新撰組四番隊 〜憑き物〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月13日〜03月18日

リプレイ公開日:2007年03月21日

●オープニング

 この世を正さなくてはならない。
 古く悪しきモノは捨てなければならない。
 すべては五条の宮の御為に――。

   ※   ※   ※
 
 京の都の闇は深い。
 向こうで怪異起これば、こちらで人斬りが血を求める。陰で諜報策略の駆け引きが行われれば、闇の中で誰かが笑う。
 五条の宮は再乱後、筑前の大宰府を攻め、ここより安祥神皇の廃位と遷都を宣言する。
 血筋正しく、三種の神器の内二種までを所持する五条の宮に対する見解は諸侯によって分かれ、摂政・源徳家康と関白・藤豊秀吉の二大巨頭ですら意見を違わせ対立の姿勢を見せる。
 天は高く広く、どこまで行っても唯一つ。されど、その下を治めるべき帝は二人存在する、一天二帝の現状に宮中は翻弄されていた。
 そんな政情不安は町民にも如実に現れ、救いを求めて新しき神――ジーザス教会へと走り出す。
 人の参らぬ神仏はいずれ淘汰され、滅びてしまう。そうでなくとも、人が集まれば権が増え、金も増し、世への影響が大きくなる。
 様々な危惧を胸に抱いて僧たちはジーザス教会を敵視。一部では武装してでも潰そうと血気逸る者も出る始末。
 暁未だ見えず。闇はただその暗さを増すばかり。
 そんな京を守る組織は様々で数多い。その中で現在もっとも勢力あるのは新撰組だった。
 組織力、機動力、戦闘力とどれをとっても申し分無い。
 局長たる芹沢鴨、近藤勇の下、強く結束した彼らが京を支えているといってもいい。


 新撰組四番隊組長・平山五郎がそいつと接触したのは、隊での夜回りの最中だった。
「お前、そこで何をしている」
 通るものなどいない小道。夜の闇がわだかまるそこに、男はうずくまっていた。
 否。しゃがみこんで何かをしていた。暗闇に、赤く炎が揺らめく。その明かりが見えたからこそ、声をかけたのだ。
 声をかけられ、男はゆっくりと顔を上げた。落ち窪んだ目に、髭だらけの顎、髪はぼさぼさで手入れも何も無い。着物も乱れて、尋常な様子ではなかった。
 そして、その足元で。瞬く間に炎が広がっていく。湧き上がる煙に混じり、油の臭いが鼻につく。
「貴様! 何を!!」
 返答は無かった。が、必要無い。
 火付け。木の家が密集する街中で、放っておけば大惨事になる。
 ただちに、隊士たちが消火にかかる。同時、平山始め数名が男を捕縛にかかる。
「う、ううわあああああ!!!」
 呆然とただ立ち尽くしていた男が、突然暴れだす。錯乱した様子でもなく、抵抗しようとしている様子でもなく。むしろ、手負いの獣が暴れだしたようなむちゃくちゃな動きだった。
「ちっ!!」
 だが、おとなしく捕まる意思が無いのは確かだ。手を焼き、平山は刀を抜く。間合いを詰め、裂帛の気合持って振り払い‥‥かけたその時。
「待って下さい! 彼は違うんです!!」
 平山と男の間に、いきなり女性が割って入った。
「!!」
 降ろした刀が、女の寸前で止まる。驚いて身を引く平山と、緊張して凝り固まる女。一瞬出来たその隙に、男は素早く傍の桶を手にし、隊士たちに中身をぶち撒けた。
 中身は油。被った隊士たちに傍の炎が引火し、激しく燃え上がりだす。
 燃え上がる炎を消そうと奮闘している隙に、男は身を翻すと夜の闇へと駆け出した。 
「待って! 行かないで、慎二さん!!」
 油を被ったのは女も同じ。火に撒かれ悶えながらも、女は男へと呼びかける。
 だが、男は振り返る事無く、そのまま消えてしまった。

