【鉄の御所】 敵地潜入

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 94 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月23日〜07月29日

リプレイ公開日:2007年08月01日

●オープニング

●討伐の勅令
 新撰組に酒呑童子討伐の勅令が下されたのは、七月下旬の事である。
「歳、討伐の勅が出るぞ」
 その数日前、御所に呼び出された新撰組の近藤勇は、安祥神皇の近臣より近いうちに勅が下る事を知らされた。
「ようやくか、待ちくたびれたぜ。鉄の御所の鬼どもに、目にもの見せてやる」
 土方歳三は不敵な笑みを浮かべる。鬼の襲来から約一月、激戦に参加した隊士達の傷も癒えて、戦いの準備は整っている。

 去る六月末、突如として都に襲来した鬼の軍勢。
 京都を守る侍と冒険者の活躍により、辛うじて撃退したものの、酒呑童子が率いる数百体の人喰い鬼に禁門まで侵入され、ジャパンの帝都はその防備の甘さを露呈した。
 折しも、京都方と反目する長州藩の吉田松陰、高杉晋作らが滞在中の事件であり、少なからず交渉にも影響を与えたと言われている。
 この時、守備勢の主力として奮戦し、多くの犠牲を出した新撰組は直後より酒呑童子討伐を願い出ていた。
「だが、俺達だけで戦うことになりそうだ。見廻組も今回は手勢を出すと言ってくれているが、正規の兵は動かせんそうだ」
「相変わらずだな、御所の連中は。鬼の報復も怖いし、負けた時は新撰組の責任にしようってことか。まあ、おかげで俺達が戦えるんだから皮肉だが‥‥」
 比叡山の酒呑童子退治は筋目からいえば見廻組、黒虎部隊の管轄だ。或いは大大名が大軍を動かして討伐に当たるべきなのだが、そこには今の京都の複雑な政治事情が関係していた。
「悲観する事はない。あそこを本気で攻めるなら、かえって少数精鋭の方が成功率が高いと思っていた。都の警備も疎かに出来ないが、動ける組長を集めて討伐部隊を編成しよう。冒険者ギルドにも協力を要請しなければな」
 そして、新撰組局長近藤勇より冒険者ギルドに酒呑童子討伐の依頼が届けられた。


●京都見廻組
→「見廻組も≪略≫正規の兵は動かせんそうだ」

「つまり。動くおいらたちは正規じゃないと?」
 京都見廻組の詰め所。伝え聞いた話に、坂田金時が首を傾げる。
「大丈夫です。誰がどう見てもあなたはイロモノ担当ですから」
「なるほど。じゃあ俺らはいっしょくたに纏めて見られる哀れな被害者か」
「むきゃー! それってどういう事さーっ!!」
 あっさり碓井貞光に告げられ、占部季武も納得して頷く。
 まぁ、侍志士が主たる見廻組の中で、僧兵であり、かつ熊鬼と御友達していた彼は珍しい部類に入るのは確か。
「京都見廻組も苦しい状況だからな。本来なら大々的にかの首を取りに赴きたい所だが‥‥」
 そんな金時を一瞥しながら、渡辺綱が口惜しそうに告げる。
 古来より多くの者が歯噛みしてきた場所へ新参の新撰組に行かれるのは立場が無い。
 しかし、先の鬼襲来において。京都見廻組は詰め所を襲撃され、少なからず痛手を被った。焼けた牢から逃げた囚人も一部戻ってない。
「あいつらが新たな犯罪を犯す前に見つけ出さないとなぁ」
「との建前で。動かしづらいからやりやすい組織に任せようという腹も上にはあるのでしょう」
 京都守護職の不在。強大な敵相手に指揮系統の要が欠けているのは致命的だった。化物退治の専門職・黒虎部隊が前面でないのもそれが大きい。
「だからってさぁ。なんでおいらたちが本拠地乗り込みな訳?」
 不平を口に出す金時。
 彼らの役割は、先んじて鉄の御所に乗り込み、都からの手勢が攻め込みやすくなるよう内部工作をする事。失敗すれば即時死亡もある危険な任務だ。
「理由はいろいろ。京都見廻組としては大規模に動けぬなら、小規模でも存在を認めさせる位置にいたい事。性格どうあれ金時は熊鬼と親しく、鬼について多少知識がある事。過去に名のある鬼とやりあった事」
 綱の言葉に、ぴくりと三人が反応を示す。
「茨木童子は酒呑童子の片腕と称される鬼だ。鉄の御所にいるとも限らないが、情報が聞ける可能性も高い」
 太刀の曇りを掃うと、綱は手早に身支度を整える。
「潜入は見廻組から希望者を集う他、冒険者ギルドにも掛け合う。死地に赴くのが嫌なら無理に来る事は無い」
「嫌とは言ってないよん。不満だけどね」
 ぺろりと金時は舌を出して笑う。その態度に、貞光と季武も笑いはするが咎めはしない。
「酒呑童子討伐に、都中が注目している。功を立てれば、侍でも志士でも取り立ててくれる所はあるだろう。いっそ転向してみるか?」
「冗談。今更俗世に戻る気はねーもん」
 何気に綱に言われ、気分を害して金時がそっぽを向く。それをひとしきり笑った後、彼らは乗り込む手筈を整えていた。


