【長州反乱】 新撰組・池田屋事件 〜前〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 85 C

参加人数:12人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

 それは初夏の頃。
 当時就任したばかりの京都守護職・五条の宮が、自ら神皇になるべく武力を持って立ち上がった。
 諸国を巻き込んでの戦は、結局現神皇軍が勝利し、首謀者たる五条の宮は捕らえられ西方に流刑となる。
 その乱の折に、長州・薩摩始めとする西の陣営は関白・藤豊秀吉の指示の元、京都に陣を張り戦力の一端を担った。乱が収まった後も京の地に留まる者多く、積極的に治安維持へと尽力を重ね‥‥と言えば聞こえはいいが。既存の勢力と協調する意思はまるでなく、むしろ犯罪を減らせぬその無能ッぷりをあざ笑い、騒動の種をばら撒いている。
 その様子が変わりだしたのは一体何時からだろう。
 最初に動き出したのは薩摩だった。何やら裏で動き出し何かを画策を始め、だが、それはあくまで裏でのみ。
 それを甘いと長州が笑う。最初は暗に告げていたものが、やがては明確な意思をもって声高に叫び出す。
 曰く、
「世が定まらぬのは安祥神皇が暗君だからだ!」と――。

 まだ動きが控えめな頃からも、何かと薩長と新撰組は折り合いが悪く、特に芹沢派と呼ばれる者たちは侮蔑を良しとせず、衝突も多かった。
 なので、その炭売り家に目を付けたのも、どこまで深い理由があったのか。
 だが、結果は大きかった。大きすぎた。
 踏み込んだ炭屋の蔵に詰まれたいたのは炭や油の他にも多数の武器。
 逃げた長州藩士――ただし、事が発覚した時点で藩との縁を切られたので元・長州藩士ともいえる――を冒険者らにも手を貸してもらって捜索し、その関係者を捕らえる。
 屯所からは昼夜問わずに悲鳴が聞こえ、近隣の者が身を震わせる。が、やがてそれも消えた。

 そして、
「暇な奴、至急手を貸せ!」
 礼儀もへったくれも無く、乱暴に告げたのは新撰組局長・芹沢鴨。酒さえ飲まなければ好人物とも言われるのだが、眼光鋭く睨みつけてくる様は、本当にそうなのか疑わしい。
「それはまた何故?」
 貼り紙を作ろうとした係員の手を、芹沢は平手で押さえつける。
「長州の野郎。京都を殺す気だ」
 さすがに係員は息を飲む。そして、ようやく気付く。睨むような視線はそれだけ彼が真剣なのだと言う事に。
「そ、それは一体」
「先日、そちらさんにも頼んだだろう。平山が頼んだ長州藩士――ああ、一応元長州藩士というべきか――の捕縛絡みだ。藩士自体には身を潜められたが、胡散臭いのを捕まえて押さえた大量の武器を何に使うか問い詰めてみたら、奴ら、この京都を破壊する計画を建ててやがった。すでに何人もの阿呆が京に紛れて時を待っている」
 急に室内が寒くなった気がした。聞こえる笑い声がやけに遠く、係員はぶるりと身を震わす。
「その計画を進める為、主だった奴が今夜京で会合を開くとようやく吐いた。が、場所が分からん。こんな時に限って、勇を始め隊の主だった奴らが所用で抜けてて、人手が足りん。土方があちこちに支援を頼んではいるが、長州藩自身がどこまで絡む気なのかによって身の振り方も変わるとかで、どうにも動きが鈍い。なんで、てめぇらの力を借りたい」
 言って、芹沢はギルドに響くような大声を張り上げる。
「力と暇を持て余している奴は着いて来い!! 馬鹿どもの地獄送りをやるぞ!!」

 かくて、新撰組と冒険者たちが手分けして京を駆け回る。満月を過ぎた夜はかなり明るく。それでも、どこに隠れているか分からぬ虱潰しの探索は、遅々として進まず、時間と焦りだけが増えていく。
 そうした中で、一件の宿屋にたどり着く。
 池田屋。
 三条通に面したその宿は、長州藩邸に程近く。故に、長州藩士が上京して来た際の常宿となっている。
 日頃から、長州藩士の姿を目にする事が多いのだが、であるが故にまさかという気持ちはあった。
 それでも、手は抜かず、表口と裏口を押さえて芹沢と新撰組隊士も四番隊組長・平山五郎が池田屋に踏み入る。
「御用改めだ。中を見せてもらう」
 出迎えた池田屋の主人が、居並ぶ浅葱の隊服にやけに狼狽し、奥へと走る。
「お客人! 新撰組の御用改めですぞ!!」
 途端、二階で激しい物音が響いた。芹沢は主人を殴り飛ばすと、他へ連絡するよう一人に告げ、急なその階段を駆け上っていった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1057 氷雨 鳳(37歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7871 バーク・ダンロック(51歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ミラ・ダイモス(eb2064)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868

