【鬼の腕】 生贄志願
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■ショートシナリオ
担当:からた狐
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月07日〜09月12日
リプレイ公開日:2007年09月15日
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●オープニング
「まず。この話は内密にお願いいたします。他言は無用。表に出していいのかは、私どもでは判断しかねます。正直、こちらにご相談に来るべきかも悩みましたぐらいです」
冒険者ギルドに現れたのは僧侶の集団。正確には、老僧とその弟子らしき若い僧侶三名。一様に暗く難しい表情をしている。葬式の方がまだ明るいに違いない。
いや、よく観察すれば暗く沈んでいるのは弟子たちであり、老僧はただただ困惑している。人には聞かれたくないという老僧の意によって、ギルドの係員は彼らを奥の間に案内する。
「かの都を騒がす大敵・酒呑童子を祈祷により仏に帰依させ、都の守護とする話があるのはご存知でしょうか」
人の目、人の耳が無いのを入念に確認した後に、おもむろに老僧は言葉を紡ぐ。
「ああ、鬼の腕を用いて悪鬼降伏させる儀式をやるそうだとは耳にしているが‥‥」
「それ以上は?」
「あ、いや。詳しくは」
首を捻った係員に、得たりと笑んで老僧はもう一度周囲を見渡し。そして、さらに声を潜めて話を続けた。
「では、ここからの話はくれぐれも内密に。
‥‥実は、その儀式を行うには相応の生贄が必要だというのです。それもそこいらにいるような生半可なモノではなく、徳の高い者や純粋な者をなるべく数多く集めねばならないのだと。そして、この私に、京を護る為の礎になって欲しいとお上から御要望があったのです。
私が考えられているような高潔な人物なのかは分かりませんが、この都の為ならばと話を引き受けました」
生贄、と聞き、係員の顔色が曇る。ちらりと後ろに坐す弟子たちを見れば、ますます沈痛な面持ちで唇を硬く噛み締めている。
その胸の内を察したか。変わらぬ微笑で、老僧は頷いてみせる。
「この儀式は術者である僧侶が独自に作り上げた特別なものとかで、詳細は分かりかねます。ですが、生贄というからには、その通りの事なのでしょう。
しかし、御仏に仕えて幾年月。俗世とは当に縁を切っておりますし、御覧の通り、十分に長生きさせていただきました。今更御仏の元へ参るのに何の不安がありましょう。
まして、私の命で恐るべき鬼を調伏し、人々の心に安寧をもたらせる助けとなるなら断る理由などありません。かの酒呑童子を仏道に帰依させる導きとなれるのでしたら、本望でございます」
あくまで穏やかに淡々と老僧は語る。彼の中では、この話はすでに受け入れ済みなのだ。
儀式を執り行う文観について老僧は多くを知らないが、老僧もよく知る東寺の住職が験力無双の仁と文観の事を保障したので不安は無いという。無論、この空前の大呪法が必ず成功するとは誰にも言えないが、覚悟の上の決断らしい。
「しかし‥‥。心残りが無い訳ではありません。それはここにいる三人の弟子たちです。後の事を任そうと思いましたが、私が生贄になるのは反対だと口を揃えるのです」
目を伏せた老僧に対し、弟子たちは伏せていた顔を上げ、力強い目を係員に向けた。
「酒呑童子調伏が大事なのはわかります。しかし、その為に和尚が犠牲になる必要はありましょうか」
「それに儀式は生贄を用いても成功するかは分からないのでは。そのような事になぜ命をお賭けになられます」
「私どもはまだ未熟な修行中の身。まだまだ和尚の導きが必要なのです。生きてこそ、世の人々を導けるのではありませんか?」
最後は和尚に向けて、地面に頭を擦り付ける程の必死さで懇願する。しかし、和尚は困ったように笑うばかり。
「どんな事態にも、万に一つの失敗はあります。ですが、必要としているモノが欠けたなら失敗するのは当然でしょう。
この儀式は都の平和、人々の平穏を願うもの。なんとしても成功させねばなりません」
