【水無月会議】 キの巡り・襲撃
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月30日〜07月05日
リプレイ公開日:2007年07月08日
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●オープニング
京都見廻組。京都守護職直轄で京都の警備を担当する武家の集まりたち。旧来の検非違使だけでは手に負えない事件が増えた為に組織された守護隊。
だが、守護職である平織虎長が暗殺されて以来、状況は大きく変わり、今では新撰組が取って代わっている。
かといって、かの組織が無くなった訳でなく。京都守護職不在に隊士たちの離脱が続きながら、日夜活動を続けている。
京都の今後を決める水無月会議。御所で執り行われるこの会議の警備は京都見廻組も行っていた。それだけでも相当な緊張を強いられるというのに、最中に届いた鬼襲撃の報により、一気に詰め所も慌しくなっていった。
迫る鬼の撃退に出る者、都人の護衛に出る者、便乗した騒ぎに備える者など、多くが考えうる騒動に出向き、あるいは準備や新たな報告をすべく飛び込んできたりと頻繁に人が出入りしている。
その混乱に紛れ、あらぬ影が詰め所に滑り込んでいた。
黒尽くめの忍者装束。走り回る人々の目を気にしつつも、牢へと足を運ぶ。
「くくくく」
外から中を確認し、それが目当ての場所と知ると、黒尽くめは懐にぶら下げていた大量の壷を外し、懐から小さな物を取り出す。
壷の中身は油。もう一つは実に小さな火種。
油をあちこちにばら撒き、そこに小さな火を落せば、あっという間に炎は周囲に広がっていった。
「誰だ! そこで何をしている!!」
あがる煙に気付き、通りかかった隊士が誰何の声を上げる。だが相手は答えず、代わりに印を組んで詠唱する。
どろんと煙が巻き起こったかと思うと派手な爆発。不審な黒尽くめの姿はすでになく、後には燃え盛る炎が残された。
「微塵隠れか! ならば行ける範囲は限定される!」
「それより早く火を消せ! このままでは大変な事になるぞ!!」
「くそぉ、火の回りが早い! 中の囚人を出さねば死者を出かねん!!」
ただでさえ慌しかった現場は、さらに混乱に包まれた。
「大変です! 牢に火が!!」
「何!?」
組内の騒ぎはただちに各方面に伝えられた。鬼の対処に出ようとした渡辺綱も、知らせを聞き顔色をさらに変えた。
「捕らえた囚人たちは、火に撒かれる恐れがあり、一時放免してあります。言い渡した期日までに戻れば罪には問わないと」
囚人とはいえ生きている。野に放して果たして安全か、約定も守られるかは知らぬが、この場合は致し方あるまい。
それでも綱の顔は浮かない。
「‥‥金時が捕らえた河童はどうなっている?」
「申し訳ありません。火の巡りが早く、運び出すには至りませんでした」
南で起きている事件。その実行犯として捕らえられた河童・渡島はアイスコフィンで固められている。自力で逃げる事は叶わない。火で炙られれば短時間で氷は解ける。だが、固められる寸前ですでに瀕死の状態にある彼は、氷が解ければ命を終えるだろう。万一その傷が無くても、火事現場では火に撒かれ逃げられまい。
だが、今ならまだ生きてはいる。氷が解けるまで少しは時間もあり、急げば運び出せるかもしれない。
「貞光が捕らえた女は?」
西の街道を荒らしていた紫頭巾の女。捕らえたのはいいが、怯えるか暴れるかのどちらかで、今の所、まともに話が成立した試しがない。
「牢を開けた途端に駆け出して行きました。さすがにあれは目を離さない方がよいと、若い隊士二名に追わせました」
何せ何をするか分からない。こちらの話を聞く気がない以上、約定を守る気もないだろう。
女は走る。髪振り乱して走る彼女に人目が集まる事は無い。鬼の襲撃を聞き、都は至るところで混乱している。それ所ではないのだ。
