したみなもが訂正すると、ほっとした様子で平太は頷いていた。

 そして。
「それでは得た知識を活用すべく、野外に出向いてみましょう」
「えええ!!」
 修の提案に、露骨に顔を顰める平太。
「知識というのは実践してこそ身につくもの。蓄えてるだけじゃ駄目です。自分一人で知識を覚えて悦にいって使わないのでは、役立たずと同じです」
 物腰実にやわらかく。言い方も丁寧なれど、きっぱり言い切る様は反論を許さず。四つ違いの歳の差か、笑顔を向けながらも雰囲気で押す修に、渋々平太も了承するが。
「いやん、虫が来たー」
「疲れたー。休もう」
「水は? 喉渇いた」
 などなど、うるさいうるさい。
「なんというか。知識だけなんじゃろかの? これではじーちゃんも心配になるぞ」
 さすがの楓も思わず一言漏らしてしまう。
「話を聞くに。お爺さんは勘と経験と努力の人だったようじゃから。余計に心配なんじゃろうなぁ」
 太吾はといえば、何か納得している。
 依頼に入る前に聞いた老人の人となり。裸一貫から農地を切り開き、農家としてそれなりの成功を収めてきたらしい。その際には様々な困難があったろう。それを頼れるのは己のみとばかりに乗り越えてきた人物。そんな老人なので、余計に孫の内気な態度が気になったに違いない。
 太吾と修が見遣るその先、その祖父殿はといえば、ふらふらと黙って憑いてきている。その様子に変わりは無いが、思い返せば書道をしていた時に比べてしょっちゅう姿を現している気がする。
「思うに少々気持ちに甘えがあるのでは? 知識を覚える事だけ夢中で、他は誰かに頼りきりでは情けないです。あなたはお爺さんではないのですから、お爺さんの望むようには行かないでしょう。ですが、例えお爺さんの望む方向と異なろうとも、あなたが自分の力でまっすぐに生きていけると示せたなら、きっと分かってくれる筈です」
 修に言われて、しゅんと俯く平太。その肩をカンタータがやさしく叩く。
「知識を得たいという平太くんの望みは立派ですし、恥じる事はありません。でも、その上でお爺さんの昇天を願うならば、手助け無くても頑張っていけると言うのを見せてあげてほしいですよ」
 困ったように平太はカンタータを見つめ、それから少し離れた所で見守るお爺さんを見つめ‥‥。
「分かった。僕、がんばるね」
 口をきゅっと結ぶと、決意も新たに修の後をついて歩き出した。

 勉強と野外活動を繰り返しながら、依頼の日数をこなしていく。それなりにたくましくなる平太を、祖父はまるっきり変わらずただ見守っている。
 そして、最終日。
 庭先に出た平太を、静かに見守るのは冒険者たちの方。
「それでは行きますよ」
 クレセントリュートを手にすると、カンタータは銀の弦を鳴らし始める。澄んだ音色が音階を刻む中、平太もまた緊張した面持ちで息を吸い込んだ。
「お爺ちゃん、聞いてますか? 僕は元気でやっています」
 祖父の姿は見えず。が、どこかにいるのは確か。カンタータの伴奏に合わせて、平太はゆっくりと語り出す。
 祖父とのこれまでの思い出。これからの決意。どうあるべきかなどを。
「まだまだへこたれる事も多いと思います。でも、一生懸命立ち向かって行こうと思います。だからお爺ちゃんもここではなく、向こう側から見守っていて下さい」
 告げる表情は険しく。けれど、揺ぎ無い信念に満ちていた。
 語り終わっても周囲に変化は無く、続けてカンタータと二人で並んで歌い出す。
 拙い平太の歌だったが、そこをカンタータが上手く合わせて一端の曲に仕上げてある。
 歌いこんでいる内に、やがて、緩やかに祖父の姿が現れた。
 平太の前で、ただただ見守るだけだった老人は、ほっとしたような寂しいような表情を作ると、やがてゆるりと消えていった。
「逝った‥‥のじゃろうか?」
 周囲に目を向ける楓がそう尋ねる。
「そのようです」
 ほっとして、みなもは構えを解いた。
 もし老人がこの世に留まり続けるようなら、もう一芝居打つつもりでいたが。その必要もなさそうだ。
「爺ちゃん、行っちゃったの?」
 祖父がいた空間をただじっと見つめ、尋ねる平太。その顔が見る間に涙で歪む。
 所詮は子供。親しい者との別れはつらく寂しい。言葉ではどうこう言っても、いざその時になれば、やはり感情は思うようにはいかない。
「泣かないで下さい。お爺さんと約束したんですから、これからは手助けなしで頑張っていかねばなりませんよ?」
 カンタータが諌めると、平太も大きく頷きはしたが。それでも大粒の涙はしばらく止まりそうに無かった。