【悪の裏の悪】 熊鬼の行方

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月29日〜08月03日

リプレイ公開日:2006年08月06日

●オープニング

 ――裏切り者に報復を‥‥。
 降りしきる雨の中、暗く冷たいその声を聞いた。夜の闇と合わせて姿は見えず。ただ女の声とだけ聞いた。
 影は他にもあったが、よくは見えなかった。彼らは衣服を剥ぎ取ると、ゆるりと人目も気にせずに遠ざかっていった。
 それが、見回りの最中だった、とある京都見廻組たちの殺害時での目撃証言である。

 そして、数日後。京の都に熊鬼が出るという話がそこかしこで出るようになった。
 鬼など京では珍しくも無い話。熊鬼もまた、そう珍しい存在でもない。
 だが、その鬼はいささか変わった格好をしていた。
「何でも、そいつは京都見廻組の隊服を着ていたそうな」
 鬼が自分で用意したとは思えない。そも、自分で何かを作るという頭に欠ける奴らはもっぱら略奪によって糧を得ている。
 見廻組の隊服もそうやって奪われたものかと思われたのだが‥‥。
「そういえば、隊士の誰かが熊鬼を連れてるのを見た事がある」
 ふとそんな事を漏らす者が一人、二人と出始めて。いくつかの証言が集まればそれは確証に変わる。
「では、見廻組が鬼を連れ歩いているのか? 何の為に」
「襲われた者もいるそうだぞ。それも見廻組が指示していたというのか?」
「もしや、朝廷は鬼と手を組み、俺らを見殺しにするつもりか?」
「‥‥ありえなくないな。お貴族方はわしら下々のことなぞ、便利な使い捨ての道具ぐらいしか考えて無いもんだ」
 噂は噂を呼び、憶測はやがて不穏な疑念へと変わる。
 不審の目が、集まりつつあった。

「銀がそんな事する訳ないじゃん!!」
 見廻組の役所にて、声を張り上げて抗議するのは坂田金時。
 銀とは彼の弟分である銀次郎の事であり、熊鬼である。見廻組に関わる熊鬼といえば銀次郎しかおらず。おかげで、組の中でも銀次郎と、その周りの人たちを不審がる者も少なくなかった。
「そうですね。それに、どうやら証言からして隊服を着た熊鬼は複数いるようですから」
「だったら!」
 答えたのは同じく見廻組の碓井貞光。あっさりと告げる彼に、金時は即座に声を上げる。
「だからといって。見廻組に熊鬼はいないのかと問われて、いませんときっぱり答える事は出来ますか?」
 冷淡に告げる貞光に、金時は喉を詰まらせる。
「確かに銀次郎はそういう事をする鬼ではありません。が、多くの者にとってそんな個々の性格よりも鬼である脅威の方が重要なのです。我々が鬼とかかわっていると言う事実。これがどれだけ人々の不審を煽るか、今回で分かったでしょう。‥‥まぁ、こちらにも少々関わらせすぎた落ち度はありますけどね。しかし、ここいらが潮時でしょう」
「潮時って?」
「銀には京から出てもらう」
「!」
 目を丸くする金時に、渡辺綱が低く告げる。
「京都の不穏な気配は今だ晴れず。むしろ、留まっていれば銀自身によくない」
 人を殺せば違法だが、鬼を殺せば英雄だ。恐怖に駆られた都人たちが、銀次郎を追ってもそれは仕方が無いし、むしろ庇い立てする方が妙な目で見られる。
「それに、今回の件。何故、わざわざ『熊鬼』が『見廻組』の格好をしてると思う」
「‥‥挑発? けど、誰が何の為に!?」
 はっと顔をあげる金時に、綱が頷く。
「さあな。それにその対象は見廻組に対してなのか。それとも」
「銀に対してか‥‥。あるいは両方って可能性もあるんかー」
 嫌そうに顔を顰める金時。ややこしい事態をようやく飲み込めて、がりがりと頭を掻く。
「俺たちだって銀には世話になったしな。お前だって、これ以上ややこしい事には巻き込みたくないだろう? 郷里に帰って余生をのんびり過ごす方が銀の為だって」
 慰めるように肩を叩く占部季武。俯いて金時は歯を食いしばっていたが、 
「分かった。銀にそう話してくる‥‥」
 がっくりと肩を落として、意気消沈のまま役所を後にした。