●鉄の御所
 比叡山の一角にある居城。四方を鉄の塀に囲まれた堅固な御殿はまさに難攻不落の城砦。
 内部にひしめく異形の鬼たち。その只中を、一人の美女が足音も高く闊歩している。
「話にならない」
 鬼たちを微塵も恐れず。むしろ、凶悪な人喰鬼たちの方が怒りに震える彼女を恐怖し身を隠す。
 都の美姫の如き姿ながら、頭上にあるは鬼の角。女の名は、茨木童子と言った。
「今になって何故京に参ったかと思えば。黄泉人すら忘れた彼らが、何を覚えているというのか!」
 強く拳を握り締める。爪が掌に食い込み血が滲む。
「覚えていてもそれは古き者たちの話。我らが従う必要はどこにあろう!」
「それがこちらにも内緒で奴らと手を組み、派手に騒いでるお前の言い分か?」
 苛立ちに吐き捨てた言葉を返す者がいようとは思わず、茨木の顔色が変わる。
「酒呑‥‥さま」
 その姿、並の男よりも整った容貌は都にあれば女たちの目を惹いたろう。茨木同様、頭上に角を持たなければ、だが。
 聞かれたくない物を聞かれたと茨木の表情が歪む。が、それも束の間すぐにきつい目を彼に向けた。
「その通りです。今の世に古き約束など何の価値がございましょう。それよりも彼らの言葉に耳を傾け新しく‥‥」
「話は後だ。都より客が来た。急ぎもてなしの準備を」
 声高に訴える茨木を、酒呑は短く制する。
「都‥‥よもや人間ですか!? 先の訪問を逆手に取り、酒呑さまを討たんと動き出している事はお話ししたはず!」
「彼らは逃れてきたとか」
「計略と考えませなんだか!? その首、獲られてもよろしいか!」
「獲られると思っているのか?」
 冷たい酒呑の眼差し。勘付いた茨木が息を飲み、青い顔で数歩下がった。
「い‥‥いえ」
「奴らの考えを知るいい機会かも知れぬ。――では、仕度を頼んだぞ」
 そんな茨木を鼻で笑うと、酒呑はあっさり踵を返す。残された茨木は、まだ青い顔のままその場で震えていたが、
「さとり、いるね?」
「ギッ」
 呼吸を整え、気を落ち着かせると、別の鬼を呼ぶ。
「客人から目を離すな。隙あらば心を読み内情を探れ。問題なくても危険とあらば即時排除せよと他の者にも伝えよ」
 茨木の命に、大猿のような鬼が律儀に鳴く。その忠実な様に気を取り直して彼女は頷き、そしてふと思いつく。
「そうそう。捕らえている女の中に孕み女がいたわね。厨房に行って、腹を裂き中の肉を客人に振舞うよう告げなさい。血の杯を交わすのもまた良し」
 楽しげな茨木に、もったいないと言いたげなさとりの視線。されど、彼女の言が翻る筈なく、さとりは聴いた言葉を伝えに動き出す。
「確かに人を知るいい機会やもしれぬ。いかに傲慢で無知蒙昧に成り果てたか知れば、あの方とて考えを決めようて」
 去っていくさとりを見ながら、茨木は冷たく笑う。その表情はまさしく鬼のそれだった。

●今回の参加者

 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1568 不破 斬(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2524 ジョンガラブシ・ピエールサンカイ(43歳・♂・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

