【キの巡り】 京都見廻組 情勢変化

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月09日〜02月14日

リプレイ公開日:2007年02月17日

●オープニング

 京の都に落ちる闇は深い。
 秋に起きた五条の宮の再乱。五条の宮は年明けと同時に筑前の太宰府を攻め、安祥神皇廃位と遷都を宣言する。
 神皇の威を示す三種の神器の内二種を奪われ、京の公家たちは動揺を隠しえない。
 源徳家康はそんな公家達を纏め上げ一刻も早い長州征伐を主張するも、藤豊秀吉は長州を刺激すれば国を二つに割りかねないと対立姿勢を取った。
 肝心要の安祥神皇は乱の心労からか伏せったまま姿を見せない。そも幼皇に政治の手腕を求める者も無く、二公の対立はそのまま政治の混乱へと繋がった。
 上がそんな調子では、当然下も治まらない。大きな戦の予兆こそまだないが、素行よろしからぬ者は世に横行し、その度に斬った斬られたで血の雨が降る。ただそれもいつもの事と言ってしまえるのが京の実情でもあるが。

 京の治安を守る組織は数多い。されど、その機動力においてもはや新撰組に勝る組織は無い。芹沢・近藤の二局長を中心とする彼らの結束は強く。それは確かに治安維持に貢献すれど、都を守るのはもはや自分たちより無しという驕りから暴走する事もまた多くなってきている。
 平織虎長死去以降、京都見廻組・黒虎部隊は精彩を欠き。また五条の宮に傾倒した者も多く、乱の後こぞって離反するなど、その規模は縮小の一途を辿る。
 京都見廻組の凋落振りを見た薩摩藩は、独自に薩摩見廻組を新設。それまでは長州藩と懇意にしてる節のあった薩摩だが、さすがに秋の乱の暴挙には辟易したらしく、今は安祥神皇を崇めて京の平和に励む。だからといって、他組織と仲良しこよしで治安を守るほど温い奴らではないが。

●京都見廻組
「で。できれば事件の方は消えて無くなって欲しかったがな」
 人の居なくなった役所にて。京都見廻組の渡辺綱は苦い顔で呟く。
 京の東。鴨川の辺で死体が転がる。右の腹を鉄の棒で刺された死体は、何物かの手により殺害・加工された後に自ら歩かされ川原で寝そべる。ただ、長州藩士が絡んでいた事もあり、捜査はほとんど進んでいない。
「ま、悪党ほどしぶとい奴らはいないしなぁ」
 同じく、うんざりとした様子で告げるのは占部季武。
 京の北。連なる山々に死体が埋められている。見付かる死体は腸を抜かれて土が詰められている。怪しい黒尽くめの忍者が目撃されており、事件に関わっているのは間違いない。
 北の被害者は誰かを恨み、呪詛しようと山に訪れていた気配がある。そして、その呪詛されるべき相手が東の犠牲者になっているようでもある。
「ぼやいてる暇はないでしょう。例えこちらの人数が少なくなろうと、職務にある以上取締りは必須」
 当然というような口ぶりの碓井貞光だが、内心、苦々しく思っているのが表情で分かる。
 京の西。大道にて焼死体が転がる。胸を焼かれた死体は、当初賊の仕業とされたが、彼らを唆した紫頭巾の女の存在が出てくる。
「えー、でもかったるー。もう投げちゃお‥‥ったーーーっ、冗談だよぉおお」
 ごろごろと寝そべってだるそうに告げた坂田金時を、綱が無言で殴りつける。
 京の南。巨椋池では水死体が浮かぶ。こちらの犯行は河童の仕業と分かっている。だが、その河童も取り逃がした際、その逃亡を手助けした別の輩がいる気配がある。
 個々に動いていた事件ではあるが、事件現場が京を守る四神相応の地である事から何らかの関連を持つ事は示唆されていた。
 加えて、秋の乱以降。長州藩士狩りの為、厳重にしかれた警備を警戒してか途絶えて事件であるのに、その警戒が緩んでくるや揃ってまた起きてきた辺り、やはり関連はあると見ていいかもしれない。
「問題は誰が、何の為に起こしているかだ」
「案外、何の意味も無かったりして」
「可能性は無くない」
 冗談めかして告げた金時だが、それを綱はあっさりと肯定する。
「可能性は可能性だ。想像でなら幾らでも言える。それを確証とするには‥‥」
「調べて確かめろという事ですか」
「となるな」
 綱の言葉に、貞光に季武が軽く肩を竦める。
「人を集めろ。足りなければ冒険者にも声をかけるんだな。規模がどうあれ、治安を守る仕事であるには変わりは無い」
 綱の言葉に、三人も頷き即座に動く。
 そして、人が集められた。
「そういえば‥‥、北で保護対象になっている女性がいたな。どうしている?」
 集まった人たちの前、改めて事件を説明していた綱がふと思い出したように告げる。呪詛を行うつもりで北の山に現れた女性。狙われる可能性もあるからと警戒はしていたのだが。
「今の所大事無いようだぜ。ただ、呪いよりも最近はじーざすとやらに宗教変えはしたようだ」
 首を傾げる綱に、季武は困惑ぎみにそう告げた。