「慎二さんは私の夫で、京より少し離れた村で二人慎ましく暮らしてました」
 冒険者ギルドにて。女はギルドの係員を前に説明を始める。火傷の痕が痛々しいのに、女は気にする様もない。もっと気がかりな事があってそれどころでは無いようだ。
「少し前に。私たちは村の傍で行き倒れている人を見つけました。すでに亡くなっていたので、何か身元の分かるものが無いかと持ち物を探ったところ、長州藩の方だと分かりました」
 酷い傷を負いながら逃げていたが、ここで力尽きたと分かった。
 乱を起こされ迷惑したが、死んでしまえば皆同じ。この御時勢では国に帰すのは難しいが、見つけたのも何かの縁と近くの寺に連絡し、丁重に葬った。
 が。
「それ以降、慎二さんの様子がおかしくなったんです」
 口数が少なくなり、塞ぎこむ事が多くなった。火を見つめてぼーっとしているかと思えば、家の隅で何かを呟く。声をかけると、すぐにいつも通りになったが、気がつけばまたぼーっと宙を見つめる。
 最初は、疲れて体調を崩しているのかと考えていた。が、それは治るどころか、日増しに酷くなるばかり。
「『宮様の為に、腐ったこの世を焼かねばならない』。そんな事をずっと呟いて。最近では、火を持ったままどこかに出かけようとするんです」
 止めればうるさいと殴られる。それでも構わずすがり付けば、いきなり我に返って己の所業に呆然とする。そんな事が何回も繰り返された。
 明らかに正気ではない。これはもう、何か悪い物にとり憑かれたとしか思えない。そう考えた妻がどうにか憑き物を落せないか、方々を訪ねまわっていた矢先、慎二は家から消えた。
「まさかと思って都に上がり、慎二さんの行方を捜しました。そして、あの現場に居合わせたんです」
 女の目に涙が光る。夫が斬られると思ってとっさに刀の前に飛び出したが、その妻をも巻き込んで彼は逃げてしまった。まるで彼女など知らないかのように。
「その話、新撰組には?」
「しました。あれは彼の意思では無いのだと。けど、隊長さんは『責任を逃れる為に、憑かれたのを装っているだけかもしれない』と聞いてくれず。‥‥ですから、こちらに参ったのです」
 女は目元をぬぐうと、毅然と顔を上げる。
「お願いします。慎二さんを探してください。新撰組の方は、あくまで彼を火付けの犯人として探してます。手向かうなら斬り捨てもやむなしだと。でも、火付けは絶対に彼の意思じゃありません! 何かに憑かれているだけなんです!!」
 女は必死に訴える。愛する人が無為に殺されるというのだから、それも当然か。
 そんな女を宥めながら、係員はちらりと道の方へ目をやる。
 女は全く気付いていないが、彼女をずっとつけている者がいた。あの特徴的な隊服は着ていないが、状況からしても新撰組――四番隊隊士に間違いは無い。夫と妻が接触しないか見張っているのだろう。同時、一介の係員でしかない自分が気付いたのは――いや、気付かされたのは邪魔をするなら容赦しないという威圧か。
 慎二が火付けを行ったのは事実。その時は四番隊が居合わせどうにか消火できたが、彼は捕まえぬ限りまた繰り返すのは間違いない。
 木の家が並ぶ都で火が放たれればどうなるか。あらゆるモノを無差別に巻き込み広がるそれを阻止すべく、新撰組が必死になるのも当然だろう。
 迂闊に動けば邪魔をしたと斬られる可能性もある。いささか厄介な依頼かもしれない。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4236 神楽 龍影(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8616 百目鬼 女華姫(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「最近火付けが多いと思えば長州の仕業か」
「長州の仕業といえば、長州の仕業なんでしょうけどねぇ」
 首を傾げる白翼寺涼哉(ea9502)に、別の意味で沖田光(ea0029)も同じ仕草を取っている。霊の仕業として、死後の所業もさて藩の責任だろうか。もっとも、発端は確かに長州藩の所業には違いないので、それを思えばやっぱり長州藩の仕業か。
「話を聞く限り、その流れ者の長州藩士の霊が取り付いたと考えるのが自然ですね。‥‥何とか証明できれば無用に争う事も無かったのでしょうが」
 ちらりと、ギルドの外へと御神楽澄華(ea6526)は目を走らせる。依頼人の動向を見る為、張り付いた新撰組隊士が数名。見られていると気付いて路地の裏へと姿を隠したが、そのまま去るはずも無い。
 京都見廻組として同じく治安に努める同士。であるが故に、新撰組の厄介さも自然耳に入ってくる。
「四番隊は過激と聞いているが、鼠賊の始末で血走っているな。向こうの対応は将門に任せるとしてだな」
「ですが。神皇家に仕える志士としても、此度は四番隊に協力させていただく。都の火付けという大事を、民草の一人二人と引き換えに出来ません」
 神楽龍影(ea4236)の口調は厳しい。確かに火付けなど、下手すればどれだけの惨事になるか。新撰組四番隊組長・平山五郎にも話をつけてみたが、彼にしても邪魔者は斬り捨てる所存でいる。
「それにしても、死体を埋葬してレイスに憑かれるなんて不運な人ね。何とか助けてあげたいけど‥‥」
 同情はすれども障害が多すぎる。そもそも、捜索の段階から新撰組側には遅れを取っている。奥で不安に震えている奥方を見つめ、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は小さな身震いをした。最悪、本当に霊の仕業で無く慎二の意思であるならば、果たしてどうすればいいものやら。 
「駄目なら神楽さんの言うように斬らねばならないかもね。でも、無駄に命を落す人は少ない方がいいもの。まずは出来る限りの事をやりましょ」
 言って、百目鬼女華姫(ea8616)は片目を閉じて軽く目配せ。可愛らしい仕草に、アイーダも思わず微笑む。
 その肩をリアナ・レジーネス(eb1421)が優しく叩いた。
「依頼人を信じましょう。それが依頼を受けるということですから」
 静かに告げるその口調。されど強い心根がそこに宿っていた。