●リプレイ本文

 洛内に潜む影。その企みを白日に晒さんと、新撰組局長・芹沢鴨に率いられて、冒険者たちは捜索を開始。
 ‥‥する前に、少しやる事が。
「似合いますか?」
「ああ、おかしくない」
 新撰組が着ている独特の浅葱色の隊服。それを身に着け沖田光(ea0029)は具合を聞くと、氷雨鳳(ea1057)が頷く。
 何せ陰謀を企む会合を探して潰そうというのだ。戦闘になるのは必須だし、芹沢もすでに殺る気十分。これまでの話からして小物が頭揃えて待っているのとは訳が違い、乗り込めば乱戦になるのも明らかで。故に敵味方を見分ける為、隊士で無い者も新撰組の隊服着用と相成った。
 とはいえ、十番隊隊士の鳳や五番隊のますこっと隊士のパラーリア・ゲラー(eb2257)は特に含みは無く、むしろ当然と袖を通すが、それ以外の面々の中には複雑な心境を抱く者もいる。
「うーん。腰の辺りで縛ってもいいかな。やっぱりひらひらするのは気になるぜ」
 新撰組の隊服の身に着け、走ったり蜻蛉返りをしたりと着心地を確かめていたクリムゾン・コスタクルス(ea3075)は難色を示す。
 身のこなしを一番に考える彼女。普段も動きやすさを重視して服を着こなしているので、融通の利かない衣装は余計に気になる。
「好きにしろ。が、あまり妙な格好はとるなよ。組の恥になる」
「はいはいっと」
 あれやこれやと悩むクリムゾンに四番隊組長・平山五郎がぶっきらぼうに告げる。怒ったのかと思ったがそうでもなく、単にこれからの捜索の方が気がかりでこちらへの関心が低いようだ。これ幸いとクリムゾンは手早く衣装を調える。
「‥‥つまり、今回の一件。上手く収まれば、新撰組の手柄となる訳ですね」
「いいじゃないか。細かい事は気にするな。まぁ、普段何かと確執の多い中だが、この大事。‥‥組の人らも、所詮は雇われ冒険者って事で見逃してくれや」
 心中複雑そうに浅葱の隊服に袖を通す御神楽澄華(ea6526)を、バーク・ダンロック(ea7871)は豪気に笑って励ます。
 二人は本来京都見廻組の所属。警備の違いや上層部の覇権争いのトバッチリなどから、新撰組とは反目する事も多い。が、京都を破壊せんとする陰謀を止める為とあらば、四の五の言ってる暇も無い。
「確かに。乱戦となれば目印が必要でしょうし、これに代わる物を今から見つけて揃えるとなれば、また一つ手間が。今は被害を止めるのが先決ですね」
 何かと他組織に急先鋒でぶつかる事の多い四番隊組長ですら黙り込んだままだ。それを見てから澄華は一つ頷き、覚悟を決めて装備を整える。
「私は一度着てみたいと思っていたから丁度いい。それにモノは考えよう。これで何か起こしても責任は新撰組に押し付けられるだろう?」
 きちんと着れているか、確認しながらデュラン・ハイアット(ea0042)は低く笑う。此方もいつものマントは脱いで、浅葱の隊服を着込む。
 独特の隊服は、どこで誰が何をしていようとも新撰組の仕業と分かる。例え、その中に隊士以外が混じっていようとも気付くまい。そもそも周囲は平隊士の顔をどこまで覚えているか。おそらくはこの目立つ服が一番の基準だろう。
「ぶっちゃけ新撰組の印象がどうなろうと俺にはどうでもいいが。派手にやりすぎないようにはしないとな。怒られたくはないし」
「そうだな。下手すると芹沢局長と土方副長が揃って首を飛ばしに来るぞ」
 何の気なく告げた鋼蒼牙(ea3167)だったが、ぼそりと鳳に囁かれ、背筋を寒くする。
 新撰組の中にも対立はあり、芹沢と土方の仲が上手くないのは事情通なら誰でも知れる。が、行動や思考の方向は違えど、二人とも組を大事に思う気持ちは同じ。
 責任が組にあるからと全てを押し付けて好き放題すれば、新撰組の名を汚したと、命を持って贖わされかねない。あの二人に狙われたら明日の太陽は確実に拝めない。
「何だか、少し気の毒な気もしますね。もっともそれを承知で事を企てたのでしょうけど」
 神楽聖歌(ea5062)がおっとりと告げる。これらの面子を相手に、どうして事を荒立てようというのか。ある意味不思議ではあった。
「留守にしている人たちも一杯いるけど、みんなの分まで頑張るの☆ そして、いっぱいいっぱい頑張って、芹沢せんせ〜に撫で撫でしてもらうんだぁ♪」
 奮起すると同時、喜色満面で野望(?)を抱くパラーリア。
「用意は出来たか? ぐずぐずしてる暇は無い。行くぞ!!」
 険しい顔つきのまま、芹沢が声を上げる。迂闊に近付けば殴られそうなその様からは、あまり撫でて貰いたいとは思わないのだが‥‥ま、それは人それぞれ。逆にそれで褒めてくれたら嬉しいかもしれない、と周囲はただ納得する。
 皆が手早く衣装を調える中、芹沢に同行する中ではアルバート・オズボーン(eb2284)だけが隊服を拒否。
「事が起これば俺は裏口で待機させてもらう。月明かりがある屋外での戦闘、この容姿と格好の他国人を間違える人間がいるとは思えんからな」
 それも一つの選択。ただ本当に周囲が見分けてくれるかどうか。それは賭けみたいなものでもあるが。


