●リプレイ本文
秋の澄んだ空気は、月をよりいっそう美しく見せる。
一年でもっとも美しい名月を船に乗って愛でようと、その川原に冒険者たちは集う。
そこにいるのは何も冒険者たちだけではなく。むしろ今回の主役というべきは化け兎のうさ。元気に飛び跳ね杵を振り上げている。‥‥藍月花(ea8904)の飼ってる巨大蛇・明に向けて。
「こら待て。何故にいきなり戦闘態勢!!」
「むー。大きい蛇は丸呑みごっくんで危ないのーっ!」
杵振り回す化け兎のうさを、猫が慌てて止めに入る。
「ごめんなさい。この子は化け狸たちに対しての秘密兵器ですから」
「む、そうなの? だったらいいや」
月花が事情を説明するや、あっさりとうさは杵を脇に置く。もっとも、明確に攻撃された明の方は怒り収まらずで。暴れる大蛇を周囲が必死に宥めに入る。
「うさは平気で無茶するからなー。‥‥で、どさくさに紛れて何故に抱き付く」
「どさくさじゃありません。御挨拶のハグです♪ うささんもお久しぶりですー」
猫の背中からぎゅっと抱きつくと、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)は改めてうさに両手を広げる。わざわざ兎形態に戻った後でティーレリアに飛びつき、抱きしめあう両者を猫は何だか疲れたような目で見る。
「‥‥そういえば、小町さんには抱き付く挨拶したこと無いですね? していいですか?」
「うーん、遠慮しとくわ。楽しそうなんだけど、やっぱり恥ずかしいわ」
「そうですか。じゃあ、またその内という事で」
「こら、ちょっと待て。何で、俺にはいきなりで小町はまたその内なんだ!?」
照れる小町にティーレリアが残念そうに頷く。が、それだけ。
それを見て、なにやら猫の顔が怖いが、ティーレリアはいつもの笑顔で何食わぬ。
「だって、女性に失礼な事しちゃいけないですから」
「うわー、男女差別反対。平等で行こうぜ」
「むむぅ? 猫さん、女の方になるですか?」
「なるかーーっ!!」
猫は即座に声を上げるが、ティーレリアは本気で困った顔をしている。
「しょっぱなから何というか‥‥。やはりうささんにしんみりお月見というのは似合いませんね」
「そうよね。やっぱり賑やかな方が楽しいわよ。‥‥ちょっと違う賑やかさな気もするけど」
苦笑いを隠せずにいる御神楽澄華(ea6526)に、陰陽師の小町も神妙に頷く。
「よっ、久しぶり‥‥という事も無いか。この間あったばかりだけどな」
言って、天螺月律吏(ea0085)が頭を撫でると、嬉しそうに目を細めるうさ。
「こちらは一年ぶりですね。私の事覚えてますか?」
「大きな婆」
代わって緋神一閥(ea9850)が問いかけると、はっきりきっぱりうさはそう答える。それに生真面目に訂正入れる小町。
「婆じゃなくて、爺よ」
「いや、まぁ。巫女装束なせいもあるでしょうが‥‥。そういえば、誰も衣装について突っ込みませんね」
首を傾げるうさに苦笑した後、ふと思い当たって一閥は尋ねる。
「似合ってるからいいじゃない」
「ってか。冒険者って変人揃いだし」
「‥‥何かいろいろと酷いですよ、それ」
小町と猫が揃えて告げると、そっと袖口で涙を拭う一閥。
「一緒にお月様を呼ぼうねー」
にこりと無邪気に笑ううさだけが、何だか心に深く染み入り?
「くくくく、そうだなぁ。一緒にお月様を呼ぼうじゃないか」
その現場に、邪悪な笑い声が響き渡る。
声の主は緑の体。水かきに尖った嘴、剥げた頭に、背中に甲羅。
実に特徴的な姿を持ったその正体は‥‥!!
