願わくば花の下で

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2007年04月22日

●オープニング

 春は花。冬の寒さが少々残る頃、梅が咲きその香が人を誘う。
「いい香りじゃの」
 うっすらと目を開けて老人は告げる。
 粗末な家の中、閉ざしていてもどこかの隙間から外の香が風と共に流れてくる。
「ええ、いい天気ですね。戸を少し開けておきましょうか」
 息子嫁が笑って、戸を開け放つ。眩しい光の中、外の景色が浮かび上がる。庭の景色はまだ寂しいものだが、陽光の強さ、風の温かさ、そして芳しい香と春の気配は十分に知る事が出来る。
 それに満足したかのように、老人は目を細める。
「春はいいのぉ。暖かくて景色は綺麗で。わしは季節の中で春が一番好きじゃ」
 言って、笑う。
「特に桜がいい。あの山の桜は毎年いい花を咲かせる。凛と立つ木に小さな花びらが絶えずはらはらと散る。華やかで艶やかでそれでいて切なくて、世の無常を儚んでいるようじゃ。木の下に座ってあたりを見ていると、自分が神様か仙人にでもなった気分になれる」
 元気な頃、老人は隠居して暇になると、毎年春には近くの山に出かけて、花の下で句を読んだりと悠々とした生活を送っていた。もっとも、寝たきりになってもう何年、近所すら出歩かなくなってしまったが。
 懐かしさに、自然、顔もほころぶ。
 満足そうにそう告げると、ふと老人の目が寂しさを醸し出す。
「出来るなら、あの桜の下で死にたいものだ‥‥」
 黙って聞いてた息子嫁は、縁起でもないと顔を顰めて笑い飛ばす。
 けれど、誰もが分かっていた。当の老人自身さえも。
 横たわる老人の顔には死の色が濃い。あの世に向かうのはそう遠くないと。

「結局、父は桜が咲くのを待たずに身罷りました。安らかな顔で、往生したと思います」
 冒険者ギルドに来た夫婦は寂しそうに、事を告げる。ギルドの係員にしてもそれ以上は何も言わずに、黙って先を促す。
「桜の下で死にたいというのが父の口癖でした。生きてる内に叶える事は適いませんでしたが、せめて遺髪だけでも桜の下に埋めてあげようと思ったのですが‥‥」
 老人のお気に入りだった、近くの山にある大きな桜の木。毎年見事な花をつけ、家からでもそれは見る事が出来る。
 また、そこからは周囲の地を一望でき、辺りの季節の移り変わりや付近の村の営みを見る事ができる。風流な老人にはいい場所だろう。
「埋めるなら花の綺麗な頃と思い、先日参ったのですが‥‥お化け鼠の群がいつのまにやら住み着いてたのです」
 お化けとつくが化け物ではなく、ただの動物だ。だが、大きさは普通の鼠に比べてかなり大きく、子供ぐらいの大きさぐらいある。それが鋭い歯を持って襲ってくるのだから、危険な相手だ。
 それが群れで住み着いている。その数は十匹少々だが、面倒この上ない。その上、よくよく見ればその全てが死んでいる事が分かった。
「冬の寒さを越せなかったのでしょう。哀れに思いますが、それがうろつきまわると‥‥。幸い、村までは距離がありますし、付近の村にはもう連絡入れたので誰も立ち入らぬでしょう」
 それで、ひとまずは安心‥‥ではあるが、彼らにとってはやはり困った事でしかない。
「父は桜の下で眠るのを望んでましたが、桜の季節は短いです。ぐずぐずしていたらすぐに葉桜になってしまいます。申し訳ありませんが、そうなる前に‥‥桜の花が散る前に父の遺髪を木の下に埋められるようにしてもらえないでしょうか?」
 それにはうろつく死んだ化け鼠をどうにかしなくてはならない。
 係員は一つ頷くと、冒険者募集の手続きを始めた。

●今回の参加者

 eb5862 朝霧 霞(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec1200 柳堂 風華(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec2130 ミズホ・ハクオウ(26歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ec2145 満腹 和尚(28歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

