●リプレイ本文
風は冷たいが、あちこちで春の兆しが見られる。洛外にあるその草原でも、茶色の地面に所々緑が見えた。
もう少しすれば、花が咲き蝶が飛ぶ景色が見られるはず。だが、今穏やかなそこで見られるのは怪しげな人影十五体。
いや、元人の影と云うべきか。歩いているのは死人憑き。じっとしていると遠目からでは普通の人間のように見えるが、動けば明らかに動作がおかしい。
放っておけばどんな災いをもたらすか。その不浄を祓うべく、冒険者ギルドに依頼が出される。集った冒険者は五名。
「いたな。数は十五、揃ってるようだ」
死人たちに風下から近付き、呀晄貳閻(ec1368)は告げる。
まだ冬を残す風がかすかに腐臭を運ぶよう。サウンドワードで位置を掴もうと考えていたが、草原の見晴らしは最高で、小さな呻きを聞き取る前に容易に視認出来た。
「一度に相手するには、向こうの数が多すぎるな。陣形を組み、囲まれないよう注意しながら移動しつつ各個撃破が良しか」
此方と彼方を見比べ、大蔵南洋(ec0244)はそう告げながら仲間に睨みを入れる。‥‥いや、当人けしてそのつもりはない。少々誤解を招きやすい顔つきをしているだけなのだ。
『確かにそれが望ましいな‥‥。動きは鈍いとはいえ、囲まれると厄介だ。私が壁となるので、術者の方はその間に詠唱を頼む』
あいにくジャパン語は得意でないルザリア・レイバーン(ec1621)。唯一ゲルマン語で話が通じる南洋が、自然、通訳として動く事になる。
人付き合いを苦手とする彼にとって、人の間に立つ体験は少々戸惑いもあったが、それでも言葉を訳して告げると、術を得意とする冒険者たちが神妙な顔つきで頷く。
「それにしても気持ちよい陽気だというのに何故‥‥。それにあてられたか、それとも何かに呼ばれたか」
東郷琴音(eb7213)が天を振り仰ぐ。降り注ぐ日差しは暖かく、日によっては汗ばむ事すらあるぐらい。そんな心地よさに水を差す不浄の存在は一体何故現れたのか。
「まぁ、何故現れたか気になる所ではあるな」
「しかし、今は関係ない。あれはここに住まうべきでなし。さっさと黄泉に返ってもらおう」
軽く首を傾げた貳閻に、南洋は強く言い切る。
「そうだね。放っておくとたくさんの人が困っちゃうしね。人々の為にもがんばらないと」
ふう、と小さく息を吐きながら、神子岡葵(eb9829)は抱きしめた素焼きの埴輪を撫で回す。そうすしていると、心が落ち着くそうだ。
どんな戦でも心が乱れれば、そこから綻びが生じたりもする。
まして今回の相手は心を持たぬ、根底から相容れぬ存在。気を抜く訳にはいかなかった。
見晴らしがいいという事は、向こうからも見つけ易いという事だ。とろけた脳の持ち主たちも気配を存在に気付くや一斉に冒険者達へと向きを代え、歩みよってくる。
「それでは先制と行こう!」
魔法が届く距離まで近付くのを待ち、貳閻がシャドゥボムを唱える。貳閻の身が銀の光を纏うと直ちに効果内の影が爆発。
「こっちも確実に行かせてもらうわよ」
高速詠唱は一瞬で魔法を使える半面、魔力消費が多くなり、また術の精度なども落ちてしまう。自身の能力を鑑みて、葵は常と変わらぬ通常詠唱でライトニングサンダーボルトを放つ。
足元で爆発が起こり、葵も動きを止める為に足元を狙う。それでも死人の動きは止まらない。
「『参る!』」
遠距離からの攻撃が終わるまでもなく、ルザリアと南洋が死人たちへと間合いを詰める。
「東郷! 符呪の準備は!?」
「大丈夫! 焼くだけだからね」
いざという時は体ごと盾となる。その覚悟を秘めて貳閻が問いかける。
問われた琴音は力強く頷く。五行星符呪の使い方は、見送りに来た東郷彩音が口をすっぱくして何度も繰り返していた。
(「怪我はするなと心配してくれてたな‥‥」)
心で静かに笑んだのも束の間、迫り繰る死人たちをきっと睨むと焼いた五行星符呪を整える。その範囲に入った死人たちは動きを鈍らせる。
結界の範囲は戦闘を行うにはけして広いといえない。それをどう有効に使うかも鍵となる。
「あなた達の常世での安楽先は春ではない! 土の下へと逝くがよかろう!!」
すかさず、琴音は日本刀を振りぬくと大きく振りかぶる。刀の間合いにまだ死人は無い。が、勢いつけて振り下ろせば放たれた衝撃波が離れた死人の死肉を削ぎ飛ばす!
