【水無月会議】 キの巡り・土蜘蛛
|
■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月27日〜07月02日
リプレイ公開日:2007年07月05日
|
●オープニング
混迷止まぬ日本。政治中枢たる京の都ですら、安祥神皇廃位・大宰府遷都と公言する五条の宮相手に翻弄される。
五条の宮討伐の命を受けた摂政・源徳家康。西に赴く前に後顧の憂いを絶つべしと始めた新田攻めは、しかし、伊達の寝返りにより江戸城を失い、自身も三河に逃れる結果に終わった。
皐月に行われた会議では、改めてこの事態をどうするかも話し合われたものの、以前から講和を口にしていた関白・藤豊秀吉と、源徳の志を告いで討伐を主張する新撰組局長・近藤勇との対立が出るだけの結果となった。
そして、水無月。現状の打開策と今後の方針を定めるべく会議が行われる。現状ではどうにも動かぬ平行線を打破すべく、相対する長州藩からも要人を招き、かつ、広く意見を求めるべく冒険者たちの席も用意される事となった。
――だが、日本の憂いは何も人の争いだけではない。
会議は、御所で行われる。警備は厳重。長州より招かれる要人、その護衛として武人もやってくるとあって、普段よりも緊張した空気に包まれていた。
だから、火急の知らせで伝令が走りこんで来た時、彼らとのいざこざが始まったのだと思った者がほとんどだった。
だが、伝令が告げたのは、ある意味意外で、そしてある意味当然ともいうべき敵の到来だった。
「申し上げます! 都内に鬼・妖怪どもが多数入り込んで暴れ廻り、御所を目指して突き進んでおります!」
「何だと!」
京に落ちる闇は深い。跳梁跋扈する魑魅魍魎を成敗すべく専門の組織――黒虎部隊が作られた程に。
そして、黄泉人以前より恐怖をもって告げられる名の主が、北東より攻め入ろうとしていた。
●
京都の北には鬼門封じとして点在する寺社仏閣の数々と、北の守りを為す山々が連なる。
その山で死体が見つかり出したのは昨年の秋。遺体には腸の代わりに土を詰められ、その上で土中に埋められているという奇妙な痕跡があった。
殺害の痕跡は明白。京都見廻組が調査に乗り出したものの、犯人と思しき黒尽くめの忍者は未だ姿を見せず。
代わりに沸いて出たのは、大量の土蜘蛛。埋められた死体を糧に彼らは繁殖し、北の山に留まらず洛外にまで蔓延り、犠牲者を出すに至る。
「そいつらが、便乗したか唆されたか協力してんのかはしらねぇが、一気に京の街中にまで入り込んできやがった」
告げたのは京都見廻組・占部季武。苦渋を隠さぬ素直な表情は、しかし、誰の気持ちも似たようなものだった。
北だけでなく、四方から攻め入ってきた土蜘蛛たちの数は軽く百を越える。
足を広げれば三尺強、咬まれれば麻痺して倒れかねない毒蜘蛛の到来に、人々はうろたえて混乱するより他に無い。
土蜘蛛たちは主に寺社仏閣を狙ってあちこち動き回っていた。襲撃に家を追われた人々が一時避難で逃げ込んだ寺社でまた襲われるという混乱が起きている。
戦う僧侶・僧兵も多いがそうでない者も多い。何より逃げ込んだ一般市民を守るのに手一杯で、しかもそれもいつまで続くか分からない。
「おまけにだ。そいつらは土蜘蛛と言っても、普通の土蜘蛛じゃねぇ。化け妖怪でただの虫より頭は切れるし、中には人に化ける奴もいる」
土蜘蛛自体は珍しくも無い生物。普通は地面に穴を掘って巣をつくり、そこに潜んで獲物を待ち構えている。山などで度々被害が聞かれる。
今回現れた輩は何の因果か妖怪に転身し、待ち構えるような事はせず、確固たる意思で人を襲っている。多数の仲間と群れて行動し、状況に応じて囲んできたり、挟み込んだり。分が悪ければ撤退し、そうとみせかけて別の場所から襲撃をかます。
