●リプレイ本文
毎夜の如くに街道を疾走する幽霊馬。一定の距離をただひたすらに走る馬は一体何を思い駆けていくのか。
冒険者ギルドからやってきた四名は、まずそれを明らかにせんと調査を始め、そして二つの死体を見つけ出す。
「馬の出現場所の付近をよくよく調べたところ‥‥。街道から外れた場所に埋められていました」
言って、両の手を合わせる花井戸彩香(eb0218)。
見つけた死体は人間の男。わざわざ人目の付かない街道外れを選んで土に埋められていた。ただ、犬か何かが掘り返そうとしたらしく、一部だけが姿を見せて野にさらされていた。
身なりからしてそこそこの侍のようだが、詳細は分からない。荷物らしい荷物は無く、金目の物もすべて盗られていた。全身にある傷から見ても、追剥にあって命を落としたのは明白だった。
「そして、消える辺りでは馬の死体が崖下から。藪と谷間の影で見つけられなかったのですわ」
見落としが無いかを調べていたマイア・イヴレフ(eb5808)は逆に終着地近くで見つけている。こちらは単純に偶然の末だろう。馬にも侍と似たような刀傷があったが、直接の死の原因が転落であるのは間違いなかった。
「確認したんやけど。それ間違いのう、目撃された幽霊馬ですわ。つけてあった鞍とか聞いた通りやったし。死体の腐り具合からして、亡くなった直後から幽霊馬は走りだしてるみたいや」
飛火野裕馬(eb4891)は村人から様子を聞いて回ったが、こちらも楽な作業とは言えなかった。何せ幽霊をまじまじと見つめる物好きは滅多に無い。むしろ、動転した挙句に話を誇張させる者の方が多いと言える。
それでもあちこち聞き歩き、見た際の印象を纏め上げていけば、ある程度姿も浮き彫りになってきた。
「でも、近隣のお武家さんに該当するような人はいませんでした。馬の様子や男の人の具合からして、旅の途中とかだったのかもしれませんね」
瓜生ひむか(eb1872)が軽く肩を竦める。武家など馬を所有する者に聞き込みに歩いたが、それは徒労と終わる。いや、少なくとも心当たりが無いと知れた収穫はあった。
「残った品々から推測するに、男が馬の主やったんは間違いないやろけど。それで、馬が走る理由は今一つよう分からんような?」
「行き着く先に何かあるのかと思いましたが、終着地は本当に山の中で何も無く。馬は誤って落ちたんでしょうけど」
裕馬が告げると、ひむかも似た感じで首を傾げる。
「結局、馬に直接聞くしかありませんね」
マイアが告げると、裕馬は傍らの若い駿馬を見遣った。
山に沿って作られた街道は、大きく蛇行を繰り返しており、所によっては見通しが悪い。
馬が走る約一里。調べるに当たって何度も歩いたその区域の中から、接触するに足る地点を選び出す。
そして、日暮れ。暗くなった道に彩香が持って来た道返しの石で結界を張り終えると、後は提灯で照らし出し。
待つ事しばし。
「来よった!!」
「緋那もお願いします!」
脇目も降らず、ただその幽霊馬は走り抜けていく。それに合わせ裕馬は駿馬に跨り、幽霊馬と併走する。ひむかも通常馬の緋那を走らせる。
街道で整備されてはいたが、やはり道は悪い。おまけに夜道で視界も悪い。裕馬の重さと技量が相まって、すぐに距離を引き離されていった。荷こそ無かったが緋那もまた同様。相手は物理法則無視して夜道だろうが、行く手が悪路だろうがお構いなしなのでなおさらだ。
適当な所で走るのをやめると、裕馬は緋那を捕まえ仲間の所まで引き返した。どの道、またしばらくすればそこを走るのだ。焦る必要も無い。
「緋那の方は駄目ですね。聞き出すどころじゃなかったようです」
何せ駿馬とはそもの脚力が違う。追いつくだけが精一杯だった。
「俺の見る限りやと、なんやごっつう恐怖に駆られてるみたいやったわ。必死の形相やったで。まぁ、襲われたみたいやし当然やろけど。ほんま、めちゃめちゃ速かった。あないな速さで走り続けてたらすぐに足がいかれてまうわ。‥‥だから崖から落ちたんかもなぁ」
自分の馬を宥めて落ち着かせながら、裕馬は深くため息をつく。
傍で駆ければ高らかな蹄の音の他、荒い息、血走る目などもはっきりと分かった。間近で見る幽霊馬はまさに逃げている最中だった。傍に寄れば、裕馬からも逃げようとする。
「それでも、何とかして足を止めないといけませんね。後ろに乗せてもらって、そこから魔法をかけられますかしら」
「すまんけど、止めといた方がええわ。下手したら舌噛んで危ないで」
彩香が尋ねるも、裕馬はすぐに手で否定を作った。当初はそれもいいかと考えていたが、あの馬に合わせて走るにはかなり無理をする必要がある。