蘇芳 正孝(eb1963)/ 白鳳 桜花(ec2122

●リプレイ本文

 桜の下で眠りたい。
 そんな願望を抱いたまま、静かにあの世に逝ってしまった一人の老爺。遅ればせながらその願いを叶えたいと、息子夫婦が冒険者ギルドを訪れた。
 色々あって、依頼を受けて現場に現れたのは三名。全員が女性である。
 単に桜の下に老人の遺髪を埋めるだけなら充分どころか多いぐらいの人数。だが、本当にそれだけなら依頼人たちはギルドに来る事さえなかった。
 老人が好み、今遺髪を埋めてやりたいと思う桜の傍には、黄泉返ったお化け鼠たちが群れ集っている。
 その数、十五。
 それを相手にするのは‥‥厳しい。
「死んでいるから動きは鈍くなっているらしいけど、数がいっぱいだからこのまままっすぐ向かってそのまま倒すのは大変そう。倒すのも手間取りそうだし」
 ざくざくと。ざくざくと、柳堂風華(ec1200)は穴を掘る。掘る為の道具は、事情を説明すると依頼人の方から用意してきてくれた。
「それに、せっかくの桜の木ですもの。鼠の死骸で汚したくは無いものね」
 顔についた泥を手の甲で拭いながら、ミズホ・ハクオウ(ec2130)も穴を掘る。
「その為にはお化け鼠たちをおびき寄せなければならない。‥‥うん、大丈夫。アンデッドなら引魂旛が使えるわ」
 やはり穴を掘って泥だらけになりながら、朝霧霞(eb5862)は荷物を確認して大きく頷く。
 真正面から当たるのは難しい。ならば、敵を少しずつ散らし、対処すればよい。その為の罠――落とし穴作りである。
「ま、こんなものかしら? 要は補助として働いてくれたらいいのよね?」
 埋めた穴の上に、一応目立たぬよう土を被せて偽装して。その出来栄えを、霞が誰にとも無く尋ねる。
「相手が相手だから、あんまり手をかけなくってもかかってくれそうだよね。すぐに脱出されたら困るから、深く掘る必要はあるかな? ‥‥油を撒いておいたら少しは脱出しにくいかな?」
 荷物の油を眺めて風華が首を傾げる。
「要は囲まれないように相手の動きを制限できたらそれでいいんだし。‥‥地形なんかも考慮して、これで条件は大体整ったわね。ここからが本番。まだまだ大変だけど、頑張りましょう」
 ミズホがにっこりと笑うと、他の二人も笑みを見せて頷いた。

 老人が好んだという桜の木は、確かに美しい木だった。景色もそこから眼下の村々を一望でき、悪くない。
 しかし、今そこに居座るのは風流とは全く無縁の屍たち。桜を愛でたり景色を楽しんだりなど勿論せず、ただうろうろとうろつきまわっている。
 無秩序に、ただ蠢いていただけのお化け鼠たちが突然動きを変える。
「おーい、皆こっちこっち!」
 声をかけたのは風華。生者――すなわち獲物を捕捉し、お化け鼠たちの虚ろな眼差しが一斉に風華に集中した。
 手ごたえを感じると、風華は一も二も無く走り出した。その後を、お化け鼠たちはぞろぞろとついてくる。
 死を迎えた不自然に動く体は確かに遅かったが、そこは元々すばしこい鼠だ。おまけに怪我も知らず体力も尽きずに襲ってくるので、油断すれば危うい。
 かと言って、離し過ぎると相手が自分を見失って妙なところで立ち止まる危険もある。
 つかず離れず。一定の距離を保つよう、注意を払って風華は山道を走る。
「来たわね。今度はこっちの番よ!」
 そうやって桜の木から罠を仕掛けた場所まで風華が案内。罠が見える場所まで来ると、霞が手にした引魂旛を手にして大きく振るった。
 効果を発動させた引魂旛を霞はあらかじめ掘っておいた穴に立てかけ、すぐにその場から逃げ出す。
 縁を銀糸で刺繍された白絹の旗は、確かに目立つが人間にとってはそれだけの品。だが、魔力こめて振るえばアンデッドを引き付ける効果を持つ。
 霞に風華と。格好の獲物二体を見つけながら、お化け鼠たちの群れは彼女らを無視してまっすぐ旗へと向かう。
 だが、全部ではない。その支配から逃れた六匹。生の気配を頼りに変わらぬ歩調で冒険者たちに近付いてくる。
「くっ!」
 風華が両手で薙刀・牙狼を構える。霞はまだ少し遠い。この数を一人では厳しい。
 と思う矢先に数匹が消えた。
 この為に仕掛けておいた落とし穴に見事はまってくれた。
 そして、残る数匹も飛んできた矢が射抜く。ミズホの支援だ。そこを逃さず風華は薙刀を振るってさらに鼠を切り刻む。
 元より死んでいる鼠たちは死を恐れない。怪我さえも考慮せずに、矢で射られても、刃を振るわれても避けもしない。
 続けざまに二撃入れると、それだけで簡単に鼠はぼろぼろになった。
 が、鼠は動きを止めない。千切れて動きづらそうにはなったが、風華に食いつこうとにじり寄ってくる。
「往生際が悪いわ。あなたたちに、安らかな休息を」
 右に小太刀・微塵、左に大脇差・一文字。駆けつけた霞は鼠たちをねぎらうように告げると、両手それぞれを振り下ろす。原型を留めぬような有様になったところで、ようやく鼠は動きを止めた。
 残る数匹、そして、穴から這い出してきた輩もその調子でどうにか片付ける。
「結構大変ね」
 ひとまず鼠を斬り伏せ、一息つく霞。とはいえ、これで終わりではない。まだ旗の辺りでは、鼠たちが落とし穴に落ちたり登ったりしてたむろしている。
 効果が長いのでそちらの心配は無いが、それでもゆっくりもしてられない。
「でも、計画は上手くいってるね。惹き付けられた鼠たちは僕たちの方には向かって来てない。落とし穴に落ちて、もがいているのもいる。この調子で片付けていけば何とか」
 牙狼を持つ手にもう一度力を込めて、風華は鼠たちを見つめる。
「こっちの準備はいつでもいいわ。ただ、鳴弦の弓の効果は長くないし、魔力の消費も結構あるから長くは持たせられないわ」
 ミズホは放った矢を回収して、鳴弦の弓の具合も確かめる。
「そうね。依頼人夫婦の思いやりに応えられるよう頑張らなくてはいけないものね」
 奮起すると、霞も刀をしっかりと握り直す。
 そして、一同はお化け鼠たちに向けて攻撃を開始した。