「神の声に耳を傾けるのです。神はいつでもあなた方を見守り、お救い下さいます」
 情勢の不安は心を乱す。心の平穏を求めて、人は神へ祈りを捧げる。
 古来よりの神や仏が救えぬ世の中なら、新しき神に救いを求めるのもまた必定。西洋より来たジーザス教は、荒れた世に急速に浸透していく。
 そんな一つ。小さな粗末な教会ともいえない小屋の中、神父の祈りに多くの人が耳を傾ける。そして、中には個人的なつらさを神父に相談する者もいる。
「夫の暴力が酷くて」
「あいつの浮気は‥‥相手が誘惑してるからなんだ」
「信じて金を貸したのに。どうしても返してくれないんです」
 取るに足りない事でも、当人にとっては実に真剣。いや、取るに足らないと人に相手にされぬのがさらにつらいのかもしれない。
「大丈夫。神に祈り願いなさい。神を信じていれば、きっと良い様にしてくれますよ」
 それを、神父は黙って聞き入れ、そして優しく諭す。希望を持って生きて行けと。
「神父様!」
 そして、ある日。祈りの最中に、女が飛び込んできた。
「夫が‥‥殺されて巨椋池に浮かんでいるのが見付かったと」
 真っ青な顔で告げる女はそのまま、
「傷ましい事です。ですが、あなたへの仕打ちを思えば‥‥神が罰を下されたのかもしれません」
 女の顔には痣がある。それが誰につけられたものか。女がここに駆け込んできた時の騒動を知る者は、簡単に知ることが出来た。それであるが故に自業自得だとも。
「はい、はい。神父様‥‥」
 神父の言葉に、女は涙を見せる。つらく重い物をようやく降ろせたような表情を見せながら。

●今回の参加者

 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5278 セドリック・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6877 天道 狛(40歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb1932 バーバラ・ミュー(62歳・♀・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 eb2041 須美 幸穂(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2482 ラシェル・ラファエラ(31歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

