憑き纏い

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月15日〜08月20日

リプレイ公開日:2007年08月24日

●オープニング

 それは先日の事でした。
 連日続く夏の暑さは夜になっても振り払えず、寝苦しい夜を過ごしていました。
 そんな中、少しでも涼を取ろうと、僕たちは仲間内で集まり、肝試しを行う事にしたのです。

 やり方は簡単。
 山の麓から山頂にある墓場まで順番に一人で行き、その一番奥の墓に花を添えて帰って来る。ただそれだけでした。
 
 それでもお盆前、うっそうと茂る山の木々が頭上から覆いかぶさり、吹き抜ける夜風は冷ややかながらどこか湿り、並ぶ墓石の下には先祖代々が眠りについている訳です。
 月の光も乏しく、明かりはほとんど持っている提灯だけが頼りとあって、迫力は満点でした。

 仲間達が次々と肝試しをこなし、ついに僕の番になりました。
 しかし、付き合いで参加はしたものの、実は僕は非常に怖がりなのです。
 この時も早く肝試しを終わらせたくて問題の墓まで走り、墓地の中では目を瞑りました。
 そうして、浅い小川を渡って目を開けると、そこにとても大きな石碑が見えました。
 僕は夢中で花を供えて手を合わせると、また走って戻りました。

「お、早かったじゃないか? ズルしたんじゃないだろうな」
 息を切らして戻った僕に、仲間の一人がそう言いました。
「ズルなんてしてないさ。ちゃんと花を添えてきた。ほら小川に嵌まって足がずぶ濡れに‥‥」
 ズルしてもう一度やりなおし、なんて勘弁です。慌てて僕は言い訳しました。
「何言ってるんだ? 墓地は小川より前だろ?」
 でも、仲間は首を傾げました。
 そうなんです。
 あまりに怖くて動転してしまったのですが、仲間の言うように墓地は小川の手前まで。その向こうは単なる原っぱで何もあるはずないのです。
 それによくよく思い返せば、僕の見た石碑は見上げる高さがありました。
 そんな巨大な石は、墓地の中どころか、近辺どこを捜してもあるはずはないのです。
 恐怖による幻覚が、いつもより墓石を大きく見せていたのだと変な納得をしてましたが、冷静に考えると明らかに変です。

 その話をすると、仲間たちは皆黙ってしまいました。
 一体、僕は何を見たのか。
 薄ら寒いものが背筋を這い登りましたが、話はこれだけで終わりませんでした。
「おい、何か聞こえないか?」
 仲間の一人が耳を澄ましています
 確かに。気付けば虫の音もぴたりとやみ、その物音はやけに大きく聞こえました。
 ずんずんと何か巨大な物が動く音。しかもそれは墓地の方からこちらへと近付いて来てました。
 とうに日の暮れた夜の山。墓地の向こうに道は無く、勿論民家なんてあるはずありません。
 獣が歩く足音でもなし。――では一体何が!?

 すっかり怖くなって僕らは急いで家に帰ろうとしました。
 しかし、そいつの方が僕らを先に見つけ、凄い速さで僕らの前に立ちふさがりました。
 聳え立つ巨大な黒い石の塊から逃れようと僕らは必死で逃げました。
 いいえ、そいつの狙いは僕一人だけでした。
 そいつに追い回され、一晩中山の中を駆け回り、村に戻った仲間が人手を連れて助けに来てくれたのは昼になってからでした。


