壊れた壷
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月05日〜04月10日
リプレイ公開日:2007年04月13日
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●オープニング
「なあなあ、冒険者ぎるどは何でもしてくれるんやろ? これ直されへん?」
その日、ギルドを訪れたのは年端もいかぬ小僧三人。恐る恐ると開けた風呂敷には、大きな壷が包まっていた。ただし、元壷。木っ端微塵に砕けて惨い有様だった。
「ここまで砕けると難しいな。それより素直に謝った方がいいんじゃないか?」
じろりとギルドの係員が睨みを効かすと、小僧たちは苦笑いで目を逸らす。どうやら図星らしい。
「うん、まぁ謝るつもりやけど。ちょっと今は間が悪いねん」
へらへら笑いながら、小僧の一人が口を開く。
何でもこの小僧の一人が結構な家のぼんぼんで、他二人は使用人の息子らしい。一応主従関係が成立するも、商家自体大らかな家柄で家族ぐるみの付き合いのようなもの。だから、他二人もおない年の気安い友人の関係でしかない。
ただ、気安さが祟ってか、三人寄れば悪さばっかりすると家の者が嘆き通し。やれ何を壊した、何を破いたと毎日のように騒ぎが起こる。
ついにその家の大旦那である爺さまが堪忍袋の緒を切って、三人呼びつけ懇々と説教、挙句に三日三晩蔵に閉じ込めるまでした。
食事は運んでもらえたもののさすがに堪え、もうこれからはおとなしくすると固く約束して蔵から出してもらえたのがつい先ほど。
「ほー。で、これは?」
「いや、だから、これはそのな‥‥」
白々とした目で係員は壷を指差す。まるっきり見透かされてる事を悟りつつ、小僧はへらっと笑いながらゆっくりと顛末を口にした。
さすがに反省した三人組。反省ついでに善行を働こうと爺さまの部屋を掃除することにした。留守の隙にこっそり入り込んで、埃を払い、柱や壁をぴかぴかに磨く。きっと爺さまは驚くだろうし、褒めてくれるに違いない。もしかすると、何か褒美の一つもくれるかもと夢を見ながら掃除に勤しんだ――のだが。
持って生まれた性分か。気付けば箒やハタキでチャンバラごっこ。投げた雑巾打ち返せば、飾ってあった壷に命中。がちゃんと笑えない音がして、見事に粉微塵になった。
「壊したん隠し通すの無理やし、そんな事したってばれた方が怖いや、うちのじーさまは。そやさかい、ちゃんと謝るつもりではおんねんけど‥‥」
おとなしくすると約束してから舌の根の乾かぬ内にこの始末。しかも勝手に部屋に入り込み、爺さまの物を壊したとなれば、間違いなく怒られる程度ではすまない。
せめて数日だけでも何とかごまかし、それから機嫌のいい時を見計らって謝ろう! とはいえ、ここまで砕けた壷は一日とて隠し通せるものでもない。
「という訳でここに来てん」
「余計な猿知恵働かせる前に、もう素直に謝って怒られろ」
「いやや! 今度は何されるかわからんもん。爺さん怒ったらめっさ怖いねんで! 殺されたらどないしてくれるんや!」
「そもそもそんな酷い事まではしないだろうが‥‥ま、自業自得だ。甘んじて受けろ」
「おっさんは爺さまの事全然知らんからそんなん言えるんや! あー、そうですか。所詮ギルドちゅう所は子供が何人死のうがどうでもええっちゅう事ですかー。血も涙も無い所やここは! そないな風に皆に話しちゃる。止めてほしかったら協力してぇなぁ」
「営業妨害だ。訴えるぞ」
「そんぐらい、こないな子供が困っとるのにー。ええやん、ちょっとぐらい手伝ってぇなぁ」
脅したり、泣いたりと実に騒がしい。辟易した係員は、おざなりに手を振る。
「分かった。じゃあ、自分たちで人を集めるなりして勝手にしろ」
「おおきに。ほながんばるわ」
けろりと笑顔を見せると、子供がそこらの手近な冒険者に声をかけて事情を話す。