糸を吐く事は無いが、壁を登る分には不自由しない。屋根上に潜んだり、勿論地中に潜っての不意打ちなど、実に厄介極まりない相手だった。
さらに、彼らには人に化ける程の力を持ったものもおり、それが司令塔になっているらしい。が、それが何体いてどこにいるのかは分からない。人に化ければ人に紛れ、生来の姿であれば大量の土蜘蛛に紛れと判別は難しい。
「とはいえ、元は俺の調べていた件から派生した奴らだ。知らん振りもできねぇわな。
この事態で管轄云々も言ってられねぇ。京を守る為、土蜘蛛狩りに出る。手隙の者は手伝ってくれ!」
他でもそんな騒動があちこちでおき、ギルドも大騒ぎになっている。そんな混乱した現場に轟くような大声で季武は依頼を告げたのだった。
●
上がる阿鼻叫喚。流れる血もそこそこに死体はすぐに肉塊となり、大量にいる土蜘蛛たちの餌となる。
逃げ惑いながらも応戦してくる人々もいたが、しかし、彼らの牙にかかれば強い毒がたちまちの内に体に回り、四肢を突っ張らせて倒れる。動けなくなった相手に群がり、息の根を止めるのは簡単だった。
「小賢しい鬼どもが。上手く乗せられたようだが‥‥まぁいい」
転がる死体、無数に群がる土蜘蛛。その光景を恐れもせず、只中でその人物は笑った。
元より京の守りは厚い。数を増やす好機を得たがそれでも時間がかかりすぎる。攻め入る機会が得られたならば、それに乗るのもまた好機だろう。
「古、この地は我らのものだった。それを南より来た人間どもが勝手をし、かような姿に変えた。‥‥何が行く末を決める会議だ! ぬしらの行く道は唯一つ。苦痛と絶望の死のみだ!!
――行くぞ、同胞たち! 今こそ人間たちを駆逐するのだ!」
怒りを孕んだその声に押されるように、土蜘蛛たちが一斉に都へと走り出す。
声を上げたその人物も、その姿を歪ませると土蜘蛛の姿に変じた。八つの目で都を睨みつけながら、やがては他の土蜘蛛たちに紛れ分からなくなった。
●リプレイ本文
長州との行く末を決めるべく開かれた水無月会議。
その最中に、洛内へと乗り込んできた妖怪たち。酒呑童子を筆頭に、荒ぶる鬼たちが武器を振り上げ怒涛の進撃。それに呼応するかのように、他の妖怪たちも京都へとなだれ込んで来ていた。
知らせを受けて都中が驚嘆し、あちこちで迎撃の準備や逃走の為の騒ぎが起きている。
人ならばまだ話が通じるが、鬼妖怪となればそうもいかない。不安に震える人々が騒ぎたて、それがまた別の騒ぎを呼ぶなど、周囲の混乱甚だしい。
「久しぶりにジャパンに訪れてみれば、なにやら大変なことになっているようですわね」
準備を整えている最中でも、京都見廻組の詰所にひっきりなしに報告が舞い込んで来る。本来、京都見廻組は鬼妖怪など管轄外であるのだが、そういった事も構っていられない。
その慌しさにメアリ・テューダー(eb2205)は目を丸くする。しかし、それに気を取られている暇もまたない。入ってくる大量の情報を素早く整理して必要な情報を揃えていく。
「どうしてこうも京は騒がしいんやろね。もうええ加減大人しくしとってくれはらへんやろか! 妖怪はん!!」
苦笑いで吼えるは鷺宮夕妃(eb3297)。当の妖怪たちがその声を聞きようはずも無いが、叫びたい気持ちもまた分かる。
暴れる鬼の話に京の町は途端騒々しさを増し。通りは逃げ惑う人々や、対処に向かおうとする組織が縦横無尽に走り回る。被害状況も時間と共に増加傾向にあり、死傷者もそれに比例して増えていく。
空を見上げても、シフールを中心に飛行出来る者が引っ切り無しに飛び交っている。どこも事態の把握に努めている模様。
その中を巨大な鳥がこちら目掛けて突っ込んできた。
「ご苦労さん、どうだった」
