●リプレイ本文
北の山に死体が埋まる。死体の腹には臓物の代わりに土が詰められるという変わり様。
調査に乗り出した京都見廻組の占部季武と集められた冒険者たちが見たものは、泣き赤子と丑の刻参りの女性と謎の黒尽くめ忍者。
「面倒な事になっていますねぇ‥‥」
難しく顔を顰めるのはセドリック・ナルセス(ea5278)。
「東は自分らの局長が依頼に赴いたので少々話を聞いてみましたけど。呪術云々の話が出てますが、各所での出来事に関連があるかはまだ断定出来ないかですね」
海上飛沫(ea6356)が告げる。ちなみに、維新組という集団に属しているおり、小坂部小源太(ea8445)もその一人。
京の東西南北で起きている事件。見付かる死体が五行に擬えているらしいという不審点はあるものの、それが偶然なのか必然なのかはまだ推測である。
そう言い置き、しかし、飛沫は険しい表情で一同を見つめる。
「ただ、各所に何者かの明確な意思で事件が起こっているとは言えるでしょう」
「何とも謎の多い話だ。が、良からぬ企てが進行しているのなら、捨て置く訳にも行くまい」
李飛(ea4331)が大仰に肩を竦める。気の無い素振りを見せながらも、その実真剣に今回の件を考えていた。
「少し気になっていたのですが。その黒装束の忍者、黒子党ではないでしょうか? 泣き赤子が傍にいたというのも気になります」
「黒子党?」
「ええ。あ、これは便宜上に付けた名で正式に何と言うかは知りませんが。以前、京都で人斬りや妖怪を斬る騒動を起こしていた黒尽くめの忍者集団です」
考え込んでいた須美幸穂(eb2041)がふと口にする。皆が注視する中、説明すると季武がぽんと手を打った。
「ああ、いたなそういう奴ら。いや、俺は話しか知らんが。しかし、あいつらはどちらかといえば京では強盗目的の辻斬りや近隣の妖怪退治とかをやってたような」
首を傾げる季武に、幸穂は戸惑いつつ頷く。
「そうですね。しかし、目的が変わったのかも。勿論、別の輩とも考えられます。西の事件を担当してます碓井様とお話はさせていただきましたが。向こうで怪しいとされてる女性にも心当たりありませんでしたし」
「播州での騒動の後に京都を狙う何者かと組んで世間を騒がしたとも考えられる。可能性として留意してもいいかもしれない」
嘆息ついた幸穂に飛が一声かけた。
「各所での実行犯と思わしき者を押さえるのが手堅いですね。とはいえ、こちらもどこでどうしているのやら」
「聞けるところから行くしかないわね。今持っている手がかりを伝っていけば、いずれ全容を明らかに出来るはずよ。その際、行動はなるべく複数で」
飛沫の言葉に、ラシェル・ラファエラ(eb2482)が声を張る。
「やれやれ。やっぱそれしかないか」
頭脳労働は苦手なんだけどな、と季武がぼやいていた。
事件の手がかり。この場で一番手っ取り早く手に入るのは、封印された泣き赤子だった。アイスコフィンで氷漬けにされた赤ん坊は、そうしてみる限りはただの赤子と変わらない。
まずは幸穂が、封じ込めたまま泣き赤子にリシーブメモリーをかける。テレパシーでも聞きたかったが、封印された相手はそちらには全く答えてくれない。
「あの忍者が先に事件を起こしていて、そこへ泣き赤子がふらりとやって来たみたいです。死体を埋めるのを見て自分もそこで遊ぼうと思ったようで。ただ、それから忍者は泣き赤子の行動を見張っていたみたいですね。自分には近付いて来なかったものの、埋めた遺体を掘り出されたりして怒ってるみたいです」
聞ける情報量は少なく。あれやこれやと試行錯誤しながら聞き出した頃には魔力も尽きて、幸穂は手近な場所に座り込む。
「それでどうしますか? お話を聞くなら、このまま封印を解きますけど」
冷えてきたとはいえ、まだ外気は暖かい。放置していれば魔法の氷もじきに解け、赤子は解放される。
その際、うっかり引きずり込まれぬよう、飛沫は氷の下に毛布や板を強いて、地面との接触を阻んでいる。再封印も、そもアイスコフィンをかけたのは飛沫なので問題は無い。
少し考えてから、幸穂は首を横に振る。
「いいえ、もういいでしょう。どうも忍者の正体については詳しく知らないようです」
「分かりました。じゃ、このまま戻しておきますね」
再封印するには一度アイスコフィンを解かねばならない。氷を溶かすのはすぐに済むが、今の所保存も良さそうなのであえて溶かす必要も無さそうだ。溶ける手間を考えるとその間に調査に赴いた方がいいだろう。
なので、飛沫は特に何もせず泣き赤子はそのまままた元の置き場に直して置いた。
事件現場に藁人形と五寸釘を持って現れた女性に、事情を聞きに行けば、女は暗い家に気鬱に沈んでいた。
「わたくしの信じる神は、悩む全ての人々に手を差し伸べます。お辛いでしょうが、お話を聞かせていただけませんか?」
ラシェルが優しい口調で女性に願い出る。
頑なに身動き一つしなかった彼女が、いきなりわっと泣き出す。後はラシェルにすがりつき、延々流れる恨み節。それに否定や感想を述べたりはせず、他の者も、黙って女性の気が済むまで話させていた。
「呪いは地獄への通行手形。この世で顔を見たくない相手と地獄でも顔を合わせたいのですか?」