「一人だと囲まれやすい。二人以上で周囲に気を配れ!」
「ああ。結界が効いてるとはいえ、気を抜くな! まだまだ数が多い!」
吼える琴音に、南洋も頷く。
その手が持つのは霞刀。その重さを加味した一撃を死人の加える。言ってる間にも、切った死人憑きの影からまた別の死人が飛び出てくる。腐敗した手を伸ばし、変色した爪で掻いてくる。だが、厚く防具を着込んだ南洋にはさほどの傷しかつかない。
そんな事も分からないのか、死人は変わらず爪を立ててくる。その腕を退けると、南洋は足元を払って転ばせる。
そんな南洋たちや、術師たちの動きを見ながらルザリアもビギナーズソードを振るう。
元より言葉は通じないのだから、無駄な声もかけない。周囲の動きに注意をして己の役目をただ黙々と果たす。
『くっ』
のしかかってきた死人を、聖騎士の盾で受け止めるルザリア。だが、その死角からまた別の死人憑きが姿を見せる。
体勢悪く、避けられないと傷をもらうのを覚悟する。だが、横合いから飛んできた雷が新手の死人を弾き飛ばした。
痛みも感じない死人たちだが、攻撃を受ければ若干姿勢を崩す。出来た隙にルザリアは盾で死人を押しやるとひとまず、その場から離脱。
ちらりと雷が飛んできた方を見ると、気付いた葵も笑みを見せる。目だけで礼を作ると、ルザリアは視線を死人に戻し、刃を繰り出す。
「まずは足止めしたいけど‥‥やっぱり難しいね」
斬られ倒れていく死人に目を向けながら、葵は露骨に顔を顰めている。両足どころか両腕を失っても体を使って動こうとする。頭だけを飛ばされれば口や舌で這いずり回るほど。
「あたしも体力はそれなりに自信あるけど‥‥元気、だよねぇ」
その様を見てると気分が悪くなる。
「しかし、ここでやめる訳にもいくまい」
前衛が奮戦しているが、何分数が多い。その壁を抜けて後衛の術師たちの方にも死人は確実に距離を縮めていた。
五星符呪の効果で動きが鈍っているならばと、貳閻は右に金剛杵、左に浄明の卒塔婆を持って死人に殴りかかる。
「勿論だよ! え〜い。まだまだどーんと来い! 根性根性ど根性で頑張るわよ!!」
葵も日本刀を抜くと、気合をいれ、その刃を死人たちへと突き入れていた。
始めこそ、数の差で押されがちだった冒険者だが、向こうの数が減るに従い、戦う姿も安定したものになっていく。死人がまばらになり詠唱できるだけの間を確保出来るようになると、すでに手負いの死人がまとめて留めを刺されていく。
立っている者は後わずか。転がっても動いてる者もいるが、それの始末はある程度済んでからでも構わない。
「後少しか! 喰らうがいい!」
死人を押し切り体勢を崩した所で、勢いよく振り込む霞刀。南洋の重い一撃は確実に死人を死へと戻していた。
数の多さに閉口したが、取り立てて窮地に陥る事も無く、死人たちはぶじに死体に返った。
『治療しよう。怪我をした人は遠慮なく』
無傷ではなかったが、ルザリアのリカバーでどうにかなる程度。魔法の治療を受ければ、もう何とも無かった。
「川が近くにあれば燃やすんだけど‥‥。あっても無理っぽいかな」
埴輪を抱きしめながら、痛ましい現場に葵が眉を顰める。
死人はとにかくしつこい。完全に死に戻そうとすると、それはしばしば原型を留めない程にまでなる。そうなったモノを集めて焼き払うのはなかなかの手間だった。
結局、草原の一角に穴を掘り、そこに埋葬する事にした。
動物などに掘り返されぬ様に深く穴を掘る間、横で貳閻は死体を検分していた。
「不審な物は持ち合わせてないな。妙な痕跡も無いようだし。ギルドで説明された通り、行き倒れた者たちが自然起き上がってきただけか」
一応パーストも使用してみたが、貳閻の技量では見えるのは昨日までの光景を一瞬だけ。それでも草原に死体が歩き回っている他は目立つ事は無かった。
掘った穴に死人たちを埋葬し、丁寧に土を盛る。
「これ、見つけてきたわ。添えてあげようね」
暖かい日が続き、早咲きの花がちらほらと見受けられる。その草花を摘んできた葵は、そっと墓を飾る。
『安らかに冥府へ‥‥』
墓の前に跪くと、ルザリアは静かに聖印を切る。たとえ宗派は違えども、死を悼む気持ちは誰も同じ。手を合わせ、ただ黙って祈りを捧げる。
そうした一連の出来事を、京に戻ってギルドに報告。その結果に満足した係員から依頼料を受け取ると、各自はそれぞれの生活へと戻っていった。