「あ、亀」
「河童じゃあああああ!!」
呟くうさに、即座に怒鳴り返す亀こと河童。
「むーー。何で、亀は亀なんだと分からないんだー!! うさがせっかく教えたげてるのにいいい!!」
「そっちこそ、俺は河童と言えば何度言えば理解するんじゃ、この馬鹿兎」
「馬鹿といった方が馬鹿なの。狸と一緒!!」
「やめろよ、大人気ない」
口汚く罵りあう両者。いや、むしろ子供と同程度の話し合いをする仲間を見ておられず、黄桜喜八(eb5347)が止めに入ったのだが。
「亀が‥‥増えた!!」
喜八も河童。それを見てうさが深く戦慄して震えている。怖がっているのか面白がっているのかはよく分からないが。
「まったく亀呼ばわりされたくれぇでぎゃあぎゃあみっともねぇ。大人になれよ、相手は小僧だろう?」
「おまえは! 奴の厄介さが分からないからんな事言えるんだ!!」
むしろ敵視に近い眼差しで、亀は喜八を睨みつける。同類であるが故に、この問題を理解していない事が歯痒いを通り越し、憤ろしいようだ。
「とにかく落ち着けって。ほら、おいらが手本を見せてやる。おう、うさ公。おいら喜八ってんだ」
「うん、うさはうさだよ。きちんとご挨拶できるから、亀はいい亀だね」
「いや、亀じゃなくて河童で、ついでに名前は喜八と名乗った」
「亀も今日はお月見か?」
「ああ、御招待に応じてな。で、おいらは亀じゃなくて河童」
「‥‥亀はどうして自分を亀だと思わないのでしょう。うさはとても不思議です。まる」
「コラコラコラ。何をそこで結論付けてる」
背中向けて首を傾げるうさに、喜八は冷や汗たらり。そんな彼の肩を亀はぽんと叩く。
「奴は手ごわいぞ。一筋縄ではいかん。‥‥が、寛大な俺は今回に限り少々大目に見ようと思う。だからさあ!! 月見をすべく船に乗ろうではないか!!」
さらさらと緩やかに流れる河辺に、かなり大きな船が一隻つけてある。その船を指し示して亀はにたりと人の悪い笑みを浮かべた。
さもありなん。苦渋を飲まされ続けてきたうさの弱点を見つけたのだから。うさの方は苦手なのを隠そうとせず、後ろに下がってがくがく震えている。
「誘拐された上で溺れたんですから無理も無いでしょう。一応、水桶で特訓してみましたけど、一日ぐらいでは克服できませんね。――でも、船から見る月もまた綺麗ですよ」
「そして、水底から揺らめく月も綺麗だぞおおお。ほーら、お月様を見る為にいざ行かん深あああい水底へ」
「むーーーっ!!」
困り顔で告げる月花に、邪悪顔で亀が手を引く。そのまま川に引き釣り込もうとしているのを、うさは涙目になって逃げ出す。
「何しよりますがな。おいたはあきまへん!」
「そうそう、無理強いはよくありません」
血染めのハリセンでニキ・ラージャンヌ(ea1956)が叩けば、澄華も軽く手で叩く。
「宴は無礼講が基本。とはいえ、度が過ぎる行いはそれなりの対応をさせてもらいます。皿をかち割られたい方はどうぞ遠慮なく」
「だれにでも一つや二つ怖いものはあるもの。あなたにもあるでしょう? そうそう、知人が命乞いする緑亀ならぬ河童に襲われて飛び起きる夢を見たと申しておりました。もしや、正夢となる絶好の機会かもしれません」
「「ひいいいいいいいい!!」」
一閥がにっこり笑って日本刀・十二神刀元重に手にすれば、月花も亀の皿を軽く小突く。そこに本気の影を見た河童二人は頭を抱えて即座に後ろ向きに離脱を図る。
「さ、これで一安心。とはいえ、うさ殿が本当にお嫌なら無理強いはしません。御自身が克服したいと思わねば、苦手は取り除けませんからね。けれど、陸以外の場所で見る月の美しさがまた格別というのは本当ですよ?」
「暴れたりしなければお水に落ちるって普通無いですけど。出来れば一緒にお船のお月見したいのです」
