奥方の怪
|
■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月25日〜10月30日
リプレイ公開日:2004年11月04日
|
●オープニング
ガタガタと今日もその屋敷から物音が聞こえてくる。
大きな家だ。それも当然、ついこの間までここいら一帯を仕切る庄屋の家‥‥だったのだ。
そう全ては過去の話。
庄屋には一人娘がいて、数年前に入り婿を迎えた。そのすぐ後に前の庄屋はぽっくりいったが、この娘がよく家を切り盛りし、村を守っていった。
旦那はやや気弱で、女房の尻に敷かれているなどと陰で笑われもしたが。なに、それはからかい半分の褒め言葉のようなもの。二人は傍目には仲のいい夫婦に見えた。
しかし、傍目とはやはり当てにならぬ。厳重な塀を持つ庄屋宅の内側で何があったか外からは知れぬもの。
詳しい事は結局分からぬじまいとなったが、その日、旦那は使用人の娘と駆け落ちをしようとしたのだ。
手に手を取って全てを捨てて、新天地で新しい暮らしを得ようとした二人。だが、そうは上手くはいかぬもの。寸前で奥方に気付かれたのだ。
可愛さ余って憎さ百倍とはよう言うたもの。嫉妬に狂った奥方は旦那を殺し、駆け落ち相手を殺した。果てはこの二人の仲を取り持ったのだろうと、諌めに入った他の使用人たちにもあらぬ嫌疑をかけて切りつけ、その挙句に自分の喉を切って果てた。
転がる死者と倒れる傷者と。現場は血の海に全てが沈み、あまりの凄惨さに見た者の中には気を失う者もいた。
数日後、重々に葬儀が執り行われた。死んだ二人には子が無く、めぼしい縁者もいなかった庄屋の家は絶えた。村の政は次に大きな家に無事に移った。
すべてが終わり、今では誰も寄る者が無い家。なのに、毎夜、屋敷から物音が聞こえる。
「‥‥あの人はどこ?」
囁く声が聞こえる。
「愛おしいあの人。来世までも添い遂げようと誓うたのに‥‥」
嘆く声が響く。
「ああ、あの人はどこ? 私をおいてどこに行く」
迷う声が辺りを彷徨う。
「逃がすものかっ! 渡すものかっ! 誓いを破るはそなたの咎ぞっっ!!」
怨嗟は闇へと轟く。時の果て、この世の果てまでも呪い殺さんばかりの負を持って。
そして、冒険者ギルドに依頼人が現われる。
「恐ろしい光景でしたじゃ。屋敷のあちこちが生き物のように動きまわる中を、奥様があの日のままに彷徨っておられた」
元使用人というその男は真っ青な顔でがくがくと震えている。
毎夜のように起こる騒乱。屋敷で何が起こっているのか見確かめる為に、男は他何人かと不気味に騒ぐ屋敷へと足を踏み入れたという。
「奥様はわしらを見つけると途端に追いかけて来なさった。恐怖に駆られて辺りの物を奥方に投げた者もいる。だが、奥方を止める事は出来なんだ。どころか、その投げた物がわしらへ逆に襲い掛かってきて、勝手に戸が閉まって閉じ込められて‥‥。仲間の一人が奥方に捕まった内に、わしらは必死で戸を壊して逃げた。どこまでも奥様が追ってくるようで、夜の間、皆走り続けたさ。
陽が昇った頃に、もう一度屋敷に戻った。‥‥捕まった仲間は、無残な姿で庭に転がっとったよ」
頭を抱えながらこことは違う場所を見つめ、うわ言のように話を続ける。目に涙を溜めているのは、追悼の為だろう。仕方ない事とはいえ、見殺しにした罪悪感は拭いえない。
「頼むじゃ。奥様を成仏させてくれんか。亡くした仲間にも悪ぅ思うが、何よりあのまま彷徨い続けてる奥様を見るのは耐えれん」
言って、男は近くにいた冒険者らにすがりつく。必死の形相に、ひとまず引き離すのに苦労した程。何とかその身を離し男を落ち着かせると、ギルドの人間が口を開いた。
