士道不覚悟 〜新見錦〜
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月25日〜09月30日
リプレイ公開日:2006年10月03日
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●オープニング
京の闇は深い。
華やかな貴族たちの栄華の裏では、血で血を争う利権争い。夜の小道を歩けば偽志士が悪行を連ね、人斬りが意に沿わぬ者を始末する。挙句に人ならざる者もこれ幸いと闇に蠢き、妖魅が笑えば鬼が暴れ、死霊たちが泣き騒ぐ。
世を乱す者あれば、当然それを治める者がある。
古くは検非違使。その手に余ると見るや京都見廻組が結成され、さらには妖怪を専門に狩る黒虎部隊のようなものまで組織されていく。
新撰組もまた、そうした治安維持を目的として集められた組織である。摂政・源徳家康公の下、偽志士狩りを目的として作られたのだが、今やその枠を外れあらゆる揉め事に手を出している。
元の領分を越える新撰組が悪いのか、それともそれを片付けられない他組織が悪いのか。
ともあれ、そんな事情でその他治安維持組織とは少々仲が悪い。迂闊に現場でかち合えば、しばしば両者で血の雨を降らせる事すらあるという。
そんな多方面と折り合いの悪い新撰組は、内部に関しても纏まっているとは言いがたい。
新撰組の局長は芹沢鴨、近藤勇の二人。両者共に組織を纏めるに足る人材であるものの、芹沢は特にその性苛烈。しばしば独断で派手に動き、都人との衝突も絶えない。その勇猛果敢振りを賛美する者も多ければ、厭う者もまた多い。
加えて、近藤派と見られている一番隊組長・沖田総司が京都守護職・平織虎長殺害の嫌疑をかけられ、現在も逃走中。彼を信じるか否かでまた内部は割れ。
足並み揃わぬ彼らに世間の目もまた厳しい。源徳公にしても切捨てるには惜しいが、何らかの内部措置が必要とは考えている気配がある。
そこで、副長である土方歳三は隊規を定め、組の内部を改めようと動き出す。
曰く。
一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不許
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不可
右条々相背候者
切腹申付ベク候也
制定の裏にどんな思惑があるか。表ばかりを見て安心するには、少々油断ならないのが土方という男だ。
※ ※ ※
「無論、そんなもの芹沢さんは意に介さないし、近藤局長にしても何だかんだと渋っている。にも関わらず、今だにいろいろと動いているらしい」
冒険者ギルドに顔を出し、ご苦労な事だと鼻で笑うのは新撰組四番隊組長・平山五郎。新撰組設立以前から芹沢とは懇意にしており、深く芹沢を支持する一人である。素行の方は傍から見てる限り、あまり良いとも言えない。得てして芹沢派と呼ばれる者にはそういう輩が多いのだが。
「何をそんなに躍起になるかは知らんが。ともあれ、近藤を説得するに足る材料を見つけようと隊の粗探しをしているようだ。だからといってそれでおとなしくするのも酌だし、そもする気は無いのだが。‥‥少々気になる事があってな」
言って、平山は係員を見据える。
局長が二人存在するように、副長もまた二人存在する。近藤派の土方歳三に対して、芹沢派の新見錦。彼もまた平山と同じく芹沢と以前から付き合いのある者だ。
その新見がとある薩摩藩士について密かに調べている。
薩摩藩士は関白・藤豊秀吉の威光の下、夏の初めに起きた五条の宮の乱以降やけに幅を利かせている。不審な動きをする者も多く、それを警戒する者も多い。
そんな背景がある以上、新見が何か嗅ぎ付け独自に調べまわっているのだとしても不思議ではないのだが。薩摩藩士とはいえ、その相手は見るからに小物。探った所で何か事件性が出てくるとも思えないような相手だった。
とすれば、新見が調べてる理由はむしろ個人的な理由ではないかと勘繰るのは容易い。
「実は最近新見さんが懇意にしている遊女がいてな。その女は件の薩摩藩士に言い寄られているという」
そういう仕事なのだから、他に男がいて当然。だが、それでも面白く無いものは面白くない。
