その犬を捕まえて

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2006年10月26日

●オープニング

 世に動物は多いが、その中でも犬は自ら人に近付き従うようになったとか。
 そのせいなのか、犬を飼う家は結構多い。番犬として野山の獣の見張りに最適だし、時には自ら戦ってくれたりもする。単純に愛玩用として愛でるにも手ごろだし、猟に出れば獲物を追ってくれたり、自分の代わりに旅に出てくれたりといろいろ役立つ。
 そんな訳で、犬は割りと身近にいる動物である。
 とはいえ、人というのは身勝手で。懐いてくれるからといってその恩に必ず報いようとする訳でない。ささいな理由で気に入らずに捨ててしまう心無い人間もいる。
 また、愛情があっても、繋いで飼うというのはさほど一般的でないこの世の中。たいてい放し飼いで近所の連中たちと纏めて面倒みてたりするのだが、そうするとふとした弾みでどこかへ迷子になったりする。

「実はうちの近所の山に一匹そういう犬がいるのよ」
 やってきた女は、商売をやってるとかでずいぶんとはっきり物を言う。
「毛並みもいいし、よく肥えてるから多分元はどこかで飼われていたと思うんだけど。でも、そういう犬を探しているという話も聞かないところを見ると、逃げてきたかあるいは捨てられたか。とにかく、飼い主も探して無いんだと思うわけよ」
 そして、女は息をつく。
「その犬。人の気配がするとすぐに逃げちゃうの。多分、つらい事があったんじゃないかしら。でも、だからといってそのまま放っておくわけにも行かないのは分かるわよね?」
 問われてギルドの係員は頷く。
 犬は身近な生き物であると同時、危険な肉食獣である事も忘れてはいけない。今は人から逃げ惑っていても――いや、逃げているからこそいつかは自衛も兼ねて人を襲うようになるかもしれない。
 また、その犬を中心に他から逃げて野生化した犬が集まり群れと化せば、非常に厄介になる。
「だから、そうなる前にうちで引き取ろうと思うのよ。丁度番犬欲しかったしね」
「簡単に言うが。捨てたなら、犬の方に問題があるかもしれないぞ。病を抱えているとか、噛み癖があるとか」
 軽く言う女に対して、係員は注意をつける。気まぐれで拾ってまた捨てられてでは犬があまりに哀れでないか。
「まぁね。でも、見る限り病気の気配はなさそうだし、癖なんかはしつけでどうにかできるって話らしいから大丈夫かなと思うのよ。丁度旦那暇してて暇つぶしの相手は欲しかったしね。
 ――どちらにせよ、あの犬は捕まえなきゃ駄目でしょ」
 確かに。
 飼うにせよ、処分するにせよ。該当犬を捕まえる必要はある。
「ただ、問題はその犬が捕まらないって事よね。餌を持って行ったりしたけど、全然ダメ。警戒して食べてくれないし、近寄りもしないの。猟師たちが捕まえようと罠はったりしたんだけど、それも仕掛けがばれてね。おかげで人から離れて山奥に引きこもり」
 ひょいと肩を竦める女に、係員は頭を押さえる。
 おそらく、人間=自分をいじめる存在とでも思いこんでくれてるだろう。追い回されてさらにその傾向は強くなったと考えられる。
「面倒な事をしてくれたな」
「だから、どうしようも無くてここに来たんじゃない。ま、今の塒は分かってるからよろしく頼むわよ」
 ぼそりと呟く係員に、女はからからと陽気に笑った。

●今回の参加者

 ea9933 バデル・ザラーム(32歳・♂・ナイト・エルフ・インドゥーラ国)
 eb2933 ベルナベウ・ベルメール(20歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb6553 頴娃 文乃(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb6665 ロザリオ・ナイツ(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb6967 トウカ・アルブレヒト(26歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb7994 モンデイン・ストライク(24歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

神楽 龍影(ea4236)/ 井伊 貴政(ea8384)/ レベッカ・オルガノン(eb0451)/ 長寿院 文淳(eb0711)/ 日高 瑞雲(eb1750)/ 若宮 天鐘(eb2156

