臆病神に憑かれて

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2004年12月24日

●オープニング

「これは、一体、何なのでしょうね?」
 おっとりと告げる女性に対してお茶を勧めながら、ギルドの係員は、はぁ、と気の無い返事をした。
「師走に入ったかと思うと、直に年の瀬でしょう? 何かと物入りになりますし、それに新年の準備でいつもにもまして蔵に出入りする事は多いと申しますのに‥‥」
 ほぉ、とため息をつく女性。
「家が村長などしてますとね。常から人が多く参りますの。新年ともなれば、村中どころか近隣の村からもたくさんの人がお祝いのご挨拶に来られて。そんな時にはやはりいい物を揃えて出迎えねば、我が家の格にも関わりますでしょう? 慶事の品の中には久方ぶりに表に出すのもありますし、そういう物がきちんと揃ってるか確かめねばなりません。万一欠かしていたりしたら至急に用意せねばなりませんもの」
「えっと、それでご依頼の件は一体‥‥」
「ええ。それで困っておりますの」
 汗を拭き拭き苦笑いで告げる係員だが、女性の方は特に気にもせずに話を続ける。
「ええと、どこまでお話しましたかしら? そうそう、品を用意せねばならないと言う所でしたわね。だったら、話はすぐに終わりますわ。
 と言うのもですね。そのような訳で、どうしても蔵に入らねばならないのですけど、入れないのです」
「入れない、と申しますと?」
 鍵でも無くしたのか、と係員は考えたが、その考えを読んだ様に女性は首を横に振った。
「いえ、言葉が悪うございました。入れる事は入れます、すんなりとね。蔵自体は前々から変わった事などありません。置かれてる物にも何の変化もありませんし‥‥ただ、どういう訳か中に入ると恐いのです」
「はぁ」
 真剣に告げる女性に、係員は曖昧な返事を告げた。
「勿論、蔵の中です。灯りは乏しくて薄暗く、室温も低くて少々肌寒いです。雑多に置いた物もありますし、けして良い雰囲気の場所ではありません。ですが、そんな事は百も承知しておりますし、何より前からそういう場所ですもの。慣れております。そのはずでした。
 なのに。ここ最近、使用人に物を取りに行かせますと、急に悪寒がしていろいろな物が恐ろしく感じると訴える者が増えたのです。かすかな音にすら身震いがしますし、ぼんやりと暗闇に浮かぶ品々も今にも動くのではとか、そういう恐怖に駆られてしまうのだそうです」
 頬に手をつき、またもや女性はため息をつく。
「怯えて蔵から這這の体で逃げ出した者もいます。ただ、何より分からないのは、そうまで蔵を恐れた者も後になって言うのです。『どうして恐ろしいと思ったのか分からない』と。
 実際、私も入ってみましたが‥‥確かにどういう訳か、突然恐怖を感じるのです。本当にいつもと変わり無い蔵のはずでしたのに、何か物音がしたかと思うと、急に恐ろしい思いにかられて怖気付き、その場にしゃがみ込んでしまいました。どうにも恐くて動けなくなり、使用人たちに慌てて連れ出される始末でしたのよ。それでも、何がそんなに恐ろしかったのか、今ではさっぱりと分かりませんの。
 よくよく話を聞けば、中で冷たい手に触られたとか、半透明の何かが動くのを見たと訴える者もおります。もしかすると、何かよからぬモノが蔵に住み着いたのかと思い、こちらに参った次第でございます」
 得たり、とばかりに係員は頷く。その上、一つの疑問を口にしてみる。
「気を悪くされては申し訳ありませんが。その‥‥蔵に関わったご不幸があると言う事は無いですか?」
 恐る恐る尋ねると、案外女性はくすりと笑った。
「例えば、女主人にいじめられて使用人が首を括り、その怨念が宿っているとかですか? いいえ、あの蔵は確かに古くからありますが、今日までいささかの凶事もございませんでした。今回の妙な話が初めてです。‥‥ですから、余計に合点がいかないのです」
