●リプレイ本文
周囲の山々は秋の支度を始めて色づき出し。その恵みに肖ろうかという村は、しかし、一見長閑に見えてその実言いようのない緊張感が立ち込めていた。
原因は山奥で見かけた一匹の雪狼。その処遇を巡って村の者は二分していた。
「静観するのは手遅れになると思いますですけど、即討伐というのも短絡的だと思いますね」
思案しきりに斑淵花子(eb5228)は唸る。
討伐か静観か。意見としてはどちらも一利あるが、同時に不利益も存在する。それを天秤にかけるとどちらがマシか。冒険者たちの意見はどちらかといえば討伐だが、それでも村の者が出した意見とは別の意見を持っていた。
雪狼をどうすべきか。冒険者らに話を聞くべく、主だった者が村の集会所に集まっていた。
おとなしく座しているが、静観派も討伐派も殺気立っている。牽制て互いにらみ合う村人達を、落ち着けるように瓜生ひむか(eb1872)は香を焚き染める。
そうした上で、宿奈芳純(eb5475)は討伐派の主張を伺う。
「なるほど‥‥。雪狼が怖いというお気持ちはよく分かります。勿論、下手に手を出せば恨みを買うかもしれないというお気持ちももっともな事です」
納得する傍ら、静観派へのそれとない配慮も忘れない。
「しかしじゃなー。そなたたちはどのように戦うつもりなのじゃ? 一つ見せて欲しいの。そうすれば、私たちから助言も出来よう」
片目を閉じて軽く目配せ。西天聖(eb3402)が笑顔で向けるも、討伐派たちは顔を見合わせ、ぼそぼそと告げる。剣術が出来るように――実際、腕前はちゃんとあるのだが――振舞う聖の前で、自分の未熟を語るのは百も承知。であるが故に、臆したのだ。
「そりゃ‥‥こう竹槍で‥‥」
「愚か者が」
おぼつかない手つきで持つフリをする村人の手を、容赦なく聖は叩く。
「何をするんだ!」
「笑わせるでない! 男ならば守るべきものがあるのじゃろう。それは分かる。じゃが、接近戦一つまともに出来ぬ者が束になっても勝てぬのじゃ。まして人以上の能力があるものに太刀打ちできると思っておるのか!」
大喝されて、村人たちはさらに身を引く。
「ホンマに。あんたらが雪狼に殺られてもうたら残ってる家族とかどないすんねん。悪いけど、そこは静観派の言う通りやで。まぁ、こういう仕事は俺ら冒険者に任せときって」
「いや、しかし‥‥」
飛火野裕馬(eb4891)がどこか軽い口調で諭すも、まだ討伐派の表情は暗い。
「落ち着いて下さい。一般の方では危険だと言っているのです」
「そうそう、雪狼は戦闘経験のある冒険者でも危険な相手。村を守ろうという志は立派ですが、負傷は割に合いませんよ。最悪の事態もありえますしね」
宥めるひむか。東郷彩音(eb7228)が笑顔で口添えたのを神妙な表情で肯定し、そして告げる。
「私もほとんど皆さんと同じぐらいの力しかありません。けど、ほんの少しだけ芸が出来るから行けるのです。そもそも、言葉が通じないだけで狩るというのは山賊と同じ。ただ攻める側が今回は違うだけで野蛮な行為ですよ。彼等だって生きているのです。家族が居たら恨まれますよ」
「現実的に雪狼と会話が出来る訳無いじゃないか。向こうだってこっちに迎合する気なんてある訳がない。悠長に手を差し伸ばせば手をかまれるのがオチだ」
さすがに眉に皺を寄せて村人が抗議。ただ、言わんとしている事は分かるので、むしろ愚痴に近かったが。
「ですから、まず私たちが先行して説得を試みてみます。無理な時もこちらが戦うので皆さんは無関係として保つ為、手出しをしないで下さい」
「少しの間時間を下さいませ」
芳純に並び、ひむかも頭を下げる。
「交渉次第で村の安全を守れぬとあれば、その時は私たちが冒険者の責にかけて退治いたします。それで了承願えないでしょうか?」
「こういった時の為の冒険者ギルドですから、御安心下さい」
トウカ・アルブレヒト(eb6967)が心配そうに告げると、彩音も何でもないように明るく告げる。
討伐派は揃って目を合わせる。戦闘経験なら普通考えれば冒険者の方がある。その上で反対されては反論も難しい。
彼らとて妖怪退治に出たい訳でもない。村の危険の為に仕方なく戦うのだ。果たして冒険者の案を呑んで危険が及ばぬか、しばし無言で相談しあった後に自分たちがやるよりはマシだろうと頭を下げた。
「先程は手荒い真似をしてすまんかった。でも死なれると私も悲しいのじゃ」
聖は叩いた相手の手を取り、深く詫びる。目に涙を浮かべつつ、その手の暖かさが変わらぬ事に安堵しながら。
教えてもらった山道を辿りながら時折後ろを振り返り、そこについてくる人影が無いか聖は確認する。
「怪しい気配は無し。どうやらおとなしく村で待ってもらえてるようじゃ」
