風変わりな化け猫退治

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月11日〜11月16日

リプレイ公開日:2004年11月21日

●オープニング

 山の祠に化け猫が住み着いてしまった。村の平穏を願う大切なお社である。
 金茶の毛並みをした人間並みの大きさの猫は、社に近付く者を誰彼構わず脅して奉納品やらを略奪する。
 困った村民の願いを受け、ある日、庄屋は村の剛の者幾人かを連れて退治に出かけた。
 結果は惨敗。刃物を受け付けぬ相手に為すすべなく、あっという間に叩き伏せられてしまう。困り果てた庄屋はとにかく助けてくれと平身低頭にお願いした。
 すると、化け猫の方から一つの提案があった。
「それじゃ、あんたの娘を生贄として俺に差し出してもらおうか。後、マタタビ一袋。それで俺はここから消えてやろうじゃないか」
 庄屋には娘がいた。器量の良い美しい娘で、現在、江戸の大きな商家へ輿入れする事が決まりかけている。
 村に戻り、どうしたものかと悩んでいると、話を聞きつけた娘は涙ながらに訴えた。
「何故悩む必要があるのでしょう。村の皆の役に立つなら私も命は惜しみません。どうか、生贄として召し上げて下さい」
 たった一人の犠牲で村全員が救われるなら本望であると。
 村の中にはなお鼻息荒い者がいたが、これ以上の無用な争いは見たくないと娘自ら必死で説き伏せ、そして、娘は生贄とされる事が決まった。
 だが、それでも不服とする者がいる。当たり前だが親である庄屋本人と許婚予定の商家の者である。
「マタタビ一袋はともかく。大切に育ててきた娘を化け猫なんぞにやれるものか。そうだ、あれさえいなければ全ては丸く収まるんだ」
 確かに退治には失敗したが、それは手を惜しんだからに違いない。ちょっと腕に覚えがある程度では無い、きちんとした専門家に頼めば、あんな化け猫一体くらいやっつけてもらえるに違いない。
 そう考えた庄屋たちは江戸に上ると冒険者ギルドに化け猫退治を依頼した。

「‥‥えっと、その依頼、ちょっと待ってくんない?」
「は?」
 ギルドの係員が化け猫退治の募集を貼り出そうとした矢先、飛び込んできたシフール郵便屋が困惑しきりに待ったをかけた。
「実はさァ、その依頼ちょっと裏があるんだよ〜」
 目を丸くしている係員に、シフールはいつもの調子で語りだす。

 話は、若干遡る。
「実は、あの化け猫騒動は私が仕組んだモノなんです」
 危急の用だが内密に、という条件の下、郵便屋シフールは庄屋の家に呼び出されていた。
 開口一番真剣な表情でそう告げたのは――誰であろう、生贄予定の庄屋の娘だった。
「私、使用人として仕えている男性と将来を誓い合っているのです。ですが、父に許しを言い出す矢先、この度商家への輿入れが決まりかけ‥‥。先方は我が家に古くから恩のある相手。それを使用人と結婚したいからと断れば、後にどんな遺恨を残すか分かりません。金持ちの家に嫁ぐのだと、父もものすごく喜んで乗り気ですし‥‥」
 困っている内に、とんとん拍子で話は進み、今更否を言えない状態となっていた。
 愛しい人と添い遂げたいが、縁談を無碍に断る訳にもいかない。困り果てた娘だったが、ある日、道でのたれかけていた男を助けた事から、話は大きく変わる。
「異国の御仁でした。助けられた恩がしたいと言って下さったので、私、今回の一件を思いついたんです」
 すなわち妖怪騒動を起こし、自分がその生贄となり死んだ事にしてこっそりと村から去る。その後、何だかんだの理由を付けて相手の青年が仕事を辞め、二人どこかで落ち合い共に暮らして行こうというのだ。
 村の為という美談に纏め上げれば、結婚予定の相手も否は言えないし、同情して彼女の家にさらなる恩恵をもたらしてくれるに違いない。
 父は泣くだろうが、家の為を思えばきっと悪い事ではない。ほとぼりが冷めた頃にこっそり手紙の一通でも書いて詫びれば十分。そう踏んだ。
「最初は鬼騒動で考えてたんです。村の人間は異国の人間などなじみが無いんですもの。それで、外国の方が頭に角つけて多少化粧すれば鬼にでも間違えてくれるだろう、と考えたのですけど。‥‥化け猫で来るとは私も思いませんでしたわ。でも、あの姿ならどこの誰か分かりませんし、万一村の人と素顔で出会ってもバレずに済んでいいですよね」
 ふふ、と軽く笑う娘。
 ともあれ、娘の計画は順調に運んだ。異国の青年は村の要所である祠に陣取り、村に圧力をかける。途中、父が退治に出ると言い出した時には焦ったが、化け猫役の青年がごろつきぐらいどうにかなると告げたし、実際どうにかなった挙句、いい方に転んだ。
 後は自分が生贄となって村を出れば‥‥と思った矢先。
 今度は親父殿が江戸に――冒険者ギルドに足を運んだのだ。
「このままでは無実の方が成敗されてしまいます。私の企みを露見させれば、そりゃ丸く収まりますけど‥‥、そんな事を企んだ事が先方に知れれば、やっぱり快く思わないでしょうし。もうどうしたらいいのか」
 おろおろと慌てる娘。どうにも状況は悪かった。
 