エルネスト・ナルセス(ea6004

●リプレイ本文

 京都見廻組の役所にて。四方で起きてる事件に対処すべく、見廻組に加えそれを助ける冒険者たちが集まる。
「何も分からぬ内にどこぞへ消えられるのも嫌じゃが、再発するのも嫌じゃの‥‥。早く心静かに茶が飲めるようにならんものか」
 厄介ごとの再発に、京都見廻組のバーバラ・ミュー(eb1932)は頭を押さえる。結論。何をどうやっても迷惑なモノは迷惑。元から立たねば臭いものはどうやっても臭ってくる。
「進展する兆候も、自然収束する気配も無いのですね。厄介な‥‥。一体いつになったら胃痛は完治できるのでしょう」
「大丈夫か? 何なら胃薬調合するぞ」
「ありがとうございます。出際に持たせてもらいましたので、大丈夫ですよ」
 不快そうに胃の辺りを押さえるセドリック・ナルセス(ea5278)。心配する白翼寺涼哉(ea9502)に、エルネスト・ナルセスが渡してくれた薬を見せる。
「で、その薬と一緒に被害者の身元と住所を纏めてくれましたが‥‥これだけでは、あんまり共通点ないですね」
 セドリックが纏めた紙を並べて溜息をつく。
 改めて全て並べると被害者の数はかなり多い事が分かる。北はわりと身元が分かっており、女性が目につく。東は川原の野宿者もいるが、身元も分かる者は分かる。そして男性が多い。これは南も似たようなもの。西は最初賊の犯行だった為か、街道を通る旅人が狙われている‥‥とされていた。
 それら情報を京都見廻組・久方歳三(ea6381)は食い入るように見つめる。
「‥‥最近頭を使う仕事をしてないので、頭をほぐす必要があるでござるな」
 ぜはーっ、と盛大に息を吐いて卓に突っ伏す。
「京の情勢も目まぐるしく変わり。組織の力関係もこうも変わっては‥‥そう、士気に関わるでござるな」
 役所の中はどこか寂しい。事件に際して、気合を入れて臨もうと思ってもどうもあれこれ不安を誘う空気だ。
「そういえば、神楽殿の姿が見えないようだが」
「ああ、薩摩の知人に挨拶に行くと言っていた」
 神楽龍影(ea4236)がいない事に気付き、京都見廻組・備前響耶(eb3824)が尋ねる。表情苦く答えたのは同じく京都見廻組の渡辺綱。返答を聞いて響耶も似た表情を作った。
 安祥神皇の為にと薩摩藩は薩摩見廻組を作ったが、これを素直に喜ぶ京都見廻組はほとんど無い。既存の組織があるのに似た組織を作るのは、ありていにいえば『無能』と言われてるようなモノで。それを楽しく思う者はあまりいないだろう。
 加えて乱が起こる以前、薩摩にも不審な動きがあった。警戒するまではいかないものの、胡散臭さを覚えずにはいられない。
 知人に会いに行くのを止める道理も無いが、くれぐれも調査内容を漏らしたり、此方の動きを阻害するような動きに出られたりしないよう、龍影には厳命している。
「西に東に内外に。大なり小なり思惑ありって感じか? 春はまだまだ先かねぇ」
 手にした扇を閉ざすと、困ったように京都見廻組・月代憐慈(ea2630)は天を仰ぐ。
「そうそう、言われていた慈善活動の件だが。いろいろと検討してもらったが、やはり京都見廻組でやるのは筋が違うので無理だ。慈善活動に感けて、そもそもの捜査活動が疎かになるようでは本末転倒もいい所だからな」
 思い出して、綱がバーバラと涼哉を見る。五条の宮の乱により荒れた都を助けるべく、寄付や有志による活動をしたいと申し出ており、歳三も協力の意思を見せていた。
「寄付なら御所の該当機関で受け付けるし、源徳公や藤豊公始め有力貴族に渡せばそれなりの便宜は図ってくれるだろう。何か企画を催したいならさらに働きかけが必要かもしれないが‥‥。他には寺社仏閣ならそれぞれで都の支援めいた事をしているだろうから、そっちを助けるという手もある」
 京都見廻組の活動は治安維持。慈善活動を助けたり、あるいは取り締まりは出来るだろうが、自ら動くとなると話が違ってくるのだ。


