風変わりな山賊

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月20日〜10月25日

リプレイ公開日:2004年10月30日

●オープニング

「ひいいいぃぃいい。い、命ばかりはお助けを〜」
 町から町への行商の旅。いい品求めて東へ西へ。当然、通る道は大きな道ばかりで無いし、たまには胡乱な道を通らねばならぬ事はある。
 前の町で噂は聞いていた。そんな人気が少ない道を足早に歩いていた行商人は予想疑わず山賊に遭遇。刀をちらつかせる相手に手向かう気も無く、あっという間に地に頭をすりつけて降参を申す。
 が、彼は噂を聞いていたのである。
「あああああの、ですねぇ。ここ、これ、すすす少ないですが‥‥」
 震える手で荷を紐解くと中から袋を取り出し、差し出す。金品の類ではなかった。そんな重さが無いのは見て分かる。
 その袋を見た途端、山賊たちは明らかにムッとした顔つきになった。一瞬、行商人は肝を潰したが、その山賊の中から嬉々として男が進み出てきた。
「お、分かってんじゃん」
 そいつは明らかに日本人ではなかった。常から見る色とは違う目で見つめられて行商人は戸惑ったものの、それに構わず相手は、ひょい、と気軽にその袋を取った。
 中身を手に取って匂いを嗅ぐと、満足したようにぺろりとそれを舐める。
「本当。少ねぇけど、ま、いいさ。命ついでに荷物もついでにカンベンしてやらぁな。ただ金子はもらうぜ」
「あああありがとうございます」
 あっさりとそう言われて、ほっとしたように行商人は頭を地に擦り付ける程礼を取る。
 渡した物の正体は、何て事は無い、ただのマタタビだった。前の町で買い求めた、要するに極普通の品だ。
 街道に山賊が出る。しかし、マタタビを渡せば比較的楽に道を通してくれる。それが行商人の聞いた噂だった。
 何だかよく分からない話だが、目の前の人物を見るにそれは本当だったと言う事だ。
 知識のある者なら山野に入って採る事も出来ようこの代物は、確かに薬や食材として取引されたりもしているが、金品の代わりとする程価値ある物では決して無い。
 日本では知られている植物だが、西洋では珍しいと聞く。とすれば、異国の男は何か勘違いしているのかもしれないが、まぁ、そのおかげで助かりそうなのだから滅多な事は言えない。
 財布は取られてしまったが命あっての人生だ。商品も無事だし、少々高い通行税を取られたと思えば十分だ。
 だが、
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、お頭ぁ。そんなはした金じゃあ、美味いどころかまずい飯にもありつけねぇ」
 行商人から奪った財布は確かに重そうだが、荷全部と比べると当然見入りは減る。だのに、その程度とマタタビだけで行商人を追い払おうとしているのを見て、他の山賊が慌てた。
 当然だろう。迷惑な話だが、気持ちはよく分かった。
「あー? 嫌ならてめぇらだけでやんな。別に俺はつるまなくてもいいし、押しかけてきたのはそっちだしな」
 慌てる山賊たちに構わず、異国人はうざそうに告げる。どうやら仲間意識はかなり薄いようだ。
 何やら様子がおかしくなってきた。本格的にヤバクなる前に行商人は気付かれぬよう、こそこそとその場から立ち去る。
「んだと、この!!」
「おい、よせ!」
 だが、その矢先。頭目の物言いが癇にさわったのか、いきなり一人が刀を抜いた。周囲が止めたが聞き入れない。手加減も容赦もなく、そいつは頭目へと刀を振り下ろした。
(「ひえええぇぇえ」)
 行商人は肝を潰した。脳裏に浮かんだのは無残に血にまみれる異国の男。その次はきっと口封じやらで自分が殺されるに違いない、と。
 だが。
「‥‥ってぇな」
 そう言ったのは頭目だった。別に血にまみれてもおらず、どころか傷一つ無い姿でただ顔を顰めている。
 刀は確かに頭目を斬ったように見えた。そう見えた。だが、だったら無事であるはずは無い。
 何が起きたか分からず、行商人はただただ目を丸くした。それは斬りかかった方も同じだろう。信じられないと言いたげに、刀と頭目を交互に見遣る。
 周囲の山賊はと言えば、呆れたような困ったような。だが、驚いてはいない。
 そして、頭目はと言えば‥‥
「やろうってなら、徹底的にやってやるぜ!」
 拳を固めると、斬りかかった者へと掴みかかる。呆然としていた相手は対処できず、逃げようとした時には襟首を捕まれ殴り飛ばされていた。転倒した所をさらに圧し掛かられ、がんがんと容赦なく殴りつけられている。
「待って下さいや、頭。そいつは新入りですけぇ」
「そうそう、頭の事は重々言って聞かせますから、気を静めて下せぇ」
 慌てて周囲の者がとめに入り、場は混乱状態に陥った。
 その気を逃す事は出来なかった。行商人は慎重に、されど一目散に今度こそその場から逃げ出す。
「ちっ。異国もんが」
「我慢しろよ。あいつがいる方が便利なんだし」
 行商人は無事に逃げ出す事に成功。離れる際に、そんな言葉を聞いた気がした。

