●リプレイ本文
都を騒がす長州藩士たち。何かよからぬ事を企む彼らが今宵会合を行うと聞き、新撰組率いる冒険者たちもその現場を探しに街中を駆ける。しかし、手がかりは依然として知れず、時間はただ過ぎ行くばかり。
入った茶屋・旅籠も何件目か。その内に新撰組副長・土方歳三の元に、局長・芹沢鴨から池田屋にて動きありとの伝令が伝えられた。
「池田屋で会合か‥‥。四番隊や芹沢の遣り方は好かんが、長州の山猿を狩るいい機会だ」
言うが早いか、十一番隊士・静守宗風(eb2585)が駆け出す。身に着けるは韋駄天の草履。何事かと周囲の通行人が騒ぐ中、他の面々も遅れる事無く池田屋を目指す。
「まるで祭だな。馬鹿馬鹿しい。どいつもこいつも好きに遊べる玩具が欲しいとがなりたてる」
たちまち起きる騒乱。見つめてくる好機の目をウィルマ・ハートマン(ea8545)は一瞥する。
「いっそ粗方火にくべられ焼けた方が、すっきりするかもな。木と紙の町はよく燃えそうだ」
「馬鹿か。楽しくも無い祭に巻き込まれた庶民はいい迷惑だろうが」
笑うウィルマに、土方が睨みを入れる。
「先に向かった人たちは大丈夫でしょうか」
「さあな。少なくとも芹沢は無事だろう。剣の腕前も踏んだ場数も、俺たちとは違いすぎる」
知らせを受けるまでに、すでに事は始まっている。今こうしている時点でも池田屋では騒動で誰かが傷付き、倒れているのは間違いない。さて、着いた時に何が起きているか。それは今の段階では分からない。
山本佳澄(eb1528)の心配に、土方が苦々しく答える。
それは、芹沢は無事だと確信できる為か、他の面々の安否までは分からない事によるのか。そこまでは読めなかった。
知らせを受けて駆けつけた池田屋は、すでに遠巻きに人だかりが出来ていた。関わりを恐れて距離はあるものの、下手すれば対岸の火事とは行かずに火の粉が飛んでくる恐れもある。動向は大いに気になるのだろう。
(「まさか、様子を見に来てたりしてないだろうな」)
ほんの少しだけ後ろめたさを感じながら、素早く壬生天矢(ea0841)はその中に見知った顔が無いか確認する。
彼の所属する黒虎部隊は、今は亡き平織虎長の作った私設部隊。対し、新撰組は平織とは反目していた源徳の兵である。非常事態とはいえ、その隊服を着て行動を共にしてると知れたらどんな風に見られるか。説明すれば分かってくれそうだが、今はそんな暇なくやはりややこしいだけ。幸い見知った姿は無く、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。
敵味方の区別をつける為、新撰組の隊服を着ているのだが、着用を拒否したのはこちらでは二名。ウィルマとステラ・デュナミス(eb2099)である。
「重くなると魔法唱えるのに不都合出るし。なるべく隊士たちと一緒にいるから、勘弁してよ」
とはステラの弁。
とはいえ、天矢やリアナ・レジーネス(eb1421)は隊服の着用を一つの目安としており、「着ていなければ敵」とみなす気満々。乱戦ともなれば一瞬の判断が物を言い、長々と確認もしてられない。目立つ違いがあるのに、それ以上気を配る暇があろうか。
「さて。鬼が出るか、蛇が出るか。何があろうと部外者な俺は他言無用‥‥か」
好奇の目にさらされながら、天矢は静かにそう呟いた。
見えた表口。抜けようとする浪士を対する四名の新撰組――単に隊服を着ているだけかもしれないが――が押さえ込んでいた。その囲みを飛び出した隊士たちを、池田屋から飛び出した更に別の隊士が追いかけてくる。
土方は待ち受けると、その逃げてきた浪士一人をあっさりと斬り伏せた。
「芹沢さん達はまだ中に‥‥申し訳ありません、後はお任せします」
「そうか」
そう言って、倒れた黒髪の青年を始めとする救護および野次馬整理は平隊士三名に任せ、一同は行動に出た。
「とりあえず芹沢さんは無事みたいですね。突入班はこのまま副長と突入! その他は配置に! 各自粉骨砕身の意気で頑張ってくれ‥‥でいいですよね?」