「しかし、この都には頼もしき志士さまがおられます。陰陽寮の方々や、新撰組。強力な僧兵を有している寺院も数多い。そもそもそのような儀式など必要なのでしょうか!?」
訴える弟子に、きっ、と老僧が怖い目で睨みつける。
「口を慎みなさい。それは、私の代わりに多くの者が戦い傷つけばいいと言ってるのと同意です。確かに武人たちは戦いが本分。傷つく事も恐れないでしょう。
ですが、鬼たちは果たして武人だけを狙うでしょうか。答えは否です。かの鬼をこのままにしておけば、必ず無辜の民がどこかでまた苦しめられる事になります。平和とは争いが起きぬ事。争いが起きる前にその元凶を取り除けるなら、それに越した事はないでしょう」
必死に訴える弟子たちに、老僧はどこまでも穏やかに諭す。
「では。私たちも和尚と共に! 確かに至らぬ点の多い若輩ものですが、都を思う気持ちは和尚と同じぐらい持ち合わせております!」
「ええっ!!」
声をあげたのは係員。弟子たちは真摯な眼差しを老僧に向けている。そして、老僧は静かに肩を落として息を吐く。
「‥‥とまぁ、この話を聞いた時より弟子たちと話おうて来たのですが、堂々巡りをしております。このままでは憂いを残したまま、儀式に臨まねばなりません。なので、鬼の脅威を知る冒険者の方ならば、この儀式の重要性を分かっていただけると思い、この弟子たちを説得してもらえるようお願いに参った次第です」
言って頭を下げる和尚の横を、三人の弟子たちがずずいと進み出る。
「いいえ。生意気を申しますが、冒険者の方々には和尚様をこそ説得していただきたい。やはり我々には和尚が必要なのです」
「お前たちが必要としてくれるのは嬉しい。ですが、もっと多くの人が鬼の脅威から解放される事を願っているのです」
「わ、分かった。とにかく、冒険者らを呼んでみよう。受けてくれるかは分からんから、それは先に承知してくれ」
双方の真剣さに気圧されて、係員が仰け反る。どうにかそれだけ口に告げると、逃げるように募集の貼紙作りに向かう。
「ありがとうございます。されど、先にも述べた通り、この話はくれぐれも秘密にお願いします。
儀式はお上も承知の事。当然、生贄の件もご存知でしょう。ですが、人の上に立つ者が都の為とはいえ、命を集めているというのは外聞の良いモノでもございませんし、要らぬ風評を申す者も出てくるでしょう。儀式を円滑に行い、これからの政を滞りなく治めていただく為にも、けして口外なさらぬように」
きつく言い含める和尚に、係員も強く頷く。
かくて、秘密裏に冒険者たちに相談が持ちかけられた。この儀式に際して、彼らはどうするべきかを‥‥。
●リプレイ本文
酒呑童子を都の守護として調伏する。しかし、その儀式は生贄を必要としていた。
かの大鬼を下すに一体どれだけの力が必要となるか。それに見合う生贄となれば、さて如何程のモノをどれだけ備えればよいか。未知数の要素が絡むが失敗も許されぬ。ゆえに、最高と思われる手を打ち、高位の精霊や強い力を備えた物の怪、無垢なる少女や徳の高い僧侶などが儀式に集められた。
その老僧にも声がかけられ、老僧はこれを承諾。だが、弟子たち三名はこれを受け入れず互いに説得しあう日々。埒が明かぬと第三者を交えて話すべく、冒険者に声がかけられた。
都の為とはいえ、人の命を犠牲にするとはあまり外聞よろしくない。その為、会合場所は人の目を気にしない場所が選ばれ、中の用意も冒険者たちが整える。
といっても、単なる手伝いだけでもなく。白翼寺涼哉(ea9502)は胎蔵界曼荼羅を飾り、なるべく話し合いが穏便に済むように気を配る。
「老僧自身は実に健康。知り合いに評判などを聞いてもらってきたが、悪くはないな」
事前に老僧を診察した涼哉。サントス・ティラナと陽小娘が二人仲良く‥‥とも言えない行動で調べた所によると、老僧は若くに出家して以来仏の道に従事し、近年は弟子と共に修行に明け暮れていたという。
「ご近所の評判も悪くはなかったですね。派手な話は特にありませんが、地道に功徳を積んでこられた方とお見受けします」
