●リプレイ本文
「あー、まだ続くのか‥‥。って言うか、五行思想? 何だそりゃ? ややこしいのは嫌いだーーー!!」
頭を抱えて身悶えるユーディス・レクベル(ea0425)。いっそ投げたいと言わんばかりの表情は、どこか他の面々にも似たようなものがあった。
「すみません、どうやらまだ何かあるようです。確かに言われれば気になる所ではあるのですが‥‥」
京都見廻組の碓井貞光も疲れた表情で頭を下げる。
「死体を焼くなんて変な盗賊だと思ってたら、そんな裏があったなんてね。っていうか、ここの所、立て続けに起きてるいろんな事件が関係してるっぽいって? 知り合いが言うには何かの呪術じゃないかって話だし」
「四方の事件。どこかで根が繋がってる様ね。どんな意図があるにせよ、放ってはおけないわ」
同じく見廻組のレベッカ・オルガノン(eb0451)と神木秋緒(ea9150)も地図を前に頭を悩ませる。白翼寺涼哉(ea9502)が持ち込んだもので、四つの事件の殺害箇所や原因、五行を考慮した上での位置づけや順番など事細かく記されている。もっともそれを作ったのは彼の知人だが。
「西は火剋金だとか。たしかに死体は火で焼かれてましたが‥‥」
「その残党の死体は調べさせてもらったが、焼かれてるのは主に胸――金気の肺だ。今回の死体は火傷が死んだ後から付けられている」
頼んで死体の検分をした涼哉が、その結果を告げる。
「死因自体は急所を一刺しで火傷とは関係が無いしな。だが、どうもその刃には毒が塗られていた可能性もある。毒草の類ではなかったがな」
「毒、ですか‥‥」
はあああ、と全力でため息をつく貞光。
「北では妙な黒尽くめの忍者が出たとか。忍者といえば暗殺で毒とか短絡的に考える事もできますけど、果たして、そもそちらがこちらにも関係してくるのか‥‥」
悩むその背を、不意に誰かがぱんと叩く。
「何を言ってるんぢゃ!! しゃきっとせんか! 確かに手がかりは少ない。だが、こんな時は――足・で・稼・ぐ!! これしかないじゃろうが!! 『探す基本は足』という言葉を知らんのか!!」
強い口調で、きっぱりと枡楓(ea0696)が告げる。挑むように周囲の面々を見つめ、喝を入れる。
「‥‥誰の言葉ですか?」
「うちじゃ!!」
自信満々に胸を張る楓。胸は小さくとも、気持ちは大きい。貞光はただ苦笑するばかり。
「トコロデ碓井ドノ? 以前ヤリ合ッタトイウ鬼、茨木童子トハ女性デスカ?」
「この紫頭巾についてだね?」
レベッカが賊から聞き出した人相書きを手に問うと、理瞳(eb2488)は頷く。
「それに関しては、直接やり合った綱殿に見せて確認したわ。覆面で分かりにくいのは確かだけど、考えられる年や恰好からして違うそうよ」
「ソウデスカ。此方ノ手ガカリハソノ女性デスガ、ソノ女ガ火ツケタ確証アリマセン。ケレドモ、気ノ巡リ――風水ノ話ヲ聞ケバ、共通ノ意志働イテイルト考エル材料アリマス」
秋緒の言葉に少し気落ちしつつも、瞳は告げる。
「呪術がらみだし、鬼とか関係してると思ったけど‥‥違うのかな?」
レベッカが首を傾げる。
「茨木以外に女の鬼でもいたのか、それとも神皇家に恨みを抱く奴の仕業か、くノ一なのか、妖狐なのか。いずれにせよ、この事件。放っておくと被害が広まりそうだな」
「そうですね。いずれにせよ、皆様お願いします」
涼哉の言葉に、貞光が頷く。かくて、彼らは調査を開始した。
落ち合う場所を瞳が手配する。茶屋の二階で、気分的に街道が見える場所を借りたが、その風景を楽しむ暇があるかどうか。
情報を集める為に、おおまかな時間を決めると早々と各自思う場所へと出かけていく。
「外れ、かな?」