 探すべき慎二の特徴を聞き、さっそく捜索に乗り出す冒険者たち。
 慎二にとっても京の都は初めて。行く場所など見当もつかないとは奥方の言葉。
 足を使い、馬を使い、さらにはフライングブルームで空まで飛んで、居そうな場所をあちこち探って回る。
 そんな中、将門雅(eb1645)は茶屋遊びをしていた。否、させられていた。
「‥‥うちは二人で話したいゆーたんやけど」
「気にするな。外に漏らすような者は呼んでない。それともここの奥で二人になるか?」
「あはははー。組長はんは冗談きついですなぁ〜」
「だろうな、俺も興味ない」
 三味線を弾く芸妓に、舞う舞妓。一献と注いでくれるのは見目美しき天神。話ついでに、以前の約束でツケの代わりに飯を奢れと平山に交渉した所、では馴染みの店が近くにあるからと連れて来られたのはいいが。
 間違いなくツケの方が安い。飯は上手いし、楽しいのも確かだが‥‥腑に落ちない。
「それで、話とはなんだ?」
 酒を口にしながら平山が問うてくる。口調は砕けているが、目の奥に潜む光は鋭い。雅は姿勢を正すと、わだかまりは一時捨て、平山と向き合う。
 放火事件に対して協力を申し出ると、その人手は足りているとあっさり却下された。 
「けど、その放火事件、新撰組向きちゃうやろ。憑き物はお寺に陰陽寮、そしてうちら冒険者向けとちゃうん? 憑き物か否かは確認した方がええな。ほんまに憑き物やったら器を変えられたらややこしなるで」
 銚子と猪口を受け取ると、雅は酒を移し変えてみせる。入れ物が変わっても、酒は酒。ここで空になった銚子をすてても酒には何の影響もなし。
「取引せん? うちらは放火犯を探して捕縛する。その後、平山はん同伴で虚言かどうか確認させてや。手柄はいらんから。これからの事考えると外面の良さも大切やで」
「外面なんぞどうでもいい。要はこの都を守れるか否かだ」
 一瞬、平山の眼光が鋭くなる。思わず雅が身を強張らせたが、すぐにその気配は消えた。
「お前との取引は後が面倒だからな。止めておく。せいぜい好きにするがいい」
 立ち上がるとさっさと退室する平山。残された女郎たちは肩を竦めながらも、その態度を気にはしていない。
「好きにしろ‥‥ね」
 その言葉を口にすると、雅は手にした猪口の中身を飲み干した。

