●リプレイ本文
京の平和を護るのが京都見廻組の仕事。とはいえ、平和維持も楽ではない。
「例の鬼退治の後始末、まだ終わってないって事ね。京の護り、しっかりやらないと」
軽く頭を抑える神木秋緒(ea9150)に京都見廻組一同が気を張った表情で頷く。
一つの村が鬼に占拠され、そこを解放して幾日か。そのお礼をせんと鬼がなにやら動いている。その影響で弟分の熊鬼の銀次郎が消えて捜索に坂田金時が当たり、さらには今回の黒幕らしき女鬼に誘われ渡辺綱がその村へ再び赴いている。
「銀次郎さんには深く考えずに協力させて、結果的に立場を危うくさせてしまった‥‥。申し訳ないわ」
鬼に関する人々の感情は悪い。銀次郎がそれなりに動けたのも、金時や綱たちの性格やら実績の手前、一応見逃していた程度。問題が出ればそれ見た事かとする方が普通である。このまま狩られても現状では文句は言えまい。そうならない為にも、金時が動いているのだが。
「鬼に復讐なんて知恵無いと思ってたけどそうでもないのかしら。それとも裏に誰か――黄泉人とかがいたりするのかしら」
首を傾げるレベッカ・オルガノン(eb0451)。
鬼は確かに知恵が回るのもいるが、所詮猿知恵の悪知恵で底が知れている。それに比べれば、今回おびき寄せたりわざわざ挑発めいた行動を取ったりと、少し常の印象と異なる。
「難だってかまわねぇ。鬼なんぞが京都見廻組をはめようとは、ムカつく話だぜ」
「そうね。仲間が亡くなっているのもそのままなんだし、裏に何がいようと必ず見つけ出してやるわ」
勇むバーク・ダンロック(ea7871)に押され、レベッカも強く頷く。
「とにかく、俺らの仕事は渡辺、坂田、それに銀次郎といった面子が抜けた穴を埋める事だ。何は無くとも見廻りに力を入れとかねぇとな」
「とはいえ、京は広い。千里を見通せぬ以上、重点的に見回る地区を絞る必要がありそうだ」
ぐっと拳を握るバーク。響耶は冷静にそう告げると、卓上に地図を広げる。
「連中がどこからどう出入りしているのかは調べる必要もあるやもしれないが‥‥。ひとまず、新撰組が見回る地区は優先度を下げていいな。下手に鉢合わせていざこざが起きるのは面白くない」
「黒虎部隊には知人が話を通しに走ってくれたんで、一応の警戒はしてくれてるようでござる」
告げる久方歳三(ea6381)。元々、黒虎部隊は妖怪退治が専門。鬼となれば向こうの管轄でもある。もっとも、それ故に熊鬼となれば相手が銀次郎であろうと成敗するだろう。
その一方で、説明を受けてテリー・アーミティッジ(ea9384)がはたと気付く。
「そういえば、新撰組とは仲が悪いんだっけ。平気でどっちの仕事も受けてるけど」
「俺ら組織間の問題だからな。個人がそう気に病む事もねぇって」
心配するテリーに占部季武が笑って背を叩く。おかげでテリーは張り飛ばされそうになって、軽く睨み返してみたり。
「後は藩邸周辺も警備がしっかりしてそうだし優先低めでいいだろう」
特に薩摩の辺りは、と強調する。
関白のお膝元とあってか、力はあるし妙な動きも多い。新撰組ほど不仲でも無いが、それでも下手に近寄るのは余計なお世話というもの。
「知人に聞き込んでもらった結果、鬼の情報はその熊鬼ぐらいしかないようですけど。これだけ手が込んでいる以上、他にも何かしていると考えた方が自然でしょうね」
一体何が隠れているのか。思案めぐらすベアータ・レジーネス(eb1422)だが、検討もつかない。
「退屈なのは嫌だけど。何にも無い方が平和って事でいいんだよね」
「そうある為に、これ以上の騒動は防がねばなりませんね」
何が起こるか分からない物騒な状況にテリーは落ちつかなげにふらふらと飛びまわる。
そんな彼をちらりと見つめた後、碓井貞光が表情険しく一同にそう告げた。
人でにぎわう都。姿を隠したとはいえ、異形の鬼が出歩くにはどうしても目立つ。そう踏んで、夜の見廻りに重点を置く。
昼はひとまず季武とレベッカが見回る。場所は熊鬼を見たり襲われた場所中心。今は人の姿が多いそこも、夜ともなればその気も失せて寂しいばかりだろう。