「いちいち聞くな。総司の代理を務める気なら胸を張れ」
オーラセンサーで芹沢の様子を探る一番隊隊士・鷲尾天斗(ea2445)。漠然とした場所しか分からないが、ひとまずはそういう事らしい。
そっけなく返事をすると、土方は早々と踏み込む。その後を雪崩のように浅葱の服が駆け込んでいく。
表口で逃げようとしていた浪士たちは、援軍の到着に目を見張る。
「ちぃ!!」
邪魔な相手を突き飛ばすとその浪士は一目散に逃げ出す。
「逃がさないわよ!!」
気付いたステラが即座にウォーターボムを唱える。威力を考えて達人の技を見せるも、高速詠唱でやるには発動は五分かそこら。事前に唱えておいたフレイムエリベイションの効果を信じて、打ち出す。
願い届いたか。翳した手より水の塊が放たれ、逃げる浪士を打ちすえる。すでに傷負う身にその一撃もきつかろうが、それでも浪士は逃げようと足掻く。
「突入!!」
そちらは平隊士たちが捕縛。残る浪士たちは、唇を噛み無念を刻みながらも一端池田屋の中へと逃げ帰る。
その後を逃さじと、土方を筆頭に踏み込んでいく一同。
踏み込んだ彼らの目を逃れ、また浪士たちが飛び出してくるまではしばらくの時間があるだろう。そう判断し、それまで戦っていた隊士たちは盛大に息をつくと、その場で崩れ落ちる。
駆けつけた中で、表に残ったのはリアナ、ステラ、ウィルマの三名。リアナはリトルフライを詠唱すると上空からの警戒に上がり、ウィルマは道を渡ると池田屋と向かいの家の屋根へと上った。
「そいつらの治療。螺旋に薬持たせとるさかい、今の内にしたってや」
忍者刀を使って二階に直接乗り込みながら、将門司(eb3393)が指示する。冒険者たちの方は手持ちの薬もあって無事ではあるようだが、平隊士二人は虫の息。司の愛犬が運ぶ薬を血塗れの手で受け取っている。
二階の表の窓は派手に壊されており、中は丸見え。とはいえ、灯りは消されているようで奥は暗い。ウィルマは松明を投げ込もうとしていたが、これは天斗にきつく止められている。人手があったとて、火消しにまで手が回るかはまた別。捕り物を行うか、火消しを行うか。どちらも失敗すれば、汚名が着いて回るのは必須。
(「暗くて見難い中を射掛けろと? まぁ、隊服とやらのお陰で区別はつきやすいが」)
強弓・十人張の射程に関しては申し分ない。薄がりの中、動く者に当てられるかが問題だが、それもあの目立つ隊服でどうにかなりそうではある。
突入組は、さらに中で留まる者と奥へ駆け込む者とに分かれる。
うなぎの寝床といわれる細長い建築構造。そのやたらに奥行きのある池田屋の中を、惨状に息を飲みながら、脇目も降らずに裏へと走り込んだのは天城烈閃(ea0629)、パウル・ウォグリウス(ea8802)、鷹波穂狼(ea4141)、宗風の四名。
さすが裏口は人も多い。屍も多いが、斬りあう怒声もまだ聞こえる。
烈閃はライトロングボウに素早く矢を番えた。一度に放つ矢は三本で、それを素早く連続して打ち放つ。されど同時に多量に撃てば、狙いも甘くなる。気付いた浪士たちが躱し逸らしだが、元より牽制。新手の存在に気付き、顔を強張らせる浪士たちと血色を取り戻す隊士たち。
「無事か! 良く持ち堪えた」
「苦戦してる奴はいるかい!?」
素早く状況を確認。裏手にいた隊士は五名――否、六名。内、三名が倒れ、一名が前衛で動き、二名が後方で牽制を担っている。誰の顔色も酷く悪い。
対し、浪士たちも表から逃げて来た者も合流してそれぐらいの数がいる。もっとも、負傷して無い者などいないので、駆けつけた自分たちが力を合わせれば捕縛も難しくない。
その彼らを見回し、烈閃は声を張る。
「不逞の輩とはいえ、武士であれば名乗りを上げるが礼儀か! 俺は神皇家に忠誠を近いし志士が一人、天城烈閃!」
「同じく志士の鷹波穂狼。新撰組に加勢に来た!」
「そして俺は匿名希望! どざどざえもん!!」
「いや、その名はどうだ?」
「今後の潜入捜査とか難しくなっても困るしなぁ」