「屋敷の奥様はどうやら怨霊と成り果てた様だな。それと話を聞く限り、どうも家鳴りもいると見た。どちらも通常武器は聞かない厄介な相手。奥方も哀れだが、家鳴りも放っといては何をしでかすやら。奥方の霊を鎮めるのが第一条件とはいえ、家鳴りの方も重々気をつけて欲しい」
「どうかっ、どうかっ奥方様をっ、御頼み申しますっ!! 」
補足を告げたギルドの人間が冒険者らを見回すと、血を吐くような声で深々と頭を下げた。
●リプレイ本文
夜な夜な響く女の声。愛しい夫を求め、哀しみ、憎み、恨む。
長閑な村に降って湧いた血生臭い事件。庄屋の奥方が夫とその駆け落ち相手を殺し、使用人を多数斬りつけ自害した、というだけでも痛ましいのに、その奥方は怨霊となり夜な夜な夫を探して屋敷を彷徨い続けている。
屋敷を彷徨うのは奥方の怨霊だけでは無い。物を動かしたりする騒霊――家鳴りも出る。
依頼人の話から、下手に閉じ込められたりしては大変、と、冒険者たちは昼の内から屋敷に上がりこみ邪魔になりそうな物を撤去していた。
もっとも、形見分けや供養やらで所有物の類はほとんど持ち出されている。その為、基本的に戸板や襖を取り除く作業となった。
「いざ、引越し‥‥の気分でいたが、ちょっと拍子抜けだな。楽でいいけどな」
月代憐慈(ea2630)は苦笑して、早速とばかりに手近な戸に手をかける。幸い、霊たちが出るのは今の所夜限定らしい。
薄暗い室内をリュー・スノウ(ea7242)のホーリーライトが明るく照らす。一枚一枚、丁寧に戸を外していくと、閉め切った室内に外の光と風が混じり始めた。
「しかしなぁ。ここまで行くのは特殊なんだろうけどさ‥‥、女の嫉妬ってのは怖ぇなぁ」
襖を取り外しながら話を反芻してみて、九印雪人(ea4522)は大きく身震いする。思われるのを嫌う者はいないだろうが、執着された挙句に殺されたのではたまったものではない。まして死んだ後も固執される程思われるのは、果たして幸せだろうか。
「本当に、女の嫉妬は醜いものです。‥‥判らぬでもありませんが」
神妙に頷いた丙荊姫(ea2497)だが、ふと漏らした最後の一言に雪人は何とも嫌そうな顔をする。この感情を理解できるか否かが、結局男女の差なのかもしれない。
「どの道、迷うてはるお方をこのままにしておかれへん。成仏させるんは、坊主の務めや」
嘆息して手を休めると、ニキ・ラージャンヌ(ea1956)も頷く。
「怨霊となった女性には確かに同情しよう。が、それと今とは話が別だ。風車の旋律の下、消えて頂こうか‥‥」
手にした風車に、ふっ、と雪切刀也(ea6228)は息を吹きかける。焔色の風車は何事も無いかのように、ただくるくると回り出す。
と、突如、その回転がわずかながら速まった。
風の流れを感じ、目を見開いて振り返る。いつの間にやら部屋の奥、まだ片付けていない襖が少しだけ開いている。その隙間から見えた女物の着物。裾が翻るとそのまま消えた。
勿論今回の仲間の中にも女性はいる。が、その誰の物でも無い。
刀也は大股で歩くと乱暴に襖を開け放った。部屋は行き止まりで誰がいた様子も窺えない。
息を飲んでいると、また別の方角、戸板がかたかたと不自然に揺れた。リューが険しい顔でそちらにホーリーライトを突き出すと、その光を嫌うように音も止む。
「やはり、昼でも動き回ってはいるようですね。警戒しておいて正解でした」
ふぅ、と額の汗を拭うリュー。それは決して労働の疲れからというような類ではない。
「参ったね、これは。明るくしてりゃ出にくいと思っていたんだけどな」