 そして、

「この山賊らに関しての依頼が届いている」
 冒険者ギルド。今日も今日とて依頼が舞い込み、ギルドの係員はその説明に追われる。
「マタタビを渡すと通してくれるし、被害もまだ小さいので奉行所の腰も重く、放っとかれているようだが。流通の妨げになっているのは確かだし、この先付け上がってくると大変な事になる。なんで、今の内にどうにかして欲しいという近隣住民からの依頼だ。
 そこいらの悪党が数に任せて寄せ集まった程度の輩だが、頭の正体が聞いた通りよく分からない。あるいは見た者の見間違いという可能性もあるが‥‥、重々気を付けて欲しい」
 言って、冒険者たちに受けるか否かを問いただしていた。

●今回の参加者

 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea0475 皇 凪瑳(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2001 佐上 瑞紀(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2988 氷川 玲(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4068 常 緑樹(31歳・♂・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7786 行木 康永(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 街道に巣食った山賊退治。それ自体はよくある話だったが‥‥。
(「マタタビを渡せば通してくれる山賊‥‥。妙な者もいたものね‥‥」)
「妙な山賊、と言うかその頭目さんが妙だよね」
 考え込んでいた佐上瑞紀(ea2001)は、ずばりその事を草薙北斗(ea5414)に告げられる。考える事は皆同じなのだと、瑞紀は軽く失笑した。
 依頼の山賊――というか、頭目は少々変わっていた。
 山賊が異国人なだけでも稀な話。というのに、マタタビが好きでそれを渡せば街道を通す。極め付けが刃物が利かない。
「やっぱり‥‥猫のモノノケさんなんでしょうか」
「あ、やっぱりそう思う?」
 訥訥と考えながら話す小都葵(ea7055)に、北斗がはしゃぐ。マタタビ好きなら猫と連想するのは当然。もっとも、猫の妖怪も結構幅広くいるのだが。 
「もっとも、目撃者の見間違いかもしれないから何とも言えないよね。じゃ、頭目たちを探しに言ってくるよ」
 軽く手を振ると、北斗は行木康永(ea7786)と共に情報収集へと向かう。
「では、こちらはしばらくここで待ちましょうか。小都さんは優先でどうぞ」
 重い荷物を下ろし、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)は一息つく間も無く、天幕を組みだした。