「助かった安心から僕は気を失い‥‥気がつくと家で寝てました。全部、夢。悪い夢だと思いたかったのですが‥‥」
「ま、こんなどでかい証拠があるんじゃ、夢で済ますには無理があらぁな」
 冒険者ギルドにて。依頼の相談に来た青年の背後に、呆れ半分にギルドの係員は目を向ける。
 塗坊、と一般的には呼ばれる。
 見た目石の壁にしか見えないが、ちゃんと意思を持っていて動きまわる。どちらかといえば珍しい部類に入る妖怪なので、出会わない時は全く出会わないが、出会ったなら行く手を阻んでくる。‥‥それだけの妖怪でもある。
 そんなジャイアント種族よりも大きな石の壁が、肩を落す青年の背後ずっと付き従っていた。
 一晩中追い回され、家で目が覚めると傍にいた。青年が動くと一緒に動き、止まると止まる、走れば走る。たまに先回りして通せんぼする。
 とにかく、いつでもどこでも何しても一緒。じっと傍について離れない。
 何をしてくるでもなく、何を訴える訳でもなく。石なので感情が出るはず無く、何考えてるのかさっぱり分からない。
 とにかくただただでかい石が張り付いてくるだけ。出会いの印象からして悪かったが、これはもう不気味としか言いようが無い。 
 妖怪相手に村人も役に立たず。とりあえず、ここに来ればどうにかしてもらえると青年はギルドに駆け込んできたのだ。
「肝試しの時に見たのはこいつでしょうけど‥‥これって罰ですか?! 墓地で遊んだ罰ですか! ええ、もう悔い改めます! 何ならもう頭丸めて俗世捨ててもいいですよ! だから、こいつを何とかして下さいよぉおおおおお〜」
 臥せって泣く青年を宥めながら、係員は慣れた手つきで冒険者募集の貼紙を作り出す。
 その様を塗坊は、騒ぐでもなく。ただずっと一枚の壁となって青年の背後で佇んでいた。

●今回の参加者

 eb3328 水館 わらび(29歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec2494 マアヤ・エンリケ(26歳・♀・ウィザード・人間・イスパニア王国)
 ec2942 香月 三葉(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

菊川 響(ea0639)/ 頴娃 文乃(eb6553

●リプレイ本文

 のっぺりとそいつは立っていた。微動だにせず、ただ彼の後ろに。
「暗がりで突然出会ったら驚くでしょうけど、明るい場所で見ると何だか可愛らしいですねぇ」
 塗坊の存在に興味津々の香月三葉(ec2942)は、これ幸いとあれこれ観察して回る。頭や背中など遠慮なく触るが――といってもどこから頭で背中何だか――、塗坊は気にする事無く、膝を抱えて丸くなって落ち込む依頼人の傍にじっと寄り添い続けていた。
 依頼人が動けば塗坊も動く。同じ速度で歩いて走り、たまに追い抜いて行く手を阻む。その姿は主人にじゃれ付いている子犬を彷彿とさせる。
 外見が身の丈ジャイアントすら越す大きな石壁でしかない事を頭から排除できればだが。
「塗坊はそんなに怖い妖怪でもないんだよね。やる事といったら通せんぼするぐらいだし」
 本多文那(ec2195)が告げると、水館わらび(eb3328)も笑って頷く。
「実際、あの塗さんだって依頼人さんに恩返ししたいだけなんだよ。お花もらったからお返ししたいなんて可愛いよねー」
 名前や性別も聞いてみたが、それは相手にもよく分からないよう。岩だし妖怪だしでそんなものかもしれない。
 塗坊は喋らないが、幸いわらびがテレパシーの経巻を所持していた。さらに彼女の手伝いに来た菊川響もオーラテレパスで塗坊の意思を尋ね、結果、塗坊の気持ちを読み解く事に成功していた。
 曰く。
 夜の山で休んでいた塗坊。ふと気付くと人間が傍にいて、塗坊の傍に花を置いていった。
 あちこちを彷徨ってきたが、誰かから何かをもらった事は無く、またその花も綺麗で塗坊はとても嬉しくなった。
 しかし、自分ばかりが嬉しいのも勿体無い。そうだ、自分も何かしてあの人間にも喜んでもらおう!
 そう思いつくと、塗坊は人間が消えた方へと急いで走っていった。
「かくて、塗坊は彼の後を追い。意図が分からぬ依頼人は、襲われたと思ってただひたすらに逃げ惑い、逃がしてなるかと塗坊がさらに追い‥‥、今に至るって訳なのよ」
 並ぶ依頼人と塗坊を手で示してわらびは軽く肩を竦める。
 一晩中追い回された依頼人はすっかり疲れて怯えきっている。一方塗坊は、追いついたはいいが具体的にどうすれば喜んでもらえるか分からず、彼の気も知らぬままとりあえず傍にいる。
 けっして悪い事は起きていないのに、気持ちのすれ違いが事態を複雑にしていた。
「なんかぁ、チョー面倒でだるい事になってるって感じぃ?」
 気だるげな物言いは、事の面倒さや夏の暑さのせいだけでもなく。マアヤ・エンリケ(ec2494)は面倒そうに顔を顰める。
「例え妖怪でも健気なとこあるし。お願い叶えてあげたいよね」
 落ち込む依頼人に、やっぱりじっと傍で立ち尽くしている塗坊。石にしか見えないその外見からは内面はうかがい知れないものの、知った以上はどうにかしてやりたい。
 文那が呟くように告げると、他の面々も似たような表情で頷いていた。