家財道具抱えて走り回る通行人に紛れ見失わないよう、若い隊士たちも必死で追う。女はそんな彼らをまこうと何度も角を曲がる。
そして。胡乱な裏通りにまで入り込んだ女を追い、何のためらいもなく隊士たちは足を踏み入れたが。
「何!?」
「蝦蟇!!」
急に影が差し、見上げれば空から巨大なモノが降ってくる。それは巨大な蝦蟇。とっさに飛びのいたが、一人が避け切れず跳ね飛ばされる。
「大丈夫か!?」
声をかけたその隙に、さらに路地から飛び出してきた黒尽くめの大男――おそらくジャイアント種族が手にした刀を素早く振り落す。構える暇も無く、その身に刀を受けて、朱の飛沫が辺りに散った。
追っ手が倒れた様を、女は無表情に見つめる。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「あ‥‥」
ひょいと顔を覗かせたのは、まだ年端もいかぬ少年。血だらけの隊士を見ても驚きもせず、興味も示さない。ただ女を見て、笑いかける。
彼の姿を認め、ようやく女は微笑んだ。穏やかに落ち着いた様子で。
「よかった。無事で。はいこれ、持ってきたよ」
にこりと笑って少年は包みを渡す。開くと中には小刀。鞘から引き抜くと、刃は不自然に滑って光る。
「貴様らっ!!」
どこかのんびりと話し込んでいた彼らに、怒声が飛んだ。先ほど飛ばされた隊士だ。
鼻息一つ、大男が刀を手にする。だが、女がそれより早く間合いを詰めると彼の懐にその短刀を突き刺した。短刀では一撃必殺とはいかない。それでも、隊士は傷口以上に苦しみ悶え、そこを大男が改めて首を跳ね飛ばす。
「お母様‥‥怒ってた?」
「いんや。大丈夫だよ、姉ちゃんはまだ使い道あるんだし。役立たずだからって喰われたりしないよ」
物騒な台詞を平然と吐く少年に、女もまたそれが当然であるように安堵して微笑む。
それを白けた様子で見ていた大男だが、
「ちっ、詰めが甘かったか」
気付けば、先に倒れた隊士の姿が消えていた。大量の血溜りから点々と、その移動の痕跡が残っている。
「貴様ら、もういいだろ。邪魔だ、さっさと失せろ。俺は逃がした奴を屠って一暴れさせてもらう。
‥‥何だその目は? 俺は貴様らのようにへまして捕まったりはせんわ。
大体、捕まった所で俺は何も知らん。貴様らの事なんざ興味なかったしな。逆さに吊るされても何も出もせんわ」
「――行こう、姉ちゃん。皆待ってる。皆心配してたよ」
言葉を連ねてまだ不服といいかねないように睨んでいた女だが、少年に促され身を翻すと走り出す。その後姿を見送りながら、大男は鼻で笑う。
「ふんっ、つまらんガキが。今回、手を貸したのも暴れる為よ。ああ、ちまちまと闇討ちなんざ性じゃない。せっかくの祭りだ、便乗させてもらおうじゃないか。
お前達も。だからこそついてきたのだろう?」
ちらりと、物陰に大男は目をやる。
首をはねられた隊士に群がる小さな影。貧相な子供のようだが、生え上がった牙と角が鬼である事を物語る。
そして、大男と並ぶ背丈の――やはり鬼。頭部にはそれぞれ、馬と雄牛のそれが乗っかっていた。
「おら行くぜ! 祭りってのはなぁ、やったもん勝ちってな」
凶悪に笑うと大男は血の跡を追って、走り出す。
それを見て鬼達も、喰い散らかしていた肉を名残惜しそうに捨て去ると、特異な姿を外套で一応包み隠して、その後を追った。
全くもって異様な集団ではあるが、それを気にする余裕はやはり今の町には無かった。
「旦那、大丈夫ですかい?」
「ああ、大丈夫だ。お前達も早く逃げろ」
家財道具を持って避難しようとしていた通行人の荷車に乗せてもらい、隊士は見廻組の詰め所まで戻っていた。
傷は深く、早急に手当てが必要。だが、それよりもなお早く、今の事態を知らせる為に‥‥。
●リプレイ本文
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長州との行方を決める水無月会議。敵を招いての御前会議に厳重警備が布かれていたが、それを気にする様子も無く突如として酒呑童子が動いた。