 茶屋で遊ぶ者もいれば、表で遊ぶ者もいる。
 洛外。棲家を追われた者、行く当てもないまま上京した者などが、とりあえずの宿を作り、それが少しずつ増えて集落のようになる。
 不衛生でみずぼらしいが住めば都か。とはいえ、華やかとは全く縁遠いその場所で、澄華は慎二の行方を聞き込んでいた。
「見かけたというのですか? いつ、どこで?」
「いや、ふらぁとしてるの見たきりで、それ以上はなぁ」
 悩んで考えてくれてるが、相手は面倒そうにしている。人の事より自分の事。あまり関わりになりたくなさげな気配があった。
「では、一席いかがで御座います? これで思い出してはくれませぬか。‥‥申し遅れましたが、春里と申します。御贔屓に」
 同じく、無宿者などを中心に探していた龍影が酒を持って現れる。紫陽花の浴衣に小面をつけて、手には杖をもった姿。にこりと笑んで酌をすれば、日々の生活に困窮しがちの民だから、ひさびさの宴はあっという間に盛り上がる。
「それで、改めてこのような方をお見掛けした方はおられませんか? 裏小路で火付けを狙っております故‥‥」
 賑やかな場。気がほぐれてきた所で龍影が改めて話しかける。ついでに注意も忘れない。
「なんて野郎だ。見つけたら袋決定だな」
「そいつなら見たよ。声をかけたが、何かぶつぶつ言って気味悪い」
「さっき、そこの街道で座ってたなぁ」
「あんな胡散臭い奴なんざ相手せずに、こっち来て仲良くやろうぜ」
 酒が入れば口も回る。賑やかな場に気も緩み、話の一端で目撃譚も出てくる。ついでに澄華も一緒になって酌しながら聞き込んでみると、つい先ほどの目撃譚まで聞き取れた。
「やはり、油問屋を中心に目撃例が多いようですね」
 証言を聞いていると自然その事に気付く。火をつける気配はなくとも、機を窺っているのは確かだ。
「そこと炭問屋は注意して回りましたので大丈夫とは思いまするが‥‥」
 火をかけられたら堪ったものじゃないのは、商売してる側とて承知している。すでに用心棒を雇うなどして警戒してたりもしたが、相手が幽霊となればそれがどこまで通用するか。
「とにかく、最後に見かけた油問屋周辺を徹底的に洗いましょう。そこに火をつけるのを断念してどこか適当に放火されても面倒になります」
「では、私はこの事を四番隊に連絡してきます。御神楽殿は皆に連絡を」
 互いに頷きあうと、即座に身を翻し。急ぎ走り出した。