●リプレイ本文

 山をうろつき出した一匹の犬。元は飼われていたらしい犬なのだが、人に近付こうとしない。どころか、すぐに逃げてしまう。
 放っておいて野生化して凶暴しても困るし、出来れば家で飼いたいという依頼人からのお願いで、捕縛に動き出したのは六名の冒険者たち。
 大まかな居所は分かっているのだが、すぐにそちらへとは動かない。
 ベルナベウ・ベルメール(eb2933)とトウカ・アルブレヒト(eb6967)は、山から少し離れた村々をまず訪れ、そこから犬の飼い主を探そうとしていた。
「わんこさんの飼い主を探してますって聞きまわったんだけど、あのわんこさん、ここいらで飼われてた子じゃないみたい」
 しょぼんと肩を落とすベルナベウ。
「悠長にして、肝心の犬を探す時間が無くなるのも惜しいので簡単に聞きまわっただけですけどね。でも、どうやら遠方よりわざわざ馬でやってきた御仁がいたらしいです」
 物腰柔らかく、丁寧に話すトウカだが、言葉の裏には呆れたような気配が隠されている。
「何か大きな籠で犬を運ぶ下働き風の男を見かけた方が。その姿を見ずとも騒ぐ声を聞いた方もいましたし、家で不要になった犬を捨てたんだろうって話でした」
「酷いだよね。それで人嫌いになるなんて‥‥どんな仕打ちを受けたんだろうね」
「犬は人の良き友とも。それも双方の努力あっての事です。此度はどちらの努力が足りなかったか‥‥。まぁ、今の所どうやら非は飼い主の側にありそうですが」
 トウカの説明に、ベルナベウが頬を膨らませる。が、犬も思うとそれもすぐに萎み、悲しげにその眉を八の字に下げた。
「不要だから捨てるか‥‥。私は飼ってませんが、仲間が飼っているのは良く見かけます。冒険者にとっても馴染みの深い動物。誰の仕業までかは分かりませんが、痛ましい話です」
「おう。おいらのトシオは仲間の面倒も見てくれるいい奴だぞ。トシオ程有能でなくとも、そうほいほい捨てるのは良くないわな」
 バデル・ザラーム(ea9933)の視線を受けて、黄桜喜八(eb5347)も憤慨したように告げる。その話題の主である柴犬のトシオは、喜八の傍でお利口さんに伏せている。
「野良ちゃんの懐柔‥‥。出来るだけ平和的に解決したいけど、聞く限り、人間への不信感は相当なものね」
 ふうと息を吐く頴娃文乃(eb6553)。頑固者の相手は別に動物に限らずとも厄介なもの。
「ええ。捕縛は最後の手段。犬の意思でこちらにつき従ってくれるようになると助かるのですけど」
「何とか説得で済んで欲しいよね。そんな訳で、説得の程はよろしく。私も知識はあるから協力できる事はするよ。準備の間、知り合いの笛で気も落ち着いてきたし。うん、まぁ、何とかなるさね」
 宿奈芳純(eb5475)の肩を、笑顔で文乃は叩いて激励。
「わんこさんの心の傷、ちゃんと癒してあげたいな‥‥」
 ベルナベウは山を見る。広大な山の中、小さな存在は今どんな思いでいるのだろう。