果たして上手くいくのか。そこまでは係員の預かりではない。
●リプレイ本文
初っ端から依頼人たちはしょげていた。
さもありなん。悪童三人、冒険者たちにみっちり説教喰らわされたのだから。
カノン・リュフトヒェン(ea9689)の手伝いで来たマルティナ・フリートラントも、謝罪の手伝いは出来そうにないからと、その分子供らにみっちりと誠実に生きる事を説き続ける。
懇切丁寧に呆れられ、脅され、宥められ――子供らはとにかく凹んでいた。自業自得ではあるが。
「俺だって何一つ悪戯なしで過ごしてきた訳じゃないけど。やっちゃった時はきちんと謝ったし、怖くて責任取れないような悪戯はしなかったけどなぁ‥‥」
「悪戯ちゃう! これはちょっとした事故や!!」
反省しきりに項垂れる三人を見て、マキリ(eb5009)、己の過去をちょっと振り返ってみる。元気がいいのは子供の特権だが、それでも限度はあるなと改めて思う。
「でも、ここで素直に謝れといっても‥‥」
ちらりと三人に目を向けると、途端三人が必死の抗議。
「冗談やない。絶対爺さんに殺される!!」
「反省はしてる! もう充分に!! けど、できればもうちょっと軽めの怒り方でありたいと思うんが人情やん!」
「爺さんかて、怒りっぱなしやったら、じきに脳天ぶちきれてぽっくりいくかもしれんやん!」
「‥‥それは、誰のせいだと思ってるんだ?」
「「「‥‥‥‥ぼくらのせいでーす‥‥」」」
口々に言い合う三人に、カノンは厳しい眼差しで詰め寄る。表情乏しいながらも伺える辛辣な気配にびびり、三人はそそくさと槙原愛(ea6158)の影に隠れる。
そんな悪童たちに、梅林寺愛(ea0927)も困ったような目を向け、そして市女笠を目深に被り直す。
それから、子供らと目線を合わせる為に低くかがむと、小さく首を傾げた。
「依頼であり、受けた以上はきちんと事を成させていただきます。ですが、この依頼が成功するかしないかはあなた方の心からの行動次第です」
「いいか。わたしたちはあくまで『壷を壊した事をきちんと謝る』為に力を貸すのだ。謝らずに済まそうなどと考えた場合は‥‥、分かっているな?」
カノンの言葉自体はどこか柔らかく。されど、厳しい目つきや何より力の篭った拳に、子供らはすっかり縮こまって青い顔で何度も何度も首を縦に振って了承する。
その様に小さく吹きだしながらも、梅林寺はまた表情を引き締め、子供らを見遣る。
「仇も情も我が身より出る。それだけは、確り憶えておくのですよ〜」
「「「は〜〜い」」」
少し声音を強くして言い聞かせると、子供らはどこか投げやりに告げる。途端、またカノンから睨まれ慌てて姿勢を正す。
本当に大丈夫かと不安を胸に、一同は子供らの家へと向かった。
いい家のぼんぼんとその取り巻き(というか使用人)という話は聞いていたが。案内された家は確かに大きな家だった。
使用人の数も多いようだが、誰もが不平の顔をせずにそれぞれの仕事に勤しんでいる辺り、主従の関係も良好なようだ。
「壷が壊れたのを隠し通すのは無理だろう。むしろ、御老体の機嫌を良くして謝りやすい空気を作るのも手だな」
「気難しい人なら大変かもしれないけど‥‥。何時までも隠し続けるよりはやりやすいって気もするね」
告げるカノンに、マキリも頷く。それに不安そうな顔を作るのは当の三人。
「上手くいくかなぁ〜」
「いかせられるかは、あんたらの行動次第。無報酬で頼みごと聞いてるんだし、多少の苦労はしてもらわないと」
マキリが窘めるも、三人はやはり気の無い返事を返すのみ。
機嫌を取ると言っても、三人に便宜を図ってばかりもいられない。何より反省している事を示す為。老人に掃除している姿を見てもらおうと、まずは女中に声をかける。
「‥‥と言うわけなんで、お手伝いお願いできますか〜?」
ほんわりとした笑顔で槙原が事情を説明してお願いする。けれど、女中の表情はよろしくない。