「んでまぁ取敢えず、そういう顛末があるのさっ、って事を伝える為においらが来たんだけどね」
「どうせいっちゅうねん、それはっ?!」
 さらりと告げるシフールに代わり、係員の方が頭を抱えて卓に突っ伏す。
「事情が分かったんだからさ、断ってくれてもいいじゃん? 冒険者が集まらなかったとか言ってさ。まぁ、ギルドも当てにならんとか文句付けられるかもしんないけど。お嬢さんの企み通りに済んで丸くなるじゃない」
 気軽に告げるシフールに、係員は生真面目に首を横に振った。
「ダメだ。違約金やら風評被害の問題とかを差っ引いても、妖怪が関わる以上放っておく訳にはいかない」
「妖怪たって、それは野垂れ死にかけていた外国人が扮装しているだけであって‥‥」
「十人がかりの人間が一斉に斬りかかっても無傷でいる相手がか?」
「へ?」
 目を丸くして凝り固まるシフールに、神妙に係員は頷く。
「退治の際には依頼主も同行してたんだ。事情は分かったが、それを利用した化け猫に娘が騙されているとも考えられる」
 すなわち、猫の目的は真に生贄を得る事。
「でもさぁ。それが何かの見間違いで、普通の人間の可能性もやっぱある訳じゃない? 外国の人なら何かの魔法使いってのも考えられるしー」
「いやまぁ、そうかもしれないが‥‥」
 口ごもる係員。そこでふと気付いたようにシフールが手を打つ。
「それじゃあ、いっそ依頼人たちにこの裏話を話すってのは? 多分、結婚話はこじれて庄屋と商家の仲は悪化。激昂した親父さんは二人の仲を許さんとか言って、恋人たちの仲を引き裂き、娘たちは反抗して必死の逃避行とかいう泥沼劇が見れそうだけど、そこまでギルドの管轄じゃないし。その上で改めて化け猫の様子を見ればいいんじゃん」
「‥‥目先の騒ぎを回避するにはいいかもしれないが、後味悪そうだな」
 その様子を思い立って係員は顔を顰める。シフールはといえば、実に気軽に口笛を吹く。
「そこまで知らね。おいらはただの郵便屋〜♪」
「ううううう」
 うめく係員に、ギルドを訪れていた者がぎょっと見遣る。

 ともあれ、化け猫退治依頼は出された。最後に一文追加されて。
『事件は現場で起こるもの。故に対処は任せた』
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥おい。

