【鉄の御所】キの巡り 大内裏警備

■ショートシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月11日〜09月16日

リプレイ公開日:2007年09月20日

●オープニング

 文月の終わりに下された比叡山討伐。新撰組が中心となり乗り込んだ鉄の御所では、多くの被害を鬼にも人にも出した。
 それからおよそ一ヶ月。負うた傷も癒えてきたらしく、鬼がまた動きを見せだしている。討伐の件が水に流されたはずも無く、怒りの矛先が向けられるのも想定範囲内だった。
 また、討伐の際に新撰組は酒呑童子の腕を持ち帰っている。高野山の僧侶・文観が、その腕を用いて酒呑童子を帰依させる儀式を執り行うと云い、この新たな動きに鬼も人も警戒を強めていた。

「その最中に晴明殿が御所を離れるのは、果たして吉兆なのか凶兆なのか‥‥」
 そう呟くのは京都見廻組の渡辺綱。御所の警備の為、現在周辺を見廻り中。何も起きないのはありがたいが、それでも不安に思えるのは現状が少々不安定だから。
 陰陽寮陰陽頭・安倍晴明。様々に噂される男だが、術師としての腕は確かで、その実力は誰もが一目置く。当然、鬼の動きが活発化してきた今日この頃も、儀式に関する打ち合わせもかねて、連日御所の守りに詰めていた。
 しかし。ここに来てなにやら延暦寺からお呼びがかかり当面御所を空ける事になったのだ。
 不在中は各方面、冒険者ギルドにも連絡を入れて、警備はさらに厚くしてあるが‥‥。
「大丈夫だって。幾ら優秀でも一人欠けた程度でどうこうなるような警備は敷いてねぇだろ。それにいた所で前線に出張るのは所詮俺らだしな」
 暢気に笑うのは、同じく占部季武。御所の警備というのに緊張感も無く歩いているのはある意味彼らしい。
「有力な人材が欠けているのは士気に関わりますからね。それに、陰陽寮に保管されているという鬼の腕。あれを狙われた場合、独断で動かしたりも難しいですし。いてくれた方が面倒が無くていいのですが」
「んー。でも、その腕だけど。寮じゃなくて別の場所にあるかもって聞いたけど」
 軽く眉根を顰める碓井貞光の後ろから、小走り気味に付いて来ていた坂田金時が口を挟む。
「‥‥そうなんですか?」
「儀式に絡んで動かすかも知れんとは聞いた。他にも何か不都合が起きれば動かす可能性もあるだろうな」
 問いただす貞光に、綱が渋面を作って頷く。
「なんだよ、それ。で、今はあるのか?」
「さあな。陰陽寮の中については分からん。だが、どちらにせよ。こんな所で無法の輩を暴れさせる訳にはいかないだろう」
 鬼の腕があろうとなかろうと。御所には安祥神皇が座して世を見守り、周辺は京の中枢、政治の要となる各役所が集まっている。怪異の進入などけして許してはならない場所だ。


「長い道のりだったなぁ〜」
 目の上に手を翳して、若そうな僧侶が暢気な声を上げる。視線の先には京の都。洛外とはいえ、高台になっているここからは、都の風景が一望できた。
「御託はいい。さっさと仕事に戻れ」
 大きく深呼吸して楽しんでいる僧侶に対し、黒尽くめのその男は冷ややかに告げる。
「いいじゃないですかぁ。こっちは久方ぶりの外なんですよ。道中水とか泥とかいろいろ被らされて、すっごく大変だったんですよー。辿りつく前に死ぬかと思ったんですよー」
 真剣味の無い声で僧侶が抗議し、わざとらしく衣をはたくが、黒尽くめはそれを無視。静かに座して、神経を研ぎ澄ませている。
「だが、そいつの言う通り。あと少しなのだ。さっさと仕事に戻るぞ」
 姿勢の悪い小男がぎろりと僧侶を睨む。不機嫌を通りこして殺気すら感じさせるが、そんな態度に出られても僧侶は気にせず、肩を竦める。
「ここまで案内やら荷運びやらいろいろ手伝ってくれたのは感謝します。けれども、再三告げてますが着いた後の事は知りませんよ。あなたも彼女の頼みを聞くつもりなど無いでしょう。区別なんてさせませんからね、面倒ですから」
 思いやりの欠片も無い言葉だが、小男はふんと鼻を鳴らす。
「構わん。わしらはわしらがあった土地を取り戻す。ただそれだけだ」
 言うと、小男が歩き出す。その後をわずかな音さえを立てず、無数の異形が蠢き従う。
「はあああ。じゃあ、こちらもがんばりましょうか」
 僧侶が告げると、複数の巨大で長い影が蠢き出す。その更に後ろではやはり複数の大きな人影。‥‥いや、頭上に見える角がその正体を物語ろう。
 彼らはゆらりと僧侶に従い、その場から去っていく。
 そして、彼らが消えたその場所で。黒尽くめが一人たたずむ。十分に時間がたった処で、おもむろに動き出し、しっかりと印を組む。
 途端に起きる爆発。派手な土煙が上がり、それが晴れる頃には誰の姿もそこになく。ただ大きな陥没が見られるだけだった。

