一角馬を連れて

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:01月19日〜01月24日

リプレイ公開日:2007年01月28日

●オープニング

 その山には一角馬が住んでいる。
 とはいえ、居るのは人にはなかなか到達できない山奥であり、その姿を見る事は滅多叶わない。
 その珍しい一角馬が村に現れたのだから、村人一同は大いに驚いたものだ。
 体つきなどが若干幼い、どうやら仔馬のようだ。とはいえ、一角馬としての能力はちゃんと持っているようで、話しかけるとオーラテレパスで答えてきた。
「お前さん、どうしてこんな所にいるんだい?」
『女の人が来て、美味しい御飯をくれるっていうからついてきたの。でも、変な男と一緒に首に縄つけようとするから怖くなって走ってたらここに来ちゃった。ここどこ?』
 きょとんと目を瞬かせる一角馬に村人たちは顔を見合わせる。
 山には一角馬が住んでいる。一角馬はその角が万病に効くとされるし、そうでなくても優美な外見を愛でる好事家も多い。時には金貨数万で取引されるこの馬を狙って、これまでもしばしば山に踏み込む者たちを見かける事はあった。山の険しさに大概は断念して帰っていくのだが、どうやらそれを乗り越えて山に踏み込んだ者がいたらしい。
『僕、黙って出てきたから早く帰らないとおかあさんに怒られちゃう。ねぇ、ここどこ?』
 何の気無く問いかけてくる一角馬に、村人達はただただ途方に暮れるばかりだった。


 それからも一角馬の力の及ぶ範囲で話し込んでいき、どうにか普段の生活場所を把握した村人たち。その棲家には到底彼らの力量ではたどり着く事は叶わないが、その近くまでなら送り届ける事は出来そうだったし、そこまで送れば後は自力で帰ってくれそうではある。
 しかし、問題が。一角馬は乙女にしかその身に触れさせようとしない。加えてその一角馬は首に縄つけられたのがどうにも嫌だったようで、男性をとにかく拒絶する。下手に近付けば蹴られて大怪我を負わされかねない。
 なので、送り届けも女性がやるしかないのだが。
『あ、あれ何? これは? あんな所にお花咲いてる〜♪』
「ちょ、ちょっと待って〜」
 この一角馬、やたら好奇心が強かった。
 ちょっと珍しい物を見つけるや、すぐにあっちへこっちへ。注意すればしばらくは大人しくするのだが、興味を惹かれる物を見つけると先の注意など途端忘れて駆け出してしまう。
「小振りとはいえ、馬の体力はあなどれん。加えて道中の山道を思えば、村の女たちではとても面倒見きれん。ですが、帰すと約束した以上無理だからもうどっか行けとも言えず‥‥。なので、こちらにお願いしたい」
 やけに疲れた顔して、村の人は冒険者ギルドへと訪れた。初めての人里、はしゃぎまわって村中を駆け巡りっ放しの馬に、どうやら相当手こずったようだ。
「それにですね。一角馬を連れ去ろうとした者たちの事も気になります。彼らが一角馬を諦めてないなら、また狙いに来るでしょう。そうした場合――例えば越後屋さんのように正当に馬を捕まえて売買しようとする者も勿論います。そう云う方ならば話をすれば、おそらく分かってくれると思いますが、御存知の通り、一角馬は高値で取引されます。中には胡乱な連中が一攫千金を狙ってやってくる事もあります」
 神妙な顔で、村人は告げる。
 話し合いで済むのなら容易い。だが、商品とする一角馬は捕らえる為なら邪魔者は斬り捨てるという者も当然いる。一角馬の話だけでは、どちらなのか判断つかない。
「勿論、彼らはすでに馬を諦めてる場合もあります。捕らえようとした奴らがまともな人間だったとしても、村に一角馬が来た事は噂になってますし、それを聞いた新手が狙ってくる可能性だってあります。最悪を考えて動くならやはりきちんとした方にお願いするのが筋でしょう」
 村人の話に、ギルドの係員は一つ頷く。刃物を振りかざして来られては、単なる村人は抵抗できない。
「村から東にまっすぐ山一つ越えて、さらに山を登った天辺に大きな一本杉があります。根元に小さな祠があるので分かりやすいと思います。そこまで一角馬を送って下さい。
 山道は険しいですが、女の足でも行けるような程度。山間に川が流れてますが、今の時期なら水量も少なくて渡れるでしょう。水が冷たいのが難ですが、何なら上流に上っていくと吊り橋がかけられてますのでそちらを利用するのもいいかもしれません。強度の問題で大人一人ぐらいずつしか渡れない上、酷く揺れますけどね」
 杉は山の神をあがめる御神木で、村人たちでも訪れる者がいると云う。ただ、それを過ぎた辺りから山は格段に姿を変え、慣れた者でも近寄らない難所になる。一角馬はその奥に住んでいるのだという。
「一本杉までは朝出かけたら夕方帰れる距離ですが‥‥。馬の寄り道具合によってはずるずると遅くなってしまいますよねぇ。今の時期日の入りも早いですし。夜の山道は危険ですから、日暮れてからは歩かない方がいいですよ。とはいえ、野宿も厳しい季節ですが」
 ではお願いしますと頭を下げる傍ら、忠告も忘れない村人。それに一つ頷くと、係員は冒険者募集の貼り紙を作り出した。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2284 アルバート・オズボーン(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb2704 乃木坂 雷電(24歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ マキリ(eb5009)/ アンスヘルム・ヘルマン(eb5854

