●リプレイ本文
チチ チュンチュンチュン
チチチチ チュン チチ チュンチュン
村のあちこちに見かける茶色の小鳥。町中でも良く見かけるその鳥は、確かにたいした数が飛来している。道を歩くと、警戒してか両足揃えてちょんちょんと移動し、尚しつこく追っかけてみるとようやく飛び立つ。
一羽が飛ぶと、つられた周囲も一斉に飛び立つ。どこに隠れてたかと思うぐらいの数で、しばし唖然と冒険者たちはその姿を見つめた。
そんな冒険者たちを、小鳥たちはさほど遠くまで逃げず、木の陰や屋根の上に留まると「早くいなくなってくれないかなー」とでも言いたげにじーっと見つめていた。
「全くもってこの有様でして‥‥」
村を案内していた村民はがっくりと肩を落とす。
「確かにこれはたいへんでしょうね」
目を丸くしながらもサン・ウイング(ea6925)はしみじみと頷く。その隣で弟のアーク・ウイング(ea3055)はと言えば、何だか腑に落ちないと言った不可思議そうな目で姉を見つめていた。
小鳥は丸い雀たち。稲穂が垂れ下がる広大な田んぼでは村人たちがほぼ総出で雀狩りに追われている。本来は臆病で警戒心の強い鳥だ。棒を振り回して追いかければあっという間に散り散りに逃げる。それでもちょっと油断した隙にチュチュンと田に舞い戻ってきては、ちょんちょんと米を食まれていたり‥‥。
「どうにもこの調子で。あともうじきしたら刈り入れも出来ますので、よろしくお願いします」
「僧侶の身としては悩む所やけど‥‥。供養と言う事で力を尽くさせてもらいやす」
弱りきった村民に頭を下げられ、ニキ・ラージャンヌ(ea1956)も迷いを捨てて応じる。
ま、困った衆生を救うのも僧侶の役目だろう。
程よい広場に当たりをつけると由加紀(ea3535)は穀物くずをばら撒く。畑の周りに〜、と言う事だったが、穀物くずついでに農作物をつつかれるのも困ると言う事でちょっと場所は離れ気味。撒いた穀物はニキの提案で一晩酒に付けられている。何でも、雀が酔っ払ってそこを熊手などでかき集められるようになるとか。
「雀や、雀。こーいこい」
ばらばらと辺りに餌撒くニキと紀。撒き始めてしばしもせぬ内に、突付きにやってくる雀の群れはあっという間に広場を埋めた。
「うーん。何度見てもすごい数やね」
「たくさん取れたらガマにもあげられるから大丈夫‥‥。でも、料理は任せるよ。あたしが手を出すと食べれなくなりそうだし」
「羽むしりくらいは手伝ってな〜。どう考えても手間かかって大変やし」
張り付いた笑顔で冷や汗たらりと流すニキに、紀は努力はしようと頷く。
穀物くずを上手く撒いて木の周りに雀を誘導。雀がこつこつと餌に釣られて近寄るのを、木の上で紀は待ち構える。
(「さて、うまくいくかな?」)
十分な数が近付いたのを見て、紀は雀たちへと網を被せる。ばさり、と落ちた網に群れていた雀は見事絡み取られる。
が、
「む。なかなか上手くいかないもんだな」
田んぼの方でも草薙闇慈(ea3349)が寄って来る雀相手に網を投げかけていた。
網はギルド経由で何とか都合付いたものの、思った程には雀が取れない。投網というのはなかなか難しく、扱いなれないと網が綺麗に広がらないのだ。餌を撒いてついでに酒で酔わしている分、紀の方が楽に取れているのだが、逃げた雀もかなりの数で。
「冒険者としての初仕事が雀退治。未熟者で仕方ないと思っていたが‥‥。しかし、全力を尽くすだけだ」
上手く使えないだけで全く使えない訳で無し。とにかく出来る事をやるのみ。取れた分が逃げないよう、闇慈は短刀で息の根を止める。
紀の方も、取りこぼした雀を大ガマの術で作り出した大ガマが対処している。ただ、紀自身が行動しながら大ガマを操るのは難しく、網を投げるのに一生懸命になっていると止まった大ガマが雀の宿り場にされてたりもしたが。