 言って、女性は頭を下げる。
「どうか、我が家の蔵を調査して下さいませ。とにかく今のままでは慶賀の準備どころか、日常の出入りすらままなりませんもの。原因があるのなら、それを取り除いていただけたら本望でございます。‥‥ただ、もしかすると私どもがまとめて臆病になっただけなのかもしれませんが」
 遠慮がちに女性は付け加える。年末の忙しさに、ついは精神状態にも影響が出たのかもしれない。そう言いたいらしい。
 係員は心得ているとばかりに、一つ頷く。冒険者が募集されたのは間も無くの事だった。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1956 ニキ・ラージャンヌ(28歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2495 丙 鞘継(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3223 御蔵 沖継(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8151 神月 倭(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8535 ハロウ・ウィン(14歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

 蔵に入ると訳も分からず湧き起こる恐怖。それが一体何なのか調べて欲しいと、冒険者一同は依頼を受けていた。
 依頼主に案内されて訪れた蔵は、見る限り普通の蔵だ。確かに立派なものだが、それ以上の物ではない。
「蔵の外を調べてみましたけど、特に異常はありませんでした。やはり問題は中では?」
 周囲を見て回っていた御蔵沖継(ea3223)は、他の冒険者たちにそう告げる。
「‥‥これは、臆病神の仕業じゃねぇかと思うんだ」
 どこにでもある普通の蔵。それをまじまじと見つめ、しばし考えた後に巴渓(ea0167)は一つの意見を出した。同意を求めるように見てきた渓に、丙鞘継(ea2495)も重々しく頷く。二人は以前に受けた依頼で思い当たる物があった。
「怯えさせるだけで特に害はないらしい。かと言って、有益でも無いだろうが‥‥」
 とはいえ、慶賀の準備が出来ないだけで、十分有害とも言える。その事に思い至り、鞘継は顔を曇らせた。
「依頼主や実際に入った方々に話を聞いてまいりました」
 神月倭(ea8151)が告げると、凪里麟太朗(ea2406)は聞いた内容を短く纏めて話しだす。
「蔵に入ってから恐怖を感じるまでは、人によって多少の差異はあるが、大体入ってすぐと見ていいな。恐怖が起きている時間はそう長くないらしい。‥‥恐怖を感じる直前に何か異変があったかは微妙だな。依頼主の話にあった冷たい手や半透明の何かが動くのを見たとか、物音だか声のような物を聞いたとかいう意見もあったが、恐怖の混乱からか、記憶があやふやで信憑性に欠ける」
「いや。多分、信じていいさ。臆病神は半透明の姿で確か言霊を使うそうだから」
 記憶を掘り返しながら、渓がそう判断する。
 ふむ、と頷くと、ハロウ・ウィン(ea8535)はグリーンワードで蔵がよく見える位置にある草木に尋ねる。冬の日本、確かに緑の数は減ったが、それでも尋ねる相手には事欠かない。
「蔵の中の半透明なものって何体いるか、分かる?」
『分からない』
 返ってきた答えは簡単明瞭。だが、あまりにも簡潔すぎて、逆にどうとでも解釈が出来る。
 本当に分からないのか、それとも聞き方が悪かったのか。もう一度別の聞き方を試してみるべきか迷ったハロウだが、その肩を渓は軽く叩く。
「ま、中に入れば分かるんじゃねーの? ここは行動あるのみ!!」