攻めて来る鬼の大群に都は大騒ぎとなり、あちこちで混乱が生じている。
その混乱に対処すべく、京都見廻組の役所も各方面の情報を得んと出入りが激しい。
常とは違うその物々しさの隙をつき、賊は敷地内に潜入し、牢屋に火を放った。
類焼を避けようと、火に挑む京都見廻組の隊士たちをまずは留め、デュラン・ハイアット(ea0042)がブレスセンサーを唱える。
「ふむ、中に反応は無い。周囲もとりあえずは大丈夫か」
自身に満ち溢れた態度でそれを告げると、おもむろに一つの経巻を取り出す。書かれているのはプットアウトの魔法。広げて念じれば即座に燃え上がっていた炎が消え去る。
「助かった。身動きできぬ者を見殺しにしたとあっては、見廻組の名折れ。そも、取調べも終わっておらんのに死なれては困る」
焼けた牢を前にして、京都見廻組・物部義護(ea1966)はほっと胸を撫で下ろす。
南で事件を起こしていた河童・渡島。アイスコフィンで捕縛したはいいが、凍結寸前で舌を噛み迂闊に解凍できぬ状態。
火事という急場、自力で逃げ出せぬなら誰かが救わねばならないが、氷が容易に溶けぬよう外との接触が少ない保管場所だったことやその大きさに見合う重量などのせいもあって持ち出せぬ状態だった。
「うむ。しかし、かなり熱せられ氷は溶けているに違いない。情報を得るなら生きたまままた封印し直す必要がある」
「分かっている、こっちだ」
火は止められてもやる事は山のようにある。どころか時と共に増えていく。他の隊士たちは早々と次の仕事に担ぎ出され、義護は河童を助けるべくデュランと焼けた牢の中へと進んでいく。
焼け焦げた建物はもろく、足元も不安定。崩れぬよう気をつけながらも足早に進み、炭となり行く手を阻む柱や瓦礫は霊刀ホムラで砕いて除く。
「よし、どうにか間に合ったようだな」
河童の無事を確認し、機を見てデュランがアイスコフィンをかけ直す。真新しい氷に、河童は変わらず閉じ込められた。
「だが、急いで運び出した方がいいな。崩れ落ちては面倒だ」
火は消え去っているが、消し炭になった物が戻る訳でなく。振ってくる灰に顔を顰めながら、義護は告げる。生き埋めになるのは御免だし、残してその土砂から氷を掘り起こすのも何が起きるか分からない。
手早く氷に縄をかけると、デュランが傍のグリフォンに括りつける。
「連れ歩くのはいいが、けして傍を離れず放さぬ事。混乱の最中、新手の化け物と勘違いされて始末されても文句は言えない」
とは、事前に連れ歩けるかを尋ねて言われた事。そんな面倒はあれど、有益な点は確かにある。
「ヒョードル、頼むぞ」
異形の巨体の持つ力が重い氷を動かす。それを手伝いながら二人は安全な場所まで河童を移動させた。
●
牢に火が放たれた事により、閉じ込めていた罪人たちも一時解放せざるを得なくなった。その中のどれ程が戻ってくるかは分からないが、中でも西で捕らえた女は帰ってくると信じる方が難しかった。
その為、若い隊士二名が監視についたのだが、程なくして一人が血塗れで戻ってくる。
義護の薬で傷は癒された。が、口早に告げる情報は良くない代物ばかり。
もう一人の隊士の死。女の逃亡、南で見られた少年との接触。そして、大男が引き連れた鬼の群れ。
京都見廻組の渡辺綱をはじめとして幾人が、事態に対処する為詰め所を飛び出す。
聞いた足取りをまず追えば、向こうから聞こえる阿鼻叫喚。弾かれたように現場へ急ぐと、その大男と鬼たちが街道で暴れまわっていた。
「あの巨人族‥‥。例の二人組の片割れだ。まさか向こうから出てくるとは」
姿を確認し、京都見廻組の備前響耶(eb3824)は表情を歪める。
「ふん、京都見廻組のお出ましか! おもしれぇ!!」
向こうも一同を認める。覆面の下、快活に笑うと動作一つ、攻撃を命じる。
馬頭鬼、牛頭鬼、そして戦士としての風格をもった五匹の小鬼がそれに応じ、飛び掛ってきた。