一閥が諭すと、ティーレリアも首を傾げながら誘いかける。うさは行きたそうな顔はしているが、それでも恐怖心に打ち勝つまででもなく、困った顔をして辺りに助けを求めたり、唸りながら悩んだり。
「水が怖いというのは仕方が無い。だが、そこで逃げていれば何も変わらん」
「そうそう。そんなもの単なる慣れだ」
厳しい顔を向ける琥龍蒼羅(ea1442)に、白翼寺涼哉(ea9502)もすっぱりと言い切る。
「うささん。猫さんも金鎚さんですけど、お船は大丈夫なんですよ。‥‥ですよね?」
「俺は達者とまでは行かないが、それなりには泳げるぞ。魔法で凍らされたり、鎖でがんじがらめにされてなければ、だがなっ!」
問いかける小都葵(ea7055)に対し、後半を嫌に強調しながら猫反論。
「はは〜ん。言っても無駄無駄。お月様大事より、所詮お水怖いだからなー。もういいじゃん。船頭をいつまでも待たせるのも何だし、俺らだけで美しい夜空の月を見に行こうぜ。うけけけけけ」
揶揄するように亀がうさに告げる。見下した目で見られたうさから、ぷちんという音が聞こえた気がした。
「行く!!」
水への恐怖もどこへやら。肩を怒らせ、亀を睨みつけるうさ。
「やはり、うささんの性格からして挑発に弱いようですね」
小声でくすくすと月花が笑う。
「婆もきちんと御一緒して、いざとなったらちゃんと守りますから安心して下さい」
「何でしたら水が見えないように抱えていきましょうか?」
「大丈夫。ちゃんといけるもん!」
微笑みかける澄華。一閥もそう言って手を差し伸べるが、亀への対抗意識か、断ってずんずん歩き出す。
「でも、船から落ちたりしたら危ないからな」
「む。そうまでいうなら仕方ないのだ」
蒼羅が傍に寄ると、何気ない振りして傍により、ブラック・ローブの裾をしっかりと握り締めた。必要以上に拳が硬い辺り、怖いものは怖いようだ。
聞こえる音は川のせせらぎ。穏やかな川の流れに乗ってのんびりと船は進む。わずかな揺れなども気にかかる事無く、遮る物の無い夜空を見上げれば欠けた所の無い綺麗な月がそこに浮かび上がっている。皓々と輝く月に光に照らし出され、周囲も白く照り輝き幻想的な風情を見せる。
うさでなくとも心惹かれる光景。だが、それを見てない者もいる。
「いーわよねー、海馬。あたしも越後屋の福袋買おうかなー。ってか、いっそ裏で手を回して一つくれないかなー」
「そういう悪どい意見はやめんかい」
船と並んで泳ぐのは喜八の海馬・エンゾウで、うさが水に落ちた際の救助として連れてきている。上半身が馬で下半身は海豚の奇妙な生き物に、小町の目は釘付けだ。
「ほんまに、越後屋さんの商売網は不思議やわ。いろんなもの売ってるし」
ニキが目を向ける先では、うさが律吏と喜八の妙な輝きと遊んでいる。遊んでいるといっても、澄華の膝に座ってうさはじっとしているだけなので、静かなものだ。
「ともあれ、宴といきましょか。気合入れてだだ甘団子を山ほど作ってきました。余っても家への土産にするだけやし。遠慮はせんといてな」
どんと卓に大皿を置くニキ。その甘さを予想できるものは複雑な笑みを浮かべている。
「私も、以前作った品ですが色々用意してみました。お月様を題材にしたのが多いですから丁度いいかもでしょう」
澄華も餅や餡などで作った料理を並べる。
「けんちん汁など用意してみました。水辺の夜なので、暖かい物があるとよいと思いましたので。月見用に里芋をお月様に見立ててます」
一つ一つ椀によそって、葵が卓に並べていく。確かに、夜ともなればかなり冷え込んでくる。水辺となれば温かな湯気が立ち昇るそれは見ているだけでも温かくなってくる。
「他にも和菓子を幾つかご用意してあります。お酒は化け猫冥利を‥‥探したんですけど、なかなか無いですねぇ」
残念そうに告げる葵。ある所にはあったりするのだが、なかなか簡単にはお目にかかれない。
「ま、大丈夫よ。酒は皆持ち込んでるんだしね」
