歪む恨み 〜新撰組四番隊〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月20日〜07月25日

リプレイ公開日:2006年07月29日

●オープニング

 五条の宮の乱から日も過ぎ。京の都も表面上は落ち着きを取り戻している。
 町の光景も以前通り。人斬りが横行し、妖怪がさ迷い、喰うに困った人々が夜盗に代わる。血の雨が降り、命が散ろうとそれはまだまだ日常の中。
 それらを取り締まるのが見廻組であり、黒虎部隊であり、新撰組であり‥‥。
 数は揃えど、足並みは揃わず。それは五条の宮の乱の前も後も変わらない。故に治安も定まらない。

 道を行くのは浅葱の隊服。その意味を知らぬ者など京都にいようか。
 夜も更けて、誰もが眠る静かな通り。赤ら顔に千鳥足、風に漂う酒気も気にせず正体不明に歩く様を、見回りの最中と思う者はなく。もっとも、今の時間、動く者はそういないが‥‥。
「局長、大丈夫ですか? 少し休まれた方が‥‥」
「うるせぇ、黙ってろ」
 両脇を支えられるように歩いているのは新撰組局長・芹沢鴨。心配顔で声をかけた平隊士を裏拳一つで黙らせると、据わった目で正面見つめてまた歩きだす。
 しかし。いきなりふらつく足を止めると周囲を見渡す。
「どうしました?」
 怪訝そうに尋ねたのは四番隊組長・平山五郎。だが、すぐにその意を悟り、刀に手をかける。
 と、物陰から突然人影が飛び出てくる。黒い頭巾に黒装束。珍しい格好ではない。正体を隠したいならなおさらに。手にしているのが抜き身の刀とあっては、友好的関係を築くつもりでも無い。
「覚悟しろ! 源徳の犬!!」
 吐き捨てるような声は男のもの。明らかな憤怒がそこには含まれていた。
 駆け寄るや、刀を振るい上げ打ちかかってくる。忌々しげに迎撃の構えを取る平山を、芹沢は止めると抜刀一閃。
「ふん!!」
 鼻で笑いながら、切りかかろうとした賊より先に刀を振るった。その一刀で、賊の身が一気に朱に染まる。装束は二つに裂け、はらりと落ちた覆面から素顔が見える。
「どこの誰かは知らんが。狙った相手が悪かったな」
 酒臭い息を吐きながらも、刀を持つ手は強く。芹沢は刀を振り上げると、首を刎ねんと狙いをつけた。
「!!」
 だが。その刀は確かに男に当たれど、首を落とすどころか、皮の一枚傷つける事も無く。
 驚愕して動きを止める芹沢。男は喜悦すると、素早く刀を突き出してきた。
 動揺の隙をついた一撃。躱せず、芹沢の頬に一筋の朱が滲む。その結果は双方共に不服だったようで、揃って忌々しげに顔を歪めている。
「局長!!」
「手ぇ出すんじゃねぇ!!」
 芹沢一喝。それで平山も傍の平隊士も手が出しかね、刀を抜いて構えたまま賊を見る。
 賊の体から滴り落ちる血が、地面に赤い溜りを作る。先に受けた傷は確かに痛手。顔色も悪いが、睨みつける殺気は一向に衰えず。
 芹沢も、酒気を帯びているがそれがさらに覇気を帯び、けっして負けぬ気概で賊を睨み返す。
 対峙する芹沢と男。何時仕掛けるか、どう仕掛けるか。そもその一撃は確かに通用するのか疑問も多い。
 だが、その疑問が解消されぬまま、いらぬ横槍が入る。
「そこで何をしている!!」
 掲げられた提灯。それに照らし出される京都見廻組の隊服。向こうはきちんとした見回りの最中なのだろう。
「ちっ!」
 多勢はさすがに不利と見え、賊は身を翻した。
「追え」
 隊士に短く命じた平山を、しかし、芹沢は食い止める。
「やめておけ。妙な技を使うようだし、生半可に追っていらぬ怪我を負うまでもねぇ。面も割れてるんだしな」
 地面に残る血の後。立ち去った後に転々とそれは続いている。追うのは決して難しくないのだが。
「なぁに。あいつはどうやら源徳の犬狩りがしたいらしい。だったら、またその内出てくるだろうさ」
 せせら笑いながら芹沢は落ちた覆面を拾い、破り捨てる。それよりも、と見廻組たちを見遣った。
 見廻組たちは不穏な気配を感じて声をかけはしたものの、その相手が新撰組と知り露骨に顔を顰めている。その中に芹沢がいると知ると、その表情はますます顕著になる。
「さっさとあのうざい奴らを散らして、飲みなおしと行こうや」
 愉快そうに口端で笑うと、芹沢は見廻組へと歩み寄った。