続いて穂狼が睨みを聞かせる中、陽気な声で妙な名を告げるパウル。宗風が思わず首を傾げている。
「長州藩士。広岡浪秀だ」
名乗られて返さぬのも癪と思ったか、一人が名を口にする。立ち居振る舞いからして、首謀者の一人と見る。
「我が命運、もはやここまでか‥‥。されど神皇家の御為、この国を食い物にする源徳の狗を葬ってくれる!!」
唇を噛み締め、浪秀が叫ぶと周囲の浪士たちもまた呼応したかのように目に力を取り戻す。
もはや逃げる気も無く、彼らは向かってくる。血に染まった身でありながら、それだけの余力があった事もまた不思議だ。
「神皇様への反乱を企んでおいて、何が神皇様の御為だ!! かの方の敵は俺の敵! 竜をも貫く欧州の剣の切れ味、試させてもらう!!」
右にドラゴンスレイヤーの力を持つアスカロン、左に大脇差・一文字を手にして穂狼が迎え撃つ。その重さを加味してニ刀を奮い立たせれば、すさまじい速さと威力で敵を刻んだ。
「では、貴様は今の御世が真に神皇様により治められていると思うか! 無力無害の幼皇を敢えて立て、その権を欲しいままに動かすは誰か!! 汝ら、狗ではなく真の御霊を持って神皇様に仕える志士なれば、この世の狂いは見えるはず!!」
体に食い込んだアスカロンをそのまま掴み、真正面から見据える浪秀。刃を固定されて穂狼が動けぬ間に、横合いから浪士が斬りかかってくる。それを一文字で防ぐと力任せに剣を抜き、穂狼は間を開ける。
「なるほどねぇ。だが、それも聞いてられないか。これでも新撰組一番隊士なんでね。‥‥保留でこんな時でも無ければ、なかなか隊服も着られない身だけどな」
「ならば、滅びろ!!」
ひょいと軽く肩を竦める穂狼に、浪秀はまた斬りあう。
「悪・即・斬。貴様らの言う正義と俺たちの正義。どちらが正しいかは何れ時代が決めるだろう‥‥。今はこの京で狼に牙を向けたその愚かさを悔いろ!」
「勝てば官軍か! いいだろう。だが、最後に笑うのは我らだ!!」
宗風が走る。間合いを詰めると、巧みな踏み込みで相手を惑わし気を逸らし、その隙を突いて刃を繰り出す。その動きを見切れず朱筋をつけた相手に、好機と踏んでさらに繰り出す一太刀。鬼切丸が血に染まる。
「先生! 糞っ!!」
浪士が倒れる。その様に涙する事も無く、残る者たちは怒りと気合を込めて、撃ちかかってくる。
「そっちがきちっと名乗ってくれたなら、こっちも名のらにゃな。一番隊隊士番外番、十字騎士のパウルだ!!」
押し寄せてくる浪士たちに、パウルもまた叫ぶ。オーラエリベイションで気合を高め、オーラボディで守りも固めている。いかに気迫を持って何人と撃ちかかってこようと、すでに手負いの相手。負ける気はしなかった。
かかってきた素早い一撃を、急所を外して受け止める。と、即座に両の腕を突き出す。共に握られたのは十手で、元より倒すつもりは無い。
「ぐぅ!!」
息を詰まらせ、倒れる浪士。その様に、他の奴らは少し警戒して間を取る。
「やれやれ。認めたくないものだな。功名心ゆえの過ちという奴は」
「黙れ!!」
大仰にパウルが首を振って見せると、相手はさっと朱を昇らせて斬りかかってきた。
表の窓から直接乗り込んだ司が最初目にしたのは、表階段の上で結び合う隊士と浪士たち。隠身の勾玉で気配を消したとはいえ、姿が隠せる訳ではなく。表の喧騒には気付いていたのだろう。窓を乗り越えた司の姿を確認し、二人はそれまで斬りあっていた彼女を押しのけ、奥へと逃げようとする。
が、その時、階下から響く足音。けたたましく上がってくる新しい人員に浪士たちは目を見張った。
「畜生っ!!」
かかってくる刀を弾いて、新たな面々と向き合う浪士。ここは通さぬとばかりに睨みつけてくるが、
「邪魔だ」
ひた走る久方の一閃が薙ぐと、新たな深手をその胸に刻むだけ。
「運が無いですね。少し寝ていて下さい」
「ぐおおおおお!!」
よろめいたそいつに、佳澄はライトニングソードを突き立て、さらにライトニングアーマーで強化した身を押し付ける。帯電していた火花が散り、浪士の体が収縮してわずか剃る。