 周辺の村で幾つか情報収集した後。北斗と康永は拠点を見つける為、街道を逸れて山に入る。風評だけでは絞込みにも限界がある。当たりは幾つかつけたが、今の段階ではどことも分からない。
「ったく。ギルドも了見狭ぇよな」
 山を歩きながら、康永、始終ぼやきっぱなし。
 頭目を冒険者にするべくギルドと交渉したが「犯罪者を招く事は出来ない」と即答。粘ってみたが、妖怪の疑いがありと考慮し、結局首を縦に振らなかった。
 ギルドはある意味信用商売だ。なので、誰もが冒険者になれる訳でない。どこのギルドでも、冒険者になる為には入会金と書類審査を余儀なくされる。勿論今活躍中の冒険者たちも、皆そうやって資格を取った訳で。
 ついでに言えば、ギルドは依頼仲介屋なので金品などの援助もしない。なので頭目対策のマタタビ購入費も出してはもらえなかった。
 ただ、断ってばかりも悪いと思ったか。個人的に知る安値の店を紹介してくれ、ティーレリア、北斗、葵も購入した事からさらに値引きしてくれた。まぁ、結果としては良しかもしれない。
 と。北斗が注意を促した。
 康永と共に素早く身を潜ませる。
 木蔭の間から動く人影が見えた。この山中、一般人のはずは無く、猟師にも見えない。
 向こうは気付いていない。これ幸いと、二人はその人影の後を追った。
 行き着いた先は見るからに廃村。その中のまだマトモな一軒へ入っていく。もう少し近付くと風体よろしからぬ連中が出入りしているのが分かった。
 その中には異国の青年が一人混じっている。捕らわれた様子も無く、むしろ指図している。例の山賊の拠点に間違いないようだった。
「で、どうやって接触するんだ?」
「そこは僕に任せてよ」
 康永は頷く。北斗は気付かれぬよう家へと忍び寄った。ある程度近付くと、風の向きを計算してマタタビの匂いを流す。マタタビ好きの頭目なら気付いて誘い出せるだろう、と。
 果たして。予想疑わず、外国人が一人、山へと踏み込んできた。そのまま邪魔無く話せそうな場所まで引っ張る。
「‥‥で、俺に何か用か?」
 拠点とは十分な距離を取った所で、問うて来たのは青年の方だった。承知している御近所で急に季節外れのマタタビが匂い出すのは不自然と言えば不自然。気付かれても仕方ないだろう。
 敵意が無いよう態度に気をつけながら、二人は姿を現した。
 相対してみれば、意外というか若い。西洋系で歳食って見えるが20代かそこらだろう。茶色の髪に、金にも見える茶色の目。だが、さほど変わった所は見当たらない。
「こんにちは、マタタビの頭目さん。どうして山賊なんてしているの?」
「金が無いから」
 きっぱりと。何の迷いも無く言い切る頭目。
「だったら働きゃいいじゃん。ま、冒険者は難しいが、上手くすりゃこいつにも不自由しねぇぜ」
「むっ、それは!!」
 康永が取り出したマタタビに、ぱっと頭目の目の色が変わる。瞬時にして奪い取ろうとしたのを、慌てて康永は躱した。
「こいつはまだ渡せねぇな。取り敢えず、山賊をどうにかする報酬って事でどうだい」
「よし、分かった。手を貸すぜ」
「早っ!!」
 やはり即答。一応手下というのに、良心の呵責等は無いらしい。
 ともあれ、こうして山賊退治が始まった。