 陰陽寮を訪れたのは、憐慈、龍影、そして須美幸穂(eb2041)だった。
 龍影が洛中外の地図を書き写す傍ら、憐慈と幸穂は居合わせた陰陽師から話を伺う。
「つまり、京の結界は今の所大事無いと?」
「はい。詳しい事を申し上げる訳には参りませんが、今の所は」
 憐慈の問いかけに、陰陽師は強く頷く。しかし、それでいてどこか不安を隠せずにいる態度は、素直に安堵する訳にはいかないと暗に告げている。
「他に何か懸念があるようだな」
 敢えて強い口調で言うと、陰陽師は小さく震え上がった。しばし悩み考えた後に、急に声を落す。
「あなた方の件に関係するかは分かりませんが‥‥。実は、凶兆の気配があるのでございます」
 今度は、話を聞いた三人の方が小さく震える。身が強張るのと同時、胸に浮かぶのはまたかという思い。京にはあれこれ火種が多すぎる。
「それで? 今度は何が起こりそうなんだ」
「分かりません。まだ兆候があるだけです。そもそも兆候だけで消えてしまうかもしれない程度のもの。ただ、外れなければとんでもない事態になるかもしれません」
 陰陽師は顔を強張らせている。しかし、困惑の表情も深い。本当にまだ海のものとも山のものともつかない状態なのだろう。
「何が起こるかはよく分からない。何も起こらないかもしれない。ただ起こるなら‥‥結界もどうなるか分からない。そういう事か?」
「はい、それは何かが起きても結界は無関係で無事な事も含めまして」
 憐慈の問いに、言葉を選びながら陰陽師は頷く。
「事件を起こし続ける事で、京に注意を向けさせるのが目的のような気もいたしますが」
「可能性はございますかもしれません。凶兆はどうも京だけではない気配を見せております」
 幸穂が尋ねると、深く深く陰陽師は息を吐く。
「鬼門の様子はどうなのだろう」
「結界や鬼たちについてなら、先同様今のところは大丈夫と申しておきましょう。ただ‥‥」
「?」
 陰陽師は息を吐いて、頭を押さえる。それは先とまた違い、厄介というか面倒臭いと言いたげな溜息だった。


「まさか本当について来るとは‥‥」
「あら。大変そうだから手伝いに来たのに、その言い草は無いんじゃない?」
 呆れる白翼寺涼哉(ea9502)を前に、天道狛(ea6877)は膨れて見せる。とはいえ、どちらとも本気でない。軽口もそこそこにすぐに仕事としての厳しい表情に変わる。
「それで、涼哉はこれをどう見たの?」
 いたのは遺体の安置所。各所での被害者を検分し死因を見極める。
「最初から見ると死因はまちまちだが‥‥最初の方はどうも効率のいいやり方を模索していた感じがうかがえるな。そうして見つけたのが今のそれぞれのやり方、か?」
 涼哉が顔を顰める。
「西の被害者は前も見たが、その時の特徴そのままだな。急所を一突きした上で、胸に火をかけられている。毒が使われているのは、女の細腕では仕損じる恐れがあるので念の為の仕込みか、あるいは絶対に殺すという執念か」
 涼哉が苦々しく顔を歪める。彼は前に西の犯人と思しき女と顔を合わせている。手当てを優先した事に悔いは無いが、やはり逃がしたのは惜しいと思ってしまう。
 思ったより深く考え込んでしまったらしい。気付けば、心配そうに狛が顔を覗き込んできており、涼哉は笑って先を続けた。
「残る東、北、南は初めてだが、残ってる記録からして同一の奴らがやってるのは間違いないだろう。
 東はたいした一刀だ。傷の深さから見て多分男で大柄、それもかなりの力を持っていると見る。腹への鉄棒は案外適当。性格は大雑把なやつじゃないか?
 北は後ろから刺されたり、首を斬られたり。だが割りと至近距離から喰らっている。忍びの技といえば当然かもしれない。
 南。水に落ちているが、ほとんどが刃物でだな。特に新しいものは急所をまず狙っている。騒がれずに早く済ませようとしている気配がある。水は先に池に落すか後で落すかの違い程度。心臓をくりぬいているが、これは死後だな。
 そして‥‥」
 ふうと、涼哉が息を吐く。
「これはあくまで多数を占める遺体。中にはこれらに当てはまらない、明らかにさらに別の奴の手にかかった遺体があり、中には複数の手にかかった痕跡も見られる。それは最近になる程、増え始めている。こんな所か」
 尋ねられた狛は、無言で頷く。
「東は腹に鉄の棒、西は胸に火、南は心臓を抜かれて池に、北は腸抜かれて土を詰められて土中へ。分かりやすい特徴を持っているものね。便乗か、偽装か‥‥あるいは」
「仲間が増えたか。何にせよ、よろしくないな。見廻組には入念に告げておくか」
 疲れたと肩を叩く涼哉に、狛はご苦労様と笑いかけると視線を戻し、奥で横たわっている死体たちにもう一度手を合わせる。
「失礼。はて、白翼寺殿たちだけでございますか?」
 戸をがらりと開けて顔を見せたのは龍影だった。
「ああ、今はあいにく出払っている」
「そうですか。今から比叡山に赴こうと告げに来たのでございますが」
 龍影は多少弱りながらも、仕方ないかと諦める。待っていれば誰か戻ってくるかもしれないが、先に行動は告げてあるのでそうまでする必要もあまり感じなかった。
「そうなの? 気をつけて頂戴ね。そういえば薩摩藩はどうだったの?」
 ふと思い出して狛が尋ねてみる。
「薩摩見廻組の設立でばたついてございましたが、それ以外は特に。薩摩の方は京都見廻組を確かに疎ましく思う気配もありましたが、それでもこちらが歩み寄りを見せれば対処を考えるようでありましたね」
 薩摩の様子を見に行った龍影だが、見る限り、当面はどうも京での地盤固めに徹する様子だった。
 なので、新撰組や京都見廻組は商売敵なれど、京都見廻組には京都に確固たる地盤がある。何かあれば手を組んでも悪くはないと考えてる節があった。
 ただし、それはあくまで京都見廻組が頭を下げればの話。薩摩の方から頭を下げる気配はない。
 京都見廻組の方でも、先の見解に加えて実績も何も無い薩摩と組む利点は少なく。新撰組は例の調子。‥‥互いに牽制しながらの治安維持が続きそうだ。
「なかなか、世の中うまくいかないものでございますなぁ」
 その様を思い出して、龍影は肩を落とし。そしてそのまま比叡山の方角を見る。
 含みのあるその態度に、涼哉と狛は互いに顔を見合わせるばかりだった。