すでに深手を負っていた浪士に反抗する気力なく、そのままずるずると崩れ落ちる。それを確認すると、ようやく安堵したように守っていた隊士も膝を折った。
その様を見て、同じく斬りあっていた浪士がわずかよろめく。
その背後に司は静かに偲び寄ると、小太刀・備前長船と忍者刀の刃を返し、打ち付ける。
「連蛇誠司。誠の名の下に連なる蛇が牙を剥くで」
啖呵をきる司の足元、浪士は意識を失って倒れた。
二階の惨状は見渡せば明らか。転がる屍、乱立する氷の棺、引っくり返った畳は血潮に沈み、吹き飛んだ衾に障子は破れた上に変形している。
先に乗り込んでいた中できちんと立てている者は三名。裏の階段で通行止めしていた大男と、高い敏捷で致命傷だけは避けている小さい彼女。そして、
「せぇい!!」
開け放たれた部屋。広さだけは確保されていたその空間で、芹沢は横薙ぎに刀を払う。風切る唸りが密やかに響けば、対する浪士は歯を食いしばりかろうじてそれを見切る。
芹沢が続けざまに二刀目を振るおうとしたが、それは果たせず。やはり疲れがあったか。空間を取り損ね、柱に刃の切っ先がしっかりと刻み込まれていた。
「ちっ!!」
それはわずかであっても、遅れは死合いの最中では致命傷となる。
「もらっ ぐぁ!!」
好機と笑んで踏み込んだ浪士だが、次の刹那には血反吐を吐いた。白目を剥き、だらりと舌を突き出して倒れるその向こうで、刀を振るった土方の姿が現れる。
「後ろを取られるなど愚かな。武士としては死んでも仕方なかろう」
「てめぇか」
静かに告げると土方は刀を振る。纏わり着いた血はその程度で落ちないが。
「丁度いい、後は任せた。さすがにちょいとばかし疲れたな」
笑いながら芹沢は手の甲で頬を拭う。汗か血を拭おうとしたようだが、ただ凄惨に顔を汚したに過ぎない。真っ赤に染まったその姿を見ながら、土方は何も言わず、ただ四方へ目を走らせる。
他の隊士たちは膝を折って息をつき、かろうじて立てている程度。あるいは完全に昏倒している者もいた。
やや奥の部屋では四番隊組長の平山五郎が浪士二名と殺りあっていた。その傍では、平隊士が刀を支えに睨みを入れているが、もはやまともに動けるような状態でない。その平山も防戦一方になっている。
倒れた平隊士に一撃降ろさんとしていた侍。その間にミラ・ダイモス(eb2064)は黄金の獅子の盾翳して滑り込む。雄雄しき獅子に刃は跳ね返され、浪士が顔を歪める。
「この京に仇なそうとする者たちは、決して我らが許さない。岩をも貫くこの技、受けてみよ!!」
低い天井は、ジャイアントであるミラにとってさらに不向き。身の丈半分ほどもある太刀・岩透を振り上げれば敵に当たるより先に阻まれる。
だから、一歩を踏み込むとそのまま岩透を突き入れる。オーラによるパワーとエリベイションで精密さ、力共に増したその剣撃を、傷負うた身で躱せるはずも無く。その一刀が胸に吸い込まれると、大量の血を吐き、そのまま浪士は全身の力を抜いた。
「新撰組一番隊組長代理・鷲尾天斗。臆さぬならばかかって来い!!」
やけに広々となった二階をかけながら、天斗は大声を張り上げる。名乗りはやけに人気の少なくなった宿屋の中を広く駆け巡った。
「滅びよ、源徳の狗!!」
柱の影から飛び出してきた影。先端に光る白刃を天斗は見る。
「鷲尾流二天‥‥葉隠!!」
左で受けたエペタムで捌ききれず、突き出た刃は頬を掠める。その鋭さゆえに痛みは後から来た。感じる前に体は動き、小太刀・新藤五国光で斬りかえしている。
「長州も貴様らを見限った。大人しく投降しろ。天道に叛いた変革で何が変わると言うんだ!」
「変えようとしなければ、何も変わらぬ!!」
大喝する天斗に負けじと、浪士も叫ぶ。文字通りの血の叫びで、口端から滲む血は鮮やかな色を見せる。
打ち合う事数度。かろうじてその刀を捌いていた浪士だが、強く弾き返すと間合いを開ける。
「ふぐっ!!」
改めて身構えた浪士の身に、外から飛んできた矢が貫く。
「神斬!!」