「そうすると、何とか来る瞬間を見計らってですか。続ければその内成功するでしょうけど‥‥」
馬の速さと詠唱速度とを考慮しなければならない。さらに魔法に抵抗されて無効化される恐れもある。試す機会は何回もある訳だからそれでもいいのかもしれないが。
「多少乱暴ですが無理やり止める手もありますわね。私の金鞭なら、相手が幽霊でも絡め取る事が出来ます」
悩む彩香に、マイアは鞭を振るう。が、その顔はやはりあまりすっきりしたものではない。出来れば穏便に解決したいのは誰も同じだった。
「あるいはファンタズムで幻影を作ってみます。さて、それで止まってくれたらいいのですが」
時刻からして、そろそろまた通りかかる頃である。悩みながらもひむかは印を組み、詠唱を始めた。
毎夜毎夜。同じ道を走り続ける。蹄の音も高らかに、ただただ馬は同じ地点をひたすらに脇目も降らずに走り続けていた。
それが今宵、道の半ばにして立ち止まる。
そこに居たのは一人の男。その幻影。土に埋もれていた彼の姿の前で、馬はただじっと傍に居る。倒木の幻影で道を封じてもいたが、そちらには目もくれない。
「何故、毎夜走るのですか? 一体何があったのです?」
『主と道を歩いていた。人間が来て、斬りつけられた。主は逃げろと私を叩いた。私は怖くて逃げるしかなかった』
ひむかがテレパシーで語りかけると、幽霊馬から思念が返った。
『走って走って。ただただ怖い。私は斬られ、殺される!』
始めは淡々と。だが、次第に馬からの思念は情を帯び、荒ぶってくる。
『逃げなければならない!! 私は殺される!! ああ、追ってきて殺そうとする!!』
最後には絶叫するかのように、恐怖を訴えてくる。もしかしたら、身を震わせて暴れたかったのかもしれない。だが、それは出来なかった。すでに彩香がコアギュレイトで縛り上げていた。
『逃げなければ!! 逃げなければ!! 逃げなければ!! 早く! 早く!! 早く!!!』
「落ち着いて下さい。誰もあなたに危害は加えません。もう走らなくてもいいのですよ」
ひむかがそう告げるも、相手は一向に治まる気配を見せない。
気持ちに力があるなら束縛を打ち砕き、走り出していただろう。あるいは周囲に反撃に出たか。実際は一度かかった魔法は解けず。であればこそ、そう出来ないもどかしさと焦りがなおさらに馬を混乱させ、錯乱させる。
「そろそろ効果が切れてしまいます」
馬の外見は一切変化無い。主の幻影のままで立ち止まったまま。彩香にその声までは聞こえてないが、それでも気配が剣呑になってきているのは分かった。
「走る必要はもう無いのですけど‥‥。分かってもらえないのでしょうか。それでは仕方無いのかもしれませんが」
ため息一つ。マイアが鞭を構え、ひむかもムーンアローを唱える。
ここで逃がしても、またいずれここを通る。同じ手段でとめる事は出来るかもしれないが、それでも結果が同じになるのは目に見えた。
堂々巡りになるのならば、どこかで断ち切らねばならない。
コアギュレイトが切れる前に、始末にかかる。動けない相手を倒すのは造作も無かった。
『御主人』
傷が入る代わりに、その存在が希薄になる。見る間に馬の姿が薄れていく。と同時、思念が届いた。そこに恐怖は無く、混乱も無く。
『御主人を置いてしまった‥‥。一体、どうなったのか。探したかった。だが怖かった!!』
先に設置した為、効果が切れたか男の姿を置いたファンタズムが消える。それに合わせるかのように馬の姿も夜へと消えていった。
『無事で‥‥よかった』
消える間際に届いた思念は、心底安堵したものだった。
見付かった遺体を役所に届けて手配がすめば、犯人は簡単に分かった。街道沿いの村にすむごろつきで、たまたま見かけた旅人の身なりを見て、強行に及んだらしい。馬は一緒に売るつもりだったのに男が逃がしてしまった為、腹いせに滅多刺しにして見付からぬように埋めたのだとか。
近くの寺で男と馬とを懇ろに弔ってもらい、冒険者達は揃って花を添え手を合わせる。
「逃げる為に走っていた馬は、結局の所主が気になってまた現場に戻り。でも、そこから怖くてまた逃げて、を繰り返していたみたいですね」
最後に読み取れた言葉の感じからひむかがそう推測つける。
その場から逃げる事と戻る事。二つの感情の揺れがいつまでも同じ場所を走り続ける迷いを生み出したよう。
「生きてる間に友達になりたかったですが。主の元に帰るのが望みだったのなら、もう追いついたでしょう」
「例え今は主と離れていても。あの想いがあれば、いずれ輪廻の中で遂げられる日が来るでしょう」
墓を見つめて、ひむかは少し寂しそうにしている。それを、彩香が目を伏せ、改めて祈りを捧げた。