その藩士もあちこちでいろんな女に手を出したり、金を脅し取ったりと評判もよろしくない。
そして、女自身が不服に思ってるならなおさらだろう。どうも新見はその為に薩摩藩士をどうかしようと考えている節がある。
「新見さんは正直底が浅い。芹沢さんの下で働くには十分な力を持っているが、手綱を放せば浅慮が目立つ。おろかな話と普通なら笑い飛ばす所だが、あの人ならばありえない話でもないと考える」
新見も芹沢に負けず劣らず、性は苛烈。下手に突付けば簡単に刃物を抜いてくる。女の為にと薩摩藩士を斬り捨てる事などもあるような気がする。
「実は薩摩藩士に何か企みがあり、単にそれを調べ成敗する気でいるだけならいいが。そうでないなら‥‥。我らの刀はただ神皇さまをお守りすべくあるもの。このようなつまらん雑事に抜けば新撰組の名にも傷がつく上、結果的に得をするのは一人ぐらいだ。なので、そこらの事情を良く調べ、短慮で無用な諍いを作らぬようにしてほしい」
「その程度なら、御自分で探って相手に申せばいいだろうに。有能な手勢もいるのだろう」
どこか突き放した係員の言い方に、平山は怒りもせず逆に鼻で笑って肩を竦める。
「俺が言った所で聞きそうにも無いし、むしろ下手に気安い分迂闊に注意すれば、意固地になりかねんお人だ。ここまで調べた事がばれただけでも、不服そうにしておられたしな。それにこんな事に貴重な人員を裂きたくはない」
笑ったのは係員に対してではなく新見に対してのようだ。一応上官に当たるはずだが芹沢に対するそれとまるで態度が違う。
組織というのは得てしてそんなもので、一枚岩など到底望めないのかもしれない。そんな事を係員が考える。
とにかく募集だけはしてみると告げて、係員は貼り紙の準備をする。
その様子を平山は無表情に眺めていたが、そこで何かを思い出したようにふと口にする。
「ただな。気になるのは新見さんと女の出会いは女の方から接触してきた事だ。また、女の方がその薩摩藩士に言い寄っていたらしいと言う話もある。加えて、女の所には以前は土方が通っていた。今は無いようだが」
「‥‥。そういう事はお早く述べてくれませんかね」
書き連ねていた筆を止め嫌そうに告げると、楽しげに平山の目が笑む。
「実際どうなっているのかは分からんよ。妙な事にならんよう気をつけてくれ。京の平和の為にもな。面倒なら薩摩の男を斬り捨てて終わりでも構わんよ。ただしその後始末は自分たちでつけるようにな」
言って、平山はギルドを後にする。
浅葱色の隊服が去っていくのを見てから、係員はため息一つ。そしておもむろに募集告知の続きを書きだした。
●リプレイ本文
さて。京の商文化はツケ払いが基本にあり、節句の折に纏めて金を払ってもらう。
そうするとツケを踏み倒されても困る為、自然、得意の顔なじみを相手にするようになる。
また、接客するならなじみの方が、人となりもよく分かってきちんとしたもてなしが出来るというもの。
そんな背景を元に出来上がった文化がすなわち『いちげんさんお断り』。
京の揚屋茶屋は大抵これで。
「攻略は‥‥厳しいっっ」
な訳で、がっくり膝をついてパウル・ウォグリウス(ea8802)は項垂れる姿がそこに見られる。勿論、単に遊ぶだけなら他の手段もあるのだが、それで問題の遊女から離れてしまっては意味が無い。
「花街の人は口も固いですしねぇ」
月詠葵(ea0020)も情報収集捗らず。天を仰いで小さく息をつく。
新見と懇意にしている遊女についていろいろ聞いて回るが、これも上手くない。歳のせいも相まって、声変わりが済んでからと説教されて帰される事も。
とはいえ、それで引き下がっては仕事にならない。京特有の言い回しの裏をひたすら読んで交渉し、一抹の情報はどうにか引き出す。
「問題の遊女の評判は上々。新見副長や件の薩摩藩士の他にも何人も常客がいるって話だ。土方副長も一時通ってたという話は聞けたな。副長自身はすぐに通わなくなったが、遊女の方は結構入れ込んでいた素振りがあるとか無いとか」
首を傾げながら、パウルは話す。聞いた情報が少ないせいもあるが、聞いた情報自体も推論のような不確定さで今一つ信が持てない。