「今以上の地獄があるものですか。あいつの苦しむ顔が見れるのなら、地獄に落ちてもむしろ本望だわ」
セドリックが諭すが、相手ははっきりきっぱり。げに恐ろしきは女心だ。
「そう仰らずに。方法はよくありませんが、今を変えようと行動したあなたなら、きっといい方法で幸せになりますよ? ほら、髪が乱れてます。この櫛で整えてはいかがです?」
「‥‥ありがとう。優しいのね。ああ、あの人もその優しさがほんの少しでもあったなら」
それでもめげずにセドリックは彼女を宥める。朱塗りの櫛を手渡すと、女性は落ち着いたようで。愚痴はあいかわらずだが、その声は先ほどよりも丸くなっている。
「失礼だが、どうして丑の刻参りを? その、他の直接的な手段とかもあるだろう」
周囲に人気は無いが、どう人の耳に入るかも分からない。飛が用心深く声を潜めて問いかけると、女はまた固く唇を噛む。
「だって、苦しめばいいと思ったんですもの」
「ですが、呪いの作法は誰もが知る知識ではありません。この方法は誰から伺ったんです?」
拗ねたように告げる女性に、セドリックも表情険しく問いかける。すると女性は意外にも首を傾げる。
「誰と言われても、何となく噂で聞いたとしか‥‥」
「分からないのですか?」
「だって、皆が言ってるわ。藁人形に呪いたい相手を示すものを入れて、木に打ちつければ相手は苦しむんですって」
当然のように言われて、一同の方が目を丸くする。とはいえ、藁人形は越後屋が福袋に入れた事もある(何故そんな物を入れたのか少々問い詰めたくはあるが、それはさておき)。皆というのは女の誇張にしても、知る者は知っていてもおかしくは無い。
「あの場所に行こうとしたのは?」
「北の神社で参った人が相手を呪って苦しめたって聞いたから、きっと効果があるんだって思ったのよ。それにあそこだと人目にもつかないもの」
言って、女は急にうろたえ出す。
「でも、私結局やってないわ。見付かってしまったもの。あいつだってぴんぴんしてるし。私は無実よ。だから、大丈夫よね」
さっきと言ってる事が違うのに女自身気付いているのか。
狼狽する女を宥めて、一同は家を出た。
そして、全員が山へと集う。
やはり現場を洗うのは基本中の基本。とはいえ、その効果の程は。
「死体‥‥ですね」
見れば分かるのだが、できれば否定が欲しくて小源太は告げる。インフラビジョンで周囲を見渡すが、そこにはもう誰もいない。
木の葉に埋もれるように転がった女性。鳥につつかれ、あちこち無残になっている。その中で目を引くのは腹。捌かれ土が詰められている。
山と一言で言えど、隠れる所など‥‥隠す所など無数にありすぎた。
「まだ新しいから、血の後が残ってますね。土に染み込んで分かりづらいですけど、多分ここが現場でしょう」
「だが、腸は見当たらないな。すでに喰われた後か、それとも――犯人が持ち去ったか」
飛沫が鋭く周囲を見渡す。それから、頭上を。そこにいるのは鳴き騒ぐ烏達。餌をとられてご機嫌斜めようだ。
「街道沿いに野党出没注意の看板を立ててきたわ。これで少しでも減ってくれるといいのだけど。‥‥御遺体は清める?」
「待った。証拠が流れないとも限らないからな。ま、考えすぎだろうけど」
清らかな聖水を手にしたラシェルを季武は制止する。
「近隣の村で聞きこんだが、丑の刻参りは以前からよく行われてたそうだ。ただ、泣き赤子の後にもいたのかどうか。目撃例は無かったし、賊を見つける為に張っていたんだがそれらしい人とは俺も見ていない」
「呪詛は人に知られると自分に跳ね返ると言われてますから。後ろめたい気持ちもあるでしょうし、この間見廻組が出たばかりなので警戒でもしていたのでしょう。神社でもファンタズムで丑の刻参りの女性を使って、賊が来ないか待ってましたが、誰も来ませんでしたし」
見つけたいのは被害者でなく、加害者の方。嫌そうに顔を顰める飛に、幸穂が言葉を添える。
「そういえば。教唆者が本当にいないか、あの女性から聞き出した話を元に噂を辿ってみたのですが。そっちにはたどり着けなかったのですが、妙な話を」
「妙?」
「ほら、東で死んだ人はこちらで死んだ人から恨まれてたって話だったでしょう? ですから、北で呪えば相手は死ぬとかいう話がついてきました。もう少し現実的に言えば、北で呪えば誰かが殺してくれると」
「はあ? 何だそりゃ」
素っ頓狂な声を上げる季武に、疲れた顔でセドリックも両手を上げた。
「西の紫頭巾、北の黒子党、東の死人使い‥‥、今まで逃げた悪党を誰かが一斉に呼応させたかと思いましたが、黒子党以外に該当しそうな話はギルドでは聞きませんし」
ちなみに南の事件で押収してある水馬の手綱は極普通の手綱だった。
「陰陽寮で調べると、四つの地は京都の四神相応。とはいえ、今回の事件でどうなるかはまだ分からず。陽動と考えてもその目的が分からねばどの道意味は無く」
「ややこしい話だよ、全く」
幸穂の説明に、季武が天を仰ぐ。
「とにかく、あの女性の保護と泣き赤子の警備はしておいて欲しい。口封じや奪還に来る可能性があるからな」
飛が告げると、季武が神妙に了承する。
その頭上では黒い鴉が恨めしそうにまだ鳴き騒いでいた。