●今回の参加者

 ea0213 ティーレリア・ユビキダス(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3363 環 連十郎(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6639 一色 翠(23歳・♀・浪人・パラ・ジャパン)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7055 小都 葵(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7786 行木 康永(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8109 浦添 羽儀(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 単純な事件に絡まった裏事情。八方丸く治めるには一筋縄でいかず。
「頭が痛い‥‥」
 リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)同様、頭を抱えた者も少なくなかった。
 ともあれ、依頼を受けた以上はやらねばならぬ。話し合いの末に、江戸の街中や依頼主の村へと散っていく。
 そして。化け猫に会う準備として、小都葵(ea7055)を始めとする幾人かが店で買い物をしていた。
「あそこの商家に嫁ぐお嫁さん。化け猫に取り付かれてるそうですね」 
 主人との世間話の際に、ティーレリア・ユビキダス(ea0213)はふと口にした。
「そんな根も葉も無い噂‥‥なんでしょうか? 何か耳にしてませんか?」
 慌てて窘めるも、気になる様子で葵は問いかける。返答は期待してなかったが、店主は同情気味に返してきた。
「ああ。旅芸人が話してたかな。可哀想だねぇ。その猫憑きの娘を退治でもするのかい?」
「いえ、まだ本当かどうかも分からないですから。でも、本当ならギルドに話が来てもおかしくないですね」
 首を傾げる店主に、葵はとぼけてみせる。騙されたか、気にしないのか。店主は大量の包みを卓に置く。
「ほれ、マタタビに干し魚。まったくこんなに買われちゃ店仕舞も近いか」
「げ。お得意様にそれは無いじゃん?」
 思わず口に出した行木康永(ea7786)に、店主はからからと笑った。