「そうそう。うわばみ殺しに、どぶろく、天護酒もありますよ。強さの度合いに応じて御存分にどうぞ」
「こっちも鬼毒酒を用意してきたんだが‥‥飲ませたい奴らがまだ来ないな」
ずらずら並べる一閥に、律吏もドンと酒瓶を取り出す。
「なあに、噂をすれば影ってな。こうしてる間にも奴らはやってくるだろうさ」
釣り糸を垂れながら、涼哉はのんびり酒を飲む。
「しまったああ。俺も胡瓜の雷干し持ってくればよかった。えーと、確かお前の知り合いだっけ? こないだくれて、そういや準備の時に手伝いに来てたけど、礼を言いそびれた気がするぞ」
「そうか。じゃあ俺が代わりに言っておいてやる。ところで、皆船酔いは大丈夫か? 薬用意したから遠慮なく言ってくれ」
激しく後悔している亀に、涼哉は頷いて承諾する。乗船している者の顔色を窺うが、体調を悪くしているものは無い。それを確認すると、安堵してまた釣りと酒に集中し出す。
「とか言うてる間に、ほんまに来たみたいやわ」
デティクトライフフォースを使用したニキが告げた途端、垂れていた涼哉の釣り糸に当たりがあった。しなる竿を押さえ込んで引き上げようとすれば、その前に獲物の方から上がってくる。
「水も滴るいい女参上、ってね」
全身ずぶ濡れで表れたのは御堂鼎(ea2454)。片手で糸を手繰り、片手には泥だらけの狸一匹。
「やれやれ、酷い目にあったよ。あいにく手が足らなくてねぇ、こいつしか持って来れなかったよ。とりあえず熱いのをいただきたいね」
酷い目という割りに、ずいぶんと楽しそうにしている。笑いながら、杯を空ける仕草で酒を要求した。もとより、彼女の用意した分は先に積まれているのだ。
「ずいぶん大物が釣れたが‥‥。他のウマシカたちはどうした?」
暖取りやら着替えやらで少々慌しくなる中、涼哉が尋ねる。鼎は美味そうに酒盃を空けながら、空いた手で川を指し示す。
「おや、あのような所に狸どもがいるようです」
場所を確認してからムーンアローを当てる須美幸穂(eb2041)。そこにはばたばたと手足を動かしながら浮き沈みしている狸三匹。月の矢が当たると、小さな声を上げて沈み、川の流れに身を任せて満月の光の下、暗いどこかへと流されていった。
【完】
‥‥という訳にもいかない。いや、見捨ててもいいんだけどっ。
「それもいささか薄情か。いやはや、うさを助ける為に用意してきたんだけどな」
「おいらも、うさに恩を売る機会を狙ってたんだけどな。おーい、エンゾウ、とりあえず適当に集めてくれ」
暴れる狸らを嫌そうにしていたエンゾウは、それでもがんばって喜八の言葉どおり流れる狸らを適当に集める。そこに律吏が漁師から借りてきた網を広げた。水面に広がった網は的確に狸らを絡めとり纏めて船上へと引き上げる。
「「「「おにょれ! 我らの完璧な計画、作り上げた船が何故に沈む!!」」」」
「そりゃ、泥舟なんていつかは水に溶けて沈むだろうさ。‥‥事前においらが底に穴開けといたし」
人化けした途端に怒り出している狸らに、喜八は影でぼそり呟く。
傍の川原で大声出しながら泥舟を製作しているものだから、探し当てるのは容易かった。
それは鼎も同じ事。そうして一緒に泥舟に乗って一緒に沈んだ訳だ。
「全く、腰にぶら下がってるそれは本当にお飾りかい? あれこれ助言を入れたげたのに、何の役にもたちゃしない」
「「「「何を、この御立派様にケチをつけるかっっ!!」」」」
腰を振ってふーらふら。大仰に鼎が嘆いてみせると、帆となれ風を起こせと望まれた物をおっぴろげて揺らす狸たち。
「私は柱。柱です!!」
御乱行は目に余る。というより見たく無し。必死に自己暗示で目を逸らそうとする葵だったが。
「ん? 柱か? じゃ、ちょいとここらで立ちションでも」
「いやあああああ!!」
わざわざ近寄っていくのが狸らである。