●リプレイ本文

「本当に一角馬なのね。ジャパンに渡って来る前もまず見なかったんだけど」
 村の女たちに連れられ姿を現した一本角の白馬を、ステラ・デュナミス(eb2099)は感心するように静かに息を吐く。
「欧州ではユニコーンと呼ばれてる聖獣でしたわね。また目にする機会があるとは思いませんでしたわ」
 七神斗織(ea3225)も興味深い眼差しを向けている。
「聖獣を騙して捕らえようなどと‥‥許せませんわ。出来る事ならお灸を据えたい所ですが、今回は目的が違いますわね」
「そうですね。この馬を、一本杉まで送り届けないといけません。かといって、出てきて見逃す義理もありませんけどね」
 残念そうに表情に影を落した斗織に、神楽聖歌(ea5062)もにっこりと微笑む。
「自分はみなも、和泉みなもと申します。よろしくお願い致しますね。よろしければ、あなたの名前も御聞かせ願えますか?」
 そんな冒険者たちを面白そうに見ていた一角馬に、和泉みなも(eb3834)はきちんとした礼を取り、微笑みかける。
『名前? 名前はね、桜駿っていうの』
「桜駿様ですね、ありがとうございます」
 桜駿と名乗った一角馬に、斗織はにこりと微笑む。手を差し伸べると、一角馬は興味深そうに鼻先をくっつけてきた。警戒心は特に無いようで、連れてきた女たちも胸を撫で下ろしている。ここで嫌われていては警護どころではない。
 まずは一安心と冒険者たちが和んでいるその場からやや離れ、そんな彼らを直視している者たちがいた。
「本当に本物ですねぇ。出来ればもっと間近で観察したいものです」
 建物の影に隠れて、そこから瞬きも惜しい程に一角馬を見ているのは沖田光(ea0029)。他、三名の冒険者がそこから一角馬の様子を伺っている。
 一角馬は乙女しか近寄らせず、なので男たちは離れて護衛につく事を余儀なくされる。
「またずいぶんとやりづらい相手の護衛だな。乙女しか傍らに置けない上に、野郎が迂闊に近付けば返り打ち。下手に前衛に回って距離を読み違えると手痛い仕打ちがあいつから来ると来たもんだ」
「だったら、どうする? このまま依頼を放棄して家に帰るか?」
「それじゃ依頼を買って出た意味がないだろう」
 大仰に嘆いた真似をする乃木坂雷電(eb2704)に、備前響耶(eb3824)が抑揚無い声で静かに問う。
 元より出来る事があるから、やると受けたのだ。雷電は皮肉げに表情を浮かべ、それを見た響耶も分かってると軽い笑みを浮かべる。
 だが、その笑みもすぐに消すと厳しい表情で、一角馬へと向き直る。
「密猟者の存在は治安にも悪い。猛獣、妖を刺激して暴れさせたり、京内に連れ込み、管理能力の有る無しも見ず売りつけたり」
 京都見廻組である響耶にとって、京の治安の悪さは頭の痛い所。様々な治安維持部隊が京にはあるが、それも落ち着かぬ世が生んだ必然。その割に平穏からまだまだ遠いのだからなお困る。
「冒険者街では珍しくもないが、確かに高く売れるからな」
 アルバート・オズボーン(eb2284)が肩を竦める。
 冒険者の中には一角馬を持つ者もいると云う。だからといって、誰もが気軽に持っている訳でもない。
 実際にどれだけ需要があるものか、ゴールド・ストームが調べてみなもに伝えていたのだが。角が万能薬として売れる他、一角馬自体にも十分商品価値はある。加えて、滅多に見かけない獣なので希少価値が高く、故に需要はかなり高いとか。
「一角馬を捕らえようとするなら、恐らくかなりの熟達者。腕が良いなら、それだけ密猟経路に顧客も持っているだろう。捕えて吐かせれば今後の取り締まりに効果が見込める」
 密猟経路をある程度潰せれば一角馬もしばらくは安全になると、響耶は場にいた長老や村の者たちから詳しい話を聞き込む。