「時間が無い。二手に分かれよう、自分たちが奴らを食い止める」
「分かった。向こうは何とかする」
言われて京都見廻組の月代憐慈(ea2630)は頷くと、山本佳澄(eb1528)、磯城弥魁厳(eb5249)と共に横に逸れる。
「あんな大男。相手にしていては逃げられますからね」
ちらりと奴らを見ながら佳澄が呟く。全員でかかれば容易かったかもしれない。が、その間に確実に迎えに来た少年と共に女はどこかへと走り去ってしまう。
「逃げるってのか! 腰抜けが!!」
「お前らの相手はこれで十分という事だ」
せせら笑う大男の刀と綱の刀が組み合い、火花を散らす。
「はに○(仮名)。小鬼の攻撃を防御するでござる!!」
京都見廻組の久方歳三(ea6381)が持っていた埴輪を放つと、応えて埴輪が動き出す。鋲付棒がつながれた鎖を振り回していた小鬼の前に立つと、その攻撃を止めようとする。
されど、小鬼もただの小鬼ではなかった。持つ力だけでは満足しなかったか、その動きも普通の小鬼に比べ洗練されている。
埴輪が邪魔だと感じると、苛立った声を上げて即座に叩き壊しにかかったのだ。硬いその体が、小鬼の一撃で身を欠かす。
「なんと!」
驚く暇もなく。別の小鬼が埴輪など構わずに、あくまで狙いは人だと言わんばかりに武器を振り回してくる。その危険な武器を躱すと、歳三は小鬼を捕まえ投げ飛ばす。なるべく他の鬼を巻き込むように仕掛けるが、敵も去るもの、飛んできた小鬼を助ける事無く逃げている。また、さすが鬼というべきか。小さくとも踏ん張って容易に投げさてもくれない。
「気をつけろ! 奴の片割れがどこかに潜んでいるやもしれん」
頭上から振り下ろされた馬頭鬼の重い一撃を受け止め、捌くやその至近距離から素早い一撃。酒呑童子が出たからと用意してきた太刀・鬼切丸は鬼たちに更なる効果を発揮する。卓越した剣の技に馬頭鬼は為す統べなくその一刀が血飛沫を上げさせる。
その足元でも、柴犬の影牙が鬼たちに唸りを上げる。小鬼戦士の得物を巧みに躱し、時にその牙を立てながら一歩も退かぬ勢いだ。
「安心しろ。あいつはいねぇよ。楽して得して丸儲けってのが好きだからな」
綱と斬りあっていた大男が、間合いを広げながら答える。間合いに割って入った小鬼戦士を切り払えばその隙をついて、大男は刀を繰り出してくる。
「京都はわが国の礎。そして伝統と誇りの結晶! 貴様らが土足で踏み荒らしてよい場所ではない!!」
暴れまわる鬼たちに向けて、烏丸刀風(eb7817)が声を荒げる。
嬉々と迫ってきた小鬼戦士の一撃を十手で受け、右手の日本刀を踏み込みも重くその重量乗せて振り入れる。小鬼の戦士が裂け、深々と入った傷から鮮血が噴き出す。
しかし、その横合いから牛頭鬼が走り込んでくる。突進の威力そのまま、手にした斧が振り上げられれば、刀風の巨体すら跳ね飛ばされて血の海に沈む。
「古きを捨ててこそ、新しい何かが生まれるとあいつなら言うだろうな。ま、そんな事俺には関係無ぇ。俺はただ全てをぶっ壊したいだけだ!!」
「させんわ!!」
気力を振るって刀風は身を起こし、構える。
笑って、大男は刀を繰り出す。鬼たちもまたそれに鼓舞されたかのように嘶きを上げると、それぞれの得物を振るってきた。
●
話に聞いた場所にまだ残る隊士の無残な遺体。それに軽く黙祷を捧げた後、追跡を開始する。
女の匂いを覚えさせ、魁厳は柴犬のナラヅケに後を追わせる。
「お前も見た目犬っぽいし、後を追えないか?」
憐慈が狐の黄炉に訴えると、一応真似てはくれたが、さてどの程度役に立つのか。
歳三の手助けでタケシ・ダイワと護堂万時が逃げた輩の足取りを探ってはくれたが、詰め所を出てからも時間は経っている。ひとまず、女子供の足ではそう遠くにいかないと踏んではいるが、ナラヅケも匂いを嗅ぎわけながらの移動で、歩調も早くはない。
「まずいな」