天道 狛(ea6877)/ ステラ・デュナミス(eb2099)/ 鳴滝 風流斎(eb7152

●リプレイ本文

 酒呑童子を討つ。事前に入手した話に偽り無く、程なく勅が下り、新撰組を中心に攻め込む準備が進められた。
 京を守る組織は他にも多々あるが、どれもおいそれと動けない事情を抱えている。そんな中、新撰組以外では京都見廻組が正規でないにしろ協力する事になっている。
 彼らに振られた役割は新撰組の突入より先んじて鉄の御所に入り、内部工作を進めておく事。鬼の群れの中に極少数で入り込んでの作業になる。
 京都見廻組に冒険者も加えて準備を終えると、白翼寺涼哉(ea9502)の手伝いに来ていた天道狛に途中まで案内を受けて、比叡山へと向かう。
「私たちは、乱世についていけず逃れてこの山に来ました。敵意は無く、どうか心ある方にお取次ぎを」
 広大な山の一角。鉄の御所へと近付けば、見張りと思しき人喰鬼が一行をすぐに見付け騒ぎ立てる。緊張が走ったが、どうにか身振り手振りを交えて事を伝えると、半信半疑ながら凶暴な相手は中に取り次ぐ。
「変装というより変そう? でござるが、どうにかなりそうでござるな」
「ああ、正直ほっとした」
 京都見廻組の久方歳三(ea6381)が小声で告げると、渡辺綱が胸を撫で下ろす。その表情は苦笑気味。
 鬼の集まる場所。過去交戦した鬼がいれば、面が割れて警戒されるおそれがあると綱たち四人を始め、変装をしてきている者もいるが。
 その結果、学者がいて浪人がいて――そして、おカマがいたり。一体どういう繋がりなのか、結構怪しい集団である。鬼たちが一体どう思ったかは分からぬが、見張りに残った人喰鬼たちは警戒半分おかしさ半分で見つめてきている。
 待つ事しばし。やがて、先程の鬼が別の鬼を連れて戻ってくる。
「シュ‥‥酒呑サマカラ、許シ、出タ」
 片言ながらはっきりと鬼はそう告げると、後はついてこいと身振りで示す。
「さて、いよいよだな」
 占部季武が緊張半分の笑顔で低く告げると、聞こえた周囲もただ黙って小さく頷く。
 先に立つ人喰鬼について歩き出すと、見張りの一人がその更に後へ当然のようについた。さながらこの一行を連行するかの如く。
「荷物の方は気付かれてないようですね」
 季武の曳く大きな台車に興味はあるようだが、それで騒ぐような鬼はいない。それを見て御神楽澄華(ea6526)は胸を撫で下ろす。中には備前響耶(eb3824)たちが隠れている。一行が鬼たちを惹き付けている間に内部をこっそり調べようというのだ。
「荷物よりも女に関心があるようだな。‥‥あんたも気をつけろよ。オカマ二人が目立つんで鬼の目も向こうに向きがちだが、嫌な目で見ている奴もいる」
 出迎えというより物好きを見物しに鈴なりで並ぶ人喰鬼。その数、一体幾らいるのか。 彼らの態度をざっと観察して、月代憐慈(ea2630)は警告を入れる。
 澄華は浪人風に変装しているが、その際手伝ってもらったステラ・デュナミスから「綺麗過ぎないように」と髪や服は少し乱れぎみに。全体的に地味に仕上がっているのだが、それでも鬼たちには気になるようだ。
 その中から大柄な猿が飛び出してくる。手を伸ばして歳三を捕まえようとしたが、それを彼は軽く躱し「お障りイヤ〜ン☆」と跳ね飛ぶ。
「さとりだ。心読んでくるから気をつけた方がいいね」
 頭上の角を見て取り、金時が警告を入れる。気をつけろといっても、どうにか考えが読まれぬよう別の思考を繰り返すぐらいしか思いつかないが。
 当のさとりは人喰鬼たちに叱られている様子。どうやら、客として振舞ってくれはするようだ。
 がっちりと閉ざされていた鉄の厚い門が大きく開かれ、一同は鬼の棲家へと招き入れられる。
「大丈夫なのかねぇ」
「とりあえず入れはしたので上出来ですよ。後は我らの働き次第」
 心配そうに告げながらもどこか暢気な坂田金時に、覚悟の声音を告げながらも緊張を隠せない碓井貞光。
 一同が御所内に入ったのを確認すると、外界と隔てる鉄の厚い扉は重い音を立てて閉ざされた。