 東、鴨川沿いに見廻りをしていたのは京都見廻組・物部義護(ea1966)と響耶の二人。そこに陰陽寮に立ち寄った憐慈が加わり、付近の聞き込みを始める。
「そうか。ここら辺も物騒だから気をつけてな」
 橋の下で横になっていた男と話していた憐慈が戻ってくる。
「どうだった」
「駄目だ。最近流れてきた奴らしい。事情も知らなかったから、注意して場所を移すように言っておいたが」
 成果を問う声に憐慈は首を横に振る。
「仕方ない。川原にいる奴が狙われた事もある。それでなくても死体が歩いてくるなど物騒で寝てもいられない。事情を知る奴なら遠慮するだろう」
 響耶が軽く肩を竦める。言い換えれば、それだけ目撃例が減って手がかりが少なくなる事を意味している。だからといって、どうぞここにお泊り下さいと推奨も出来ないが。
「歩いてくる死体か‥‥。クリエイトアンデッドなのは間違いないだろうが、一体どこの誰の仕業なのか」
 義護ががっくりと肩を落とす。
 寺院でクリエイトアンデッドの詳細について、教えてもらったのだが。専門でも約半刻(一時間)、達人技ともなれば一日持つと言われて思わず床に突っ伏した。
 ついでに、効果時間内であればアンデッドと術者の距離は関係ない。死体を作って命令すれば、術者はさっさとその場から逃げてしまえばいい、と言われていっそ泣いてやろうかと思った。一日あれば、死体からどこまで離れていけるのだか。
 ただし、死体への命令は至極単純な事しか出来ない。犯行は夜がほとんどだが、だからといって長時間移動させれば目につこう。それを考えると、術者自体もあまり難しい行動はとれないはずだ。
「術を極めようとすれば、剣の腕は鈍るのが常なのだよな‥‥。遺体にあった刀傷はけして素人ではない。そうすると、魔法自体は大した事は無いのか、あるいは剣も魔術も極めた恐るべき強敵なのか」
「あるいは、剣術と魔術それぞれに使う奴が組んでいるのか」
 義護の呟きを、横から憐慈が拾う。四方が関わる以上、それも考慮すべきだろう。
「確認されている実行犯は東西南北最低四名。東に至っては姿も確認できていない。被害者同士の関連はさほどない。北と東は結びつきが深いが、だが、西や南に北で呪われたと思しき者が死んでいた事もある。果たしてこれは故意か、偶然か‥‥と言いたいが。最近ではどうも明確に誰かが狙い出したとしか思えないな」
 被害者のつながりを調べていた響耶は、それを思い出して唇を噛む。
 北は誰かを呪い、東は誰かに呪われたという被害者が多かったが、南と西はほとんど行きずりの通り魔的犯行に近かった。
 それが最近、明らかに個人を狙ったと思しき犯行が増えてきている。
「誰かに恨み、妬まれている者。あるいは疎ましく思われていた者。逆恨み。程度の差はあれ、そういった者が狙われている。問題は恨み、妬み、あるいは疎ましく思う奴らが、ほぼ共通して所属しているのが――例のジーザス会だ」
 全体に比べたらまだ行きずりの犯行が強い南と西だが、それに混じってちらほらと見受けられるのも確か。そして、彼らの周辺を探ってみると被害者をあまりよろしく思って無さそうな立場の周辺にジーザス会に転向した人が見受けられた。
 最近の不安な世の中に救いを求めてか、ジーザス会が力をつけ始めている。尾張藩では巨大なカテドラルが作られつつあるなど、全国的にその兆候が見られた。
 京都でもそこかしこで普及活動が見られ、改宗する者も少なくは無い。ただ彼らの通う教会があの北で見つけた女性と同じであるというのは‥‥やはり警戒を覚えざるを得なかった。
「ジーザスならば黒の神聖魔法黒を唱える者もいるだろうな‥‥。黒、動く死体、結界破壊、知識は素人に毛が生えた程度‥‥。これをしゃかしゃかと混ぜ合わせて、異国人と答えを出してみるのは容易いが‥‥、しかし、この件に彼らが得する事態はあるのか?」
 自分の意見に自分で首を傾げる義護。
 世が不安になれば神に祈る者は増えよう。しかし、日本人なら古来の神か仏に祈るのが普通で、かならずしも信者獲得に繋がる訳ではない。むしろ、事が露見した時の反響を思えば到底釣り合いが取れない。
 長州藩がいなくなって、すいすいと調査は進む。が、それで結論が出せるようになったかと言えば‥‥まったくその気配は見えない。


