光を逃れて鴨を捕れ

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月27日〜08月01日

リプレイ公開日:2006年08月04日

●オープニング

 連日の大雨は、梅雨の因果といえども気の滅入るばかりで。降ってくれねば夏の最中に水が足りぬと嘆かねばならないが、それでも程ほどにしてくれないかと思い数日。
 ようやく上がった雨に、ほっと一息してその男は農作業へと向かったのだが‥‥。
「檻が壊れてる〜!! 柵まで!?」
 田んぼの虫取り草むしり、防犯、卵や肉など食料としてとか。いろんな目的を兼ねて男は鴨を十羽ほど買っていたが、その鳥小屋がものの見事に壊れている。
 突風で折れたか、太い枝が鳥小屋を直撃。薄い壁には大穴が開き、中で飼ってた鳥たちの姿は一羽も無い。野犬防止で囲っていた柵も一部が倒れ、出入りは自在。
 辺りを見ても鴨たちの姿は無く。どこか遠くに泳いだか、野の獣に食われたか。逃げてしまったものはもはやどうにもなるまいと諦めかけたのだが‥‥。
「おーい、社の湖で泳いでるの。お前さんとこの鴨じゃねか?」
「何ですと!?」
 通りがかった御近所さんの暢気な声に男は飛び上がる。
 急いで向かった村近くにある森の中。ひっそりと祀られた神社の更にその奥、とても大きな湖がある。連日の雨で水は濁って水嵩も増し、いつも以上に巨大な水溜りとなっていた。
 その中を悠々と泳ぐ鳥たちの群れ。
「皆!! 無事だったんだ!!」
 さすがは飼い主。その中に、よくよく見知った自分の鴨たちを見つけて、喜び勇んで駆け寄ろうとしたのだが‥‥。
(「‥‥。しまった」)
 湖にかけつくよりも早く、ある一つの事を思い出して男は冷や汗たらりと身を固まらせる。
 ここは神域。聖なる地域。あるものがここに集う為、それを敬い尊ぶ為に神社を作り、村人たちは不可侵を心がけてきた。
 その存在はといえば。
「うわっ」
 陽色の光線が足元を焼く。明らかに自然現象で無いそれは、ここに集う者たちの仕業だった。
 戸惑う男の周囲に、そいつらは群れ集う。掌に乗るぐらい小さな光の球体。巨大な蛍のようにも思えるが、単なる光でありけして虫ではない。
 それに、
『人間、何しに来た』
 思念による会話は通常の存在でもない。陽の精霊・燐光と、知識のある者なら分かるだろう。
 毎年、夏の時期になると、燐光たちはこの森に姿を見せた。天候をも操作するこの小さな精霊を村人は恐れ敬い、祠を建て、彼らが出るこの時期は近寄らないようにしていた。
 というのも、燐光という精霊。性格は実に勝手気まま。その上、ここに来る燐光たちはと言えば‥‥
「あそこの湖にいる鴨は、俺の飼ってる鴨なんだ。邪魔はしないから、彼らを家に連れ帰らせてくれないか!?」
『駄目。人間うるさい。人間邪魔。すぐに出てけ』
 と、どういう訳か人間嫌い。なので、余計にこの時期誰も森に近付かない。
 一応会話は出来るが、返って来る答えは出て行けの一辺倒。挙句の果てには、
『帰らないなら、こうだもん!!』
 すねたような怒ったような思念。と同時、頭上からぼたぼたと長い物が降ってくる。
 ぐにゃりと曲がるしなやかな体。三角の頭に鋭い牙を出し、二股に割れた舌をちろりと出しながら威嚇してくる。
「ま、蝮!」
 誰もが知ってる毒蛇。咬まれたら勿論命が危うい。
『やっちゃえー♪』
 燐光の声に答えて、蝮が大きく口を開ける。転ぶように男がその場から逃げ出しても、それは無理からぬ事だ。