 向かう者は多いが帰った者は少なく、情報の少ない鉄の御所。ただ鬼たちが巣食う場所とだけが確かな情報。
 そは一体どんな場所か。
 身を硬くして鉄の御所へと踏み入れた彼らを迎えたのは、降りしきる薄紅色の花びらだった。
「これは‥‥桜の花? 今の季節にか!?」
「いや、桜だけでは無い」
 風に薫るは梅に桃。紅葉や椿が色鮮やかな赤を見せ。片栗、菫、萩、桔梗などありとあらゆる野花が見事に花開いている。
「信じられん。季節を無視してこうも咲き誇るとは。常識ではありえん‥‥わねぇ」
 それぞれの開花期を思い起こしながら、白翼寺涼哉(ea9502)が目を瞠る。今は姐御風のオカマに扮し、女物の着物を見事に着こなしているが、そう演技するのも思わず忘れかける。
「カブトムシもたくさんいそうか?」
 花に誘われ、高らかに歌う鳥に群れ遊ぶ蝶。色濃い木々に目を向けジョンガラブシ・ピエールサンカイ(ec2524)が首を傾げる。
 人外が棲む地は、文字通り人外の地だった。浮世を忘れる華やぎの場所。
「どういう場所なんだ? ここは」
 ここでいかなる力が働いているのか。絶句する不破斬(eb1568)に、答えを告げる者も無い。
「ガウ!」
 思わず足を止めて見とれた一行を鬼が咎めて吼える。異形の鬼と花景色。極端とも言えるその組み合わせが、一同の目を覚まさせる。
 鬼たちは景色に見とれる事も無く、またさっさと歩き出す。今度は遅れぬよう気をつけて歩き出すが、目は四方を彷徨っている。情報収集の意味もあるが、やはりこの鮮やかな景色は気になる。
 だがそれも、そうして歩いている内だけ。軽く荷物を調べられ、やはり鬼の案内で謁見の一間に通されれば気を引き締めざるを得ない。
 開け放たれた広大な広間。そこに居並ぶ数々の鬼たち。その最も上座で寛ぐは――
(「――酒呑童子!!」)
 直接にせよ、伝聞にせよ。もはや都でその姿を知らぬ者はないだろう。先月、多数の人喰鬼と共に、都の中央にまで現れた鬼たちの王。
 だが、異形の鬼たちの頂点に立ち、それらを束ねる存在とは思えぬ程、人として整った姿をしている。角さえ無ければ、むしろ鬼と呼ぶ方が不思議なぐらいだ。
「鬼の見本市みたいでござるな」
 ぽそりと歳三が告げる通り、あらゆる種類の鬼たちが勢ぞろいしていた。人喰鬼たちは勿論の事、小鬼たちもちょろちょろと雑用を果たして動き回っている。
「確かに。これだけの手勢があれば、武器を取り上げる必要はないという訳か」
 斬も表情を硬くする。荷物を調べた際に武器は没収されると思いきや、特にそうでもなかった。それを不思議に思いはしたが、確かにこれだけの鬼を相手に立ち回りをすれば、自分たちの大敗を知るばかりだ。
 そして、
「茨木がいる。変装はばれてないようだが‥‥疑ってはいるな」
 それとなく綱が示す。酒呑の傍近く、やはり人そっくりの姿ながらこちらは女性で、しかも美人の鬼が座っている。
 鷹揚に構える酒呑とは対照的に表情は硬く動かない。ただ目だけが怪しいところが無いかと鋭く射抜いてくる。
「とすると、あのさとりたちは茨木の手の者かもしれませんね。酒呑童子の手前、動く気配は無いようですが」
 柱や衾の陰。様子を窺がうさとりたちをそれとなく貞光が示す。案内されている間から付いてきていたが、一同も他の鬼も接近を許さなかった為、じっと陰から見続けている。
「此度は我々を受け入れていただきありがとう御座います。私は神無霞と申す者。現状の乱世、今の治世に立ち行かなくなり、もはやついていけぬと考え、都を出た次第でございます。他の者も似たような事情を抱え、ならば旅は道連れと共に旅立った次第にございます」
「堅苦しい挨拶は不要。人が此処に逃れてくるとは、さぞやつらい目にあわれたのだろう。客人の為に宴を用意した故、今はゆっくり休まれるがいい」
 澄華が進み出て礼をとると、酒呑は楽にするよう告げると、見計らったように小鬼たちが料理を運んでくる。
 どこの誰が作ったのか、漆塗りの豪華な配膳。盛られた食事は‥‥人の赤子。それも不完全なこの形は水子だろう。食べ易いよう部位に分けてくれているが、形は保っており、否応無しに元の姿を脳裏に描かされる。
「久しぶりの客だと聞き、特別な品をご用意いたしました。どうぞ御存分に召し上がれ」
 告げた茨木は悪意に満ちている。誰が手配したか、よく分かる。
「同族の子を食べて美味いと申す者ばかりなら、今頃両族とも潰えていように」
「これは異な事を。人も鬼も揃って魚や鳥を子供どころか親ごと食うが、それでもそれらが潰えた例はなし。それに喰らった所で命などまた簡単に生まれる」
 顔を顰める斬を、茨木は軽やかに笑いたてる。酒呑はその態度を咎めはするが、強くはないし、食事の内容までは口出ししてこない。
「腹括るしかないな」
「喰うの?!」
 堅い声音で呟く憐慈に、金時が素っ頓狂な声を上げて即行綱に殴られる。
「料理にされた以上はもう救いようが無い。ならば鬼たちの心象を悪くせず動きやすいよう道を取るのがいいだろう。‥‥無事戻れたら、きちんと供養させてもらおう」
「そうですね。顔向けできるようきちんと働かねばなりません」
 重く告げる憐慈に二人箸を取る。手を合わせて挨拶を口にしながら、胸中ではそっと祈りの言葉を紡ぐ。
「まぁ、そういう事だな」
「それが此処の礼儀だってならな‥‥」
 顔色変えずに口に運ぶ綱に、斬も不承不承ながら覚悟を決める。
「ふふふふ、あなたの美しさの秘密はこのお肉にあるのね。アタシもあやかりたいものだわ」
 オネェ口調で、涼哉も肉を頂戴する。
 侮りの目で見ていた人喰鬼たちも、彼らが肉を口にした事でどこか感服したよう。続いて酒も振舞われたが、妙に気さくについで回ってくれる。
「そちらの方は食べないのか?」
 その様を面白そうに見つめていた酒呑だが、減らない膳があるのに気付き、そう訪ねてくる。
「自分、腐っても僧侶ですから! なので肉は御遠慮お願いします」
「拙者は兎で御座る故、草食なのでござる。団子や餅は好きだけど、肉団子は勘弁して♪」
 泣きつくように頭を床にこすりつける金時。歳三は笑って兎耳を揺らす。
「旅の疲れからかどうも食欲が‥‥。せっかくのもてなしをお受けできず心苦しく思います」
「俺‥‥いや、私めも少々体調を崩してまして、腹が‥‥」
 顔を見合わせた後に、貞光と季武も弁明を告げる。
 それを咎められる事は無かったが、鬼たちの態度は見事に違う。やはり同じく食事をしてくれる者がいいのか、そちらにばかり親しげに振舞い、気をつかっている。
「これは‥‥赤か。ミーも赤いだろう。うまいぜ涙がでる程に。お礼にカブトムシを探してくるズラ。さて、赤はどこにしまってあるだろうか。ぜひ仲良くしたい」
 箸を動かしていたジョンガラブシだが、ふと何かに思い出したように立ち上がると、周囲の鬼たちに煎餅を配り出す。
「鬼さんと是非に仲良く。手始めにせんべい。
 シュテン君は幼なじみだっただろうか? よみじんのカサハヨ‥‥カザキヨ君だったかも知れない。先祖代々の付き合いをしていた気がするが、お気の毒をした。こんな国はもう恐ろしい国家。転覆の陰謀を」
「‥‥彼は何を言ってるんだ?」
「通訳が必要か。知らないならば違うのだろう。いや失礼したべさ」
 首を傾げて他の者に尋ねる酒呑に、ジョンガラブシは頭を下げる。
「長い旅でいろいろ疲れているのだろう。心を解きほぐす意味でも少々お話を窺がえないだろうか? ――そういえば、酒呑さまはどうして我らを助けたのか?」
「困った時はお互い様だろう」
 当然のように言われて、憐慈は一瞬返事に詰まる。酒呑を見る限りどうやら本気に見えるが、演技で無いとも言い切れない。
「なるほど。いや、おかげで助かった。助かりついでに甘えてしまうが、俺はこう見えても学者でいろいろな伝承を調べている。よければ昔の話を聞かせてもらえないだろうか」
「そういえば、何やら黄泉も昔がどうだと言っていたそうだ。しかし、我々は一介の民、興味を持ってもそれを伝え聞いてはいない。宜しければ教えて頂けないだろうか。古の話を」
 とりあえず話を続けるかと憐慈が頼むと、斬も興味深げに話を切り出す。
「黄泉ほどに古い話ならば、俺よりも月王殿の方が詳しいだろう。もっとも、話してくれるかは分からぬがな」
 だが、酒呑は静かに笑うと、話をはぐらかす。
「酒呑さまは、ここにいつから住んでいるのだろう。何があってここに住む事になられたので?」
「さて、いつだったか。俺自身は延暦寺が出来た頃合に連れられたのは確かだが、先代は京の都よりも前からいらした筈だ」
 軽く告げられた言葉に、一同、少々目を丸くする。鉄の御所としてこの地が有名になったのは、延暦寺が勢力を伸ばし出したのと時期を同じくするらしいが、それがおおよそ百年ぐらい前だ。つまりはそれ以前からこの鬼はいる事になる。
 気になる事は他にも多々ある。それとなく相手に尋ねてみるが、酒呑はそれを邪険にする訳でもないが、かといってまともに応える気も無い様で。
「でも、今の惨状を見たら神様も呆れてる筈よん。西も東も遠くも近くも人同士争ってばかりだし、伊勢では神様がうろついているらしいわよ。人間は大切な事をすぐに忘れちゃうからね」
 それでも、歳三の告げた何気ない一言に、ふとその頭を動かした。
「伊勢の神‥‥。天津神たちか?」
「いえその、そう聞いたってだけで詳しくはそのー」
「そうか」
 真正面から見られて、歳三が手を振り上げて残念そうに項垂れる。それ以上は酒呑も尋ねてはこないが、何やら黙って考え込んでいた。

