死の流れ 〜愛し姫〜

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月20日〜08月25日

リプレイ公開日:2007年08月28日

●オープニング

 京都東方。悠々と流れる鴨側沿いで、死人が蠢くようになったのはいつの頃からか。
 四方で起きていた奇怪な事件。東では右腹に鉄の棒が打たれる死体が幾つも転がり、それに惹かれるように死食鬼や愛し姫などが姿を見せる。
 死体を作った犯人たちは分かっていたが、捕まえるには至らず。ただ、水無月会議からこちら、犯人たちは他の箇所含めて也を潜めている。
 かといって、怪異が鎮まった訳ではなく。それらが起こす事件はなお続いている。


 京の東の鴨川沿いを。女四名が歩いていた。正確には前を歩く二人に、後ろ二人が従っている。身なりは悪くなく、何より誰もが美しい。
 うら寂しいこの界隈は、彼女達に似つかわしくは無い。何の目的があるのか無いのか。ただ娘たちは歩き続けている。
 そして、とある通りに差し掛かった時に、不意に現れた男達が彼女たちを取り囲む。
 男達の手には刃物。鋭利なそれを彼女たちに向けた。
「騒ぐな。傷つけられたくなくば、おとなしくしろ」
 着古した服を来てすごむ彼らは、女たちよりもここの景色に溶け込んでいる。むしろ、そうある事が自然であった。
「無粋な」
 刃物を向けられても恐れる事無く、女の一人が口を開く。
「う‥‥うるせえ! 怖くねぇのか!!」
 冷静さを失わない女に、男が怒鳴る。怒鳴りつつもその手は震えて、刃先が小刻みに揺れている。どうやらこうした事に慣れていないようだ。
 水無月会議より鬼の騒乱が続き、都の守護も傷付いている。いや、それ以前から続く事件の多さは、確実に世の空気を悪くしていた。
 世情が荒れると、人の暮らしも厳しくなる。度重なる襲撃に家を失い、路上で生活する者も増えた。生活に苦しくなると、にわか悪党に転向するのも当然いる。
「つまらぬ。外も中身も美しさの欠片もない。‥‥食指も動かぬわ」
「かまうな! 身包み剥いじまえばおとなしくなるだろうさ」
 だが、凄まれても女は驚きもせずただ嘆息する。男たちは早く事を済ませようと、手短に算段を交わして納得する。
「お前ら! そこで何をしている!!」
 人気のさらに無い場所に引き摺りこもうとしたその時に、入った恫喝。見れば、侍二人が刀を抜いて走りよってきており、男たちは震え上がった。
 さっさと女たちを手放し、男たちは逃げ出す。
「お怪我はありませんか? ここいらは昼の内でもああいう胡乱な連中が出るのですよ。歩くならもっと人の多い通りになさい」
 男たちが逃げたのを見て、後を追うよりも女たちを保護するのが先と、侍たちは刀を仕舞う。
「‥‥ふむ、気に入った」
「は?」
 注意を促していた侍を、まじまじと注視していた女はにっこりと笑う。さぞ怖い思いをしたのだろうと考えていた侍たちは、その反応に戸惑うばかり。
「来やれ。共に参ろうぞ」
 言うが早いか。女は、一人の手を取って歩き出す。
 どこの世間知らずかと思っていたら、商売の女だったか。
 男は悪党に転向するが、女は路頭に立つ。こういう者たちも最近では多くなっている。
 間に合っていると断りかけた侍だが、告げる前にもう一人が手を引かれて歩き出していく。
「おいおい、着いて行くのかよ」
 呆れて一人が声をかけるが、その侍は答えず黙って女たちに従う。
 物好きな。ただそれだけを思って、その侍はもう一人が四人と消えるのを見送った。