 冒険者らはまた一同に会し、素知らぬ顔で問題の村に入った。
「よ〜ろ〜し〜く〜お願いしま〜す‥‥」
 庄屋宅に赴けば、依頼主である庄屋の出迎え。が、実に雰囲気が暗い。声に覇気は無く、心ここにあらずだ。
「すみません。先程商家の方がお見えになって、縁談を無い事にと言われまして‥‥」
 頭を下げるのは庄屋の娘。妙に頬が緩んでいるが、それにも庄屋は気付いてない。
「やはり。江戸で猫に憑かれてるという噂を聞き、結婚がどうなるか気になっていたのですが」
 とぼけて葵が切り出すと、ぎっと庄屋が睨みつけてきた。
「娘はね。村の為に命を捨てて生贄になるとまで言ったのですよ。それが、憑き物のせいとか何だと言われて‥‥。ああ、縁談が〜。良縁が〜」
「仕方ありませんよ、お父様。それに、これまで通りのお付き合いはしてくれるし、便宜も図ると約束していただいたのでしょう」
 呆然と呟き空を仰ぐ庄屋に、娘はちょっと苛立ちを込めて宥める。
「噂、ちゃんと広げてくれたみたいだね」
 そんな親子を見遣った後、こっそり外に目を向け一色翠(ea6639)が笑う。
 家の周辺では、好奇心も顕わに子供らが覗きに来ては、庄屋のお姉さんは化け猫に取り付かれたのだと自慢げに触れ回っている。
 そう仕向けたのは翠だ。先に村に入り、子供らと遊びがてら噂を広めたのだ。
「上手くいったのはいいけど、ちょっと効きすぎたかしら?」
 やや困惑気味なのは浦添羽儀(ea8109)。旅芸人に扮し、相手の商家周辺でわざと耳に噂を広めた。のだが、気落ちして真っ暗にいじけている庄屋を見ていると、気が咎め無い事も無く。
「けど、仕方無いわよね。娘さんの望み通りに婚約破棄されたようだし♪」
 だが、その咎めも持続しなかった。
「嘘も方便。けど、まだこれからなんだよね」
 妖怪憑きの噂を流し、体面を気にする商家の方から破談を言わせる。ここまでは目論見どおり。だが、全てではない。まだやるべき事は残っている。
 それを確信すると、二条院無路渦(ea6844)はそっと目配せする。
「それでは、娘さん。ちょっとお伺いしたい事がありますの」
 ティーレリアの誘いにきょとんとしながらも、娘は共に別室へと赴く。残された部屋で、陰々欝々な庄屋の嘆きを何人かの冒険者が宥めていると、
「きゃああー!」
 ティーレリアの悲鳴が響いた。慌ててその源へと皆が走る。
 向かった先は娘が話をしている部屋。覗けば、ティーレリアが目を白黒させている前で、娘が奇妙な仕草をしている。
「にゃあ?」
 驚く冒険者や庄屋の横をすり抜けると、娘は猫声で鳴きながら裸足で庭を走り回る。
「な、な、何をやってるんだ。早く捕まえろ!!」
 動転して庄屋が声を上げるや、ぽかんと状況を見ていた使用人たちが慌てて娘を捕まえようとする。
「ここはお任せを‥‥‥‥喝!!」
「はっ!? 私は何を?」
 厳かに念仏を唱え、気合と共に無路渦が数珠を突き出した。途端、娘はぺたりと地面に横たわるや、気付いたように辺りを見渡す。
「これは、一体!?」
 庄屋はただひたすら慌て惑うのみ。
「もしかすると、娘さんは憑かれ易い人なのかも知れないですね」
「はあ??? 娘は今までは何とも無かったのですよ!?」
「あ、いえ。ちょっとそう思っただけって事でして」
 目を見開いて詰め寄る庄屋に、ティーレリアは慌てて否定の言葉を入れる。演技でも無く、迫力に押された。
「いや。小さい時は何とも無いのに、段々と妖怪に好かれるようになる事もあるらしい。私の生まれた場所にもそういう記録が残されていた。おそらく、今回追い払ってもまた起こる可能性があるだろう」
 リーゼが淀みなく語ると、荷の中から木簡を取り出す。中には彼女の村で起きたという妖怪退治の記録が記されていた。木片も墨もやけに新しいのだが、混乱している庄屋は気付かない。
「娘が生贄に欲されたのも、その体質が呼んだんだよ。縁談は破談して正解。嫁ぎ先が妖怪に狙われ、原因が娘さんとなれば両家に泥だよ」
「そんな。それで娘はどうすれば」
 すがりつく庄屋をやんわりと無路渦は引き離し、厳かに告げた。
「今は二条院家に代々伝わるこの数珠で封じる事が出来たけど、それも一時。また暴れる事になるよ。でも、化け猫を倒せば憑き物は落ちる。ただし、今回だけだけどね」
 はっきりと言われ、娘は顔を両手で覆い隠すと、肩を震わせそのまま走り去る。使用人の中で後を追う青年がいたが、それが恋人だろうか。
 庄屋もまた肩を落としたものの、きつく口を結ぶ。
「いえ、あんな娘を見ておれません。ひとまず今回の退治、よろしくお願いします!」
「分かりました! それでは早速偵察に行ってまいりまーす♪」
 即座に庄屋宅を後にしようとするティーレリア。それを慌てて庄屋が止める。
「何だか妙に浮かれてますような?? それより、すぐ退治して下さらないので?」
「行き違いでここが襲われたらどうする? それを見定める為にもまず偵察が大事なのだ」
 きっぱり告げるリーゼに、庄屋は慌てて頭を下げる。もうすっかり信頼しきった態度だ。
「いい感じの流れね。‥‥でも、娘さん泣き出すなんて、やっぱりちょっと酷だったかしら」
「あれ。泣いてたんじゃなくて笑ってたみたい」
 羽儀は心配したものの、あっさりと翠に告げられ、軽く肩を竦めた。
「あんなに親父さんは心配してるのにな。好きな野郎の為とはいえ、泣かせるのはよくねぇよ」
 環連十郎(ea3363)が渋面を作る。
「皆が幸せになるっていうのは、本当に難しいね」
 ぽつりと呟いた翠の言葉が何だかやけに心に滲みた。