「遊女さんの氏素性はわりとはっきりしてますようです。近郊の農家の出で家が喰うに困り、年季奉公に出てきたようです」
「ともあれ、まだまだ情報は必要。ここは行動あるのみだ。という訳で、葵! 遊びに行くぞ!」
すっくと立ち上がり、葵の首根っこを掴もうとしたパウルだが、
「廓遊びはお姉ちゃんにメって怖い顔して怒られるのです。僕はもう少し別方向から探ってきまーす」
葵はその前にひらりと躱して早々と駆け出す。
「‥‥ちっ、逃げられたか」
一目散に離れる葵を見遣り、パウルは残念そうに舌を打った。
「おっと!!」
運んでいた手が傾くと、盆に乗せていた酒がひっくり返る。零れた酒は注文したお客自身にふりかかった。
「無礼もん!! 何するが!!」
「すんません。こいつは手伝いに入ってもらったばかりで」
即座に怒り出して侍は刀に手を遣る。慌てて店の店主が顔を出して頭を下げると、へこへこと将門司(eb3393)も並んで詫びる。
「ほんまにすんません。お詫びに料理でも振舞わしてくれんか? その訛りは薩摩のお人やろ」
「え、いや、これは‥‥」
妙に慌てて口元を押さえるが、司はそれを笑い飛ばす。
「隠そ思ても、郷里言葉は出るもんやて。ほなら薩摩料理がええやろ。こない遠くまで来ると、郷土が懐かしいんちゃいます? 京は遊ぶ所もそんなにあらへんし、つまらんやろ」
「いやいや、そうでも無い。京の女子は別嬪で品があって。まぁ、なじみの女がわしの言葉はやぼたいと言うんでどうにか直そうと思ってるのだが」
酒をかけた侍こそが目当ての相手。新見の恋敵(?)の薩摩藩士である。彼の馴染みの店を、伝を頼って聞き出し司は乗り込んでいた。幸い料理の腕は確かなので、一時的に雇ってもらうのは問題無い。
それとなく親しげに話しかければ、相手も気をよくしたか、べらべらと話し出す。酒も向ければ、その遊女の事を聞きだすのも難は無く。
「あの。そろそろお話したいと思うのですが」
話が脱線する素振りを見せたので、侍と相席していた女性がおっとりと声をかける。大宗院鳴(ea1569)である。話があると藩士の働く場所へ行ったのだが、遊女との事を告げればここではまずいとこの店に案内されたのだ。
「あいすまぬ。それで冒険者とやらがわしにどのような用向きか?」
司が運ぶ料理を褒めた後に、藩士は鳴と向き合う。遊女との事をもう一度話した上で
「わたくしは建御雷之男神の巫女をしておりますし、戦いは否定しません。しかし、争いが増長するのを放る訳にもいきません。今、新撰組との争いが起こっても薩摩藩には得策ではないと思いますよ。それに冒険者ギルドの依頼でわたくしが動いているのですから、他の方にも示しがつくと思います」
「何を言うとるんだか。新撰組がなんぼのもんか。偉いさんを殺りよったり、民衆を威圧したりと碌な話ば聞かんと思ちょったが、女取られたぐらいで逆上するようじゃ噂どおりの奴ら。所詮、東の田舎者の集まり。これからは薩摩が京を守るようになる」
諭す鳴だが、藩士はそれを鼻で笑い飛ばす。取り付く嶋も無いその態度に、鳴も少々困惑し次の言葉を出さずにいる。
「しかし、遊ぶにはそれなりの大金がいるんやろ? 庶民の俺には縁の無い世界や」
横から司が声をかけるが、
「ああ。その稼ぎ代で今月も碌に喰えん。なんで亭主、ツケにしてくれ」
「へぇ、おおきに」
藩士はふいとそのまま出て行く。店主は表向き良い顔をしながらも、藩士が見えなくなった途端に大仰に暗い顔でため息をついている。確かに先の話を聞いていては、きちんと後で支払ってくれるのかも不安になるというもの。
「なんつうか。新見の副長とほんまに似たり寄ったりのお人やわ」
「そのお二人が出会うとどうなるか‥‥。あまりいい考えが浮かびませんわね」
小首を傾げる鳴の言葉を、司も想像してみて身を震わせる。
それを想像だけに留める為、まずは協力してくれた店主に丁重なお礼を告げる。
「それにしても。どうして三人で仲良く出来ないのでしょうか。あ、土方副長も含めると四名ですね。でも出来ない人数じゃないですよね?」
「いや、それは人数の問題以上にいろいろと難ある思うで」
「そうですか?」
本気で考え込む鳴に、司は冷や汗をかきつつ、共に薩摩藩士の後を追った。