「魔物だな」
「いや、人間だった」
 そして、冒険者ギルドを訪れた平山に、係員は事情を聞いて不快そうに告げた。
「なら魔物が手を貸しているのかもな。でなければ、芹沢の刀を無傷で止める芸当など出来まいよ。西洋のデビルとやらは人の魂を代価に、富や魔術を人に与える事があるらしい。話を聞いただけでは分からんが、その手合いかもしれん」
「武士が、妖に身を売ったというのか」
 ふん、と気の無い返事をする平山。だが係員の言う通りかもしれぬと思い始めている。
「奴について少々調べてみた所、元はこの京にて源徳公に仕えていた武士の一人だったらしい。
 が、先の戦で、奴の細君と子供が三河軍に殺されたらしい。行軍してくる際にたまたま道で行き会い、妨げる形になったとか」
 細かい事までは分からない。だが、むざと家族を斬り捨てられた恨み。それも長く奉じて来た源徳の軍によるという嘆きの念は深く。
「あれから源徳方の武士が次々と斬られる事件が起きている。新撰組の隊士が狙われる事も少なくない。事情はどうあれ、治安を乱すなら放ってはおけんし、何より芹沢さんを狙ったのは許せん」
 要は最後の一件が一番気に入らないらしい。
「早急に何とかしたい所だが。とはいえ、四番隊は浪人上がりがほとんどで、そういう訳の分からん相手と手を合わせるには不向き。その裏にいるデビルとやらはどうでもいいが、賊を狙えば関わってくる可能性を思えば、その対処も考えねばならん。なので、不本意ではあるが、冒険者の方から手を借りたい」
 まかりなりにも魔法を使う相手。しかも、デビルには通常の武器による攻撃は効かないらしい。なおさら単なる武芸者では荷が重い。
「しかし、組長さんは対処できるので?」
「無理だな。魔法なんぞという胡乱なものとは無縁に生きてきたからな。一応、懇意にしている商家が良い刀を提供してくれたので、多少は何とかなるだろうが」
 あっさりと言ってのける平山。まぁ、魔法が使えないのは別にいいとして、問題は刀の提供。この場合、目についた商家を脅迫して、秘蔵の刀を巻き上げたと言っても多分間違いではない。
「いいのか? 局中法度だったか、何やら隊規を取り締まろうってな動きがあるんだろう。いらぬ口実を与えるんじゃないか? それとも、五番隊の隊長さんの阻止運動に期待してるとか?」
 呆れたように告げる係員に、平山は冷たい一瞥をくれる。
「向こうがどうぞと言ってくれた品だ。ありがたく受け取っておいていいだろう。それに隊規を作ろうとしているのは土方のみ。近藤も乗り気では無し、そもやる事為す事注釈付けて違反したら腹切という業腹な規律を誰が望む?
 日置はなにやら動いているようだが‥‥、そんな暇があるなら武芸を磨けばよいものを」
 何せ、ギルドの職員に人差し指一本で捕まるのだから。特に武芸者で無い相手からも逃げられないのでは、いざという時、果たしてどこまで役に立つのか。
「それとも。逆に奴を捕まえられる程の腕を、件のギルド員は持ってると考えるべきか? ならば芹沢さんを説得して、ギルドの職員を五番隊組長に招いた方が、組の質も向上しそうだな」
 なにやら真剣に考えてる平山。
 ま、その考えは職員の方から丁重にお断りされるだろうけど。

●今回の参加者

 ea0980 リオーレ・アズィーズ(38歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6358 凪風 風小生(21歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 ea9384 テリー・アーミティッジ(15歳・♂・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3979 ナノック・リバーシブル(34歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