 祠偵察組は程無くして帰ってきた。ティーレリアが妙に沈んでいた以外は何事も無く、冒険者たちは化け猫退治にかかる。
 早く行けとせっつく庄屋を、入念な準備が必要だとリーゼが宥めるやり取りが何度か交わされた後、
「きゃああ!!」
 屋敷に響く女性の悲鳴。娘の声だと気付いた途端、庄屋は一目散に駆け出し、冒険者らも後を追う。
 駆けつけたは荒れた部屋。戸が壊され、小物が散乱している。娘は壁際で座り込み、使用人の男性が庇うように睨みを効かせている。
 そして、部屋にいた第三者。金茶の毛並みに眼。二本足で歩く等身大の猫は、牙を剥き爪を立てて庄屋へと振り返った。
「お前は!」
「庄屋、久しぶりだな。後ろの見ない顔ぶれは一体何の真似だ? そっちがそういうつもりなら、こっちも早々に娘をもらうまでだ!」
 ごろごろと喉に絡むような声で猫が告げる。
「そんな事はさせねーぜ!!」
 日本刀を引き抜くや、康永が化け猫へと斬りかかった。俄かに起きた戦闘に、本当の悲鳴を上げた娘を青年が抱きしめる。
 化け猫は白刃を事も無げに振り払うと、康永を殴り飛ばした。
「きゅう」
「弱っ!!」
 そのまま地に伏して気絶したように見える康永に、庄屋の鋭い一言。殴られるより痛かったが、ここで泣く訳にもいかないし、勿論弁明などできない。
「あいつだけじゃねぇ。まだ、俺たちもいるんだぜ」
 連十郎を始め、次々と身構える冒険者たち。
「ちぃ!!」
 人数差に不利を感じたか、化け猫は素早く娘の方へと詰め寄ろうとしたが、
「お嬢様に、手出しはさせません!!」
 すっくと立ち上がって阻んだのは使用人の青年だった。
「喰らえ!」
 妨害で化け猫が手を拱いている間に、連十郎が一刀を入れる。日本刀は確かに当たったが、化け猫自身には微塵の傷も付いていない。
「なるほど。本当に手加減の必要は無いのね」
 その様子を見ていた羽儀は、驚く以上に呆れて呟く。
「それじゃ、遠慮なしに行かせてもらうわ!!」
 リーゼも日本刀を振るった。化け猫は苦みきった表情で、何とかリーゼの刃をかいくぐると庭へと飛び出し、
「てい」
「ギャア!!」
 淡々とした呪文の後に、無路渦から飛んだ黒い光が化け猫の足元を四散させる。ディストロイだ。化け猫が避けなければ直撃していただろう。
 さすがに、たまらんと踏んだか。必死の形相で化け猫は塀を飛び越えて逃走にかかる。
「村の中での立ち回りは危険だわ。祠へと誘導させて!」
「分かったよ!!」
 羽儀の指示で、翠は化け猫の背後へ矢を射掛ける。元より化け猫の向かう先は祠らしく、一目散に走り去る。
「危ねぇから、あんたたちはここで。なぁに、逃がしゃしねぇぜ!」
 連十郎が庄屋たちを諭すと、冒険者たちは化け猫の後を追いかけた。

 祠での騒ぎは村の中では窺い知れない。風に乗って届く破壊音と罵声に悲鳴に、近付いて真相を見届ける者も無く。
 やがて。村へと帰参した冒険者らが氷付けになった化け猫を連れ帰り、一気に村は歓喜に包まれた。
「ありがとうございます。‥‥しかし、娘が化け物に憑かれやすいなどとあっては、この先どうしてよいのやら」
 動かぬ化け物を見て、ほっと息をついたのもつかの間、すぐに庄屋は憂いの顔を見せていた。
「大丈夫です。お嬢様は守って見せます」
「阿呆。化け猫一匹にも振り回されておったのに、もっと手ごわいのが来たらどうする」
 きっぱりと告げた使用人の青年だったが、庄屋は一蹴してしまう。
「あのさぁ。可愛い娘を知らない家に嫁がせたく無いだろ? いかに裕福な家でも、幸せになるとは限らないし。それより、頼れる旦那が側に居るじゃねえか」
 見かねて連十郎が口を出すが、庄屋の顔は渋そうだ。後ろで娘が軽く肩を竦めて見せた。
「この化け猫は、俺たちで手厚く葬るよ。後々祟ったりしたら大変だしね」
「はい、よろしくお願いします」
 悪びれもせず無路渦が告げると、庄屋は深々と頭を下げた。