「それではお願いしますね」
 村の女たちに見送られて冒険者たちは出発。とはいえ、男四名は見付からないよう離れている。
「おとなしくしてましたか、小宇宙。今から護衛ですけど、一角馬に吼えたりしたら駄目ですよ」
 先行はまず光。村の外でつないでいた虎の小宇宙を連れ、皆に先んじて周囲の警戒にあたる。襲撃者の警戒は勿論のこと、一角馬が興味を引くモノが無いかも注意して進む。
 だが、幾らも進まぬ内に真面目に周囲を警戒していた光の様子がおかしくなる。
「沖田さん、どうしたのでしょう。先程からちらちらとこちらに視線を送ってきますが」
 そんな光の後から、一角馬と護衛の女冒険者たちが山道を歩く。
 近寄りすぎると一角馬が怒る為、明確な意思の疎通は難しい。頻繁にこちらを振り返ってくる光を訝り、聖歌は首を傾げる。警戒せよとの合図にしては、向こうに緊張感が無い。
「ちゃんと付いてきているか心配してるんじゃないの?」
「先程少し休憩した際、いきなり村に戻ろうとしましたものね」
「あれは、ちょっと間違えただけです!」
 小首を傾げるステラに、至極納得するみなも。その間違えた本人である斗織は顔を真っ赤にする。
 方向音痴の自覚がある斗織。なるべく皆と離れないよう、蒙古馬・茶々丸の手綱をしっかり握り一角馬の傍を歩いているが、それでも過ちはあったりなかったり。
 その一角馬の桜駿は、初めて見る蒙古馬に興味を惹かれてかやたらすりよっている。その為、茶々丸の方が嫌がって逃げ回る騒動もあったりした。
 そんな彼らとは離れているが、他の男達もきちんと護衛についている。
「道はさほど難しくない。危険な野の獣とと簡単に出くわしてしまう場所でもない。順調に歩いてきているし、この調子で行ければ‥‥」
 事前に、山の情報を仕入れていたアルバートは、それを思い出しながら周囲に目を走らせる。
 一本杉までの道は、村人も稀に使うという事できちんと切り開かれている。そこを行くのだから、単なる旅となれば難しくない。やはり、注意すべきは捕縛者たちか。
「全く。狙われてる御身分だというのに、気楽な事で。好奇心旺盛も子供の特権で健康な証拠だろうけど、やんちゃも過ぎると見てるこっちが気抜けするぜ」
 蒙古馬に逃げられた桜駿は拗ねたのか、しばらく大人しかった。が、それもほとぼり過ぎたか、そわそわと辺りの景色に興味を惹かれだしている。足を止めたり、他の場所にその首をめぐらせる度に傍の女性陣から窘められてしゅんとうな垂れている。
 周囲に気を張り続けている男たちとはまた違う和やかな光景に、雷電はやはり苦笑を隠せない。もっとも、その言葉には温かみがあるし、警戒に勤しむ目にはさらにやる気がみなぎる。一角馬を好意的に見ているのはよく分かった。
「後方異常無し。‥‥自分では気付かないかもしれないので、頼りにするかもな」
 後方を守るのが響耶。傍の柴犬・影牙に語りかけると、相手は任せろとばかりに一声鳴く。その姿を頼もしく思いながら響耶は警戒を続ける。
「にしても、沖田殿は何をしているのだ?」
 相変わらず、光は振り返っている。あまり頻繁だと注意力が散漫にならないかと心配になる。
 で、実際何故に光はそんな行動を取るのかといえば。
「‥‥しまった。前を歩いては観察できないじゃないですか」
 単に一角馬が気になって振り返ってしまうだけだったりもする。