天道椋(eb2313)も琵琶語りで周辺を回り、いろいろと情報を集めていた。褒め称えるような話は聞けなかったが、実直真面目な修行ぶりから老僧の性格がおのずと分かる。それは弟子抜きで老僧と騙った時も感じた事で、実に細やかに弟子たちを見ていた。
であるが故に。儀式の重要性を理解し悔い無く受け入れ、同時に弟子たちの嘆願も無為に捨て去るような事もできないのだろう。
支度をしている最中も僧侶と弟子たちは互いに見合いはするが、言葉交わさず。整って部屋に招いても、互い向かい合って座すばかり。
互いに胸の内は伝え合っている。今、口を開いても言葉は同じでこれまでと同じ会話を堂々巡りするだけなのは目に見えている。
かといって、いつまでも黙ったままではいられない。小さく息を吐いて仕方ないと一同見つめあう。重苦しく緊張した空気を振り払うように、「さて」と椋が咳払い一つ。手ぬぐいを取ると、おもむろに話を切り出す。
「双方の言い分はすでに聞きました。貴方達の気持ちは分かります。俺の師たちも恐らくは礎になると思いますから‥‥」
僧侶である椋としても、この話はあまり他人事として聞き流せない。いつもは笑顔が絶えないその顔も、今は凛として実直に語りかける。
「大事な人を亡くす程悲しいものはありません。‥‥しかし、後を追うというのはまた別の話ですよ」
「後を追うのではありません。我々は和尚と共に参りたいのです!」
「いいえ、それよりも。まずは和尚に教えを説いていただきたいのです!」
「そも、この儀式。和尚が命をかける価値はあるのでしょうか。確かに酒呑童子は恐ろしく何とかせねばなりませんが、そも儀式が上手く行かねば酒呑童子はそのままに、和尚の命が失われ、尊きその御知恵も失われてしまうではありませんか!」
椋が諭すが、弟子たちの態度は変わらず。一人が告げると、残る二人も口々に言葉を切り出す。
「それはこれまでにも言うて来た通り。成功させる為に尽力する必要があり、それに私は命をかけさせてもらうまで。何もせずに失敗を招くのはすなわち当然の事」
「されど!!」
「はい、それまで。また話が戻ってしまってるわよ」
声を張り上げる弟子たちを、日下部明穂(ec3527)はやんわりと制する。
「双方の主張はしっかり聞かせてもらったわ。その上で、私は全面的に、和尚の意見を肯定するわ」
きっぱりと告げた明穂に、弟子たちがはっと息を飲む。瞠目する弟子たちを見つめた後に、静かに明穂は目を伏せる。
「確かに。京にはいざという時の戦力があるわ。でも、その力でどうにも出来ずにここまで来てしまった現状も認めなければいけないはず‥‥」
二回刃を交え、いずれも勝ったとは言い難い。負けたとも言えないが、かの地に対して非常に手を焼いているのは事実だ。誇るべき戦果は残せたからといって、この先もそうなるとは限らず。また肝心の鬼の首を取れるかははなはだ疑問視するしかない。
「恐れながら申し上げますが、奴らの強さは半端ではありません。鉄の御所に行ったほとんどが深い傷を負いました。手練れが束になってかかっても、鬼王の首を獲れなかったのです」
鉄の御所攻略には涼哉も参戦し、結託した鬼たちの強さを直接目の当たりにしてきた。なので、その言葉にも自然重みが出る。
「延暦寺が長らく鬼の対応に手を焼いてるのはご存じでしょう。和尚殿は、帝都を守る為に仏となるお方です。仏になれぬ者が彷徨ってもよろしいのですか?」
真正面から問いかけられて、弟子たちは押し黙る。
「それならば‥‥せめて我らを供に!」
「そうです! 我らとて京を思う気持ちはございます」
「難しい儀式というならば、我らもまたその礎となり‥‥」
「――甘ったれンぢゃねぇ!」
押し黙り、悩んだ末にまた口々に訴えあう弟子たち。その主張を黙って聞いていた涼哉だったが、やがて深く息をつくや、きっ、と弟子たちを睨みつけ、大喝を入れた。
「仏の遺志を生きて継ぐのが、お前らに残された最期の教え。その遺志を無駄にしようと言うのか!!」
一人一人に目を向けると、相手は押されて下を向く。黙ってしまった彼らを見ながら、涼哉はきつく拳を握り締めていた。
「俺も‥‥多くの者を見送り、乗り越えた。先立つ者の分まで生きるのは一つの業だ」
苦渋が言葉に滲むが、声自体は静かなものだった。乗り越え、受け入れた強さがそこにある。