室内に入ったので、自然、市女笠を脱ごうとしたユーディスは動きかけ、思い出してその手を引っ込める。金髪は目立たぬようレベッカが隠してくれた。下手に崩せばそれを自分でやり直さねばならない。
捕まえた賊たちが拠点にしていたその場所は実にがらんとした空洞に成り果てていた。めぼしい物は見廻組で差し押さえ、残されたのはどうでもいいものばかり。
「分かってる場所は、一応差し押さえているってね」
「まぁ、放っておく訳にも行かないからな。ただ持ち帰ったのは盗品ばかりで、女を示すようなものは無かった。案外、見落としもあるだろうし調べて損はないだろう」
踏み込む秋緒の後を、ユーディスが「そうかなぁ」と首を傾げつつ従う。
あれこれと埃を被りながら虱潰しに辺りを捜索する。しかし、これという物は出てこなかった。
「ダメだな。おいそれと証拠は残さないか。他の賊と接してる所に踏み込めれば良いんだが‥‥」
秋緒が天を仰いで息を吐く。
捕らえた奴らから他の賊について話を聞こうとしたが、口は固かった。基本的に彼らは縄張りを持ってその中で活動する。取り分が少なくなるだけなので、争う事はあっても組む事は滅多に無い。また他の賊の拠点が分かっていても、それで仲間を売るような真似はしない。つまらない事に命を張るのもこの世界という訳だ。
「私たちも街道に戻りましょうか。賊か鬼かを見てないか、街道の様子に変わりないかを聞きたいしね」
とはいえ、賊といえば死体を焼く妙なあの事件の話しか聞けず、鬼の話も際立ったものは耳に入ってこない。
「あー、なんかこうスパッと行かないものかなー」
秋緒が歩き出すその後ろで、ユーディスが苛立ち混じりの声を上げた。
瞳が訪れたのは少し山に入った人気の無い場所。そこに隠れるようにこじんまりとした民家が一軒建っていた。
逃げた賊の行きそうな場所を賊に聞いたのだが、どうやら死んだ奴らで全員だったらしい。こちらはすでに死んでいる事と何より裏切り者であるという意識からか、あっさり口を割った。逃げた一人が懇意にしている女が住んでいるそうで、頼るとしたらまずはそこだろうと。
まぁ、他に当ても無く、知った以上はという事で一応の足取りを追う事にした瞳。
女は最初こそ知らぬ存ぜぬで躱していたが、瞳の無言の圧力で渋々と話し出した。
「あいつら、しばらくは身を隠すってんであたしが世話してたんだけど、いつの間にか消えて。あたしを置いて遠くに逃げたんだと思ってたら‥‥そしたら」
女は唇を強く噛む。事件はすでに耳にしているのだろう。怯えの色が強い。
「紫頭巾ノ女ニツイテ何カ言ッテマセンデシタカ?」
女が短く息を飲んだ。怯えた顔はさらに蒼白にまで色を失う。
辺りを素早くと見回すと、激しく身を震わせ、睨むように瞳を見る。
「死体を焼けって頼んだって女だろう? あたしが聞いたのはそれだけさ。いつも覆面で顔を隠して、死体を焼いたら報酬だけ持って来て。素性も分からない不気味な奴だってね。あいつらも妙だと思って仲間の一人が後を付けたら、途中で勘付かれて殺されそうになったって。でも、死体が焼かれてたって事ならあの女が殺ったんだろう? 何者なんだい、その女は」
「サア? 何物ナノカ‥‥デス」
不安からか口早に喋りたてる女。瞳の腕を掴み、すがるように見てくる。ほんの悪戯気分で、思わせたっぷりにすごんでみると、哀れな程に身を凍らせる。
「なあ、あんた本当にお役人じゃないんだね?」
「エエ、関係無イデス」
「だったら、この話も誰にも言わないでおくれよ。もしかしたらあたしも殺され‥‥ああ、そうだ」
激しく頭を振ると、さっさと帰れと瞳を突き飛ばし、扉を閉める。
すぐに聞こえてくる物を動かす音。どうやら夜逃げの為に、荷造りを始めたようだ。
「すみません、こういう女性に心当たりないでしょうか?」
「さあねぇ。けどこの女性がどうかしたのかい?」