 拳を握る渓に、それでは、とニキ・ラージャンヌ(ea1956)は持っていた魔よけのお札を手渡す。
「ほな、このお札をお貸ししやす。言霊ならホーリーフィールドを使えば一応防げますし、中に入るんにびびってもうて、今までとおんなじになったら意味ありまへんしな」
「んなの。一発叫んで気合をかませば十分だぜ!」
 笑いながらも、渓は受け取り軽く礼を告げる。 
「‥‥気にしないのが、一番だ」
「それか、楽しい事考えれば大丈夫じゃないのかな。例えばランタンの行進とか」
 呟く鞘継に、笑いながらハロウが告げる。勿論、もし本当に妖怪の仕業であればそうそうたやすくも無いので、用心するに越した事は無い。
「妖怪の仕業となると、荷が軽い方がいいだろう」
 蔵に入る前に、麟太朗は自身の重い荷に目を遣る。どの道、持ったままでは移動すらもままならなくなるので置いておくのが一番。
 ‥‥馬がいるなら、そちらに荷を持たせておけば、普段から身軽ですむのにと思うのは浅はかなのだろうか。
 蔵の扉が重々しく開けられ、まずは数名の冒険者が中に入る。
「それじゃ。皆が出てくるまでに、ジャック・オ・ランタンを完成させよう」
 ジャック・オ・ランタンは西洋の祭に使われる変わったランタンで、一般的にはカブなどで作られるらしい。
 手近な木に持たれると、ハロウは依頼主から分けてもらった野菜を彫り始めた。

 外から見た時、蔵は思ったよりも大きかったが、中に入ると意外に狭苦しい。持っていた灯りで照らすと、乱雑に置かれた物たちがぼぅっと浮き上がって見えた。
 幸い、灯りは貸してもらえたが、その際口を酸っぱくして言われたのが火の用心。何せ恐怖に駆られるとどういう行動に出るのか分からなくなる。万一、火を投げ捨てたら大惨事だ。
「しかし。普通の状態でも気をつけていませんと、掛け軸とかも垂れ下がってま‥‥」
 周囲を見ていた志乃守乱雪(ea5557)が言葉途中で、ごん、と鈍い音を立てた。余所見をしていたせいで天井から突き出した物に頭をぶつけたのだ。
 確かに身の丈の問題で頭上注意になりやすい乱雪だが、それでも何かやたらぶつけているのは、鬼神ノ小柄の呪いか単に自分の迂闊さなのか。
「どの道、ここじゃ戦えねぇ。隠れられたままじゃ、埒もあかねぇしな」
 嫌そうに渓は顔を顰める。薄暗さもだが、乱雑に積まれた物のせいで隠れ場所には事欠かない。その癖、依頼主の物である以上、それらを粗末に扱う訳にも行かない。
 それにもしかすると、妖怪などおらずただの気のせいだったという可能性もまだある。
 どう動くか。自然、顔を見合わせた時。
 どこかで、コトリ、と物音がした気がした。途端、麟太朗がいきなり明王彫の剣に手をかけ、身構える。
(「こ、この湧き起こる恐怖。まさか、母上と師匠がここに!!」)
 身を強張らせ、咄嗟に脳裏を巡ったのは、親しいはずの人物だった。
 江戸で開かれた武神祭。参加したもののあいにくの成績に終わり、母たちから痛烈な仕置きから逃げている最中。ギルドの依頼も激怒から逃げる為、魔よけのお札も抹殺の刑への恐怖心を抑える為、というのだから、小さいながらも御苦労な人生を送っている模様。
 幸いというか、恐怖心はすぐに消えてしまった。それがお札の効果かはあいにく分からないが、平静を取り戻せたのは事実だ。
「仕掛けてきましたか」
 麟太朗の変化に気付くと、乱雪もまた魔よけのお札を握り締める。注意深く視線を彷徨わせると、今度は渓が真っ青な顔でうめく。
「ド畜生が! 女みてぇに簡単に恐がると思ったら大間違い‥‥って俺は女だいっ!!」
 自分で自分に突っ込んでいるが、それでも影響は無かった様子。
「この蔵で悪さをするのはやめなさい。持ち主の方が迷惑していますよ。‥‥言う事を聞かないならお灸を据え‥‥」
 言う傍から、乱雪の心に恐怖が芽生える。 
「そそそそんな事、してもむむ無駄です。あなたの力も大した事はありませんね」