「そういう事ならうちも構しまへんけど‥‥坊らが掃除ねぇ」
明らかに不信の眼差しを向けている。心配で仕方ないというのは、これまで見てきた経験から来るのだろう。
女中の眼差しを受けても、三人は精一杯姿勢正して愛想よく笑っている。それがまたうそ臭い。
「まぁ、そう言わずに。本人たちも凄く反省しているわけだし。お詫びのつもりでこうやって山菜も取ってきたりしてるしさ。あ、これよければ夕餉にでも」
笑顔を絶やさずマキリが摘み立ての山菜を手渡す。
当人、掃除の助けは出来ないけど山菜摘みなら手伝えるかも、と告げた所、じゃあそれもやろうと山登り。家の役に立ち、三度の飯に自分たちがとった山菜が出れば喜んでもらえるかと精を出したはいいが。
最初こそ真面目だが、気を抜くと泥遊びに木登りに挙句は野うさぎ追いかけて迷子になったりといろいろやらかしてくれた。その苦労がぎゅっと詰まった山菜である。
それが分かったのだろう。女中は深々と肩を落として、マキリたちを目線でねぎらう。
「分かりました。ほな、掃除は坊らに任させてもらいます」
ほとんど諦め半分と言った感じ。今の冒険者たちには分かる気がする。分からず無邪気にはしゃぐのは三人ぐらい。
「おっしゃ、ほな御機嫌取り作戦開始や!」
腕振り上げて気合は充分。とてもいい事だが、そうなると少々暴走も多くなるのは短い時間でよく分かってしまっている。
なので、掃除にかかる前に、槙原が三人を手元に招く。
「お掃除のやり方は教えてあげます〜。けど〜、掃除だけじゃ駄目ですよぉ〜。きちんと謝らないと余計に怒られてしまいますよ〜。特に今回はあなたたちが反省していろいろした訳ですからね〜」
口調は相変わらずのんびりで、笑顔も変わらずだが。槙原の口調は厳しくなっている。
「ちゃんと反省して謝れば大丈夫ですよ〜。その為に私たちもお手伝いさせてもらいますからね」
「おう、分かった!」
だが、返事そこそこ。三人は掃除道具を取りに廊下をばたばた走り出す。
「廊下を走ってはいけません。埃がたつでしょうに」
その三人の前に、突如梅林寺が出現。疾走の術で先回りしただけだが、驚いて立ち止まった所に後続がぶつかってきて、見事に引っくり返っている。
「落ち着いて行動しなさい。いいですか、あなた達。私たちが誰の為に来たのか、よく考えるのですよ」
「「「は〜い」」」
不承不承といった風に、三人が返事すると今度はきちんと廊下を歩いて道具を取りに行く。ただ、何か緊張しいしいで動作がおかしい。
ぎくしゃくとしたその動きに一抹の不安を覚えながら、お掃除始めとなった。
「大旦那さま、お帰りなさいませ」
「うむ。今帰った。‥‥はて、お客人か?」
家を空けていた老爺が戻ってきたのはそれからすぐ。見慣れぬ顔――冒険者がいる事に気付き、丁寧な会釈をする。
「お初にお目にかかる。実は子供たちから、これまでを反省して自分を見つめ直し、今までの事を家の者に詫びたいと相談されたのだ。その心意気に打たれ、お手伝いがしたいと思い不躾ながら参上させていただいた」
「何と、孫らがそんな事を?」
まさか、壷割ったのをごまかす為とはいえない。口裏合わせた事情をカノンが説明すると、爺は目を丸くして冒険者たちを見つめる。
「ええ。それで反省して今は掃除に精を出しているのです」
言いながら、ちらりと梅林寺は子供らの様子を伺う。
槙原の指導の下、子供らは元気に掃除に励んでいる。
元気すぎて、廊下の拭き掃除で雑巾競争をして壁に激突し、畳に添って箒を履けば障子を破り、棚にはたきをかければ手加減知らずで物を落したりしている。
その度に、懇切丁寧に根気強く説教し、また一から掃除をやり直してと、その繰り返し。
いい所を見せるのが目的なのに、それでは逆効果。頼むからおとなしくして下さいよと祈るように確認すると、幸い、今は落ち着いて掃除しているようだ。
その様を見て、老爺も感心している。