ほっと息をつく。
雪狼のいる場所は本当に山奥で丁度一山越えたような辺り。振り返っても村の様子は無く、確かに静観しようと言う意見が出ても不思議ではなかった。
無造作に伸びきった木が陽の光を遮り、冷やりとした冷気が辺りを漂う。だからこそ雪狼がいるのか、それとも雪狼がいるからこうなのか。
「さて、教えられた場所から動いていないのでしたら、そろそろこの辺りで出会いそうですね」
山の様子を伺いながら、芳純が辺りを見回す。
「それじゃ、そろそろ火の用意が必要ですね」
花子に言われて裕馬が松明を用意する。
「で、匂いに釣られて来ないでしょうかね」
そして、顔を顰めながら強烈な匂いの保存食を取り出す花子。立ち込めるその匂いに、冒険者たちは思わず身構えてしまう。
「みゃあ、ひふへっひょふへきるかふぁふぁりまへんはら、ひょーきへんもはんがへまひょうか」
彩音がお気楽に藁って見せるが、喋ってる事は鼻を抓んでいるので分からない。
「もとい。まぁ、いつ接触できるかわかりませんから、長期戦も考えましょうか」
ただ、何時までもそうしている訳にもいかない。少しでも匂いに慣れておこうと普通に話しかける。
「好物が何か分かれば、もうちょと用意も出来たんですけど」
匂いで鼻が馬鹿にならないか少々不安になりつつ、ひむかは嘆息する。精霊の知識はあっても、妖怪の知識は人並み程度。雪狼は人を襲うといわれるが、まさか人肉を用意する訳にもいかない。
振りまかれる匂いに悪戦苦闘していると、
「いました、あそこです!」
聖が声を上げ、一点を指差す。
何時の間に近付いていたか、茂みの影に巨大な白。今は雪が無いのでその姿は目立つだけだが、雪原で会えば紛れて気付かないだろう。
真白の狼は見付かったと悟るや、途端に身構える。
「かなり殺気立ってますよ。気をつけて」
視線を外せば即座に襲いかかって来る気配を感じて、さらに聖は注意を促す。
刺激しないように武器は出さないが、それでも皆を守れる位置を裕馬は立った。
そして、芳純とひむかが銀の輝きをまとう。その光を合図にしたか、雪狼が体に力を込めたが、
「待って下さい。少し話をしませんか?」
ひむかがテレパシーで語りかけると、びくりと雪狼が震えて止まる。動きは止めたが、得体の知れない声に警戒して毛を逆立てながら構えは解かない。
「まだ雪降る季節ではございませんが、何かお困りな事が起こりましたか? よろしければお話を伺いたいのですが?」
『何ダ、オ前ラハ』
芳純がやはりテレパシーで語りかけるが、返ってきたのは警戒に神経を尖らせる苛立った思念。
「キミは野生種なの? 誰か人と共に過ごしてたの? 主に何かあったのなら手伝える事があれば言って下さいです」
『何ヲゴチャゴチャト分カラヌ事ヲ』
殺気がさらに強くなる。慌ててトウカが割り込む。
「何故、ここにおられるのでしょう? いずこより来て、どんな理由があって住み着いたのです?」
といっても、こちらは芳純たちに通訳してもらっての事。返ってきた答えは単純。『獲物ヲ探シテイル』と。
「餌場ならもっと奥まった山の方が動物などもいるはず。他の群れを探すにしてもこちらにはいませんでした。ですから、どうか別の場所へ行くようお願いします」
『何故、我ガ指図ヲ受ケネバナラナイ』
「人間にも縄張りがあって、そこに雪狼さんが近付いているんで、ぴりぴりしている人がいるんです。だから」
『知ッタ事カ!』
彩音も呼びかけてもらうが、それを鼻で笑うと雪狼が地を蹴った。
「阿呆な事せんといてや!!」
術者たちを後方に引き込むと、裕馬はライトシールドをとっさに引っ掴んで掲げた。不自然な体制で受けた為に、体当たりをされて体勢を崩す。そこへすかさず雪狼が牙をむいた。
「くっ!」
着込んだ防具のおかげで、裕馬に傷はほとんど無い。が、殺気を近くで振りまかれて楽しい訳も無く、急いでそれを振り払った。
「私たちはこの数ですし、炎を扱う事もできます。獲物にするには不利ですよ!?」
『雑魚ガホザクナ!』
トウカが呼びかけるが、返答は実にあっさり。
「うーん。やっぱり楽観は出来なかったですね〜」
「人を襲う妖怪に容赦はいらないって事ですよ」
持っていた松明は横に。両手で太刀・天国を構える花子に、彩音も頷いて後方に陣取る。
裕馬が振り払うと雪狼はわずか身構えた後、また別の狙いを定める。
「許せ、すまないのじゃ」
だが、その雪狼に自ら駆け寄り、聖は両刀を振るう。右に仏剣・不動明王、左に霞小太刀。オーラパワーも付与して威力を増したそれを、すかさず叩きいれる。
剣の重さを加味した威力。その分、命中が甘くなるが、それは二刀流の技巧で押さえる。
それでも、当たれば威力は大きい。が、それを雪狼は機敏に躱す!
