●リプレイ本文
さ 冒険者ギルドには様々な依頼が舞い込んでくる。家事子守の手伝いから妖怪退治まで、その内容は実に幅広い。
そして、今回の依頼はと言えば。
「第一回一反妖怪の好きな褌調査〜」
ひどく平板な棒読みで告げると、ララ・ルー(ea3118)が気の無い拍手で場を迎える。‥‥勿論そういう依頼では無い。
「今回の依頼は褌の奪還。‥‥もとい、一反妖怪の退治だろ?」
「分かってます。しかしですねぇ」
けろりと告げるファルク・イールン(ea1112)に、ララはあくまで脱力して遠い目を空に向けた。
そこには青い空が広がり、白い雲が浮かび、そして、無数の褌が棚引いている。
村に巣食った一反妖怪。その名が示す通り一反程の布の妖怪である。空を飛び、通常の刃物では傷つけられないいささか厄介な相手。それが何故か褌を集めているのだという。
「何で、褌を集めるんだろう。やっぱ俺みたいな褌愛好家だからか?」
ファルクが首を捻るも、一反妖怪の真意は誰にも分からない。
「というか、殿方の下着に関する依頼ってよく見かけますよね、何故でしょう」
御神楽澄華(ea6526)が首を捻るも、真実は明らかにならず。ま、ただの偶然って奴でしょう。
「そうですね。私もまた褌依頼です。これが『業』って奴でしょうか‥‥。一反妖怪がこちらでしか見ないのも褌が関わってるからで?」
藍一色の衣装で気合を入れてきてはいるが、アミー・ノーミス(ea7798)もまた困惑気味に木の上の褌を見上げている方。
一反妖怪は西洋では目にしないが、その理由が褌発祥と関わっているかは‥‥多分、違うだろう。一反妖怪の亜種で六尺褌妖怪というのがいるので、褌との関わりを指摘する研究者はいるかもしれないが。
「まぁ、巻き付かれても褌に魅入られる心配が無いだけマシだろう」
巻き付かれると褌に魅入られてしまうのは六尺褌妖怪の方である。噂を気にしていた久留間兵庫(ea8257)だが、詳しい説明を受けて今は一安心。
「にしても。そのおバカな妖怪の姿は見えないみたいだねぇ。隠れてるのか、紛れているのか」
御堂鼎(ea2454)は目を凝らして確認する。
妖怪たちが褌を飾るのは村の入り口の木の上。見通し最高、遠くからでも目立つ事この上ない。そこに、妖怪らもいると云う話だが、目に付くのは無数の褌ばかり。はためく彩に視界が邪魔されて、その中に多少毛色が違うのが混じっていても分かりづらい。
「確かに変な妖怪もいたもんだよな。俺らが褌一丁でいたら向こうから寄って来るんじゃねぇか?」
「イヤン。おいらの赤褌が取られたりしたら恥かしいのだ」
緋邑嵐天丸(ea0861)の冗談に、ユーリィ・アウスレーゼ(ea3547)は恥らって頬を染める。
「まぁ、そういう覚悟はしておくが‥‥。誘き寄せ用の褌はきちんと用意されているんだろう?」
出来りゃー、そんな覚悟は欲しくない。兵庫が他の者に期待を込めて見遣る。
「ま、ね。俺の褌コレクションの中から幾つか提供しようか」
「あの〜、よろしければ。これも使って下さい」
荷を広げようとしたファルクよりも早く、ララが控えがちに幾つかの褌を差しだす。
世界展開を遂げた越後屋の名物福袋。何がもらえるかは買って見るまでお楽しみが売りの人気商品だが、当然、中身を選べない。ララの差し出した褌にはジャパンではなかなか手に入らない品もあり、羨ましげに見ている者もいたが、ララ当人にしてみればありがたくも無かった。価値観はそれぞれである。
「それでは。方針も纏まった所で早速行動に移すとしましょうか。その‥‥殿方の下着が延々目立つ位置に晒され続けているのは、精神衛生上よく無いでしょうし。一刻も早く退治した方が‥‥」