 とっぷりと日暮れた京都の中を、手がかり求めて一同はひた走る。
 満月を過ぎた夜はかなり明るく。それでも、どこに隠れているか分からぬ相手を虱潰しに探索するのは酷く手間隙がかかり。時間と焦りだけがただ増えていく。
 幾つもの旅籠や茶屋を空振りで終わらせ、そうしてやってきたのが池田屋だった。長州藩邸から目と鼻の先にある旅籠で、怪しいといえば怪しいが逆に怪しすぎてまさかと考えてしまう場所。
 予定通り。逃さぬように、乗り込む前に裏へも幾人かが回る。回りこんだ時間を見計らって後に、芹沢は閉ざされた木戸を乱暴に叩いた。中から開けられた扉が全開になる前に、芹沢はそれを押し開けると、後は勇んで踏み込む。
「御用改めだ。中を見せてもらう」
 それまでにも、いろいろな旅籠や茶屋をそうして踏み込んできた。だからこそ、その時点で何かしら妙な物を感じた。
 そして、それは次の主人の態度により確信へと変わる。
 乱暴に踏み込まれては幾ら客商売とはいえ、不快に思うもの。が、主人はその度を越えてひどく狼狽した。あわあわと何かを告げるように口を動かすが果たせず、いきなり踵を返すと奥へと走り出す。
「お客人! 新撰組の御用改めですぞ!!」
 それは悲鳴に近かった。途端、二階から激しい物音が。
「来い!!」
 邪魔な店主を殴り飛ばすと、伝令に平隊士一人を走らせ、芹沢は宿の奥へと走る。それに続くは、平山と平隊士一人、パラーリア、鳳、幽桜哀音(ea2246)、澄華、バーク。
 池田屋は間口三間少々に対して奥行きはその約三倍。いたく細長い造りだが、うなぎの寝床は京都では珍しくない。
 階段は二箇所あり、その両方から素早く上がり込み配置についた。
「全員動くな! 手向かえば、斬り捨てる!!」
 騒ぐ室内。芹沢が障子を蹴り破ると、中の動きがぴたりと止んだ。
 場にいた連中は二十を越える。屈強な侍や浪人たちがずらりと並ぶ姿は、ただの寝泊りとは到底思えぬ。
 火を消そうと灯台に近寄っていた者、立とうと中腰を上げて居た者、要人を守ろうと背に庇う者、やばい物を懐に仕舞った者。何をしていたか一目瞭然で、こんな場でなければ笑い出していた所だ。
「はああ!!」
 凝り固まった空気を破るように。障子の影に隠れていた浪士が斬りかかってきた。芹沢は顔を歪めると、抜刀一線。まだ若いその人物は真一文字に斬られると、大量の血を噴きだして辺りを染め上げていく。
 それが合図となった。
 止まっていた場は、一気に殺気立ち、歯止めを失ったように一斉に動き出した。
「先生方を! 早く外へ!!」
 一番近くにいた浪人者たちが、踏み込もうとした隊士たちを押し返しつつ叫ぶ。残りの面々は、要人と思しき者たちを守りながら、この場より逃げだそうと慌しく動き出す。
 その時、表口から激しい物音が響いた。何事と浮き足立つ中、間の衾をなぎ倒して巨大な炎の鳥が飛び込んで来る。
 否、それは光のファイヤーバード。更なる乱入に混乱する中を自在に飛び、芹沢の傍に立つ。
「芹沢さん。沖田、ただいま参りました。助太刀いたします」
 言ってにこりと笑うが、その額から血が流れる。攻撃の際に相手から食らったのだ。やはり集っていた輩は一筋縄で行かない連中のらしい。
「何をしている! 平織殺しの沖田は、今は逃亡の身。そいつは偽者だ!」
 一番隊組長・沖田総司の雷名はさすがに聞き知っていたか、光の名乗りを勘違いして何名かの者が顔色を変えた。が、それを即座に叱咤する声。
「偽者とは酷い。向こうは刀の一号なら、さしずめ僕は魔法の二号といったとこ‥‥」
 告げる光に、白刃が閃く。眼前に突き立てられたそれを、平山が弾き飛ばす。 
「暢気に喋ってる暇はないぞ」
「のようですね」
 もはや猶予はならずと。蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
 気を引き締めると、光はファイヤーバードをまた唱え出す。