ミハイル・ベルベイン(ea6216)は他の冒険者の邪魔をせぬような、そんな彼らとはさらに離れた場所にいた。身を潜ませて雀が来るのを待ち、縄ひょうを用いて一羽一羽丁寧にしとめていく。逃げられる事もしばしあったが、それでも確実にその数を増やしていき‥‥
「サンレーザー!!」
「ライトニングサンダーボルト!!」
聞こえてきたのはサンとアークの声。姉弟揃って唱えた魔法は、それぞれ陽の光線と雷光となって雀を撃った。魔法は、空を飛ぼうと関係なく雀を捕えて撃ち落とす。
が、派手な陽の光線と雷光・雷音に驚いた他の雀たちは一気に空へと羽ばたき、遠くへと逃げていった。
「‥‥‥‥おーい」
対象を失ってむなしく縄ひょうが土に下がり、思わずぼやくミハイル。
「あ、やっぱり焦げましたね」
「まぁ、数を減らす事が最優先すべきじゃないかな?」
「‥‥その減らすべき雀がいなくなったと思うけどな」
しとめた雀を検分していたサンとアーク。撃った雀はまだまだ動けるようだったが、捕まえるのは訳無かった。呑気にそんな事言い合う姉弟に、アークは周囲を見回してほんの少しだけ頭を抑えた。
あれ程の雀がどこに行ったのやら。久方ぶりに村から鳥の声が消えていた。そうとう攻撃が恐かったと見える。
「あ。雀避けにお二人に魔法をかけていただいたら‥‥」
「「いや、それはちょっと」」
ぽん、と手を打ち妙案を告げる村人に、さすがの二人も苦笑いで手を振る。魔法も上限があるので、そうそう乱発は出来ない。
「どのみち、これだけの雀をすべて消す前にこちらの魔法が尽きそうですしね。いいです、私たちは巣を探してきますね。さ、行きましょう♪」
言うが早いか、サンはアークの手を取るとそのまま仲良く手を繋いで‥‥、というか、困惑気味のアークがやや引かれぎみになって雀の巣探しへと出かけた。
二人が去っても雀はすぐには戻ってこない。このまま恐れを為して(?)近付かなくなればいいのに、などと話している矢先に、雀の姿が一羽二羽五羽十羽三十羽‥‥。
「意外に面倒な話だな」
咥えた小枝を不愉快そうに上下させ、闇慈が舞い戻ってきた雀を見遣る。じっとしていると無害と思われるのか、結構傍まで寄って来る。
「やはり地道にしとめて行くしか無いだろう」
静かに吐息をつくと、ミハイルは気を取り直して縄ひょうを構えた。
雀の巣探しも出かけた姉弟だが、そちらもなかなか大変だった。
何せ村人達も目立つ物は撤去している。ので、村人が見落とした巣を捜し歩かねばならない。雛も巣立っている時期なので、そも巣を撤去してもどれだけ効果あるかは疑問だったが、まぁ、やらないよりマシというもの。
『ねぇ、サン姉ぇ? 前から聞きたかったけど、どうしてこの国に来たの?』
サンが見つけた巣を外している間、食事に使う薪を拾っていたアーク。これがいい機会だとばかりにアークは常々の疑問を尋ねてみた。
辺りに人気は無いし、姉は自分ほどジャパン語に精通してはいない。そもそも二人だけの会話にわざわざ外国語を使用する必要も無い、という訳でゲルマン語で話しかけていた。
『? やーね。アークが心配だったに決まってるでしょう』
ゲルマン語で聞かれたので、サンも同じ言語で返す。当然とばかりの答え方に、アークは少々口を尖らせた。
『サン姉に心配される程、弱くはないよ』
『そうかもね。でも、本当に大丈夫だとしても、弟を心配するのが姉ってものでしょう?』
にっこりと微笑むサン。その笑みは嘘偽りなど無く、いたわり慈しむ聖母のような‥‥。
だが、その笑みを向けられてもアークはふいっと目を外した。怒った訳でなく、素直な姉の優しさに思わず照れたのだ。
照れ隠しで薪を抱えてとっとと先に進もうとするアーク。サンは怒りもせずににこやかな笑みのまま、アークの隣に並ぶと、彼の頭を撫でた。
黄昏時にカラスが鳴くと、あれ程いた雀が嘘のようにいなくなっている。
「ようやく終わりか‥‥」