 そして、翌日。
 川の辺に、侍の死体が転がる。全身の血を抜かれ、肉は喰われた無残な姿で。そして、その右腹には男が持っていた小刀が深々と刺さっていた。
「小刀は死後差し込んだもの。何の意味も無い。
 知ってる者もいるかもしれないが、鴨川沿いでは前々から右腹に鉄の棒が突き刺さった死体が転がる話があって、今回の件はそれに類似している。類似しているが、状況は異なる。
 それで、直前まで一緒にいた友人の話と合わせて考えれば、おそらく連れて行った四名は人間ではなく、愛し姫と精吸いだと思われる。
 かの化け物らと犯人たちと直接関係は無いが、接触はあったらしく、例の事件と同じ死体を残す。
 それに何の意味があるのかは知らないが、とかく、彼らを野放しにしておいては犠牲者が増えるばかり。死体が喰われていたという事はおそらく死食鬼も従えているのだろう。
 これ以上の被害が出る前に、これらをどうにかして欲しい」
 冒険者ギルドにて、集まった冒険者らを前にギルドの係員が説明する。
 その間にも、次の獲物を求めて彼女たちは動き続けている‥‥。

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646

●リプレイ本文

 鴨川に転がった死体。血を抜かれ、食い散らかされた姿は人の仕業ではなく。被害者と最後に一緒だったという侍の話で、愛し姫および精吸い、そして死食鬼の仕業と推測がついた。
「全く、遊郭で遊ぶ暇もねぇときたもんだ」
 比叡山との交戦も一息ついて。しばらくは静かにしたい所だが、世間はそうさせてくれない。骨休めできる暇はいつできるのか、鷲尾天斗(ea2445)が嘆く。
「鬼に悪魔に不死者。本当に騒ぎに事欠かないな。まぁ、私の故郷も大して違わないといえばその通りだが」
 物騒な話が聞きたくなくても飛び込んでくる。あちこちで起きている事件と郷里に思いを馳せ、カノン・リュフトヒェン(ea9689)が軽く目を伏せる。
「愛し姫‥‥。アンデッドらしからぬ名だ。にしても、死体に棒なんぞ刺して意味があるのか?」
 全く意味の無い装飾は龍深城我斬(ea0031)でなくとも気になるところ。
 鴨川沿いでは前々から死体の右腹に鉄の棒が突き刺さった事件が起きている。調査している者の話では、五行相剋で京の守りをどうにかしようとしているのかとは言われている。
 その犯人とうろつく愛し姫たちは一度接触したようで、以降、その愛し姫たちも真似た死体を作る事があった。真似る理由は座興程度でしかないようだが。
「その愛し姫だが、よく分からない。バンパイアみたいなものですか?」
 首を傾げるメグレズ・ファウンテン(eb5451)に、ジークリンデ・ケリン(eb3225)は首を横に振る。
「いいえ。愛し姫は魅了の技をもって犠牲者を死に誘うだけ。今回でも、血を吸ったのはおそらく傍にいたという精吸いでしょう。その点ではこちらがバンパイアに似てますね。ただしバンパイアと違い、精吸いに血を吸われてもアンデッドにはなりません」
 実際今回の死体も起き上がらず、その気配もない。
 自身の持つモンスターに関しての豊富な知識を披露するジークリンデ。隠しても仕方ないし、知らずに突っ込んで危険な目に合う方が怖い。
 特に愛し姫の持つ魅了は当然近付く惑わされる恐れがあるし、精吸いの使う月魔法にも人の心に関わる効果が幾つかある。その対処は十分に考えておく必要はあった。
「精吸いは持つ魔法が分からないので注意が必要ですが、ひとまず最優先で倒すべきは、愛し姫でしょうね」
 一つ頷くとリアナ・レジーネス(eb1421)が告げる。
「被害者の友人という侍から接触した場所や奴らの風貌を記してもらっている。皆々様御確認の上‥‥ってどうした? 何か引っかかることでも?」
「いや、何でもない」
 愛し姫の人相書きを食い入るように見つめるティーゲル・スロウ(ea3108)。天斗に聞かれて紙を机に戻したが、目はまだ愛し姫を見つめている。
 そんな態度に首を傾げはしたが。いきなり一目惚れしたという雰囲気でもなく、険しい面持ちは真剣そのもの。何か考えがあるのだろうと、深く訊ねるのを避ける。
「これは唯一つの小さな火に過ぎないが、世を騒がす火を消す手伝いなら喜んで受けよう。これもまた神の徒の勤めなれば」
「俺は愛し姫とか精吸いはある意味どうでもいい。放置するって訳でもないが、とりあえず死食鬼とやらが首を飛ばしても動けるのかが見てみたい」
 静かに胸の前で手を組むカノンとは対照的に、風雲寺雷音丸(eb0921)は意気揚々と鼻息も荒く胸を張った。