 集っていたのは二階の奥の部屋。光が表から突っ込んできた事もあり、浪士たちはさらに奥へ裏へと逃げ込んでいく。
 一階に下りる階段は二つ。澄華とバークが裏口側、哀音が表口側をそれぞれ守る。残り芹沢含む六名がそれぞれで応戦するが、数で勝る浪士たちをこの場に留めるには足りない。
 階段の他、一階へは吹き抜け部分があった。光が室内を飛びまわって武具を砕かんとしているが、隙を見て浪士たちはその吹き抜けを利用して下へと逃げる。
 あるいはそれよりもっと簡単に、二階の窓から外へ飛び出そうと言う者も。
「悪いが、そのまま引き返し願おうか」
 浪士が窓を開け放つ。そこへ、二階の屋根で待ち構えていたデュランがストームを放つ。本当は下の裏口から飛び出してきた奴らを見張る為であったが、直接出てきたのなら仕方ない。
 詠唱は高速。一瞬の内に吹き込む暴風に場にいた者たちが屈まり身を守る。たまらず吹き飛ぶ者もいる中、
「そこをどけ!! 邪魔をするなら容赦せぬ」
 風に耐えた者がすらりと刀を引き抜き、斬り付けて来る。裂帛の気合で突き立てられた刃を躱せず、デュランは肩で受けて斬りつけた浪士ごと屋根から落ちた。
 障害が消えて、開け放たれた窓からはどっと浪士が押し寄せてくる。鍛えた彼らでも二階からの高さは危険ではあるのだが、今は無茶だと言ってる時でもない。
「そう簡単に逃がす訳にはいかない!」
 そして、屋根から飛び降りてくるのを見計らい、アルバートは日本刀を振り翳し、斬りかかった。
「ちぃ!!」
 空中では躱せない。狙い定めて足を斬り移動を妨げるつもりであった。が、そこはさすがというべきか。気付いたその浪士は直前で身を捻ると、その刃を躱した。
「やってくれる」
 感嘆と逃げられた悔しさを同時に覚えながら、アルバートは体勢崩して倒れた浪士に向かって、さらに追い打ちをかけた。相手は起き上がるのもそこそこ、日本刀を引き抜き、刃を受け止める。
 その間にも窓からは続々と逃げる人々が押し寄せてくる。
「本当に続々と。神皇さまに不満を抱く者がこんなにいるとは‥‥。逆心を抱く徒よ。此処で散って詫びよ!!」
 中の様子はブレスセンサーで探っていた。大まかな動きしか分からぬものの人数が多いのだけは確認できる。
 その一団目掛けて、山王牙(ea1774)は日本刀・相州正宗を振るう。放たれた衝撃波に斬りつけられ、躱しそこなった浪士たちの身に傷が入った。
「気をつけて下さい。下からも数名、出てきますよ」
 牙がブレスセンサーで少し確認。敵味方の見分けはもはやつかないが、裏口に向かって来ようとする者は分かる。
 何せ、長州藩邸はここを抜けるとすぐ。走ればわずかとかからない。
 だが、一度に大人数が出られるはずは無い。戸の大きさなど決まっているので、せいぜい二人が限度。その上、
「ぎゃあ!!」
 一階の裏口が開く。勇んで飛び出ようとした浪士は、しかし無様に転ぶ。その後ろからもやってきた浪士がこけた浪士につまずき体勢を崩していく。
「ははは。やってみるもんだねぇ」
 場違いに、腹を抱えてクリムゾンが笑う。裏口に、縄一本張っただけの非常に単純な仕掛け。それでも効果はあったようで、敵の気勢を削いでいる。
「糞っ!!」
 倒れた浪士が即座に縄を切り払い、浪士たちが起き上がるその間にも、クリムゾンはライトロングボウに矢を番えて撃つ。
 平隊士二名も己が刀を振るい、出てくる浪士たちと斬り結び合い、現場はすぐに混戦模様と相成った。