 で。
 庄屋から報酬をいただき、村を後にし。十二分に離れた所で、冒険者たちは化け猫を解凍していた。あいにく温泉の類は無いらしく、河川敷で湯を沸かし魔法の氷を溶かしていく。
「ぶえっくしゅん! あ〜、ひでぇ目にあった」
「きゃあ! 冷たいですよぉ」
 開放された途端に派手に身を震わせる猫。飛んだ雫が辺りに飛び散り、リカバーをかけていた葵が抗議の声を上げる。
「なぁにが、冷たいだぁ。こっちは今まで冷え冷えだったんだぜ!? 戦闘のフリだけって言うのに、マジで当ててくる奴はいるしっ!」
 嘘の化け猫騒動にもオチは必要。化け猫役に心当たりのある冒険者を中心に祠へ偵察として赴くと、話が変わった事や今後の流れについての打ち合わせを済ませたのだ。
 戦闘のフリをして暴れた後、化け猫退治の証としてティーレリアのアイスコフィンで封じた化け猫を見せて庄屋を納得させる。さすがに氷付けには難色を示したが、康永らの巧みな懐柔で承諾した。
 のだが。
 モンスター相手には容赦無しの無路渦。放つ魔法は、刃物が通じぬ猫にも痛い技。話が違うぞ、と殺気一杯の眼差しで猫が非難している。
「難しいお話、いっぱいして疲れちゃったねぇ」
 しかし当人、呑気に欠伸。さらに目は、その程度ですんでよかったねー、と語りかけているようで。勘に障ったか毛を逆立てる猫の手を、ティーレリアはそっと握り締める。
「猫さん、落ち着いてくださいよぉ。猫さんのおかげで無事に事が済んだんですから」
「‥‥‥‥分かったから、ヒトの肉球で遊ばんでくれ」
「だってー。祠でも逃げられましたし、今はずぶ濡れですしー」
 満面に笑うティーレリアに、すっかり脱力する猫。
 そうこうする内に、冒険者を追いかけて娘が姿を現した。
「ごめんなさい。今回は私のわがままのせいで‥‥。これ少ないですけど」
「そんな。お礼なんて良いのに」
「いいから受け取って下さい。でないと、気が済まないんですもの」 
 羽儀は恐縮したが、やや強引に娘は銭の入った袋を皆に手渡す。
「そうだ。こっちも兄貴に約束の報酬‥‥というより氷付けの御苦労金だよな。後、保存食も持ってってくれよ」
 代表して康永がマタタビやら保存食やらを猫へと手渡す。それを見ていた葵が首を傾げた。
「そういえば。猫さん、お食事はどうされてたんです? マタタビだけでは過ごせませんよね」
「はっはっは。まともな食生活を送れてたら、道でのたれかけてたりするもんかよ♪ ここに来てからは奉納品分捕ったり、その娘が飯差し入れたりしてくれて助かったけど」
 あっさりと明るく言われて、思わず頭を抱える葵。
「そんな苦労するなら江戸に出てお仕事しませんか?」
「人の多い所は面倒だからな。何だかんだで、俺は人外な訳だし。気が向いたらかな?」
 ティーレリアの訴えに、猫は軽い口調で答える。
「一応、破談には出来たが。これからどうなんだ?」
 リーゼが尋ねると、娘はちょっと考え込む。
「すぐに彼と結婚は難しいでしょう。何せ私は妖怪憑きですし♪ でも、いき遅れ前に父は手を打とうとしますよ。あの人もそれまで待ってくれます」
「いいですね。そこまでして添い遂げたい相手に出会えるなんて」
 にこやかに告げる娘に、羽儀は半ば照れながらも祝福を述べる。
「ホント、いいよなぁ。俺が幸せになりたいぜ! よぉ、後でちょっくら俺と茶屋にでも行かないか?」
「全額そっち持ちなら付き合うぞ」
「‥‥野郎で猫と行って、何が楽しいんじゃいっ」
 嫌そうな連十郎に、猫がにやにやと笑う。
「でも、良かった。猫さん、今回はありがとうね。お姉さんも幸せになってね?」
「勿論よ」
 少女らしい、素直な笑みで翠が告げると、自信たっぷりに娘は微笑んだ。