 それから数刻後。

「銀がいなくなったーーーーっっ!!」
 血相変えて役所の扉を蹴破ってきたのは、その金時だった。
「都を騒がす熊鬼の話が耳に入ったみたいで。そいつらを見つけてくるってこんな書置きがあ!!」
「単なる手形にしか見えないが‥‥‥‥」
 ひらりと見せた布切れ。居並ぶ見廻組たちは、そこに押された墨の跡をまじまじと見つめるが、どう見ても意味のある物には見えない。
「何で!? この苦悩に満ちつつも何かの決意に満ちた表現を理解できないなんて!!」
「そんなテレパシー文章。理解できるのはキミぐらいです」
「とにかく!! うろつく鬼の目的が不明な以上、このままじゃ銀が危ないじゃん!! という訳で、急いで銀を探してくる!!」
 言うが早いか飛び出す金時。
「やれやれ、忙しないです。彼一人でどうこうできると限りませんのに。‥‥という訳で、何人か協力してやってくれませんか? 手が足らぬようならギルドにも応援を頼んでみましょう」
 嘆息方々。貞光がお願いを申し出た。

●今回の参加者

 ea5443 杜乃 縁(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1932 バーバラ・ミュー(62歳・♀・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 eb4605 皆本 清音(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb5580 焔 珠樹(25歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

神木 秋緒(ea9150)/ 椥辻 雲母(eb5400

●リプレイ本文

 都の内に入り込み、世を騒がす熊鬼たち。鬼としてはそう珍しい種ではないが、それが都内で暴れていい理由にもならず。加えて、それらが着込んでいるのが見廻組の隊服。
 見廻組と鬼が繋がっているのかという不審の目は日増しに強くなり、疑惑だけが膨らんでいる。
「例え、何と組もうとも。悪事なんておいら達が働くわけ無いじゃーーん! こんなに日夜いっしょけんめい働いてるのにー」
「まぁまぁ、落着きぃな。口に上るんは信用したいちゅう気持ちの表れでもあるんやし」
 市民の声に不満を上げるのは京都見廻組の坂田金時。弟分としている銀次郎が熊鬼なせいもあって、怒りの程はさらに倍増。それを焔珠樹(eb5580)が笑みながら、軽く宥めている。
 珠樹の知人が酒の席にて情報収集すると、やはり鬼と見廻組との癒着ぶりを懸念する声が多数聞かれた。だが、それも不安の現れであり、できれば違うと言って欲しいという裏腹でもあった。
「悪意のある行動にしか思えませんね。一体誰がこんな事を‥‥」
「この間の鬼退治が原因みたいだけど、こんな事になるとはね。とはいえ、銀次郎くんの問題は避けては通れない道ではあったでしょうけれど」
 憂う杜乃縁(ea5443)に、皆本清音(eb4605)が肩を竦める。人の多い都で鬼が暮らすのはいろいろ無理があるだろう。それを理解してないのは金時ぐらい。
「それでもいろいろと尽力して下さった話は聞いております。その功を忘れるというのも出来ますまい。‥‥妹がなにやら悶着起こしたようですけど」
 神木祥風(eb1630)が、何気に目を逸らす。ちなみに京都見廻組に属する妹さんは銀の処遇を巡って他の見廻組と激論交わし。尽力には感謝するが、もはやそれとは別問題と見る者は少なくない。
「しかし、熊鬼が自分で隊服を着込むとは思えませんし、何者かの入れ知恵でしょうか」
「ええ。最初に見廻組の隊服を奪っている件でも、見廻組に対する民衆の信頼を損なう策略のようでもありますし。‥‥単なる鬼の仕業とも思えません」
 あるいは黄泉人かデビルの仕業か。祥風の答えに、告げた宿奈芳純(eb5475)も考え込むが、いずれにせよ、今は答えも出ない。
「そういうことは、とりあえず諸悪の根源見つけて聞き出せばいいじゃん!!」
 苛立ち交じりの金時。口調はけしてよいものではないが、正論ではある。
「銀次郎殿、無事でおるかのぉ」
「無事に決まってるじゃん。おいらの銀は早々やられたりしないもん」
 銀次郎の安否を気遣うバーバラ・ミュー(eb1932)に、金時は頬を膨らませる。まるきり八つ当たりだ。
 