 長州藩邸は裏口に近く、逃げ込むにしろ助けを呼ぶにしろそちらに向かう方が早くはある。
 が、その場から逃げ出すだけなら別に裏口だけにこだわる必要も無い。
 むしろその裏をかくように表口から飛び出した浪士たちもいる。
 そちらで待ち構えていたのは、平隊士二名と聖歌と蒼牙。裏に人員を裂いた為、いささか少なくはなっているが、飛び出してきた数も少ないので五分といえよう。あくまで数の上では。
「此処から先は通れませんよ。残念ですが、ここで終わりです!」
 聖歌が小太刀を振るって切りかかる。
 オーラパワーとオーラボディはすでに施してある。加えて蒼牙がオーラエリベイションをかけたので、いつもより動きのキレも増していた。それでも、かかってくる腕前はほぼ互角。あるいは、それより上という者もいた。
「お仕事と行きますか。こっちに来る人は少ないと助かるんだがな」
 表口から出てこようとする者に、蒼牙はオーラショットを放つ。しかし、それで留められるのは一体。その脇をすり抜けた浪士が迫ってくる。
 平隊士二名が応じるその隙をつき、外へと抜け出ようとしたそいつの前に蒼牙は滑り込む。
「逃げるのか!? 自分のしようとした事の責任は取りやがれって!!」
「――そこをどけ!!」
 蒼牙の叫びに、わずか浪士が顔を顰めた。が、次の瞬間には抜いた白刃を振り下ろしてくる。
 とっさにブリトヴェンで受け止めようとするも、浪士の動きはそれをすり抜け、身を刻む。
「行かせるか!!」
 入る痛みは正真正銘の本物。だが、それで怯む訳にはいかない。高速詠唱でオーラショットを放つ。撃たれた浪士が息を飲んだ隙に、聖歌が回りこみ斬り結ぶ。
「ここは通さない。そう告げたはずです!!」
 ニ撃・三撃。打ち合うも決着つかず、ただ池田屋と押しやると、平隊士たちが壁になりさらに中へと押し倒す。
「大丈夫ですか?」
「何とか」
 その隙に薬で回復。あるいは剣気を整え、敵を睨む。
「知らせを受けた別隊が何れ駆けつけます。それまで粘りましょう」
「問題はそいつらが何時来るかだな」
 聖歌の励ましに、蒼牙はふと息をつく。
 今は表口に、向かってきた方も少ないのでまだ対処は出来る。問題はこれから状況が変わるにつれ、手薄と見た奴らがこちら側に流れ込んでこないかだ。
 厳しい状況にはなりそうだ。そう考えつつも退くく、眼前の敵に向けて蒼牙は霞刀を構えた。