「新見先生、お供させていただきます。つきましては芹沢局長の下、沖田組長不在の一番隊をこの俺にお任せいただけるようお願いいたしたく。あ、勿論今回の花代は俺持ちで」
「目下に奢られてたまるか。妙な遠慮はするな」
微妙に下手に出たのが良かったようで、気を良くした新撰組副長・新見錦と共に遊郭に足を運ぶのは鷲尾天斗(ea2445)。
こちらは新見がすでに馴染みとあって、天斗は断られる事無くすんなり奥へ通される。
豪勢な座敷で待つことしばし。置屋から件の遊女が呼ばれて顔を見せる。
芸子・舞子が唄に踊りと騒ぐ中、それとなく天斗もその顔を伺い見れば、確かに男二人手玉に取るだけある美貌。立ち居振る舞いもなかなかで、とはいえ新見の相手をしている姿はどこか無理をしているようにも見えた。‥‥先入観からだろうか。
やがて若い者が声をかければ、芸子たちも下がり。新見も遊女と部屋を変える。
まさかそこまで入っていく訳にもいかず。天斗も案内されるままに部屋を出た。
そして、それから数刻後。新見の後を追いこっそり潜入していた島津影虎(ea3210)を天斗は見つける。
「おう、ここにいたのか」
「おや新見局長と一緒に帰ったのじゃないのですか? ‥‥にしても白粉臭いですね」
「今まで女性と一緒だったんだから仕方ないだろう。それより」
苦笑する影虎に、小声で言い訳する天斗だが、やがて無言で一方を指し示す。その意味は影虎も知る所で、やはり無言でただ頷くと物陰に隠れる。
やがて、件の遊女が廊下を歩く姿を見つける。
どこへいくのかとつけてみれば、別の座敷へお呼ばれ。そちらで待っていたのはやはり噂の薩摩藩士の方である。閉められた戸の向こうで、先に体験したのと同じ華やぎがあるのを見て、少々天斗は首を傾げる。
「なんか動きがあるっぽいので敢えて残ってみたが。新見さんはこの事知っているのかね」
「そんな素振りは無かったし知らないでしょう。ここの店主もわざわざ両者を勘付かせる必要は無いでしょうし、むしろばれないように苦心されてました」
薩摩藩士が訪れた時をたまさか目にして影虎は静かに笑う。
何気ない振りして新撰組が遊ぶ座敷と全く遠い場所を用意するのだから、ここの店主も相当狸だ。とはいえ、そんな気概でもなければ遊郭ではやっていけないのかもしれない。
「気になるのでこっちは見張ってますから、一旦お戻り下さい。新見さんが先に帰ったのに、連れられたあなたがいつまでも長居しているのも妙でしょう」
「悪いがそうさせてもらおうか」
影虎に断り、天斗はまたこっそりと部屋へと戻る。
「さて、将門さんの妹君が情報交換の場を用意してくれましたので、いろいろ情報は仕入れられましたが。本当にどういうつもりなのでしょうね。あの女性は‥‥」
お囃子響く座席の内ではさすがにずけずけと近寄れず。その中でどのような会話が行われてるのか。
こっそり新見との閨も覗いていた影虎は、その時の話を思い出し、睨むようにその騒ぎを見つめた。
朝まだ早き。夜の闇がゆっくりと薄れていく空の下、妙に浮かれ調子の薩摩藩士が一人歩いている。周囲に人影は無く。ただ鳥の声だけが‥‥。
「おや、お侍はんやないか。奇遇やなぁ。俺は出張板前の帰りなんやけど‥‥そや、今から一杯どうやろ? 朝酒もなかなかええもんやで」
「いや。わしは仕事が」
「硬い事言わずに。ちょっとだけやって」
不意に現れた司。驚き慌てる薩摩藩士を半ば強引に引いて連れ去る。
後に残るは静寂。その中でやけにその舌打ちする音は響いて聞こえた。
踵を返して立ち去ろうとする、音。だが、それはすぐに止まる。
「誰かと思えば副長さんでしたか。もう少しで魔法で攻撃するところでしたよ」
「何のつもりか?」
前に立ちはだかったゼルス・ウィンディ(ea1661)に新見は険しい目を向けている。
「先生。こんな所で刀抜いても薩摩が得して芹沢先生がお困りになるだけですよ」
刀に手がかかったのを診て、天斗がそれとなく制す。新見は露骨に顔を顰めたが、一応刀からは手を離してくれた。
「薩摩藩士に新撰組が下手に手を出せば、源徳・藤豊間で争いになりかねません。京はどうにも危うい均衡の上に平和が成り立っています。これを崩したくはありませんから」