●今回の参加者

 ea1545 アンジェリーヌ・ピアーズ(21歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3991 フローライト・フィール(27歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

タケシ・ダイワ(eb0607)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451

●リプレイ本文

 突如、動きを見せた比叡山の鬼・酒呑童子。腕が落とされて一ヶ月。討伐時に負った痛手を回復したか、各地で鬼たちが動きを見せ始めている。
 報復に対する報復。落とされた腕を求めて攻め込まれる可能性は十分に考えられ、御所周辺、大内裏では今まで以上に厳重な警備が布かれていた。
「神皇の御座所ね」
「何かあるのか?」
「いいや、高い場所は無いなーと思って」
 微妙な表情で、フローライト・フィール(eb3991)は特に警備厳重なそこを見つめる。その態度に、備前響耶(eb3824)
は不審げに見るが、内心までは読み様無く。フローライトは夜の闇に紛れて何でも無い様に繕い、先行した一同の後を追った。
「日のある内に拝見したいものですね。でも警備が厳しくて無理かしら」
 見上げれば、仲秋の名月と謳われる程美しい月が世を照らす。角々には松明。それでも昼の明るさには及ばない。梟のジゼルは何やら眩しそうにしているが、アンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)にはやはり夜は夜でしかなかった。
「警備はあまり体験した事の無い依頼ですが‥‥それにしても、鬼の腕ですか」
 海外から戻ってみるとこの騒動。物騒な話に雨宮零(ea9527)は頭を痛める。
「今の時期だとそれが一番危ないけど、固定観念は怖いよね。ここで狙うといったらその他にも神皇さまや神器とか他にもあるよ。各所の機能やその要人だって失うと大変だし‥‥って、考え出すとかなりあるね」
 思いつく限りを述べていき、草薙北斗(ea5414)はどんどん顔を曇らせる。その全てに大事あってはならない。鳴子は仕掛けて置いたが、いい意味で鳴らない事を願うばかり。
「この時期に安倍殿不在なのは痛い。侵入者に対して人外的に鼻が効くからな」
「そうなのですか?」
「ああ」
 問うて来る零に、響耶はきっぱりと頷く。
 真偽は良く分からないが、陰陽寮陰陽頭の安倍晴明は狐の子と噂される程、奇妙な事をよくやる御仁であるのは確か。そして、現在天台座主に呼ばれて比叡山に参り不在なのも確かである。
 頭が不在の為に起こる指揮系統の不自由さは、悲しいかな、京都見廻組として十分響耶にも分かっている。警備の確認や手が借りれないかと陰陽寮に赴いた時分には特に問題なかったが、いざと言う時にきちんと動いてくれるかは不安の一つとして残る。
「詳しい事は良く分からないけど。仕事だから、最善を尽くすばかりだよ」
 纏まりすぎては却って行動しにくい。皆から数歩遅れて歩いていたフローライトがそう言って笑った。