アルマ・フォルトゥーナ(eb5667

●リプレイ本文

 京の都に人斬りが走る。
 彼らの振るう凶刃は、あるいは金の為、あるいは権力の為、あるいは純粋に殺戮を求めてと理由様々。
 そして、今回の相手は復讐の為に。人ならぬ者の力まで借りて。
「どんな怒りであれ、悲しみであれ。恨みのみの剣は何も生み出しはしません。ましてやデビルの手を借りてなんて‥‥」
 かつて聞いた少女の言葉。同じ心情を受けつつ、リオーレ・アズィーズ(ea0980)が告げる。悲しみと共にその瞳には、それを止めようという強い意志が閃く。
「魂を憎悪に塗れさせ、最後には破滅へ誘う‥‥。デビルの常套手段だな。巧妙に人の心の弱みに付け入り、意のままにしてしまう」
 デビルハンターの生業か、それともそれすら手段であるのか。悪魔殲滅の決意も新たに、ナノック・リバーシブル(eb3979)が告げる。
「同情はするけどね。でも、辻斬りなんかしてどうなる訳でもないし。ましてやデビルと組んでるんじゃ、何とかしないわけにはいかないよね」
「何にせよ、人斬りは人斬り。ぶちのめしゃいいんだろ?」
 テリー・アーミティッジ(ea9384)が空を飛びながら、その小さな肩を竦める。薙刀・牙狼によっかかりながら拍手阿邪流(eb1798)もまたつまらなさそうに同意を求めた。
「そうだ。妖怪と手を組み、公儀より治安を預かる我らに手を出そうなどとは。いかな理由があろうとも許すわけにはいかない」
 尋ねた相手は新撰組四番隊組長・平山五郎。表情は変わらないながらも発する気配がすでに刺々しい。殺る気は十分だし、邪魔をするなら人斬りの仲間として斬り捨てられそうだ。
「で、その人斬りの出没時間は夜って事でいいのかの? 場所とかはどうじゃ?」
 剣呑な平山に臆する事無く、小坂部太吾(ea6354)が尋ねる。
「時間は夜がほとんどだが、昼の事もある。場所は河辺や入り組んだ小路。加えて少人数で見回っている時や酒屋の帰りなどが狙われやすい。要は仕掛けやすく、逃げやすい時間と場所を選んでいるんだな」
 吐き捨てるような言い草に、冒険者たちの胸中は様々。
「それにしても。背後のデビルが気になりますね。おそらく、その男が使ったのはデビル魔法のエボリューションでしょうけど‥‥。何かそちらで思い当たる事はございませんか?」
 手がかりを元に推測を述べるリオーレ。やや興味を惹かれたような素振りを見せたが、平山の返事は「ない」とそっけない。
「そういう胡散臭いモノと絡む筋ではないからな」
 そもそも、ジャパンでは西洋ほどデビルはおらず、故に出会う事も早々無い。リオーレやナノックに限らず、西洋出身者にしてみれば戦慄の対象であるし、東洋出身の冒険者でも他の冒険者から話を聞いたりして事情を知る。が、一般に暮らす者にとっては「何それ?」程度も少なく無いし、むしろ鬼の方が非常に厄介で恐ろしい。
 加えて、新撰組の相手はあくまで人間。今回のような人外が絡むなども滅多無い。興味が無くても当然と言える。
「まぁ、背後の魔物についてはひとまず置いて。まずは人斬りだよね? 平山さんが囮でいつものようにお仕事しながら活動資金を巻きあ‥‥もとい、提供してもらってたら誘われてくるよ」
 失言一つ。途端に平山から鋭い視線で射抜かれ、命の危険を感じたテリーは慌てて言葉を繕う。幸い、訂正は間に合ったのか。無言で釘を刺されるような目で見られた後に平山は視線を外す。
 ほっと一安心の彼である。
「で、これは正規の依頼だろ? 一緒に見回るし、その羽織ちょっくら貸してくんねぇ?」
「物を頼む時には言葉遣いを考えた方がいいぞ」
「いいだろ。言うべき事は同じなんだし」
 やや呆れたように告げる平山に、阿邪流が小さく口を尖らせる。
「いずれにせよ、貸すのは却下だ。街中を歩く事にもなる。正規の隊士と思われれば、組の品性を疑われかねん」
「くぉら、それはどういう意味だ?!」
 声を荒げる阿邪流を、平山は意地悪げにくつくつと笑う。
「それに、間違われて斬られてもつまらぬ話だろう? 奴も一人。こちらも群れてない方が斬り込んで来やすいだろうしな」
 その笑みがさらに得体の知れない表情に歪むと、それで話は終わりだとばかりに平山は行動に移る。さっさと動き出した彼の後を、他の冒険者たちもまた各々慌てて追いかけていく。
(「やれやれ。新撰組は武に秀でても士道を心得ぬ者が多いようじゃの。土方と言う御仁もさぞ頭痛が絶えぬのじゃろうなぁ」)
「どうしたい、局長?」
 維新組という組織を束ねる長として、纏める難しさも良く知る太吾。傍らを見れば、今回同行した同じく維新組の凪風風小生(ea6358)が様子に気付いて首を傾げている。その彼と平山の後ろを交互に見遣った後、何でも無いと頭を振って太吾も後を追いかけた。