体勢を崩した浪士。気を逃さずに、天斗は即座に仕掛けた。不完全な形で打ち出された攻撃を、敢えて受け止めると、間髪入れずに両手の刀を振りぬく。即座に相手は血飛沫を上げた。
「‥‥上は、これで片付いたようですね。残るは下ですか」
矢が飛来した方。二階の窓からリトルフライふよふよ空中浮遊中のリアナが中を覗き込む。咽返りそうな血の匂いに顔を顰めつつ中を見れば、立っているのはすでに浅葱の隊服ばかりなり。
「粗方は外か下かに逃げたからな。向こうは終わっちゃいねぇようだな」
さすがにきついのか。削られて不恰好になった柱にもたれながら芹沢が下を示す。
「そのようですね。‥‥これは‥‥こっちの出番はもう無いかしら」
元よりブレスセンサーで大まかな配置は確認できている。他から逃げようとする気配も特になく、ほっとしたような残念そうな複雑な心境で、しかし気を抜く事無くリアナは気配に気を配り続ける。
一階の中央で敢えて留まり、二階から降りてくる――あるいは落ちてくる者に注意を払っていた天矢だが、どうやら上は上だけで事足りた模様。
そうと察するとすぐに裏手へと走る。残るはどうやらそこだけのようだ。
走りながら見て回るに、抜け穴のような仕掛けは見当たらない。あったとしても、とっくに抜け出し逃げ去られた後だろう。
「てぃやあああ!!」
「おっと」
だが、そうやって目を走らせていたお陰か。物陰に潜んでいたその浪士の攻撃を、寸前で躱した。
「上の騒動は片付いた以上、残るはお前達だけだな。悪あがきせずに観念したらどうだ?」
「ならん!!」
静かに告げてみるも、相手は即座に否定。唇を噛み締め、目を血走らせ、刀を振るってくる。
「覇凰を繰り出すまでもない。――しかし、悪いが手加減は出来そうに無いな」
生半可な攻撃では、止まってくれないだろう。何がそう浪士たちを熱くさせるのか。一つ息を吐くと、天矢は日本刀・姫切を下段に構え、自重をかけて突き入れる。
くぐもった呻きと共に浪士が倒れる。ゆっくりと広がっていく紅。それを見届けると、天矢は外の騒ぎへと走り出していた。
乗り込んだ一同の実力もあってか、援軍到着後は瞬く間に事態は収束。集った浪士たちの大半が命を落とす結果となったが、捕縛が叶った者も少なからずいた。
ただし、逃げた者も若干名。その捜索も継続して行われたが、その最中にも長州藩邸が動く事は無かった。
「まだ若いのに。何とも夢の無い話だ」
転がった死体の数々。その一人に手をかけるとウィルマは仰向けに返す。手を合わせようとまでは思わないが、どこか遣りきれなさは覚える。
「怪我人優先で運び出してくれ。知人が寺に手配してくれてるはずだから、そっちとの連絡も頼む」
「先に薬を。道の整備は友人がしたはずですから、その方面から回り込んで下さい。急いで!」
援軍組はともかく、最初に乗り込んだ者たちには重傷を負った者もいる。彼らの運び出しを手伝いながら、穂狼とリアナが口早に指示を出す。
やがて、やけに長ったらしかった一夜が明けると、日の光の下全てが明るみに出る。改めて見る血塗られた現場は、さらに凄惨さを極めた。
「外はたいした騒ぎだな。長州藩邸か何処かからか、此処を見ている奴がいるだろうな」
何時の世でも野次馬は耐えない。不逞の輩を新撰組が暴いた、と上へ下への大騒ぎ。その現場を一目見ようと群れ集う人の中に、宗風は目を走らせる。
気をつけてみれば、怪しい奴らは幾らでも混じっている。長州藩邸のみならず、他藩にしてみても源徳の功ともなりうる今回の事件は気にかかる事だろう。
威圧を込めて睨みつけると、真っ向から睨み返す者、そそくさと逃げる者、そ知らぬふりをする者様々。だが、今はそれ以上構う事無く、宗風は黙ってその動向を見つめ返す。
「突然の襲撃だったからな。連中にとって大事な何かが宿の中に残っている可能性はあるかも」
あるいはそれで疑惑の長州藩自身と一連の事件を繋ぐ証拠が出ればと、烈閃は宿の中を探す。
思った通り、応酬した品の数々からは集った浪士たちの意思が如実に読み取れた。