「そうかい? うちはこのままこの木を観光材料にすればいいと思ってたんだけどね」
顔を赤らめて告げる澄華に対し、鼎はけろりと木を見上げる。
本当に価値観は人それぞれである。
戦闘しやすそうな広い所を探し、物干し竿を立てる。村人たちは安全の為にと説明してアミーが遠ざけたが、一概にそれだけが理由でも無い。
「視線が痛いって‥‥嫌ですよね‥‥」
いろいろと考えると、人目が気になる彼女である。
竿に並べるのは彩りも形も豊かな褌たち。冬の冷たい風にも負けずにそよぐ姿は、これで一反妖怪が釣れなかったら本当にただの洗濯で終わるのだが。
「来たみたいなのだ」
手をかざして木の方を見ながら、ユーリィが告げる。
場所柄、件の木から少々遠ざかってしまった為、最初は括り付けられた褌の何枚かが風で飛んだかに見えた。
が、近付く程にそれが褌で無い事が分かる。長さもさる事ながら、風に逆らって飛ぶ布など普通ではありえない。
澄華が最初のバーニングソードの詠唱を終える頃には、冒険者たちの間近にまでそれは迫ってきていた。
「こっちは後回しでいいから。他の奴らから頼むぜ」
澄華に頼むと、嵐天丸は松明に火をつける。
そうこうする内にも、一反妖怪たちは冒険者たちの元へと殺到してきた。数は三体、すべてである。
そして、その向かった先はといえば冒険者たちの方でも、ましてや褌の方でもない。あらぬ方角へと迷走し始める。
「あ、すごい。イリュージョン、成功なのだ〜♪」
何とか成功してほっと一息のユーリィ。その場に褌を干す人の幻覚を送り込み、一反妖怪たちを惑わせたのだ。
地面には鼎の日本刀が刺してある。魔法の炎に包まれた刀身は、迂闊に触れれば一反妖怪たちもただではすまない。ふらふらと引っかかるたびに、その身に裂け目を作っていく。
「待て。一体、効いて無いぞ」
兵庫の指摘どおり。一体だけ他と違う動きを見せ、褌を干(すふりを)していたファルクへと真っ先に巻きついていた。
しかし、そちらもすでに警戒済み。一反妖怪がファルクに触れるや、ばちっという音と共に弾かれた。ライトニングアーマーである。
「抵抗されたみたいなのだ? 戦闘は不得手なので、後は頑張って応援に回らせてもらうのだ〜。フレ〜フレ〜 なのだ〜♪」
詠唱には重くて邪魔だった三味線を改めて持ち直すと、ユーリィは熱い応援魂を込めて掻き鳴らす。
「ほら、喰らえ!」
ひらりひらりと舞う一反妖怪に嵐天丸は油を投げつけると松明で火をともす。やはり布は火に弱いのか、燃え出すと慌てふためいて地上に転がり火を消す。
「あんまり派手にやるな。万一、燃え広がったら惨事になる」
たしなめる兵庫もまた松明をかざして、燃える一反妖怪が飛び回らぬよう、動きを身軽な足裁きで牽制している。
「はい。これで全員終了。かけなおす時は言って下さい」
「ありがとうよ。さあて、逃がしゃしねぇぜ。喰らえ! 夢想の太刀、白神撃・霊火鳳凰!!」
澄華がバーニングソードをかけ終わり、松明を持ち帰ると武器を振るう。消火を終え、兵庫の隙を突いて空に逃げようとした妖怪に、嵐天丸は衝撃波を浴びせかけた。
その頃には日本刀の周辺を彷徨っていた二体も、埒が明かぬと感じたか、他の褌を奪おうと動きを変えていた。
「ふん、つまらないねぇ。きちんと持っていってくれたらおもしろかっただろうに」
鼎が放り出された日本刀を掴みなおす。
ともあれ、相手が幻覚の内にいるのには変わりなく。定めなくふらふらと飛ぶ一反妖怪にアミーの鞭が飛んだ。
「じっとしていて下さい」