「テメェら、話がある。よーく聞け」
 頭目が山賊一同を拠点に集める。明らかに面倒臭そうに従っていた山賊たち十数名。が、頭目の傍の見慣れぬ顔数名を見て取り、どよめきだす。睨みつけてくる集団に若干怯みながらも、ティーレリアは口を開いた。
「皆様、無駄な抵抗はやめて投降しませんか?」
「ああ? ボケてんじゃねぇぞ、姐チャンよぉ」
 途端、山賊たちの態度が悪化する。顔を歪めて口汚くののしり、聞く耳など持たない模様。ティーレリアを庇うように前に進み出ると、氷川玲(ea2988)が一言付け足す。
「おとなしく縄につけば、命は保証されると思うが?」
「くだらねぇ。だーれがお縄になんかなるかい!」
「頭ぁ、何でそんな奴ら連れてきたんです?」 
 が、結果は予想違わず。端から期待してなかったので、玲はただ呆れ半分に服の下の物をこっそりと握り締める。
「それじゃ、仕方ないよな」
「はっ、だったらどうするってんだい!」
「こうするんだよ!!」
 げたげたと笑いながら身構えた山賊たちに対し、玲はただ横っ飛びに飛んだ。
 直後、玲が立っていた場所から猛烈な吹雪が山賊目掛けて襲い掛かった。ティーレリアのアイスブリザードだ。玲が時間を稼ぐ間に詠唱を完了していたのだ。
「うおっ!」
 怯んだ山賊に玲は駆け寄ると、隠し持っていた小柄を抜いた。体を沈ませるや、一人の足目掛けて斬りつける。
「ぎゃあああ!!」
 斬られた賊が足を抱えて倒れる。傷としてはたいした事無いのに、やたら痛そうに転げまわる。
「もう一度だけ訊く。投降する気は無いのか? まぁ、命をさっさと散らすならそれもいいだろう」
 血付きの小柄片手に凄む玲。山賊たちは武器を抜いたものの、喉を鳴らし青い顔で睨み返すのみ。
「頭、何してんですか!? こいつらはあっしらを捕まえに来たんですよ。早く退治しねぇと‥‥」
 身構えながらも、焦り顔で山賊は告げるが。
「あの。手下さん達と揉めますけど、暫く傍観して頂けますか?」
「あ、いいのか? じゃ、楽させてもらうぜ〜♪」
「うぉら、マテェい!」
 ティーレリアの願いをこれ幸いと聞き入れ、後ろに下がる頭目。それを見た山賊が目を白黒、慌てて留めた。
「頭だぜ! いわゆる責任者! それがイの一番に逃げてどうする!?! ってか、てめぇらも和んでじゃねぇー!!」
「とか言って。俺がこいつらと立ち回ってる内にこっそり逃げようとか言う魂胆だったんだろ? さすがに盾代わりになる気はねぇよ」
 嫌味たらしく頭目が告げると、言葉に詰まる山賊一同。
「呆れたモノだね。これ以上諭しても、山賊辞める気もなさそうだし。‥‥ちょっとお仕置きが必要だね!」
 常緑樹(ea4068)が念を集中すると、オーラパワーを見せ付けるように発動させる。
「じゃ、本格的にいかせてもらおうじゃねーの!」 
 康永もフレイムエリベィションをかけると、山賊たちの中へと飛び込んだ。
「う、うわ!!」
 緑樹が両の金属拳に力を込めると山賊を叩きのめす。現場はたちまち混乱した。後ろからの隙を見て斬りつけてきた賊を、康永は振り向きザマに斬り捨てる。
 逃げ出そうとした者も勿論いる。というか、大半だった。
 だが、すでに背後にはストリームフィールドを纏わせた皇凪瑳(ea0475)が待機済みだった。
「逃がすとでも思ってるのかしら? 変り種の頭目はともかく、あなた達の様な性根の腐った連中を!」
 その隣、佐上瑞紀(ea2001)が冷たく見据えると、ソードボンバーを放つ。日本刀の重みをも入れた一撃だが、その分大振りとなり山賊たちが慌てて躱している。だが、それで混乱に輪がかかる。
「巻き起こりてわが身を護れ! 護風陣!!」
 叫ぶや凪瑳は賊たちを日本刀で斬りつける。武器を手に応じた賊だが、近寄れば渦巻く大気に阻まれ動きが鈍る。それを狙って、凪瑳は賊の武器を狙う。
「ちきしょう!! こうなったら総がかりでやっちめぇ! 数なら負けちゃいねぇんだ!!」
 誰かが叫ぶと、おおと賊たちは答えた。全員が腰の刀を抜き放つと各々冒険者らに斬りかかって行く。
 元より命をとるつもりはなし。
 瑞紀は峰打ちで構え、緑樹も叩き込む拳を致命傷にまで至らぬよう気をつけている。北斗もティーレリアや葵を庇いながら気絶させるに留めていた。
「このやろう!!」
 一人が大上段に刀を構えると玲へと振り下ろす。
 玲は躱したつもりが頬に一筋朱が入った。苦々しく思いながら、相手の懐深くに飛び込み、些末な鎧の隙間に小柄を差し込もうとし、
 驚愕する賊の表情が見えた。そして。
「‥‥‥‥何のマネだ?」 
 賊に刺さらんとしていた小柄は、しかし、横合いから伸びてきた手が無造作に鷲掴みしていた。
「いや。一応仲良くしてもらってた訳だから、見殺しはさすがに酷いかなぁ、と」
 告げたのは頭目だった。何のためらいも苦痛の表情すらなく、刃物を掴んだまま。
 玲は捻ってから小柄を引いた。それで普通ならば手は使い物にならなくなる。が、頭目はわずか顔を顰めただけ。小柄にも新たな血は無い。
「邪魔をするなら‥‥」
「やりあう気はねぇよ。いいじゃん、ここは武士の情けという事で」
「あいにく身分は浪人だ」
 不服そうな玲に、頭目はにんまりと笑う。
 二人が会話をしている隙に、命拾いした賊はこそーーっと後退し、
「こーら。逃がすと思うってちゃんと聞いたわよねぇ。まさか、『はい』と返事すると思ったの?」
 その前に瑞紀が立つと、艶然と笑う。顔を引き攣らせ凝り固まった賊に対し、容赦無く日本刀の峰を振り下ろした。