 西に向かったのは京都見廻組のレベッカ・オルガノン(eb0451)。ただし、今はその肩書きは伏せ、いつもの通り旅の占い師に扮して調査中。
「こんにちは。お団子いただけますか?」
「はいよ。‥‥ああ、お嬢さん、前にも来たろう。確か人探しとかで‥‥あ、これ内緒だったね」
 西の街道にて。以前にも入った茶店に顔を出すと、レベッカの顔をしげしげと見つめた後、店の者は得たりと笑い‥‥罰が悪そうに周囲を見渡した。
 別れた恋人を探すよう頼まれている。しかし、すぐに会わせるのは問題あるから直接依頼人の耳に入らないよう、内緒にしておいて欲しい。
 紫頭巾の女を捜す方便だったのだが、店の者はきちんと覚えてくれていた。その律儀さに感心するし、同時に嘘をついてる事に心を痛める。
「それで、今回もちょっとこの人を探してるんですけど。その後、何か情報あったりしませんか?」
 諦め半々で尋ねたものの、予想に反し店の者は困ったような表情を作った。
「知っているんですか?」
 もう一度、強い口調で問いかけると、手招き、観念したように店の者は声を潜めて喋り出した。
「気になったからね。知り合いにもそれとなく聞いてみたんだよ。そしたら、まぁ、その子かどうかは分からないけど、紫の頭巾を被った女を見かけたって人がいたんだよ」
 店の者は本当の話を知らない。それでも嫌な顔をしているのは、何かあったのだろう。
「見たって人の話だと、街道からやや外れた山の中を隠れるように歩いてたってさ。顔も隠してるし、そういうのは碌な素性じゃないよ。
 ここら辺はちょっと今物騒でね。殺されて胸を焼かれるなんて事件が頻繁に起こってるんだよ。きっとそういう事に絡んでるに違いない。どんな事情があったか知らないけど、悪い事は言わない。あんたに頼んだって人に諦めるよう諭してやんな」
 店の者の表情は真剣である。本当に案じてくれてるのは分かるが、ここで退く訳にはいかない。
「それで、その人どこに行ったかわかりますか?」
 勢い込んで尋ねるレベッカをどう思ったか。店の者はどうしようもないと言いたげに頭を振った。