「速い!!」
聖の顔が苦渋に歪む。彼女自身、それなりの腕は持つのだが、それでも足りぬ化け物という訳か。
「厳しいですね。その上で、短時間でしとめないといけないとは!!」
花子も天国を振るうが、威力を挙げんと太刀を振るえば、狙いが甘くなり簡単に避けられてしまう。幸い、さすが天国、単に刻んだだけでも切れ味抜群。なので、あえて力技にこだわるのをやめるが、それでも躱される時は躱される。
「熱を加えて、はどやねん!!」
刃を松明で熱し、裕馬が斬りかかる。ただそれでは冷えるのも速い。熱い内に当たればだが、振るう内に冷えてしまえばただの鉄、即座に回復される。さらに刃を暖めている間も相手は待ってくれない。
「これはどう!?」
彩音の身が金の光に包まれるや、光線が雪狼に伸びる。太陽光を湾曲させた光は、しかし、毛皮を少し焼いただけ。力がまだ弱い。
これがただの獣相手なら、おそらくは前衛の剣士たちだけでも決着はついていたかもしれない。が、雪狼は大概の傷をただちに回復させてしまう。ただの刃物なら、傷を入れた傍から回復。故に一気に致命傷に持ち込まねばならないいが、雪狼の敏捷に振り回されあと少しが入れられずに逃げられてしまう。
例外は炎と熱だが、彩音の魔法では威力が足らず、松明の炎は牽制には役立つが殺傷となるとこれもどうやら微妙な辺り。トウカのヒートハンドを専門に使えば何とかなるが、問題は牙を剥く雪狼に接触せねばいけないという事で。
そんな冒険者らに対して、雪狼は攻撃も鋭い。裕馬と花子は防具で守られ何とかなっているが、他の者は傷が増える一方。薬の治癒も限度があり、時間が経つほどに不利になるのは冒険者の方だった。
「お願いだから、止めて下さい! キミを傷つけたくないんです!」
何度もチャームをかけてひむかは訴える。ブレスを吐くならストーンウォールで風除けを考えたが、幸いその気配無く。その分も集中できるが、雪狼の動きは止まない。
『オ前ハ見逃シテヤル。サッサトドコゾヘ行ネ』
否。攻撃対象からひむかは外されている。チャーム自体は効いているようだが、彼女以外はどうでもいいと行った所。
「これは、まずいですね」
状況を見ながら、芳純が苦い顔でムーンアローを飛ばす。これも専門で念じねば効果は薄いが、それだと発動も絶対とはいえない。何より魔法は無尽蔵に打てるものでもないのだ。
「しょうがない‥‥。ここは退くで!」
傷で動きが鈍くなってはさらに勝てる見込みも無い。冷静に状況を苦々しく思いながら、一同は場から離れようとする。
勿論、雪狼は見逃してくれない。だから、花子は強烈な匂いの保存食で気を逸らし、さらに裕馬が街道にまいておいた油に火をかけ道を阻む。火事にならないかが心配だが、今はそれにも構っていられない。
村に戻れば、冒険者らの報告を受けて騒然となる。手を出し仕留められねば相手は手負いの熊に同じ。いや、熊よりも厄介な相手。
攻撃した者を探しに村まで来るかもしれないと、静観派はそれ見た事かとはやし立て、討伐派も冒険者に任せたのはお前たちも同じだと罵り合う。
動揺と恐慌で村は混乱しているが、やがてすぐに収まる。いずれにせよ、雪狼の今後の動向とその対策が必要になる。それは確かだった。