 犬の居場所は見当ついてる。たまに方向を間違えるベルナベウに気をつけながら、後は塒に向けてバデルが聞いた山の地理と、芳純の占いなどを頼りに近付いていく。
「塒が近い。これ以上は慎重に動かねばならないですが、それもいずれ限界になるでしょう。鼻が利くというし、風上から近付くのが上策でしょうね」
「逆じゃないの? 警戒させない?」
「人間が来ると知らせた方がいいのでは。下手に逃げても簡易で殺傷力の低い罠を仕掛けているので、そう簡単に逃がしません。まぁ、猟師の罠に気付く犬ですから早々かからないでしょうが、警戒して動かなくなってくれたらそれでも良し」
 告げるバデルに、軽く考え込む一同。
「下手すると余計に心を閉ざしそうですが、奥に逃げられるのも問題ですしね。その前に説得に応じてくれればそれが一番ですが」
 それには対処にもよる。糸口を掴むのは芳純なのだから、失敗出来ぬと力みがちな体を宥めるようまずは深呼吸。
「川が近くまで流れてるってな。そっちからおいらは気配を消して回り込んでみるぞ」
「いい加減、水は冷たいわよ。風邪引いても診ないからね」
「河童は水の子! 行くぞ、トシオ!!」
 文乃の軽口めいた忠告を力を込めて応える喜八。促されてトシオがその後を追う。元気な姿は自身の上か空元気か。
 それからはさらに慎重に進む一同。下手に刺激すれば、せっかくの相手が逃げてしまう。
 果たして。
「いました。洞窟の奥に隠れてます」
 トウカが声を潜めて指し示す。
 洞窟というより、岩の横穴のような小さな場所。入り口より入る陽の光からさえ逃れるように柴犬の姿があった。ぴくりとも動かないように見えて、耳や目などの部分部分がせわしなく動いている。緊張しているのはよく分かった。
『こんにちは』
 なるべく警戒心を抱かせないよう注意しながら、芳純は距離を置いてテレパシーで話しかける。途端に、犬の身が遠目からでも分かる程震え上がった。
『何? 何々?』
『そちらに行ってもいいですか? 怖い事はしませんから』
『嫌ダ! 苛メル気ダロウ! 棒持ッテ追イ回ス気ナンダ!!』
 やんわりと思念で諭すが、柴犬の方はとんでもないと叫びだすかのように拒絶の意思を伝えてくる。
『分かりました。じゃあ、近付きませんから、人間からどんな酷い目に合わされたのか。教えていただけませんか?』
 それを宥めて、こうなった事情を尋ねると、恐慌交じりに訴えてくる。犬は人ほどに語らぬし、今はさらに興奮して同じような言葉を繰り返す。犬自身にも訳が分からない事が多かったのだが、それを辛抱強く聞き続け問い返し、足りない事柄を推測で繋げ合わせてどうにか裏が見えてくる。
「つまり。あの犬は結構いい家で飼われてたそうなんですが、その家で新しく別の動物を飼うようになったんです。段々見放されて寂しくなってた所に、久しぶりにその家の子供が近付いてきて。嬉しくなって飛びついたら相手が転んで怪我をしてしまい、さんざん怒られて捨てられた‥‥と」
 どの程度の怪我かは話だけでは今一つ分からない。どうやら事故らしいが、普通の人には犬の訴えは分からないのだから、怒られて当然ともいえる。話から怪我の程度によってはそのまま処分となってもおかしくはない。
「しかし、仮に故意に襲う凶暴な犬だとしてもです。さんざん打って叩いて近隣の村々への御迷惑も考えずに山へ捨てる辺りで、やはり飼い主の神経を疑いたくなりますね。実際こうして話を聞けた以上、そう悪い犬でもないようですし、あの犬に味方しても構わない気がします」
 話を聞いたトウカが同情した目を柴犬に向ける。その頃には騒ぎ疲れたか、一応犬も落ち着きを取り戻してはいる。とはいえ、警戒を解いた訳でもなく、耳は緊張ぎみに立ったままだが。
 そして、別方向。川から忍び寄った喜八がトシオを使いに出し、パラのマントで気配を消して様子を見る。とはいえ、動くと気付かれるので、ある程度からは近づけない。
「トシオ。がんばってくれ」
 そう告げると、後は黙ってトシオの動向を見る。
 近付く別の柴犬に柴犬は唸る。トシオは恐れる様子はないものの、どうしたものかと度々振り返る。それでも行けと命じられれば行くし、そのまま待機せよと言われたらその場にきちんと座って待つ。
 トシオに差し出された餌を犬は見ていたが、惜しそうな顔をしつつも食べない。
「うーん。やっぱりそう簡単に食べてくれないのかしらねぇ」
 すごく美味しいのに。と、用意した文乃は残念そうに犬の餌を見る。料理上手の知り合いに作ってもらった御飯はやはり美味しく――といっても食べたのは人間用に作ってもらった方だ――。痩せ具合から腹はすかせている筈なのに喰わないとなると、相当頑固らしい。
「いえ、まだ分かりませんよ? 一応話はしてくれてますからね」
 距離を置いたままの柴犬に辛抱強く芳純は語りかける。
「なぁ、せめて人間っぽくないんだし。おいらぐらいは傍によせてくれないかなぁ?」
 喜八が近付こうとするが、犬の態度は他と変わらず。というか、より激しく警戒しているようにも思える。
「えーとその。見かけない動物なので、胡散臭いというか用心したいというか‥‥らしいです‥‥」
「酷っ!!」
 思考を呼んだ芳純の言葉に、喜八が涙目になる。
「人間不信になる境遇には同情するが、基本的に犬は人の大事なパートナーとして認識されている。意地を張らずに手を取り合っていければいいのに」
 一人では寂しかろうと、バデルは見つめる。それとも、その寂しさすら代償にしても構わぬほどに他を恐れてしまっているのか。どちらにせよ、哀れな話だ。
「あのね。べうはわんこさんの事、大好きだよ?」
 尻尾は丸めて体の下にいれたまま。耳も伏せたり立てたりと嫌そうにしている犬。じりじりと距離を遠ざけているのを見て取り、ベルナベウが語りかける。
「何も痛い事しないよ? わんこさんと仲良くしたいの。だから、べうの事信じてくれる?」
 犬よりも高い目線にならぬよう気をつけながら語りかける。犬の方は反応なし。警戒して耳を動かすぐらい。
 少し考えた後で、ベルナベウはゆっくりと犬の方に歩き出す。近付く気配に犬は唸りを上げる。様子見で一応立ち止まりはするが、警戒しつつもベルナベウは慎重に歩を進めていく。
「おいで、怖くないよ」
 言って手を広げるベルナベウ。間近までこられて犬は臆して身を引いたが、
「ガウッ!!」
 進退窮まり、ベルナベウに鼻息も荒く噛み付く。
「あ!!」
 はらはらとその様子を見ていた他の者は、思わず身構える。ベルナベウは丸腰。防具も外しているので、下手をすると大惨事である。
 が、そこはさすがファイターというべきか。ベルナベウはその一撃を躱すと飛び掛った犬をぎゅっと抱きしめる。
「怖かったんだよね。辛い事とか一杯あったんでしょ? でも、もう大丈夫だからね」
 ベルナベウの腕の中で犬が盛大に叫んでいたが、それでも彼女は犬を抱きしめ離さない。
 一同が見守る中、犬の方が根負けしたようにきゅうと鳴いて大人しくなった。