困ったように扇子で額を掻く憐慈。戦うにせよ、やはり場所を整えて選んで起きたい。
「けど、攻撃してくるゆう程でもあらしまへんな。されるようやったらホーリーフィールドを張りますけど」
唇を噛み締めながらニキは周囲に目を向ける。今はどこも静まり返っていた。
「ホーリーライトは絶やさないようにします。ただ、本式に動く夜の為に、力温存で威力を落とさせてもらいますけど」
「それと、行動する時は複数で動く事。万一の事があるかもしれないからね。なぁに、後ちょっとなんだし、すぐに終わるだろうさ」
告げたリューに、天狼寺雷華(ea3843)が頷く。軽い口調で気軽に襖に手をかけるが、周囲への警戒は忘れていない。
異変が続く気配は無く。それを感じると、皆、作業に戻った。
外した戸板などは借りた大八車で運び出す。あれからも蠢く気配を幾度か感じたが、それ以上は何も無く、どうにか日暮れまでには作業を終える。
時を待つ間にしばしの休息。秋の日暮れは早い。夕焼けを見たかと思うと、あっという間に夜の帳が辺りを包む。
新月に近い空は闇。星明りに周囲を照らす力は無く、借りた提灯を頼りにもう一度冒険者たちは屋敷の門をくぐった。他の冒険者たちは別の場所で待機し、刀也と荊姫だけが屋敷の中へと上がりこむ。
「踊れ、炎。静かに、だが強く‥‥」
上がりこむ前に、刀也は武器にバーニングソードをかける。荊姫も雪人に頼み、オーラパワーをかけてもらっていた。悪いと思いながらも土足で踏み込み、数歩も行かぬ内にそれに気付いた。
「あちらでしょうか」
風車を握り締めると、荊姫は速やかに動いた。
すすり泣く女の声。全ての戸を取り外した為、涼しくなった屋敷の中にそれはさらに寒々しく響き渡っている。
――あなた‥‥。どこにいるの‥‥。
声の後ろ、あちこちから木が爆ぜる様な乾いた音が混じる。
緊張に身を強張らせると、二人は声の方へと近付いた。
果たして。そこには女が立っていた。歳はまだ若い。長い黒髪は結わえる事無く長くたなびき、見開いた目から滂沱の涙を流す。そして、喉元。自ら裂いた傷口からは生々しい血の跡が今だ噴き出ているかのようで。
青白い炎のような幻。けれど確かな存在感を持って女は屋敷を彷徨い続ける。
――あ な た ‥‥ ど こ に ‥‥
喉の怪我など無いかのように、女は男を捜して呼ぶ。ずりいいぃ、と彷徨う足が床に擦れる音すら聞こえそうな。本当に聞こえたのかもしれない。
どちらとも無く息を飲んだ。途端、奥方がくるりと二人に振り返った。
変化は劇的だった。
お
お
おお
ざわりと黒髪がうねる。嘆きの声に力がこもり、叫ぶ口元はわななき、歯を食い締める。周囲の炸裂音はさらに勢いを増し、あちこちから部屋を叩く。
「逃げましょう!」
明確に立ち込める殺気に気付かぬのは、よほどの鈍だ。荊姫に指示されるまでもなく刀也も身を翻し、中庭目指して走り出す。
――何故にゲル! ニがすものかぁああ!!
悲鳴のような呪いのような声が響くや、音を立てて床が揺れた。家鳴りの仕業だろう。転倒する程でも無いが、反射的に一瞬音に目を向け、改めて前を向き直った時には奥方が塞がっていた。
(「速い!!」)
避ける暇も無かった。青白い手が素早く伸びるや刀也の首へとかかる。
――あの人を どこ に隠した!!
憎しみと怨みから鬼面となって奥方は刀也を締め上げる。
「くっ!!」
刀也が刀を滑らすと同時、荊姫も奥方へと風車を突き立てる。常の武器ならただすり抜けたろうが、二人の武器には魔法の付与がある。
ヒギイイイイイィィィイイイイイ――!!