人ほどある巨大な鳥だが、動じる者はこの場に無い。何故なら飛び立ったのもまた彼らの前からだから。
「どうもこうも、土蜘蛛たちは大した数だな。が、京内各所にてんでバラバラに散っているのではなく、一応ある程度のまとまりにはなっていて、それが小集団に分かれて行動しているという感じだ。そのまとまりも数が数だから結局はかなりの範囲に及ぶのだがな」
鳥はそのまま物陰に降り立つ。京都見廻組の占部季武が預かっていた服を投げ入れると、ミミクリーを解いた雀尾嵐淡(ec0843)が、服を着がてら空から見た報告を入れる。
「入ってくる被害情報を纏めて見ても、そうみたいですね。はみ出す蜘蛛も居るみたいなので、被害は結構複雑に広がっているようですけど」
次々と入ってくる情報へ引っ切り無しに目を通し、耳を傾け。纏め上げた現時点の状況をメアリが告げる。
「それにしても、長州の次は鬼に土蜘蛛。よほど京都で暴れたい奴が多いのかな?」
「奴らにとっちゃ人間は餌だからな。それが群れ為して有象無象に揃ってりゃ、そりゃ襲いたくもなるだろ」
「占部さん、それはさすがに不謹慎ですよ」
服を整え首を傾げる嵐淡に、答える季武。さすがに小坂部小源太(ea8445)が聞きとがめて注意を入れる。
「悪ぃ、悪ぃ。どのみち、奴らが何のつもりで来ようと追い払うのみだがな」
変わらぬ軽い口調ながらも、目は真剣味を帯びている。
「土蜘蛛たちは、人を襲うというよりも寺社仏閣などを潰して回ってるみたいです。鬼たちは御所に向かっているそうですが――いずれにせよ、何が狙いなのでしょう。一斉に襲っては来ましたが、土蜘蛛が鬼に協調している気配も無さそうですし」
入ってくる情報は多いがそれでもまだ足りない。肝心要の情報はやはりそれだけでは掴みようが無い。
「厄介な事態ですよね。うまく北の件に調べがついていたなら、土蜘蛛はどうにかなったのかも知れませんが‥‥。過ぎた事を言っても仕方ないですね。やるしかありません」
「その通り。これは考えようによってはいい機会だもの。早い所、京の町から叩き出してやらないとね」
痛みを耐える様に眉間に皺寄せセドリック・ナルセス(ea5278)が告げる。京都見廻組の皆本清音(eb4605)も頷いてみせる。
「時に。相手が毒持ちなら解毒剤の手配は出来ないかしら? 一般人にも被害が広がる事を考えると、ある程度準備しておく方が良い筈よね」
清音の提案に、しかし季武は首を横に振る。
「すぐには無理だな。それに下手にこっちで買い集めると、市井に出回らなく可能性も出てくる。ま、心配しなくてもそういう手配はお上の方で考えてくれてるだろうさ」
そう言って笑うも、上も上で色々と忙しい。鬼の動向は勿論、長州の出方によっては市井にどのくらい目を届かせられるか。
「ともかく、こっちはこっちでやれる事をやるだけだ」
その不安を拭い去るように力強く言い放つと、季武は日本刀を握り締め。皆を促すと、京の町へと走り出した。
●
整理した情報に合わせ、嵐淡の先導で土蜘蛛たちが群れる場所へと急ぐ。鬼が出たと騒ぐ町人に、草の陰から土蜘蛛が飛び出し。逃げる人や怪我人を運ぶ人などで多くの人が走り回り、土埃が高く舞い上がる。
「大丈夫ですか? 早く逃げて」
降って来た土蜘蛛を季武が斬って捨てると、襲われていた人をセドリックが急いで助け起こす。
「人に化けられるなら、襲われるふりして罠を仕掛けてくるかも」
「ええ、分かってます」
逃げるよう指示しながらも、それもまた彼らの罠かと気をつけるが、今の所その気配は無い。
「右手の足元! そこの木の陰にも一匹!」
襲撃現場に近付くにつれ、人の姿は無くなり、代わりに我が物顔で蠢く毒々しい巨体が数を増してくる。一見、そこに何もいなくても物陰や地中から不意にその顎を繰り出し、噛み付こうと飛び掛ってくる。