「知人が愛し姫の仕業と思しき死体が無いか調べてくれたのですが、鴨川沿いに広く見付かっているようですね」
「みたいだな。だが、最近は侍たちが出会った辺りを狩場にしているのか、目撃している者が何人かいた」
 ヴァンアーブル・ムージョの報告を口にするジークリンデに、カノンも大きく頷く。
 鴨川全域探すよりもましだが、最近見かけたというその範囲はそれでも結構ある。不意の遭遇戦が一番危険だと、彼女たちの行方を捜すべく、ジークリンデは霊鳥・ヴィゾフニルとシームルグを空に放ち、リアナもフライングブルームで飛び回る。
 そうして探す事しばし、らしき四人組の姿を見つける。
「いました。ブレスセンサーに反応無かったので、多分間違いないでしょう。この通りを進んでいました。死食鬼らしきものは見つけられませんでしたが、しゃれこうべの反応からして近くにいるかもしれません。魅了されてるような人は連れてませんでした」
 周辺地図を広げると、リアナが見てきた情報を口早に伝えながら位置を示す。
 その情報を元に現場に向かえば、確かに四人組が歩いている。
 まず接触を図るのは男三人。我斬・天斗・ティーゲルがごろつきを演じて、彼女たちに近寄る。
「何ぞ妾らに用かえ?」
「ええ」
 声をかける前に、気配で気付いた彼女たちの方から声をかけている。というよりティーゲル一人に興味深げに視線は注がれている。
 思わず注視しすぎたかと内心舌打ちしつつ、ティーゲルは彼女らの気を引くように笑みを浮かべる。
「見た所良い所のお嬢ちゃんがたじゃないか? 良いねぇ良いねぇ華があるねぇ♪ 早速、身包み剥いでお楽しみと行こうじゃねぇか♪」
「つまらぬ話じゃの」
 距離を取り、二人の後ろに控えながら我斬は下卑た笑いを女たちに告げる。だが、女たちは興冷めした面持ちでさっさと歩き出す。
「冷たいねぇ。哀れな俺らに金を恵んでくんないかねぇ?」
 言いながら、天斗は手にした髑髏を叩いた。惑いのしゃれこうべはかたかたと激しく歯を鳴らす。近くにそれなりの数のアンデッドがいるという事だ。
 控えているメグレズに目を向ければ、彼女も力強く頷く。どうやら目の前の彼女たちがアンデッド――愛し姫と精吸いなのは間違いない。
「そう言わずに。何なら場所を変えないか?」
 ティーゲルが声をかけるも、もはや姫たちは徹底無視して遠ざかるのみ。
「つれない、つれないねぇ。ま、こちらはここで楽しくやってもいいんだがね」
 言うが早いか、天斗は呼子笛を取り出すと思い切り吹き付ける。周囲に響く高らかな笛の音に姫たちが緊張して振り向くのと、我斬が後ろ手に隠していた忍者刀・風魔を振り下ろすのはほぼ同時。
 開いた距離で刃自体は届かねど、その差をものともせずに剣風が一人の愛し姫を斬る。悲鳴を上げた彼女の身には軽い傷口が出来ていた。
「そろそろぬしのような輩が来ようとは思うておったがな」
 静かに微笑むと愛し姫は身を翻す。精吸いもその後に続いた。
「待て!」
 逃げるのかと後を追いかけたが、そうでもなかった。
「気をつけて! 新手三体!!」
 メグレズが声を上げると同時、死食鬼三体が姿を見せる。
 立ち止まった愛し姫の横を死食鬼たちはすり抜け、歯を鳴らして一同に迫る。
「ひょー、出やがった! 俺はてめぇらを待ってたんだ!」
「こら待て、まだ終わってない!」
 飛び出しかけた雷音丸を天斗は慌てて捕まえ、彼の刀にオーラパワーを付与。続けて仲間たちの武器に闘気を込めてまわり、最後に自身の物にかける。
「我蘭、奴らの相手は頼む!」
 我斬の声に、彼の柴犬が元気に吼える。口に加えたクナイで斬りつけど、死食鬼にはカスリ傷。そして犬よりも人がいいのか、注意を向ける事も無く死食鬼は一同に迫る。