 場を盛り上げる為に憐慈が舞を舞い、歳三が芸事を披露。
「ふむ、鬼たちの統率といい、建物の堅固さといい、さすが最強が住まう場所は違うな。お前たちも相当強いが、さてここでは何番だ?」
 鬼と人が偽りの団欒に居る中、内部を見て感心する斬に問いかけられた鬼が胸を張る。
「決まってる、俺は七番目に強い!」
「七番? 少々それは上にいすぎないか?」
「仕方あるまい。酒呑さまは勿論の事、茨木さま、熊さま、星熊さま、虎熊さま、金熊さまといらっしゃれば、俺はその次だろう!」
「オウオウ、何ガ七番カ。ソノ七番ナラ先ズ俺ダ」
「ナニを! オデこそガ!」
 聞きとがめた鬼が口を挟み、それをまた別の鬼が口を出し、途端に場は賑やかになる。
「少し歩きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「よしなに。が、無粋な輩もいるので気をつけられよ」
 鬼たちの大半がそちらへ注意を向けている間に、澄華は酒呑に断りを入れて、席を外す。当然のように人喰鬼が後に従い、そしてさとりも動き出しているが仕方ない。
 監視付ではそうそう大っぴらに動けないし、先のもてなしに動揺した振りをしていると、弱った獲物と見て取るのか下位の鬼たちが下舐めづりして虎視眈々と狙ってくる。
 そんな状況の中でも一応周囲を把握すると、一人になれる場所を探して符丁を残す。
(「上手く伝わるといいのですけど‥‥」)
 荷物に隠れて潜入した彼らが、今どこにいるのか。大きな騒ぎにはなっていないのは無事で成功している証。今はそう信じるしかなかった。