「うーん、やっぱり姿を隠してるのかなぁ」
サンワードで熊鬼の行方を尋ねるも、明瞭な答えは返ってこない。情報が不足しているのか、相手が影に隠れているのか。
「銀次郎くん、無事かなぁ」
熊鬼の行方が不明なのは、同時に銀次郎の行方も手に入らない。今頃どこでどうしているのやら。
「返事が無いのは元気な証拠‥‥って訳で無いけど。万一何かあったとしても、多少は何かの痕跡が残るだろうさ。それすらないって事はまだ無事なんだろう」
軽く答える季武だが、無理に笑っているようにも見えた。付き合いならばレベッカより古い訳だし、当然といえば当然だろう。
読みが当たったか。よくある小競り合いなどには出くわし仲裁に入ったりはしたが、大きな動きは無かった。熊鬼たちも静かなものだ。
「占いによれば、不注意注意って所ね。見落としがあったりしないよう、気をつけてね」
「ええ、分かっています」
穏やかな夕暮れ。真っ赤な夕焼けが京の街を照らし出す。
ひとまずは何事も無く昼組から夜組へと見廻りを交代していた。
新月夜を過ぎた頃。細い月は光をほとんどもたらさず、京は漆黒の闇に眠る。
「なかなか、根気のいる作業ですよね」
その中を辺りに目を凝らして歩き、小坂部小源太(ea8445)は疲れて嘆息つく。見回るといっても範囲を決めた箇所を歩く程度。かといってただ歩くだけでは単なる散歩で、闇に乗じて何かが潜んでいるの気をつけねばならない。そうして見ると、そこかしこに隠れる場所はある。
とはいえ、時折使うインフラビジョンに懸念する様なことは特に何もかからない。物陰で寝込んでいる無宿人や酔漢を見つけて注意するぐらい。
「何かが起こるかもというのは嫌なものです。だからといって騒動を望む訳ではないですけど。このまま単に何も無いのが続くという事が証明できたらいいのですけどね」
軽く肩を竦める貞光。彼とて今の玉虫色の状況を望むわけではない。
直に夜も明ける。何の気配もなく、そろそろ引き上げるかと考え始めた時。
「おや?」
ふと小源太が足を止める。それに気付いて貞光が振り返り問いかける。
「今、その通りの奥で誰かが動きました」
今宵何度目かのインフラビジョン。示した先、貞光の目にはただ闇がわだかまるのみ。
「熊鬼ですか?」
「いいえ。それより小さかったです。むしろ子供のような」
貞光の表情が変わる。それを読み取り、小源太も頷く。
二人、何という事も無くその見た痕跡の方へと足早に移動。その後、呼子笛を吹き鳴らす事となる。
都の南の入り口、羅城門。都の玄関口であると同時、怪異の境でもあると噂される箇所である。
昼は都を出入りする人でにぎわうが、さすがにこの時間ではその姿も無い。
「以前鬼が出たと聞いたが静かなものだな。こうも手がかりが無いと安倍殿に占っていただきたいものだ」
響耶は視線を巡らすも、視界に動く者はなく。
熊鬼の出現箇所も特に傾向無くあちこちに出向いている。
「どうしますか? 女鬼との接触した場所の方にも行ってみますか?」
一条戻り橋は京の北の境に近く、都を縦断する事になる。とはいえ、他に手がかりも無い以上、拒否する理由も無い。
が、そこに向かう途中で、呼子笛の甲高い音を聞く。何が
「待った。南南西の方角に一町手前に気になる呼吸がある」
町の中で範囲内にいる者は数多く、ベアータの言葉も少し言い淀む。数は五体だが、子供らしく道を走って移動しているようだ。この時間には少々不自然な状況。
笛の音とは違う方向で迷う。が、放ってもおけずにその後を追いかけた。
「ここが鬼女の出た一条戻り橋ね」
何て事は無い小さな石橋。だが、あの世と通じるなど不穏な噂も多い橋だ。鬼が出たのもそういう意味では頷ける。
気になる点と言えばここは都の北の境であり、内裏に近いと言えば近い事だろうか。
「まぁ、幾らなんでもそっちに手を出すのは無理だよ。少なくとも今は」
「そうね。他の場所に回りましょうか」
内裏となれば警備も生半でなく。さらりと告げたテリーに賛同して、秋緒は他の箇所に回る。
警備が手薄になりそうな場所を中心に、異変が無いか見て回る。