その度に周囲に素早く視線をめぐらし、小源太が注意を発する。インフラビジョンをかけた彼の目には、隠れてる相手も温度差で気付ける。とはいえ、それでも限界はある。
「家屋や立ち木とかからは距離を取った方がいいわね」
「こちらも注意して見てますが、注意に越した事は無しです」
周囲に警戒を向ける清音に、小源太も頷く。
インフラビジョンも初級では効果時間が長いといえない。掛けなおしている隙や、単純に見逃しなどをついて出てくるものもいる。もっと単純に正面から飛び込み、その動きに気を取られて後ろに回りこむなど、ただの土蜘蛛にはありえない連携をとってくる。
「さすがに化けただけあって、ただのグランドスパイダに比べると知恵が回るわね。今の所は浅知恵だけど」
ぼろぼろになった土蜘蛛になおも吼え続ける柴犬のヨーク。メアリが手際を褒めると、気持ち悪いものを振り払うように身を震わせる。そしてまたメアリの傍に控えるが、不穏な空気は感じるのか、緊張は解かない。
それやって連中を仕留めて行き、あるいはやり過ごし、今も土蜘蛛が集まっているという近場の寺へ飛び込んでみれば、今まで会ってきた奴らは単に団体から逸れて勝手していただけと気付かされる。
境内はどこも蜘蛛だらけ。踏み込もうとした一同に気付き、それらが一斉に複眼を向けてくる。異様な光景に、さすがに息を飲む。
「‥‥そこら中に隠れてるのがいますね。百‥‥いや、五十も居ないでしょうけど、それでも相当数ですよ」
視線を巡らせ、小源太が舌打ちする。目に見えるだけでも結構な数がいるが、加えて地中や物陰に隠れているのがいる。それらに注意するとすれば、四方どこも危険と言う事か。
「建物の中に人の反応が複数。逃げ遅れた人たちでしょう」
「その中に人化けしてる奴がいたりはしないか」
「分かりません。動きはないようですが‥‥」
注意深く構える冒険者たちに警戒して、土蜘蛛たちもまた動きを止めている。いや、じりじりと動向を観察しながら少しずつ間合いを計っている。やはりただの蜘蛛程度に出来る動きではない。
冒険者たちも周囲の状況を諮りながら、彼らの動きからけして目を離さない。
見合ったのはどのくらいの時間か。長いか短いかは分からない。
緊張に耐えかねたのか、あるいは数で勝利を確信したか。先に動いたのは土蜘蛛たちだった。
一匹が弾かれたように、足を広げてこちらを捕獲しようと飛び掛る。素早く清音がニードルホイップで振り払う。
体勢崩して土蜘蛛が落ちる。それが合図だったかのように、他の土蜘蛛たちも一斉に動き出した。
押し寄せる大群が冒険者達の眼前に迫る。が、その勢いはすぐに崩れた。
境内を彩る緑が、土蜘蛛たちの動きを絡めとっていた。
「数というのもそれだけで一つの脅威ですからね。足止めで減らせるならそうさせてもらいます」
プラントコントロールは専門を唱え。結構な範囲がメアリの思うまま。木々に巻いた蔦や蔓、細く揺れる葉が、意思あるように動き、隠れていた土蜘蛛たちを捕まえている。
捕らわれる方は慣れてないのか、押さえ込めばなかなか抜け出せていない。しかし、動き出した緑に対して、土蜘蛛たちの動きも素早い。その葉や枝が伸びる前に間合いから逃げるモノも多い。また、押さえ込んでも何とか拘束を解いたり無理やり引きちぎったりとして逃げるモノもやはりいる。
が、勢いは止まった。乱れた動きはさらに別の余計な動きを生み出し、土蜘蛛たちの足並みに乱れが生じる。
攻撃にも水が注され、次の動きをどうするか躊躇すら生まれるものも。
「「奥義・雷火扇陣!!」」
その出来た隙を逃すはずは無く、小源太と紫電光(eb2690)が素早く目配せして息を合わせる。