 昼日中は洛内で見廻りつつ、商家に顔を出し。夜になればその金で酒場に入る。概ねそれが普段どおりの行動。
 相手は後ろ盾があるとはいえ、実行は一人。街中で人が多い時などは出てこず、故にわざとそれらしい場所に足を踏み込んだりもしている。だからといって早々と出てくる訳でもない。
「他の奴の所に行っちまったのか? 早い所片付けたいのによ」
 日は暮れて子の刻も過ぎ。辺りに人の気配などは無い。梅雨の因果か雲が厚く、欠けた月が顔を出したり引っ込めたり。
 そんな中、薙刀を肩に担いで歩いていた阿邪流だが、
「そうでもない。どうやら来たようだ」
 ふと平山が笑む。
「ほうほう。後ろにつけているようじゃの。わしらを警戒してか突っ込んでこんようじゃし、少し誘った方がいいか?」
 太吾がインフラビジョンを唱える。自分たちの後方で、冷たく沈んだ京都の町並みから浮き上がるように、赤い人影を見た。むろん、仲間たちの誰でもない。
 平山に指示され、共にいた者も一旦は少し距離を置く。それからしばし、平山一人で都を歩き‥‥。
「死ね! 源徳の犬が!!」
 路地に回ったか。横手から相手は飛び掛ってきた。振るい落とされる白刃は必殺の。だが、先を読んでいた平山はあっさりとそれを躱すと、続く動きで斬りこむ。
 相手はそれを敢えて急所だけ外して身で受ける。傷は入るがまだ浅い。それでも相手の顔に戸惑いは隠せない。
「何だ? 体が‥‥重い?」
 どこか愕然として見える襲撃者。そこに陽気な声が降り注ぐ。
「のろのろこ〜せん発射成功。こっちの用は済んだし、ちょっと別ん所見てくるね」
 テリーのアグライベイション。高速詠唱を使えばわずかな時間で魔法が使える。
 実際光線が出てる訳ではないし、失敗しても成功しても外的変化に乏しい為、今一つ判断がつきづらいのがこの手の魔法の面倒な点。だが、どうやら動きからしてかかったようだと判断して、テリーはほっと一息。次の相手を探しに飛び立って行く。
 それを見届ける間もなく、平山は相手に仕掛けている。
 アグライベイションは動きを少々遅くするが、完全に止めるには至らない。剣の技量などもそのまま。にもかかわらず、続くニ撃目を相手は避けようともしなかった。
 その必要も無い。振るった刀は寸分も襲撃者の身に入り込もうとしなかった。
「この間、会った奴だろ? 俺に攻撃しても無駄なんだよ!! あん時は邪魔が入ったが! 今度は絶対に潰す!!」
 恨みの篭った暗い眼差しで男は平山を睨む。振りかざす白刃が狙い済ましたように平山を捕らえ‥‥。
「ぐはっ!!」
 その脇から飛び出した阿邪流の薙刀と、太吾の短槍で刺しぬかれる。太吾のはバーニングソードを付与し、威力を高めてある。
 それでもニ撃目となれば通用しない。幾ら力を込めても、相手にはもはや微塵も通用しないただの鉄塊と成り果ててしまう。
「一旦、離れるのじゃ。――凪風!!」
「了解! さっそく行くよ!!」
 賊の狂ったように振るった刀を避け、皆が大きく飛び退く。風小生の返答が届くや否や、横殴りの稲妻が一直線に賊を打った。
 傷を深める男。だが、それにしても続いての同じ魔法は利かず。
 斬りこむ人斬りの乱撃に平山は防戦一方。仕掛けても傷つかない相手に攻めあぐねているようだ。
 男の技量は確かだが、いかんせん、数の上ではこちらが有利。囲んでしまえば攻撃の調子も乱せるし、逃亡も阻止は出来よう。だが、こちらは攻め込んでも相手を傷つける事は出来ない。双方共に決定打にかけ、時間だけが流れる。
「これならどうじゃ!!」
 太吾のファイヤーバードを唱えると空を飛び回る。それもすぐに傷は付けられなくなったが、体当たりの衝撃とそれまでの蓄積した傷の痛みからか、男がふらりと足をもたつかせた。
「何故‥‥。何故、邪魔をする!? お前たちは関係ない!! そいつらはなぁ‥‥山道で怪我をして助けを求めた俺の女房と子供を、戦場に馳せるのが遅れるからと斬って捨てたような奴らなんだぞ!!」
「三河軍の話か。‥‥一緒にされても困るな」
 油断無く身構えながらも、男が冒険者たちに向かって訴える。それを聞いた平山が眉を顰めると、男は怒りの眼差しで睨みつけた。
「源徳に仕える奴らなんて皆同じだ!! 俺が訴えても、雌雄を決する戦場の方が大事とか抜かしやがって!!」
 血を吐くような男の叫び。思う事様々に、冒険者たちは男を見遣る。
「あくまでそいつの味方をするというなら! お前たちも始末するまで!!」
 そんな冒険者たちを睨みつけると、男は刀を持つ手に力をこめる。怨みを力に変えて、男は走りかけようとした。
「!!」
 しかし、その足が動かない。見れば両足が石へと変化していた。
「それでも‥‥もう終わりにしましょう」
 静かな声が降り注ぐ。リオーレだった。
「あなたが斬った相手にも家族は居ます。怒りの矛先を間違ったのです」
 憂いの声で彼女は訴える。男はもがき足掻いて石化から抜けでんとするが、一度始まった石化は止まらない。
「傷つかない理由はもう分かってます。対策として他の武器も用意してきました。それ以前にもう動けないでしょうけど。あなたの背後にいるデビルにも‥‥きっと償いはさせますから」
 唱えたストーンが、男の身を緩やかに固めていく。
「畜生! ちくしょおおおおおお!!」
 一同が見守る中、怨嗟の声だけが、いつまでもいつまでも響いていた。