「逃げた鴨たちも、いなくなったものと思えばいいのかもしれませんけど‥‥。でも、いるのが分かってて放っておくのもまた違う気がしますし、あんな蛇だらけの場所にいては卵だってすぐに飲まれるし、あいつらだって何時食われるものだか‥‥。何よりあいつらがいないと田んぼの草抜きやらが大変なんです」
 なので、連れ帰してきてほしいと、男は冒険者ギルドで訴える。
「ただし、燐光たちを怒らせないようにして下さい」
 陽魔法に通じ、天候を操作できる彼らは大事な大事な守り神‥‥というより祟り神。
 迂闊に手を出せば、スネークチャームで魅了した蛇たちを操って身を護り、時には攻撃にも出る。
 何より怖いのは天候操作のウェザーコントロール。夏の日照の過不足は、農作物にとって致命的。
 下手に怒らせてずっと雨とか、ずっと曇りとか、ずっと晴れとかにされてしまうと、男が村から恨まれてしまう。
「なんで、燐光たちを怒らせる事無く、鴨を連れ帰ってきてください」
 なかなか難しいお願いだけど。冒険者なら何とかなるよね?

●今回の参加者

 ea0425 ユーディス・レクベル(33歳・♀・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3318 阿阪 慎之介(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「燐光のへそ曲げずかぁ‥‥難しいなぁ」
「そんな事言わずにお願いしますよぉ。大事な鴨なんですから」
「ごめんなさい。やらないって事じゃないんだよ。現にちゃーんと用意はしてきてるんだからね」
 難色を示すユーディス・レクベル(ea0425)をどう捕らえたか。依頼人が慌てて両手合わせて拝み倒してくる。それに慌ててユーディスは否定を入れると、持ってきた籠や縄などを広げてみせる。
 籠は捕まえた鴨たちを再び逃走しないよう捕まえておく為。縄ももちろん鴨を括る為のもの。おびき寄せる餌も揃っている。
 森に迷い込んだ鴨たち十羽を連れて帰る。目的はたかだかその程度の依頼でしかない訳だが。
 その森が妙に難物。そこにいる燐光は人が近付くのを良しとせず、また巣食う蝮たちが自然に人の足を遠ざける。
 鴨がいるという湖は森の中。燐光たちの警備の目――といってもどこでどう知覚してるのか――を潜り抜けねばならない。よくそんな森の中に鴨たちは入っていけたもんだと、感心したくなる。
「誰かが囮になって燐光らの注意を惹きつけ、その間に誰かが鴨を回収する、という事でいいですか?」
 思案して告げる雨宮零(ea9527)に、一同は賛成の意を唱える。
「それじゃ、うちが時間を稼いでる間に他の者がという事でええじゃろか」
「僕も惹き付ける側に回りますね」
 声を上げた枡楓(ea0696)に、零も小さく手を上げる。
「とすると、回収は私と飼い主さんだね。二対ニで丁度いいかな?」
「えええええええ?!」
 指差し確認。納得して告げたユーディスだったが、盛大な声が横から降って被る。その飼い主である。
「そそそ、そんな事聞いてませんよ」
「餌を撒く以外に鴨がよって来てくれるかもしれないからね。でも、怖いなら強制しないけど‥‥」
「いえ、行きます!!」
「どっちじゃ?」
 青褪めた顔に言外に止めとくか? と進めたユーディスだが、意外にも依頼人はやる気を見せている。
「俺の飼ってた鴨たちなんだ!! 俺が救わんでどうする!」
「足、震えてますけど」
「武者震い!」
「そうかのう〜?」
 拳握って奮起している依頼人。だが、言動とは裏腹、正直な体に楓は首を傾げるばかり。
「何にせよ。ちゃんと対策は立ててきてるし。やる気あるんなら、よろしく頼むね」
 笑顔を見せるユーディスに、依頼人も了承の笑みを浮かべて頷く。必死さで顔が引き攣っていたけれども。
 