そうして行き着いた先は川辺。水に阻まれては匂いが消える。舟で移動されたなら、水の流れに乗ってどこまで行くか分からない。
まだ何処かにいないかと焦って四方を見渡せば、唐突に建物の影から蝦蟇が降ってきた。避けきれず、佳澄と憐慈が跳ね飛ばされる。そして、その背からさらに飛び出してきたのは紫頭巾の女。もっとも、今は頭巾などつけてはいないが。
「痛っ!!」
憐慈の体勢が整わぬうちに、踏み込まれ素早く掠めるように小刀が振るわれる。深々と切り裂かれた傷口からは、必要以上の痛みが走る。
「雛島!!」
続けて、振るわれる二刀目。その前に、魁厳が名を呼べば空からさっと影が来る。巨大な翼の生えた蜥蜴が長い尾を閃かせ飛来すると、その尾で女を叩こうとする。
「くっ!」
軽く舌打ちすると、女はそれを躱す。すかさず飛び掛ってきた魁厳の小太刀・微塵をさらに躱すが、さすがにさらに飛び掛ってきたナラヅケは躱せず、加えられたクナイに引っかかって体勢を崩す。
そこに、佳澄がすかさずライトニングサンダーボルトをかける。横合いから飛んだ雷が、女の身を撃つ。
「少年! どこかにいるんだろう!? 茨木童子がお前の母親だってな。以前会った時は、ちまちま罠を仕掛けるなんて小物なマネをした挙句逃げ帰ったぞ? そんな小物が親とはお前も不憫な奴だな!」
「でも、母様は笑ってた。楽しそうに」
挑発して憐慈が叫ぶ。されど、少年からの答えはない。
代わりに答えたのは、女の方だった。虚ろな目線を一同に向けて無造作に立っているが、感情が抜け落ちただけに何を考えているのかが読めない。
「今だってそう。母様はずっと笑ってる。誰かが苦しんで死んで、その様をずっと見ている」
いやに饒舌なのは何か仕掛けてくる気かと、注意深く辺りを警戒する。それに構わず、女は言葉を続ける。
「母様にとってはほんの暇潰しだった。何かが起こればそれでよかった。起きなくても、母様にとってはどうでもよかった」
それはそれで聞き捨てなら無い事だが。鬼の所業などそういうものかもしれない。
「母様にとってはほんの暇潰し。むしろ、意味があったのはー―彼らの方?」
小首を傾げたと同時。突然、雛島が叫んだ。
はっとして見上げると、つき立てた刀を抜いて、男が一人降って来る。
「何をしている。さっさと逃げろ」
牢に火を放ったという黒尽くめの忍者。冷淡に言い放つと、一同に向けて刃を構える。
「河童の始末とお前の逃亡の手助け。これが今回の任務。河童はどうやら失敗したようだが」
忍者が告げている間に、女は川辺へと逃げ出す。
「逃がすか!!」
憐慈が魔法を詠唱。伸びた雷が女を撃ち、女がよろめく。だが、女の足は止まらない。
用意されていたのか、小舟が物陰から出てくる。中には少年の姿もある。それまでじっとしていた蝦蟇が、追っ手を阻むように飛び跳ね出す。しかし、幾度目かの後に、突如踏み入れた場所から強力な電気が流れる。憐慈が仕掛けたライトニングトラップにひっかかったのだ。
「しかし、奴らを逃がしては!」
「いかせん!!」
舟が川岸から離れる。逃がすまいと魁厳が追いかけるが、その前に忍者が阻む。
そうしている間にも舟は流れていく。そして、十分離れた所で、忍者が印を組んだ。
詠唱は一瞬。派手な爆発が起きて周囲が吹き飛ばされる。その威力から立ち直ったときには忍者の姿も無かった。
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「河童は無事。で、女は逃げたか」
報告を聞いて、綱は低く唸る。
「こっちも大男には逃げられたので、あまり言えた義理ではないな」
旗色が悪いとなるや、大男はさっさと逃亡した。牛頭鬼と馬頭鬼は最後まで死力を尽くして暴れた為に、その退治に少々苦慮したのだ。結局なんとか捕らえたのは小鬼三匹。今もぎいぎいと鳴き騒いでいる。
「こいつらから何を得られるかは分からないが‥‥何はともあれ、ご苦労様だ」
疲れたように肩を落とすと、綱は深々と礼をとった。