「こんな所にいたか」
 屋根の上。冒険者たちと人斬りの騒動を眺めている者がいた。褐色の肌に筋骨逞しいその男は、闇の中では大柄なジャイアントとも見えた。
 が、そうではない。デティクトアンデットが通常の生命の持ち主で無い事を知らせているし、何より手の中にある石の中の蝶は激しく羽ばたいている。
「ネルガルではないようだが。何だ、お前は」
「それはこっちの台詞だ。坊主でもなさそうだがな」
 ナノックの問いかけに、相手も居丈高に問い返してくる。
「どうやら、あいつはこれ以上無理そうだな。しょうがねぇ‥‥。なぁ、あんたいい目してるよ。俺と契約してみないか?」
「ふざけた事を!!」
 ナノックが聖槍・マルテを構えると、男に向かって突き立てる。魔法効果もある得物は人外の相手も容易く切り裂く。
「てめぇ! やりやがったな!!」
 いきり立った男が印を組む構えを見せる。そうはさせじとナノックが素早く刃を繰り出す。精神系の魔法もさる事ながら、エボリューションでも唱えられたら一気に戦況は膠着する。予備の魔法武器は持っている。が、荷物にしまってあるのでは、取り出してる間に逃げられてしまう。
 重さを加味した一撃はしかし、相手が抜いた刀で受け止めた。
 変わって男の方が刀を振るうも、ナノックは急所を避けて威力を落とす。レジストデビルも併用してほとんど傷はない。
 動きは相手の方がやや上手。だが、それも突然枷がついたように落ちてしまう。
「本日ニ回目ののろのろこ〜せん成功ー。でもやっぱり抵抗きついね」
 テリーの高速詠唱アグライベイション。詠唱短縮できるのはいいが、魔力を多く消費するのもまた難点。さすがはデビルというべきか、なかなかかからず、残りの力はわずかである。
 好機とばかりに打ち合う事さらに幾ばくか。人斬りとの決着をつけた他の者たちもまた騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきた。
「羅刹‥‥ですか?」
 姿を認めて、リオーレが正体を口にする。だが、羅刹の方はといえばやはりそれに答えず、増えた面々を苦々しく見つめている。
「ちっ。遊びが過ぎたか」
 小さく舌打。距離を取るや、空へと飛翔する。飛ばれてしまっては、地を這う面々では早々追いつけない。
「逃がすのも何だしねぇ」
 だが、そこに高速で風小生が魔法を打ち出す。怯んだ隙に太吾がファイヤーバードで体当たり、再び地面へと押し返す。
 多勢に無勢。加えて人斬りへの同情もあり、加える手にも力が篭る。
 人斬りをたぶらかし、悪しき道へとそそのかしたる者。その身が霧散し、闇へと還るまでさほどの時間は有しなかった。

 そして。石化した男の身は新撰組へと運ばれ、解呪された。背景はどうあれ、源徳派の武士を殺めてまわったのは彼の意思でもある。
 明白な罪の元、男は源徳への恨みをはきながら処罰され、その命を終えた。