「人、そして自分もまた未だ悟りを開けず。故に情念に囚われ迷い、惑う。それでも仏の教えに生き、菩薩の慈悲を体現するのが我ら僧侶の役割ではないか? 和尚は僧侶として生きようとしているように見える。対し、おぬしらは人としての情理で和尚と供に生贄になる事を望んでいるのではないか」
問いかける王零幻(ea6154)に対し、弟子たちは目を見合わせると何も言えずにただ唇を噛み締める。先までの覇気も無くなり、意気消沈して肩を落としている。
「自分は死人の研究を専門としている。如何に人は死人となるか。その過程の一つに生ある時の未練がある。未練は六道を踏み外させ、外道にすら身を堕としかねない」
死者の蘇りは悲しいかな、わりと聞く話。そのほとんどが生前の心残りを晴らす為にこの世に舞い戻ってくる。時には、その念の強さゆえに強力な力を伴って荒れ狂う事もある。
「弟子であるおぬしたちが随従して死すれば、和尚は現世に未練を残す事になる。それは輪廻を狂わせ、鬼を仏門に帰依させる事にも叶わず。なにより和尚を輪廻の外に在る外道へと堕としかねない。そんな事がお前たちの望みだとでも言うのか?」
厳かに告げる零幻に、弟子たちは答えない。そんな弟子たちをいたわるように老僧は見つめている。
「平和の礎となるのを選んだ者がその責を果たすべきというのであれば、意志を固めている和尚さまを引き止めるべきではないのではないかしら?」
「しかし‥‥我らはただ‥‥」
語る明穂に、弟子たちは搾り出すように口を開く。その声は力無く、言葉も切れてしまう。告げる言葉を捜して迷う彼らを、優しく手で宥め、明穂は言葉を綴る。
「思うに、あなたたちの主張は、己が望み、和尚様への敬愛を優先した言葉が目立つわね? それが悪いとは言わないけど‥‥そう言う自分たちを徳の高いと評する事が出来るのかしら? 儀式は重要。和尚様の意思を曇らせぬ為にも、謹んで欲しいといわざるを得ないわ」
口調自体は柔らかく、あくまで諭すように優しい。しかし、弟子たちは刀でも突きつけられたかのように息を飲み、身を強張らせた。
「それに、生きてこそ、世の人々を導けるのでしょう? ならば、それをその身で示すことがあなた達の徳となるのではないのかしら」
もはや言葉は無く。弟子たちは黙って項垂れたまま肩を震わせる。そんな彼らの傍に僧侶は歩み寄ると、黙ってその肩に触れた。
顔を上げた弟子たちと老僧の目が合った。必死の眼差しを向ける弟子たちに、あくまで老僧は静かに優しく受け止め、頷く。
「何というべきか‥‥。おぬし達を見ていると、まるで親子を見ているようだ。子である弟子を大事にこれからの未来を担うべく期待する親としての心。親である老僧を敬慕し教導を願う子としての心。
ならば、自らの生を分け慈しみ育て教えた子を、自らの死の随伴として願う親がいるだろうか?」
言葉は無くとも、気持ちは通じたのだろう。どうにもならない苦渋に顔を歪めて伏しながらも、弟子たちは老僧の手を受け入れていた。
「日々の老僧の教えを思い出してもらいたい。いずれは親離れのごとく、老僧の元を離れて仏門を担う者としての教えだったろう。老僧が贄となり、弟子は京の民という子を託されるのだと気付かれよ」
零幻が静かに諭す。だが、その言葉が終わらぬうちに、弟子たちの嗚咽が室内に満ち始めていた。
「儀式まではまだ日がある。それまではお前たちについてじっくりと仏の情理を説いてやろう」
目を赤くしたまま、黙って並ぶ弟子たちに、老僧はそれ以上何も告げず、ただ穏やかに笑って帰りの道を示す。
老僧の表情は寂しげだが穏やかで、それは最初から変わっていない。弟子たちは物言いたげにはしていたものの、もう老僧に訴える事はなかった。
「皆様には手間を取らせて申し訳ない。これも私の不徳のいたす所。こんな私がはたしてお役に立つのか‥‥。正直まだ疑問ではありますが、精一杯の事をさせていただきます。皆様の未来にも幸多からん事を」
感謝を述べて一同に手を合わせると、老僧は弟子たちを連れて寺へと帰っていく。
四人の背中を見送る冒険者たち。老僧の願いをかけた儀式がどうなるか。それはまた別の話となる。