曰く、安祥神皇は神皇家としての血筋は確かに申し分ないが、所詮は源徳家康が権を得る為の傀儡でしかない。並み居る列強を押さえる手腕にも乏しく、古来より正しく続いてきた神皇家としての権を衰えさせるばかり。
神皇がただ名ばかりの権力となる前に、正しき日本のあり方を取り戻す為、安祥神皇には速やかに退位していただき、血筋正しく、政治的手腕にも卓越した腕を誇る五条の宮さまがその地位に着くべき。
その方策として京に火を放ち、混乱の内に御所へと乗り込み、安祥神皇へ退位を迫る。あるいは玉体に手をかける事も已む無し。
我らはその尖兵となり、例え世の非難を浴びようとも後の世の為に今を打ち壊すべきだ、と。
あいにく、それ以上の事は読み取れず、直接長州藩邸と繋ぐ糸は見えない。が、
「五条の宮‥‥ですか」
ミラが頭を抱える。祖父の代の政権争いに敗れ、陽の目を見なかった彼が歴史の表舞台に立ったのはこの春。亡くなった平織虎長の後任として京都守護職についたのもつかのま、いきなり乱を起こす大罪を犯した。
その流刑地が西方・周防大島。だが、昨今では島を抜け出したとの噂も立っており、不穏な気配は止まない。
「火消しは小さな火種から。‥‥だけど、もう遅いのかもしれないわね」
この一夜で流れた血は一体いかほどか。そして、それはもはや序の口でしかないのかもしれない。その考えが、戦慄と共にステラの身を震わせた。
●長州藩邸
朝焼けが空を染め、光が世を照らし出しても池田屋の騒ぎは収まりそうになかった。いや、撒かれた血が陽の元に曝され、その重大さが露見したといえる。
その喧騒はしばらく続き。
そして、ただ門扉を固く締め切り沈黙が満ちる長州藩邸の中にもしっかり聞こえてきた。
「何だ、無事だったか」
藩邸内をずかずかと歩く高杉晋作。とある部屋の障子を乱暴に開けると、中では久坂玄瑞と桂小五郎が揃っていた。共に沈痛な面持ちで黙って茶を啜っている。
「何だ、とは酷い言い草だな」
「すまない。が、桂よ。お前さんは池田屋の会合に出ると聞いていたが?」
じろりと睨む小五郎。だが、険は無い。晋作も苦笑をして見せると、障子を閉め、二人に並んだ。
「転寝している内に集合に遅れてな。おかげで命拾いをした。‥‥お前こそ、今、藩邸の監視は並ではなかろう。よく帰って来れたな」
「この俺さまが、京のヘボどもに気取られる真似なんぞするか。出し抜く手の一つや二つ、造作も無い」
からからと陽気に笑う晋作。だが、それも束の間すぐに玄瑞に睨みを入れた。
「そもそも、今回の騒ぎ。久坂さんが騒ぎすぎたのも目をつけられた要因の一つじゃないのか」
「間違っている事をそのままに出来なかっただけだ。それより、そっちの首尾はどうだ?」
悪びれもしない玄瑞に、ただ晋作は肩を竦める。一つ、断念したように息を吐くと眼光鋭く、真面目にその面を上げて告げた。
「上々だ。嵯峨、伏見、共に十分。後は西の動きを待つのみ」
「そうか。だが、もはや悠長にもしていられない。噂では武田も上洛してくるそうだ。今回の一件で並居る同志が消された今、一刻の猶予もならない。苦しい戦になるやも知れんが、国からの兵が到着次第出る事になろう」
言って、小五郎は白盃を渡すと、手にしたそれに水を注ぐ。
「この世の全てを正す為」
「つまらないこの世を変える為」
「いざ出るぞ!!」
小五郎の声と共に、三人は盃を仰ぐと一気に叩き割った
●終了 そして幕開け
捕らえた者は十名を割ったが傷の程度が浅い者も多かったので、尋問はさらに迅速に進められた。中にはそちらにも手を貸す者もいたが、騒動に関わった冒険者の大半が今は疲れたとただ傷の痛みに耐えながら安息を送る。
‥‥が、幾日もせずに報酬は勿論、今回の件で使用した治療代から消耗した品の補充、武具の整備などまでが瞬く間に整えられた。報酬はともかく、その他は功をねぎらうにしても、あまりに迅速でありかつ破格な処遇でもあった。
訝った時間は本当に束の間。理由はすぐに知れる。
長州挙兵。その旗頭は五条の宮。
寝ている暇はもはやなく、一同は真の戦場へと駆り出される事になった。