 南の巨椋池。訪れたのは歳三とセドリック。広大なその池は交易用の船が渡り、万事が穏やかに変わらずに見える。
「そうですか。ありがとうございます」
 被害者の家に訪れた二人。仏壇の前で手を合わせてから、残る遺族たちから話を伺う。
 礼を述べて外に出て、ややもしてからどちらからともなく口を開いた。
「やっぱり、流しの犯行の場合は何の狙いも無いみたいですね。たまたま狙われやすそうな人が襲われている感じです」
 南の犯行は河童の仕業と分かっている。その後の報告を読んでも、場当たり的で形振り構っていられない印象を受け、そういう意味では全く変わってない。
「そうでござるな。ただ、中には解せない事件があるでござる」
 その被害者は別に用も無いのに犯行に遭っている。ある者など、本当に前触れもなく突然出掛けている。まるで自ら殺されに行ったかのように、何の理由も無く池に赴いているのである。
 そういった人を探ってみると、誰かしらの恨みや妬みを買ってたりする。そして、恨んだりしてる側の周辺、あるいは当人には例のジーザス会の陰が見られる。
「河童の目撃例はなし。不審な人物無し。水辺の怪異は事件ぐらい。‥‥あの河童、目立ちすぎて少しなりを潜めるのを覚えたでござるか?」
 水辺の仕事で河童はわりとよく見かけたが、求める姿は無い。犯人河童の面はばれている。であるが故に、向こうも用心しだしたのかもしれない。
「ジーザス会会自体は他の人が行っているでござるし。ここでの調査はこれぐらいでござるかね」
「あの女性‥‥過去を乗り越える為に努力すべく、ジーザスに改宗したのでしょうに。‥‥何事も無ければいいのですが」
 セドリックが、不快そうに胃をさする。本当に、いつになったら完治できるのやら。


 噂のジーザス会会を訪れたのは、バーバラ、幸穂、そしてラシェル・ラファエラ(eb2482)の三名。
「ジーザス会ねぇ。気にはなるわよ」
 クレリックのラシェルとしては、やはり見過ごす事は出来ない。頭巾で顔を覆うと、教会へと向かう。
「ええ、本当にお会いできてよかったわ。藁人形なんてせこせこ作ってた自分がどれだけ愚かだったか、よく諭してもらえましたし」
 にこにこと笑顔を見せるのは、北の事件で保護された女性で。彼女に案内されるままに、一同は足を踏み入れる。
 訪れた教会は、あった小屋を利用したものらしいが、信者たちの手によりそれなりに見栄えはするものになっていた。それでもぼろい事には変わらないが。
 神父は初老の男性だった。口元には長い髭、人を喜ばせるような笑顔を浮かべ、いかにも人のよさそうなお爺さんといった感じだ。
『京都見廻組のバーバラじゃ。セーラ神を奉っておる。ファーザーはセーラの僕か、それともタロンの僕かの?』
「御心配なく、日本語できますよ。お連れさんの為にも、その方がいいでしょう」
 ラテン語で話しかけたバーバラに、神父は流暢な日本語で笑ってみせる。ラテン語が出来ぬ幸穂はきょとんと目を丸くするばかり。もう一度訳する手間を省くには確かに日本語で話す方がいい。
「改めて伺うが、ここで奉っているのはセーラ神か? それともタロン神か?」
「わたしが修めているのはタロン神の業です。ですが、セーラ神を思う気持ちもあります」
 言って、神父は静かに祈りを捧げる。すると、周囲にいた信者も神父に倣い、祈りを捧げる。その様を待ってから、バーバラは次の質問へと進めた。
「ここに案内してくれた女性。彼女はずいぶんと苦しんでいたようで‥‥わしは詳しく知りませんが、ファーザーは何か御存知かの?」
「それは‥‥彼女の私生活に関わるので、わたしの口からは申し上げるべきでないでしょう。‥‥ただ彼女はその苦しみを乗り越え、今はあのように明るくあります。神は、哀れな子羊をお救い下さったのです」
 そして、また祈る。その態度からは不審な行動は欠片も見当たらない。
 それからも、幾つかの質問をして教会を後にする。
「さて。話をしてみた訳じゃが、何か気付いた事はあるかのう。わしは、まぁ悪い神父では無さそうだとは思ったが」
 いいながらもバーバラは顔を曇らせる。様子を伺っていたが、妙な所は何も無かった。あえていうなれば、その何も無い事が妙である。
「リヴィールマジックで見ておりましたが、胡散臭い品は見当たりませんでした」
 幸穂も少し考えてから、そう答える。
「こっちは問題大あり! デティクトアンデッドに反応ありよ!!」
「「!!」」
 被っていた頭巾を乱暴に脱ぎ捨てると、ラシェルは興奮する声を抑えながら告げる。
「数は一体。居た距離、大きさ‥‥あの神父と同じよ。何物かは知らないけど、良くない事だけは確かね」
 言って、ラシェルは教会を振り返る。
 小さな小屋には人が集う。やり場のない思いを抱えて、救いを求め。
 果たしてそれを誰が叶えるのか。それを思うと、背筋が寒くなる。