『可愛い小鳥ーっ!!』
「きゃあ、待って下さい」
 会話をするにはテレパスが必要。これは時間や魔力の都合で常に話し続けられる訳ではない。襲撃があるかもなどの不測の事態を考えてか、一角馬自身早々オーラ魔法を使いはしないのだが。それでも何を言いたいのか如実に分かる程はっきりした行動。
 光が先行して妙な物が無いか確認しているが、妙でない物は当然その範疇ではない。そして、一角馬の好奇心はその妙でない物の中にもきっちり存在していた。
 可愛い小鳥や花、おいしそうな木の芽、小さな羽虫など。人の作った標識や、安全祈願の地蔵などもおもしろいらしく、見入ってしまう。
「早く帰らないとお母様に叱られるでしょう?」
「そうそう。遅くなると心配なさいましょう」
 その度に斗織とみなもで窘めて、先に進ませる。いや、案外斗織が戻ってきたらあげている人参につられているだけなのかも。
「村の方たちの話によれば、そろそろ川に辿りつく頃ですね」
 みなもが告げて、しばし。話通りに河辺に出る。川はさほど深くは無いし、水の流れも弱くも無いが強くも無い。それなりに広いが歩いて渡れそうだ。
 上流にある橋も確認できた。木のつるを編んだ吊り橋のようで、あまり丈夫そうでない。濡れずには済むだろうが、例えば射撃に長けるみなもなら、弓を整えれば岸辺から渡っている人を射抜けそうだ。
 安全と安心を考え川を行く事で意見は纏まっている。
 その川には真新しい縄がかけられており、それを手繰って慎重に進む。かけたのはやはり先行した光で、とすればすでに対岸で待っているのだろう。
 水の冷たさには閉口したし、それを嫌がって一角馬はなかなか入らなかったが、水に入ればもうどうにでもなれで。みなもの馬に化けていたヒポカンプス・さざなみについていたかと思うと、終いには、跳ねて水を蹴散らす一角馬にずぶ濡れにされてしまった。
「差し入れをもらっておいて助かったわ」
 水気を拭いながら、ステラは深々とため息をつく。マキリが川で濡れるのを心配して手ぬぐいを掻き集めてくれたのが、役に立っている。
「おいたしちゃ駄目ですよ」
 斗織が軽く怖い顔を作って叱ると、さすがにしゅんとうな垂れる一角馬。
「きゃああああ! 誰か!!」
 その時、悲鳴が山に木霊した。はっとする冒険者たちに、さすがの一角馬も身を強張らせる。
 声は女のようだ。さすがに無視も出来ず、迷った末にそちらへと赴く。
 声の主はやや上流に行った辺り、河辺に立ってしきりと騒いでいる。
「どうかしましたか?」
「いえ‥‥その」
 声をかけると、途端、しどろもどろとした態度になり、明らかに挙動不審。しきりに周囲を見回し、落ち着きが無い。
 怪しんでいると、更に盛大な声が山に響いた。
「ぎゃあああああああ!!」
 今度は男声。一角馬が即座に警戒して、臨戦態勢に入った。
 反響して正確な場所は即座に割り出せなかったが、実の所、悲鳴の現場はかなり近く。木に隠れて見えづらいが、一角馬のすぐ目と鼻の先といった所だった。
 悲鳴を上げた男はしかし、そこから動く事もできなかった。巨大な虎に押さえられていたからだ。そのまま目を回した男を虎は咥えて引き摺り、山のもう少し奥へと引き込む。
 そこにいたのは、五名の男女。何れも大なり小なり手傷を負った上で縛られている。
「その顔、あの一角馬を狙った奴らだな」
 捕らえた奴らの顔を確認してそう告げたのは響耶。虎は小宇宙で、勿論光が傍についている。
「そっちこそなんだ! あの馬を先に目をつけたのはこっちだ! 横取りしようなんざ片腹いたい!!」
「縛られた姿で言われてもなぁ」
 吼える男に、アルバートが疲れた目線を向ける。
 つまりは。川岸の女が騒いで一行の目を引き付けた所を、別の奴がさらに茶々を入れ一角馬と護衛を引き離し、寸断した所で改めて一角馬を狙おうという算段だったそうで。
 そうして待ち構えたのはいいが。潜伏している所を響耶に見付かって、後は一気に始末つけられた。人相手は慣れてないのか、あまり強くなかった事だけ言っておく。その為、あまり怪我させずに捕縛できたのはよかったか。
「おとなしくこのまま帰ってくれませんか? じゃないとちょっと大柄な虎猫をけしかけますよ」
 にっこり笑顔で告げる光。その大猫は堂々と座して、先ほどからじっと捕まった男達を見つめている。間近で見る猛獣に、男達の顔色は青を通り越して白くなっている。
「いや、待て。解放すると密猟の手立てが分からなくなる」
「密猟とは聞き捨てならない。別に保護動物な訳でなし、兎や熊を獲るのと同じだろう」
「なるほど。だが、人が運ぼうとしている動物を狙ったのは、どういう了見か」
「それは、俺達が苦労して目につけたのを逃がしてなるまいと」
 止める響耶を聞きとがめて男たちが抗議の声を上げる。口々に言い合う彼らを前に、響耶も黙ってはいない。
「川を最後に渡ったが、俺より後ろに不審人物の影は見なかった。今の所、彼らで全部という訳か」
「みたいだな。もっとも、厄介な事はまだ終わってないけどな」
 周囲を警戒したアルバートが告げる。雷電もアルバートには一応同意しつつ、疲れた表情で否定も示す。何がと問いかける前に、雷電がそちらへと指をさす。
 そこでは不審な物音を警戒して、戦闘体制に入っている一角馬とその護衛たちの姿。女たちはすでに事態を察してか構えもやや解きぎみであったが、一角馬の方は緊張しきっている。
「迂闊に動くと、こいつらごと俺たちもふっ飛ばしかねない構えだ」
 木の陰から様子を伺い、雷電はさすがにぞっと背筋を寒くした。
 