「あれ」
空を高く飛んでいたテリーが、不意に地上に降り、詠唱する。
「やっぱり。熊鬼じゃないみたいだけど、動いてるのがいるよ」
言うが早いか、空を飛び確認に急ぐ。物陰に隠れてその様子を伺えば、確かに三体、子供のような輩が大きな袋抱えて走っていた。
「誰だ! そこで何をしている!!」
ちょっと嬉しそうにテリーが誰何。驚いた相手が慌てて振り返る。
「小鬼!!」
その姿を認めて、秋緒は日本刀に手をかける。
見付かったと知るや、荷物を放り出し小鬼達は我先にと逃げ出していく。が、その内一体の動きが突如鈍ると、次々と動作が緩慢になる。テリーのアグライベイションが聞いた所で、秋緒が一気に切り伏せる。
「大丈夫? しっかりして!!」
小鬼の残した袋の中からは、子供の手が助けを求めるように宙を彷徨っていた。
「だー、こら! 待ちやがれ!!」
見回りの最中に小鬼三体を見つけてバークが走る。その更に前を歳三が走るが、微妙に追いつけない。
歳三は大脇差・一文字を抜くも、相手は姿がばれるなり即座に逃げ出し戦闘にならない。辺りには呼子笛の音が響いている以上、他でも似たような事が起きているのか。
苛立ちながらも逃がすまいと全力で駆ける。そして、小鬼は全力で逃げる。
が、彼らの前に人影が飛び出た。小源太だった。
「ギャギャ!?」
すぐに横の道に入り込もうとした小鬼たちだったが、そちらから来たのは同じく小源太。そして貞光。
始めに現れた小源太と、後から現れた小源太。同じ外見の両者を代わる代わる見つめて小鬼たちは立ち尽くす。そうする内に、最初の小源太が一体の小鬼を捕らえる。
「ギャア!!」
悲鳴のような声を上げて、小鬼はめちゃくちゃに腕を振り回し逃れようとする。そして、その腕が小源太にぶつかった途端に、彼は灰となって崩れ落ちた。
「竈から失敬しておいてよかったですよ」
アッシュエージェンシー。灰で作られた身代わりだったのだが、鬼にはそんなことは分からない。さらに目を丸くしている彼らに、小源太は素早くバーニングソードを付与した日本刀を振り落とす。貞光も刀を引き抜いてその首を刎ねた。
それでようやく正気づいた残りの小鬼。もはや逃げられないと悟って、破れかぶれに暴れ出すが、
「そんな攻撃はこう撃破でござる」
繰り出した攻撃を楽に躱すと素早く一文字を叩きつけ。瞬く間に三体が血に塗れ伏した。
「捕縛した方がよかったのではござらんか?」
「他にも何体か入り込んでいるようです。これを捕らえておいておくのは手間ですからね」
あっさりと告げた貞光に、歳三はげんなりと肩を落とす。そうしてる間にもまた別の呼子笛が響いている。
「やれやれ、何が目的でござろうな」
「火の気配‥‥はねぇな。だが、変な知恵回して放火して逃げるなんてやらかしかねねぇしな」
顰めっ面でバークが小鬼たちを睨む。
再び二手に分かれ、入りこんだ小鬼たちの捜索を開始した。
ベアータの身が緑に輝くや翳した掌から暴風が吹き上げると、荒れ狂う風に押されて小鬼たちが次々転ぶ。運んでいた荷からは女性が一人転がり出た。
小鬼達はそのまま荷を捨て、逃げようとする。が、その一匹に響耶は組み付きねじ伏せる。
「ギャアアア!! タスケテ、オネガイ、ユルシテクダサイ!!」
「喋れるのか? だったら、何が目的で入り込んだ?」
他のは逃げてしまったが仕方が無い。口早に告げると、耳障りな声で小鬼は答える。
「茨木様カラ言ワレタ! 人間、熊鬼探シテ注意ガソッチ。茨木様ノ所ニモ人間呼ンダ。ソノ隙ニ、俺達コッソリ食糧調達」
「食料って‥‥」
恐怖で泣いている彼女を宥めていたベアータが、絶句する。響耶も苦々しく顔を歪めた。
その動揺をついて、小鬼が渾身に暴れ束縛を抜け出す。
「オデ、怒ラレル。食料ヨコセ!」
腰に括りつけていた斧を手にすると、小鬼が女の傍にいるベアータに斬りかかる。だがその間に響耶が立つと、太刀・鬼斬り丸を一閃。その一撃だけで、小鬼は簡単に血に沈んだ。
その夜、入り込んだ小鬼は二十を超え。されど、大半が早々と逃げてしまい、被害自体は軽微ではあった。