「さて、これまでの情報によれば、熊鬼の出る場所はまちまちじゃの」
 都の地図を広げて、バーバラは印を書き込んでいく。大きな通りに面した箇所が多いようだが、一概にそうとも言えない。
「で、わしの目的は銀次郎殿の無事を確認する事。よって、普段銀次郎がいる場所はどこじゃいな? そこは探す必要はあまり無い」
「何で?」
「自ら消息を絶ったのなら、止められたくない相手が知る場所には可能な限り立ち寄らんじゃろ。で、銀次郎が独自に事件を調べようとするなら、行動範囲はある程度絞れて来るはずじゃ」
「なるほどー。確かに銀いなかったもんなー」
 バーバラの説明に素直に感心する金時。とはいえ、銀次郎の立ち寄り場所は極わずか。この詰め所か、郊外の金時宅か、綱たちの家か。あるいはお使いに市場に出る程度だった。
「熊鬼たちの出る時間は夜。概ね、夜半過ぎ。熊鬼の外見は特徴的で目立ちますし、人目を避ける事を考えれば当然でしょう。笠を被っている事も多いようです」
 祥風の意見に、縁も頷く。 
「昼間の目撃は確かに聞かなかったです。単に昼間はおとなしくしているだけなのかもしれません」
「襲われて助かった人はほとんどいませんでした。ただ、近くを通りかかったなど目撃者はちらほらと。何れも都内に逃げたり、外へと逃げたりとこれもまちまちですが」
 鬼のやり口は単純。目に付いた者を殺す。聞き込めば、その凄惨な現場を目の当たりにして震える者も多く、芳純は痛ましさで胸が痛い。
「都の内に‥‥ですか‥‥。先の乱で人の消えた家屋等もございますし、そこに紛れ込んでいるとなると厄介ですね」
「乱で殺られたって人も勿論、五条の宮に肩入れしてた事を咎められて都落ちした人もおるし。単純に人斬りを恐れて難逃れに地方に出た人もおるさかいな。むしろ空き家に関しては上の方々の住まいの方が多いんとちゃうか? 一般人はむしろ仕事探しとか行き場の無い奴とか集まってくるんやし」
 呟く祥風に、珠樹も頷き地図を示す。
「銀次郎くんも顔を隠すくらいはしてるでしょうね」
 ふと思い当たった清音が嘆息づく。
「ま、匂いばかりは隠しようが無いし。よろしく頼むわよ?」
 清音が傍らの若いダッケルにお願いすると、尻尾を振って見つめ返していた。
「占いによれば、根気よく探せば見つかるという卦が出てます。少なくとも熊鬼たちの情報はそれなりに集まってますから、それを元に探せばきっと見付かるでしょう」
 神秘の水晶を手にして芳純が告げる。
 そして、熊鬼を探して出た以上、銀次郎もその周辺にいる可能性が高い。それが皆の共通した結論であった。