「ご苦労さん。やっぱり大変だったみたいだね」
 待っていた依頼人の所まで犬を届けると、苦笑交じりでそう告げられる。
 それからも説得を重ねて、山を降りてくれる事も同意はしてくれたが。やはりまだ緊張するようだし、人のいる方には行きたがらない。村の近くまで来ると衝動で逃げ出そうとしたので、結局芳純がスリープをかけておとなしくさせて運ばざるを得なかった。
 今は依頼人の庭でトシオと並んでおとなしくはしている。というより、先行き不透明で不安になっているというべきか。
「事情は承知したよ。懐かないのも仕方ないね。‥‥これ以上怖がらせないよう注意しながら面倒見るよ」
 犬から聞いた話を告げると、神妙な顔で依頼人が頷く。
「時間があれば、飼い主を探してやりたい所だが」
「目撃していた人もいましたし、根気良く探せば見付かるかもしれません。ですが、犬の為にはなるのか。引き取らせてもいずれまた捨てるだけでしょう。‥‥一言注意したい気持ちはありますけどね」
 トウカに言われてバデルも頷く。
「怪我や病気の類は無いわね。健康そのもの。山で食べれてなかったから痩せてはいるけど、それでもいい犬だよ」
 犬の様子を診ていた文乃がそう太鼓判を押す。
「人が酷い目に合わせた訳ですから、癒せるのは結局人自身なんですよね」
「ああ、ゆっくり絆を深めて行くよ」
 芳純に言われて、依頼人は犬を見遣る。
 持ち帰った餌を犬に渡すと、警戒はして離れはするが一応食べてくれるようにはなった。
 後は時間と根気の勝負なのかもしれない。