だから、ゼルスは終始薩摩藩士の行動を監視し、その周辺に襲撃が無いかを警戒していた。経巻を使用して、インフラビジョンで外を見ていたが故に、物陰に隠れていた新見の体温も事前に察知できたのだ。
「申し訳ないが、いろいろ話を集めるに貴殿は踊らされているとしか思えません。もし迂闊に刃を抜けば貴方だけの問題ではなくなり、貴殿や同じ一派の立場が悪くなりましょう」
「何、それはどういう意味だ!?」
「いえ、私はお節介な人に伝言頼まれただけでして‥‥わわ!!?」
とぼけようとした矢先、影虎の胸倉を新見が掴み挙げる。周囲が止めようと大騒ぎする中、結局確証の持てる事柄だけを話す事になった。
ジークリンデ・ケリン(eb3225)が置屋に足を運んだのはそれから更に後の事。いや、遊女の人となりを知ろうと足しげく通いはしたが、やはり周囲の口は堅く。
それが今、どうにか遊女と相対しているのは、薩摩藩士と新見の騒動の顛末を伝えたからに他ならない。主人も薄々勘付いている様だがはあったが、刃傷沙汰寸前までになったとなるとさすがに放っておけず。それでも外面は関係なさげを装っていたが。
「新見さんには仲間が事情を話しました。もっとも、あなたと土方さんとの事までは確証無いので話していません。が、このままではその内勘付くでしょうし、そうすれば土方さんにもご沙汰が及びますよ」
遊女の顔は目に見えて固く強張った。その変わりぶりに影虎たちからの情報を加味すれば、ジークリンデは自分の想像がそう遠く無かった事を確信する。
「新見さんと藩士を手管に取って争わせ、土方さんに有利な状況を作る。愛する殿方の為、身を犠牲にするのは美しいですわ。でも、私は貴女にも幸せになって貰いたいの」
その一旦として身請けの話を出してみたが、これは主人からやんわり断られた。身請けには借金の他、遊女を辞めた後の生活も保証されねばならない。が、年若いジークリンデにそれが叶うとは思えないとの事。手に職持たない遊女は、いきなり野に放たれてもまた遊女に戻るしかない。それでは意味が無い。
「せめて、彼を思うのなら身を退いていただく事を約束して下さい」
言ってジークリンデは丁寧に頭を下げる。遊女は黙ってただ項垂れるばかりだった。
「確かに良くできた規則ではあります。が、成立すれば隊士は枷付けられたも同然で、いざという時に迅速な行動を取れない可能性も。加えて、妖怪などが姿を偽り謀略を用いて誰かを死に追いやろうとする危険も今の京では十分あります」
土方唱える隊規をそう考えるのはゼルス。故に発足の足がかりになりそうな今回の事態回避に尽力を出した。
そんな彼よりさらに直接的な行動に出た者も少なくない。
「現在一番隊組長の行方は知れず。例の局中法度だが、おっちょこちょいも多いから任地を無断で離れたり連携したりする者の罰則外したんだろうが。既存の組員と問題あるぞ」
壬生の屯所。当の土方を前にパウルはそう告げる。言わずとも、当然分かっていると思ってるので深刻な面持ちは無い。
刀の曇りを払っていた土方だが、やがてそれをしまうとふと笑んだ。
「先程、局長と一番隊の鷲尾が来て諌められた」
天斗曰く「勝手に組長代理を名乗っているが、新撰組を守る為には汚れ役もするつもり。法度自体は賛成だが、所属する隊士にも選択をする機会を与えては貰えないか」との事。
また、ジークリンデが近藤勇へ「法度も大事だが女性の想いを道具にして策を弄するのは如何なものか」と訴え、それが回ってきたらしい。
「今回の件はあの遊女が勝手にやった事だがな。お前達の言い分はしかと聞いておく。考慮もするし善処もしよう。だが、確約はしない。例え非難を浴びようとも、それが組に取って大事ならば俺はやる。喜んで泥も被るし鬼にもなってやる」
浮いた笑みはそのままで。しかし、見つめてくる眼光は鋭く。
遊女が勝手にやった。驚きもせず突き放せる以上、少なくともやっていた事を分かっていた上で放置していたのだろう。どこから絡んでいたかは知らないが、もはや意味の無い気もする。
静かにパウルは息を吐くと礼を取り、退室する。間際でふと足を止める。
「ああ、後。あの人、元気だったぜ」
「そうか」
顔を見なかったので、土方がどういう表情で告げたのかは分からない。ただその声は先までと違い。酷く優しかった。