金属が擦れるような甲高い悲鳴を上げて、悶える奥方。炎が揺らめくようにその姿が薄れて切れて広がり、また纏まる。
その隙に、怨霊から逃れると再び二人は走り出す。
昼の内に仕切りを取っ払ったのは正解だった。部屋を移動するのに、いちいち戸を開ける必要が無い。家鳴りは勿論、怨霊の移動も格段に速い上、この世の法則を無視している。わずかな時間でさえ命取りになりかねなかった。
引き離せどすぐに追いつく奥方。家鳴りは苛立たしげにずっと屋敷を叩いている。足には自信があった刀也だが、まさか荊姫を置いて走る訳にも行かない。
牽制に刀を振るも、怨霊はするりと躱す。そのまま身を寄せると、阻むように刀也の腕を掴んできた。さほどの力は無いはずなのに、触れられただけで軽い痛みが走る。
振り払い、走り、そして牽制する。
それを幾度か繰り返した後に、
――お待 ち !
「きゃあ!!」
荊姫の髪を奥方が鷲掴む。仰け反り転倒しそうになった所を、突然眩い光が周囲を照らし出した。
小さな悲鳴を上げて身を引いた奥方とは反対に、二人はその光の方へと飛び込む。
屋敷の中から外――中庭へと躍り出た。そこでは他の冒険者たちがすでに待機していた。
「大丈夫ですか?」
ホーリーライトを手にして問いかけるリュー。昼とは違い、今は効果を目一杯にしている。
「何とか。これじゃ、どっちが護衛なんだか分からないな」
掴れた腕にはべったりと女の手形が付いている。恐らくは首元にも。苦々しく刀也は答えると携帯していた魔法薬を飲んだ。荊姫が無事なのは救いだが、彼女は自身で攻撃をどうにか避けていた事を思えば少々複雑な気がする。
その奥方はといえば、光の当たらぬ闇の中で立ち尽くしていた。乱れた髪の下からじっと冒険者たちを射殺さんばかりに睨みつけている。
――あ の人を ど こにど こに隠した 返せかえせかえせ
「ほんに不憫じゃ」
哀れみを込めて、架神ひじり(ea7278)が見つめた。
「不実な男を愛したが故に裏切られ、その上怨霊に成り果てるとは。したが、そのような哀れな霊を救うのは我らの仕事じゃ。来世で素晴らしい相方と娶わせる為にも心を鬼にして滅ぼさせてもらうぞ」
言って、詠唱の為地に下ろしていた太刀にバーニングソードをかけると、構える。雪人も荊姫と憐慈にそれぞれオーラパワーをかけ、刀也は新たにバーニングソードをかけなおす。
ゆらりと奥方が光の周囲を彷徨い漂う。目は冒険者を睨みつけたままだ。呼応するように、屋敷のあちこちから壁を叩く音が響く。
「貴女の無念な気持ち、分からないでもない。けど、これ以上誰かが犠牲になるのを黙って見ている訳にはいかない。だからその怨念、断ち切ってあげる!」
雷華がライトニングサンダーボルトを放った。轟く稲妻は見事に打ち抜き、奥方が悲鳴を上げる。
と、同時に向こうからも飛んで来たものがあった。
「何だァ?!」
とっさに雪人が払いのけた物は木の枝――いや、茅の束だ。家鳴りが屋根の素材を引っこ抜いているらしい。ホーリーライトが容赦なく照らす今、その効果範囲の外から惰性でぶつけているのみで力は無いが、鬱陶しい事この上ない。
と、その茅の束もまた不自然に止まり、落ち始める。ニキがホーリーフィールドを張ったのだ。
「まったく、引越しではなく解体するべきだったか」
敵対する攻撃をホーリーフィールドは阻む。にも関わらず、家鳴りの攻撃は止まない。憐慈が苦く顔を顰めると、魔法使い達に害が及ばぬように、周囲を警戒した。
「参ります」
荊姫が奥方に向けて走る。血走った目で奥方が伸ばしてきた手を機敏に避けると、無理に攻撃せず、距離を開ける。そして、その間に刀也が飛び込む。
炎を纏った刀を薙ぐと、奥方が絶叫した。雪人がさらに斬り込むもそれは素早く避け大きく間を置く。