器用に絡むと、身を縛られ一反妖怪は失速して宙に止まる。と、その隙を逃さずに、ファルクがウィンドスラッシュを放った。真空の刃が一反妖怪を切り裂くと、血の代わりに糸くずや布切れが周囲に散らばる。
残る一体も、澄華が牽制。バーニングソードを付与した日本刀で斬りかかる。隙を見て反対の手に隠していた小太刀で一反妖怪を絡めとろうとした。が、その前にするりと妖怪に逃げられる。
「やはり利き腕で無いと上手くは動けないですね」
いささか顔を顰めながら澄華。
少々勝ち目が無いと、判断したか。燃えカスこびりつかせて一体が逃走にかかった。
「この!」
兵庫が斬りかかり、松明を振りかざすも、それをさらに振り解いて一反妖怪が空へと飛翔する。
どのみち、一反妖怪の居場所は村入り口の木だろう。が、出来ればあまり近付きたくない。困惑顔で、遠ざかる一反妖怪を見ていた澄華だが、
「はーい。こっち、注目してくださ〜い」
アミーが六尺褌を投げつけた。逃げるのが速い一反妖怪は戻ってくるのも速い。アミーの褌を拾ってまた逃げなおそうとしたが、その動きがかくんと、途中で止まる。褌には綱がついていたのだ。
「四の五の言わずに即刻ジュデッカまで堕ちなさい!!」
そこにララがホーリーを放つ。聖なる光に撃たれたからか、単に驚いたからか。一反妖怪は体勢を崩すと、地上へと落ちる。あいにく最終地獄までは行かないが、すぐに他の冒険者が獲物を突き立てて、逃げないように縫い止める。
空を飛ぶ敵に苦戦を強いられつつも、何とか牽制と遠距離攻撃で逃げ場を立ちながら三体全てに留めを差す。
「第一回一反妖怪が好きな褌調査終了〜。好きな褌は六尺褌らしいと」
やはりどこまでも棒読みでララが告げる。
村の者に話をすると、全員がほっとした様子で事態を歓迎した。
「あれ、下げるのまでは俺らの役目じゃないよな?」
木の下にはすでに男たちが込み合っているのを見て、嵐天丸は少々首を傾げる。一反妖怪は消えようとも、翻る褌は無論そのまま。取り返すには、誰かが木の上から下ろさねばならない。
「女子に登らせる訳にもいかんだろ。男衆も褌無しでは締まらずに登りづらいだろうし。ちょっと、手伝ってくるか」
言うが早いか、ファルクは木の方へと駆けだす。
「もったいないねぇ。いい名物になったろうにさ」
鼎は肩を竦めて、褌を取り込む光景を見つめる。褌の木観光提案は一応進言したが、少々茶を濁すような口ぶりと苦笑いで検討しようか、との返事。どうも却下と見ていいかもしれない。
「ま、いいじゃないですか。それより後始末をしてさっさと帰りましょう」
下ろされていく褌に澄華がほっとした矢先に、
「あのぉ」
声がかけられる。振り返ると、村の者が何名か集まってきていた。
「本日は本当にありがとうございました。これでいろいろと安心して生活できます」
喜色満面に、深々と頭を下げる村の者たち。『いろいろと』と、告げる言葉に妙な含みを感じるのは、別に間違いでもあるまい。
「それで、こちらは貴方様のですよね? あちらで見つけましたので拾ってまいりました」
はい、と笑顔で差し出された品を見て、ララが途端に石化する。
囮に使った褌いろいろ。戦闘の余波で飛ばされたりしたのもあったのだが、それが全て揃っている。
「きちんと洗おうかと思いましたが、生乾きになるのも何ですし‥‥。でも埃はキレイに払っておきましたから」
どうぞ、と丁重に差し出されるのを無碍に断る訳にもいかない。他の人の分も混じっているので簡単に、焼却処分して下さい、とも言い出せず。
「あ、ありがとうございます‥‥」
「どういたしまして」
几帳面に畳まれた褌の山を、引き攣った笑顔で受け取るララ。村の人は満面の笑顔を返してくれた。