 室内。奥の階段に陣取るは澄華とバーク。階下に向かおうとする浪士たちを阻む一方。吹き抜けを飛び降りた浪士たちが退路を開かんと押し寄せ、上下からの挟み撃ちになっていた。
「くっ!」
 向かってきた浪士相手に、澄華は霞小太刀を振るう。室内では動きが制限される上に、ここの天井は低い。思う存分振るう事は出来ず、それは戦い方を酷く制限する上、間合いの取り方もまた普段と変えねばならない。実際、突入組はそれを見越していささか小振りの武器を主力とした者が多かった。
 相手の懐に飛び込み、引いた霞小太刀を思い切り突き出す。元々、会合の為に寄り集まっていた者たちだ。戦う装備といってもたかが知れている。
 急所に狙い定めて澄華は刃を放つ。しかし、それは寸前の所で躱される。
「!」
 しまった、と後悔する間もなく、即座に下から相手の刀が振り上げられた。それは狙い違わず澄華の身を引き裂き、視界が朱に染まった。
「御神楽!!」
 倒れた澄華に止めを刺さんと刃が振り翳される。その間にバークが割り込むと、必殺の刃を阻んだ。
「使え」
 素早く携帯していたリカバーポーションを澄華に渡す。
「すみません。ついでにもう少しだけ防御をお願いします」
「ああ、無理すんなよ。――おらおら、お前ら! 温いぞ、とっととかかって来い!!」
 素早く切りかかってくる刃をバークは体で受け止める。使うはオーラの達人技。かけたオーラボディと身の装甲が合わさって、鉄壁の防御力を誇る。加えて、身に覚えた技を駆使すれば、生半な攻撃などでは彼に傷一つつけられるはずもない。
 今も、急所を庇いながら刃を捌き、相手の攻撃を防いでいる。
 その影で澄華は素早く薬を飲み干す。もはや血の味しかしないそれを無理やり飲み込むと、傷はたちどころに消える。が、それも一体どれほど効果があるか。敵は退かずろ時間と共に不利になる愚を知るが故に、焦ってきている。それで動きが甘くなるなら歓迎もしようが、苛烈さを増してるようにも思えるのだから厄介だ。
(「それとも。焦っているのはこちらでしょうか」)
 すでにどれくらいの時間が経過してるか。援軍の気配はまだ無い。
 妙な考えを振り払うと、澄華は効果時間の切れたフレイムエリベイションをかけ直す。
 や、すぐに頭上から刀が降ってきた。それを霞小太刀で受け止め弾き返すと、立ち上がって眼前の敵に仕掛け直した。
 表口の階段上でも似たような事態になっている。
「神皇を廃し‥‥京を壊し‥‥。瓦礫と屍の山の上に‥‥、何を築くというの?」
「無論、我らが全き日の本の国を」
 哀音は普段から訥々とした喋り方をするのだが、今は息も切れてさらにそれが如実になっている。突入直前、蒼牙から鳳と共にオーラエリベイションをかけられているが、それで易い戦いにはならなかった。
 目の前の侍たちも続く激戦ですでに満身相違だが、戦意の方は衰えていない。
「壊す事だけが‥‥、未来を開く。そう思っているなら‥‥愚か‥‥」
「ならば、今の世が正しいとお前は思うか?!」
 喋りながらも、気息を整え、間合いを計る。それは向こうも同じ事。後はどちらが仕掛けるか。
「政治は腐敗し、もはやこの国の支配者は神皇様とは到底言えぬ。このような狂った世がまかり通る方が愚かだとは思わんか!?」
 激昂する侍。だが、哀音は首を横に振る。
「壊し‥‥殺し‥‥奪う‥‥。幾つの罪を重ねれば‥‥気が済むの‥‥? それで作られる世は‥‥どんなものかしら‥‥」
 そして、ゆっくりと。けれど険しく意思の通った目で相手を見据えながら、霞刀を鞘へと仕舞い、構える。
「世を乱すのはあなた達‥‥。よって、排除する」
「上等!」
 冷たく囁く哀音。激した侍が踏み込むのと、彼女が仕掛けたのがほぼ同時。勝敗は、
「がああ!!」
 足を押さえて侍が倒れる。その足一つが消えていた。
 哀音の素早い抜刀からの一撃。元より足を狙っていた為、身はさらに下へと屈み、侍の剣はただ空を斬った。哀音の霞刀は的確に目標を捕らえ、そして寸断。床が見る間に血溜まりと化す。
「おのれ!!」
 それで安堵もしていられない。次なる剣士が刀を突き立て、迫る。
 ゆらりと自然体に近い動きでそれを躱すと、哀音は彼らに対峙していた。
 その少し離れた所では、苦痛に呻く侍の声を聞きながら、鳳が彼らに言い放つ。
「どんな理由があろうと、都を守る。それが仕事だ」
 揺ぎ無い意思がその目にあるが、それは対する侍たちにも同じ事。
 固い決意に、それを実現とする力も十分。
「一筋縄でいかない。‥‥これまでの出来損ないとは違う訳だ」
 肩で息をしながらも、鳳は大脇差・一文字を振るう。巧みに踏み込みや切っ先に微妙な変化をつけて相手を惑わせ、その隙を突く。
「当たり前だ。我らは為さねばならぬ!!」
 相手は翻弄されながらも、巧みに躱しあるいは受け、そして反撃してくる。
「源徳の狗如きが! 我らの使命邪魔立てさせぬ」
 向かってくる相手を裁きながら、斬りかえす。離れるならば深追いはせず、されど此処を抜けさせる気も無い。
 事情を聞くには捕縛の必要もあろうが、その余地は今は無い。元よりそれは他の面々に任せて、ただただ鳳は眼前の相手にのみ集中。気を抜けば負ける。その危険はすぐ隣にあった。
 そんな死合いとはいささか一線画して、この血塗れた空間においてもどこか明るさを欠けずに走り回っているのがパラーリアだった。
 刀振り被られて追い回されて。持ち前の軽い足裁きで巧みに躱す彼女だが、その卓越した腕前――この場合は足前か?――の彼女を持ってしても稀に斬られる。
「これで、どーだ☆」
 広げた経巻に付着する血。構わず念じて祈ると、眼前の侍が敷かれた畳ごと天井に落ち、そして地表に落下する。
「よくも、やったな!!」
 起き上がりざまに斬りかかってくるのを難なく躱すと、パラーリアはまた経巻を広げる。が、今度は何もなし。どうやら魔力切れらしい。特に経巻は使う魔力も多いので、乱発しすぎると後が困る。ついでに、パラーリアの腕では本当に稀にだが発動の失敗もあったりする。
「というか、この局面では無しにしてよ〜」
 泣き言言っても、無理な時は無理。ソルフの実で魔力を補充すると、気を取り直して経巻を広げた。その身が光に包まれるや、斬りかかってこようとした浪士の身が凍り付いていく。
 ほっとする間も無く、柱の影に隠れていた浪士が次の刃を斬りこんでくる。
 闇に乗じるつもりか、灯りは一番に消されている。パラーリアは陽のエレメンタラーフェアリー・みろに作ってもらったライトを持っていたが、すでに消失。みろ自身は戦闘を嫌って場から逃げた為補充も出来ず、あちこちには無数に暗がりが出来ていた。
「うきゃあああ!」
 慌てて出来たばかりの氷に隠れてやり過ごす。アイスコフィンは生半な剣では砕く事は出来ず。あちこちに出来上がったこの障害をどう活用するかも、この死闘では鍵になっていた。