「それでは依頼人さん。肝試しの際に何があったのかをよーく思い出してくれませんか?」
「思い出せと言われても‥‥。友人に誘われて、そこらで摘んだ花を墓場に供えてきただけだけど‥‥」
 三葉に言われて、依頼人は肝試しの事をゆっくりと話し出す。その供えた墓と思った石碑がさらに塗坊であったと話し。何故塗坊が付きまとうのか、その事情を改めてわらびが話すと、驚きのあまり依頼人は顔を引き攣らせていた。
「言葉は通じなくてやり方は失敗してきてるけど。嬉しい・お礼がしたいという気持ちは汲んであげて欲しいよ」
「い、いや。しかし! そんな事を言われても!! そんな配慮は遠慮無用」
 落ち着くようにわらびが諭すも、依頼人の動揺は収まらず。
「それで、塗坊さんは依頼人さんが喜んでくれたら離れるつもりだけど、依頼人さんは何したら嬉しいかな?」
「こいつが僕の前から消えてくれたなら!!」
「うーん、でもそれはちょっと難しいかも?」
 文那の問いに依頼人即答。指までさして涙で訴える。
 そんな態度を取られても、塗坊の態度は全く変わらない。念の為、わらびがテレパシーで塗坊に聞いてみるが、
「彼に喜んでもらえたら離れるって言ってる‥‥」
「堂々巡りだね‥‥」
 離れると依頼人は喜ぶが、その為には依頼人を喜ばさなければならない。魔法の制限時間ギリギリまでわらびは説得してみたが、どうにも塗坊はその矛盾が理解できないようで、一同はただがっくり肩を落とす。
「でも、そうなると塗坊くんにできることって何だろう。力仕事とか?」
「何かを持ってくれそうには見えないんですけど‥‥」
 思いつくまま文那が提案するが、依頼人は力なく塗坊を見上げる。確かに重量級の巨体は力強そうだし、動けば結構早いのは立証済み。しかし、やはり塗坊は止まっている方が得意と見た。
「それじゃ、文字通りに壁になって日除けとか」
「でも、影に入っても暑いものは暑いし‥‥。それに圧迫感が‥‥」
 影に入るという事は、それだけ塗坊に近付く訳で。今の依頼人にはそれはつらいようだった。
「塗さんは依頼人さんの為なら暑さなんて平気って言ってくれてるけど、風通しの問題の他にもそんなのがあったのね。それじゃあ、重さを利用して着物の寝押しとか」
「間に合ってます。というか、服が潰れません?」
 考えるわらびに、依頼人は顔を引き攣らせる。
「依頼人さんの塗坊苦手は相当なものになってるなぁ。‥‥それじゃ、こういうのはどうかな?」
 言うが早いか。わらびは経巻を広げて念じる。銀の光にその身が包まれると‥‥特に何も起きた様子は無かった。
見た目の上では。
「‥‥うぎゃああああーーーー!!」
 突然、依頼人が声を上げると青い顔をして震え上がる。
「何をしたの?」
 訪ねる文那に、わらびが答える。
「イリュージョンで妖怪大集合を見せたの。塗さんの影に隠れれば平気だって思えば喜んでもらえるかなって」
「あらまぁ、それはそれは」
 おっとりと事態を見守る三葉の前で、依頼人は悲鳴を上げていきなり走り出す。どうやら幻覚の中の依頼人は隠れるよりも逃げを選んだようだ。
 そして、イリュージョンは他の人には様子が分からない。塗坊にしてみると、突然彼が声を上げて走り出したとしか思えず、訳も分からず彼について走り回っている。
 結局、彼は効果時間中ずっと逃げ続け。効果が終わってもまだ走り続けて疲れ果て。涙目で地面に寝転がっている。
「んーと、つまり塗坊が頼りになると思わせたらいいって事よねぇ。だったらぁ、幻覚に頼らずともマジやっちゃえーっでいいじゃ〜ん♪」
 その様を見て、悪戯めいた笑みを浮かべるとマアヤはウォーターボムを詠唱。青い光に包まれるとその手から水の塊が飛ばされる。
「キャハハ♪ 御命頂戴するねぇ。覚悟〜」
 唱えた魔法は初級。よって威力も低いが、それでも当たれば無傷では済まない。当てないよう調整しても、飛んで来る水は本物。弾ける飛沫や地面に穿たれる穴を見れば、十分危険は認知出来る。
「うわっ! うわっ! 何なんですかああああー!!」
 放たれた水弾に飛び起きる依頼人。慌てる彼に対して、容赦なくマアヤは魔法を放ち続ける。
 これはさすがに塗坊にも事態が把握できた。彼が危ないと判断して、素早く依頼人とマアヤの間に割って入る。
 さすがは塗坊というべきか。ウォーターボムが直撃しても、びくともしない。文字通り壁となり、彼の身を守ろうとしている。
「お、お前‥‥」
 怖がっていた依頼人も、その健気さには感銘したか。潤んだ目で、静かに塗坊を見上げていた。