「じゃ、改めて行ったろじゃないか!!」
 獣を思わせる咆哮と共に、雷音丸が死食鬼に迫る。気迫と共に霊刀ホムラを振るえば、実にあっけなく死食鬼の首が飛んだ。
 首を失いどうなるかと思えば、見ている雷音丸の顔面に拳が叩き込まれる。
「どうやら、ぎたぎたに斬り刻まなければならないようだな」
 晴れた顔をさすりながらも雷音丸は楽しそうに笑みを作る。
「破刃、天昇!」
 扇状に剣から放たれた威力で、死食鬼たちの身に纏めて鋭い傷が入る。だが、どれだけ傷付こうと動きが鈍らないのが死食鬼の特徴。
「撃刀‥‥」
 メグレズに喰らいついてくる死食鬼だが、防具を貫くには至らない。その死食鬼を振り払い、剣を構えると、
「落岩!!!」
 重い一撃を叩き込む。
 現世に蠢く亡霊を払うといわれるファントムソードは、その云われが正しい事を証明するかのごとく真っ二つに死食鬼を切り裂く。
「くっ!」
 カノンは聖剣・ミュルグレスを叩き込む。唸りを上げて振り下ろされた刃に死食鬼に深い傷が入ったが、動きを止めるには至らない。噛み付いてきたその歯をかろうじて躱して相手をしながら、愛し姫たちに目を向ける。
「そっちは大丈夫か。まだ魅了はされてないな」
「当然」
 カイルの問いかけに、天斗は軽く答える。事前にジークリンデがフレイムエリベイションをかけている。これで精吸いたちが精神の魔法を使おうとも怖くは無い。愛し姫の魅了は魔法で無いので迂闊には飛び込めないが、距離を持って対処するには十分。
 精吸いに迫ると、天斗は両腕を振るう。霊刀・ホムラが狙い違わず首を跳ね飛ばすと、小太刀・新藤五国光を脳天に差し込む。
「難儀よなぁ。退かせてももらえぬ」
「当然だ!!」
 距離を保ったまま、我斬がソニックブームを放‥‥とうとする前に、黒い光が飛んで来る。弾けて肉塊が飛んだが怪我自体は軽い。確実に高速詠唱を成功させる為に威力を落としたか。
「離れて下さい!!」
 そこにすかさずジークリンデが叫ぶ。愛し姫の傍にいた者が慌てて逃げると、彼女たちを中心にして広範囲にマグマが噴き上がる。
「「きゃああああ!」」
 すでに傷付いていた精吸いや死食鬼も巻き込まれて姿を消す。愛し姫たちは動いていたが、あちこち酷い火傷を燻らせていた。
「あと少し、畳み掛けましょう!」
 愛し姫がホーリフィールドを張るのを警戒していたリアナだが、その程度の防壁では無意味と踏んだか、彼女たちはその素振りを見せなかった。
 愛し姫たちが体勢を戻す前に、続けさまに高速詠唱でライトニングサンダーボルトを放つ。一直線に長く伸びる稲妻が彼女たちを襲う。が、届く寸前彼女達の身を黒い光が包む。稲妻が全てを薙ぎ払った中、二人はかろうじて立っていた。レジストマジックで無効化したようだ。
 そうなると魔法は効果無いが、彼女たちもまた魔法を使えなくなる。この状況では武器を捨てるようなもので、苦渋の表情を浮かべていた。
「迷いは‥‥断つ! 我流剣技、葬魔刀・絶!」
 師匠に似てると思った面影はもはやない。それでも、魅了効果で無く己の心に惑わされたりしないよう、唇を噛み締めるとティーゲルが走りこむ。突進の威力の末に刃を掠めるような素早く繰り出せば、愛し姫の一体が跳ね飛ばされる。
「どうやらこれまでか。お前たちのような才能こそ導きたかったが‥‥」
「えり好みの激しさが命取りだったって訳だ。‥‥良い勉強になったろ? もっとも今後にはもう生かせないけどな!!」
 諦観する愛し姫に我斬は容赦なく一刀を浴びせる。
 それから動いていた死人たちに止めを刺して回るのにさしたる時間はかからず。
「やーれやれ、ホント勘弁してもらいたいもんだ。こう蒸し暑い時に忙しいのは」
 終えた一仕事に喜び事も無く。天斗は首元を緩めるとほっと一息ついた。