茶屋を訪ねながら、レベッカは紫頭巾の女性を探って回る。
「いえ。ちょっと別れた恋人を探したいって人に頼まれたんです」
「恋人ねぇ‥‥。顔も知らないって事は碌な出会いじゃなかったんだろう。諦めるよう諭した方がいいんじゃないかい?」
「うーん、そうか。実は私も会わせるのがどうかと思ってるんですよぉ。だから、あの人の耳に直接入らぬよう、見かけたら私に知らせるだけにして、この事も内緒にしておいて下さいね」
心配そうに諭す店の者に、レベッカは笑う。心得たよと笑んで返した相手にお礼を告げて店を出た。
「どうだ、そっちは」
店から出たレベッカに尼僧が声をかけてくる。とはいえ、その声は男の物。市女笠を上げると涼哉の顔がそこに見える。
「いいような悪いような。似た人は見たという人もいたけど、そんな注意して見てないから、確証も得られないのよね〜」
大仰にレベッカが肩を落とす。その顔を、涼哉の隣で柴犬の子龍が不思議そうに見上げていた。
「死体検分の際に、サンワードで火をかけた人について聞いても『遠く』としか言ってくれないし。占いでは隠れてるものに注意と出たけど、本当に雲を掴むような話だわ」
ちなみに太陽から方角まで教えてもらうにはまだちょっと力が足りない。
「だが、根を上げる訳にもいかな――どうした? 子龍」
涼哉がいう傍から、子龍が耳をピンと立てる。低く唸ると即座に走り出して行った。
「どうしたの?」
「何か見つけた‥‥のか?」
二人顔を見合わせると、即座にその後を走り出していた。
事件現場となった所は、木々が乱立し人目に触れにくい場所だった。全く目撃例の無い場所となると、逆に見通しが良すぎて否応が無く人目にさらされる場所。
「犯罪者は隠れるのが好きじゃのぉ」
事件は現場で繰り返すか、あるいは改めて別の場所で行われるか。そう見当付けて、楓は予想する場所を重点的に見て回っていた。
で、倒れている死体を見つける。
女の死体はただの死体。そう表現するのはおかしいが、様は焼けた所が無かった。
だが、用心しながら近付いてみると、死体が濡れているのが分かった。油と気付いた同時、横合いの茂みから人が飛び出てくる。
「くっ!!」
構えた刃が見えた。避けようとしたが間に合わず、とっさに庇った腕にそれは吸い込まれる。
飛び出してきたのは女。紫の頭巾で顔を隠しているが、結構若い。探していた人物だとはすぐに知れた。
手にあるのは血塗れた短刀。だが、斬られた痛みはやけに強い。
覗いた目から確かな殺気を放ち、楓を見る。楓は忍者刀を抜こうとしたが、確かな刀捌きでさらに斬りつける。
「そこで何をしているの!!」
犬の鳴き声と共に誰何の声が入った。子龍先頭に、レベッカと涼哉が駆けて来るのが見えた。激しく身を震わせると女は狼狽し、直ちに身を引き逃亡にかかる。
「大丈夫か?」
「ああ、すまんの」
コアギュレイトを仕掛けようとした涼哉だが、女の逃げ足は速い。追いかけようかとも考えたが、楓の傷を放ってはおけなかった。
斬られた傷跡にリカバーをかけ、ついでに死体も見る。
「刀の筋があの死体と同じだな。多分使われている毒も。とすれば、今回の事件はやはりあの女が仕組んでいたか。‥‥傷はリカバーでどうにかなるが、毒の方は何かよく分からん。命に関わるようなものではなさそうだが、急いで治療できそうな寺に行く方がいいな」
涼哉の見立てに、楓は頷いた。
「それにしても、あの女。何を企んでおるのか良く分からんのぉ」
毒の為か、傷を消してもらってなお痛みを感じつつ、楓は首を傾げる。
二人が駆けつけた時に紫頭巾が見せた表情。それは隠されているとはいえ、間近にいた楓にははっきりと分かった。
あの時、女を支配したもの。それは純然たる恐怖の色だった。