 森は静寂に包まれ。宙では巨大な蛍のように燐光が飛んだり、木に止まったりしている。のどかな光景ではあるが、目を凝らせばそこかしこで草が音を立てて揺れ、幹に長い物が巻き付き這い上がる。
 ぞっと背筋を寒くながら解毒薬の携帯を確認する零。それ以外にも荷物にも幾つか用意してあるので、大丈夫だろう。何より、迷ってる暇も無い。
 そう結論つけると、零は彼らを崇め奉る祠の前に立つ。大きく息を吸い込むと呼子笛を盛大に吹き鳴らした。
 森中に響くような甲高い音に、燐光たちの反応は早かった。驚いたのかぐるぐると目まぐるしくあちこちと飛び交い、やがて零に気付くと大挙して押しかけてきた。
『こらー! 人間、何しに来た!! うるさいじゃないかーー!!』
  『入っちゃ駄目ー!! すぐに帰れー』
 『帰れ、帰れー』   『でないと怖いぞー』
 口々に言い合い、その声で何を言ってるのか分からなくなる程。放つ光も激しさを増し、かなり怒ってるようだ。 
「あの、ぼ‥‥いえ、私は、聞きたい事があってきたんです」
 性別を間違えられる外見を利用して、女の子のふりをする零。仕草を真似、声色も変えて尋ねると、燐光たちは一斉に言葉を止めた。
「皆さんは、どうして人間が嫌いなんですか?」
 気を惹く話題であると同時に、純粋に疑問でもある。
『人間うるさい』
 ぽつりと、一体の燐光がそう話す。
『ここ、僕らの領地』
 『仲間じゃないモノ。いらない』
『人間乱暴』『余計な事ばかりする』『目障りー』
 『帰れ、帰れー』
 それを皮切りに口々と不満を告げていく。だが、すぐに意見は一つに纏まり、帰れ帰れの大合唱。
「あのですね。もう少し話を」
『帰らないなら、こうだぞーー!!』
 宥めようとするも、効果無し。どころか、足元でがさりと草が鳴る。
 とっさに足を引っ込める。その足があった場所、蝮が虚しく空を咬んだ。
『帰れ帰れー』
 『人間、出て行けー』
 騒がしくなっていく周囲。足元では蝮の群れが鎌首を上げて、今にも襲い掛からんと目を輝かせて零は見つめる。
 これ以上の長居は却って良くない。相手を脅かさないよう、笑みを見せながら零はひとまずその場から去った。

 零とはまた別の場所から、楓は燐光たちに接触を計る。呼子笛の音に惹かれて大半の燐光たちはそちらに向かい、楓の周囲にはほとんど誰もいない。
(「これなら案外、簡単に終わるかも知れんのぉ」)
 楽観的にそう考えたが、やはりそうはいかなかった。
『こら! そこで何をしてる!!』 
 誤って蛇を踏まぬよう注意しながら、森の中へと踏み込んでいくと、幾らもしない内に、数体の燐光が行く手を阻む。
「わー、燐光だー」
 途端に楓は目を輝かせて凝視する。両手を合わせて笑みを見せ、感激の表情を作る。
 こちらはこちらで、外見を生かして子供のふりを。無い胸だって役に立つ。
『人間、出て行け! ここに入っちゃ駄目!!』
「ねぇ、どうして浮いてるなの? どうしてどうして?」
 警告の声が響くが、それを無視して楓は質問を投げかける。
 途端に沈黙。
『どうして浮いてるの?』
『さあ?』
『しーらない』
 人間だったら顔を見合わせて首傾げ、といった所だろうか。光の塊でしかない彼らはただくるくると飛び交うだけだったが。
「ふーん。じゃあねぇ、どうして光ってるなの?」
 疑問の答えは二の次で。好奇心を装って、次の質問を尋ねる。結果は先と同じだった。ただ困惑して燐光たちは舞い踊るだけ。 
「ねぇ、どうして声が聞こえるなの?」
「ねぇ、どうして周りが見えるの?」
「ねぇ、どうし‥‥」
『うーるーさーいーーーー!!』
 質問攻めに苛立って、燐光が声を荒げる。それから金色の光に包まれるや、いきなり激しく発光した。
 とっさに目を伏せる楓。途端に、体に激しく何かがぶつかりよろめく。何かと思って手で影作って確認すれば、燐光たちが激しく体を叩いてくる。 
 攻撃というより押しのける感じ。なので、痛みはほとんど無いが、それでも力は十分。押されてよろけてしまう。
『うるさいの、出てけー』
『静かにしろー』
『邪魔邪魔じゃまー』
「いや、しかし、まだまだ聞きたい事があるんじゃなの」
 が、これ以上は話が通じようも無く。仕方なく、後にする。 