「厄介な」
 各方面からの報告。教会からの話を聞いた綱は低くそう呟く。
「ただし。あれから調べさせてもらいましたが、あの教会が動き出したのは五条の宮の反乱があった後です」
 幸代が告げる。四方の事件とどこまで関わっているのか分からないが、少なくとも乱以前に関与している可能性は低いと言うわけだ。
「神父様は積極的に貧しい者達に声をかけたりしていますが、布教活動というより慈善活動ですね。だからジーザス会を信仰して無くても教会に身を寄せる人は多いですし、神父を慕う人も少なくないです。悩み相談とかも親身になって聞いてくれますから泣きに来る人も多いようですし、その中に被害者となった人たちの事を相談しに行った人も当然います」
 確かに見ている限り、人のいい神父でしかない。その事に幸穂は小さく息を吐く。
「女性も調べ直させてもらったけど、チャームとかの魔法にやられてもないみたい。ニュートラルマジックじゃ特殊能力は解呪できないから、絶対ともいいきれないけど」
 ラシェルはすっかり肩を落としている。
 何とか女性を教会から離そうとそれとなく語りかけてみたが、どっぷりあの神父に心酔してしまっている。悪く言うのは許さないと、反対に説教される始末。
「それで、比叡山の方はどうだった?」
「陰陽寮で聞いた通りでございました。鬼門の憂いは無く、巣食う鬼たちも静か‥‥とまではいかずとも普段どおりとの事。そして、」
 はぁ、と龍影が息を吐く。
「やはり陰陽寮で聞いた通り。平織派、およびジーザス会への警戒で物々しい雰囲気になっておりました」
 五条の宮の乱において、武田勢が上洛しようとしたのを平織の武士たちが阻止したのが原因で、比叡山は平織陣営との間に溝を作っていた。また、ジーザス会がやたら幅を利かせ出したのを警戒し、異教を排除せよと、僧兵たちが殺気立っていた。
 どこまで本気かはまだ分からないが、この火種も燃え上がれば大変な事になるのは間違いない。
「北はそんな感じかぁ‥‥。こっちは、例の紫頭巾の女だけど。どうやら向かったのは南の大坂の方だって。で、南といえば」
「河童が消えたのもその方面でしたね」
 レベッカの言葉に、セドリックが被せる。
「そういえば、その西の女が使ってたという毒物は判明しているのか?」
 首を傾げる響耶には狛が頷いた。
「私たちじゃ良く分からなかったんで苦労したけど、どうやら鉱物毒みたい。‥‥毒の使用なんて限られてくるけど、これって犬鬼がよく使う毒らしいのよね」
 困ったように告げる狛だが、周囲の方が困惑が大きい。 
「どうも、一連の事件は人と妖、両方が関わってるようでござるな。今一度、黒虎部隊と共同、捜査を検討するのがよさそうでござらんか」
「そうだな。考えた方がいいかもしれない」
 微妙な空気の中で、恐る恐ると提案してみる歳三。綱も頭を押さえながら、苦い表情でそう告げた。