 夜を通して見回り。日が昇る頃に、昼間の組と交代する。そして、日没の頃にまた交代と言った手順で警備が決められた。
「徹夜には慣れてる。先に休んでくれ。休息中でも誰かは起きていた方がいいだろう」
 警備上、さして離れていない場所に休息所は用意された。とはいえ、有事の際にすぐ動けねばならない。寝過ごしあっては大変で、響耶の意見に零も頷く。
「分かりました。では、適当な所で交代しますね。‥‥幸い今の所変事は起きてない。これからの警備も気を抜かないで」
「大丈夫よ。それじゃ行ってくるわね」
 シオン・アークライト(eb0882)は笑って手を振ると、昼の警備へと向かう。
 夜間と違い、昼は政務につく貴族たちも往来を歩き出す。牛車や馬、身の回りの世話役などもついて回るので自然人通りは多く賑やかになる。
「新撰組の方は特に問題は無いな」
「黒虎部隊でも変わった事は起きてないでござるよ」
 何も冒険者だけが警備を任されている訳ではなく、各部署が威信をかけて守りについている。
 だが、互いに足を引っ張ってはやはり意味無し。なので、新撰組の仲間には鷲尾天斗(ea2445)が話をつけ、久方歳三(ea6381)は京都見廻組として同じく京都守護職につく黒虎部隊と接していた。
「こうも人が行き交うと、魔法の探索も厳しいね。ダウジングペンジュラムは洛内を示してるけど、当たるも八卦だし」
 メグレズ・ファウンテンが用意してくれた地図にベアータ・レジーネス(eb1422)は小さな銀の円錐を垂らすが、あちこち揺れて定まらず。
 魔法を駆使して不審者を調べるが、悪戯に魔力を消費するだけ。それはそれで喜ばしい事だが。
「大掛かりな襲撃は恐らく無い。今ある様々な噂のどれに的を当てるか‥‥。討伐の傷もすっきりとは癒えてないだろうし、全部を一斉襲撃は難しい筈。
 そして。少数精鋭では、奴等は目立って潜入が難しい。
 すると、怪しいのは京都見廻組の報告にあった茨木童子の繋がりらしい連中だと思うんだが‥‥」
 考え込みながら天斗は、歳三を見る。
 京都見廻組が追っている事件に、茨木童子が絡んでるものがあった。といって、直接関わってくるのは人間で、どうやら彼女は手勢に人を置いているらしい。
 鬼相手ならば見分けるのは簡単だが、人相手ではそうもいかない。故に気を抜かず、妙な荷は勿論、奇妙な人間もないか注意深く観察する。
「儀式の詳細は秘匿のままでござるが、その為の警備も万全で御座るし。このまま大丈夫と行きたい出御座るよ」
 タケシ・ダイワがまとめてもらった資料に何度も目を通して歳三が息をつく。
 調査ついでに無事を祈ってくれ、その祈りが通じるのを更に願うばかり。
「本当。このまま何も起こらねばいいけどね」
 通りを歩く人々に目を向けながら、シオンは周辺を歩いて回る。周囲の地理は把握しており、妙な所へ行こうとする人がいれば即座に分かるが、それも無い。