 平常心を装う乱雪だが、喋る内にも恐怖感は消える。‥‥本当にたいした事無いのかもしれない。
「少し用があるので外しますが、私を恐がらせたいなら、蔵の前までいつでもいらっしゃい」
 頬を赤く染めて、そそくさと蔵の外へと出る乱雪。妙に急ぎ足に見えたのは気のせいだろうか。
 一人減っただけで、蔵はさらに静かになる。その中でまたことりと音がたち‥‥
「そこだぁあ!」
 物音がした方角に麟太朗は踏み込む。山積みになっていた籠を散らして、その陰に隠れていたモノへと勢い良くお札を突きつけた。
 途端、貼り付けた札越しに不自然な冷たい感覚があった。それはぶるりと震えると、悲鳴のような物音を上げて立ち上がる。
 身の丈はジャイアント種族とほぼ同等ではないだろうか。半透明の姿は、出来損ないの飴細工のように一応人型っぽくも見える。ぶるぶると身を震わせながら、麟太朗から逃げるべく、ふわりと体を浮かすと蔵の奥へと身を動かす。
「こら、そっちじゃねぇ!」 
 蔵の中で盛大に暴れる訳にも行かない。渓は奥へと回り込むと注意しながら霞刀を抜き放つと、臆病神へとちらつかせる。
 その威圧に恐れをなしたか、臆病神は震えて逃げ惑う。麟太朗も札を持って追い回し外へと誘った。 
 表に飛び出てきた所で、いきなり氷の輪が臆病神を掠める。沖継のアイスチャクラだった。
「やっぱり、妖怪の仕業だったのですね」
「‥‥実体があるとはいささか意表だったか」
 戻った円盤を器用に受け取り構える沖継に、鞘継は目線を向ける事無く告げる。その間にも体は踏み出し、臆病神へと鞘継は日本刀を斬りつける。
 刀にはバーニングソードが付与してある。蔵の中の騒ぎを聞きつけて詠唱に入り、何とか飛び出してくるまでに完了させていた。斬り応えのある感触は、霊体と考えていた鞘継にとっては意外としか言い用が無い。
 続けて倭がやはりバーニングソードを付与した日本刀で切りかかろうとしたが、その前に臆病神が動いた。
 真っ青な顔で膝をつくと、がくがくと震えだす。
「恥じるべき感情で無いとはいえ。強制されるのは困りものですね」
 心を落ち着けようとしたが、出来なかった。刀を持つ手も下がり、その隙に臆病神はするりと上へと逃げる。
 地を這おうが空を飛ぼうが移動速度は変わっていない。しかし、空に逃げられては厄介である。
「これが、恐怖の原因ですかいな。分かってしもたら恐くもあらへんな。‥‥面倒なだけやわ」
 ニキがブラックホーリーを詠唱する。しかし、その魔法は抵抗されたか傷は無い。が、続けて飛んだハロウのグラビティーキャノンは臆病神を撃ち、先の傷を深めた。
「悪いけど、逃がさないよ」
 作りかけのランタンを横に、ハロウは再び詠唱する
 麟太朗も臆病神を束縛すべくファイヤーコントロールで提灯の火を操り、動きを阻む。
 皆からの集中攻撃。臆病神はとにかく攻撃から逃げ惑うのみ。自身が恐怖に駆られてもはやそれ以外出来ないようだった。

 臆病神を退治した後、まだ他にもいないか蔵の中を念入りに探ったが、その気配は無かった。
「やれやれ、面目無いです。‥‥しかし、捕まえられるなら是非とも欲しかったかもですね」
 程無く、恐怖の束縛から放たれた倭は、苦笑交じりに告げる。
 思い出すのは双子の弟。彼の悪戯防止としてずっと張り付かせておけたなら、丁度いいのかもしれない。
「無事に臆病神は追い出せましたけど。蔵はもうちょっと掃除した方がいいですよ。汚れてるから、変なのが集まって来るんですよ」
 率直な沖継の意見に、使用人一同むっとした顔をしたものの、依頼主は苦笑するのみ。
「ついは放り込んで終わりにしてしまいますからねぇ。でも、これで慶賀の準備も出来ますし、大掃除だって出来ます」
「清清しい新年が迎えられれば良いですね。些少ながらお手伝いいたしましょう」
 倭が告げると、沖継もまた頷く。依頼主は笑みと共に丁重に礼を述べた。