 捕まえた奴らの見張りと事情聴取を兼ねて、響耶が川辺で脱落。さすがにその大所帯をつれて護衛する訳には行かない。
 幸い、それからの道中も誰かに狙われる事はなく、一向無事に目的地に着く。
 特徴的なすらりと高い一本杉。根元に祠。間違いなさそうだ。
「ここまでくれば大丈夫ですね」
『うん、どうもありがとう』
 一息ついて微笑む聖歌に、一角馬は無邪気な礼を述べる。妙な輩に狙われる心配がもう無い事、棲家に無事に返りつける事、一角馬の好奇心にもう振り回されずに済む事。いろんな意味の詰まった一言だったが、果たしてそれをどこまで理解しているのやら。
「けど、すごい山地ね。斜面は急だし、整備されてないから木々が伸び放題。本当にここから大丈夫?」
 一本杉の向こうから急に道が悪くなっている。というより、崖で道が無い。
 心配して尋ねるステラに、『大丈夫』と告げると一角馬はオーラを込める。そうした上で崖をひょいひょいと下り出す。
『ありがとう。また遊ぼうね』
「駄目です! もう母上が心配なさいますよ!!」
 見送る一同へ元気なお礼の思念が届く。‥‥のはいいが、全く懲りてない模様。慌ててみなもが叫ぶがさてそれもきちんと聞こえたのか。
 去っていく一角馬の後姿をきちんと見届け、一同は帰途につく。寄り道や邪魔が入って予定よりやはり遅れていたし、帰り道で誰かが迷ったりもしたが、それでも一同は何とかその日の内に帰りつけたのだった。