「ちくしょう、てめぇら。覚えてろよー」
「俺らが捕まるなら、頭も同罪じゃねぇかー。納得いかねぇぞー」
 打ち倒した後、ティーレリアと葵が縄で縛る。が、猿ぐつわも用意するべきだったと思うぐらいかしましい。
「うるさいなぁ。どうやら反省が足りないみたいだね」
 仲間の怪我を手当てしていた緑樹は顔を顰める。騒ぐ賊たちを睨みつけると、あからさまに金属拳を両手にはめてみせる。ぴたりと声が止んだ。
「反省するまで痛い目見るのもいいんじゃない?」
 瑞紀が言い放つと、賊らは一斉に青い顔で首を横に振りまくる。
「あまり、脅さないで下さいね‥‥。同じ命‥‥なんですし」
 ゆっくりと一言一言告げた後、葵は賊たちにもリカバーをかけてまわる。思わぬ優しさに触れ、涙ぐんでる賊たち。
「えと、頭目さんは?」
「俺? 怪我なし」
 葵が問うと、油を舐めていた頭目は軽く手を振った。本当に血一つどころか薄皮一枚破れていない。
「やっぱり、人間じゃないのでしょうか?」
「うーん、と」
 油を渡しても別に何の変化も見せない頭目に、多少がっかりしてティーレリアは問う。頭目は困ったように額を掻いた後、小さく息を吸った。
 直後、頭目の輪郭が歪んだ。耳と鼻が伸び、皮膚の色が代わり、毛がざわめく。 
 しばしの後に、変化は止まった。
「ま、こー言う事で」
 言って立ち上がったのは等身大の猫だった。獰猛そうな山猫が、着物もそのまま二本足で立っている。
 冒険者たちは唖然と口を開ける。賊たちは知る者と知らない者がいたのか、反応が割れた。
「キャアアアーーッッ!!!!」
 ティーレリアの悲鳴が木魂した。大絶叫は、しかし、恐怖ではなく、
「やーん、かわいいかわいい(以下略)」
「うのわぁあ!??」
 目を煌めかせて飛びついてきたティーレリアを、頭目は驚いて躱す。
「逃げられました〜」
「当たり前じゃっ!!」
 焦りながら頭目が告げる。避けられて泣くティーレリアを、葵が慰めていた。
「やっぱり異国から来た化け猫なの?」
「化け猫ではなく獣人の類だろ。俺の知識では詳しくは分からないが」
 首を捻った北斗に玲は告げる。化け猫は猫が化けるモノとされるが、獣人――ビーストマンはこの世界に取り残された異世界の住人の末裔と聞く。まぁ、人で無い事には違い無い。
「そういや、名前は何て言うの? 種族名とか呼び名じゃなくて個人名」
「さぁ? あったんだろうけど忘れた」
 気軽に問いかけた北斗と同じくらい、実に簡単に答えられた。
「無いのですか? だったら付けさせて頂きたいですけど」
 瞳を覗き込みながら葵が告げるも、相手は小首を傾げるのみ。
「別に。俺と分かりゃいいじゃん。‥‥じゃ、そろそろ行くわ」
 頭目は、有難う、と荷を持ち上げる。中には康永が一応報酬として渡した物の他、ティーレリアや葵からのマタタビも入っている。容赦なく全部持ってったので、葵のマタタビ酒作りも無くなってしまった。
「山賊を辞める気は‥‥無いのでしょうか? マタタビが欲しいだけなら、私の家にいらっしゃれば何とか‥‥」
 問いかける葵に、頭目は真剣に悩みだす。
「あー、どうしようかな? 元手かからねぇし楽だったけど」
「悪さを続けるなら、きっちり『お願い』させてもらいますよ」
 詠唱の構えに入るティーレリア。それを見て頭目はにやりと笑う。
「あんたらとやるのは面倒だし、やめとくか。もうちょっと穏便な方法を考えるさ。‥‥そうそう。土産ももらったからバラしたけど、正体は伏せといてくれりゃありがてぇな。‥‥お前らもチクんじゃねぇぞ」
 最後は賊たちに向けて。じろりと睨むと相手は竦みあがって頷く。
「頭目さん。またね〜」
「おお。運が悪けりゃまた会おうぜ」
 後姿に北斗が手を振ると頭目も手を振り返し、身軽にどこかへと去っていった。
「でわ。あっしらもこれにて」
 と、ぐるぐる巻きのまま、器用に賊が立ち上がる。
 が、
「お前らの行き先は奉行所だろ。他人の力に頼って他人の金品を奪うなどもっての外。捌きを受けたら、自分で汗流して働いて世の中の厳しさ思い知って来い!」 
 勿論、見逃すはず無く。凪瑳がジト目で睨むと、緑樹が全員に一発ずつお灸据えで殴り込む。
「ひでぇえええ。妖怪見逃して、俺らの扱いはそれ以下かぁ〜。暴力反対! か弱い人間に愛の手を!!」
「あー、うるさい」
 再びうるさくなった賊たちに、凪瑳は頭を抑える。どうやら平穏な居場所はまだまだ見つかりそうに無い。