と、その距離を瞬く間に縮めてひじりへと詰め寄る。
「くっ!!」
躱しきれずに掴れた腕に痛みが走る。振り解き一旦光の中へ逃げると、忌々しげに奥方は間合いの外へと飛び上がった。
そのまま両者睨み合う。膠着しばし、どちらかが動き出すよりも早く、
「奥方はん。これ見てくれまへんか」
何気に語りかけると、ニキは奥方の方へと進み出た。途端睨みつけてきた奥方から護るように、憐慈が援護に入る。
構わず、ニキは懐から小さな物を取り出した。
それは小さな櫛だった。依頼人に頼み、借り受けてきた物。何でも初めて旦那から送ってもらった品だと言う。
途端、奥方の動きが止まった。怒りの表情が瞬く間に消え、瞠目したまま櫛を注視している。
―― あ
怒気を鎮めて奥方が地に降り立つ。覚悟を決めてニキが奥方へ櫛を差し出すと、奥方は震える手で受け取る。
――あ なた あなた
怨霊がむせび泣く。櫛を抱きしめて体を丸める様はそのまま溶けいるようで‥‥。けれど、陽炎の如く立ち昇ると、夫の名を呼び再びゆらりと彷徨い出す。
「もうヤメぃ。彷徨うても会えぬ相手じゃ。‥‥来世での幸福の為、怨霊よ、滅ぶのじゃ! ――奥義・火炎燕返し!!」
嘆息すると、裂帛の気合を持ってひじりは太刀を振り下ろした。炎を纏わせた重い刀は奥方の姿を頭から真っ二つに切り裂いた。
―― お おおお ‥‥
半分になった女が涙を流しながら揺らめく。
「これで! 往生しろ!!」
ひらりと風に舞えそうな程希薄になった女に向けて、さらに雪人は両手の日本刀と短刀をそれぞれ斬り込む。トドメとばかりに刀也が風車を突き立てると奥方の姿はさらに薄れて燐光となり、――どことも知れぬ虚空にかろうじて分かる手を差し伸ばすと、少女のような笑みを浮かべて、消えた。
かちん、と乾いた音をたてて櫛が地に落ちる。ニキはそれを拾うと、大切に懐に仕舞い込んだ。
ほっと一息つく間も無く、
「こら! 鎮まったのならこっち手伝え!!」
憐慈の叱責が飛ぶ。
「ったく! ちょろちょろと鬱陶しい!!」
「気を付けて。あちこち移動してます!」
飛び掛ってくる枝葉や小石から見当を付けて、雷華がライトニングサンダーボルトを、リューもホーリーを放つがうまく当てられずにいる。
奥方が消えても、家鳴りはまだ健在だった。
「向こうがやる気でいるのなら、応えねばなりませんね」
荊姫が冷ややかに告げると、暗器を手にした。
魔法を施した武器で切りかかる他、援護として攻撃魔法を撃ち放つ。
それでも、家鳴り討伐にはかなりの時間を喰った。
ホーリーライトで照らせど、その中に相手は入ってこない。闇の中を明確な姿を持たずに高速で動く相手を見つけるのはかなり難しい。結局まぐれにように当てながらどうにか討伐が出来た時には、皆疲労困憊。防御があったので目立つ怪我を作らずに済んだのは幸いだった。
依頼が終わり、借りた櫛を返却するついでに依頼人に事の顛末を告げると涙を流して頭を下げた。
その後、江戸へと帰参する前に墓地と屋敷に寄ると、それぞれに手を合わせた。
「しかし、今回の教訓は女の嫉妬は男にとって最大の脅威、って事かねぇ」
手にした扇子をぱっと広げると、恐々と汗を吹き払うように憐慈は軽く仰いだ。
一人の相手といつまでも。なかなかそう行かぬのが浮世の定めか男女の仲。
「けど、奥方は結局何に執着してたんやろな。旦那の愛に対してやろか、自身への誇りなんやろか」
首を傾げるニキ。
「さあな。けどもう訊けはしないだろうし、案外本人にも分からなくなってたかもな‥‥」
息を落とすと、雪人はもう一度手を合わせる。
「来世では本当に幸せになれると良いのぅ」
「ええ。けれど、せめて今は安らかに‥‥」
哀れむひじりに頷き、荊姫は願いを込めて花を供える。白い薔薇は物言わずにただ風に吹かれていた。