長くつらい戦いを終えてミハイルは深々とため息をついた。途中、休憩を入れはしたが、なっかなか減らない雀に延々と繰り返される作業。投げを繰り返していた右腕と左腕とでは長さに差が出来るのではないかと思う程。
なまじ危険が無い単純作業は、魑魅魍魎や悪党とやりあった時とはまた別の疲労がどっと出てくる。
「休んでばかりはおられへんで。はよ下ごしらえせな、鮮度が落ちてまうやん」
ここからが本番とばかりに、ニキは他の者をせっつく。獲ってる最中でも村の女たちが仕事合間に雀の処理をしてくれていたが、まだまだ数は残っている。本当に手伝ってもらわねば夕食がただただ遅れるばかり。
羽根をむしって足を落とし、内蔵を取って脳を分ける。
「お腹壊してもいけませんから、もも肉だけにしません?」
「そやったらほとんど食べへんのと同じやて」
苦笑するニキに、サンも素直に納得してそれ以上は言わない。
元々が小さな鳥だ。羽根をむしるとさらに小ささが目立つ。ももだけとなると指の先程もあるかどうか。
「まぁ、任しとき。獲ったからには残さず食べるんが礼儀ってもんや。小さいから姿焼きみたいになるやろけど、そこは工夫してみるし」
「ああ、そっちは任せる。まだ手伝える事があれば言ってくれ」
南無南無と雀たちに手を合わせてから調理に取り掛かったニキに闇慈はそう申し出る。もっとも、調理に入ってしまえば、心得の無い闇慈には手伝える事などさほど無い。素直に闇慈は黙って火の番をしながら残る羽根むしりを続ける。
その隣では、アークが獲ってきた魚をサンが危なげな手つきで切り身にして火であぶり、紀は料理が出来上がるのをじーーーーーーーーーーーっと見続けていた。
やがて料理も完成し、品々が並べられる。
「さっきも言うたけど。残さず食べるんが供養ってもんや。ちゃんとありがたくいただかなあかんで」
「分かってる。‥‥それではいただきます」
滔々と語るニキに、紀は頷くとしっかりと手を合わせる。
姿が残っていては食べにくい人もいるだろうと、すりつぶして団子にしたり、そぼろにしたりと、ニキは色々な工夫をしている。魚料理もあるし、村の食事としてはかなり豪勢な夕餉となった。
「これで後、酒かせめて茶でも用意しておけばよかったかな」
汁物もあったが、やはりそれだけでは寂しい。料理に舌鼓を打ちつつも、闇慈は残念と呟いたが、
「いやですねぇ。茶ぐらいなら用意させてもらいますよ。安い茶葉ですけどどうぞ」
「酒もあるさぁな。村に来たなら歓迎会だが」
苦笑する村の女性が闇慈に杯を渡すと、それに茶が注がれる前に現われた男が酒を注ぎ込む。かなり乱暴な呑み方だが、どうやら男の方はすでに出来上がり始めている模様。少々肩を竦めると、何も言わずに闇慈は杯を飲み干した。
『アークはお酒を飲んだらダメですからね。それよりほら、この料理美味しいですよ』
『あの。それはいいんだけどさ‥‥』
料理を勧めてくれるサンを、アークは困惑しながら見上げる。
その位置はサンの膝の上。仲良い姿に周囲からも賛辞が送られるが、それを喜んでいるのはサンだけで。
(「サン姉は、僕が心配と言うより自分が離れたくなかったんじゃないかな‥‥」)
昼間はサンの言葉に感動してしまったが、どうもこの状況を思えば疑わしく思えてくる。
『‥‥せめて人前ではこういう事はやめて欲しいなー』
ぼそりとアークは呟いてみるも、宴会にまで突入している周囲の熱気とそれに負けないサンの上機嫌さに打ち勝つ事は出来ず。
結局、依頼成立期日までアークはずっとサンの膝の上で食事をするハメになっていた。
村に群がる雀たち。その数が、確かに減って村人たちだけでも対処できるようになるまで、さらに数日を費やした。後何日もすれば田の稲は刈り取られ、さらに幾つかの過程を経、やがては江戸の街へも新米が流通する事だろう。
無事に依頼を終える冒険者たち。村人たちは感謝を述べると、にこやかな笑顔で彼らを送り出していた。