それぞれがバーニングソードを付与した日本刀、ライトニングソードを振り払う。剣圧から生み出された衝撃波が範囲に広がり、当たった数体の土蜘蛛の身が砕ける。
そして、セドリックがマグナブローを唱える。地中から噴出したマグマの炎が土蜘蛛たちを焼き払う。
ころりと転がる複数の土蜘蛛の身体。それでも全体の数が減ったようには感じない。
その数が仲間を殺されいきり立ち、その屍を八つの足で踏み砕いて越えながら、向かってくる。
「やはりこれだけ数がいると、すぐにどうこうも出来ないわね」
「ここまで結束していると、きっとどっかに頭が居るんだろうが‥‥さて、そいつはどこのどいつか」
ニードルホイップを振り回し、清音が回り込んで囲もうとする土蜘蛛に牽制を入れる。その足元では、飛び掛ってこようとする土蜘蛛に対して、ダッケルの黒吉が激しく吠え立て唸りを上げている。
目に見える範囲、土蜘蛛だらけで人はいない。だが、人化け妖怪とて常に化けている訳でなく、元の姿に戻ればその他と変わりはない。
「何処かから命令が来ているのなら、何か動きで知れないでしょうか」
セドリックが辺りを見渡す。が、それらしい動きは特に無い。どの土蜘蛛たちも一斉に牙を広げて、噛み付こうと雪崩込んでくる。
魔法詠唱は時間がかかる。高速詠唱は一瞬で済むが、魔力消費が大きい。今の事態、どっちを優先すべきか悩みながら、魔法を使う。
「敵は見える所にいるとは限らないよね。‥‥堂の下に潜んでいる三匹がいる。そいつらだけ、この動きに全く何もしてないのは怪しいよ」
「確かに。しかし、あぶりだすにはこいつらが邪魔だな」
斬り捨てても斬り捨てても。数を頼みに押し寄せてくる。倒したその影から飛び出してきたのがたったの一匹でも、その牙は麻痺性の毒を持つ。ほんのカスリ傷程度でも傷つけられ毒が回れば、たちまち体が動かなくなる。解毒薬も用意しているが、隙ができるのは確かだし、何より有限。
傷付かぬのが一番で、そうあるように間合いを取れば、自然、踏み込んでいくのが難しくなる。蹴散らして進んでも、今の数ではたどり着くまでにやられるし、相手も逃げるだろう。
「ほな、うちがどうにかできますやろか」
夕妃が懐から経巻を取り出すと、広げて念じる。その身が銀の淡い光に包まれると、放たれた淡い月の光の矢が一直線に飛び出した。
「!!」
建物の壁床も傷つける事無くすり抜けた光の矢。その消えた先から土蜘蛛たちが飛び出してくる。その動きを見て、それまでただ押して来ていた他の土蜘蛛たちが警戒するようにまた動きを止め、それらを守るように後退している。
「あのどれかって事は間違いなさそうだ。さて、どれかな!!」
長弓に矢を番えると、クリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が出てきた土蜘蛛たちめがけて一矢放つ。狙い違わず矢は土蜘蛛の一体を貫く。うろたえたように土蜘蛛たちが騒いだ。ほんのわずかではあるが、彼らは求めるように同じ一体を中心に身を固めた。
「ってことは、あいつか!」
にやりと笑うと、クリスティーナは矢筒から別の矢を取り出す。あらかじめ目印として目立つ色をつけておいたそれを同じく放てば、今度も構わずその一体を射抜く。巨大な足をばたつかせてその土蜘蛛がもがけば、今度は彼らの動きが大きく乱れた。
「当たりだね!」
三度矢を番え、その矢を恐れるように射抜かれた土蜘蛛は素早く後退。盾となるかのように別の土蜘蛛が間に割って入る。
「邪魔です!」
その間に入った土蜘蛛をセドリックがマグナブローで吹き飛ばし、光と小源太が衝撃刃を撃つ。土蜘蛛たちは焼かれ刻まれ始末されるが、肝心の司令塔はそれらの射程外。矢を受けたままの姿で、ひとまず隠れようと動いていた。