 夜ともなれば人通りもめっきり少なくなる。京の都は碁盤の目に綺麗に整理されているが、それでも影を帯びる暗き場所はある。
 月明かりは眩しいほどで、提灯などなくとも歩くに困らない。だが、その光から逃れるように暗がりをすすむ者がいた。
 その男は、何の感慨も無い目で一件の油問屋に前に出る。右手には竹筒。中から液体の音が聞こえ、風に混じり独特の油臭も分かる。
 やがて、懐からは印籠を取り出す。開けば、灰の中に小さな火種が見えた。
 しばしそれを見つめた後に、ゆっくりと家に近付く。
 と、その印籠がいきなり砕け、灰が飛び散る。小さな火種は土に塗れ、風に吹かれて一瞬強く輝いた後は見る間に赤が小さくなる。
「駄目よ、慎二さん。正気に戻って」
 印籠砕いた縄ひょうを一動作で手元に手繰り寄せると、アイーダはその男――慎二を見据える。
「お前が前焼いた場所は、塀の部分が潰されてたよ。小火だったとはいえ、損害は免れなかったって訳だな。‥‥だから火事は嫌なんだ」
 憐れむように涼哉は告げる。その横では柴犬の子龍が緊張しつつ四肢を突っ張らせていた。
 彼らを生気の無い眼差しで見つめていた慎二だが、
「うっがあああああ!!」
 言葉にならない叫びを上げると、爪を立て歯を剥き出し、二人へと飛び掛ってくる。
 その行く手。しかし、地面に茶色の小さな光が現れるや、いきなり地面が陥没した。
「うぐぅ!!」
「よし! よくやりましたね、レイ!」
 勢いよく穴に落ちる慎二。そして、その穴の傍からエレメンタラーフェアリーが光の下へ急ぎ駆け寄る。輝いた光は地の精霊である彼の魔法詠唱。ウォールホールを用いたのだ。
「はーい、お兄さん。このアタシが助けてあ・げ・る」
 ウォールホールの奥行きは身の丈半分程度。慎二はすぐに這い出てきたが、そこをすかさず女華姫が押さえ込む。慎二は逃れようともがくが、その腕はびくとも動かない。
「あーら、アタシじゃ御不満そうね。なんて憎い人なの、お仕置きよ!」
 不平に口を尖らせながら女華姫は手刀一発。急所を打たれ、あっけなく慎二は気を失った。
「それでどうするの? まさかこのままにはしておけないわよね」
 動かない慎二を地面に寝かせて、女華姫は他の冒険者を見遣る。
「そうですね。清めの塩をかけてみますか」
「清らかな聖水もありますよ」
「そんな一辺にやる必要もないだろう。まずはピュアリファイで試すか」
「その前に、こちらに渡してもらおう」
 澄華とリアナの申し出に、思考する涼哉。そこにかかった声は四番隊のものだった。
「その者は放火の現行犯として我々が探していた。邪魔するなら仲間とみなして排除させてもらうが?」
「お言葉ですが。彼は何者かに憑かれてる恐れがあります。事実、この近辺にアンデッドがいるのは分かっています」
 冷たく言い放たれる平山の言葉に、リアナは惑いのしゃれこうべを差し出す。魔力と共に頭を叩けば、アンデッドを感知して歯を鳴らす。ゆっくりとした鳴り方は数が少ないと分かる。が、いるのは確実。
「好きにしてもええ。そう言うてくれはったやんなぁ?」
「違いない」
 雅が平山を見据えると、相手はふと笑う。気は許してないが、ひとまずは静観してくれるようだ。
 そちらに気を取りつつ、涼哉が慎二に近付く。いきなり慎二が目を覚まし、跳ね起きた。
「いやん。もう気がついちゃったの?」
 焦る女華姫から距離を置き、慎二が唸る。
「燃やす‥‥この都は‥‥腐った者全てを‥‥邪魔、邪魔ああをおお、するなあああ!!」
「ちぃ!!」
 暴れる慎二に、澄華が陰陽小太刀・照陽を抜き放つ。突き入れるように繰り出せば、慎二はそれを素手で受け止めた。
「え!?」
 血だらけになった両の手で捕まれ、小太刀が動かせない。そして、動揺した澄華へと三本目の手が伸びてきた。
――この世は‥‥燃やさねばならない‥‥!!
 小太刀を掴んだまま、慎二が地面に倒れる。なのに、まだそこに立つ霞のような影の男!
「御神楽さん、動かないで下さい!」
 飛び出た霊体に向けて、リアナはライトニングサンダーボルドを放つ。彼女の腕前なら高速詠唱を用いてもかなりの威力が使える。横殴りに飛んだ雷は霊体を打つと、その大半を一撃で消し飛ばした。
「さっさと黄泉路につきなさい! ここはあなたの場所じゃないわ!!」
 アイーダは素早く手裏剣・八握剣を投げつける。元より凶邪を滅する力を秘めるとされる手裏剣。さらにオーラパワーをかけて威力を高めたそれは抵抗無く向こう側に刺さったものの、喰らった霊は悲鳴を上げてその姿を歪めた。
「死してなお人々に迷惑をかける‥‥。やはり貴方たち長州に託す未来はありません。国の腐敗を正す前に、まずその歪んだ魂を浄化して下さい。どんな理想を掲げても、貴方の行為は改革ではなく犯罪‥‥いいえ、それ以下でしかないのですから」
 歪む霊に光は言い放つも、相手は聞く様子が無い。もはや、自分の事だけしか考えられぬようだ。
「これはさっさと滅するしかないな」
 彷徨い出す前に、涼哉はコアギュレイトを仕掛ける。妄執故か、幾度かの抵抗を見せたがそれでもどうにか動きを止める。
 後は、魔法や武器で攻めるのみ。一つの凶霊が闇に還るまでさほどの時間はかからなかった。

「血、血がああー!? 俺の手が血塗れ‥‥ふぅ」
「ちょっと大丈夫ですか?」
 気がつくや否や、自分の傷を見てまた気を失う慎二。
「自分は医師だ、手を見せろ。‥‥それより放火は大罪だぞ。命乞いするなら今の内だ」
「放火? 私が?」
 介抱と同時に事情を聞いてみれば、彼はきょとんとして涼哉の診察を受けるのみ。さらに詳しく聞いていけば憑依されている時の事をほとんど覚えていないようだ。
「あの、私は一体。何をしたんでしょう?」
「放火の現行犯だ。詳しい話は屯所で聞く」
 見知らぬ場所で見知らぬ大勢に囲まれて不安そうにしている慎二。その彼の二の腕を平山は無遠慮に捻り上げ縛り上げる。
「待って下さい。この場合の犯人はあの霊ですよね?」
 なるべく温和を保ちながら、光は訴えかける。
「憑依されてたのは事実だな。だが、この男が加担していたのは事実だ。‥‥まぁ、新撰組も忙しい。解決した事件に長々と関わっていられる訳でもないがな」
 口端だけで笑うと、平山は隊士に慎二を連れて行かせる。
 
 数日後、慎二と奥方が顔を出す。当分は見張りがつく事、今後京には戻らぬ事を誓約されたが、ひとまずはお咎めなしで無事に村まで帰れるらしい。涼哉の治療を受けてすっかりよくなった奥方を見舞いつつ、慎二は京を後にしていった。