「ほうほう。やっとこさ善行というものが分かってきたようやのぉ」
孫たちの成長が嬉しいらしく、満面の笑顔を浮かべている。かなり手ごたえはよさそうだ。
孫たちが忙しなく動き回る様を、老爺は満足そうに見ている。カノンの読み通り、老人が見ていると子供らも手は抜かなかった。が、目の届かない所でしっかりサボり、その度に梅林寺の説教が飛んだ。
「体を鍛える事は、精神を鍛える。細かな作業も気を抜かない」
「「「うええええ〜」」」
さらに、カノンが反省を促すついでに訓練をつけると扱くと、嫌そうな顔で三人はへばりこんでいた。
もっとも、その様を老人は感涙しきりに見届けていた。
「いやはや。悪さばかりするさかい、躾間違えたかと気をもんでおったが。やはりワシの育て方に間違いはなかったようやの」
その席で老爺は上機嫌で冒険者らに礼を告げる。何も無いがと、山菜を使った料理で持て成されて腹も一杯。梅林寺が手品や大道芸を披露したりで場は和やかなものだ。
いい雰囲気の中、これにて退散。‥‥とできればよかったのかもしれないが。どちらかといえば、ここからが本番。
老爺の顔を窺がい、今が絶好の機会だと目で告げる冒険者たち。
「えーと、爺さん。そんでな。実はやな。そのな。えーと‥‥‥‥ごめんなさい」
無言の圧迫に押されるように、三人は老爺の前に進み出ると、散々迷った挙句、風呂敷を広げて小さく謝る。
途端、先ほどのまでの空気が嘘のように、一転してぴんと張り詰めた厳しい場に変わり果てる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。なんじゃとーーーーーー??!」
出された物が何か分からず、目を細めた老人。自身の部屋に飾ってあった壷の成れ果てと悟り、家中に響く程のすっとんきょうな声を上げた。
「わ、わざとや無いんやで。掃除してたらつい割ってもうたんや」
「そや、雑巾投げた弾みとかそんなんちゃうんや!」
「うちら、ほんまこないだので反省してん! だからまた蔵に入れるとかはやめてんか!?」
粉な壷を前に驚きの表情のまま固まって小刻みに震える老爺。三人は口々に言い訳をしているが、果たして耳に入っているのか。
「お、お、お、お前らという奴らはーーーーー!!!」
怒ってるのか、泣いてるのか。震える声を荒げた老爺に、マキリが横から弁明を挟む。
「その‥‥な。この子らも悪気は無かったんだよね? で、隠さずにきちんと謝ってるんだし、出来れば、厳しく怒らないでやってほしいんだけど‥‥」
握られた老爺の拳は酷く硬そうで。一喝で身を縮こまらせた三人を同情半分に見遣るマキリ。
「う、うーむ」
握った拳を振り上げるも、そんなマキリ始め冒険者らを老爺は複雑な表情で見遣り。低く唸ると堪えるようにその拳を引いた。
「確かに、きちんと謝ってるのに叱り付けるんは、いい事やあらへんな。今回は大目に見たろうやないか」
ふんと鼻息を荒くつくと、どっしりと構える。
とにかく怒りは納まったようで、三人は勿論、冒険者らもほっと胸を撫で下ろす。
「そやけど! お前らはいい加減粗忽すぎや。きちんと行動する前に事態を予測して動かなあかんと何度も‥‥」
もっとも、三人へのお小言はその後結構な時間に渡って続いた。
兎角、壷の件もきちんと謝れた訳で依頼は無事に終了。冒険者たちは家路につく。
家の者からも御迷惑かけたと菓子折りを用意してくれた。日持ちしそうにないので、すぐに食さねばならないだろう。
「ありがとうな、ほんまに助かったわ〜」
そして、老爺の目を盗んでこっそりと。三人の依頼主も冒険者らに丁重な礼を告げる。満面の笑顔が事態の良好を物語る。
「また何かあったら頼むで」
が、最後に告げられたその一言。
「‥‥あの子ら、本当に充分反省したと思う?」
誰とはなしに呟くような問いかけ。全員一致で否の文字が思い浮かぶ。というよりそれは永久に無理そうな気がした。