「よし、まずは私が行くから、後から気をつけて付いてきて」
 二人の方に燐光が行ったのを見計らい。ユーディスが促すと、緊張で強張った顔をした依頼人がぎくしゃくと頷く。
「だだだ、大丈夫ですよね。咬まれたりしたら危ないんですよね」
「だから、私が先に行くんだよ。これの使い方も分かったよね?」
 依頼人が握り締めている物を、ユーディスが指す。
 気配を消せるよう貸し出した隠身の勾玉。不安なのか、潰さんばかりにしっかりと握り締めている。
 隠身の勾玉を作動させたのを確認すると、ユーディスがまず森に入る。
 忍び足にかけては達人技。余計な音など立てぬよう、注意深く森を進む。見つけた蛇は手にした杖に巻きつけひとまず退散へ。そうやって慎重に歩を重ね、その後を依頼人が付いて来ている‥‥はずだった。
「わーーー!!」
 突如後方から上がった悲鳴に、とっさに身を隠す。
 木の陰から覗いてみれば、数体の燐光が依頼人を取り囲んでいた。気配を消しても、所詮は素人の付け焼刃。あっさり見付かってしまっていた。
『変なの持ってるし。こそこそとしていて怪しい』
『怪しい、怪しい』
 擬人化して言えば、訝りの目で依頼人を見ている燐光たち。特に手の中の勾玉に、不審の眼差しが集中している。
「いえ、これはそのですねー。皆様に危害を加えるものではありませんで」
 低姿勢になって依頼人が燐光に弁解を述べる。
 助けに入るべきか。迷ったが、そもの目的は鴨を取り戻す事。
(「ここは可愛い鴨たちの為、しばらく犠牲になって頂戴」)
 こっそりと手を合わせると、先を急ぐ事にする。燐光たちも即攻撃するような真似はしない。何とかなるだろう。
 湖岸まではさほどの距離も無く。広い湖の上では鴨たちが群がって気持ちよさそうに泳いでいた。
 その数を数え、揃っているのを確認すると、さっそく用意した餌を撒く。
 そもは飼い鳥。野生の暮らしはつらかったのか、我先にと争うように近付いてきた。餌をついばむ鴨を一羽一羽丁寧に捕まえ、風呂敷代わりに法衣を広げると、騒がないようそれに包み込む。
『こらー、そこで何をやっている!!』
「ごめんなさーい。何でもないよぉ〜」
 ふらり現れた燐光に見付かり、ユーディスは即座に踵を返す。
 無用な戦闘は避けるべく、ここはひとまず戦略的撤退。両脇に鴨を抱えてスタコラサッと、来た時の半分程の時間で森の外へと脱出していった。

 依頼人が早々と脱落したせいもあるが、さすがにユーディスだけで一度に連れてこれる数では無く。どうしても数回は往復せざるを得ない。後になるほど、燐光も警戒していたが、それでも何とかすべての鴨を回収する。
 壊れた柵や小屋も直され、今は悠々と鴨たちは依頼人の田んぼで遊ぶ。怪我をしたり体調を崩していたモノもなく、一安心だ。
「ありがとう。これで、農作業がようやっと楽に進むよ」
 心底ほっとした表情で依頼人が告げる。その彼に別れを告げて、一同は京へと戻った。