「馬鹿な事せんでおとなしく座れ、お前ら」
狸らを蹴倒し引き離すと、座り込んだ葵を宥める猫。
「「「「ううう、兄さんまで冷たいっ。こうなりゃ自棄食いだーーっっ!!」」」」
言うが早いか。卓に並んだ料理に手を出す狸たち。
が。
「んぎゃああ! 鼻が痛いいい!!」
「ま、山葵に辛子入りずんだ餅は基本という事で」
餅に喰らいついた途端、顔を抑えて転がる狸。その様を月花がさらりと見届ける。
「ぶぎゃああ! 油揚げの中に緑の物体がっっ!!」
「俺のお稲荷さんは貴様のよりデカイだろ? そうか泣くほど嬉しいか。そんなに急がんでもいい。もっとじっくりくわえさせてやるさ」
稲荷寿司に食いついた狸は全身に鳥肌立てている。人の悪い笑みを浮かべると、涼哉は口をこじ開けると、も一つおまけとばかりに放り込む。
「ぬぉおおおおお!! 口がっっ辛いっ!」
「それは普通に辛子ですやん」
黄色の物体を口に運んで泣く狸に、ニキは呆れるばかり。
「くっ、俺だけ何も無いのか。何て冷たいんだっ!」
なぜか悔しそうにしている残り一匹。が、世間は思うほど冷たくは無い。
「あっためて欲しいのか? ホレ」
火がまだ残る灰をその背に涼哉がぽたりと落とす。
「おあっちゃあああああ!!」
「そこに薬として塗るもんですえ」
人化けしているので毛に燃え広がるという事は無かったが、その分素肌に直接でこれもこれでどの道熱い。そこにニキが煉った辛子を塗りつけられて、ごーろごーろと悲鳴を上げてのた打ち回る狸。
だが、その姿にゆっくりと氷が張り付いていく。
「暴れるようなら凍ってもらうです!!」
ティーレリアのアイスコフィン。言ってる間に、狸の姿が氷に閉ざされた。
「ああ! ポン公ーーーっっ!! 酷いぞ、お前ら!!」
「何て仕打ちだ。ポン式よ、この恨み、お前の代わりに晴らして見せようぞ!!」
「見ててくれ、ポン郎。我らの勇姿!!」
「「「さあ、喰うぞ!!」」」
「って、恨み関係ないだろう」
声高らかに宣言するや、並ぶ料理の攻略にかかる狸ら。その後頭部に猫が蹴りいれている。
「人数も多いですし、うさ殿と頑張ってたくさん搗きましたから、餅はたんとありますけど‥‥」
「むう! お馬鹿に食べさせる餅は無いのだ!!」
困惑する一閥に、うさの方は怒り調子。杵を振り上げて、狸を追い払いにかかるが、
「待てうさ。そんなに引っ張るとローブが破れる。というか、脱げるっ!!」
やはり船上。水が怖いか、蒼羅をしっかり握ったまま離れない。行動範囲が限られたまま、それでも突進しようとするのだから、蒼羅の方が慌ててしまう。
「食べてばかりも芸が無いからな。そろそろ出し物とでも。もっとも私は芸が少ないものだから‥‥そうだな、剣舞でも披露するか」
おもむろに律吏が立ち上がると、太刀・三条宗近を手にする。
刀の腕は達人技。礼儀所作もそれなりに出来るので、剣の型を披露するだけでも様になる。
「それでは、私は伴奏でも。今宵一夜限りの望月の永久に輝く光の下。皆の心に残る夜である事を願いながら‥‥」
うさを澄華に預けると蒼羅も琵琶を取り出し、妙なる音色を奏で出す。
目で楽しみ、耳で聞き惚れ。照らし出す月明かりの下、それは実に心に染み入る光景‥‥のはずだが。
ブンッ!
「うぎゃ!!」
ヒュッ!
「ぎゃひ!!」
ゾリッ!!!
「頭に禿がああああ!!」
なぜか、律吏が動くたびに狸らに刃が刺さる。本当に、実に、不思議なことがあるものだ。
「「「って、わざと狙ってるだろうーーっっ」」」
「嫌だなぁ。ポンリーヌにポンローにポンシェル。人聞きの悪い。ポンドルなんて文句も無しに、ずっと黙ったまま見てくれてるじゃないか」
「「「ポンテリンは動けないだろう!!」」」
笑顔を見せる律吏に、珍しく至極もっともな事を述べる狸たち。月の光は心を狂わせるというが、どうやら本当のようだ!!