植物は危険と知ったか、緑の少ない建物の陰を選んで隙間に潜り込む。
夕妃のムーンアローがあるとはいえ、狭い場所に入り込めば攻撃を仕掛けるのは難しい。彼女の魔法も限界がある以上、逃げ込まれるのは痛い。
そして、それを阻止するモノがあった。それは人ではなく、彼らと同属の土蜘蛛。否、逃げようとした司令塔の動きを阻むやその土蜘蛛の姿は溶けるように崩れ、銀の光沢をした不定形状態になる。
やはりミミクリーで姿を変えた嵐淡の仕業であった。
メタリックジェルに化けたその姿でそのまま司令塔を押さえ込み締め上げる。八つの足でもがく司令塔を助けんと、たちまち周囲の土蜘蛛が嵐淡に襲い掛かり、麻痺して動けなくなっていたが。
まぁ、ウニに変身しても陸上での行動は難があるので、やはり周囲にどれだけ影響を与えられたかは分からない。
ともあれ、稼いだ時間にもう一本クリスティーナが矢で射抜く。周囲の土蜘蛛を蹴散らし、射程範囲まで近付き周囲ごと吹き飛ばせば、やがてぼろぼろになった土蜘蛛が動きを止めた。
指示するモノが亡くなると、周りの土蜘蛛たちの統率が乱れる。すでにほとんどが傷付き痛手を被っていた土蜘蛛たちは恐れるように退却を開始していた。
それでひとまず終わるかと思ったが、彼らの動きがいきなり止まった。
「新手か!」
乗り込んでくる影を知り、季武が舌打ちする。
数で劣る以上、殲滅も難しい。退くならそれまでとも考えたが、外壁を越えて別の一団が続々と合流している。彼らはまだ無傷。それに呼応して、残った土蜘蛛たちも傷を忘れたか最後の足掻きを見せたいのか。臨戦の構えを再び取り始めた。
「これでまた一からという訳ですか。面倒ですね」
「なぁに、全部蹴散らせばいいだけだろ」
うんざりと顰め面をするセドリックに対して、季武がやや引き攣りぎみの笑みを見せる。
そんな冒険者たちをあざ笑うかのように、土蜘蛛たちは足をばたつかせると、こちらへと襲ってきた。そんな彼らに向けて、怯む事無く一同は得物を構えるが。
「きゃあああ!」
悲鳴が聞こえた。
「何だ!?」
「お堂の方‥‥壁が破られて入りこまれてます!」
声の方に目を凝らした小源太がはっと声を上げる。言う間もなく、建物の中から人が転がり出てくる。逃げようと足掻いた人々は、しかし、すぐに土蜘蛛たちにたかられて次々に倒れていく。
「ちぃっ! てめぇら、そこどかねぇか!!」
駆け寄ろうとする季武。行く手でざわめき邪魔をする土蜘蛛たちに刀を振り回して、強引に突っ走ろうとするが、
「待った! 人の数がさっきよりも一つ多いです」
その動きを小源太が制す。飛び掛ってくる周囲の土蜘蛛たちをどうにか制しながらも、睨むように堂から出てきて襲われている人たちを見つめている。
「一つ範囲外から入ってきた息があったわ。今は‥‥彼女の位置!」
得た反応を思い出すように、注意深く光は言葉を紡ぐ。考えたのは少しだけ、すぐに蜘蛛にたかられて臥す女性を示す。
即座に夕妃がムーンアローの経巻を広げて念じる。先と同じく銀の光が彼女を包んだが、
「痛っ! 『指令塔になっている人化け土蜘蛛』では当たりません!」
跳ね返ってきた月の矢に、夕妃が顔を顰める。便利な魔法は、反面、欠点も抱えている。
「彼女が土蜘蛛ではないのか、あるいは」
「他にも人化けがいるという事ね」
清音が問いかけると、夕妃は頷く。
外から入ったと言っても、土蜘蛛に追われて逃げ込んできたただの人間の可能性がある。蜘蛛たちに襲われて苦しそうに助けを求める姿は、どこにも土蜘蛛らしさは無い。
それでも、群がる土蜘蛛たちの動きを見れば、単に適当に暴れているだけとも思えず。何者かがどこかより指示を出していると考えるに値する動きを見せている。