「この私から逃れられると思うなよ、野良犬の諸君!」
 デュランが今回何度目か、高速詠唱でストームを打ち放つ。数に任せて裏口を突破しようとする浪士たちを纏めて押し返し、その間に他の隊士らが切り結び行く手を阻んでいる。
 ストームは相手を転ばせ隙を作るが、逆にいけばそれだけ。決定打にかける。おまけに高速詠唱は魔力の消費を増やす。状況を見て撃たねば魔力には限界がある。
 すり抜けようとする者には、すれ違いざまにアイスコフィンを叩き込むも、こちらも速さの引き換えに精度を落とす高速詠唱を使えば、デュランの腕前では発動するかは五分となる。相手の抵抗も視野に入れると少々厳しい。下手すれば魔力を浪費して終わりだ。
「そっち逃げるぞ! 頼む!!」
 故に、デュランは後方に位置付く。現状を見極めながら仲間を巻き添えにせぬよう気をつけ、逃げようとする浪士を池田屋の中へと押しとめようと風を放つ。しかし、時にはそれをやり過ごして疾走する浪士も。
 それはもう敢えて追わず。幸い遠距離の使い手は他にいる。
「分かってる!!」
 包囲を潜り抜けた敵に対し、クリムゾンが容赦なく矢を射掛ける。背を打たれたそいつは、よろめきつつも逃げていく。追いかけようとしたが、やめる。野次馬が遠巻きに集まりだしていた。間違って彼らを射る訳にはいかない。
「まずいな」
 矢筒に手をやり、クリムゾンが顔を顰める。矢の数が足りなくなってきていた。
 アルバートは打ち付ける刃をライトシールド阻むも、下手するとそれで防戦一方になる。がむしゃらの攻撃に見えて隙が無く、
「皆、無事か!?」
 声をかける。まだ全員が返事を返せる状態にはあった。
「何とか。ここで倒れる訳には参りません!! 命の重さも解らず、大火を持って世直しなど片腹痛い。事が事前に露見した事こそ、八百万の神の導き!」
 唸りを上げて振り下ろされる一刀を、牙は十手で受け止める。力の一撃は左手が痺れる程。だが、迷ってなど居られない。即座に踏み込むと、相州正宗で斬りかかる。素早く掠めるような動きは大降りになるが、攻撃直後の隙を突かれて相手の身に朱が入った。
「貴様らに太陽無し! 闇の底で眠るがいい!!」
「我らは夜明けを作る! この日の本に為に!!」
 牙と浪士の刃が交錯。すでに誰もが傷を負い、倒れても不思議ではない。
 後は気迫の勝負なのかもしれない。