「とにかくそんなこそこそせずにこっちに来い。ほれ、一緒に飲むとしよう。だがいいか、酒は飲んでも飲まれるな、だぞ」
鬼神の小柄を投げて狸らを(強引に)引き釣りだすと、酒盃を持たせて鬼毒酒を注ぐ律吏。
「せっかくやし、うちらも踊りましょ。うささん一緒にお月様請い乞い踊りを踊りませへんか?」
「む♪」
ニキはミミクリーで兎になると、うさに手を伸ばす。体積は変わらないので本物より大きいが、それでもうさは安心したようで、手を取ると蒼羅の伴奏に乗せて一緒に踊り出す。
「むー、我らも負けてはいられないぞ!」
「おう、ポン男よ。準備はいいな!」
「大丈夫さ、ポン夫!! それでは腰をそろえて皆さん御一緒に!!」
「「「月夜の振り踊りーーーっっ!!」」」
「そういうお馬鹿な事はおやめなさい」
素っ裸で腰振る狸たちに、幸穂がすかさずムーンアローを放つ。
「うにょおお! おのれ、なんて酷い事を」
「腰の切れが悪いねぃ。体調でも悪くしてるのだろう。これで元気になれ」
着流しの下に隠していた葱を取り出すと、涼哉は素早く狸に突き刺す。
「んがががが! こんな事が許されていいと思っているのか!!」
「思います。行きなさい、明!」
踊りの邪魔をされ抗議する狸らに、月花が大蛇をけしかける。素早くうさにやられた腹いせもあってか、いつもより動きが早く執念深い。たちまち一匹飲み込む。
「「ああ、ポンスラーーっっ!!」」
「騒ぐなら、入水させるといったでしょう」
大蛇とばたばた格闘する狸たち。悪戦苦闘してどうにか吐き出させると、報復だーと箸やら皿やらを振り上げだす。それを見た一閥がぽんとその身を叩けば三匹纏めて川へと落ちた。
「川からのお月さんを楽しんでこーい」
そのまま水底に消える狸たちを、うさは喜び、手を振って分かれる。
「ふふふ、じゃあその光景を馬鹿兎も一緒に楽しんでこようじゃないか」
そこへすかさず亀が手を伸ばすと、川に放り込もうとする。
「だから、騒ぎになるような事はしないで下さい」
澄華が軽く叩くと、たまたま大きく船が揺れ、亀は手を伸ばすが、澄華はすがり付いてきたうさで手一杯。なし崩しにどぼんと川へと落ちる亀。ま、河童だから大丈夫だろう、多分。
「丁度いい。エンゾウ、思いっきり遊んでもらえ!」
「え、うわ、ちょっとやめ!!」
喜八が笑って声をかけると、エンゾウが一声高く鳴き、亀にじゃれつく。
「亀、ありがとう!! 亀はやっぱりいい亀だったんだね!!」
その様を見たうさが目を輝かせて、喜八を見遣る。
「ふふふ、おいらのよさがやっと分かったか!! 素敵だと思ったなら、これからはちゃんと亀じゃなくて河童と呼ぶんだぜ!!」
賛美の眼差しに悦に入った喜八だったが、
「‥‥亀は、やっぱり正体偽る悪い亀でした。まる」
「こらこらこらー。だから、そこで完結するなと!!」
背中丸めてのの字を書いてるうさに、即座に突っ込む。
「ま、そんな事よりも」
「そんな事じゃなく、大事なことだ!」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り・も!!」
声を荒げる喜八を、更なる気迫で押し込めると小町は皆を促す。
「狸らも消えちゃったし、仕切り直しといきましょうよ」
「まだ、一匹残ってるぞ」
「てぃっ!!」
猫が指し示した氷の狸は、すかさずうさが蹴倒して川に落とす。哀れ四匹目も川の流れに消えていった‥‥。
「あいつらなら心配せずとも、その内復活するだろうから心配要らないさね。それより、秋の名月は今宵限り。さあさ皆の衆、楽しもうじゃないか」
船に上ってから、騒ぎの間もずっと飲み続けていた鼎。にもかかわらず、ほとんど顔色も変えずに上機嫌で酒盃を振り上げる。
「まぁ確かに仕切り直しには丁度いいな。やつら、外れ稲荷だけを全部喰っていってくれたし。残っている稲荷の中身は普通に五目ちらしだから安心していいぞ」
「こちらもです。皆さん用に用意した黄な粉に汁粉、来る身持ちや枝豆餡などの各種は無事ですし。おつまみにどうぞ。ただ、飾り付けが‥‥。せっかく知人に取って来て貰ったススキも台無し。まぁ、明のせいもほんの少しだけありますけどね」