 一行が持って来た荷物は一応調べられたが、隠れている者を見つけるにはいかなかった。
「やれやれようやく自由になれた」
 窮屈だった体を大きく伸ばすと、響耶は大きく深呼吸。吐き出す息と共に気を引き締めると、改めて周囲を確認する。
「うん、それじゃあ時間も無いし。さっそく行動するね」
 告げた少女は響耶も良く知らぬ顔。そもそもが少女でも無く、それは草薙北斗(ea5414)が人遁の術で行動しやすいよう化けた姿だ。効果時間は一日あるが、のんびりしてられぬ。何せ新撰組が到着するまでになるべくたくさんを調べておかねばならない。
 告げるや、疾走の術を用いた文字通りの素早い動きで北斗は動き出していた。
 歓迎の宴が開かれているとはいえ、いやだからこそ、警戒にあたる鬼たちも険しい顔つきをより恐ろしくして持ち回りの場所を見歩いていた。
 鋭い視線で周囲を睨みつけている人喰鬼たち。彼らに見付からぬよう影から影へと進み、その上で土や壁にどうかしそうな色合いの布を頭から被って身を隠す。
(「酒呑童子の持つ酒は不思議な効力があるって話だけど‥‥。目の届かない所に徳利があるなら水と擦りかえられたかもだけど、どうも無理そうだね」)
 残してくれた符丁も拾いながらあちこちを窺い、ついでに宴も覗く。
 襲撃を予想してか、常に酒呑の手元に徳利がある。その傍に北斗が近付いていくのは至難だろう。せっかく涼哉から毒薬を調合してもらったが、使う機会が無さそうだ。
(「御神楽さんから鬼毒酒も持たせてもらってけど、これもそのまま返せそうかな?」)
 入れるのは簡単だが、機を過てば宴で惹き付けている一同が危険になる。外との連携を図ろうにも、扉は厚く閉ざされ見付からずに移動するのは難しい。
(「まぁ、やる事しっかりやるだけだね」)
 用意した紙複数に、同じ情報をしっかり書き連ねる。新撰組たちは、組ごとに動いている。それぞれに渡す方が効率はいいだろう。
 一方、響耶も順調に情報を集めていた。
(「銀次郎殿がいればもう少し楽だったかもしれないが仕方ない。間違って斬る恐れが無いだけよしとするか」)
 銀次郎は、金時と仲の良い熊鬼である。一緒に京に暮らしていたのだが、いろいろあって銀次郎は離れる事になった。お山に帰ったというので、もしやとも考えたが別の山らしい。
 向こうから誰か来るのを見て取り、柱の影に隠れる。きつい眼差しを周囲に向けて周回している鬼をやり過ごすと、ほっと一息、彼らが来た方へと進み出す。
(「準備から手伝ってくれた者もいるのだ。不甲斐無い真似はできないな」)
 同行できないのが残念と嘆いた鳴滝風流斎を思い起こしながら、その分まで失敗は許されぬと肝に銘じ響耶は進んでいた。