「‥‥じゃあ、少し手荒いけどこれでどうだ!」
蔓に仲間が絡まっている隙に、それによじ登って飛び掛ってきた土蜘蛛。足を広げた巨大な姿をとっさに長弓で叩き払うと、距離を置き、クリスティーナは素早く矢を番える。
土蜘蛛の数に対して用意された矢はあまりに少ない。貴重な一矢となりかねないそれを、彼女は構わずに引き放つ。
矢は音を立てて空を切り、女性のギリギリ手前に突き刺さった。女性を襲っていた土蜘蛛たちが飛んできた矢に驚き逃げだす。そして、女性は眼前に刺さった矢を睨むように見つめると、そのままその目を冒険者らに向けた。
助け出されたとの感謝は無く、あるのは攻撃された怒り。見る間にも女性の姿が歪み、四肢がさらにその数を増やし、複数となった目が一斉に一同を睨みつけている。
勿論ミミクリーでもない。やはり正しく彼女が土蜘蛛だったと言うわけだ。
「とすると、その他に何匹かがいるのか!」
ムーンアローが指定に跳ね返った以上、そこに条件を満たすものがいないか、複数いるかだ。何れも矢は目標を見失って術者に返る。
視線を辺りに向けるが、そこにはもはや見た目の悪い土蜘蛛たちしかいない。それでも、統率は取れている以上、どこかにいるのだろう。
「結局吹き飛ばしてくしかねぇって事だな」
地中から飛び出してきた土蜘蛛に、刀を突き刺し季武が告げる。
「それまで魔力が持つか‥‥。本当に心配になってきましたよ」
これで何度のマグマブローか。それでも出てくる土蜘蛛にセドリックが胃を押さえる。
「小賢しいわね。‥‥面倒でも、こんなのを放っておく訳にはいかないわ」
詠唱の隙をつき、回りこんでセドリックに飛び掛ろうとした土蜘蛛に、清音が素早く鞭を振る。
「そこの土の中に潜んでいます。気をつけて」
「木の上! あの幹の陰に隠れているのがいるわ」
「分かりました。確保します」
小源太と光の指示に、メアリが植物を動かす。揺さぶり落し、引き釣りだし、露になった土蜘蛛たちへ維新組二人の息のあった刃が降りかかる。
「よし、雀尾。そのまま押さえておいてくれ!」
やはり不定形生物となって嵐淡が押さえ込んだあの女性だった土蜘蛛に、クリスティーナは素早く矢を放つ。
「頭が仰山追ってもしょうも無いどす。あそこにいる奴が別の一匹とちゃいますやろか!?」
そして、夕妃がムーンアローを放つ。
その寺でどうにか始末を終えても、他の場所で土蜘蛛たちは暴れている。場所を変え、相手を変えて。潜り込んだ土蜘蛛たちの相手に駆け回る一同。
●
鬼の攻勢は、御所前の決戦で何とか防衛に成功。しかし、酒呑童子をしとめるには至らず逃し、代わりにこちらは負傷者多数。死者も少なくない数に登る。
土蜘蛛たちは、鬼たちが退いたのを感じたのか、相前後して退却を始めた。
一同が負った傷自体は実に軽い。が、傷から回る毒で倒れている事は少なくなく、そのままでは戦力にもならないので解毒を使う機会は多かった。
「こっちも結構な数を始末したが、去り際の手際からしてまだ人化けは残ってる感じだな」
報告書を纏めながら、季武が気まずそうに頭を掻く。
「寺社の被害はでかいし、襲われた人の数も結構な数になる。それでもまぁ、動いてからは何とか被害を止められたしやるだけはやったわな」
うんうんと、自身を納得させるように頷く。それでいいのかはまた各人の判断になるのだろうが。
「にしてもだ。鬼たちもだが、土蜘蛛どもも何故今時分に攻め込んできたんだか‥‥。まぁ、土蜘蛛どもは便乗したって事なんだろうけど」
首を傾げるもその問いに答えるものは無く。
「何はともあれお疲れさん。また何かあればよろしく頼むぜ」
にかりと笑う季武。ただ、手を貸りる事態など無い方が平和でいいのだが。