涼哉が料理をもう一度並べると、月花も整えて回る。
「ちょっと待てええ! 俺を置いていくな!!」
船をよじ登って来た亀が、一息ついた後で訴える。
「む、亀戻ってきた」
「だから、亀じゃなくっ!!」
「そうは言っても、亀さんのお名前聞いてないのです」
足を踏み鳴らしてもどかしがる亀だが、ティーレリアがあっさりと横から疑問を口にする。
「‥‥そういえばそうだな。そも泣いて謝らせると言う行為は好ましくない。お互い理解しあえば自然と仲良くなれるだろう。とはいえ、呼び名が分からんのであれば他に呼びようも無いな」
賑やかのあまり、ついは失念していた事に気付き、蒼羅は亀を見遣る。
「だから!! 俺の名前は!!!」
「あー、そこ何してるんだい? せっかくの宴で無礼講に素面でいるもんじゃないよ。さあさ、呑みねぇ。たんと呑みねぇ♪」
すかさず流れる足取りで近付くと、鼎は企みを持った笑みと共に亀の口の中に酒を一気に流し込む。
「はれれれれー??」
「ほれほれ、もう一杯」
すぐに目を回しだした亀に、次々と鼎は酒を勧める。これでは名前を聞くどころではない。
「どうだい、あんた達も一杯」
「ごめんなさい、遠慮するです」
「悪いが、同じくだ。‥‥それよりうさ。どうだ、イギリスの話でも」
「お月様の話聞ける?」
杯を進める鼎に、遠慮がちにティーレリアは断り、蒼羅もそれとなく話題をよそに持っていく。
「さて、ようやくゆっくりとお話できるようになりましたが。猫様は本当に旅に行きたいのですか? つまりは私に貸しを作る事になったり。あるいはどこそこに旅に出るとか出来ないのでしょうか」
若干静かになった船の隅で、幸穂が尋ねると猫は鼻に皺を寄せる。
「貸し借りはもう面倒だからなぁ。目的告げていくのも、何か違う気がするし。気の向くままにどこかに行けるのが一番楽だからな」
「そういうものですか?」
「そういうもんだ」
至極、あっさり告げる猫に、幸穂は首を傾ける。
一応、偵察の依頼がないか陰陽寮に問い合わせてみた。が、陰陽寮はそもそも京の都から外は管轄外になるので、よほどがなければ動く事は無い。
もしあるなら小町を任にしてもらって、正式に旅が出来るよう計らってもらおうかと思ったのだが。彼女にしても、暇そうに見えて陰陽寮所属として動いている訳で。‥‥もっとも、物忌みにつき数ヶ月休むなんて事が平然とまかり通る社会なので、何が忙しくて暇なのかよく分からないが。
「でも、危険な目にあって欲しくないので、早々出歩いて欲しくは無いのですけど。お会いしづらくなりますしね。さしあたっては今度お会いする時お土産はいかがしましょう? 毎回マタタビも芸がないかなと」
葵が問いかけると、猫は息を抜いて笑う。
「そんなの気にすんなって。元気な顔見せるのが何よりの土産って奴だろ。元気すぎるのも何だけどな」
「い、今こっち向いてそんな事言ったですか?!! 酷いですー!」
怒りで頬を膨らませるティーレリアに、猫が声を上げて笑った。
途中からは岸辺に船を止めての宴会。話すだけでも言葉は尽きる事無く。
やがて東の空が明るくなり、朝焼けの色を帯びる。対して西の空は明るみを増していく紫の中に白い月がゆっくりと地平に沈もうとしている。
最後の名残を惜しむかのごとく、誰もがしばし言葉もなくその光景に見入る。
が、その中でうさは一歩進み出ると、拍手打って、神妙に月に祈り出した。
「お山からとっても遠い地に来ても、お月さまはやっぱり綺麗でした。ここで一生懸命頑張ったので、お月さまが好きな人も一杯一杯増えました。うさはがんばってます。これからもがんばります。だから、お月さまお願いです。うさのささやかな小さいお願いを聞いて下さい。どうか、来年の綺麗なお月さまが昇る日までに、お馬鹿な亀が賢くなって自分の事を亀だとちゃんと気付くようにしてあげて下さい」
「「亀じゃねぇ! 河童だああああああ!!!!」」
しごくまぢめに何を言うのか。
喜八と亀の心からの叫びは、静かな景色にいつまでも、いつまでも木霊していた。