 やがて、新撰組たちの突入が始まる。
 多くの鬼たちが防衛に出る中、宴に出た一同は彼らから目をつけられる前にそこから抜け出ていた。目指す先は、どうやら食料とされる人たちが住んでいる一角。
 そして、彼らとは違い、北斗と響耶は門へと向かう。情報を渡す為には当然接触する必要がある。
「で、何でオイラまでー!?」
「薬箱。向こうは白翼寺がいるしな。多少のケガしか役に立たんが、居ないよりはマシだ。とりあえず不意をつくとはいえ、ある程度の人数は必要だろう」
 嫌そうに顔に皺寄せている金時を黙らせると、綱が合流。共に門へと向かう。
 門の辺りはおびただしい程の人喰鬼が群れなしており、一部はすでに交戦しているようだった。思った通り、外へと目を向けているが、その数に気付かれぬ事無く近付くのもまた大変だった。
「行くぞ!」
 門を守っている数体の人喰鬼を見つけると、響耶たちは他を相手にせずにそいつらへとひた走る。
 各々が目につけた鬼に切りかかる。響耶の抜いた右の手に鬼切丸。鬼につかえば威力の上がるその刃を相手にすかさず斬りつける。
 急所を狙っての鋭い一撃。確かに相手へ大きな痛手を負わせたが、一撃必殺には遠い。
「グルアアアア!!」
 傷つけられた人喰鬼が雄叫びと共に棒を振り上げる。気合と共に振り下ろせば鋭い一撃は重く強く。
 されどそれを躱すと響耶は間合いを取る。先の大降りとは違い的確な一撃を軍配で受け止めると、その横からすり抜けた綱と金時が手早く人喰鬼を仕留めにかかる。
「助かった。そっちは?」
「実はまだだ。確実に手負いを殺る方が早いかと思ったが‥‥」
 言うより早く。存在を誇示するように棒が振り下ろされる。
「回復とか暇ねーじゃん。各自で頑張ってよ」
 食らった金時が六尺棒を構えながらも、痛そうに肩を上げている。魔法詠唱している暇もなく、鬼たちは邪魔者をしとめんと攻撃してくる。
 さすがは高位の鬼だけあって小鬼とやりあうのとは訳が違う。が、やりあうのが今の目的ではない。
 隙を見ると残った人喰鬼たちとの決着を放り、門を開けにかかる。重い鉄門を開けるのにも一苦労し、しかも開けてる最中でも門を閉めんと人喰鬼が襲ってくる。それをどうにかやり過ごしながら門を開け放ち、閉ざさぬように細工をすれば、外にいたあの浅葱が間近に見えた。
 内と外との隔たりが無くなれば後は交じり合うだけ。押しとめようと出る人喰鬼と入り込もうとする新撰組たちですぐに辺りは騒乱に包まれる。
「うん、全ての隊に情報を渡らせたと思うよ。――うわっ!」
 何も無かった場所に、微塵隠れの術で北斗が飛んで来る。その姿はすでに傷が目立つ。微塵隠れで移動しても、組がいるのは戦闘の最中な事も多い。今も途端に目ざとく見つけた人喰鬼が反応して、棒を繰り出してくる。打たれた北斗がよろけた所へ追撃。その前に綱が割って入ると、打ち据えようとした棒を太刀で受け止める。
「こっちも接触できた者には情報を流しておいた。他には?」
「ないよ! 見廻組はどうするの?」
 尋ねる北斗だが、綱はそれどころではなく。代わりに響耶が答える。
「すぐに逃げたくはあるが、奥にまだ彼らが残っている」
「そっか、じゃ気をつけて」
 北斗が明るいながらも緊張を含んだ声と同時、人喰鬼を捌いて見廻組たちが距離を置く。間合いを詰めようと踏み込んだ人喰鬼に、北斗はすかさず微塵隠れを高速詠唱。魔力と威力に難を残すも一瞬にして発動させる技。爆発と同時に北斗の姿は消え離れた所に現れる。爆発の威力は人喰鬼にカスリ傷しか与えてないが、突然の爆発は思わず怯む。
 その隙をついて、響耶たちは来た道を戻り、残る一同の元へと走った。