「何ていうかぁ。あたしぃ、もうぜ〜んぜん悪者? って感じなんだけどぉ」
 すっかりマアヤを敵とみなしたようで。彼に近付くと何も無くても塗坊が間に割って入るようになっていた。
「でも、彼らの仲はよくなったみたいだし。しょうがないよ」
 豊かな胸の前で腕を組んで少し口を尖らすマアヤに、文那は気にしないと笑って励ます。
 文那の言うとおり、依頼人と塗坊の仲は先程よりよくなっている。塗坊は相変わらずだが、依頼人は心象の悪さが和らいだようで、少なくとも露骨に毛嫌いする態度は見せなくなった。
 今は濡れた服を乾かす為、褌一丁で塗坊の影に入り、日除けしている。乾いた服は順次、糊をつけて塗坊が押し伸ばしている。
 依頼人はその様子をただ黙って見ている。毛嫌いするのは直ったが、どう対応していいのか分からない。複雑な表情がそう物語っていた。
「難しく考えずに、思った事を言えばいいと思いますけど」
 三葉が微笑みながら、そう告げる。
 困っている依頼人の元に、塗坊が乾いた服をずいと押し出してくる。その衣服の上には小さな花束。見覚えのあるその花は、彼が間違って塗坊にあげた物と同じだった。
「‥‥‥‥どうも、ありがとう、ございます」
 複雑な表情のまま。依頼人は花を手に取ると、深々と頭を下げた。
 塗坊の態度はやっぱり良く分からない。変わらぬ姿で、依頼人の傍に聳えていたが。
 やがて、ずりずりと後退りすると、くるりと背中を見せ、そのまま山へと消えていく。
「どうやら喜んでもらえたと思ったようです」
 慌てて経巻を広げてしばし、わらびが満足げにそう告げる。
「悪い人もいるのですから、もう人里には出てこないようにしてくださーい」
 去っていく塗坊に向かい、三葉がそう呼びかける。
「‥‥ですねぇ。悪い人はいなくても、いろいろと迷惑で大変なだけですからねぇ」
 依頼人も力強く頷く。その表情は解放されほっとしている。それでも浮かんだ笑みはどこか寂しげで。遠ざかっていく塗坊を見つめ、いつまでも元気でと手を振り続けていた。