 そんな感じで数日過ぎて。このまま本当に依頼期間が無事終了になるのではと願っていたが。そう上手くもいかなかった。
「‥‥何でしょう。妙な振動があります」
 バイブレーションセンサーを使っていたベアータが、不意に顔を曇らせた。効果は長くない。すぐに確認の為にもう一度経巻を広げた。
「やはり! 地下を動くモノがありました。大小複数のモノが近付いてきてます!!」
「ちっ! アンデッドか!?」
 声を張り上げるベアータに、即座に天斗は惑いのしゃれこうべを叩く。不気味な髑髏はがたがたと歯を鳴らして数が少なく無い事を告げる。 
「結界が張れればよかったでござるが、今からではちと難しいで御座るな」
 要所に道返の石で結界を作る歳三だが、石を動かせば効果は切れてしまう為、一つの場所にしか作れない。また、今動かしてきても祈りの時間が足りない。
「連絡は早く! 一般人は避難させて!!」
 いち早く呼子笛を吹き鳴らす天斗たち。急な様に驚く周囲へヴェントリラキュイでベアータは叫んで知らせ、そんな彼らを守るようにシオンはオーラエリベイションをかける。
 異変はすぐ皆の知れる。地下から起こる微妙な振動はやがて土を吹き飛ばし、往来の真ん中に姿を現す。
「ミミズ!?」
 巨大で長い影が飛び出てくる。太さだけで一抱えはある巨大なミミズが五匹、鎌首のようにその頭を天へと掲げた。
「ミミズのみ見ず! まだいるでござるよ!」
 ミミズが出てきた所は巨大な穴が開いている。そこから続々と姿を現すのは鬼たち。忘れたくても忘れられない人喰鬼たち。それがさらに十体ほど。
 ただ、ミミズにせよ、鬼にせよ。濁った目や腐り落ちた肉などが、もはや生きていない事を示している。
「やっぱり詰めが甘いですねー。御所まで行ってみたかったのですが、地中じゃ今一つ距離とか分かりませんからね。
 ‥‥知ってます? 京都って水がすごく豊富なんですよ。お陰でミミズども、何度水脈ぶち抜いて泥で埋まりかけたか。良い子はやっちゃ駄目ですよ」
 そして。その穴から顔を出すのは若い僧侶。これは生きている。顔だけ出して地面に頬杖ついてうんざりとした表情で御所の方を見つめていた。
「軟弱な。もういい。後は‥‥やる」
 その彼を踏みつけ地表に出てきたのは、やけに姿勢の悪い小男で。ぎろりと周囲を睨みつける。
「人間ども! 古、ここは我らの土地だった。お前たちに追い出された恨み、幾年過ぎようと我らは忘れぬ!!」
「何を世迷言を!!」
「待って! 何かまだ地下から!!」
 声を張り上げる小男に、警備の一人が刀を抜いた。
 ベアータが制止の声を上げると同時、小男たちに向かった警備が倒れる。何がと思う間もなく。あちこちで土が盛り上がり、姿を現したのは土蜘蛛の群れ。
「気をつけろ! ただの土蜘蛛じゃねぇ、変化だ!! その小男も人化けだ!!」
 声を上げたのは、駆けつけた占部季武。その言葉を証明するように、小男の姿が変化していく。二本ずつの手足が、四対の足に。複眼が無感動にあらゆる所を写す、毒々しい色合いの蜘蛛。
 地上に現れた土蜘蛛は二十、彼らは一斉に御所へと走り出した。勿論、目的は平和的でない。
「御所に入れるな!! 陽動の可能性もある。新撰組隊士は周囲の警戒に当たれ!!」
 天斗が声を張り上げると、浅葱の隊服が動き出す。
「あらら。始めちゃいましたねぇ」
「その声‥‥。聞き覚えがある。大男と一緒に死体を作っていたな。何をしに来た! 鬼の腕ならばすでにそちらの手に渡ったそうだが!?」
 寝ていた素振りなど無く、夜の見回り組も駆けつけてくる。この期に及んでまだ暢気な声を上げている僧侶に、響耶は刃を向ける。
「おやまぁ? 手傷を負わせたのはキミの連れだったのは覚えてますけど。何の事やらさっぱり」
 対して、僧侶はひょいと肩を竦める。
「目的とか言われてもねぇ。僕の役目は実に単純なんですよ。土蜘蛛たちの案内で、延々死体を操って穴掘るだけ。そして地上に出たら、一言命令――生きてる奴らを殺せ! ってね」
「待て!!」
 言うが早いか。僧侶が穴の中に引っ込む。急いで後を追いかけた響耶だが、その足元で柴犬の影牙が止まれと言わんばかりに吠える。
 と、頭上から濃い影が重なった。
「いけない!!」
 僧侶の命に従い、巨体を唸らせた大ミミズ。手始めに響耶を飲み込もうとしたそれに、アンジェリーヌはコアギュレイトを仕掛ける。
 果たして。神の御加護は無事届き、大ミミズの動きは止まる。ほっとする間もなく、今度は僧侶の消えた穴が爆発。衝撃で穴が崩れ落ちてしまう。
「穴に潜んでいた誰かが消えました。同時にあそこにブレス反応が!!」
 ベアータが指し示すと、即座にその場所でまた爆発が起きた。ブレスが消えた事を告げると、北斗がその後を追う。
「多分、微塵隠れだね。とすると、爆発があった場所を中心に大体一町程度が移動できる最高だよ。その辺中心に早く探して! 黒星、蒼星も手伝って!!」
「まけたかも空から頼むでござる!!」
 柴犬二匹を連れて走る北斗は、疾走の術の効果もあって実に素早い。その援護にと歳三も鷹に指示を出す。
「変化とて土蜘蛛は手強くは無い! 咬まれて毒を受ける事だけは注意しろ!! アンデッドたちは動きは鈍い! 数にうろたえるな!!」
 土蜘蛛を成敗しながら、叫ぶのは渡辺綱。ただの土蜘蛛ではなく、多少の知恵を持つので数が揃うと姑息な連携も使う。が、綱の言うとおり、一体一体はそう強くない。
 むしろ、厄介なのはアンデッドたちだった。僧侶は消えたが、彼のアンデッドは健在。大ミミズ一体はコアギュレイトで固まった。しかし、動いたのはそれ一匹だけではなく、また大ミミズだけでもない。
「始めましてで悪いけど、死んでくれる? ‥‥ってもう死んでるか」
 片目を垂らして棒を振るってくる人喰鬼。その唸りを、あえて急所を外して受け止めた後、間合いを大きく開けるフローライト。鈍い動きでは彼には追いつけず、その開いた間にフローライトは矢を番えて狙って放つ。
 急所は狙いが難しいが、フローライトの腕から逃げられるような鬼は今はない。狙い違わず矢は眼窩から脳天へと突き抜ける。
 しかし、相手の動きは止まらない。
「さすがは腐ってもアンデッド。本当に腐ってるけどね」
 落ち着き払って相手を見つめると、改めてフローライトは次の矢を構える。集中するその態度に、余計な乱れは微塵も無い。
「この場のアンデッドは見えてるものが全てですわ! 防御に不安な方はレジストデビルをおかけします!」
 デティクトアンデッドで確認した後、傷を受けている人を中心にアンジェリーヌは魔法をかけて回る。
「離脱した者がいるとなるとやはりこれは陽動‥‥。だったら早く片をつけたいけど、これじゃあ」
 シフールならば一呑みするその口を開けて、大ミミズがシオンに迫る。急所を外して受け止めるとその近距離からすかさず大包平を打ち込む。その重さを加味した一撃に大ミミズは裂け、動きを鈍らせたが。まだまだ止まるには至らず、今度は別の方向に首をもたげる。
 狙った先にいたのは――土蜘蛛。僧侶と共に現れた相手に躊躇い無く噛み付き、腐った胃の腑へと収めてしまう。生きている奴を殺すという単純明快な命令では、生きている土蜘蛛を排除する事は出来ないのだ。それは土蜘蛛たちにも分かっているのか。うろたえる事無く、ただ無心に御所へと攻め込もうとしている。
「見境いなしという訳ですか。その頭じゃ仕方ないですが」
 軽い嫌悪を覚えながら、こちらに向かってきたアンデッドに素早く刃を斬りつける。少しずつではあるが効いているのは確かだ。ならば、後は根気の勝負。
 術者たちを庇って戦いながら、零は刃を振り続ける。