 外から攻撃を受けている最中に食料に手をつける者も無く、見張りであろう下位の鬼たちを数に任せて打ち倒し、かけられた鍵を外す。
「大丈夫か? ケガをしている者はいないか?」
 中にいたのは何れも人間。怯えて震える彼らに涼哉は手早く容態を見るが、生きている者にケガは無い。近くにある別の部屋には解体された者たちが多数転がっていたが。
 連れて来られた人々は軽く二桁に昇る。多くも無いが、決して少なくも無い人数。さらに人喰鬼の群れの中をとなると、さすがの彼らも厳しい顔つきにならざるを得ない。
「ガウガオイ! ガッガアアア!!」
 だが、ぐずぐずもしていられない。手配が回っているのだろう。走り込んできた人喰鬼が、一同を見つけるとすさまじい雄叫びを上げる。
 響き渡る重い声で、すぐに辺りは騒がしさを増した。
「ここにいても仕方ありません。全員無事は厳しいでしょうが、行きましょう」
 貞光に促されて、一同動き出す。捕まっていた人たちも蒼白な顔をしながらも一縷の望みにかけて、必死に付いてきている。
「はああ!!」
 立ちはだかる人喰鬼に澄華が大身槍・御手杵を繰り出す。魔法の補助もつけての一撃だが、与える傷は中傷程度。返された武器の重さはかろうじて避けたが、それでもやはり侮れない相手だと認識を強くする。
「皮膚が頑丈でござるな。刃が通らないでござる」
 歳三は暗器・三味線を抜くが、普通に斬りつけただけではカスリ傷しかつかない。技巧凝らしても大きな手傷を負わせるのは難しいが、何もしない訳にはいかない。
「味方の鬼さんたちに是非‥‥あれ間違えたかな?」
 首を傾げながらも、ジョンガラブシは鬼たちに矢を撃ち続ける。暇があるなら矢を回収できるが、今回はその暇も無さそうだ。
 まだ冒険者としては駆け出しだが、腕前としてはどうにかなる。接近されれば無理だが、矢で射掛ける分には劣る事は無い。
 憐慈も霞小太刀ではカスリ傷と見て、魔法詠唱も併用する。ただ動いていると詠唱出来ないので機を見てになってしまうが。
「我が剣術は悪鬼羅刹が喉を穿つ牙。ひ弱な牙と罵る者は前に出よ!」
 殿を務める斬が声を上げる。勇ましき口上も、鬼たちは内容吟味もする事無く無造作に突っ込んでくる。
「相手になるというならやるのみだ!」
 向かってくる相手の懐に飛び込むと斬は両手の武器を急所目掛けて突き立てる。右に小太刀・新藤五国光、左にエスキスエルウィンの牙。さらにもう新藤五国光を繰り出せば、手痛い傷をを相手は負う。
 それでも、次の瞬間。傷つけられた鬼が気合十分振り下ろされた棒の唸りは確実に斬を打ち据える。
「ぐうう!!」
 一撃で骨すら砕けるその威力。押し寄せる鬼たちに、荷を解いてる時間は無い。
「ちっ! さっさと消えろ」
 繰り出すニ撃目を季武が代わりに受け止めると、その隙に涼哉が走りより、斬を診る。
「酷いな。今直す。待ってろ」
 涼哉が詠唱を始める。高速が無いのできっちり時間をかけねばならない。その間にも新手が姿を現す。
「ぐずぐずしている暇はない。奴ら、見境いないぞ!!」
 ほんのわずかの間にこちらも満身創痍。肩で息する季武を、斬は助けるとその間に他の者は逃げにかかる。
 途中で何とか響耶たちとも合流し、群れなす鬼の中を一同は外を目指して走りぬける。
 激戦の只中、怪我をしない者は無く。力及ばず命落とした捕虜も出てしまったが、それでも大多数を連れてどうにか鉄の御所からの脱出に成功した。