 出る場所や時間を調べ範囲を狭めても、確実にこれと特定もできなかった。
 目撃の多い時間を狙って動くも、なかなか見付からず。見廻りの強化に借り出された冒険者らの中にも気にする者はいたが、そちらもなかなか。
 その日も今日の捜索はこれまでかと戻りかけた時だった。
 清音のダッケルが一声鳴くや、走り出す。
「見つけたの?」
 即座にその後を追いかける。すぐに何かが争う物音が耳に入ってきた。
 よもや、の疑念が胸の内を過ぎる。
 角を曲がってすぐにダッケルは足を止めた。牙を剥いて低く唸り、何かに向かって威嚇している。
 急くように飛び出したその先。目にした光景は、
「銀!!」
 争う五匹の熊鬼たち。外見の違いなど分かりはしない。それでも慣れ親しんだ仲か、金時は声を上げる。
 前進に傷を負い、倒れ伏している。その周りを囲むように、四体の熊鬼が棒を握り締めて立つ。そのどれもが見廻組の隊服を着込んでいる。件の熊鬼たちだった。
 芳純が即座に鳴弦の弓を手にし、掻き鳴らす。弾いた響きは鬼たちの動きを鈍らせる。一定調子に広がると鬼たちが不快そうに顔を歪めた。
「銀次郎くんから離れなさい!」
 そこに、清音がチェーンホイップをしならせる。金属の鎖が振られるとそれから逃れるように、熊鬼たちは大きく退いた。
「銀、しっかりしろよー」
 銀次郎の傷は酷いがまだ息はあるようだ。焦った表情で、金時がリカバーを唱えている。
 その間に攻撃は続く。
 熊鬼が突き出した棒を軽く躱して、バーバラは相手の懐に飛び込む。驚いた熊鬼の顔目がけ、拾った砂を目潰しに投げつけた。
「グォ!?」
 広がる砂に顔を背けるも、細かい砂塵が目を傷つける。目をこすっている熊鬼に向かい、祥風がホーリーを放つも、それは分厚い皮膚にさほどの影響も与えない。
 続け、縁がグラビティーキャノンを放つ。さすがに転倒は免れたが、その毛皮が捲れて軽い傷を作っていた。
 殺られるばかりが熊鬼でもない。棒を握り締めると、風を切るように振り下ろす。
 しかし、振り下ろした先の珠樹は、ただ棒を素通りさせた。ファンタズムである。
 そして、珠樹がシャドゥフィールドを展開する。広がる濃い暗闇に惑う熊鬼達。そのさらに外側から、遠距離の魔法を放つ。瞬く間のうちに一方的な攻めとなり、一体が倒れ、一体が祥風のコアギュレイトに縛られる。残り二体はその闇に乗じて逃げてしまった。
「どうして、こんな事をするのか聴きたいですね。辺りも騒がしくなってきましたし、情報によれば、首謀者らしき女性もいるようですけど?」
 倒れた熊鬼たちに、尋ねる縁。何かあったのか、あちこちから呼子笛の甲高い音が響き渡る。
「そいつ、裏切り者」
 恨みがましく睨みながら、熊鬼は声を漏らす。
「鬼の癖に、人間に味方する。仲間裏切る。だから、」
「周囲の騒動もそのせいですか?」
「あれはまた少し別。詳しくは知らない。ただ、俺達はそいつ探して殺せと、茨木さまから言われた。これ着て人襲えば、きっと来ると言われた」
 告げられた名に、一同がはっと顔色を変える。
「ちょおっと待てぇい!! 茨木ってあの茨木か!!」
 金時が声を荒げるも、答える相手は目から光を失わせて、呼吸を止めていた。

「今回、見廻組の格好した鬼が熊鬼だと聞いて、誰かが自分を呼び出してると思ったです」
 ひとまずは詰め所に戻り、バーバラの入れた茶でも啜りながら、銀次郎は事情を話す。
「だとしたら、多分、前の村の時の件が絡んでると思ったです。あの時、人喰い鬼たちの上に誰かがいたような気配あったですけど、でも、よく分からなかったんで気のせいかと黙ってたですけど。そのせいで、大勢死ぬような目にあったのだとすれば、それは自分にも責任があるです」
「だから、自分で片付けようと思った訳? 無茶よね。自分の腕前もちゃんと把握してなさいよ」 
 嘆息一つ、軽く清音が銀次郎の頭を小突く。
「あなたの事は妹から聞いてます。お一人で背負いこまないで下さい。心配している人はあなたが考えている以上に多いのですよ」
 窘める祥風に、金時始め幾人かが大きく首を縦に振る。それを見て、「すまんです」と銀次郎は巨大な体をさらに小さく丸めた。
「それで、これからどうするのです」
「どうって?」
 芳純の言葉に金時は首を傾げる。
「銀次郎さんの処遇ですよ。渡辺さんたちの仰るように、これ以上銀次郎さんが都に留まるのは御自身にとっても危険という意見には賛成です。しかし、山に帰すと言っても、相手はまだ裏切り者として付け狙うかもしれません。何せ出た名がよりにもよってですから」
 芳純の一言に、場が一気に暗くなる。
 熊鬼から出た名、茨木。比叡山を統べる鬼の首魁・酒呑童子の片腕として茨木童子がいるのは知る人ぞ知る。
「そういう事でしたら、自分、山に帰ろう思います」
 暗い沈黙を破ったのは銀次郎だった。
「見廻組の上層部に掛け合っても無駄です。見廻組は人を守る組織ですから。それで、留まっても危険。帰っても危険なら。せめて御迷惑かからん方を選ぼう思います。山でやったら暴れても騒いでも咎める者はおりませんですし」
「しかしのぉ」
 まだ不安そうにするバーバラだが、その肩を銀次郎はぽんぽんと叩いて宥める。
 当人がそう心に決めたのなら、反対する理由もなく。金時はごねたが、それも銀自身から懇々と説得されて。
 そうして、熊鬼の銀次郎は数日の内に、荷物を纏めて京の都を離れた。
「またいずれ会えたらいいですね」
 そう手を振り、笑いながら。