 鼠の数は残り八。とはいえ、引魂旛の効果はさすがで間近まで近付いても襲って来ない。
 とはいえ、攻撃すると話は別で。さしもの死体たちもそれはごめんだとばかりに反撃に出てきた。
 ミズホが鳴弦の弓を構えると、その弦を思いきり掻き鳴らす。一弦が鳴らす単調な音色は、しかし、アンデッドの動きを抑制する。先に告げた通りその効果は短いが、鈍くなったその隙にすかさず霞と風華で斬り込めば、襤褸となった鼠に前と同じ動きは叶わない。
 そうして手堅く順番に押さえていく。鳴弦の為の魔力が尽きた後も、ミズホは後方支援に回り、鼠たちに矢を射掛ける。
 こちらが負った傷も、皆無では無かった。しぶとい鼠たちに息を上がらせながらも、それでも時間をかけて確実に、鼠たちを死へと再び追い払い、そしてその場は鎮まった。
「ありがとうございます。これで父も喜んでくれると思います」
 安全を確認した後、依頼人に任務終了を告げるとさっそく遺髪を埋めに現場に向かった。
 綺麗に咲いていると思った桜も、間近で見るとすでに葉の青が目立ちだしている。
 その根元に、依頼人たちは老爺の遺髪を埋めて手を合わせると、今度は冒険者たちに向けて深々と礼を取った。
「そんな畏まらないで下さいよ。これも人助けと‥‥後、鼠助けかな?」
 そんな依頼人たちに風華は慌てて頭を上げるよう頼む。弁明を口にしながら、ふと目線が別の方向へと向いた。
 そちらは鼠たちとの戦場にした場所がある。すなわち落とし穴を仕掛けた場所であり――今は鼠たちが眠る場所。
 掘った穴を利用して、鼠たちを埋葬したのだ。元よりそのつもりで、一同は戦っていた。
 ほとんどが元の形を留めぬほどだったが、であるが故に放置するのはなおさら不憫すぎた。
「これで、安らかに眠ってくれるといいわね」
 ミズホが静かに手を合わせて、目を閉じる。
 人も獣も、今は安らかに土の下。
 桜は彼らを悼むように、はらはらと薄紅色の花びらを降らせ続ける。
 そうして眠る者たちを労った後、依頼料を受け取り、一同は京都へと戻った。