 土蜘蛛は執念か。多数の警備を相手に走り続け、御所の傍まで近付いた。しかし、突破するには至らず、最後の一匹が門前で刻み込まれる。
 暴れるアンデッドたちもどうにか決着をつけ、後始末にさらなる追撃がないかの警備体制強化と騒動は敵が消えても終わりそうに無い。
「高速微塵隠れは使われて欲しくないね。使うと便利だけど」
 重く息を吐きながら、北斗は道に引っくり返る。入り込んだ忍者は大柄な体躯をしていた。目的はどうやら陰陽寮の書庫だったらしく、そこに火を放たれた。貴重な歴史書や経巻が一部焼かれはしたが、発見が早く小火程度で済んだ。
 肝心の忍者自身はと言えば、見つけた途端にさっさと微塵隠れで移動していく。爆発の後を追いかけて行くも最終的には撒かれてしまった。
「鬼の腕は儀式まで上賀茂神社に収めていたのだが、数日前に鉄の御所に奪い返されてしまったとの話だ。御所は無事。役所も一部壊されたが、問題は無い。土は埋まってしまい、再進入は恐らく無い。これにて終了‥‥といいたいが」
 苦虫を潰した表情で、響耶は鬼の死体を示す。崩れたその遺体では分かりづらかったものの、体の中心よりやや左に木の杭が刺さっていた。
「東の事件では右脇腹に鉄の棒でござったか?」
「陰陽師たちに訪ねてみた。それで行くと脾臓は央で土。木で制すのはすなわち木剋土だそうだ。ついでにいえば、都の中心は御所だ」
 響耶と歳三がお互い見合う。二人何ともいえない表情で頭を抱え出したのを、他の一同は訳が分からずに見ていた。