 そして、表口。どこも手一杯で均衡を保っている。新たな流入は無く、少人数対少人数での死闘は続き、であるが故に決着もつかない。
 どれだけの時間がたったか。すでにその感覚が無い。とにかく気を緩めたら負けるという事だけが、頭にこびりついて離れずにいた。
「全く、わざわざ面倒事を増やそうとするか、長州の。ま、そのお陰で仕事にありつけているんだがねぇ」
「ほざけ! 神皇家を喰い物にする下世話な源徳の犬如きに、我らの崇高な使命は止められはせぬ!!」
 隊服を着ているせいで、共に新撰組の者と思われたらしい。別にいいけどね、と心中嘯きながら、蒼牙は息を吐き、そして睨みつける。
 浪士が動いた。斬りかかったその刃は盾で防ぐ。
「ちいぃ!」
 斬られた浪士が少し距離を置く。そこに聖歌が間合いを詰めると、間髪入れずにいきなり刃が突き出されてきた。巧みな技量によって、避けきれずに聖歌もまた傷を受ける。
「退け!!」
 叫ぶや浪士の一人が大きく刀を振りかぶった。気合と共に弾き出される衝撃波は広範囲に渡り、一同を吹き飛ばす。その隙に、強引に浪士たちは突破。逃走にかかる。
「逃がしませんよ」
 が、それを止めたのは光。ファイヤーバードを使うには、やはり手狭と表口から裏口まで手広く飛び回っていた。
 逃げる浪士たちに追いすがり、体当たりを食らわす。浪士たちは空中からの攻撃に手をこまねいていたが、避ける事は可能。反面、光自身は避ける事は叶わない。
「ちい!」
 抜いた刀を目掛けて光がぶつかると、刃が済んだ音を立てて折れる。慌てて他の刀を探す浪士だったが、それを叶える前にいきなり鋭い一刀が振り下ろされた。
 野次馬たちが悲鳴を上げる中、斬った人物は平然と血糊を払う。
「土方さん」
 地上に降り立ち、それが誰かを認めて光がほっと息を漏らす。と、安堵し気が緩んだか、激しく咽込んだ。口元を覆った手は真っ赤に染まる。胃の腑からこみ上げる鉄の味は、紛う事無く血のそれだった。
 ファイヤーバードは攻撃あるのみ。反撃を受けても斬られるままで、全身の裂傷は数え切れない。
「芹沢さん達はまだ中に‥‥申し訳ありません、後はお任せします」
「そうか」
 それだけを告げると、光の意識は暗転して地に倒れる。ゆっくり広がる血溜りが、事態の凄惨さを物語っていた。

●幕間
 夜なお暗く。眠りを覚ます池田屋の大騒動は、近くの長州藩邸までしっかりと聞こえていた。
「桂さま。ただいま池田屋より望月亀弥太なる者が門扉を叩き、助力を願って来ております」
 その最奥で、茶を嗜んでいたのは桂小五郎。実質長州藩士の筆頭にいる者だった。
「入れるな」
「は?」
「入れるなと言っている。我らは池田屋に集った勇士とは無縁。その態度を貫け」
「しかし、それでは!」
 狼狽する浪士に、あくまで冷静に小五郎は告げる。
「今動けば、他藩――特に源徳は即座に動くだろう。後一歩の今だからこそ、動いてはならん。厳命だ。追い返せ」
 言を翻さない小五郎に、ただの浪士が何かを言えるはずも無く。一礼すると部屋を下がった。
「非情だな」
 告げるは久坂玄端。安祥神皇を率先してこき下ろし、京内で様々な混乱をもたらした男だ。
「ここまで来れば事態は同じ。迎えに行けばどうだ? おぬしも参加する予定だったのだろう」
「こちらの布陣はまだ後少し‥‥。捕らわれても彼らなら数日は持たせる。その間に立てば、先手は難しくとも五分には出来る」
「それでいいのかい?」
 表情を消し、厳しい声音で問いかける玄端。
「神皇家の名誉を守る為だ。不自由は致し方なかろう」
 返す小五郎の言葉は、周囲が聞いていても苦渋に満ちていた。

●終了 そして幕開け
 新撰組副長・土方歳三率いる援軍の到着により、状態は一気に好転。死者こそ無けれ、重軽傷者が多数出て、急いで寺へと担ぎ込まれていった。
 池田屋から逃げた者数名。その捜索は続けて行われたが、その最中にも長州藩邸が動く事は無かった。
 敵方の死者は多数。捕らえた者は十名を割ったが傷の程度が浅い者も多かったので、尋問はさっそく進められた。パラーリア始め、中にはそちらにも手を貸す者もいたが、大半は疲れたと傷の痛みに耐えつつ安息を送る。
 ‥‥が、幾日もせずに報酬は勿論、今回の件で使用した治療代から消耗した品の補充、武具の整備などまでが瞬く間に整えられた。報酬はともかく、その他は功をねぎらうにしても、あまりに迅速でありかつ破格な処遇でもあった。
 訝った時間は本当に束の間。理由はすぐに知れる。
 長州挙兵。その旗頭は五条の宮。
 寝ている暇はもはやなく、一同は真の戦場へと駆り出される事になった。